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世界説明SS
在るべき場所 前編
(2009/12/10)
「賞金首?」
 おにぎりとか言う食い物を片手に胡乱気な視線を向ける。
 ちなみにこれを作ったのはトウコ。こいつってなんで探索者なんかやってんのか謎な程に器用で律儀に昼飯を作ってくる。美味いから拒否することじゃないがな。
 繕い物とかも上手い。でも少しほつれた所があると脱げだの修繕するだの煩いのは敵わない。
「はい。今朝手配されたばかりの話なんですけどね。
 なんでも住民の方を誘拐して逃亡しているらしいんです」
「へぇ」
 町の中が平和そのもの。なんて事になってないのはもちろん知ってる。
 同じ種族の人間同士でだって戦争をするんだ。種族のごった煮となったクロスロードでは問題が当然湧いて出てくる。
 路上での喧嘩なんてのはたまに見かける。荒っぽいやつらは石を投げれば当たるくらいにそこいらに居るから当然だな。
 ついでに大犯罪者だろうが殺人鬼だろうが、この世界にやってきた直後に大暴れでもしない限りPBが支給されるんだそうだ。だからこの世界を逃げ場にしてやってきたガラの悪い連中も少なくない。噂によるとケイオスタウンでは日に数人の死体が転がっているんだとか。
「ってもよ。賞金が掛かってるんじゃ、もう捕まってるんじゃねーのか?」
「かもしれませんが……ほら、誘拐された方って『住民』らしいですから心配じゃないですか」
「見ず知らずの人間心配するほど俺は聖人君子じゃねーよ」
 残ったおにぎりを口に放り込んで茶で流し込む。普段は薄いワインなんかを飲むんだがトウコの作る料理にはひたすら相性が悪い。
 茶なんて飲むガラじゃねーんだが、ここは流儀に従っておいたほうが自分にとっても良い。
「まったく。もう少し心を広くですね」
「広すぎてもしかたねーよ。取捨選択できねーような前衛はあっさり死ぬ。
 ぐだぐだ考えるのは流儀じゃねぇさ」
 詰まるところ、目の前にも居ない人質さんとやらを心配する理由は俺には無い。
「それとも、今から賞金首を狩りに行くつもりなのか?」
「いえ、流石に任務放棄するつもりはありませんが……」
 俺達は防衛任務の真っ最中。その休憩時間だ。最近『怪物』の出現数が増えているものの今日はまだ一度も出くわしては居ない。
「だったらどうでも良い話さ」
 肩を竦める俺にトウコは諦めたような深い溜息を吐く。
 こいつの人間味が有りすぎる思考は「人間」として悪かない。
 だが俺達は探索者で、そして殺戮者でもある。ただひたすら効率的に相手を殺し、それで糧を得る身だ。似合わないとかいうレベルの話じゃねーだろ?
 ……ま、一人くらい人間くさいことを考えるヤツが居るのも悪くは無いか。
 会話に参加しよう灯せず黙々と食事を続けるルティを横目で見つつ、おにぎりをもうひとつ手に取った。
◆◇◆◇◆◇◆

「えーっと?」
 停めていたエルまで戻ると次の郵便物を確かめる。
 大体の地名を覚えてきた僕だけど、手に取ったそれの住所に首を傾げた。
 血を吸われそうになった一件以来、僕の配達コースはケイオスタウンを先にしている。その届け先はこれまでニュートラルロードからそう離れていない地域に限られていたんだけど……
「これって?」
『ここから直進方向に約1kmです』
 ニュートラルロードからそんなに離れていないこの場所から外縁部へ向けて1Kmも行けばけっこうな外郭部だ。
『治安が悪く、瘴気が発生する可能性のあるエリアです』
「デスヨネー」
 とにかくケイオスタウンは気を抜けない。性質的にイタズラを好んだり、力加減や道徳観を誤ってる人がわんさか居る。
 ニュートラルロードに近い所ではこの前助けてくれた人のような常識的かつ力の強い人が見張っているらしく、大きな問題にはなってないみたいだけど外縁部に行くほど容赦が無い。
 悪意ではなく本能に近い行動なのがなおさら恐ろしい。瘴気は人間にとって毒以外の何者でもないけど、呼吸をするようにそれを放出する人も居るのだそうだ。
 ……まぁ、対称となるロウタウンの外縁部についても余りにも『聖域』過ぎて人間には害になる事もあるらしいけどね。薬も過ぎればってやつなのかな。
「どうしようかな」
 普通に考えると持ち帰って別の人に託すべきだろう。エンジェルウィングスには瘴気に耐性がある人も当然居る。これまではそういう人が受け持ってくれてたんだろうけど……
 とりあえず次の手紙を手に取ると、前の手紙よりはニュートラルロード寄りだった。
「……まぁ、近くまで行って、ダメだったら諦めるか」
 それでも毎日町中を走り回っているという慣れがそんな決断を下させた。
 慣れた頃が一番危険だ。何かの漫画で読んだような台詞を残念ながら僕は思い出すことができなかった。
 そうして訪れた区画。
 見た目は他の場所とさほど変わらない。建築そのものは管理組合の施工なんだから当然かな。周囲を見れば他の地域と同じでゴミ拾いをしているセンタ君も見つけられる。
 どこかのスラムみたいに怪しい物影や、やたら暗い場所も特には無い。気になるのは……
「天気悪いね。さっきまで晴れてたのに」
『この区画は日中、常時雲りまたは雨が設定されています』
「え?」
『光に弱い種族に対する配慮です』
 ……っていうか、天気なんか操れるの?
