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世界説明SS
絶望へと放たれた一矢
(2010/10/17)
 壁の上で一人の女性が遠くを見守る。
 遥か彼方で光が踊っていた。この衛星都市を守ると決めた探索者達が少しでも怪物達を削り取ろうと奮戦しているはずだ。
 身を切るような寒さの中、振り返れば人々の息遣いがある。
 防衛設備に即席のバリケードを増設し、矢弾を壁の上へと引き上げる作業がすぐ傍で行われている。
 炊き出しの煙が上がり、手の空いた者が駆け込んで胃の中に流し込んでいる。
 医療スタッフが施術院の旗を掲げたテントを建てて準備を行い、リーダーシップの強い探索者達が防衛のための作戦とその役割について議論をしている。
 今は自分の出る幕ではないと眠りに就いている者も居るだろう。夜明けになれば眼下は怪物で埋まる。それまで休めるだけ休むという判断ができるのは戦い慣れている証拠だ。
 一方で不安げに仲間と寄り添う者も居る。逃げるという選択をしそこない、祈るように体を縮こまらせている。
「アース様」
 管理組合のスタッフが駆け込んでくる。
「報告します。迎撃部隊の被害はほぼゼロ。撃破数はおおよそ2000」
「二千ですか」
 迎撃部隊は百人程度なのだから間違いなく大戦果だろう。しかし、最新の情報で怪物の総数は二十万を越える。わずか1%しか削る事ができていないという事になる。
「各砦のMOB迎撃隊が居ればもっと見込めるのですが」
「それは出来ません。怪物の最終目標は間違いなくクロスロードです。ここを守りきってもクロスロードに進入されては我々は敗北したも同じです」
 言われなくても分かっているだろう。しかし自らに甘えが許される状況でないと教え込むように彼女は言い放つ。
「ここにある戦力だけで我々は戦わざるを得ません」
 組合員は小さく頷いて場を辞した。
 間もなく絶望的な戦いが始まる。
 二年前の悪夢のような光景が再び繰り返される。
 けれども────
「士気は高く、そしてこの場に集ったのは同じ思いを抱いた者達です」
 いがみ合い殺しあった三世界に頼らざるを得なかった大襲撃は多くの犠牲者を強いた。昨日まで殺しあってた者と幾ら非常事態だとしても割り切って共闘できるものではない。例えできたとしても、連絡のミス、指示系統の混乱、そして元々の不和により小さな同士討ちがいくつも発生していた。大襲撃の死者はもしかすると怪物によるものより来訪者同士の殺し合いの方が被害が大きかったと嘯く者もいるくらいの酷い有様だった。
「勝てないでしょう。しかし負けません」
 この戦い、目指すべきは衛星都市が陥落しない事。次いで可能な限り怪物を削る事だ。そうする事でクロスロードへの負担はぐっと減る。
 遥か北へと視線を転じ、彼女は寒空に白い吐息を放つ。
 未だに闇色に染まる空。そこに明星の白が染みこむ時、大地は何色に染まるのだろうか。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 クロスロードはいつしか静まり返っていた。
 援軍が出発して暫くは後片付けのために騒がしかった街はそれが幻だったかのような有様だ。本来ケイオスタウンでは今からが賑わう時間だが、今宵ばかりは人通りも少ない。いつもは酒を飲み交わす声もどこからか響いてくるのだが、流石にバカ騒ぎをするほど気楽な人は少ないらしい。
 ユキヤはとらいあんぐる・かーぺんたーずで椅子に座って外を眺めていた。ロウタウン側の家に帰るには一時間という時間はやや短い。邪魔するのも悪いので事務所に行くのも躊躇われた。
 庭からは作業の音が微かに聞こえる。向こう側の居間ではヤイナラハが治療を受けているはずだ。
 PBを眺め見て、視線を逸らす。あれから何分経過したか聞くのが怖かった。
 彼がどう決断してもヤイナラハは衛星都市に向かうだろう。自分が行けばそこまでは何とかなるとエルは断言し、そのための作業が続けられている。
 ユキヤに誰も何も言わなかった。彼の決断はヤイナラハの生死に関わるかもしれない。しかし例え辿り着いても衛星都市でかなり分の悪い戦いを強いられる。まるで遅いか早いかの違いだと言わんばかりだ。
「どうしてヤイナラハさんを止めないんだろう」
 特にルティアはもっと強固に反対すると思っていた。しかし現実は死にに行くような彼女に黙々と治療を施している。
 そういう自分だって彼女を止めず、そして悩んでいる。
 考えれば考えるほど「無理」という単語以外に見つからない。次いで自分が何故そんな事を悩んでいるのかと、胃がひっくり返りそうな不快感の中で悶々とする。
「僕は─────」
 何故悩んでいるのか。自分に問い直す。
 言い訳のように出てくるのはヤイナラハへの恩や、衛星都市に置き去りにしてしまったレイリーの事だ。でもそこに自分が命を賭けるだけの理由があるとは思えない。ヤイナラハは安全なところから死地に飛び込もうとしているし、レイリーは帰る手段があったのに自ら放棄した。
 言い訳だから決断に至らない。それは本当の理由じゃない。
 考え方を変える。プライド? それとも好奇心?
