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世界説明SS
踏みだす心と
(2010/6/1)
「凄い活気ですね」
 ヘブンズゲートの周辺は普段から人通りが多いが、今日はいつもの倍近い。加えてエンジェルウィングスのロゴを付けた車両が何台も見て取れた。
「ある意味クロスロード初の大作戦ですからね」
 その一角、エンジェルウィングスの仮設事務所前で会話を交わすのはグランドーグとユキヤだ。
「エンジェルウィングスも殆どの輸送車両を出します。物資運搬量は凄まじいですよ」
 木材や石材だけでなく、大量のセンタ君を積んだ車両もある。予め加工しプレハブ素材となって積載されているものもあった。
「さて、ユキヤ君。君の今回のお仕事は見学です」
 その言葉に少しだけ体を硬くして、それから重々しく頷く。今初めて聞いたわけではない言葉だが彼にとってはやはり重い。
「輸送班に付いていくだけ……では心苦しいでしょうから荷卸くらいは手伝ってください。
 『見学』は戦闘についてです」
「はい」
 第一次輸送部隊の規模は千人を超す。無論それには護衛の探索者も大勢付き従って居るし、用意された車両の中には明らかに戦闘に特化した物もちらほら見られた。
「まあ。そう硬くならずに。もし途中で怪物に出くわしてもその姿を見る前に探索者が撃退してくれます。
 君の目的は空気に慣れることです。慌てなければ君が単独で外を移動するとしても大抵対処できるでしょうから」
 そこを期待されての事、というのももちろん認識している。ダメ元とばかりにこの『見学』の話を切り出してきたグランドークにユキヤは若干の沈黙のあと了承を継げた。その時は分かりにくい竜人の表情にも明確な驚きが見て取れたのも無理は無いだろう。ユキヤ自身その心境の変化に戸惑って居るのだから。
「一つアドバイスです」
 沈黙は良くないと思ったのかグランドーグはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「怖いと思う事はとても良い事です。怖いという感覚を克服するのではなく、怖い事から逃げる術を学んでください」
 不思議な言葉だと思考の先端が感じ、しかしすんなりと身に染みて理解する。
 気がつけば、彼の視線はじっとユキヤを見つめていた。
「……ユキヤ君。私は君が最初から了解したとしても……少なくともレイリー君と組ませるつもりはありませんでした」
 何のことだろうと小さく首を傾げる。
「彼女は例外です。天才では無く異常なのです。
 ……恐らく彼女は恐怖を感じていません。天性の勘と運が彼女をずっと恐怖から遠ざけた結果なのでしょう。
 彼女の傍に長く居るとそれに感染してしまう。戦いを身近にしない君のような人にはなおさらです」
 どう応じていいものか。口ごもったユキヤに彼は穏やかに笑む。
「……どういう理由かは分かりませんが、今の君であれば大丈夫だとは思っていますけどね」
 不明確なフラッシュバック。今、どんな言葉を返してもまるで自分の意志からのもので無いという錯覚に眩暈すら覚える。
「君の事情も、いつか自分の世界に帰りたいと願っている事も知っています。
 そんな君をより危険な場所に送り出そうという私の行為は間違っているのでしょう」
「……それは……」
 いつ扉が再び開くのか。それすらも分からない中でその『甘え』はどこまで許されていいのだろうか。
 ユキヤは軽く首を振り、「そんな重い話じゃないですよね。まずは見学ですから」と軽い調子で言葉を紡ぐ。
「聞くつもりは本当に無かったのですが。
 変わりましたね。一体何があったのですか?」
「何……って」
 言われても───フラッシュバック───分からない。ユキヤの心臓には賞金首に襲われたあの数分間が鉛のようにべっとりとまとわり付き、苛んで居る。それでも彼がここに立っている事実がある。
「正直分かりません。ただ……」
 唇が意味の無い動きをする。それは僕の言葉なのか? 自問。
「ユキヤ君?」
「あ、いえ」
 慌てて思考を取り戻す。
「僕もずっと甘えているわけにはいかないですから。
 骨をうずめる覚悟……まではできませんけど、ここでちゃんと暮らしているて胸を晴れる事はしたいんです」
「……そうですか」
 流石にその態度を訝しく思ったのだろうが、グランドーグは何も問わずに大きく頷いた。
 先頭となる集団の方が慌しくなった。排気音などが高く上がる。
