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世界説明SS
先駆けの抱く毒
(2010/09/09)
 新暦1年12の月。
 衛星都市の開発は順調に進んでいる。ようやく踏み出せる第一歩はこの世界での行動が無為ではない事を知らしめるようだった。
 季節は冬。有機生命にとって死の季節だ。誰も彼も息を潜めるようにその終焉を待ち続ける季節。それが当たり前の時期にクロスロードは熱を帯びて活動をしている。
「本当に冬なのかねぇ」
 配達先、薬屋のおばちゃんが達磨ストーブの横でそんな事を呟く。色々重ね着して3回りほど大きくなっている彼女は、しみじみと外に行き交う人々を見て呟く。
「あたしの集落じゃあ、冬なんて季節は無いも同じだったよ。なにせ秋の終わりには皆寝てしまうんだからね」
 リザードマン種の彼女はカンカンと音を立てるストーブと化学繊維の恩恵を受けながら視線をユキヤに転じる。
「だから冬って季節は色も音も凍りついたような季節と思っていたよ。人間も冬にはやってこないしね」
 通りはいつも通りとは行かないまでも冬の装いをした来訪者がそれなりの数、楽しげに歩いている。
「冬眠ってしなくても良い物なんですか?」
 興味本位の言葉に「あたしも初めて知ったよ」とおばちゃんはカラカラと喉を鳴らす。
「冬を見てみたいって思ったことはあったねぇ。けど叶ってしまうと味気ないものだよ」
 消失する季節。四季を当たり前のように生きていたユキヤには何とも応えようのない言葉だ。
 例えばロシアでは毎日数人の凍死体が転がると聞くし、北欧の国では雪に閉ざされて冬の間は一歩も出ないこともある、と大学の講義か何かで聞いた覚えがある。
「人間は冬の間はどう暮らしてるんだい?」
 ひとくくりにされても文化風習の差がある。ユキヤは少しだけ考えて「あったかくして家に閉じこもってます」と返すと「なんだ、あたしらと一緒かい」とおばちゃんは楽しげに笑った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 衛星都市に到着すると見覚えの無い外壁がそびえていた。魔法使いが見る間に作り上げてしまったらしい。
「多分ゴーレム練成」
 壁を触ったルティが珍しく自分から喋る。
「ゴーレムって土人形のですよね?」
「じゃねえか。どう見ても壁だが」
「ゴーレムで土を移動させて壁の形に作りなおしてる」
 ルティの視線を辿れば確かに壁の前に堀まで出来ている。ここの土がゴーレムになって壁になったと言う意味だろうが……
「どんな大魔術だよ、それ」
「式神にも似たような術はありますけど宗主様でも無理なレベルですよ」
 トウコの言葉にルティはゆっくり頷き「異様」とだけ呟く。
「術式特化……地属性、あるいはゴーレム練成にのみ特化した魔術師かもしれませんね」
「ンな事はどうでも良いけどな。別にそいつとやりあうわけでなし」
 このまま付き合うと魔術談義が始まりそうなのでヤイナラハはさっさと興味を無くしたふりをして視線を転じる。
「それはそうですけど……。まぁ、いいです。帰りの護衛の時間を決めてしまいましょう」
 物資の輸送量が多くなり、護衛も頻繁に行き来するようになっている。遭遇率は30%程度で苦戦するほどの敵が出ることは稀な仕事なので人気も徐々に高くなっているようだ。無論絶対安全というわけでなくこれまでに2度輸送隊が全滅しているらしい。なんでも自爆する怪物が居るそうで、どちらもそれの接近を許してしまったかららしい。
 それはともかく、よっぽどの事が無い限り楽のできるこの仕事は人気で、早めに次の護衛の時間を決めないとどんどん埋まってしまうのである。
 というわけで一行がやってきた管理組合の派出所はかなりの賑わいを見せていた。管理組合やエンジェルウィングス以外の輸送部隊もここで護衛を募集したり物資のやり取りをしているのでちょっとした市場の様相だ。
 賑わっていると言っても順番待ちをするようなことは無い。衛星都市に関する依頼はクロスロードと同じくPBで受注する事が可能なためだが、クロスロードと違い派出所の近くまで行かないと受注できないのが違いと言えば違いか。