 昔、台風を爆弾で吹き飛ばそうとしたとか、そんな話をテレビで見た覚えがあるけど、あれってトンデモネタだったはずだし。……魔法って凄いなぁ。
 というわけで、日中にも拘らず薄暗い道を見渡す。人通りは全く無い。
『瘴気の発生は確認されません』
「じゃぁさっと行こうか」
『気をつけなよ。この前の吸血鬼娘みたいのが普通に居る区画だから』
 アクセルを回そうとした瞬間にエルが苦笑気味に言ってくる。
 そう言われると怖気づくんですけど。
 ともあれここからすぐ近くという感覚と、予想(某世紀末な風景)外に綺麗な風景にエルを走らせようとした矢先
『右っ!』
 エルの叫びに身が竦んだ。慌ててぎゅんと向いた右側。そこに真っ黒な穴があった。
 最初それがなんだか分らず、辿るようにその向こうに視線を送ると、お近づきにはなりたくないような強面がこちらを睨んでいる。
「下手な真似をするな。そこから降りろ」
「……へ?」
 我ながら間抜けな声が漏れた。そうしてようやくそれが銃口であることに気付く。
「き……聞こえないのか?」
 落ち着いたとはとても言い難い、焦りを存分に含ませた声に、麻痺した脳は手足を上手く動かせてはくれない。
「急げっ!!」
「は、ひゃい!?」
『ちょっと、ユキヤ!?』
 エルの焦った声がさらに焦りを加速させる。転がるようにエルから降りると、自分を追いかけてくる銃口に凄まじい脂汗をかいていることに気付く。
「変な気起こすなよ」
 はい、もちろんです。
 隙を見て反撃なんて欠片も考えていない。心臓が縮みあがり、足腰が動かない。腰が抜けたってこういう事なんだなぁと間抜けなくらいに冷静な感情がひとりごちた。
 眩暈にも似た混乱の中、男は俺を睨みながらエルに跨る。
「は! 良い足が手に入ったぜ!」
「……あ」
『……良い度胸してんじゃない』
 もちろんエルの声はマヂ切れしていた。男の人にその声は届かない。エルがただのバイクでないことは普通分らないものなぁ。
 そう思った瞬間、いきなりエンジンが唸りを上げる。突然の衝撃に片手に銃を握った不安定な体勢の男は反射でハンドルを握り締めていた。
『後でタイヤ替えなさいよ!』
 キュルキュルと突然響き渡る擦過音。尻尾を振るように後輪が滑り、男をぽんと投げ飛ばす。
「うぉっ!?」
 突然の事にまともに受身も取れない男はどすっと痛そうな音を響かせ地面に叩きつけられた。
『ったく。汚い手で触るんじゃないわよ』
「……あはは」
 同情すべきではないんだろうけど……死んで無いよね?
