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世界説明SS
力無き者として
(2010/12/09)
 夜明けから2時間が経過した。
「クソっ! 無茶言うなよ!」
 管理組合からの通達に誰かが悪態をついた。
 この怪物の海を突っ切って救援部隊が衛星都市に来るらしい。その血路を開け────
「どんなクレイジーだよ! ったく!」
「とりあえず必要最低限の物資を持って突っ込んでくるらしいわ。残りは飛竜でピストン輸送だそうよ」
「誤射しない事を願いたいね!」
 会話する二人に余裕があるわけではない。撃てば当たり、当たっても減らないこの光景から精神を守るためにどんな下らないことでも無理やり口にしているのだ。
「輸送の飛竜には点滅するライトが付いているらしい」
 休憩から復帰した三人目が二人の間に割り込んで矢を番えた。
「へぇ、確かに怪物にはない知恵だわ」
「知恵か。アイロウス様の慈悲の欠片でもあれば頭の良い死に方もできたんだろうな!」
「誰だいそいつは?」
「知識の神様をそいつ呼ばわりは無いだろ?」
 少しむっとした言葉に三人目は片目を瞑り、
「そいつは失敬。うちの知識の神は誰だったかな。ンードメイ=ヌザ様だったか」
「こっちはプロメイ=ラ=テ=ア=イウス様よ。まぁ誰でも良いからあたし達に加護と勝利を!」
「違いない」
 故郷とする世界を別にする三人は強気な笑みを見せ、持てる限りの攻撃を盛大にぶちかました。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「この状況で門を開けるなんざ、気でも触れてるのかよ」
 ヤイナラハはそう言いながら剣を抜き放つ。
 自分達よりも早く着くはずだった補給隊がまだ到着していなかったと聞いたのは衛星都市北門の防衛依頼が出たのが切っ掛けだった。どうやら途中で怪物と数度となくやりあったために大きく足を鈍らせたらしい。
「でも補給物資は必要です。ポーション類は喉から手が出るほど欲しいですからね」
 トウコもイヌガミの背を撫でつつその場に居る。ルティだけは壁の上で既に攻撃を開始していた。ようやく明けきった空に万色が煌き、その先で死の破壊を振り撒いている。
「あのバカ女は?」
「補給所の防衛と言っていましたけどね」
 完全にシャットうアウトできる自信がある者など誰一人居まい。そうなれば少なくとも入り込んだ怪物を相手にする戦力も必要だ。仮にその一匹でも怪我人や住人が集まる補給所に飛び込めば大惨事になる。
「長期戦に向かないヤツだしな」
「そうなんです?」
 きょとんと聞き返す巫女。
「たりめーだろ。あんなでけぇの持ってどんだけやれると思ってるんだ?」
「……いえ、まあ。クロスロードの場合そういう人も結構いますし」
 そう返されるとやや口を噤んでしまう。ちょっとムッとしながらもヤイナラハは言葉を続ける事にする。
「……アイツの場合は別だ。見るからに疲労がでかいしな。多分お前でも腕相撲勝てるぞ」
「無理ですよ! あんな巨大な剣持ってる人とやりあえるはず無いじゃないですか!」
「……いや、腕相撲なら勝てるさ」
 その言い回しにトウコは眉根を潜める。
「あいつは体全体を使って剣をぶん回してるんだ。だから腕力だけならどうという事でもない。
 つーか、滅茶苦茶だぞ。少しでも間違えば腰やら腕やら自分で砕きかねないやり方だからな」
「……」
「なんだ?」
「いえ、ヤイナラハさんが他人を長々と語るのって初めてだと思いまして」
 そう突っ込まれると彼女は本当に嫌そうに眉間にしわを寄せ、
「どういう意味で言ってんのか知らねえけどな。目の前で武器振る相手の特性くらい見切ってて当たり前だろうに」
「……はぁ」
「何だよ、その溜息は」
「いえ。ほんとヤイナラハさんはヤイナラハさんですねぇと」
 物凄く失礼なボヤキを漏らすトウコを睨みつけ、何となく突っ込むと妙な話になると見切って視線を他所に投げる。
『開門するぞ!』
 増幅された声が響き渡る。構える面々の前で一拍置いた後にぎぃと音を響かせて門が上がる。
『斉射っ!』
 門周辺に火力が集中し、外部から猛烈な勢いで土ぼこりが吹き込んでくる。
「っぺっ! ヒデエな」
 腕で風除けを作りながら薄目で前を見る。ちりちりと焼けるような熱が頬を撫で、その先の破壊を如実に表わしていた。