 見捨てるという事に忌避感を抱いているというのは確かにあると思う。その後悔が永遠に続くだろうという想像が容易に胸の中で暴れた。
 好奇心は……無い。やっぱり、見捨てるという行為とそれに続く後悔をただ恐れているだけだと思う。だからヤイナラハが行かなければ良い、レイリーが戻ってくれば良かったと思考が跳ぶ。
「ああ、もう……」
 頭を抱えて机に額をぶつけた。じんと響くような痛みがゆっくりと薄れていく。
 行くか行かないか。ここに着たばかりの自分なら絶対に迷わなかった。その自分と何が変わったのだと問う。
 何かを出来るようになったわけじゃない。PBの補助やエルが居るから何とかやってこれただけだ。戦争なんて知らない、戦いなんて怖い。喧嘩すらまともにやった覚えが無い。どうしようもない自分が行くべき場所じゃない。
 感情だけで問う。行きたいのか、と。
 残った彼女らに会いたいとは思えた。それ以上にどうしようもない震えに力ないごまかしのような笑みを浮かべる。
 背中を押してもらえたら行くのだろうか。
 けれどもヤイナラハすら何も言ってはくれない。そしてどんな選択をしても誰も何も言わない気がする。
 ああ、そうかと一人ごちる。
「決断が怖いんだ……」
 思い返す。自分は今まで何か決断した事があっただろうか、と。
 たった20年足らずの人生の中で自分が何かを決めた事を探して、何一つ思い当たる事はない。
 小さなことはあるかもしれない。けれども人生の節目と呼ばれる事に関して、必ずしも『誰か』の言葉があった。
 中学でも高校でも部活を選んだのは近くの席の誰かの言葉が原因だった。高校と大学を決めたのは周囲の話や教師の指示に従っただけだった。人を好きになった事があっても、人に好きと告げた事はなかった。
 バイトも親に進められたから何となしにやってたし、大学でも住む場所を決められずに変な場所を借りる事になり、サークルにも参加しにくくなって学校とを行き来する日々を過ごしていた。
 思い出せば思い出すほど情けないが、それが自分だった。
 決断する事に慣れていない。だから怖いのだ。そこに派生する責任が。
 それが、いきなり自分の生死すらも左右する選択を迫られている。
 ごりごりと額を押し付けた。
 誰も迫ってないからなお一層不恰好に困っている。
 決めるだけだ。
 でも決めれない。
 はぁと深いため息を吐く。
「どうしてレイリーさん戻ってこなかったんだろう」
 自分でもどうしようもないと思う愚痴に胃がむかむかとした。
 彼女は残る事を選んだ。どうしてそれを選べたのか。
 彼女との別れ際の、最後の一言が思い出される。
「まさか、なぁ」
 迎えに来るまで待ってるつもりというわけでもないだろうと思う───むしろ、願う。
 それじゃ自分が……
 少しだけ頭を持ち上げてごつと額をぶつける。
 彼女ならありえる気がした。
 それを理由にするのかと自身に問いかけ、首を振るようにぐりぐりと額をこねる。
 二択。
 自分は安全な場所に居て、なのに死地へと赴くかどうかという選択。
 ばかげている。ありえない。考えるまでも無い。────でも、考えているんだ。
 自分はヤイナラハをここまで連れて来た。危険だとわかって、実際危険な目に遭って、それでもここまで着た。
 今度は彼女を助けるためじゃない。ある意味殺すために自分の命を込みで運ぶ。
 がん
 静かな部屋に額を打ち付ける音が酷く響いた。
 なんとなく、理解してきた。だから小さくコツンともう一度額を机にぶつける。
「僕は、」
 体が震えた。怖くて仕方ない震えと、何か別の震えが入り混じっていると根拠もなしに思う。
「僕は、」
 行きたいんだ。口には出せずに吐露する。
 怖くて仕方ない、でも、
 背中を押す言葉が欲しい。誰かが欲しい、理由が欲しい。