「警察に電話しないと?」
『警察って何よ?』
「……あ、えっと……」
 そうでした。このクロスロードに警察やそれに類する機構は存在しない。
 犯罪者に相当する存在には迷惑料や被害額から算出される『賞金』が掛けられ、探索者は賞金首を追うってシステムらしい。
「……で、この場合はどうすればいいんだ?」
『逃亡をお勧めします』
『ひっ捕まえればいいじゃない? 銃もあるし』
 真逆の回答に状況に反して苦笑が漏れた。もちろん引きつった情けないものだけどね。
 銃は確かに手元に転がっていた。でも触る勇気はとてもじゃないけど無い。
「って……畜生っ……」
 まずい、起きた……!
 立ち上がろうとしてすっ転ぶ。未だに腰が抜けたままでどうにもならない。
「てめぇ……良い度胸してんじゃねえか……!」
 派手に転がったせいか、服の数箇所に穴を開け、血を滲ませた男が凄まじい眼光をこちらに向けて立ち上がる。
「え、えっとですね……」
「ブッ殺してやる……!」
「ちょっ、まっ!?」
 逃げようにも……どうしたらいいんですか!?
 言う事を聞かない足腰に泣きそうになりながら、それでもと手を後ろに伸ばす。暴れる指先が何かに触れた。
 慌てて握ったそれは拳銃。そういえばさっき傍に転がっていたのを見たっけ!?
 藁にも縋る思いでそれを引き寄せて胸の前に持ってくる。思ったよりも重い。
 それでもそれを不恰好にも構え────
「舐めるなよガキがぁ!!!!」
 男が目前に迫っていた────!?
『世話が焼けるわねっ!』
 再び跳ね上がるエンジン音に男の注意が逸れる。
「うわぁっ!?」

 どん、と。

 予想を遥かに超える音が耳朶を叩き、そしてこれまた予想を遥かに超えた衝撃が上半身を思いっきり突き飛ばす。
 跳ね上がった銃を維持できず、人差し指をねじり取る勢いで転がり、僕は後頭部をしたたかに打つ。目の中で星が散った。
 衝撃からの復帰は早い。それと同時にさーっと血の気が引いた。
 もしかして人を撃った?
 男は目の前に居た。あんな距離では外そうと思っても外れやしない。
 ……茫然自失。そういう状態でゆっくりと体を起こそうとして
「クソがぁあああああ!?」
 顔面を靴底が踏み抜いた。
「が」
 もはや痛みすら感じる余裕も無く、僕の意識がどこかへと旅立って行った。
◆◇◆◇◆◇◆

「おい、居るか?」
 夕暮れ時。俺はとらいあんぐる・かーぺんたーずを訪れていた。
 ……多少なりに抵抗はあったが、ここ最近は連戦に次ぐ連戦だし、腕は確かなんだからと自分に言い聞かせて。
 店には誰も居ない。無用心だなと肩を竦めると、奥で物音がする。
「いんのか?」
「……ふぁ」
 小さな声。ふと横を見るとテーブルにつっぷして寝てる青髪の女が居た。
 それがもぞりと動く。焦点の定まらない瞳が俺のほうにぼんやり数秒向けられた後、
「……猫さんたちなら……奥」
 顔を上げずにぼそぼそとそんな事を呟く。
「……怪我人で大騒ぎ」
「怪我?」
 またコイツが妙な兵器でやらかしたんだろうか?
