<< BACK
世界説明SS
日常の種類
(2009/10/14)
「じゃあよろしくね」
 ドラゴン人改めグランドーグさんの言葉に「はい」と頷く。
 魔法駆動バイクエルフィンガントに備え付けられたBOXには大量の手紙が入っている。
 これはそれぞれ違う世界から届いた物らしくて、僕の仕事はつまるところ郵便屋さんだ。小包や書留が無い分は楽だけど、ちょっとした大都市並の広さがあるクロスロード全体が管轄と言われて一瞬眩暈がしたものの、毎日20件も無いそうだ。
 そのためバイクのように小回りが利いて速度も出る乗り物は最適なんだそうだ。
 ちなみにクロスロード内での郵便のやり取りもあるけど、それは他の人が分担しているらしい。
「ナビよろしくね」
『了解しました』
 PBの声に笑みを零し
「エルフィンガントさん、今日からよろしくお願いします」
『エルとかエルフィでいいわよ、新しいマスター』
 バイクの発する軽快な声にうなずき返す。
 それにしても、傍目に見ると二つの声は僕にしか聞こえない事もあって、とっても寂しい人っぽい。
「行ってきます」
「うん、気をつけて。問題があったら一回戻ってきてね」
「はい」
 エンジンをスタートさせ、走り出す。加減は覚えたから昨日みたいな急加速はない。
 エンジェルウィングスの敷地を出てニュートラルロードに出るとこの道の馬鹿でかさを改めて体感した。
 ちなみにこのニュートラルロードでは駆動機械系の制限速度は30km/hとなっている。
 明確に規制されているのはニュートラルロードだけなんだけど、他の道でも駆動機械への理解が無い人が多いため、それ以上の速度を出さない事が暗黙の了解なんだそうだ。
 ちなみにこの制限があるのは駆動機械系だけで、魔法や元々足の速い種族には適用されないらしい。確か人間が交通事故を起こすのは人間がその速度の世界に慣れていないからだって教習所で習ったっけ。元々その速度で生きる人たちには速度規定なんて余計なお世話という事なんだろう。
 そういえば都市の拡大、物流の増大にあわせて駆動機の専用道路の指定も検討されてるんだって言ってたなぁ。
 安全運転で巡っても規定時間には余裕で終わるはずらしい。ともあれ一日目から失望を買わないように落ち着いて行こう。
『おもいっきり飛ばしたいわ』
 ……いきなり不安な言葉を呟く知的バイクは無視。僕は一件目に向かう事にした。
◇◆◇◆◇◆◇

 巡回任務は三人一組で行われる。
 規定されたポイントを規定された時刻に回る。何も無ければそれで終わりという仕事だ。
 まず最初にチームで参加している人間は申告し、それ以外はバランスを考えて組まされる。
 怪物にはいくつかの属性が確認されている。その中でも特異なのは『世界三属性』と呼ばれるものだ。
 『物理』『魔法』『加護』と名付けられた三つの属性。俺の扱う剣なんかは物理属性に含まれるし、魔法使いの使う技は魔法属性に分類される。 
 ただ精霊使いの使う精霊魔法や神官の使う奇跡等、他者に力を借りる技は『加護』属性というものに分類されるらしい。
 そして怪物の中にはそのどれかに耐性を持つものがいくつか確認されているらしい。
 俺の世界では魔法使いは極端に少ない存在だったが、あらゆる世界から人が集まるここでは極端に偏っているほどでもないらしい。
 今回チームを組む事になったのはいかにも魔女といった格好をした女と、上半身が白、下半身が赤という極端な色の服を着た女だった。
「よろしくお願いいたします」
 紅白の女が微笑みながら頭を下げてくる。恐らく物理属性担当が俺だとすると魔女が魔法属性担当だろう。そうするとこの女が加護属性の使い手となるわけだが……
「犬神使いの大上董子と申します」
 オオガミ・トウコ? 響きがあの男の名前に似ているなとその考えを咄嗟に打ち消す。昨日の嫌な気持ちを引きずっても意味がない。
「ルティニアネス。ウィッチ」
 こっちはぼそりとそれだけを言う。青白い顔は今にも倒れそうなんだが、無事に歩ききれるのだろうか。
「……ヤイナラハだ。双剣を使う」
 戦士だと言うのもアレなのでそう言ってみる。
「では、各自出発願います」
 管理組合と書かれた腕章をした男の言葉にそれぞれのチームが動き出す。
「では私たちも参りましょうか」
 言うなり彼女の影が厚みを帯、黒い毛の四足獣が現れる。これがイヌガミというやつか。
 魔女も手にしていた箒を倒すとそれに腰掛ける。箒はふわりと浮いて彼女を支えた。
「ヤイナラハさんは歩きですか?」
「規定時間に遅れる事はない」
「乗ります?」
 犬神使いの呼んだイヌカミとやらは体長1.5mはある。確かに俺が一緒に乗ってもびくともしないだろう。
「咄嗟の時対応が遅れるからいい」
「そうですか? 巡回で怪物と遭遇するのは数回に1度ですし、そこまで強力な怪物も出ませんよ?」
 良く喋る女だと思いつつ、何度かこの任務を経験していると知る。
 彼女は無理強いする事無く微笑むと「では、参りましょうか」と俺達を促す。
 俺はおざなりに頷いて、規定のルートを歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇

「ふー」
 照りつける太陽がまぶしい。
 もうそろそろ時刻はお昼だ。右手を見ると随分と塔が近い。
 くねくねとクロスロードを縫うように走ってきた僕は、すでに10件ほどの手紙を配り終えている。
 手紙と一概に言っても形は様々だ。記録チップみたいなものがあれば、巻物や、紙にしてはずっしりしたものもあった。
 それらを均一化されたポストに投げ込み続けているわけなんだけど……正しいのか少し不安になってくる。記録チップとかちゃんと気付いてくれるのかな?
