とらいあんぐる・かーぺんたーず
(2009/10/28)
あれから一ヶ月が過ぎた。
「おや、早いね」
車庫にエルを停めた僕に所長さん────ドラゴン人のグランドーグさんが声を掛けてくる。
「今日は少なかったですし、流石に慣れました」
「そうかい。
君が着てくれてから大助かりだよ。他の支店からのヘルプに頼る必要も無くなったし」
上機嫌で言われて少し照れる。
エンジェルウィングスは管理組合本部傍の本店と、ここを含め5箇所の支店がある。
本店の業務は《扉》を潜ってやってきた物資や手紙を各支店に分配すること。
支店のうち2箇所はヘブンズゲートとヘルズゲート前にあり、主に《扉の塔》とゲート間の物流を担っている。
たまに何かの死体みたいなのを運んでたりするトラックを目にすることがある。《怪物》の死体には自然には無い物質が形成される事があるため、とても貴重な資源でもあるそうだ。
本店傍にある支店は商店への輸送が主で、大型のトラックや乗竜が多く所属しているらしい。
残る2つの支店がうちともう1つ。うちは個人宛の小物配達が主要業務で、残る1つは集配、つまりは輸送品の回収業務がメインということだ。
1つの支店が1つの部署のような扱いになっているんだよね。非効率じゃないかなぁとは最初思ったものの、種族特性や設備の問題もあって特化した方が効率が良いと判断したらしい。
というわけで僕の担当エリアは比較的太い道が多いニュートラルロード周辺となっている。
「PBがあればこそですけどね」
こんなに広いエリアを覚えられるほど頭が良い自信は無い。
良く手紙が届く家は流石に覚えつつあるけど、建売住宅のように似たような家が並ぶこの街では例え地図を片手に持っていても時間内に配り終える自信は無い。
「それでもだよ。案外空からだとPBでの案内は使いづらいらしくてね」
あー、確かにそうかもしれない。地面ならば『次の角を右に』なんてアナウンスができるけど、空では『西北西に100m』なんて言い方になりそうだ。
「速達なら空の方が絶対的に早いけど、配達は君が一番だよ」
「ありがとうございます」
とりあえず頭を下げて車庫を出る。まだ夕方には少し早い時間だ。
裏口から事務所に入るとパソコンの前にして難しい顔をしている女の人が居た。
どこかほわほわした感じの人で、特に目元がとろんとしている。
動きも緩慢で「難しい顔」をしながら「うーん」と声に出して困っている。年齢は見た目高校生くらいなんだけどその雰囲気のせいで二周りくらい幼く見える。
そして物凄い美人だ。なんというか、オーラが違う。変な魔法が掛かってるんじゃなかろうかというくらいに彼女が歩けば男女構わず振り返って見てしまう。
白い肌、ウェーブの掛かった銀の髪。宝石のような目……って。こほん。
「どうしたんですか?」
「うーん。あ、ユキヤくん。おかえりなさーい」
ふにゃりと表情を笑顔に変えて、女性───レイリーさんは僕に視線を合わせた。
「あはは。計算が合わなくて〜」
パソコンの画面を見てみると、有名な表計算ソフトが立ち上がっていた。
若干名前やデザインが違うのは別の世界のものだからだろうか。
「……自動的に計算させればいいんじゃないんですか?」
「ええ?」
まるでパソコンに触れたことの無いおばさんの反応だが、目をまん丸にしてきょとんとする様は可愛らしいの一言だ。
……ほんと、この人には変な魔法が掛かってるんじゃないだろうか。
実際に美人だし、なにやらふわふわと良い香りがする人だけど……失礼な言い方をすれば「美人は三日で飽きる」なんてのは1つの真理だと思う。
毎日顔を合わせているのだから、少しは慣れそうなものなんだけど……
いや、実際事務所から出て思い返すとどうしてあそこまで自分が陶酔しているのか不思議に思う事が多々あるんだよね。
あとなんだろう。いやらしい気持ちよりも庇護欲が勝る。抱きしめるよりも頭を撫でたいとかそんな衝動があるんだよなぁ……やらないけどね?