 それにしてはのんびり昼寝してやがんけど。
「にゃ? お客さん? 今日はちょ……あ、やっちゃん」
「それは止めろ」
 奥から顔を出して、妙な呼び方をする女を睨む。
「ちょうどよかったにゃ。ちょいこっち来て」
「ぁあ?」
 ちょうど良い? むしろ嫌な予感しかしねーんだが。
 こちらの回答も待たずにまた引っ込んでしまった猫女の方向をしばし見て、頭をひと掻き。
 帰ろうかとも思ったが……それは据わりが悪い。お人よしになったつもりはねーんだけどなぁ……
 カウンターの横を通って奥を覗く。
 状況を確認し、どっと溢れ出した疲れというか徒労感?を溜息と共に吐いて猫女に問う。
「……なにやってんだ、こいつ?」
 その光景は多分神聖とか超常的とかそんなものなのだろう。
 背に羽を生やした女が青白い光を身に纏わせ厳粛な表情で呟いている。
 その傍らでは猫女が次から次に掌大の魔方陣を作っては空中に留めていた。
 その中央に居るのは……あの男だ。
「道端で倒れてたにゃよ。頭打って」
「はぁ?」
 バイクとか言うやつでコケたんだろうか? そう思いながら良く見てみると顔面に酷いあざがある。こいつは……
「こいつは……暴漢にでもやられたか?」
 打撲……いや、スタンピングだな。顔面を酷く蹴り潰されたんだろう。鼻が折れてやがるな。
「多分ねー」
 猫女の方は喋りながら次々と魔方陣を書き上げていく。魔法使いなんてシロモノは俺の世界にも居たが、魔法を使いながら会話ができるやつなんて初めて見た。
 ……ルティのやつは喋らないからできるかわかんねーけど。
「ケイオスタウンでぶっ倒れてたのを見つけたにゃよ。脳挫傷起こしてるからちょっちやばいかも」
「脳……?」
 頭の中身だよな。もちろん頭が洒落にならない急所だってことは分る。
 顔面を踏まれて何度も後頭部を打ち付けたってところか。
「ある意味運が良いな」
「後頭部だしねぇ」
 ボールみたいに首を蹴られていたらそれだけで首が破壊される。そうなったら即死したっておかしくない。
 執拗に踏まれた事を幸運と言うにはその悲惨な形相にいささか気が引けるが、死ななかっただけマシとも言える。
「んで? 俺に何をしろって?」
「心配」
「……忙しいなら出直すが?」
「友達がいの無い子にゃねぇ……
 ちょっち、ユキヤちんの体押さえて置いて」
「……押さえる?」
 意味がわかんねー。俺がやる理由もな。だが怪我の具合はヤバイレベルだってことは残念ながら分っちまったから知らぬ存ぜぬを決め込むには気持ちが悪い。
「触っても大丈夫なのか?」
 ヤツの体は魔法の光に包まれている。結界ってやつに近いかな。触ったら悪影響のひとつも出そうだ。
「うん。むしろぎゅっと」
「断る」
「アルカさん。今は冗談はやめにしておいてください……!」
 鋭い怒声。小さな声にとんでもない迫力が秘められていた。
 前のお茶を運んでいた時のほがらかな空気は全く無い。それは大司教の荘厳な威厳に良く似ていた。
 光に包まれた表情が猫女からこちらへと移り、俺は小さく喉を鳴らす。
「何処でもいいので触って下さい」
「ああ」
 その妙な迫力に毒気を抜かれたように俺は従う。何処でも良いってもな。とりあえず腹辺りに触れた。
「アルカさん。良いですか?」
「うん。成功率は上がったと思うにゃよ」
 疑問符を浮かべる前に突然俺の周りに魔方陣が出現する。
「おい、これは何だ!?」
「大丈夫。スキャニングしてるだけにゃ。ほい、るーちゃんよろ」
「はい」
 刹那────光が無音で爆発する。
「っ!?」
 咄嗟に目を閉じても、瞼の向こうで膨大な光が瞳を焼いた。
「ふぃ……おっけ。あとは寝かしておくしかないにゃね」
「……っ……なんだってんだ、おい」
 まだ視界が白い。畜生……
「やっちゃんのおかげで術式の難易度が下がったにゃよ。さんきゅ〜」
「わけがわかんねえ! つうか、何だよ今の!?」
 ぼんやりとだが視力が戻ってくる。青い顔したままのヤツが床に転がってるのは変わらない。
「ちょっとした復元魔術なんにゃけどね。
 ほら、あちしもるーちゃんも人間種じゃないじゃない?」
 ……まぁ、片一方は耳やら尻尾やら生えてるし、もう片方は鳥の羽がついてはいるな。
「普通なら自分の体をサンプリングするように術式に組み込まれてるんだけど、場所が場所だけにそうも行かなくてね〜。
 だからデータを術式に変換して強行しようとしてたんにゃよ」
「表で寝てるやつでいいじゃねーか」
 あの青髪にはそういう妙な特徴は無い。
「あー、うん。別の部位ならいいんにゃけどね。ゆいちゃんは脳だけは特別製だから」
「はぁ?」
 脳みそが特別?