 クロスロードを縫うように進み、何度目かのニュートラルロードへ出る。
 次の手紙のあて先の住所が近付き、ふと既視感。宛名を見ると
「あれ? これって……」
『アリアエル施術院は左に曲がり4つめの通りの角です』
 施術院って要は病院だよね。そんな事を思いながら見上げるとここからでもその看板が確認できた。
 そう、僕がお世話になった天使のお医者さんの所だ。
 エルを走らせて目的地に到着。間違いないなぁと見上げていると、ちょうど中から先生が現れた。
「おや、君は」
「先日はお世話になりました」
 慌てて頭を下げる。白衣のままだが、がっしりとした体は医者と言うには立派過ぎる。
 なにしろエルに跨った僕を見下ろすくらいなんだもの。身長2mあるんじゃないかなぁ。
「そうか、エンジェルウィングスで働く事にしたのかい。奇縁だね」
 先生は目を細めてボックスについているロゴを見る。
「奇縁、ですか?」
「知り合いが社長なんだよ。私と同じ出身でね」
 そういえばエンジェルウィングスはそのまま天使の羽の意味だ。
「私に届け物かい?」
「ええ、手紙が」
「手紙?」
 妙に訝しげな顔をされる。少し不安になってあて先を見るけど、間違いなくここだ。
「……どうぞ」
 受け取った先生は差出人の名前をみてはっとし、それから苦笑をする。
「なるほど……ありがとう」
「あ、いえ」
 少しその表情の移り変わりが気になったけど郵便屋さんがそこを詮索するわけにも行かない。
 先生は封を開けないまま白衣のポケットにねじ込むと、思いついたように僕を見る。
「……ユキヤ君だったかね。君、お昼はどうするんだい?」
「え? あ、適当に食べるように言われてますますけど」
「じゃあ、一緒にどうかな?」
 突然の申し出だったけど、別に行きたい店や予定があるわけじゃない。
「あ、じゃあ、ご迷惑でなければ」
「うん。それはここに停めて置いても構わないから」
 郵便物の入っているボックスには魔法で掛けられた鍵が掛かっていて、多少殴ったり蹴ったりしても開かないらしいけど。
 僕の逡巡を察した先生は不意に笑みを漏らす。
「なに、エンジェルウィングスに喧嘩を売るような物好きは居ないさ」
「え?」
 先生の物言いにどこか不穏な空気を感じて見上げると、
「クロスロードの物流を一手に引き受けているんだ。誰だって飢え死にしたくは無いよ」
 ちょっと納得したかも。そういう意味では凄いところでバイトしてるのかなぁ。
「じゃあ、エル。ちょっと行って来るよ」
『はいはい』
 別に気を悪くしたようでもない。おざなりな返事に苦笑して先生に付いて行く。
 一分も歩かないうちに着いたのはニュートラルロードから一本路地に入ったところにある小さなお店だ。
 入るとクラシックっぽい曲が煩くない程度に店内を満たしていた。
 落ち着いた洋風の間取りに座席とカウンター。まんま僕が認識する喫茶店の風貌だ。
「いらっしゃい」
 カウンターの奥でフラスコみたいな物を弄っていた、20代前半くらいに見えるお兄さんがこちらを認めて立ち上がる。
 とんがった耳がエルフ種族かなぁと思わせる。
「おや、そちらの方は?」
「元患者客だよ。そしてエンジェルウィングスの新人さんだ」
「おや、それはそれは。お好きな席へどうぞ」
 店内はがらがらだ。先生は迷う事無く一番奥のテーブル席へ向かい、背もたれのない椅子に腰を下ろした。僕も向かいに座る。
「君はコーヒーを知っているかね?」
「あ、はい」
「大丈夫かね?」
「はい」
 本当に喫茶店らしい。カウンターの方を見れば先ほど弄っていたフラスコみたいな容器を楽しそうに準備する店長の姿があった。
 確かあれって正式なコーヒーメイカーだよなぁ。前に大学の先輩に連れられて喫茶店に入ったときに見た覚えがある。
「メニューはそこにあります。先生はいつもので良いですよね?」
「ああ」
 失礼してメニューを取ると見慣れた軽食が並んでいた。ナポリタンとかあるし。
「君には見慣れている物ばかりだと思いますよ?」
 店長さんの言葉は僕の出身を見抜いたものだ。
「なんだ、君は地球世界出身かね」
 先生の問いかけの意味を探っても僕の知識でどうとなる物でないか。
