<< BACK
世界説明SS
来訪者
(2010/3/2)
 俺は戦士だった。
 戦いに身を置き、ひたすら敵を討つ。
 戦うだけの存在。そんな戦士だった。

 ある日、全ての魔物が消え去ってしまった。
 原因は『勇者』が魔族の王────即ち『魔王』を打ち倒したから。
 世界は喜びに包まれた。自然災害のように襲い来る魔物に怯えることも無い。そんな未来が始まると誰もが喜びの中に居た。

 ────けれども。
 俺は逆だった。十数年もの間、俺の手には剣があった。
 銘があるわけでもない、決して立派でも曰くがあるわけでもない二つの小剣。
 これを手放したことなど数える程もない。寝ている時だって常に共にあった。
 これが俺だった。俺はこの双剣に自分の全てを託し、目の前に立ちふさがる魔物を打ち倒してきたのだ。
 そうすることで俺は認められ、そして俺であることが出来たというのに────
 その価値が一瞬にして消え去ってしまった。

 平和な時代に武器は不要だった。
 誰もが当然のように腰に下げていた武器は禁制となり、城に仕える僅かな兵士達だけがそれを許された。
 その装備は槍か剣。双剣なんていう特例は認められない。
 当然だ。彼らの役目はすでに戦う事に無い。こそ泥を捕まえたりする以外には精々門の前で欠伸をするくらいしかない。
 そんな時代になっても俺はこの剣を手放せない。自分自身を捨てられる人間なんて何処に居ると言うのか。
 けれども時代は許さない。
 魔物を討伐する事で俺を褒め称えていたヤツらが俺を侮蔑するように見てくる。
 まるで暗い過去を忌むように、悪夢の名残だと嫌悪された。

 世界に捨てられた俺はある日ひとつの話を耳にする。
 異世界に繋がる門が開いたのだという。
 けれども漸く平和を手に入れ、安穏に生活を始めようとするヤツらはそれを災いの元のように罵っていた。
 またそこから魔王のような存在が出てきては大変ではないか、と。

 俺は動いた。平和ボケした連中の目を掻い潜り、その門の前に居る。
 明日の昼、この門は司祭たちが集まって封印するのだという。俺はギリギリ間に合ったのだ。
 腰に下げた二振りにして一対の剣を撫でる。
「行こう」
 俺は、門を潜った。
◇◆◇◆◇◆◇

「……」
 呆然と見上げる空は吸い込まれそうな程に綺麗だった。
 恐ろしくなるくらい静かな場所。ゆるゆると流れる風が心地良い。
 芝生のような緑の上で僕は大の字になっている。

