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世界説明SS
日常の、その傍らに
(2009/11/24)

「来ました! 後退しますよ!」
 イヌガミ使いの声に俺は逆に前に出る。
 別に逆らっているわけではない。その間にイヌガミが後ろに突っ立っている魔女を咥えて背に放り投げ、次いでイヌガミ使いが背に乗る時間を稼ぐだけだ。
 案の定ゴブリンどもは一瞬驚いたように下がり、その困惑の間に俺も背を向けて全力疾走。
 逃げたと悟ったゴブリン達が今度は血気盛んに追いかけてくる。残虐さだけを抽出したような鳴き声を背に受け続けるのはいくら一山いくらのゴブリン相手とは言え気持ちのいいものではない。
 だが、それも三十秒足らずのことだ。不意に空に影が走ったかと思えばそこから2人の探索者が飛び降りてくる。
「え、えっと……後は任せてくださいっ!」
「そういうことじゃな」
 どっちも女でしかも片方はどう見てもガキだ。
「じゃあ行きます!」
 本当に大丈夫かと顔をしかめた瞬間─────世界が歪む。
 どこまでも広がる荒野がいきなり森に囲まれ、背後に王城を背負う風景に変貌する。
 周囲から湧き出してくるのは体がトランプという奇妙な兵士だ。手には長槍。それが一斉にゴブリン達を串刺しにしていく。
 走っているうちに草木に触れるが全てすり抜けていく事に気付いた。これは───大規模な幻覚か?
 すぅとその光景が消えたとき、大地から伸びた石の槍がゴブリン達の手足を貫き、縫いとめていた。
 百匹は居ようかという大軍があっさりと止められたのだ。そして生まれた時間でガキが魔術を完成させる。
 降り注ぐのは黄金の雪。それが触れた瞬間──────────────

 ギャァアアアアア!!!!!!

 数多の悲鳴が木霊する。
 黄金の雪が触れたところから発火し、ゴブリンを飲み込んでいく。その光景は幻想的だが余りにも悲惨だ。火柱と化したゴブリン達がのた打ち回り、やがて力尽きて倒れていく。
「凄まじいですわね」
 イヌガミ使いが尊敬というよりも畏怖を込めて呟く。
「……あ、次だそうです」
「なんじゃ? 今日はせわしないのぅ」
 大人しそうな金髪の女が耳に付けた装置に触れながら手を上げると、上空から小さなワイバーンというべき物が舞い降りる。
「じゃあ、私たちはこれで」
 わざわざ頭を下げて飛び乗る金髪と、こっちを振り返りもせずに乗竜によじ登るガキ。
 こちらが呆然と見ているうちに2人の女はあっという間に飛び去ってしまった。
「あいつらだけでなんとでもなるんじゃないのか?」
 俺は思わずそんな事を呟く。
「そうでもない」
 意外にも、反論を口にしたのは魔女だった。
「威力はそれほどでもない……」
 すっと指差す先、炎に巻かれたゴブリンの中にはまだ僅かに息のある者も確かに居る。
 全身大やけどだから放っておいてもやがて息絶えるだろうが……確かに威力という点では魔女が使う魔術の方が圧倒的に強いだろう。
「『モブ』程度なら何とかなるけど、ってトコか」
 比較的相手しやすい───弱い『怪物』には群れるという習性がある。クロスロードではこれを群体──モブと称するらしい。
 1匹や2匹なら苦も無く倒せるが、やはりそれが数十に膨れ上がればかすり傷は避けられないし、疲労も蓄積する。そしてそれは緩慢な死への道に他ならない。
 多くても5〜6人のパーティで構成される1集団では対処できない大規模なモブに対し、各砦は専門家を用意しているというわけだ。
「怪我は無いですか?」
 イヌガミ使いが確認とばかりに問いかけてくる。
「知っての通りだ」
「そうですか」
 投げやりな物言いにも笑顔を向けてくる。
 こいつはいつも後ろで状況を見ている。本当に怪我をしているならそんな事は聞きもせず、患部を指摘して見せるように言ってくる。
 『知っての通り』とはそういう意味だ。性格はどうであれ、支援系としては優秀であると俺も認めている。
「さて、では戻りましょうか。ちょうど既定の時間になるはずです」
「……ああ」
 PBに問うと確かに大体そのくらいの時間だった。
 時間という存在にも大分慣れて来たな。煩わしくも思うが行動の指針としては確かに便利だ。
「それでですね。ちゃんと約束覚えていますよね?」
 剣を納めた俺にやたら笑顔を濃くしたイヌガミ使いがずいと詰め寄ってくる。
「……ああ」
 そういえば、昨日何か言ってたっけかな。
 俺の曖昧な返事にも相変わらず何が楽しいんだか分らないような笑顔で「よろしいですわ」と頷き、イヌガミに腰を下ろす。
「ではさくっと戻りましょうね」
 俺はちらりと魔女を見るが、本当に我冠せずとばかりに箒に跨ってさっさと砦の方向に向かい始めていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇

「おや、ご苦労様です」
 ケイオスシティのほぼど真ん中、ニュートラルロード沿いにある建物で、その人は口元に笑みを作ってそんな事を言う。
「い、いえ……」
 外にある看板は『ケイオスシティ管理分署』とある。どうやら管理組合の分署の1つであると同時に、ケイオスシティにおける特区法のとりまとめと、対応を行っているらしい。
 それにしても。
 見た目はまるで交番だ。そんな場所で黒髪に黒の服という男の人が事務仕事の手を止めてこちらを見ている。
 彼は先日、吸血少女に襲われかけたときに助けてくれた人だ。なるほど、管理組合の人だったんだなぁ……
「あ、これ手紙です」
 差出したのは丸めた羊皮紙。なんでも羊の皮を使ったものらしく、紙が普及する前には地球でも使われていたらしい。主に西洋の方だけど。
 赤い蝋で封をされているそれを手にしていると少し眩暈というか、何か不味いもののように感じてしまうのは何でだろうか……
「はい、どうも」
 細い目は何処を見ているのか判断し辛いが、口元はずっと笑み。声音も柔らかい。
 なのにこの手紙と同じで良く分からない怖さが背筋をくすぐり続けていた。
 あの夜のことを思い出すならば、彼は吸血少女の事を『同胞』と言った。つまりは彼も吸血鬼なのだろう。
 不自然に青白い肌はそれを強く物語っているように思える。
「おや、これは……
 まったくいつもの調子で書きましたね……」
 羊皮紙を受け取った彼は手紙を開けないままにそんな事を呟くと
「体調に問題はありませんか?」
 なんて事を聞いてくる。
「……た、体調って!?」
 思わず声を荒げてしまった僕に、彼は声を漏らして笑いながら
「いえ、念のためです。驚かせて申し訳ありませんね」
 なんて事を言う。
 いや、安心できる要素がないですよ、その言葉には!?
 ……からかわれてるのかなぁ……。一見真面目そうな人なんだけど。
「ああ、そうです。ついでにこちらからの郵便物もお願いしていいですか?
 全部管理組合本部宛てなんですけど」
「え……あ、はい」
 僕が応じると彼は立ち上がって隣の席の書類を弄り始める。
「ええと……これと、これ……。あれ? まだこれ仕上がってませんね。まったく」
 こうして見ると普通の人なんだけどなぁ。
「ああ、お待たせしました。これだけお願いしますね」
 結局集まったのは10数個の書類封筒だ。渡された僕は受取りの規定を思い出して、首から提げて胸ポケットに入れている社章を引っ張り出す。
「ええと、料金は管理組合からで良いんですか?」
「いえ、こちらでお支払いします」
 言いながら彼も自分のとは違うPBを書類を漁っていた机から引っ張り出して社章にかざした。
『代金の授受を確認しました』
 設定が違うためか、僕のPBとは違う声が脳裏に響く。
 個人経営のお店だと自分のPBで済ます場合が多いけど、数人単位の組織になった場合それ専用のPBを発行してもらう事ができる。
 エンジェルウィングスでは社員章兼任のカードだ。
「では、よろしくおねがいしますね」
 僕は「はい」と応じるなり、さっさと炎天下のニュートラルロードへと飛び出す。
 まだお昼前とあって8の月半ばのクロスロードは非常に暑い。
 それでもどっと胸中からあふれ出した安心感に深く息を吐く。
「なんだろ。怖いってわけじゃないのに」
『そりゃあそうでしょ』
 BOXをあけて受け取った封筒を納めていると、エルが僕の独り言に応じてきた。
「そうって?」
『だってあの人ヴァンパイアロードよ?』
「ろーど?」
 吸血鬼の道?という意味不明の単語に首をかしげていると
『高位のヴァンパイアを指します。別の言葉では始祖や盟主、ノーライフキングなどが相当します』
「は?」
 間抜けな声は仕方ないと思う。
「つまり、吸血鬼の王様?」
『そうとも言えるわねぇ。確かどっかの魔界だか冥界だかで公爵位を持ってたはずだし』
『公爵は貴族位の最上位です』
 二人(?)掛りの説明に思考停止。
「もしかして、滅茶苦茶強い人?」
『もしかしなくてもね。まぁ、温和な人だから必要以上に固くなる必要は無いと思うけど』
 けらけらと笑い飛ばしそうな感じでエルが応じる。
「……って、エル。なんか知り合いっぽい言い方だけど……」
『知り合いよ?
 というか、製作者のダンナだしねぇ』
「……」
 はて。最近妙な事を聞いた気がする。
 確かエルを作ったのは……
「ああ、ユイって人の……?」
『違うわ。もう一人の方なんだけどねって、ユイを知ってるんだ』
 意外そうに応じるエル。ってもう一方ってあれだよね。
「まさか、アルカさん……?」
『そっちも、知ってるのね?』
 ……日差しが眩しいなぁ。
 脳みそが追いつかなくて思考停止すること十数秒。
「えええええ!?」
 と声を出して思わず口を塞ぐ。まだ事務所直ぐそこだし!?