「ええ、そうなります。……なにか特別なんですか?」
「特別と言えば特別ですね。このクロスロードの生活基盤は地球世界文明を基礎としています。
 詰まるところ地球世界にまつわる住人が基礎的に最も多いと言えるでしょう」
「故に、彼のようにその文化に傾倒する者も少なくない」
 先生の補足に店長さんは遺憾だとばかりにかぶりをふり、続いて両腕を広げて
「火打ち石で火を起こし、竈で煮炊きする生活から見れば夢のようじゃありませんか」
 なんて大げさに言う。
「楽は必ずしも良い物ではない」
「ですが、先生としても傾倒せざるを得ない」
 演劇のようなやり取りに眼を丸くしていると、二人はふっと笑みを零す。
「違いない。かの世界の滅菌技術は素晴らしいからな。
 薬品はおろか消毒方法1つにしても、過去の自分の教えてやりたいくらいだ」
 難しい話題だなぁと話題を右から左に流すしかない僕が居ます。
「で、ご注文は?」
 今のやり取りが幻だったかのように店長さんはくるりと視線を向けてくる。
「あ、えっと、じゃあクラブサンドを」
「セットでいいかな?」
 メニューを見るとコーヒーが付いているだけだ。というかどうしてもコーヒーを出したいらしい。
「もしかしてコーヒーが好きなだけ?」
「もしかしなくても大好きですよ?」
 呟きを聞きとがめられたとびくりとしたけど、全く躊躇のない回答。カフェイン中毒かぁと頬を掻く。
「さて、君はこちらに住む事にしたのかな?」
「え、いや……」
 どう答えていいものかと少し悩み
「僕の世界への扉はどうも開きっぱなしじゃないらしくて、帰れないんです」
「なるほど。では開いたら帰るのかな?」
「一応、その積もりです」
 特に問題なく暮らせそうな感じがあるから落ち着いていられるけど、自分はとんでもない状況に置かれている。
 先生の背後でうっすら輝く翼も店長さんの耳も、それを思い出させてくれる。
「そうか。帰る場所があるなら大切にした方が良い」
 先生はゆっくりと頷くと、肘を付き胸の前で手を組んだ。
「……君はこの世界の歴史について、聞いたかね?」
「歴史……ですか?」
 そんな事は思いつきもしなかった。
「この世界の歴史は浅い。今は新暦1年7の月。この世界がある意味始まったのが旧暦2年の1の月だから、3年と半年だな」
「ええ?」
 今日数時間走っただけでも物凄い大都市に見えたのに、……ちょっと信じられない。
 ───確かに建物は総じて新しいけど。
「クロスロードという名が付いてからと言えばまだ半年だ。今の町並みの基礎工事が始まったのが約一年前だな」
「たった一年でこんな町ができるんですか……?」
「それについては管理組合の実力だな。この町は殆ど彼らが作ったような物だ。
 魔法と科学、あらゆる種族の特性を見事に使い分けている。
 整地には土の精霊を、肉体労働には竜族や竜人族、魔族や鬼族等を起用し、細部にはエルフやホビット、ドワーフなどの手先の器用な種族を当てた。
 純粋に人手が必要なら、町を歩き回っているセンタ君が一気に投入される」
 あの丸いロボットは町の至る所で目にすることが出来る。
 いつもはゴミ拾いをしたり、ちょっとした補修作業をせっせとこなしているんだよね。
「あらゆる世界の利点を上手く活用するという点に措いて、管理組合の実力は否定できないものだよ」
「……はぁ」
 別に異を唱える点も無い。そっかー、凄いんだなぁ……くらいかな。
 というわけで、僕は曖昧に頷くに留まった。
「その前はどうだったと思う?」
「前ですか?」
「そう、クロスロードと言う名前と管理組合という組織は同時に、半年前に成立したんだ。新暦1年1の月にね」
 つまりその前には2年の期間があるということだよね。
「ええと……」
 考えるけど出てこない。正直な所、この世界はずっとこうなんだと僕は思っていた。
 十数秒もしてから、先生はゆっくりとその言葉を零す。
「戦争だよ」
 まるで周囲の空気ごと凍結するような重い響きに思わず息を呑む。
「三つの世界がこの地の支配権を得るために戦争をしていたんだ」
 異種族どころか、天使っぽい人と悪魔っぽい人が談笑しているような世界なのに?