「自動?」
甘い声に引き戻される。
「ええ、えーっと」
画面を覗き込むために近付くとそれだけでも胸が高鳴る。そんなにきょとんと見上げないで下さい。
とりあえず視線を前へ。コマンドが違う可能性もあるのでヘルプらしいところを開いて関数を調べる。
どうやら僕の知っているのと同じらしい。ヘルプを閉じて関数を入力し結果を表示させると
「えええ?」
ある意味予想通りの反応が横合いからあった。僕だってパソコンに詳しいわけじゃなく、情報の授業で習った程度の事なんだけど……優越感がむくむくと。
「すごーい!」
「というか、どうしてレイリーさんがこれやってるんです?」
パソコンを普通に扱えるのは科学世界……世界の文明レベルが僕の基準で19世紀以降の人たちと魔法使いだ。
もちろんそれ以前の人だって使う事はできるけど、基礎的な素養が足りなくて目の前で起きてる事が理解できないため、効率が悪いみたいなんだよね。
「なんとなくー」
「……さいですか」
この人は良くわかんない。クイズ番組で珍回答をするアイドルを思い出した。
「おや、レイリーさん。西砦への輸送の報告がまだですよ?」
車庫の方から戻ってきた所長にレイリーさんの肩がびくりと震える。
「あ、明日でいいですか?」
「ダメです。面倒がらずにやってください」
「ふぁーい」
へにゃっとした返事をして自分の机へ向かう。
なるほど、現実逃避か。
この人は箸よりも重いものを持った事の無いような白くて細い手をしておきながら、自分が隠れられそうな大剣を振り回す探索者だ。
どう見ても護衛される方だけど、基本的には輸送隊の護衛として砦とクロスロードを往復している。
……って、壁に掛けてあった剣を持ち上げようとしてふら付いているのを見ると、とても信じられないんだよね、毎度。
最初に紹介されたときに「どんなにお願いされても書類仕事を肩代わりしないで下さい」と所長に言われて、思いっきり「えー」って臆面無く批難したくらい面倒がり屋である。
断りきれなくて2回くらい手伝いましたけどね。はい。
「ユキヤ君は今日は上がって良いですよ」
所長さんの後ろからうるうるとした視線。それに気付いた所長がすっと体をその間に割り込ませる。
「間に合わない時に手助けするのは助け合いですが、できるのに押し付けるのはサボりです。
はい、さっさと帰ってくださいね」
うしろで「あうー」なんて声がする。きっと机にぺしょりとつぶれている事だろう。
このまま居座っていたらあの人の「お願い」に抗い切れる自信はないし、流石に所長さんの笑ってない視線に逆らうのも問題なのでここは素直に従う事にする。
それにレイリーさんの場合明日には忘れてけろっとしてるしね。
「じゃあ失礼します」
「はい、おつかれ」
事務所を逃げるように出ると後ろめたさを振り切るように十数歩は早足で。それからふと立ち止まって空を見上げる。
夕飯を食べるにはまだ早いし少し歩いてみるかな。
思えばこの一ヶ月、この街を色々見回ったものの実際に買い物をしたり建物の中に入った覚えはほとんど無い。
部屋の中は最低限の着替えくらいだものなぁ。慣れるまでの一週間くらいは家に帰ればそのまま気絶するように寝てたし、休みの日はその延長で寝てたからなぁ。
「……一ヶ月かぁ」
ここの24時間と元の世界の24時間が同じスパンなら、もう一ヶ月も行方知れずと言う事になる。
一応普通に大学生をやってたんだから流石に未だ気付かれてないって事は無いだろう。
……かあさん心配してるかな。
ホームシックというやつか、急に胸が締め上げるように辛くなる。ああ、もう子供じゃあるまいし。
大学生になって一人暮らしを始めた頃には清々してたはずなのになぁ。
流石にクロスロードで泣きべそかいているのは情けない。顔を俯けて歩きながら心を落ち着かせる。
「おやー?」
聞き覚えのあるカン高いアニメ声。目の前に若草色の髪とそこから突き出した赤いネコミミがある。