 喉が酷く渇いた。手も足もがくがく震えて、気持ち悪い。
 死ぬかもしれない。そうならないための事をみんな準備してくれている。
 殺すかもしれない。けれどもそれは彼女の願いで、彼女は自分にその責任を求めはしないし、それこそ彼女を怒らせるだけだろう。
 大きく息を吸って、顔をあげると、ぎゅっと目を閉じた。

 がん

 目に星が走って、頭が真っ白になった。
「うっせーぞ」
 声がかけられた。
「リミットだ」
 弾かれるように立ち上がり、声の方向へと向く。
 ぶっきらぼうな声。顔を向ければ手にはあのボードがある。
「どうすんだ?」
「い……」
 喉の奥に言葉が詰まる。ぐるんと胃が回転してこみ上げる吐き気を飲み込んだ。
 そしてぐっと奥歯を噛み締めて
「行きます……!」
 ぞわりと背筋があわ立った。足ががくがくと震えた。それでも視線だけは彼女の冷ややかなそれから外さない。
「なっさけねぇな」
 ため息と共にヤイナラハはボードを壁に立てかける。
「ンな死にそうな顔のヤツに頼らなきゃなんねーのか」
 言われなくても、きっと自分が酷い顔をしているだろうことは分かっている。頭はじんじんと痺れるような鈍痛を響かせているし、手の先まで痺れが走って感覚が無い。
 ヤイナラハはずかずかと部屋を縦断してユキヤの前に立つとぐいと胸倉を掴みあげる。
「真っ青じゃねえか」
「わかって、ます」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「それも……」
 縮みそうな声と心臓に力を入れる。
「分かってるつもりです」
 突き飛ばすように放し、ユキヤは椅子を巻き込んで床に転ぶ。
「てめえの頭の件はルティアから聞いた。あの猫女が言った言葉の意味もな」
 視線が彷徨い、すべてを怒りに集約させると決めたようにユキヤを睨みつける。
「言いたい事は山ほどある」
「……はい」
「みんな終わった後だ。場合によっちゃお前の記憶がトぶまで殴る」
 音がしそうなほど張り詰めた殺気を込めて「立て」と告げる。ユキヤは竦み上がるような恐怖に逆らって、それでも椅子を補助にして立ち上がる。
「俺の剣は無謀だ。自分で言うのも何だが、殺される前に殺せば良いとしか考えてねぇ。だからお前には絶対に不向きだ」
 今はまだアルカに封印されたままだからその剣技を思い出すことはできない。
「出来るとは思わない。けど一つだけ教えておく」
 ぐっと固めた右手が振りかぶられる。
「目を閉じるな」
「っ」
 閉じる暇も無かった。額に衝撃だけが走り、次には尻餅をついて、背中が酷く痛かった。
「目を閉じたらそのまま死ぬと知ってろ。だが目を開けてさえいりゃぁお前はまだ生きてる」
 目を閉じるのは反射だ。それをするななんて事が出来るはずがない。
「出来る出来ないじゃない。それをしてれば生きている。覚えておけ」
 背を向けて庭の方へと歩いていくのを慌てて追いかけていこうとして、思いっきり椅子を巻き込んで転んだ。脳みそを思いっきり揺さぶられて立てないらしい。
「……何か間違ったかなぁ」
 痛みは無い。むしろ自分でがつんがつんやった方がよっぽど痛かった。
 大きく深呼吸をする。
 自分は行くと言った。思い出してまた手足が痺れるような震えに包まれるが、間違いなくそう告げたのだと繰り返す。
 勢いで言ったわけじゃないと思う。胸には後悔だけは無かった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「んじゃ、これね」
 まずアルカが差し出したのは二つの小剣。
「軽くて丈夫にしておいたから折れはしないと思うにゃよ」
「ありがとうございます」
 受け取ると確かに軽い。包丁ほどの重さも感じられないと逆に不安になるが、そこにあると感じるだけの重さが返っていいのかもしれないと今は思える。