 ───が、好きで寝転んでいるわけではない。

 少しだけ視線を動かすと、ぱっくりと口を開いた扉があり、その向こうに闇を見せていた。
 『扉だけ残った廃屋』とでも言うべきか。
 野原にぽつんと扉があるのだ。どこかのネコ型ロボットの道具じゃあるまいに、その向こうは野原でなく闇。
 遥か先にぼんやり藍色の薄明かりが確認できる。
「……」
 記憶を探るとずきずきと体が痛んだ。
 僕は確か自転車で家に帰っている最中だった。ご自慢のマウンテンバイクで漸く小山を登り切り、これから爽快に下りの速度を楽しめば家に到着するはずだった。
 時刻は夜。都会とは間違っても言えない、どことなくひび割れたアスファルトの道を走っていたはずだ。
 ────いや、確か何か飛び出してきて……?
 犬猫だけでない、狐や狸も稀に見るような場所だ。動物が飛び出す可能性は否定できないし、恐らくそういうものに驚いたんだろう。
 僕は加速の付いたマウンテンバイクの操縦に失敗し、盛大に転倒した……んだと思う。
 思い出して痛みが増した。体の何処もかしこも痛すぎて自分でも部位が特定できない。
 仕方なく記憶の発掘を再開する。
 確か……よろめいた僕は努力もあえなく道からはずれ、藪に突っ込んだ。
 思わず目を閉じたからはっきりとはしないけど、体がぐるんと回転した感覚があり、次に浮遊感があった。
 あ、飛ばされてると思った瞬間、どんと体が叩きつけられて意識が飛んだ。
 真っ暗闇の中で勢いだけが意識にこびりついていた。多分勢いが消えず、転がって────
 目が覚めたらここで空を見ていた。
 明るさは早朝とも言い難い。半日くらい気を失っていたのだろうか。てか、どこまで転がったんだ、僕?
 痛みが酷い。ずきずきと蝕んでくる。
 不意にまずいと感じた。
 背中の辺りに感じるぬるりとした生暖かさ。予想したくないけど……血だろう。
 死という結末がじわり心の中に広がる。どろどろとした恐怖が広がり、涙が浮かんだ。
 死にたくない、と唇だけで呟く。急に体が冷えてきた。
 涙のせいか、それとも貧血か。視界がぼやけてくる中、ざっ、と草を踏みしめる音が耳に響く。
 久々の音に過剰に反応した聴覚に全身がびくりと動く。目を覚ましたような感覚に激痛まで再燃し、ありがたくない方法でまだ生きていると知る。
「お前、何をしているんだ?」
 訝しげでそれ以上に愛想がない、そんな声が字面通り投げつけられた。
「……ろん……」
 胸がずきりと痛む。肋骨が折れているのかもしれない。声も出せず「あ゛」と自分でも不気味と思う声が漏れた。
「酷い傷だな。イノシシにでも跳ね飛ばされたか」
 事実を淡々と確認するような、言葉と足音が接近。やがて至近距離になったところで漸く声の主を見る事ができた。
 金の髪をショートカットにした綺麗で、どこか刃物のような雰囲気のある女の子。
 厳しい顔がデフォルトに設定されていて、今は「不可解さ」のおかげで緩和しているような、そんな女の子がこちらを見下ろしている。
「立てるか?」
「……」声が出せない。辛うじて首を横に振ると「だろうな。右腕とか折れてるし、肋骨もやばそうだ」と聞きたくなかった情報をさらりと指摘してくる。
「まさか着て早々にこんなのに遭遇するとはな。まぁ、いいさ」
 彼女の顔が近付く。正確には膝をついて屈み込み、荷物を漁っているようだ。
 やがて小瓶のようなものを取り出すと、いきなり僕の口に突っ込んだ。
「げぼっ!?」