『まぁ、驚くのも無理は無いけどねえ』
 そりゃあ驚くよ。どう見ても小学生か頑張って中学生なアルカさんが結婚してるだとか。
「って、じゃああの「お姉さん」って発言は……」
『アルカは確か24か25かくらいのはずだけど?』
 ホントにお姉さんだったのか……。
 それにしても吸血鬼と夫婦だなんて、どういう経緯なんだろうなぁ。あの人も妖怪っぽいって言ったら失礼かもしれないけど、町で見る半獣人と違って尻尾が2本あったりするし。
 ともあれ、僕は「世の中色々あるんだなぁ」とか思いつつやや逃げるように次の配達先へ向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇

「じゃあ乾杯です!」
 いつもながら賑やかなのはイヌガミ使いだけなんだが。
 町に帰ってきた後、俺達は酒場に連れて来られていた。
 やたら客の多い店で、店員がめまぐるしく動き回っている。ついでにデカイ鼠がうろついてんだが……盆を頭に乗っけてるのは何かの芸か?
 イヌガミのやつも器用に椅子に座っている。こういうところは何処と無く人間っぽい。
 これはどちらかというとゴーストに近いモノらしい。確かに体温や鼓動なんてものはないが、毛皮特有の手触りと暖かさは本物と遜色ない。
 主人に合わせるようにオンと一声鳴いて、そそくさと床に下りる。どうしてかこの店には動物用の皿もあるらしく、そちらを悠々と食べ始めた。
 周囲は煩いくらいに賑やかだ。探索者の姿も目立つ。俺達が一人を除いて寡黙な分、丁度良いのかも知れない。
 魔女の方に視線を転じると、フォークでちまちまと豆をつついては口に運んでいる。カラクリのような単調な動きは毎度の事ながら人間味をとことん損なっている。
「ヤイナラハさん」
 ずいとイヌガミ使いが顔を寄せてくる。
「……ずーっと思っている事があるんです」
 目にはムダに力が入っており、俺をこれでもかと睨みつけている。
「なんだよ」
「私の名前。言えますか?」
「……」
 イヌガミ使いだろ? と流すには妙に気合が入っている。三つ数えるくらいの時間が流れ、不意にイヌガミ使いが溜息を吐いた。
「やっぱりですか。この分だとるルティさんの名前も頭にありませんね?」
 赤くて長い妙なスカートを直しながら腰掛け、もう一度溜息。ルティって魔女の事か。
「ヤイナラハさん。私の事嫌いですか?」
「……いや、まぁ、悪いとは思わねぇけど」
 おべっかではなく、まぁ能力は悪くない。
 魔女の支援は的確だし、イヌガミも相手を翻弄する敏捷性を駆使してこちらが囲まれないように立ち回ってくれる。
 イヌガミ使いの方も回復術の他に簡単な攻撃魔術が使える。よほどの大軍に囲まれない限り、早々崩れる布陣ではない。
「じゃあ、どうして名前を覚えてくれないのですか?」
「いや、ほら、俺、頭よくねぇから」
「嘘です」
 即否定しやがった。
「ヤイナラハさん、元から覚える事を拒否していませんか?」
「……」
 まぁ、元より流れの賞金稼ぎだ。人と巡り合っても数日もしないうちに別れるのが常。いちいち名前を覚えるような事もなかったとは思うけど。
「そういう習慣がねーんだよ」
「じゃあ作ってください。別に皆さんの名前を覚えろなんて言いません。私とルティさんだけでも充分です」
 逃げるように、我冠せずとばかりの魔女に視線を送ると
「ちなみにルティさんは覚えていらっしゃいますよ」
「……魔女としては当然」
 ……それは呪殺とか、そっち方面の備えじゃないのか?