「それからこれはお遣いの品物ね」
 次いで差し出されたのはタンポポ色の宝玉のついたペンダントだった。
「これ、アースちんに渡して」
「アースって……?」
「東砦の管理官だ。まだ衛星都市に居るのか?」
 ヤイナラハが壁を思い出してアルカに問い返すと「うん。防衛の指揮官やってるんだってさ」と軽く応じた。
「そんな人に会えるんですか?」
「うちからの発注品って言えば通してくれるにゃよ」
 そんなものなのかなと考えて、問い返しても仕方ないと頷いて受け取った。
「エルの事は道中に聞いてね。それからやっちゃん」
「……めんどくせえからいいけどよ。なんだ?」
「やっちゃんにもお駄賃。輸送の護衛料にゃよ」
 こちらは赤いペンダントだ。
「なんでこんなちゃらいモンを」
「お守りにゃよ。マジックアイテムなんだからちゃんと身に着けてなさいな」
 流石にそう言われては無下にできない。ただでさえ無茶な事をしに行くのだから加護の一つも得られるならそれに越した事はない。
「んじゃ、いってら。ちゃんと帰ってきてね?」
「はい、行ってきます」
 ユキヤは頭を下げ、ヤイナラハは応じず、エルはドライブの回転数を上げることで応じた。
『行くわよ』
「うん。お願い」
 新暦1年12の月、23日になる直前。
 一台のバイクがクロスロードを飛び出していく。
『ユキヤ、兵装の説明をするわ。ヤイナも聞こえてる?』
「ヤイナラハだ。……聞こえてる、続けろ」
 苛立ちの声にユキヤは苦笑しつつ。それがばれないように正面を向く。
『主兵装の名前は《ランサー》。端的に言うと突撃用兵装よ』
「突撃……?」
 物騒な名前に思わず怪訝な表情を浮かべる。
『そう。加速が無いと使えないのが欠点だけど、車体に魔法で擬似装甲を作り出して相手に突撃するの。
 槍の穂先見たいのが発生するから槍兵の突撃って事で《ランサー》ね。人間サイズくらいの敵なら砕きながら進めるわ』
「どれくらい持つの?」
『稼働時間はその時出してる速度にも寄るけど、大体5秒って所ね』
 時速150Kmを出していたとすれば200mの距離を突き抜ける事になる。これが短いのか長いのかは何とも判断がつかない。
「連続で使えるのか?」
『無理ね。一度使うとチャージが必要になるわ。1分もあれば良いんだけど遣いすぎるとユキヤがダウンするわ』
「僕が?」
『あたしはあなたの武器なの。兵装に関してはユキヤの許可がないと発動させられないし、そこにはユキヤの強い意思が必要よ」
「なんか、いきなりスーパーロボットみたいな設定になってない!?」
 ユキヤの突っ込みに『魔法なんて気合の産物だもの。当然じゃない』としたり顔(声?)で切り返されてしまった。
『次に副兵装。とは言えサイドカーを積んでるから目減りしてるわ。
 マイクロミサイルポッドには今回は煙幕弾頭と通常弾頭で合計24発。後部には対空ミサイルが4発。打ち尽くすまで転倒しないようにね』
「肝に銘じるよ」
『今更かもしれないけどサイドカーが付いている分、加速と旋回性能ががた落ちになってるわ。
 《ランサー》で強行突破を繰り返しながらヤバイ時にはミサイルで誤魔化すことになると思うからそのつもりでね』
 つもりと言われても実感が湧かない。
『ヤイナ。突き抜ける方向は貴女の指示でお願いね』
「……分かった。その方が良いだろうな」
 幾ら戦闘経験を分けてもらった状態でも借り物だ。即座の判断に迷いが生じれば命取りになる。
「お願いします」
「……」
 睨まれ、視線を外される。
『ユキヤは素直すぎるっていうか、腰が低すぎるのよね』
 呆れたような、笑みを滲ませた声が脳裏に響く。
『ユキヤ。謝れるのは美徳じゃないわ。貴方は貴方の役割を果たしたなら、後は任せればいいの』