「噴出すなよ、勿体無い」
 なんとか歯を食い縛り、呼吸を確保するために喉の奥に流し込んでいく。むしろビンの口を突っ込まれているままなので噴出すことも出来ない。鼻に少し逆流して涙が出た。
 なんとも言えない味だ。これまで舌で感じた味覚を裏切る、しかし不快とも言い難い。まさに表現できないような味。そもそもこれは味なのだろうかと妙な疑問まで沸いてくる。
「どうだ?」
「どうだって……」
 応じて、気付く。痛みが嘘のように和らいでいた。もちろん痛いことには痛いけど、先ほどまでとは比べ物にならなかった。
「立てるくらいにはなったようだな」
「え、あ、ああ」
 腕を動かしてみる。「折れた」と言われた右腕も普通に動く。
「一等級のポーションだからな。まぁ、時代が変わって投売りしてたようなシロモノだが」
「ポーション?」
 思いついたのはコンビニで並んでいたあの青い液体だ。某有名ゲームの回復アイテム。
 回復アイテム?
「まぁ、代金を払えとは言わないさ。いきなり死人を看取るのも縁起が悪いしな」
 体を起こすと、背中が妙に張り付く感覚があった。振り返るとぎょっとするほどに赤黒い。素人目にも自分が生きてる事が信じられないくらいの染みが広がっていた。
「……どういうこと?」
「はぁ?」
 女の子が少しだけイラっとしたような顔をする。
「……頭でも打ったのか? お前は死に掛けてたんだよ。それを俺が助けてやった」
 俺という言葉に一瞬視線を下げる。ささやかながらにも膨らんだ胸元が女の子である事を────
「何処見てやがる?」
「え!? あ、ああ。いや!?」
「チッ、助けるんじゃなかったか……」
 悪態ひとつ吐いて女の子は立ち上がり、荷物を担ぎなおす。
 いろんなことがありすぎてまとまらない脳を動かしながら改めて女の子を見る。薄汚れた地味な色の上下は丈夫なことだけが取り得といわんばかり。それも所々がほつれ、また引っかいたように破かれては修繕しているのが見て取れた。
 化粧っ気は一つも無く、ああ、あれだ。歴史物のドラマで見た農家の娘みたいな感じだ。
 けれども『農家の娘さん』と一線を画すのがある。腰に下げてる棒────形から推測するに『剣』
「……」
 今ふと浮かんだ想像は、大学生にもなって少々幼稚すぎやしないだろうか。
 もう一度見る。
 やっぱり剣としか思えない形状をしていた。
「ったく、折角こっちの世界に来たってのに。ツイてないな」
 がしがしと荒っぽく頭を掻く女の子にはっとして、その綺麗な顔を見上げる。
「え、ええと。ありがとう……だよね」
「疑問系で言うな」
 憮然とした言葉が帰ってくる。
「じゃあ、俺はもう行くから」
「え? あ」
「何だよ?」
 僕は何と言おうとしたんだろうか。行くって?ってのは少し間抜けな気がする。
「な、名前は?」
「何だよ。礼でもしてくれるってのか?」
 面倒そうに目を細める少女に「ぼ、僕は藍原幸弥」と見当違いの言葉を発する。
「妙な響きだな。俺はヤイナラハだ。じゃあな」
 ヤイナラハ? 何処の国の人間だ?
 困惑を浮かべているうちに彼女は競歩みたいなスピードで去ってしまった。
 そうして漸く僕は周囲の光景に意識を向ける。寝ている時には見えなかった光景がそこにある。
 うねりあった蔦で作られた壁、その合間に何かのイタズラのように扉が捨てられている。
 ひとつやふたつではない。見渡す限りに腰程度の高さの蔦の迷宮と、乱立する扉があった。
 そして───────