 遠い世界に来ているのに、どこか遠い話のように先生の言葉を聞く。
「《ヴェールゴンド》、《ガイアス》、そして《永遠信教》。その三つの世界はこの土地で争っていたんだ。
 私も、エンジェルウィングスの社長も《永遠信教》世界の出身なのだよ」
 『戦争』は僕にとって遠いものだ。もちろん中東で起こった戦争の話くらいは知っているけど、所詮ニュースと言う媒体の中の物語に過ぎない。
 日本という国では戦争を実体験として語る人間が絶滅に瀕している。
「そして《ガイアス》は地球世界の1つなんだ。
 ……君の顔を見る限り、君の世界とは違う歴史を歩んだ地球世界なのだろうがね」
 コトリとテーブルに音を立てたのはコーヒーカップ。
「ちなみに私は《ヴェールゴンド》の一兵卒だったんですよ。
 先生とは敵同士だったんですね」
 お盆を片手に店長さんが気楽そうに耳を疑う事を言う。
「何が一兵卒だ。君は従軍研究者だろうに。
 私との面識はクロスロード成立後だったかね」
「何を言ってるんですか、《七日間》の時にお世話になってますよ」
「それは初耳だぞ?」
「七日間?」
 二人の表情がほんの僅かに歪む。
「『死を待つような七日間』────
 君が手紙を届ける者ならば知っていてもらいたい事だ」
 先生が呟くと、任せたとばかりに店長さんはカウンターの向こうへ引っ込んでいく。
「そして私がこの手紙を見て表情を変えた理由でもある」
 言葉を区切り、コーヒーに口をつけるのを見て、僕も倣う。
「っ!?」
 なんだこれ。コーヒー!?
 いや、不味いわけじゃない。逆に美味し過ぎて別物のように感じた。
 確かに風味というか独特の香りはまさしくコーヒーだけど、それが無茶苦茶深い。
 ……缶コーヒーとインスタントコーヒーしか飲んだ事ないんだけどさ。
「君の世界のと比べてどうかね」
 驚いた顔を悟られたのだろう。いわゆる『本物の味』を知らない僕にはなんとも答え辛く、「美味しくて驚きました」と素直に感想だけを述べる。
「そうか。さて、七日間の話だな。これは別名『大襲撃』とも呼ばれる。
 『怪物』が数十万という規模でこの地へ迫ったのだよ」
 数十万……?
 僕が住んでいた町は大学もあることもあり、ちょっとしたものだ。それに匹敵する数のバケモノが一挙に押し寄せてきたって事か?
「戦争をしていた三つの軍はその脅威に暫定的な同盟を組んだ。
 そうやって戦い続けた────絶望的な七日間を『死を待つような七日間』と言うんだ」
 怪物がどんなやつかは見たことは無いけど話を聞く限りだとゲームに出てくるようなモンスターのようだ。
 それが想像も付かない数で押し寄せてきたならば────
 気付けば震えていた。寒気が体を覆う。
「その際に私の故郷への扉は破壊されてしまったんだ」
「破壊……!? じゃあ……」
「ああ、私達は帰る術を失ってしまった」
 この手紙は別の世界からこちらに送られてきたものとグランドーグさんは言っていた。
 じゃあ、先生への手紙ってどこから?
「この手紙は『七日間』の後、別の世界に移住した友からの物だ」
 僕の考えを見越したように先生は告げてくる。
「生き残った仲間の何割かは、そうやってこの地から去っていったよ。
 異世界への扉はここだけではない。他のルートがあると信じて旅に出た者も居る」
 壮絶で、そして壮大な話だと純粋に思う。先生は僕を見て笑みをこぼした。ぽかんとしていたのかもしれない。
「ここは世界の拠点(ターミナル)でもあり、交差点(クロスロード)でもある。
 人、物、そして思いが集まっては散っていく」
「……はい」
「今の君ならば自分の世界までの距離を強く感じることができるだろう。
 そして手紙はそれを越えて今君の手にある」
 郵便局でバイトした時の事を思い出す。その時も人事担当さんに強く言われた言葉があった。
『その手紙は貴方にとってはその日配る数百のうちの1つにしか過ぎないでしょう。
 でも、送った人、受け取る人には唯一無二の、それこそ運命を左右するかもしれないものです。
 大切に扱ってください』
 その時はお正月のバイトが川に年賀状を捨てたりするニュースも頭に残っていたりしていたから、そうしないでくれという訓示だとばかり思っていた。
「あいつはどの世界に居ても手紙が届くようにしたいと言い始めてな。
 この世界は何処にでも繋がっている。ならばいずれここから旅立つ者、通り過ぎるだけの者も増えていくだろう」
 あいつ、とは多分エンジェルウィングスの社長さんのことだろう。
「そのどこへでも手紙が、思いが届くようにしたいらしい」
「凄いですね」
「他人事ではないだろ?」
 そこで働く事になったのだから、確かにそうかもしれないけど……
 海外旅行すらしたことのない僕には途方も無い事に思えて仕方ない。
「まぁ、君は根っから真面目のようだからね。不正という点では心配していないよ。
 ただ、覚悟はしておいた方がいいと思う」
「覚悟……ですか?」
「文字の力は強い。そういう事だ」
 まるでタイミングを計っていたかのように、店長さんが昼食を乗せた盆を持ってきて、話はそれで終わりとなった。
◇◆◇◆◇◆◇

「それにしても何もありませんねぇ」
 イヌガミに腰掛けたままのイヌガミ使いが気の抜けたような声で誰にと無く言う。
「見渡す限りの荒野。この先に一体何があるのでしょうか」
 まるで吟遊詩人のように飽きずに喋る。俺も魔女も真逆のように無口を貫いているため、完全に一人舞台だ。
「少しは応じてくれても良いのではないでしょうか?