 次いで響く駆動音。『轢かれないように注意しろ!』と声が響くと同時に誰かが風を操作したのだろう熱風や土ぼこりが吹き払われ、猛烈な勢いでトラックが走り抜けていく。それが5台、6台と続けば圧巻だ。速度を落とせば後続が停まらざるを得ない故、先にある広場まで一気に突っ切るのだ。
 扉の向こうでは爆音が続いている。道を確保するために火力を注ぎ込み、守り続けている。
『2匹!』
 それをかいくぐった怪物が輸送隊の安全のために攻撃できない領域に踏み込む。輸送護衛用の装甲車がバルカン砲で迎撃するが、速度と揺れのせいで仕留められたのは1匹のみ。四足獣型の怪物は素早く門へと肉薄するが、潜るかどうかの直前で下で待ち構えていた魔法使いから集中砲撃を浴びて吹き飛ばされた。
『あと4台だ! 門を閉めるまでの間、頼むぞ!』
 勝負はそこだ。周辺の怪物も門へ向けて移動を始める個体がどんどん増え、討ち漏らしが必然的に増加すると地上で待ち構える探索者の動きも慌しくなる。
「来やがったな」
 トウコは一歩下がり、ヤイナラハは体を前に傾げる。弾くような速度でゴブリンのようなそれに肉薄し、首を掻き斬る。薄く彫られた文様に血が走って背後に散る。
 勢いを殺さぬままに更に前へと飛び込み、ヘルハウンドの前足を薙ぎながら左に身を流し、横腹を派手に斬りつけた。
 突破してくるのは小型ですばしっこいヤツばかりで、彼女にとっては相性の良い敵だ。もはや慣れきった動きでイヌガミが着地。その口には噛み千切ったであろう肉がある。
『最後の一台だ!』
 運悪くトラックの前に飛び込んだ怪物がパンと弾かれ宙を踊る。直後に門が轟音を立てて落ちた。
 その間に入り込んだのは十数匹。孤立した怪物には魔法や矢が雨霰と降り注ぎ、突進してくるヤツラを接近戦を主とした者が迎え撃ち、討伐する。
『よし、作戦終了。引き続き外への攻撃を継続されたし!
 手の空いてる地上組みは荷卸を手伝ってくれ』
 その声にまずは安堵の吐息がちらほらと漏れ、しかし予断を与えない爆音に誰もが壁の向こうを透かし見た。
「ヤイナラハさん、お怪我は?」
「ねぇよ。見てただろうに」
 あれば要らないと言ってもまず治療をしようとする。それを当然のように思う自分に舌打ち一つ、イヌガミの頭を乱暴に撫でて街の中央方面へと歩く。
「どうするんですか?」
「街の外、見ただろう?」
 低い音にトウコは息を呑む。
 巻き起こる破壊の嵐よりも、その後ろで蠢く黒山の群れに誰もが一瞬の時間を奪われた。壁の上に居る者達はずっとその光景をにらみ続けて居るのだと今更ながらに知る。
「なりふり構ってられないさ。荷卸の手伝いくらいしてくる。お前は治療の方に戻れ」
「……この子、預かって置いてください」
 とっと石畳を踏む音と共にイヌガミが横に並ぶ。
「意味ねーだろ。こいつはお前の護衛だろうに」
「ダメです。ヤイナラハさんはこの子と戦うのにすっかり慣れたじゃないですか」
 元々彼女は背中を守る事もせず飛び込むタイプの戦士だが、その速度に付いていけるイヌガミのフォローを得て、なおその傾向が強くなっている。
 彼女とてそれは自覚しているため、チと舌打つ。
「それにテントまで押し込まれるような事態になればこの子が居ようとあまり変わりません」
「……わーったよ」
 言い返すのも面倒とばかりに肩を竦めてヤイナラハは歩き去る。
「ホントに変わりましたよね」
 トウコは二人の背中を暫く見つめ、自分がやるべきことのために一歩を踏み出した。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「って、今何時!?」
『8時23分です』
 PBからの回答に息を呑み、遠雷のような爆撃音に身を竦める。
 次いで周囲を見渡して更に絶句。少なくない数の人々が怪我に表情を歪め、治療を受けていた。消毒液や薬の臭いが鼻を突き、こんな中でよく眠ってられたと戦慄する。
「みんなは……?」
 残念ながらPBはコミュニケーションソフトではない。その問いには応じる事無く、沈黙を守った。だが問うまでの事でもない。それぞれが戦いを繰り広げているのだろう。
 立ち上がり、強烈な立ちくらみに蹲る。とにかく体がだるく、そのまま倒れ込みたいという欲求に必死に抗いながら天幕の出口を視界に入れる。少なくとも自分以外には動かせないエルは近くに居るはずだ。
 歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
 ─────僕は今から何をすべきか?