 聞くと頷かれそうなので過ぎった想像を払う。
「私は大上董子です。トウコで構いません。ルティニアネスさんもルティで良いと仰っています」
「えー、ああ。トウコにルティな。うん、まぁ、なんとか覚えるよ」
 そうとでも言わないと引き下がりそうにない。確かに月が一巡りするくらい一緒にやってて、少し気まずいとは流石に俺も思うし。
 ともあれ、俺がそう応じるとイヌガミ使い。もといトウコは厳しい顔を笑みに変えて引き下がってくれた。
「まったく。本当なら別の話をしたかったのですけどね」
 二本の棒を器用に操り、焼いた魚を解しながらそんな事を呟く。
「別の話?」
「はい。未探索地域へのアプローチをそろそろ考えませんか? ってコトです」
「ん……? でもよ、足が無いとどうにもなんねーんじゃなかったっけか?」
「はい。だから相談です。
 回収作業を依託し、純粋に未探索地域の調査を行うのであれば私とルティさんは問題ありません」
 ああ、と思う。い……トウコにはイヌガミがいるし、ま……ああ、面倒だな。ルティには空を飛ぶ箒がある。
 今の所足が無いのは俺だけだ。
「ヤイナラハさんを私の後ろに乗せるということもできますが、そうすると荷物の問題があります。
 今のような日帰りではなく、数日間の旅となると荷物もかさばりますし」
 話に聞く限り、周辺百キロに町の真ん中を流れる川以外の水場は無いらしい。
 無論町や村も無い。食べ物もさることながら水を以下に運搬するかが重要になるのは目に見えている。
「最悪ルティさんの魔法で水を作ることは可能です。ですがそれは我々の戦力を削ると同じこと。
 やはり万全を期すには車両が必要だと思うのです」
「それで?」
「共同で購入しませんか? というのが一点。
 それから、運転技術を学んでいただけないかというのがもう一点です」
 買う分にはまぁ、理解できる。
「俺が操縦するのか?」
「ルティさんは術の性質からか、機械系と相性が悪いらしくてダメですし。私も恥ずかしながらああいうのは全くダメなんです」
 確かに馬1つ乗れそうにないな。イヌガミに乗ってる時も細かい動きは独断に任せているみたいだし。
「馬に乗るのとは違うんだろ?」
「ええ。ただ個人的な意見としては、なまじ生物の馬よりもよっぽど楽だと思います。
 街中で走らせるのならばそれなりの技術は必要でしょうが、あくまで外で運用することが前提ですからなおさらです」
 車ってやつは外面だけなら何度も見た。南北の門に行けばいくらでも見られるからな。座席の正面に輪っかが1つと、囲むようにレバーがいくつか付いてた覚えがある。
「思考認識とか、擬似知能型とかもあるらしいのですが、特注品になって高いらしいのです」
「というか、お前馬に乗れないのか?」
 車に乗れないという事はそういうことじゃないのか? 今の発言だと。
「乗れません。というか、普通馬なんて走ってませんもの」
 馬が走っていないのが普通ってと、ここみたいに電車とかが走っている工業的な世界なんだろうか。
「つまり不器用」
「ルティさん!!」
 絶妙のタイミングでぼそり呟く魔女にトウコが立ち上がって怒鳴りつける。もちろん怒鳴られた方はどこ吹く風だが。
「ま、まぁ。今のところまだ購入の目途も立ててませんから。
 それからでも結構だと思いますよ?」
 こほんとわざとらしい咳払いをして、まとめに入る。
「まぁ、頭には入れておくよ」
「それは」
 腰掛けながらトウコが神妙な顔を作る。
「これからも一緒にやって行って下さると思って良いのですか?」
 一瞬耳がキンっとする感覚があった。
 周囲の音が薄れて、胸苦しさに顔色を崩さないように苦心する。
「……恥ずかしいヤツだな」
「な、なんですか、その言い方!!」
「同意」
「ルティさんまで!!」
 「一緒に」ねぇ……
 数年間一人で命のやり取りを続けてきた。町に入っても物取りなんか当たり前。女であるとバレたらなお危険が増す日々。
 自分を隠し、ただその腕だけを磨き続けていた。
 人の名前を覚えないのもそう。女の傭兵なんてまず居やしねぇし、居たとしても俺見たく生き残るスタンスを確立しているのが当たり前だった。
 だから一人ならばずっと一人。それが当然で、従って覚える理由も意味も無い。
 俺は一方的に吐き出される言葉を聞き流しながら腸詰を1つ口に放り込む。
 頭を切り替えなきゃいけねーのは確かだ。
 そんなことを考えながら。
◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅむ」
 帰り際。一枚の紙を手に顎を撫でるグランドークさんが居た。
 その前にはぺしょりと潰れつつペンを握るレイリーさんが居るから、逃げないように監視してるんだろう。
「ああ、ユキヤ君お疲れ様。ちょっといいかな?」
「ええ」
 近付くとグランドークさんは手にしていた紙を差し出してきた。
 さっと目を通すとどうも大掛かりな輸送計画ということがまず読み取れた。
「南の方に水源が発見された事は聞いているかい?」
「……なんとなく噂では」
 酒場とかでは色々な話題が耳に届いてくる。その中でも最近良く耳にするのが、まさしくその話だ。
「近くそこに新たなる開拓地を建設する事になりそうでね。
 そうすると物流関係はうちに回ってくるわけだけど」
 個人単位での運び屋や商会専用の輸送部隊などは存在するものの、大規模な運搬能力でエンジェルウィングスに勝る者は無い。
「それはエンジェルウィングスが採る輸送体勢の業務指示書でね。
 うちからも人を出さざるを得ない。
 そこでユキヤ君。南砦までで良いから受け持ってはくれないかな?」
「……僕がですか?」
 南砦までは比較的安全な事は聞いている。同時に最近防衛ラインと呼ばれる四方砦を円で結んだラインを突破する怪物が増えていることも聞いていた。
「と言っても常時じゃない。臨時便としてだね」