 それとも歩くのに疲れたならいつでも乗ってもいいんですよ?」
 基本的に悪い人間じゃないというのはいい加減にわかったが、お節介で煩い。
「結構だ」
「本当につれないんですね」
 イヌガミの頭を撫でながらむくれた様に言って来るが、応える義理も無い。
 そもそもパーティなんて組んだのも数年ぶりだ。旅の最中に会話をした事なんて殆ど覚えが無かった。
「黙々と歩くと気が滅入りませんか?」
「……」
「……」
「えーっと、だからですねぇ?」
 魔女の方を見ると、向こうもこっちを見ていた。お互い考えた事は同じらしいので諦めて沈黙を継続するしかない。
「ああ、もう! あなた方二人はもう少しコミュニケーションと言うものをですねぇっきゃ!?」
 語尾が妙に上がる。イヌガミが不意に立ち止まり、顔を上げたせいでつんのめったらしい。
「どうしましたの?」
 吼えるような動きをするが、音は無い。しかしイヌガミ使いはそれでも意味を理解する事が出来るらしく「《怪物》ですわ」とイヌガミが睨む方向を指差す。
 確かに目を凝らせば、確かに何かがこちらに迫ってきているのが見えた。
「願っても無い」
 俺はつい、そんな事を口にして双剣を抜く。魔女が二歩ほど下がり、俺の横に主人を降ろした犬が並ぶ。
「邪魔をするなよ」
「それはこちらの台詞です! ですからぁ! チームワークと言うものをですねぇ!」
 きゃんきゃんと甲高い声を無視して間近に迫りつつあるそれを見据える。
 かなりの速度だと思ったら四足獣だ。黒い犬────隣のイヌガミと違って頭が三つある。
「ケルベロス……大物」
 魔女のぼそぼそとした声が辛うじて届いた。
 似たような名前は聞いたことがある。たしか炎を吐くバケモノだったか。見上げるような巨大なバケモノと聞いていたが精々雄牛程度に見える。それでも充分でかいが。
 それが2頭。向こうもこちらには気付いているらしく若干速度が緩んだ。だが停まる気配は無い。突撃するタイミングを計るための減速なのだろう。
「先制─────」
 魔女の口から意味不明の単語が紡がれる。俺とイヌガミの間を縫って走ったのは氷の槍。目視が困難なそれは一直線にケルベロスへと飛翔し、一匹の頭ともう一匹の背を刺し貫く。
 飛び散る黒に近い色の血。ぎゃうんと耳障りな悲鳴を挙げると目に見えて速度が落ちた。
 飛び込む────!
 即座に続いたイヌガミの方が足は早い。背を貫かれた方に踊りかかり右の首に思いっきり噛み付く。
 こちらも犬っコロに負けていられない。頭を1つ失って混乱するケルベロスの下に潜り込むようにして真ん中の首を下から突き上げる。
 黒々とした毛並みのどこもかしこも鋼のような艶を帯びているが、眺めの首、しかも喉の強度は予想通り脆い。
 暴れる足に蹴られないように注意しながら一旦離脱。今度は前足の裏筋を狙って斬りつける。
 巨大な敵で怖いのはその質量そのものだ。ここでどしんと倒れこまれたら全身の骨はあっさり砕け散るだろう。
 だからと怯えていられない。常に安全地帯を意識し、いざと言う時に巻き添えを食わないように急所になり得る部分だけを的確に突く。
 巨体を維持するにはその四肢が強固でなくてはならない。
 故に四肢の破損が酷くなれば必然的に動けなくなる。
 残る1つの首が怒りに燃える瞳をこちらに向ける。だが、畏れる気は更々無い。ヤツの前足は目に見えて震えており、満足に飛び掛ることすら困難だろう。
 ぐっと、顔が上がる。背中に走るちりちりとした何か。俺はその予兆を疑いもせずに信じる。やつのケツの方向へ走ると口から漏れた炎が吐き出す方向を見失って逡巡するのが視界の端に映った。
「がふゅう!?」
 続いてくぐもった無様な声。氷の槍がまた一本。その顔面を貫いたのだ。
 三つ目の頭を潰されてはいかに魔獣と言えども耐えられはしない。
 ぐらりとよろけた体の下から退避すると、目の前で黒の巨体がずんと地面に横たわった。
 言葉の通り『足掻くように』前足が宙を掻くが、それも直ぐに止まる。
 隣に視線をやればイヌガミが翻弄するようにケルベロスの手を牙を避けていた。
 ちょこまか動くイヌガミにいら付いたのだろうか、やはり炎を吐こうとしたところを魔女の氷の槍に頭蓋を貫かれた。これで終わりだ。
「お疲れ様ですね」
 なにやら手に紙を持ったままイヌガミ使いが声を掛けてくる。呪符だろうか。
「怪我とかないですか?」
「別に」
 あのくらい、とは言わない。冥府の守手と言われる魔犬ケルベロスは、俺の世界では一人で相手をするような敵じゃない。
 三つの頭からは火を噴くし、巨体を避けるだけでも命がけだ。