「やほ、名も知らぬお客さん」
ひらひらっと手を振ってくるのは酒場でたまに見る女の子────確か、アルカさんだ。
「あ、え、あ……こ、こんにちわ」
「ふみ? なんかあったの?」
やばい。流石に恥ずかしい。「な、なんでもないですよ。そうそう目にゴミが入って」
「にふ。大変そーにゃね。おねーさんが見たげようか?」
「おねーさん」という言葉からはかけ離れた見た目……どう見ても中学生がいいところだろう。
「大丈夫ですよ、もう流れました」
「そかそか」
あれから何度も『純白の酒場』にはご飯を食べに行っているし彼女の姿は見ているけどまさか顔を覚えているとは思わなかった。
なにしろあの店には入れ替わり立ち代り数百人の客が押し寄せるのだ。そりゃぁ常連の顔を覚えるのは飲食店では繁盛の秘訣かもしれないけど、お手伝いでしかも厨房から出ない彼女が目立たない僕なんかをと思う。
「アルカさん、お知り合いですか?」
横合いから柔らかい声音が問いかける。視線を向けるとネコミミ少女よりも頭2つ高い女性が小首を傾げている。
長い銀の髪に真っ白な翼。この人も天使族だろうか。整った顔立ちや清楚さが女神とかそういう言葉を連想させる。
さらに特徴的なのは左頬の模様────刺青かな?────だ。清純そうな彼女の雰囲気にそぐわないような気がする。
「うん。酒場のお客さんにゃよ。そいやー名前は?」
「あ、藍沢幸弥です」
「ユキヤちんね。あちしはアルカにゃよ。ケルドウム・D・アルカ。こっちはるーちゃん」
「アーティルフェイム・ルティアです。よろしくおねがいしますね」
率直的な感想は『対照的』。アルカさんは子供に混じってサッカーとかしそうな活発な雰囲気があるのに対し、ルティアさんはそれを横目に見ながら読書でもしそうな感じだ。
体型についても
「良い度胸してるにゃね?」
「ひっ!?」
思考が読まれた!? い、いや、そんな事は……この世界ならあるかもしれない。
「まー、いいけどさぁ……さて、るーちゃん急ごーか」
「あ、そうですね」
猫そのものの気の変わりようで僕から視線を外した彼女はゆらゆらと赤い尻尾(2本ある?)をくゆらしながら、傍らのルティアさんを急かす。
「君も来る?」
「え?」
「うちのお店ー」
純白の酒場……は方向が違うよなぁ。
「酒場はお手伝いにゃよ。あちしの本業は大工にゃの」
「大工……?」
いや、うん。なんだろう、子供御輿の子供達を思い浮かべてしまう。
「アルカさん。それでは勘違いしますよ?」
「別に間違ってないもん。ま、百聞は一見にしかずにゃよ。ほら暇ならおいで」
言うならひょこひょこと歩き出してしまう。それに追随しながらルティアさんが申し訳なさそうな笑みをこちらに向けてきた。
まぁ、時間潰しをどうしようかと思ってたし良いかな。
それから電車に乗って移動し、歩く事十数分。
僕達は『とらいあんぐる・かーぺんたーず』とやたらポップでファンシーな看板を掲げた店の前に居た。
「あ」
「え?」
アルカさんの不意の一言。
その視線の先に────ミサイルがあった。
◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れ様でした〜」
相変わらずテンション高いな、コイツ。
日が傾きかけたヘブンズゲート前。イヌガミ使いがやたら上機嫌でこちらを振り返った。
「明日はどうしますか?」
俺は視線を魔女の方に滑らすが、それをあっさりスルーして無言。
必要以上の事は喋らないってスタイルは俺以上に徹底している。
「俺は構わない。別に用事があるわけじゃないしな」
「同じく」
「でしたら明日もよろしくお願いしますね」
この数週間、俺はこの二人と防衛任務に就いていた。最初は様子見のつもりだったんだが役割分担が上手く分かれている事もあって離れる理由も無く、またこのイヌガミ使いがやたら付きまとうため、なし崩しにこの関係が続いている。