「明日の午前中の出発で確保できました」
 PBとやり取りをしていたトウコが振り返りながら言う。ほぼ同時に依頼を受けた事を自身のPBがもう少し詳しく通達してきた。
「まだ日が高いですけど、どうします?」
 宿の方は既に確保できているから完全に暇だ。クロスロードでの時間の潰し方はなんとなく身に付いてきたがこちらではやる事に困る。昼から酒をかっ喰らってる連中も居るがトウコはそういうのに顔を顰めるタイプだしな。暇つぶし用の賭場なんてのもあるらしいが同じくNG。俺も賭け事はそんなに好きじゃない。
「俺はちょっと体動かしてくるさ。トウコ、犬貸してくれ」
「良いですけど」
 許可が出るなりイヌガミが俺の足元に来て待機する。ホント聞き分けの良いヤツだよな。
「ご飯の前にお風呂に入るくらいの余裕見てくださいね。泥だらけでお店に入るの嫌ですから」
「わーってるよ」
 探索者だらけの街でイチイチ気にするのも珍しい。なんて言葉を最後に吐いたのはいつの事やら。俺は適当に返事をすると適当な広場を探して街をぶらつき始めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「いい天気ですねーーーーー!」
 と、レイリーさんはヤケクソのように言った。
「速度、落としましょうか?」
「大丈夫ですよ。うん」
 とは言えいつも桜色の唇が目に見えて青い。冬の何も無い荒野をバイクで突っ切ろうとするならこの身に染みる寒さというものが本当に厳しいと感じる。
『そろそろ休憩時間でいいんじゃないかしら?』
 エルの苦笑じみた提案に頷き、速度を落とす。
「ユキヤ君、大丈夫ですって」
「お昼の時間ですから」
 レイリーさんって自分がダメな時は真っ先にギブアップするタイプと思ってたけど、意外に頑固だ。お姉さんぶってるという感じもするけど。
 ……いや、僕の方が年上のはずなんだけどね?
 ともあれ、メットを取ると途端に冷気が顔を覆った。
「レイリーさん、やっぱり毛布着てた方が良いですよ」
「うう」
 サイドカーから降りながら情けなく唸る。いざという時に動きにくいからと拒否してたけどそんなに厚着もしていないからかなり辛いはずだ。
「敵が着たら距離を取りますし、大丈夫ですよ」
 保温箱からお弁当を取り出して渡し、お茶を注ぐ。両手で包み込むようにしてカップを持ち、幸せそうにするレイリーさんに思わず笑みを零し、視線を彼方に転じた。
 前後左右何も無い荒野。目に付く物が何も無いというのは自分が何処に居るか分からなくなってくる。木の姿も無く、草も僅かにしか見られない。
「何か居ました?」
「あ、いえ……何も無いなって」
「そうですねー」
 なんでもないように同意される。よくよく考えると日本が特殊なのかもしれない。元より山がちでここまでの平原は北海道くらいだって聞くし。
「こんな道をずーっと歩いてると自分がどこに行こうとしてるのか分からなくなりますよね」
 お茶を飲んでひと段落したレイリーさんが白い息を零しながら目を細める。
「何日も何日も。足元にある道が本当に何処に続いてるのか分からないままに歩き続けるのってすっごく辛いんですよ」
 その言葉は今の僕には良く分かった。今ここにはレイリーさんやエルが居るけど。一人でこんなところに放り出されたら気が狂ってしまうかもしれない。
「レイリーさんは旅をしてたんですよね」
「はい。悪い子退治の旅ですね」
 前にも聞いた話だ。気が抜けそうな言い様だけど、彼女の愛剣がそんな生易しい物ではなかったと無言の主張をしているようだった。
「寂しくなかったですか?」
 この風景が寂寥感を容赦なくかき立ててくる。だからそんな事を聞いたのだろうか。
「寂しいというか、怖くなるときはありますよ。多分今ユキヤ君が感じてるのと同じ感覚です。
 この世界の何処にもゴールはないのかもしれないって」
 携帯電話を持ち、音と光に溢れた世界。闇は無く光が夜を照らす日本。隣に誰が住んでいるのかすら知ろうとしないのは『孤独』を感じる暇が無いからかもしれない。