 一人で倒せないとは言わないが、二匹を相手にするならば間違いなく逃げを打つ。
 ちらりと魔女を見る。
 何のことはないようにしているがケルベロスの頭を潰せる位の魔術を使いこなしていた。イヌガミの方だってそうだ。体格差があれほどありながら一匹を充分に足止めしていた。
「それにしても、運が悪いですわね。いきなり魔犬が二匹なんて」
 イヌガミの頭をぐりぐりと撫でながらイヌガミ使いが呟く。
「珍しいのか?」
「ええ、珍しいですわ。巡回任務は十数回経験しましたけど、せいぜい防衛線で打ち漏らしたた小鬼の群れ程度でしたもの。
 砦よりも遠方に行かないと数だけの敵ばかりですわ」
「防衛線?」
 あら? という顔をする。それから気持ち悪いほどの笑顔を浮かべて
「防衛線とはクロスロードを中心とし、砦を円で結んだラインの事を指しますの。
 管理組合の依頼には巡回の他に防衛任務があって、その防衛線上で《怪物》の侵攻を防ぐお仕事がありますの」
 再びイヌガミに腰掛けながらご満悦の表情で説明を続ける。まぁ、必要な情報だから喋るに任せるとしよう。
「未探索区域に出られるほどの準備が無い人たちは防衛任務に行きますわね。
 報酬は出来高ですし、チームで参加する方も多いとか。逆にこちらに着たばかりの方は個人でも私たちのようにチームを作ってくれる巡回任務に入って品定めをするのが通例になりつつありますわ」
 ……こいつ、自分は十数回巡回任務に就いてるって言わなかったっけか?
「何ですの? ……あ、言っておきますけど、私だって別にお誘いが無いわけではないのですよ?」
 俺の視線の意味に気付いたらしく慌てて声を荒げる。
「私の犬神は優秀ですし、私自身も医療系神術のエキスパートですもの」
 回復役は重宝される。それは命をやり取りする世界では当たり前の事だ。多少性格に難があってもな。ましてや自分の身を自分で守れるならば願っても無いだろう。
 つまりは……多少以上に性格に難があるということじゃないのか?
「ただ、ほら! 防衛任務ならまだしも探索に行くのに男の方と一緒だなんて考えられませんわ」
 言いたい事は分らないでもない。が、そんなのは冒険者をやると決めた以上最初に捨てるべき事だ。
 人間を止めるわけじゃないのだから生理現象は必ずある。それをいちいち気にするなら冒険者なんてやるべきじゃない。
 要するにこいつは冒険者にあるまじき潔癖症なんだろうな。
 見ればこの女はやけに身を小奇麗にしている。冒険者というよりも神殿で偉そうにしている神官の雰囲気だ。
「私だってパーティくらい組んだ事はありますけど、もうそのときの男ときたら……!」
 以下、延々と「最悪の出来事」とやらを垂れ流しにし始めたので知覚からシャットアウトした。
 影の位置から方向を確認し防衛線へと視線を送る。
「あら、ヤイナラハさん。防衛線任務に行きたいのですか?」
 目ざとくというか、イヌガミ使いが顔を近づけてくる。
「私ならご一緒して構いませんわよ? そうですねぇ……ルティニアネスさんもご一緒なら尚更」
「別に、どうでも」
 随分と自主性の無い回答だが、意外にも不満は無いようだ。
 この妙な女は鬱陶しさはあるものの、その使い魔に関しては探知能力も含めて有能だ。魔女についてはまだ何とも言い難いが、戦術眼はそれなりにあることが覗える。
 多少我慢すれば悪い話じゃない。一人でもと粋がるには漏れ抜けたケルベロス2匹という現実が重い。
「俺は構わない」
「では決まりですね。明日はパーティを組んで防衛任務と参りましょう」
 一人だけ晴れやかに声を挙げるイヌガミ使いを横目に、俺はもう一度防衛線の方へ視線を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇

「これで、最後だよね」
 荷箱を確認し、空である事を確認。ふぅと息をついて空を見上げるともう日が傾きかけていた。
『お疲れ様。のろのろ運転なのは気に食わないけど、久々に走り回れて楽しかったわ』
 願望を混ぜた労いの言葉に苦笑する。
「流石に町の中で飛ばすわけには行かないからね?」
『分ってるわよ。慣れたら町の直ぐ外でもいいから走りに行きましょ』
 流石に直ぐにうんとは言えなかった。町の外にはバケモノが居る上にオフロードだ。
「僕、オフロードの経験ないんだけど」
『レクチャしてあげるわよ。何だったら砦との運輸担当になっちゃえば走りたい放題よ?』
 流石にそれは遠慮したい。どんなバケモノが居るか分らないけど、アクション映画みたいな事をやってのける自信は全く無い。
「考えておくよ」