防衛任務は巡回任務とそう変わらない。
特定のルートを回り、出くわした《怪物》と遣り合うだけだ。その頻度は巡回任務に比べると格段に多いのは間違い無いけどな。
場合によっては3人じゃどうしようもない大軍なんかも現れる。その時は足止めに徹して援軍を待てば良い。砦にはそういう『一掃』に秀でた能力を持つ探索者が控えており、状況に応じて援軍として出てくるようになっている。
それでもこの数週間で俺達だけでも十数匹の怪物を打ち漏らして突破されている。巡回任務はそれを迎撃するために無くてはならないものなのだろう。
「ああ、そうです。明日終わったあとにお時間ありますか?」
「……」
直ぐに返事すべきではない気がする。とは言え無視をしても魔女が代わりに応対してくれるはずもないし、ウザい拗ね方をされるので
「ああ、あるが?」と投げやりに応じる。
「はい。でしたらお時間を下さいね」
気付かないのか、気付かない振りをしているのか。イヌガミ使いは満面の笑みでそんな事を言ってくる。
「わーったよ、じゃあな」
手を軽く振って別れを告げると、魔女も後ろに続いた。イヌガミ使いの家はヘブンズゲートに程近いためわざわざ電車に乗る必要がないのだ。
「……お前は良かったのかよ?」
「……何が?」
「いや、明日の予定とか」
「特に無い」
「……あ、そ」
表情も変わらんし、何を考えているのか分りにくいヤツだ。
……まぁ、俺も自分の世界じゃそんな事言われてた気がするけどな。
路面電車に乗り込み座席に腰掛ける。この時間は同じく仕事を終えた探索者が乗り込むため座席が8割以上は埋まる。
まぁ電車の本数もこの時間は増えるのでむやみと込み合う事は無い。
「……剣」
「あ?」
動き出した電車の音にギリギリかき消されなかった声に思わず周囲を見回してしまう。
それからその発生源が魔女だと気付いて視線を向ける。コイツから話しかけたの初めてじゃねーか?
「危険」
「……危険?」
いや、剣は玩具じゃねーんだから危険なのは……こいつがそんな無駄な事を言うわけがないか。
親指で片方の剣を少しだけ鞘から引き出す。毎日結構な戦闘を繰り返しているためか、細かい刃こぼれが目立ってきている。もちろん自分の命を預ける相棒だから手入れは欠かさず行っているが……
「どういう意味だよ」
「悲鳴が聞こえる。痛いって」
「……」
魔女の考えていることは分らないが、流石に意図は読み取れる。
思えばここまで連続で戦闘した経験なんて数えるほども無い。刀身への蓄積は俺の予想以上なのか……?
ふと、こいつの忠告に素直に耳を貸す自分に驚く。普段なら自分の剣にケチを着けられたのだから噛み付いて然りなのにな。
「……ちっと見てもらってくる」
「そう」
苦笑を抑えられずに溜息で誤魔化す。まぁ、なんだかんだコイツらと組むのが当たり前になってる自分が居るんだなと思うと気恥ずかしい。
一匹狼が当たり前。誰にも受け入れられない悲劇を気取ってた自分が脳裏を過ぎる。
生きる為に必死だった世界を駆け抜け、戦いが当たり前になった日々を過ごし、その全てを否定されてここに来た自分は何処に行っちまったのやら。
もう一度深く溜息。
初めてここに着た時にドワーフのおっさんに聞いた言葉が思い出される。
「あっこに行って見るか」
イヌガミ使いならそんな呟きにもイラナイほどに首を突っ込んでくるが、魔女はぴくりとも反応しない。
揺れる電車の中で、俺はPBに『とらいあんぐる・かーぺんたーず』とやらの道順を聞いた。
まさか、到着直後に目の前で爆発があるとは思わなかったけどな。
◇◆◇◆◇◆◇
「大丈夫ですか?」
耳が若干遠い。それでも自分の身が無事であったと知る事ができた。
目を開けると真っ白な翼が目の前にあった。
ルティアさんが僕の前で杖を掲げている。彼女の少し先には薄い光の膜が展開していて、それが僕らの周りをぐるり囲んでいた。バリア……ってやつかな?