「そろそろ行きますね」
「はい、気をつけて」
 何時もの配達に出るかのように。二人は言葉を交わした。
◆◇◆◇◆◇◆

 正午を間近に控えた路地は晴天だが冷たい空気が流れている。住宅地の路地には人影は殆ど無い。大通りにかやや離れた場所では住民のっほとんどが探索者のためだ。
 彼女がそんな時間にぶらぶらと歩いているのは衛星都市建設に伴い管理組合から出されたいくつかの依頼を確認しに行くという理由でいつもの防衛任務をキャンセルしたためだ。トウコ一人で向かっているためヤイナラハは特にすることも定めずに歩いていた。
 足を止める。
 人の気配。別にそれはどうでもいい。だが視線を感じるのはいただけない。殺気や敵意ではないと思うが────
「隠れてる……のはどういう了見だ?」
 一瞬言葉に詰まったのは体だけは隠れてるものの、大剣があからさまに飛び出しているから。
「なんとなくですよー」
 そして隠れてると認めながらもあっさりした顔で出てくるレイリーにヤイナラハは眩暈に似た疲れを覚える。
「テメェに用はねえ」
「私にはあるんですよね。
 1つだけ教えてほしいんですけど」
 チと舌打ちして見据える。彼女のレイリーに対する評価は筋金入りのバカである。こういうバカは威嚇も皮肉も通じないから困る。
「何だよ」
「ユキヤ君とラブラブですか?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 一ミクロンたりとも予想していなかった問いに珍しいまでの呆然とした顔を見せてしまったヤイナラハは、頭痛を堪えるようにしてこの場を去る算段を始める。
「深夜のドキドキレッスンとかやってるんじゃないかなー?って思ったんですけど。
 違うんですか?」
「意味がわかんねえ。つーか、あのヘタレに関わる理由が無い」
「え? でも」
「この前のはトウコに引っ張られただけだ」
「いえ。そっちでなく」
 じゃあどっちだよと悪態を吐くと
「あなたがユキヤ君に剣術を教えてるんじゃないんですか?」
「……はぁ?」
 身に覚えの無い話だ。何が悲しくてあんな毎度死に掛けて迷惑を掛け捲るヤツに教えなきゃならない。
「だって、さっきから見てたんですけど。
 歩く時のクセがユキヤ君、あなたと同じになってるんですよね」
 もちろんヤイナラハも武を糧に生きる者だ。その言葉が意図するところは推し知れる。
「んなワケねーだろ。だいたい俺のは人に教えるようなもんじゃない」
「そうっぽいですよね。経験則から型にした荒削りな感じですし。
 でもそうなるとますますあなた以外に教えられる人もいないわけでして〜」
 ぎゅっと眉根を寄せて数秒。結論、バカの言う事に付き合ってられない。
「知らねえもんは知らねえ。
 ンな事する義理も理由もねえし、あのヘタレを教えるほど俺は忍耐強くねえ」
 どこの貴族の坊ちゃんだよと呆れるほどの体付きだ。仮に教えたとしても数分で根をあげる姿が想像できる。
「ん〜。おかしいですねぇ」
 いい加減イラ付いてきた。
「もう良いだろ。ったく」
「……あ、はーい」
 悪態にふにゃふにゃした笑顔を見せてくる。胸糞悪い。
 昼飯時だ。どうせこの後も用事はねえし、適当に散策してみよう。気晴らしだと巡らす思考に違和感が混ざる。
『歩き方のクセ』
 クソくだらない色恋の話ならまだしもあの女はそこを理由に挙げてきた。俺だってそいつが戦えるかどうかを仕草で判断するが、特に足の動きは重視すべき点だと知っている。
「あ」
 遠くで微かにあの女の声がした。
「やっぱり双剣使いなんですね」
 『やっぱり』の意味するところ。それを全力で振り払って俺は歩調を速めた。
◆◇◆◇◆◇◆

 道行は順調だった。
 時々周囲から激しい音が響いてくることもあったが、それも数百メートル先の事。後続が止まる必要も無いくらいにスムーズに片付いているようだ。
「あんた日本人なんだってな」
 助手席に座りついさっき音のした方向を眺めていた僕に運転手が声をかけてくる。
 サングラスを掛けたワイルドな人でタバコなんかが似合いそうだというのが第一印象。
「あ、はい」
「まぁ、厳密には世界は違うんだろうが俺の出身は合衆国でな、長距離トラックの運転手をやってたんだ」
 ルートなんちゃらとかいう荒野をずーっと走る道の風景、いつかテレビで見たそれを思い出す。
「お前さんの世界も異能ってやつが無い世界なのか?」