 バイク便が僕の世界で価値を持つのは渋滞をすり抜けたり、細い小道を行ったりできるからだ。
 一度外に出ればずーっと荒野のこの世界。輸送というジャンルではどうしても四輪車の方が有効だ。
「伝令や医薬品の輸送なんかが主だね。それもクロスロードから南砦までに限るようにはするよ。
 流石にそれ以上は戦闘能力が無い者には無理だし」
「じゃあ、私が後ろに乗ればいいんですよぉ」
 レイリーさんが話に乗っ掛かってくる。
「まぁ、確かに貴女の能力はある意味有効ですが。
 ユキヤ君が持ちません」
 彼女の『能力』それから『持たない』という言葉の意味が何となく知れた。
 魔法じみたその魅力の事だろう。そんな彼女が後ろに乗るだなんて頭がどうなるかわかったものじゃない。
「えー。ユキヤ君は紳士ですよ? ね?」
 その花のような可憐な微笑に頷きたくなる。グランドークさんは『能力』って言ってたけど、やっぱり魔法的な何かなんだろうか。
「サキュバスも真っ青なんですから自重してください。まったく。
 ともあれ、人の生き死にを左右する話でもあります。空が安全と言えない以上、君のような機動力の投入は避けられません。
 考えて置いてください」
 『人の生き死に』
 さらりと出てきた言葉に体の芯がぶるりと震えた。日本でそんな言葉を告げられるのは警察や消防隊、医師なんていう特別な職業くらいだ。
「さて、レイリーさん?
 口を挟めるくらいには出来上がったんでしょうね?」
「……」
 視線をわざとらしく逸らして、ペンを動かし始める。
 種族が大きく違うとその『能力』とやらも通じないのか。人間には絶対無敵のレイリーさんは天敵グランドークさんの前でのろのろと作業を再開するのであった。
 ともあれ、ヘルプの視線を向けられても困るだけなので「失礼します」と声を掛けて支店を出る。
 日に日に配達速度が上がっているせいか、しかも今日はいつもより配達品も少なかったのでまだ夕方よりも少し前という感じだ。
「どうしようかな」
 こちらの世界に来て最初の頃は一日一日が必死だった感じもあるけど、余裕も出てくると微妙に暇な時間が増えてきた。
 日本に居た頃は友達とつるんで適当にぶらついたり、ゲームしたりしてたんだけど。
 実際見知ったようなゲーム筐体は売っていたりする。ただこんなファンタジックな世界でファンタジーなゲームをするのかと考えると手が伸びないのも事実だ。
 かといって酒を飲んで時間を潰す趣味も無い。テレビなんかがあれば良いんだけどクロスロードではテレビの放送は無いらしい。
 もちろんテレビが無いわけではない。問題は電波の方だ。
 この多重交錯世界では電波環境が非常に悪いらしい。詳しいことまでは分らないけど、テレビやラジオの放送が出来ないほどだと言う。
 ケーブルなんていう手段もアリなんだろうけど、それについては既に建設してしまったという状況が裏目に出ているらしい。
 よって視聴者の確保が大変な現状からテレビやラジオをやろうとする人は居ないみたいだ。
 そうなると強いのは紙媒体だ。どんな世界の言葉も一様に読めるという特性から本や雑誌、それから新聞なんかは良く見かける。
 類似世界からの輸入品なのか、僕の知っている物とは微妙に設定が違う漫画がちらほらある。うっかり別の店で買うと続きが微妙に違ったりして混乱する事もあって、この世界がそういう場所なんだと改めて思う事もある。
「本屋にでも行って見るかなぁ」
 よくよく考えるとエンジェルウィングスの人たち以外にあまり知り合いと呼べる人は居ない。
 ふと「とらいあんぐる・かーぺんたーず」の事が脳裏を過ぎったけど、あの『歓迎』を連想すると足は向かないよなぁ。
 エンジェルウィングスにしてもグランドークさんは上司でもあるし、増して何時も仕事が急がしそうで付き合って貰うには申し訳ないし、レイリーさんを誘う勇気は無い。
 他の配達スタッフとは顔を合わす程度でまともに会話した事もそう無いんだよね。他の支店との掛け持ちの人も多いらしいし。
 と言っても。
 本屋への道を歩きながら周囲を見る。
 僕と同じ人間種はもちろん多いけど、若い人はまず間違いなく共通して武装している。つまり『探索者』なんだよね。
 みんな各世界の『扉』を潜ってきているわけだから、どうしても冒険者や探検家なんて人種が多く、続いて学者や政府の人なんかが多いらしい。次に商人ってところだ。
 僕みたいに偶然この世界にやってくる人も居るけど、やっぱり一般人として来るケースは本当に稀みたい。そしてそういう人間は直ぐに引き返せば良いからなお少ないのが現実だ。
 詰まるところ、友達づきあいが出来そうな人ってどれくらい居るのかなぁと溜息が出る思いだ。
 もちろん探索者と友達になれないとは思わない。仕事柄そういう人たちと話をした事もあるけど、気さくな人も少なくない。
「気の持ちようかなぁ」
 平和ボケとまで言われる国だからこそ、血なまぐさいほどのファンタジーも存在していた。
 漫画やアニメに執心していないとは言え誰でも知っている週刊漫画雑誌くらいは軽く見ている。その中で、正義の味方なのに血に塗れたその姿を怯える一般人の描写は何度か見た気がする。
 そのときは「助けてもらったのに酷いやつだなぁ」と軽く考えていたけど、今ではなんとなくその反応も分る気がする。
 僕達は命を大切にするように教えられた。それ以上に死への忌避感を叩き込まれている。
 死ぬ事が怖くて、悲しくて、映画の中だろうとその死に悲しみと感動を覚えるようになっている。
 だからその手で命を刈る人たちをどう見て良いか分らなくなってるんだとこの一ヶ月で漠然と考えていた。
 あのレイリーさんに対しても、きっと実際に刃を振るい、命を刈る様を見てしまえばあの魔法は解けてしまうのではないかと考えてしまう。

 じゃあ僕も同じように殺すという行為に触れてしまったら?