「もー。ユイちゃん!」
アルカさんの怒声。彼女の方も見た目無傷だ。
ずんずんと店の裏手に歩いて行ってしまう。
「……何だったんですか?」
「えー、まぁ、いつもの事なんですけどね」
困ったように言いながら手にあった杖をどこかに消す。
「うちのもう一人の店員さんの仕業です」
「……はぁ?」
彼女が張ってくれたバリアとの境界線がくっきりと分る。アスファルトが熱で溶けているし煤も凄い。
「えーっと……僕何か攻撃されるような事しました?」
「多分実験か、寝ぼけたかですね……」
心苦しそうに凄いことを言う。寝ぼけてミサイルって何?
「ケホッ、これはどういう事なんだ……?」
え? と振り返る。その先には爆風にやられたのか髪をかき乱された女性の姿がある。幸い酷い被害は受けてないようだけど……
「ヤイナハラさん……?」
「ヤイナラハだ」
「ご、ごめんなさい!? えっと、何でここに?」
「それはこっちの台詞だ。テメエがなんでここに居る」
ここ暫くちらりと姿を見ても会話する事も無かった彼女がそこに居た。しかもかなり険悪な雰囲気で。まぁ……無理も無いと思う。
「ああ、すみません。お怪我はありませんか?」
ルティアさんが間に入ってヤイナラハさんに頭を下げる。「うちの店員の事故ですので」と本当に申し訳なさそうに言われると彼女は苛立たしげに頭をひと掻きして「チッ」と舌打ちした。
「ここは鍛冶屋なんだろ?」
「え、あ、はい。それもやってます」
「打ち直しを頼みに来た。割引くらいしてくれるんだろうな?」
「……」
ルティアさんは少しだけぽかんとしながらも、直ぐに笑みに変えて「ええ、もちろんです」と柔らかく応じる。出来た人だなぁ。
「もー! だから居眠りしながらしちゃだめにゃよっ!」
「うー……」
と、そんな事をしていると裏手の方からアルカさんが戻ってきた。ずりずりと何かをひきずって。
青い髪の女の子だ。ぶらんと力の入ってない手にはラジコンのコントローラー見たいのを持っている。
「アルカさん。こちらの方が打ち直しを依頼したいと」
「にゃ? あー……巻き込まれ?」
「そのようで」
「はー。御免ね。タダでやったげるから店の中においで」
割引がタダになった。それで機嫌も直ったのか、ずりずりと女の子を引きずりながら店の中に入るアルカさんの後ろに続く。
「……えーっと」
「まぁ、気にしないで下さい」
それはちょっと無理だと思います。
◇◆◇◆◇◆◇
店内は大工や鍛冶屋という単語には結びつかない造りだ。商品を並べる前の小物屋さんという感じかな。
夕日が差し込む中、小さな体には似合わない筋力で青髪の女の子を椅子に置く。そのまま女の子は机にぺしょりとつぶれて気にせず爆睡。何なんだろ、あの子。
「るーちゃん、お茶お願い。あと打ち直したいのどれ?」
「これだ」
ヤイナラハさんが腰の双剣を鞘ごとカウンターに置く。アルカさんはひょいとそれを抜いてしげしげと見ると
「今日で良かったにゃね。明日だとちょっちやばかったかも」
なんて事を軽く言う。
「どれくらい掛かる?」
「ん? 一瞬」
打ち直し、って言うと真っ赤に焼けた石炭だかの前で上半身裸のおじさんがハンマー片手にがつんがつん叩くイメージがあるんだけど……一瞬?