「はい」
 僕が漫画やアニメの世界……と言うのもあれだけど、僕から見れば『特殊な』力がある世界の地球人も少なくない。
「そうか。平和ボケにゃ辛いだろ」
 揶揄する言葉だけど見下した感じはしない。むしろ『平和ボケ』という言葉に羨ましさが滲んでいた。
「正直、今も怖いです」
 グランドーグさんの言葉のおかげか、すんなり出てきたその答えに男は少しだけ意外そうな顔をして、ニイと口の端を吊り上げた。
「いいな。そういう事を素直に言えるのは」
 彼の名前は、アダムスだったかと思い返す。
「兵役に出たことはあるのか?」
「え?」
「……そうか、そっちの世界の日本も軍を持ってないのか」
 どうやらかなり似ている世界だと再認識しつつ、改めて軍役の意味を理解する。
「俺は戦争にも行った事がある。戦争と言っても相手はゲリラに近いような相手だった」
「……中東ですか?」
「なんだ、本当に類似した世界のようだな」
 少しだけ驚いた素振りを見せ「ああ、そうだ。戦争と言っても一方的に攻撃を仕掛けるだけの戦争だ」と言葉を続け、少しだけ言葉を区切る。
「でもな、頭がおかしくなりそうだった」
「……」
 きっとこの世界に来る前の僕なら意味が分からずに聞き返していただろう。
「だから思ったよ。人種が、宗教が、国が違うってだけで殺しあう……違うな。一方的に殺戮を繰り返す狂った行為を俺はやっていたってな」
「神は人が天に至ろうとするその傲慢な行為に怒り、人々の言語をばらばらにした。
 でもそいつは全知全能の神がしでかした痛恨のミステイクじゃないかと考えるようになった」
 それは確か────
「バベルの塔の伝承でしたよね?」
「そうだ。そしてクロスロードにそびえる塔の俗称でもある」
 塔が僕らの言葉を共通にさせて居るかどうかは分からない。でもこの世界に初めて訪れた地球世界の人はきっとこの伝承を思い出し、そう呼んだのだろう。
「確かに神様のところまで行こうだなんて傲慢だったのかもしれないけどな。だが裏を返せば違う人種でも協力して立って事だ。
 今でも思い出すよ。血走った目で何かを叫びながら突っ込んでくる連中の顔を。その時は罵詈雑言か、自分のところの神様を賛美してるもんだと思ってたんだけどな……
 家族の仇、なんて言ってたかも知れないと考えると手が震えちまう」
 つい先日の事を思い出す。もしかするとこの人も急に襲われてがむしゃらに銃弾を放ったのだろうか。そして、僕と違ってそれは─────
「それまでは日本なんて金を出しても手を汚さない国だって罵ってたさ。
 けど、考えが変わった。金出せば許してくれるんならあんな事は二度とやりたくない」
 銃声が響いた。視線を転じれば土煙が上がり、戦いを繰り広げていることが察せられる。

 キモチワルイ

 さげすむ声が脳裏を掠めた。戦いを忌避し、それを良い事だと流布する事に対する嫌悪感。
 死は自分に襲い掛かる。
 死を担うと言う事は、死を間近で見るということ。人間に備わった想像力は如何なくそれを自分に投射する。人が生存本能という基本プログラムに措いて最も避けるべき死を目の前にする。
 死を隔離する。誰かが始めた奇行はやがて装飾を纏わせて君臨していた。
 魚は魚。お刺身はお刺身。
 お刺身はあの姿で海を泳いでいる。
 肉はあの形で生えてくる。
 本気でそう信じている子供が現実に居るとテレビで見た覚えがある。
 でも、笑えない。自分だってスーパーで見る肉と牛やブタが一直線に繋がらない。きっと屠殺や解体のシーンを目の当たりにすれば目を背けるのだろう。
「おい、大丈夫か?」
 心配そうな声に我に返る。
「車酔いか? 荒地だからな」
「え、いや、その……大丈夫です」
 慌てて応じて────よく分からない不安に苛まれる。おぼろげな記憶が言葉を反芻する。いつ聞いた言葉だ? 誰の言葉だ?
 キモチワルイ。リカイデキナイ。リカイシタクナイ。ソンナユガンダカンガエカタ。
 自分の言葉じゃない。自分の考えじゃない。確信を持って言えるほど僕とは異質の感覚。
「酔い止めなんて気の利いたもんはないからな。ヤバかったら早めに言えよ」
「はい……!」
 車酔いの気持ち悪さじゃ無い。でも、だったら何なのかが説明できない僕は必死に取り繕いながら長いドライブを続けるのだった。
piyopiyo.php
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