 とりあえず前向きかつ退路を確保したコメントで濁す。
「さて、戻らないと」
 振り返る。ここはもう川を渡った向こう側、ケイオスタウンだ。そんなに奥まった所まで来ているわけじゃないけど、のろのろ運転なら一時間は掛かりそうだなぁ。
『ニュートラルロードを外れたら速度制限は無いわよ』
「無理だってば」
 人が居ないわけじゃない。交通事故なんて真っ平御免だよ。
 やれやれと苦笑しつつニュートラルロードへ戻ると道に多くの露店や屋台が並んでいた。
「……夜市だっけ?」
『肯定です』
 PBのお墨付きを貰ってもう一度眺める。ケイオスシティには昼夜反転した生活を送る種族が比較的多いらしい。
 なのでロウタウンにおける朝市と同じ位置づけで夜市が開催されるんだそうだ。見ればロウタウンに比べて言い方は悪いけどバケモノっぽい人が多い。
 というか、まんま妖怪みたいのまで普通に居るんだけどなぁ。
 なんだろう。ニュースで見た外国のハロゥインパーティとか、そんな感じだろうか。
 日が昇ってる間は橋を渡って急に人通りが少なくなったと思ってたけど、こういう人たちが住んでいるのなら納得かもしれない。
 もちろん全部が全部妖怪妖魔な人じゃなく、普通(に見える)の人も居るけど、ロウタウンと違って比率は低い。
「にいちゃん、ちょっといいか?」
 不意に、やたら幼く可愛らしい声が耳元で囁かれる。
「はい? はっ!?」
 視線を向けた瞬間。大きく開けた口と鋭い牙にぎょっとする。
「こら、やめなさい」
 硬直した体と口の間ににゅっと入り込む白い手が少女の額をがっしり掴んで僕から離す。
「なにすんのさ! 邪魔するな!」
「騙すような真似は止めなさいといつも言っているでしょう?」
 小学校低学年くらいの女の子がぶんぶんと手を振って怒りの声を挙げる。その背中には真っ黒な蝙蝠の羽。あからさまに飛び出た牙に青白い肌。
 人形みたいに可愛い子だけど、顔面を掴まれたまま宙で手足を振り回す様子は滑稽の一言に尽きる。
 一方それを差し止めた男も年齢性別は違えども似たような物だ。アイドルでもやっていそうなほどの美男子。居るんだなぁこんな人。
「いいじゃんか! こいつが「はい」って応えたんだから!」
「それを騙すような真似と言うんです。
 それに彼はエンジェルウィングスの社員ですよ?」
 男の人の言葉に少女は「げげっ」と大仰に驚いて
「は、はは。じょーだんじょうだんだよ〜!」
 そんな事を言いながら逃げていってしまった。
「……えっと?」
 事態がだんだんと飲み込めてきた。あの姿は多分吸血鬼とかそういう類の存在だよね?
 詰まるところ……血を吸われかけてた?
「少年、君も夕暮れ以降のケイオスタウンではあまりぼうっとしない事ですよ。
 この街に慣れていないなら日が暮れる前に川の向こうに戻った方がいいです」
「え? あ、ありがとうございます!」
「いや、一応仕事ですから」
「仕事?」
 管理組合の人だろうか? でも管理組合の人はそういう警察的な事はしないはずだよね。
「まぁ、地域のまとめ役みたいなものですよ。代理ですけどね」
 特区法は地域、組織の法律だからそこの責任者みたいなもの、かな?
「あの子は結構な年なのに未だに見境いが無くて困りますよ」
 やれやれと肩を竦めるのを見て、ふと背筋が寒くなる。
「……もしかして、僕、吸血鬼にされかけた?」
 僕の問いに彼は少しだけ眼を見開き、それから笑みを少しだけ深くする。
「ふふふ。いえ、そんな噛んだら即吸血鬼化するような危険な同胞はここには居ませんよ。
 まぁ、魔に属する者には気まぐれな方が多い。気のいい者ばかりですが、ゆめゆめ油断しないことです」
 さらりと怖い事を言われた気がする。
「おお、喧嘩だぜ!」
「よっしゃ、でけえアンちゃんに2000Cだ!」
 ……声に釣られて見ると大男と狼男が殴りあいをしていた。それを周囲で面白そうに観戦している町の人達。
 気の良いと行った男の人も苦笑い。
「えーっと、あ、ありがとうございました」
「うん。またおいで」
 僕は礼もそこそこにバイクを加速させた。
 うん。明日からは先にケイオスタウンの配達をしようとか心に誓ったりする。
 確かに町の光景を見る限り「今から悪いことをしに行くぜぃ」とか「お前を頭からばりばり食うぜぃ」的な雰囲気の人が多いものの、実際は談笑したり買い物したりと至って朗らかな光景が広がっている。
 見た目にこだわったら失礼だとは頭では理解できるんだけど、そのあたりはじきに慣れていく方向でひとつ。
 ともあれ。
 暮れなずむ町を南へ。目前に広がる大河が三途の川に見えたのは仕方ないことだよね?