アルカさんは首にしている赤い首輪?に手を掛けると軽くくいっと引っ張る。それが即座に光の粒子に代わって、即座に彼女の手の中で再構成される。
現れたのは冗談のようにでかい黄金のハンマーだ。柄の長さは彼女の身長ほどもあるし、頭の部分も色と相俟って米俵を思わせる。
「おい、何をするつもりだ?」
「何って打ち直し」
ヤイナラハさんが止める気持ちは凄く良く分かる。さっきも言ったとおりこの部屋はどう見ても小物屋だ。
炉も無ければ鍛治用の台も無い。
子供のお料理じゃあるまいし、余りにも無茶が過ぎる。
「まーまー、見てなさいって。これでもクロスロード一番のマジックカーペンダーにゃんだから」
カーペンターってさっき彼女が言ってた大工と言う意味だよね。直訳すると魔法大工?
それは鍛冶屋とジャンルが違うのでなかろうか。
そんな事を考えている間に、左手だけで巨大なハンマーを持ち上げて肩に担いだ彼女は右手で器用に二本の剣を持つとひょいと空中に投げた。
腕の良いジャグラーのように綺麗な放物線を描いて宙を舞う二本の剣。それが天井間際からゆっくり下降し始めた時────
「にゃっ☆」
黄金のハンマーが問答無用で剣をぶっ叩いた。
誰よりも驚いたのは僕だ。ちょうど方向的にこちらに飛んでくる角度。
だがそうはならない。剣が先ほどの首輪と同じように光の粒子になり、ふわりと宙を舞う。
「「「「にゃぁっ!!」」」」
それは一人で発したとは思えない。まるで複数の彼女が同時に叫んだような声。
直後にそれは起きた。
無数の粒子が二箇所に凝縮され再び二本の剣としての姿を取り戻し、重力を無視してカウンターの上に落ちたのだ。
「ほい、出来上がり」
「……」
背中しか見えないけどヤイナラハさんが呆然としているのが感じられる。いくら魔法でも無茶苦茶過ぎる。
「何をしたんだ……?」
「その子が最善と思う形に再構成したにゃよ。
随分と愛着を持ってるんにゃねぇ。楽だったにゃ」
ハンマーが光に分解されて首輪に戻る。アルカさんは楽しそうに笑いながらヤイナラハさんの反応を確かめているようだ。
「ま、気持ちは分るけど持って見るにゃよ」
恐る恐るというべきか、やけにゆっくりと手を伸ばし、柄を握る。それから少しびくんと肩を揺らし、もう片方の剣を掴む。
「どうぞ?」
そんなアルカさんの声にカウンターから2歩ほど離れた彼女は不意に二本の剣を躍らせる。
それは舞いと言って差し支えないほどに洗練された美しい動きだった。荒々しく、淀みない。全てがあるべき場所に軌跡を刻んでいく。
ほんの数秒の出来事。思わず拍手を送りたくなった手を止める。そんなことしたら彼女は絶対睨んでくるから。
「どう?」
「……悪くない」
にふふーと満足げに笑うのに対し、やはり釈然としないのかヤイナラハさんは少し憮然としている。
「その子には明確に記憶が宿ってるにゃよ。自分が一番君に使われるべき形が刻まれてるにゃ。
あちしの鍛治はその姿を表現する事。新たに作るわけじゃないから『打ち直し』にゃね」
物には魂が宿る。僕の世界で言えばオカルトだけど、この多重交錯世界では確かな事実だって僕は知っている。僕の乗るエルもそうだし、憑喪神なる器物の精霊が実際に生活しているのだから信じないわけには行かない。
「まー、見た目的に別物になるイメージがあるけど、そんな事はないって一応言っておくにゃよ」