「まぁ、細かい話はあちしも理解し切れてない部分だからおいといて。
 設計図代わりにさせてもらったってところにゃね」
 ……正直、良く分からん。
「……で、そいつは大丈夫なのか?」
「多分。ただ損傷具合がどれほどだったか……
 記憶障害くらいならまだマシだけど身体障害が出ると普通の手段じゃどうにもならないにゃね」
「まぁ下手に動かすのも問題だし、あとは本職を呼ぶしかないにゃね。
 さて、やっちゃんは剣の手入れ?」
「……だからその略称はやめろ……」
「いいぢゃん、かーいんだし。
 ほい、見せて」
 嘆息1つ。俺は鞘のついたベルトごと猫女に渡す。っと、こいつはアルカとか言う名前だったか。と今更ながらに思い出す。
 それにしても死に掛けてたヤツをあっさりと放置するもんだな。
 ……ん? 人の事は言えないか。それにしてもやたら死に掛けるやつだと呆れ顔を向けてやる。
「んじゃ特別サービスでちょっとエンチャントでもしたげよっか?」
「エンチャント?」
「あちしってばマジックカーペンターだからそういうのが本職にゃのです」
「あー、魔剣化ってやつか?」
「まぁ、そうとも言うにゃね。今回の場合は魔化、もしくは付与ってことになるけど」
 魔剣ってのは最初っから魔剣として作られるもんとばかり思っていたんだが、どうやら違うらしい。
「ま、大した効果じゃないにゃよ。ちょっと軽くしたり鋭くしたり。
 んー、全体のバランスを変えるのは好きじゃないって子も多いから属性付加とかでも良いけど」
 なんかあっさり色々言ってるが、俺は憮然と口を噤むばかりだ。
 もちろん不満があるわけではない。逆だ。たかだか人間一人を押さえつけた報酬にしてはでかすぎる。
 魔法の武器なんてもんは安くても家一軒くらい買えちまうもんだろ? そんなのをぽんぽんと……
「そんなに見つめちゃいやん☆」
 両頬を手で包んで恥らうように首を振る。やべぇ、殴りてぇな。
 そんな俺にやたら楽しげな笑みを見せて
「字面どーり、大したことじゃ無いにゃよ」とか言ってくる。
 こいつの魔法技術が優れている事は知識が皆無の俺にだってもちろん分る。
 ただ魔法使いってヤツらは鼻持ちなら無いと言うか、戦士をバカにする風潮があるというのが俺の認識だった。
 でなきゃ……まぁルティみたいな奇妙なヤツってところか。
 そう言うとこいつは後者だよな。
「何か失礼ちっくな事を考えてる匂いがするにゃよ?」
「気のせいだろ」
 匂いって何だよというツッコミをしても余計な回答しか期待できないので溜息1つで誤魔化す。
「んじゃま、切れ味を増す術式でも刻もうか?」
「……形と重さが変わんなきゃ頼む」
「ういうい」
 戦士には2パターンある。武器を変えるヤツと変えないヤツだ。
 戦場をころころと変える傭兵には武器に拘らないスタイルが多い。何人殺せば終わるというものでもない。時には殺した相手の武器をぶん取って戦闘を続けなければならない。
 俺は後者だ。忌々しいが俺の体じゃ大剣や斧などの重量武器は扱いづらい。盾を主軸にしたスタイルも人間相手ならまだしも、無尽蔵の体力を持つバケモノ相手では押し負けると思い知らされた。
 選択の幅が狭まったが故に1つに特化した。だからこの双剣は自身の手足のように思い、把握している。
「まだ若いんだからあんまりカタにはめないほうがいいにゃよ?」
「知ったように言うんだな」
 少しイラっときて毒を吐くが、アルカは気にした様子も無く
「知ってるもん。あちしは元々冒険者にゃからね」
 なんて事を言ってくる。確かに魔法使いとしては格段の能力を持っているとは思うがそれなら戦士とは領分が違う。
「エンチャンターとしてならしたものですにゃ」
「付与魔術師……? 後衛じゃないか」
「んーん? 付与するのは自分の体ににゃよ。
 これでも騎士の称号やら持ってたりするわけですよ」
 カウンターの棚から小さなノミのような工具と木槌を取り出し、テーブルに置いた双剣の片方を抜く。
 大工道具というには小さいので細工用なのだろう。ろくに固定もしていない剣を相手におもむろに刃を突き立てる。
 図面も寸法取りも無い。だが迷う事無く剣の表面に図柄を刻んでいく。