 ヤマアラシのジレンマなんて言葉を聞くけど、逆の事が起きてるのかもなぁと何となく思う。
「それよりご飯ですよー。冷めたら残念です」
「そうですね」
 現実に引き戻されて僕は苦笑を零す。
 この分だと予定通りに衛星都市には到着しそうだ。明日クロスロードまで戻ればひと段落。
 頭の中で簡単に予定を確認し、昼食にありつくのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん?」
 夕暮れ時。宿で汗を流して外に出るとトウコの話声が届いてきた。そこまでは良い。その相手は
「何であいつが居んだよ」
 大目に見てだが、曖昧な笑みを浮かべてる死に掛け男は良い。問題はトウコと談笑している女だ。
「ヤイナさんやほー」
 世界が滅亡しても笑ってそうなノー天気女が何が楽しいのか理解に苦しむ笑顔でこちらに手を振る。
 全力で回れ右をしたい所なんだが。
「じゃあヤイナラハさんも来ましたし、行きましょうか」
「断る。つーか、トウコ。お前この前のあの敵意は何処へやったんだよ」
「まぁ、勘違いというか、理由があったと分かりましたし」
 それにしたって物分りが良すぎるだろ。
「それに折角ユキヤさんも居ますし、ここは不案内らしいですから」
 こいつの頭の中、どーなってんだろうなぁ。
「旅は道連れ世は情けですよー」
 気楽過ぎる言葉に俺は盛大なため息を吐くしかない。どうせルティは不干渉を貫くんだろうしな。
 連れだって向かった先はサーカスのテントみたいな場所だった。殆どの建物はまだ建設途中のため、ここで店を開こうと画策している商人連中が屋台をその中で開き、中央にテーブルを用意している。客は好きな屋台から食い物や飲み物を買ってきて食うというシステムになっている。
 夕暮れ時とあってすでに出来上がってるヤツも山ほど居た。少し大きな声でなければ声が届かない事もあるくらいだ。
「凄いですね」
 ユキヤがありきたりな感想を述べる。ニュートラルロードの方がよっぽどにぎやかなはずだが、これはこれで趣が違うからだろうか。
「あそこが空いてますからこの子に確保してもらいましょう」
 イヌガミが従順に空いているテーブルに向かい、椅子の一つにちょこんと座る。
 壁際には50を越える屋台が色々な香りをばら撒いている。店の前には世界コードが記されていて種族的に食べるとマズい物にはPBからの警告が出る仕組みだ。
「縁日みたいですね」
 何故か俺の後ろに付いてきたユキヤがきょろきょろと見回しながらそんな事を言う。
「そうだと言えば良いのか?」
「え、いや、その」
 はっきりしないやつだ。というか、さっきからやたら顔色を伺ってる気がするんだが。
「あ、焼きソバだ。買ってきますね」
 訝しがっているとそんな事を言いながら離れて行ってしまった。何なんだアイツは。
 俺も適当に買って五分程度で全員が戻って来ると、テーブルの上には様々な料理が並ぶ事になった。
「ユキヤさんのは縁日っぽい取り合わせですね」
 また『縁日』とかいう言葉が出てくる。祭りのようなものだと認識はしてるんだが……そういえばトウコと似たような世界の出身だったな。
 ソバとかいうのに丸いパンみたいな物にたれをかけたもの、それから芋を棒状に切って揚げたものが並んでいる。あとおにぎりもだ。
「そんな雰囲気だったんで」
 ちなみにトウコとルティの持ってくる物は野菜が多い。俺が肉系を持ってくるからだろうけどな。
 トウコの方は煮たりと色々と調理したもので、ルティのは生野菜という違いはある。
「まぁ、それはそうとして」
 視線を転じると、極端に配色の違う区画がある。
「えーっと、夕飯ですよね?」
「そうですよ?」
 ユキヤの問いにさも当然と頷く天然女の前にはどう見ても菓子としか思えない物が並んでいる。
「デザートでなく?」
「ですよー」
 普通にケーキに手を伸ばし始める。ちなみにトウコもこの手の食べ物は好きらしいが、俺としてはにおいだけで胸焼けがする物だ。今はいろんな食い物のにおいでここまで届かないがな。
「いつもこんなのを?」
「んー。お昼とかは所長が煩いからパンとかにしてますけど」