 ふと脳裏を過ぎった想像に体の芯から震えが走った。
 こんな事考えるものじゃない。そうは思いつつもこの世界はその行為が限りなく近い。
 今でこそ平穏な日々が続いているけど、一年半前には酷い戦いがあったことは先生の言葉を今でも思い出す。
 もしそんな状況になれば生易しい道徳など捨て去って我が身を守らなくてはならなくなるのだろう。
 そうでなくとも、町の外は絶対に安全ではない。
「やめようやめよう。考えたって────」
 わざと声に出して気付けば目的の本屋に到着していたことに気付く。
 本屋と言っても手紙の種類が多種多様なように、その形状も様々だ。
 流石に石版ほどレトロなものは無いが、奥には巻物や竹簡なんてものがあった。
 それでもその殆どは紙。あとは電子チップも多い方だろう。
 想像を追い出すように視線を店頭に並ぶ本に向けると不意に先客にぶつかった。
「……あれ?」
 以前よりすこしだけ伸びた髪。ラフで小奇麗な服のためか、垢抜けた感じがして一瞬誰かわからなかった。
「ヤイナラハさん?」
「……なんかその驚いた顔が気に障るんだが」
 お隣さんでありながら生活時間帯が違うのか、ここ暫く会っていなかった彼女はギロリとした眼光を向けてくる。
「あ、いえ。あの、可愛らしい服だなと」
「黙れ」
 一刀両断を体現するような一言が僕の口を噤ませる。ヤバイ、なんか凄い機嫌悪くなったぞ。
 彼女の装いと言えば丈夫さだけがウリの厚ぼったい服だったのに、今日はロゴの入ったTシャツに真新しいジーンズだ。
 腰の所のふくらみから背にたどると、彼女の剣がシャツから尻尾を見せていた。
「あ、ええと」
「どうしました、ヤイナラハさん?」
 店の奥から出てきたのは……巫女さん?
 白い上着に赤の袴。あの上着って何て言うんだっけ? 胴衣で良いんだっけか?
 まぁなんというか、巫女さんである。
「お知り合いですか?」
「知らん!」
 ぷいと顔を背けてしまう。よっぽど僕の一言が腹に据えかねたらしい。
 ……忌々しさの方向がどっちかというと服に向けられている気もするけど。
「……ええと?」
 巫女さんがこちらに視線を向けてくる。僕はとりあえず頭を下げた。
「日本人ですか?」
「え?」
「いえ、黒目、黒髪かつ頭を下げる挨拶なんて日本人の典型的な特徴ですから」
 そういう彼女もどう見ても日本人だけど……漫画やアニメじゃあるまいし、平気な顔して巫女服で歩き回る人も滅多に居ないだろうし。
「私、大上董子と申します」
「藍原幸弥です」
 楚々とした大和撫子そのままの彼女の微笑みに慌てて名乗り返す。
「ヤイナラハさんとはパーティを組ませていただいています」
「……はぁ」
 へぇとは思うけど、どう返せばいいんだ? ただのお隣さんですよでいいのかなぁ。
 何を言ってもおかしな気がするので、話題を変える事にする。
「お買い物ですか?」
「ええ。ちょっと調べたい事があってここに。
 それからヤイナラハさんの服も」
 ぴくりと彼女の肩が震えた。なるほどこの人が原因らしい。
「彼女ったら着替えを殆ど持っていないとかで、外に冒険に行くような格好で出てくるものだから見繕いましたの。
 可愛らしいでしょ?」
「トウコ……!」
 ぞくっとした。本気で怒ってる。
「てめぇだって何時も同じ服だろうが!」
「私は神職ですから、当然です。
 それにちゃんとこれは普段着用ですわ」
「違いなんてねーだろ!」
 ……えーっと?