 軽いはずの腰の小剣が急に重く感じる。餞別に武器を貰ったとは言え自分の本質はタダの大学生のままだ。血みどろの戦いの中に飛び込むだけの武勇など持ち合わせてはいない。
 せめて治療している人たちの手伝いでもすべきだろうか。周囲を見渡し、血みどろの腕を抱える男を見てしまい気が遠くなる。ドラマや映画以外で血みどろの人なんて見たのは初めてだった。
 ユキヤは目を逸らして逃げるように天幕の外へと出た。多少遮蔽されていた音がずんと耳と腹に響き、身を竦める。
 天幕の外も人の動きは慌しい。誰も彼もが不安と強い意志を表情に乗せてやは早足で動き回っている。
「そこどいて!」
 横合いからの声に慌てて身を引くとタンカでドワーフらしき人が天幕の中へと担ぎこまれていった。ちらりと見たが左足が無かった。
『何青い顔してるのよ』
 呆れ返った声。救いを求めるような目でそちらを向けば見慣れたバイクがそこにあった。
「エル……。みんなは?」
『レイリーはどこに行ったか知らないけどヤイナとトウコは門の方へ行ったわ。遅れてた輸送隊が今しがた入ってきたのよ』
 門と言われて視線を巡らせるがここからではその姿は確認できない。
『で、アンタはどうするの?』
「……どう、しようか?」
 困ったように返されてエルは苦笑じみた思念を飛ばす。
『ユキヤ、あんた一つ忘れてない?』
 忘れる? 疲れとショックに混乱気味の脳内がぎちぎちと動き始め
「あ、お遣い……」
『しっかりしなさい。エンジェルウィングスの社員なんでしょ?』
 苦言にユキヤは情けない顔をし、新調した輸送用BOXに触れた。
「アースさんに、だよね?」
『ええ。戦況が厳しくなれば忙しくなるでしょうし、早いうちに行くべきね』
 じっとしていても不安が増すだけだ。ユキヤは縋る思いでエルに触れた。
『体、大丈夫?』
「まだだるいけど平気だと思う。戦うわけでもないしね」
『……だと良いんだけどね』
 不穏な言葉にぐと息を詰まらせる。追い討ちをするように空を舞う怪鳥が砲撃で落とされ街のどこかに落ち、ずんと音を響かせた。もうここはいつ怪物が乗り込んでもおかしくない場所なのだ。
「あれ? 起きたんですか?」
 焦りが蓄積する中ですぐにでも出ようと決心しかけたタイミングでの緩い声。
「レイリーさん?」
 振り向けば手に湯気を立たせる椀を2つ持った少女が誰もが見蕩れるだろう整った顔立ちをぽやっとさせて微笑んでいた。
「もう動き回って平気なんですか?」
「ええ、おかげさまで」
「それは何よりです。折角朝ごはん貰ってきたんですけど、どこか行くんですか?」
「ええ、届け物です」
 そう言えばこの届け物についてはレイリーは知らないことを思い出す。
「じゃあエンジェルウィングスのお仕事じゃないですか。私を置いていくなんて酷いですよぉ!
 それに今更少々急いでも変わりませんよ? ちゃんとお腹の中に入れていきましょ?」
『……まぁ、レイリーの言う事も一理はあるわね』
 気勢を削がれたとばかりにエルも呻くように同意する。
 それが聞こえていないはずのレイリーはしたり顔になって
「戦場の空気に飲まれたら早死にしますよ?
 意気込むのは疲れるだけですからねー。リラックスですよ」
 ふにゃりと笑ってお椀を差し出してくる。
『抜けてるのか豪胆なのか、ホントにわかんない子よね』
 良い意味で両方なのだろう。そんな事を思いながらユキヤは暖かい椀を受け取った。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「アース様。エンジェルウィングスの者が届け物を持ってきたと」
「……私に届け物?」
 こんな非常事態にそんな悠長な事をしそうな知り合いはほぼ一人であるが、
「品物は?」
「とらいあんぐる・かーぺんたーずのアルカ氏からだそうで『渡してほしい』と頼まれたのでと」
 目まぐるしく動く作戦画面から目を離さないまま沈黙。予想は外れ。
 その店なら2つの意味で有名なのでもちろん知っている。が、自分個人に届け物……?
「分かりました。通してください」
「はっ」
 報告者は一度下がると、暫くして気の弱そうな青年を引き連れて戻ってくる。その後ろにはやたら大きな剣を背負った少女が続く。
「状況が状況ですのでこのままで失礼します。
 私に届け物、とは何でしょうか?」
「ええと、これです。発注品、だということで」
 そんな覚えは全く無い。そう思う前に差し出されたそれを思わず凝視する。
「これ────は」
 たんぽぽ色の小さな宝玉。それが付いただけのシンプルな首飾りでしかない。けれども唯一彼女だけはその玉の意味をいやと言うほど理解してしまった。
「これを、私に、ですか?」
 明らかに表情の変わった彼女を不思議そうに見ながらユキヤはおずおずと頷く。
「……」
 席を立ち、差し出されたそれをゆっくりと手に取る。
「っ!?」
 静電気でも走ったかのような反応にユキヤのほうがびくりとして、「すみません!」と謝った。
「あ、いえ。大丈夫ですから」
 落ち着きを取り戻せぬままに首を振る。
 冷静沈着を旨とする彼女がこんな反応をするのもめずらしいが、初めて会う彼には分かりえない事だった。
「とにかく、受け取りました。ありがとうございます」
「いえ、じゃあ僕はこれで」
 そそくさと立ち去る青年にはとてもこれの価値が分かっているようには見えない。本当にただの配送屋なのだろう。
「……」
 周囲を目まぐるしく駆け巡る声から意識を切り離して、アースはその小さな首飾りを凝視する。

 彼女の脳裏に描かれた言葉は2つ。
 それを誰にも漏らさぬままゆっくりと意識を現実へと引き上げた。
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