「……そういえばいつも菓子パンですよね」
 胃がもたれそうだ。俺はさっさと視線を外して自分の飯に集中する。
「……なんで、これで」
 不意に横合いからの恨みがましい声。ちらりと見ればトウコが天然女の方を凝視している。
「……」
 声は掛けない方が良いなと判断。ルティは黙々と草を食ってるし。
「お前、実はヤギとか羊とかだったりしないか?」
「……違う」
 いや、分かってるけどさ。トウコの弁当でもいつも延々野菜ばっかり食ってる。
「宗教的な何かか?」
「近いかも」
 そう続けてスティック状にカットした野菜をぽりぽりと齧る。
「そういう物か?」
 魔女なんてのは生き血くらい啜るもんだと思ってた。
「よかったらこれもどうぞ」
 不意にユキヤから差し出されたのは丸っこい食べ物だ。
「なんだこれ」
「タコヤキですよ」
 香る匂いは悪くない。別に遠慮する理由もないかと取ろうとすると「そこに楊枝を使うんですよ」とトウコがようやくこちらに視線を向けた。相変わらずこういうことばっかりには目が行く。
 楊枝とは棒のことらしい。刺さってるのを取って口に運ぶと、ちょっとぐにぐにしてる感覚はあるが悪くは無い。
「タコ以外にも色々入れてたみたいですね」
「そういうのもあるんですか」
 興味を持ったらしいトウコが手を伸ばす。それから少しだけ顔をしかめて
「何の味か判断するのは難しいですね」
 と苦笑する。見た目は似ていても全く違う可能性もあるしな。まぁ、美味けりゃいいや。
「ユキヤ君。私にもくださいー」
 賑やか女がぱたぱたと暴れる。その甘いのとこれを一緒に食いたがる感性がさっぱりわからん。
「そういえばユキヤさんはいつ戻るのですか?」
「明日一番に」
「お二人だけで?」
「そうなります」
 トウコがこっちを見て、それから視線を戻す。無視して俺は自分の手前にある食べ物に手を伸ばした。
 仕方ないと言う風なため息を吐かれても相手にする気はない。
「どれくらいかかるんですか?」
「こっちに来るまでは3時間程度でしたね」
 直線距離では100kmほどだが、通るのは危険と言われてるポイントを避けて通らなければならないのでそれくらいかかってしまう。
「輸送隊の護衛は倍くらいかかりますから、かなり早いですね」
「その分運べる量は少ないですけどね。僕も輸送隊には参加しましたけど、あっちは急ブレーキで追突しないように速度を落とさなきゃいけないらしいです」
「ああ、それもそうですね」
 結局というか、予想通りというか、トウコとユキヤが会話する感じになってるなと他人事のように聞き流していると、不意に周囲のざわめきに気付く。
 全員がと言うわけではない。いくつかのテーブル、つまりはパーティ単位だ。
「何か起きたんですかねぇ」
 天然女が先に気付いた。感性だけは相変わらず鋭いらしい。
「え? 何かって?」
 一方で全く分かってないユキヤが間抜けな声を漏らす先で10には満たないテーブルで忙しくなり、早々に立ち去って行った。
「怪物が出たんでしょうか」
「……衛星都市の防衛任務って事か」
 そういう仕事もあったことを思い出す。襲撃を感知して連絡が入ったんだろう。係りの連中に召集が掛かった程度の話らしい。
 結局その騒ぎで話の流れが断ち切られたためか、飯の時間は自然と終わりとなった。今回ばかりは怪物様だったなと、そんな単純な話になれば良かったんだがな……

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「では、私達はここで」
 エンジェルウィングスの社員には社員用の宿が用意されているので、別の宿に戻るトウコさんはそう礼儀正しく頭を下げる。
「では夜道をお気をつけて」
「そちらも」
 魔女っぽい子は結局ずーっと無口だったし、ヤイナラハさんは相変わらず不機嫌そうではあるけど、そこまでぎすぎすした感じではなくなってたと思う。
「じゃあユキヤ君行きましょうか」
「ええ」
 分かれて歩き始めた瞬間、レイリーさんが不意に倒れるように体を前へ。
 え?と思う暇もなく、背中の大剣が唸りを上げて目の前の地面を叩いた。