 まぁ、なんというか。言葉遣いからしても男勝りな彼女としては詰まるところ落ち着かないのだろうか。
「本当はスカートの1つでもと勧めたんですけど」
「あんなもの着れるわけねーだろ!」
 彼女が本気で怒鳴りつけてるのに大上さんとかいう巫女さんは全く動じない。
「ヤイナラハさんは可愛らしいんですから、おしゃれの一つや二つ」
「無用だ! つか、迷惑だ!
 そもそも今日の目的はちげえだろうが!」
「目的?」
 そろそろ身の置き場が無くなって来たので、当たり障りのなさそうな所に合いの手を入れてみる。
「ええ。自動車の情報を知りたくて」
「えーっと……情報と言うと?」
「最初からお話した方がいいですかね?」
「ってか、こいつには関係ねーだろ」
「いいじゃありませんか。地球世界の男の子なんですから、私たちがあれこれ調べるよりも物知りだと思いますわ」
「……」
 反論の言葉も出なかったのか、不機嫌そうに陳列棚に向き直ってしまった。
 それにしても……男の子って僕の方が年上だと思うんだけどなぁ。この世界で迂闊な事を言うのは自爆行為だけど。
「私たち未探索地域調査のために車両の購入を考えているのですが、何を基準にすればいいかなぁと思いまして」
「それで本屋に?」
「はい」
 視線を彼女の後ろにやると、雑多な書籍が並んではいる。
 ただ、本屋で売ってるようなものに載っている車はファミリーカーとかじゃないのかなぁ。
 ミリタリー専門の雑誌なら別だろうけど。
「だったら本よりも、本職に聞いた方が良いんじゃありませんか?」
「え?」
「あれ? 知りませんか? ドゥゲストモーターズ」
 ニュートラルロードから1つはずれた通りにあるそのお店はまさしく自動車修理工場的な雰囲気を持つ油くさい場所だ。
 自動車の販売だけなら異世界からの輸入品を取り扱う商家はいくつかあるけど、修理、メンテナンスから組み上げまでやってしまうのはそう居ない。
「聞いた事はありますけど……」
「そこで直接聞いた方が良いんじゃないでしょうか。
 購入後の修理やメンテナンスについて相談する事になるでしょうし」
 一応アルカさんの所も同じような事をやっていると知っているけど……ねぇ?
 それに自動車専門でやっているお店だから信頼感はあると思う。
「まぁ! では早速伺って見ることにしましょう」
 嬉しそうに微笑む巫女さん。喜んでもらえて何よりだけど、ヤイナラハさんの機嫌が悪いままだなぁ。
 もっとも……機嫌の良い彼女って見た覚えが無い気もするけど。
 暇だから付いて行ってみてもいいけど、流石にPBがあるから道案内は不自然だ。紹介するほどドゥゲストのお爺さんとなじみと言うわけでもない。
 それ以上に下手に同行なんて言い出すとヤイナラハさんに斬られそうな気がする。
「ちょいと御免よぅ」
 小さいがずんぐりとした人影がぬっと間に割ってはいる。
「ちょいとそこの雑誌を取りたくてな」
「え、あ、すみません。あ」
「ん?」
 子供のような身長ながらずんぐりむっくりの体。立派な髭は真っ白で、しかし衰えは微塵も思わせない。
「ドゥゲストさん?」
「ああ、郵便屋のボウズか。奇遇だな」
 噂をすればなんとやら。ドゥゲストモーターズの店主が雑誌を一冊手にこちらを見上げる。
「こちらが?」
「ん? べっぴんさんじゃな」
「彼女ら車両を探してるとかで、ドゥゲストさんの事を紹介してたんですよ」
「ほぅ。探索者か」
 ずんぐり押した体はしかしその殆どが岩を思わせるような筋肉だ。厳つい顔でじろりと巫女さんを見上げる。
「将来的にどういうものを購入すべきかと思いまして」
「ほほぅ。人数、期間にもよるが、積載量の多い軍用品がお勧めじゃな。
 じゃが、未探索地域に出るならメカニックが必要じゃぞ」
「メカニック?」
「うむ。わしの作ったマシンならちゃちな故障はせんと保障してやる。
 しかし怪物とやりあえばどうやっても普通でない環境に叩き込まれるじゃろう?」
 怪物が闊歩する場所を行くのだから攻撃されたりする場合もあるだろうしね。
「まぁ、専門家と言うほどの者を求めるのは無茶にしても、基本修理くらいできるのがおらんと立ち往生もありえるぞ」
「タイヤ交換とかですか?」
 僕の問いにドゥゲストさん溜息。
「そんなのは当たり前すぎる。故障箇所の特定と応急処置くらい当然じゃ。
 AIや魔法知能を積んで自己判断させる方法もあるが、ある程度経験を積ませんと役に立たんな」
 思ったよりもハードルは高いらしい。多少なりにバイクのメンテナンス知識のある僕が感じるのだから、女性二人の顔色は相当に悪い。