◇◆◇◆◇◆◇

 深く息を吐く。
 結局戦闘はあれだけで、時間通りにヘルズゲートに戻ってきた俺達は報酬を受け取って解散した。
 イヌガミ使いが夕飯がどうだとか言っていたが流石にそこまで馴れ合う気はまだ起きない。魔女のヤツはさっさと消えてたしな。
 ヘルズゲートの前はかなりの賑やかさだ。こちらは今からが活動時間帯のやつらが多いのだろう。元の世界で鉢合わせたら問答無用で剣を抜きそうなヤツもそこらに居たりする。
 ケルベロスの討伐はそこそこの金になった。運が良いかどうかは別としてやはり巡回任務でもバケモノに遭遇する可能性は低いらしい。
「防衛任務ねぇ」
 かつて怪物は地を埋め尽くす程押し寄せ、数多の屍を築いたと言う。
 大襲撃と呼ばれるその戦いは始まりに過ぎず、以降怪物の影はこのクロスロードを脅かしているという話だ。
 そいつらが何処から来ているかは不明。まともに会話できる個体との遭遇例は無いらしい。
 分っている事。それは「こちらへの敵意」と「《扉》を破壊できる」という事実だ。
 学者連中がどんなに頑張っても扉の塔や扉に傷付ける事すらできないのに、怪物はいとも容易く扉を破壊してしまったらしい。
 結果、故郷への道を失った者が居るのだ。
 その事実から学者連中には『怪物の目的は《扉》の破壊である』なんて唱えているヤツも少なくないってことだ。
 逆説的に怪物を吐き出し続ける《扉》があり、そいつを俺達来訪者は破壊できるのだろう。なんて考えもあるらしい。
 もっとも、その《扉》が何処にあるのかは検討もついていないらしい。あるかどうかも怪しいしな。
 ともあれ、防衛任務は重要な探索者の仕事だという理由はそこにある。
 探知能力や索敵能力に優れた探索者を常時配置し、防衛ラインの内側に怪物を入れない事が至上命題というわけだ。
 戦闘自体は戦争のような軍団の戦いじゃない。イヌガミ使いが言ってた通りパーティ毎に襲来ポイントに向かって迎撃を行う仕組みらしい。
 誰が考えても非効率だ。最悪人が集まらない場合だってあるし、それはクロスロードの危機に直結する。普通なら軍隊を組織して効率的に防衛すべきだろう。
 けれども軍隊にしてしまえば指揮官が必要だし、指揮系統を作れば権力が生まれる。それを嫌ったからという事なんだが……管理組合の権力嫌いは筋金入り過ぎて気色悪い。
 まぁ、俺がどうこうできる話じゃない。剣で飯を食っていける環境があれば良いじゃないか。
 割り切って座席の背もたれに身を任せる。がたごとと揺れる景色の中、ランタンの明かりとは比較にならない輝きに包まれるニュートラルロードを見る。
「……?」
 ふと、併走する何かに気付く。馬じゃない。何かのマジックアイテムだろうか。それに乗るやつに見覚えがあった。
 ……というか、こいつ俺に付きまとってるんじゃないだろうな?
 兜をつけてはいるが、その下の顔は間違いなくあの死にかけだ。
 なんなんだ、あれは?
 奇怪な乗り物後部に乗っかっている箱。そこに描かれた紋章に眼が留まる。
「羽の紋章?」
『エンジェルウィングスのシンボルマークです』
 PBが質問と捕らえて応じる。
『エンジェルウィングスはクロスロード内外の物流を一手に引き受ける会社です』
「……」
 つまりは運び屋の仕事を始めたと言う事か……?
「あの馬は?」
『魔道式自動二輪。通称バイクです』
 この電車を追い抜いていくのだから馬並みには速い。
「どれくらいの速度が出るんだ?」
『車種にもよりますが、あの型式から推測すると最大時速は250km程度です』
 時速なんて言われても理解できない。
「……馬よりもどれくらい早いんだ?」
『単純計算で4倍程度。距離が長くなれば長くなるほど差が出ます』
 馬は生き物なのだから当然疲れる。対するアーティファクトには当然疲れが無い。その差という事か。
 未探索地域へはどうしても乗り物が必要だと言っていたが……
「あれは難しいのか?」
『技能は必要ですが、扱いが困難な装置ではありません。
 数日の訓練で操縦を覚えることは可能なケースが多いです。個人差はありますが』
「値段は?」
『あの型式であれば大体五百万C程度と推測されます。カスタムの内容によってはもっと高額になります』
「……」
 未換金分を含めて俺の手元の金が三百万C程度か。さすがアーティファクトだ。
「あいつ、そんなに金を持ってたのか?」
『エンジェルウィングスのロゴが入っていましたので、社有車と思われます』
「借り物ってことか」
『肯定です』
 座席に座りなおして天井を見上げる。
 今日の稼ぎで一週間くらい暮らす分には何も問題は無い。討伐によるボーナスが無くたって毎日巡回任務をやっていれば自然と金が溜まっていくだろう。
 リスクの高い防衛任務や未探索地域に出向く必要性は俺には無いはずだ。
「……」
 自然と手が剣に触れる。
 俺は剣を手放したくないからここに居る。それは────別に戦いに出なくともここでは許される。
 剣で生きる。それだけが俺の道。追い詰められた俺はそう思ってここに来てるんだよな……
 酒場の前でも通ったのか、酔った笑い声が車内にまで届いてくる。
 自分が一体何をしたがっているのか。
 それがどうしても分らず、ずっと天井を見上げていた。
piyopiyo.php
ADMIN