 ガズンと石畳を砕く音に金属同士がぶつかり合う音が混じる。
「ユキヤ君、しゃがんで!」
 声よりも、こちらを確認せずに動く巨大な質量に恐怖を感じて地面に張り付く勢いで伏せる。
 上空から何かが迫り来る感覚。それを寒気と共に感じ、しかしそれを薙ぎ払う更に恐ろしい暴風が髪の毛を数本巻き込みながら走りぬける。上空からの圧迫感が「ぎゃぎぃ」と引きつった音を奏で、僕の頭上を跳ねるように舞った。
「なっ、何なんですか!?」
「怪物ですよ。街まで入り込んだみたいですねぇ」
 声はおっとりしているけど動きはいつもの何倍も素早い。あんな巨大な剣を持っていても、むしろその重さを加速につかうように僕の前へと走り込み、怪物をにらみつけた。
 その姿は蟷螂に似ている。暗闇の中で色ははっきりしないけど、赤黒い色で、足の一本が引きちぎれていた。
 怪物はこちらの動きを伺うように、じりと動くが、レイリーさんを警戒してか近付こうとはしない。やがて背を向けて逃げの体勢に入るとレイリーさんが一気に踏み込んだ。
 石畳を砕くほどの剣が風に舞うようにふわりと踊る。だがいかんせん距離があった。虫の怪物は本当に蟷螂のようにばっと薄い翼を広げて飛び去ろうとする。その加速の差でレイリーさんの剣は宙を薙ぐに終わる。
「逃げられましたねぇ」
「って、そっちは!」
 三人が行った方だ。そうでなくても街中をあんなバケモノに徘徊させておく訳には行かないだろう。
「ええと、非常連絡とかできないの?」
『派出所、あるいは管理組合の仮設事務所まで行けば通達を依頼することが出来ます』
 PBが親切に応えてくれるけど、クロスロードと違ってそんなに数は無いはずだ。
「怪物が居るぞ! って叫んだら良いんじゃないですか?」
 そうこう言っている間に、レイリーさんが響かせた音に何事だと野次馬が集まっていた。
「怪物だと?」
「さっきの召集の時のヤツか?」
 伝言ゲームで広がっていく。多分これが一番早いんだろう。
「レイリーさん!」
「はーい?」
 振り返るとぺたんと石畳に座り込んでいるレイリーさんの姿。
「え? 怪我をしたんですか?」
「疲れましたぁ」
 へにょっとしながらそんな事言われても。
「ええと、冗談でなく?」
「冗談じゃないですよぉ。あの怪物けっこー強いですよ。最初っから全力全開でないと危なかったんですから」
 確かに、あの大剣を手に異様に素早い動きをしていた。100m走を全力で走った後みたいな感じなんだろうか。
「えっと、立てます?」
「……立てませんよぉ。おぶってください〜」
「その剣コミは無理です」
 明らかに目が悪戯の色に染まったのを見逃さない。そうこうしていると遠くから犬の声が響いてくる。あれはトウコさんの犬?
「あっちで交戦してるみたいですねぇ。まぁ、大丈夫ですよ。一人じゃ厳しいかもしれませんけど、あの三人は結構できますよ?」
 弱いとは思わないけど、心配は心配だ。
「もー、わかりましたよ。見に行きましょ?」
 よっこいしょーと気楽に言って立ち上がったレイリーさんが剣を背負い直す。その頃には人が集まりだしたらしく、派手な光が迸るのも見えた。
「どうやら袋叩き状態みたいですねー」
 そう言えばこの街も探索者だらけなんだっけと苦笑。飛んで火に居る夏の虫ってやつなのかなぁとやや気分を落ち着けて虫の逃げた方へ向かう。
 騒ぎはより一層大きくなっていたようで、人も30人ほど集まっており半分くらいが戦闘体勢にある。その囲みの真ん中で先ほどの虫が無残な姿で崩れ落ちていた。どうやら無事退治されたらしい。
 管理組合の人らしき数人が状況確認と連絡をしている。他にも街に入り込んでいないか確認が行われるんだろうか。
 見回してみたけどすでにトウコさんたちの姿は無かった。
「帰りましょーか」
「……そうですね」
 特に怪我人も出ていないみたいだしこれ以上心配しても仕方ない。僕と違ってみんな探索者なんだし。
 その時はそう思って、その場を後にしたのだった。
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