「言って置くが、カラクリ関係はさっぱりだぞ?」
「わ、私だってそうですよ!」
 カラクリとか言う時点で問題外だよねぇ。
「未探索地域へ繰り出す者が少なくなりつつある理由はそこじゃからな。 
 パーティに技師を抱えんと恐ろしくて出ることもできんが、当然外に出るような技師は少ない。
 技師が必要でない動物は餌という難題を抱えるからのぅ」
 そういえばエンジェルウィングスに居る乗竜も凄い量のご飯を食べるらしい。
 飼料ならば安価な物もあるらしく経済的な問題は少ないけど、倉庫にどっさり詰まれたそれは圧巻と言う言葉が相応しい。
 外に行くのにあんなに持って行くわけにはいかないからねぇ。
「一応うちで運転やメンテナンスの講習はしておるが、メンテナンスについてはやはり基礎知識が無いと覚えが悪いのぅ」
 そうでなければ僕の世界で自動車修理工なんて食っていけないとも思うけどね。
「まぁ、中には絶対の自信を以って、不要だと割り切っている連中も居る。
 あとは自分達で決めることじゃて」
「となると……専門の人を探さないといけないわけですか」
 深刻そうに巫女さんが呟く。ヤイナラハさんの方は任せたと言わんばかりの顔だ。
「女性で専門の方って居るのかしら?」
「おらんでもないじゃろうが……」
 言いよどむような物言いは明確に「居ないも同然」と物語っている。
 そもそも探索者は女性比率が低いし、僕の認識からしても女性の技術者は少ない。
 求めているのは探索者でありながら技術者というのだから確かに探すのは大変だろう。
「心当たりとかありませんか?」
「生憎のぅ。ああ、一人おらんでもないか」
 ぽんと片手の雑誌で自分の頭を叩く。
「本当ですか?」
「ああ。じゃが……うーむ」
「何か問題でもあるような感じですね」
 促すように言ってみると、ドゥゲストさんはうむと1つ頷いた。
「相当の変わり者ではある」
「そんなのばっかだな」
 ヤイナラハさんの突っ込みにすっと巫女さんが視線を返す。「なんだよ?」と険を込めた言葉に「ふぅ、何でもないです」と物凄く残念というか悲しいというか、そんな響きを漏らした。
 ともあれ、気を取り直したかのように彼女はドワーフの老人に向き直る。
「紹介していただけませんか?」
「……話だけはしておこう」
 頭をごりごりと掻く顔はあまり期待できそうに無い。
「そんなに変な人なんですか?」
「……まぁ、正直な。姉よりはよっぽど真っ当なんじゃが」
「姉?」
「郵便屋なら知っておるじゃろ。『とらいあんぐるかーぺんたーず』のところの青いの」
 青いのと言われても……ってユイさんのことか?
「あの爆弾ばら撒くヤツの妹か?
 やめとけ。殺されるぞ」
 もちろん一緒にあの店に行ったヤイナラハさんも気付いて物凄いしかめっ面をする。
「あそこまで非常識ではないんじゃがなぁ」
 フォローのような事を言われても、基準点が余りにも過ぎた場所にあるのでコメントに困る事この上ない。
「まぁ、相談には乗ろう。習うにせよ決めたら店に来るんじゃな」
 のっしのっしという感じで店の奥に行ってしまったドゥゲストさん見送る。
「どうすんだ?」
 溜息交じりの放り投げるような問い。
「どうすると言われましても……」
「急に決めなきゃいけない事でもないなら、状況を整理しなおしてから考えればいいんじゃないかと」
 巫女さんの困ったような視線を受けたので、とりあえず助言らしき事は口にしてみる。
「そうですね。急いては事を仕損じるとも言いますし」
「ったく、俺が来る必要なんかねーじゃねえか……」
「あら、ヤイナラハさんはオフくらいもっと可愛らしい服を着るべきですわ。
 そういう点では有意義だと思いますけど。そう思いません?」
 つい頷きそうになって─────背筋を凍らす凶悪な殺意が僕を襲う。
 必死に首へブレーキを命じる。そのまま頭が地面にまで落ちてしまう未来が幻視できた。
「折角いろんな世界の服があるんです。楽しいじゃないですか」
「手前が着てろ」
「残念ながら私は神職ですから」
 あ、コスプレじゃなくて本職だったんだ。とはもちろん口に出さない。
 ともあれ、そこで始まった不毛な会話には付いていけないと判断して僕は挨拶もそこそこに離脱する。
 それにしても、と思うことは2つ。
 やっぱりああやって会話できる人の一人や二人は作るべきだなぁって事と、予想以上にヤイナラハさん可愛かったなぁって事かな。
 ……あ、本買うのすっかり忘れてた。
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