「あら、もう終わりました?」
奥からお盆を持って現れたルティアさんが微笑みながら問いかける。
「終わったにゃよ。急がないならお茶飲んでいくにゃ」
気さくに声を掛けられて、感触を確かめてたヤイナラハさんが思わず頷く。
手馴れた様子で紅茶を入れる音が落ち着いた店内に響き渡る。
「ここはどういう店なんですか?」
僕はふとそんな事を口にする。ヤイナラハさんが「何を言ってるんだ?」って顔を向けてきた。
「雑貨屋さんでしょうか?」
「まー、それがある意味一番妥当かもねー。雑貨の範囲が偏ってるけど」
今度は店員二人に対し訝しげな表情をするヤイナラハさん。彼女にとってはここは鍛治屋だものね。
「うちらは何でも作るにゃ。あちしが魔法系でるーちゃんが神聖・祝福系。んでそこのゆいちゃんが機械系にゃ」
「じゃあさっきのミサイルは……」
「多分ゆいちゃんが寝ぼけて発射ボタンを押したにゃね」
「違う……」
むくりと目を擦りながら起き上がる青髪の女の子。
「……自動迎撃システムの実験。店の前を通ったら迎撃」
「そーいうのはやめなさいって言ってるでしょ?!」
……アルカさんの本気のつっこみにも全く関せず、眠そうな雰囲気のまま「紅茶欲しい」とルティアさんに要求している。
「まぁ、こんなお店なんで用事が無い限りあまり店の前を通る人居ないんですけどね」
ルティアさんも申し訳なさそうにフォローになってない事を言う。
「ま、基本的にはオーダーメイド専門店ってことかにゃ。他の店より少し割高にゃけどなんでも作るにゃよ」
三人でやってるから「とらいあんぐる」なんだろうなぁ。
「君んところのエルちゃんも今度連れておいで」
「え?」
予想外の話に間抜けな顔をしてしまう。
「あれもうちの子にゃよ。基礎設計はゆいちゃん。マジックドライブと仮想人格形成はあちしの領分にゃ」
「それってあの乗り物の事か?」
「バイクって言うにゃよ」
「あれ? ヤイナラハさん、僕と仕事中に合いましたっけ?」
ここ暫く顔をあわせた覚えが無い。エルは支店の車庫に預けるから家まで持って帰らないし、どこかで見られたのかな?
「ちょっと見かけただけだ」
まー、クロスロード中を走り回ってるからニアミスしてもおかしくないか。
「あの子が再起動してるとは驚きだったからさ。
一年くらい倉庫で埃被ってたはずだから、整備しとかないとね」
「……やる。百万馬力くらいに……」
「改造は遠慮します」
冗談と取るべきの発言もあのミサイルを目の当たりにした今では空恐ろしい。
というか、改造で百万馬力って……
「……残念」
眠さが勝っているからか無表情なので本気かどうか分らない。多分本気のような気がする。
「でも、再起動してるのが驚きって……?」
「んー」
カップを揺らすと同時に、彼女の背中でも二本の尻尾がゆらゆらと揺れている。
ルティアさんも少しだけ目を細めて、でも語るつもりは無いみたいだ。
「多分その気になったらエルちゃんが喋るにゃよ。
ま、今度暇を見て連れてきて。ドゥゲスト爺ちゃんのトコでもいいけど、一応人格システムのチェックもしたいしね」
「……はぁ」
気になるけど多分聞いても答えてくれないだろうなぁ。
「ときに、二人はお知り合い?」
「え? ああ、はい。こちらに来たときに助けていただいて」
「へー」
ぴこぴことネコミミが動く。おや、髪の隙間から人間の耳が見える。じゃあアレは付け耳?