「……は?」

 それを見上げた僕は、再び寝転がってしまった。
 それでも僕はその頂上を見る事はできない。

 少なくとも、僕の知識の中にこれほどの巨大建造物の知識は無かった。
 何かのアニメで見た軌道エレベータ。それが何となく思い出される。それほど巨大でその先は空に吸い込まれるように消えていた。
「……なんだ、これ」
 応えてくれる人は居ない。
 ぽかんと巨大すぎる塔を見上げ、先ほど脳裏に浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えが再燃するのを感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇

 やがて町並みが見えてきた。
 真っ先に浮かんだのは『奇妙な』という言葉だった。土壁とレンガで作られた家などどこにもない。それどころか不気味なほどに真四角な建物が王城よりも高くそびえている。
 そんな光景から視線を剥がし、目の前の行列へ視線を転じる。
 まさに多種多様。
 俺と同じ『人間』が比較的多いが、角が生えていたり羽が生えていたりするヤツが普通に混じっている。
 中には顔が動物だったり、どう見ても魔族にしか見えないメタリックブラックの皮膚の男も居たりする。
 それらが行儀よく列を作っている光景はどうしても違和感を拭えない。特に人間でない物の殆どが魔王の手先だった世界出身の俺にとってはどうも身構えてしまう。
 殺気を放っても仕方ない。警戒を解くような事はしないものの、倣って列の最後尾に付くと、直ぐ前のずんぐりとした男が振り返り、少しだけ頭を下げる。
「こんにちわ、お嬢さん」
「……ああ」
 人の良い老人とも言うべきか。誰もが明日とも知れぬ日々を送る世界で「人の良い」なんてのは騙される前兆だ。
 ついつい警戒心が浮いてしまう。それ以上に……お嬢さんなんて言われるとムズ痒い。
「探索者ですかな?」
「探索者?」
「おお、ここは初めてですかな」
 男は良い暇つぶしが出来たとばかりに微笑むと
「でしたら順番待ちのついでにお教えしましょう」と言ってくる。
 思わず「金は無いぞ」という常套句を言いかけて慌てて噤んだ。
「ここに来る人───ああ、とりあえず来訪者の総称として『人』と言っているのでドラゴンでも魔人でも人と言うのですがね。
 ここに来る人には3つの種類があるんですよ」
 小さなというより人間の尺を全体的に縮めたような老人は、目を細めながら白いひげをしごく。
「『住民』『探索者』『行者』。わしは最後の行者で、こっちの世界と自分の世界を行き来して貿易をする、まぁつまりは一時滞在者のことですな」
 そう言われれば何となく分る。
「じゃあ、俺は探索者ってやつで良いと思う」
「そうですか。随分と使い込まれた良い剣を持ってらっしゃる」
 老人が腰に下げた双剣に目を細める。
「古いだけだ」
「いや、大事になさっている。だから使うたびに強くなっていますなぁ」
 少しだけ嬉しくなる。俺はこいつとずっと生きてきたからな。
「受付で『探索者になりたい』と言えばスムーズに申請は終わるでしょうな。
 住民の場合には諸手続きが面倒ですが」
「そうなのか?」
「ええ、住民はこの世界に定住して商いをする事を望む人です。仕事の内容を確認して店の場所を指示するのだそうです」
 列が進み、俺達は数歩前に歩く。この分だとそんなに待たずに済みそうだ。
「私自身はさっきも言ったとおりここには住んでいませんがね。知り合いが店を出してるんですよ。