 そうは言われてもと、メットの中で呟く。
 自分がここに居る意味はエルを動かすためのオマケみたいなものだ付け焼刃をいくつか用意してもそれでどうにかなるなんて自惚れは持てない。
『まぁ、貴方らしいけどね。ヤイナの立場も分かってあげなさい』
 ぼそりとヤイナラハが何かを言ったらしいが届かない。ただ楽しそうな笑い声だけが響き、ユキヤは更に首を傾げる。
「ったく……、おい、その《ランサー》ってヤツの距離を見せろ」
 何をいきなりと思い、そして気付く。何かの一団がこちらに向かってきている。
『早速ね。ユキヤ、いい?』
「……うん」
 心臓はバクバクと弾けるような音を立てているがもう逃げるなんて選択肢は取れない。
 その一瞬一瞬の間に怪物のシルエットは明確になって行く。様々なバケモノがひしめき合い、一直線に向かってくる。
「っ!?」
 反射的に手が逃げのコースを選ぼうとしてエルにがっちりブロックされる。もう怪物の群れは間近だ。ぶつかる!?
 真っ白になる頭に『ユキヤっ!!!』と鋭い声が一つ。
「ら、《ランサー》っ!!!」
 宣言と同時に周囲が青に包まれ、加速──────
「っ!!」
 青の光に触れた怪物が引きちぎられはじけ飛ぶ。速度に流されていくパーツが何なのかを考えないようにしてユキヤはただひたすら前だけを目指す。
 効果時間は5秒のはずだ。それを十倍にも引き伸ばしたような時間から開放された瞬間、涙が出てきた。
『我に貫けぬ物無しって感じね』
 上機嫌でそんな口上をするエルだが、ユキヤはそれどころじゃない。フラッシュバックするスプラッタな映像に吐き気を堪えるだけで精一杯だった。
「大体分かった。だがこの後1分ってのが辛いのと」
 首を上げていっぱいいっぱいの男を見る。
「俺が運転した方がいいんじゃねえのか?」
『ヤイナの場合、口に出すのがいいところよね』
 そんな言葉を交わしつつ、バイクは死の踊る場所へと向けて闇夜の荒野を疾走していく。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  

「何かの冗談か」
 ある探索者が呟いた。
 出来合いの防壁の上で、彼は広がる光景を呆然と見つめる。
 大小さまざまなバケモノが迫ってくる。あらゆる現象が探索者により作られ怪物を屠っていくが、空いた穴がすぐさまより多くの怪物に埋められていく。
 遠雷のようであった機動部隊による削りの音はいつしか聞こえなくなり、防壁に設置された機銃や、射程を持つ魔術での攻撃にシフトしている。巻き起こる爆煙の中から怯みもしない怪物が続々と姿を現す。
「これでまだ先駆けらしいよ」
 弓を番えたホビットがオーガの脳天に見事な一撃をお見舞いしながら嘯く。
「ついでに言えば大襲撃より規模は小さいんだってさ」
「……」
 探索者の殆どは未だ攻撃に参加せずに準備や休息に時間を費やしている。
「おっさんは騎士? じゃあまだ休んでた方が良いんじゃない?」
 まだおっさん呼ばわりされるのは遺憾だが、確かに剣を扱う彼では怪物の姿は遠い。
「……できりゃ、おっさんの仕事がない方がありがたいんだけどね」
 次々と矢を放ちながらの言葉。騎士は頷く事も無くこの光景を焼き付けるように見渡す。
 彼が剣を取り戦うという事はこの防壁を乗り越えてくるという事と同意だ。
 自分のすべき事ではない。が、せめて矢弾を上に運ぶ事くらいは出来るはずだ。
 騎士は騎士としてのあり方よりもなお、皆が安全にこの事態を乗り越えられる事を思い、防壁を後にした。

 空に光の花が咲いた。
 予定よりも早く、機動部隊の撤収の合図が放たれた瞬間だった。
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