でも尻尾とかそんな雰囲気じゃないしなぁ。
「目の前で死なれるのが寝覚めが悪かっただけだ」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
「ツンデレですにゃ」
全くデレる気配ありませんけどね、と内心で突っ込む。言葉の意味が分らないヤイナラハさんは訝しげな顔をするばかりだ。
そもそも僕の名前を覚えている雰囲気すらないし。まぁ僕もさっき間違えて怒られたけど。
「ふみふみ。んじゃ余興に占いでもしてみよっか〜」
突拍子も無くカウンターの裏からタロットカードを取り出してくる。
「占いは信じないタチだ」
「ストイックにゃね。ユキヤちんは?」
「え、ああ。じゃあ折角ですから」
「ほい来た。空気読める人は大好きにゃよ〜」
扱いにくそうなカードなのに流麗な動きでカット。それから投げるようにカウンターの上にカードをばら撒くと、魔法でも使ったのか綺麗な形に並んだ。
「みふみふ〜♪
えーっと、突然の転機。不運な事故。生活の変化。まぁ過去はそんなところにゃね。
もしかして偶然『扉』に入った?」
「……当たりです」
その結果、死に掛けて彼女に助けられたからねぇ。
「帰らない……よーには見えないから不定期開放型かぁ。まー、人生そんなものにゃよ」
占いをしている間にブン投げた発言をしてくる猫娘さん。
「んで、新たなる道、安定。まぁエンジェルウィングスで無事にがんばれてるんならこれも占うまでも無いにゃね」
「おかげさまで」
「で、わっくわくの未来〜♪」
この人に言われると微妙に不安になるのは気のせいだろうか。
捲ったカードを見て「おや?」と小首を傾げないでほしいなぁ。
「災厄に運命の選択」
「……」
不吉な響きに暮れなずむ室内がしんとする。
ルティアさんは苦笑するばかりだし、青髪の女の子は半分寝てる。
「にふ。まークロスロードにゃしね。切り開く道は……勇気。自分を信じて突っ走れば何とかなる物にゃよ」
「……はぁ」
一番僕から遠い言葉のような気がする。
「下らないな。占うまでも無いじゃないか」
まぁ、こんな結果を否定してくれるならありがたいんだけど……占うまでも無いって……
「にふ。やっちゃんは未来をどうこう言われる事がお嫌いみたいにゃね」
「ヤイナラハだ!」
名前を短く言われるのが嫌いなのかな? 本気で怒声を上げる彼女にアルカさんは少しも怯まない。
「にゃー。まぁ、やっちゃんにアドバイスするとすれば。
ツンデレはデレないと価値が─────」
カップが飛んだ。アルカさんは何気なくそれをキャッチしつつ「冗談なのにー」と満面の笑顔。
「弱さは隠すものじゃない。認めて補うモノを見つけたときにこそ克服できるものにゃ。
今のやっちゃんならその意味はわかるんじゃないかにゃ?」
「……余計なお世話だ」
「にふ。おねーさんからの親切なアドバイスにゃよ」
ヤイナラハさんはすくりと立ち上がると颯爽と店を出て行ってしまう。
「またおいで。君の傍には記憶の声を聞ける人が居るみたいにゃから、時期は間違えないでしょ?」
なんて声を掛ける。
一瞬だけ動きが止まったのは僕の気のせいだろうか。確かめる事もできないまま彼女の姿は見えなくなった。
「アルカさん、からかいすぎですよ?」
「にふ。ああいう子はああ見えて素直にゃよ。
無駄に見えても聞くことは聞いてるにゃ。だからツンデレ〜☆」
投げつけられたカップをカウンターに置きながら訳知り顔で微笑む。
「あ、えっと……じゃあ僕もそろそろ」
「にふ。君もまたおいで。お茶を飲みに来るだけでもOKにゃよ」
「はい」
とは言いつつ流石にミサイルの歓迎をどうこう出来る自信は無いなぁ。
ともあれ、僕はこの不思議なお店を後にするのでした。っと。
……それにしても、アルカさんって何歳なんだろ?