 そこに品物を降ろしているので、もしも御用の際にはお寄りください」
 爺さんはそこまで言ってもう一度俺の剣に視線をやる。
「研ぎ直し、打ち直しは毎回とは言いませんがプロに任せるものですよ」
「ちゃっかりしてやがるな」
 こいつは俺がこの双剣を手放すとは思っていない。そして例え目の前に伝説の剣があったって俺はこっちを選ぶ。
「私はドウランドと言います。『とらいあんぐるかーぺんたーず』という店で名前を出せば優遇してくれますぞ」
「覚えておくよ」
「次の方どうぞ」
「では、また縁がありましたら」
 俺はついつい浮かんだ笑みに少しだけ気恥ずかしさを覚えつつ、小さな小屋から顔を出した女性に呼ばれた爺さんの背中を見送った。
「次の方」
 小屋は2つある。爺さんとは別の方に進んだ俺は人が5人も入れば狭そうな小屋の前に立つ。
 小屋の中には女が一人と、一面が光る四角い箱。それからいくらかの小物が見て取れる。
「初めてですね?」
「ああ」
 茶色の髪の耳のとんがった綺麗な女はちらりちらりと光る箱を見ながら手元で何かを操作しつつ言葉を続ける。
「在住を希望しますか?」
「ああ。探索者ってヤツになりたい」
「分りました。お名前をどうぞ」
「ヤイナラハ、だ」
「はい」
 女はカタカタと音を立てながら手元を操作し続ける。やがて動きを止めるとこちらに向き直り、窓枠兼カウンターのような場所に細い輪っかを置いた。
 綺麗な白のそれはブレスレッドだろうか。材質は良く分からないが、金属とも石とも知れない輝きだ。
「ではヤイナラハさんのパーソナルブレスレッドを支給します。不都合が無ければ腕に装着してください。
 これは身分証明を初めとし、クロスロードで生活するうえで必要なものとなりますので基本的には付けっぱなしにしておいてください。
 別の形状を希望の場合にはあちらの建物に行って申請をお願いします。その他の説明についてはパーソナルブレスレッドで確認できます」
 女は自分の手首を見せる。色は薄紅色だが、彼女の手にも同じような物が付いていた。
「着ければ良いのか?」
「お願いします」
 躊躇うのも馬鹿馬鹿しい。俺は台の上のそれを手にとって左の手首に嵌めた。すると不意に輪が縮まり、締め付けない程度のサイズになった。
「外そうと思えば外れますのでご安心を。
 では、これで登録は完了です。質問などがありましたらパーソナルブレスレッド───PBにお伺いください」
「こいつにか?」
「はい。前にお進み戴いていいですか?」
 後ろを振り返り、俺は数歩前に出る。女は「次の方」と並んでいたやつを呼んだ。
「聞くって……」
『質問をどうぞ』
「うわぁっ?」
 いきなり頭に響いた声に変な声を出してしまった。後ろて手続きをしていた額に角の生えたごつい男が笑っている。
「なに、俺も最初は驚いた」
 余計なお世話だ。口内で呟いても流石に文句を言うには羞恥が過ぎる。
 なるほど、インテリジェンスアイテムとかいうやつか……それにしてもこんなもんぽんぽん配ってるのか、この世界は……
 魔法のアイテムと言うだけで屋敷が買える事もある、と言う認識の俺としては本当に拘束具とかじゃねえかと心配になったが、外そうとすればサイズが大きくなり、あっさり外れた。
 何と無い違和感を感じつつも、後ろから手続きが終わった連中が来るのを察して一歩を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆◇

『問題ですか?』
 なにやらガガピーとした機械質な声が問いかけてくる。
 はっとして首を巡らせると目の前に青いサッカーボール程度の球体があった。
「……ナンダ、コレ」
『量産型全自動選択機。
 通称、量産型センタ君です』
「せ、センタ君?」
 どう見ても洗濯機には見えないなぁと思いつつも呆然とそれを見る。
 縦棒の目と逆U字型の模様が口に見えなくも無い。蛇腹の腕の先にはボールがついていて、足も同じようなものだ。
 天辺からはにゅっと棒が出てやはり丸い玉がぴこぴこと動いている。
『はい、量産型センタ君です。
 何か問題ですか?』
「いや……」
 問題と言えば、問題だろうか。僕が現状が全く理解できていない。こんな玉に心配される理由も。
「あー、ここはどこか分る?」
 ダメ元で聞くと
『多重交錯世界《ターミナル》 『扉の園』第三十七区画 です』
「多重交錯世界?」
 唖然に呆然が加わる。「どこかのテーマパークにでも迷い込んだのだろうか?」と惚けた頭が思い浮かべるが、近くにそんな施設は無かったはずだ。
 ついでにさっきまで死に掛けていたのも、それが魔法のように治ったのも……この痛みは夢じゃないよなぁ。
『混入者と判断。異世界の知識はありますか?』
「……異世界……」
 脳裏を過ぎりつつも一般的な大学生としては口にすることを躊躇っていた単語に言葉を詰まらせる。
 それから「うー」だか「あー」だかを30秒ほど呟き、あきらめた様に玉コロに視線を向けた。
「ここ、地球じゃないのか?」
『違います。名称《地球》を名乗る世界は現在74291登録されていますが、ここは地球世界ではありません。
 ここは多重交錯世界《ターミナル》です』
 僕は青い玉から視線を外し、空を見上げる。
 深く深呼吸。
「冗談じゃないよね?」
『冗談ではありません。自身が通った《扉》は分りますか?』
 言われて視線を転じると、いつの間にか綺麗に閉じた扉が視界に入る。
 あれってホントに某未来のロボットな扉と同じなのか?
「えっと……多分アレだと思うんだけど」
 センタ君と名乗った玉(ロボット?)はてこてこと可愛らしく歩くとにゅーんと伸びた腕でその扉の取っ手に触れた。
 それからがちゃがちゃと数度揺する。
『定時開放型もしくは条件式開放型と判断』
「……は?」
 不穏当な言葉に嫌な汗が流れる。
『一定期間、条件下でしか開放されないタイプの《扉》です。
 その期間、条件満了時のみ多重交錯世界との行き来が可能となります』
「……ええと、じゃあもしも僕がそこから来たとして。戻れないって事?」
『肯定します』
 慌てて起き上がり、全身に響く痛みにうめきを漏らす。
 それでもぐっと涙を呑んで扉に触れると思いっきり引っ張ってみた。
 しかし全く開かない。揺らしてもぴくりとも動かないのだ。
「……」
 もう一度がちゃがちゃと揺らすけど、動いてくれるのは取っ手の輪っかだけだ。
『扉の開放時期までクロスロードに滞在しますか?』
「クロスロード?」
『多重交錯世界唯一の町にして、異世界からの来訪者が集まる場所です』
 センタ君が指───は無いから玉指す?方向を見ると確かに街のような光景が見える。
 一番目立つのは市庁舎みたいな建物だ。
『この扉の位置データは認識しました。
 入市管理所でパーソナルブレスレッドに登録すれば、扉が開放された際、お知らせする事も可能です』
「ええと……いつ開くか分らないって事?」
『データがありません』
 どさりと倒れて空を見上げる。
 まるで心配するかのようにセンタ君が丸い体を傾けて覗き込んでくる。
『衛生兵が必要ですか?』
「何で衛生兵なんだよ……」
 どんな言い回しだよと突っ込みを入れつつ、実は救急車の1つでも呼んでもらわなきゃいけない大怪我じゃないかと思う。なにしろ背中のぬめりは未だに生々しい。
「この扉は異世界……地球に繋がってるって事だよね?」
『データがありませんが、貴方がこの扉から出てきたと仮定すれば、貴方の世界と繋がる扉と判断できます』
 実に機械的な回答だ。
「他にも扉があるけど、あれも別の世界に繋がってるの?」
『肯定します』
 ターミナルって駅とかで使われる言葉だよな。
 ってことは、いろんな世界と繋がっているって意味か。
「ん? ターミナルって英語……?」
『言語については扉を通る際に統一されます』
 なんてアニメ設定。
「……便利だね」
 僕は日本語喋ってるつもりなんだけど、こっちの世界の言葉になってるってことなのかな。
 とりあえず頭の中を整理する。
 僕は夜の帰り道に自転車で盛大に転倒し、気が付いたらここに居た。
 なんでもあの扉は異世界に繋がっていて、目の前のびくともしない扉が僕の世界───地球に繋がっているということだ。
 この扉はいつ開くかも不明。
「さて、どうするかな」
 泣きたくなりながらぼやくと
『扉の開放時期までクロスロードに滞在しますか?』
 再度そんな言葉を言ってくる。
「滞在させてくれるの?」
『滞在は自由です。『住民』として登録すれば住居の提供もあります』
 住居の提供って……家をくれるってこと?
「でも、そんな家賃を払うほどのお金は……」
『家賃は不要です。食費に関しては実費ですが、必要であれば職業の斡旋も行えます』
 あれ? なんか至れり尽くせりだな。
 このまま寝転んでいてもちょっと命が危なそうだし。他に選択肢も思いつかない。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
『では入市管理場までお越しください。この先450mです』
 センタ君の指す先を見ると、先ほどの大きな建物のある方角だった。確かヤイナ……薬をくれた子の向かった方向でもある。
「うん。あ、えっと」
『はい?』
 くいと愛嬌ある首───体の傾げ方をして疑問を示す。芸が細かい。
「御免、できれば手を貸してくれないかな」
 怪我はあの子の薬で結構治ってるみたいだけど、血が足りない。
 くにゃりと歪む視界。あ、倒れたなぁとまるで他人事のように思う。
 遠くなる意識の中『要救護者一名発見。救援求む』というセンタ君の単調な声が遠く聞こえた。
piyopiyo.php
ADMIN