 怒っても良いやり方なんだろうが、一度あのふざけた打ち直しを見ているからか、文句は言葉にならなかった。
「まぁ今のスタイルになったのは冒険者辞めた後だけどね〜」
「……獲物は?」
「別に何でもいいにゃよ。基本はハンマーにゃけど」
 あの馬鹿でかいハンマーは鍛治打ちにしては異様だと思っていたが、ウォーハンマーの類らしい。
「あんなの当たんのかよ」
「やり方次第にゃね。でなければ戦鎚なんて武器、とうに無くなってるにゃよ」
 それは極論過ぎる。あれはそれに見合う巨漢が持てばこそ盾も鎧も無意味にする必殺の武器となる。
「あちしの場合は体にエンチャントした上でやってるけど、基本の型はそれも必要ないにゃよ」
「……あんなもんぶん回すだけだろうに」
 とにかく打撃武器は当たれば命取りだ。鎧を着こんでも防ぎきれぬその衝撃は掠っただけでも体勢を崩し、あっさり骨を砕く。
 これを巨漢が振るおうものなら近付くことさえ困難な武器となる。
「そんな事ないにゃよ? にふ、まぁ一般的なやりかたじゃないのは確かにゃけどね」
 そうこう言ってるうちに剣の表面には精緻な文様が広がり始めていた。それは神殿に描かれたレリーフのような荘厳な趣がある。
「やっちゃんの戦い方は1つの正解にゃ。後ろを振り向かずただ前の敵を打ち倒せば勝利のやり方。
 でも軽量級武器による重量級攻撃という相反するやり方でもあるにゃね」
「どういう意味だよ」
「長時間の戦闘で関節が悲鳴を挙げた事無い?」
 ぎくりとする。心当たりはありすぎるほどにある。
「スピードを旋回に、そしてそれを打撃力に。相手の攻撃をいなしながら加速し、勢い全てを収束させる。
 我流にしては見事にゃけど今までよくもまぁ剣と体が壊れなかったものにゃね」
 片方の剣が俺に差し出される。
 どうやって手に入れたかも覚えていない安物の剣に無学な俺でも凄いと感じる細工が描かれていた。砂に絵を描くのとはわけが違う。失敗の許されないはずのそれをこいつは雑談交じりにこなしていく。
「ただの鋼なのに。無機物が成長する世界とかだったりする?」
「むきぶつ?」
「ああ、えっと鉄とか命を持たない物の総称って思えばはずれじゃないにゃ」
「……そんな話は聞いた事が無い」
 言いながら返された剣を握る。削った分軽くなっているのではないかと思ったが分る範囲の差ではなかった。
「ふみ。まぁ、自ら魔剣化しかけてるのかもね」
 意味は分かるが理解はできない事を呟きながら次の剣によどみ無い動きで刻んでいく。
「アルカさん」
「んー? なに〜?」
 会話も無くなりやや息苦しくなりかけた所で奥から羽の女が出てきた。
「とりあえず安定はしました」
「そ。センセは?」
「使いを出してますけど、川の向こうですから」
「まぁ往復で一時間くらいかかるかにゃね。寝かしとけばいいにゃよ」
 ようやくその会話があの男の容態に関することだと思い出し、しかしだからどうだという感情もわきあがらず視線を剣に戻す。
「そうしますね。……刻んでいるのですか?」
「うん。お手伝いのお礼〜」
「そうでしたね。助かりました、ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げられて俺は暫くきょとんとしてしまった。
「お前に言われる事じゃないだろ」
「助けたいと思ったのは私です。その手伝いをしてくださったのですから」
 柔らかい笑顔で迷い無く、俺には絶対に口にできないような事を言う。根っからの善人。それがありありと感じられて思わず視線を逸らす。
「眩しい物はつい直視できなくなるものにゃよね」
「……つか、てめーがなんであんなのと一緒に居られるのかが疑問だ」
「あちしはピュアですから」
 しれっと言い放つが純粋は純粋でも純粋に真っ黒だろうが。
「まぁ、アルカさんはアルカさんですからね」
 どうやら羽もそう違わない意見らしい。
「るーちゃん。それどーいう意味にゃよ?」
 唯我独尊。こいつを表す言葉はそれ一つだろう事は容易に知れた。
 だが、ある意味自分の道を純粋に進めるという事でもあるのかもしれない。
「まぶしい?」
「ウゼエ」
 クソ。たまにこっちの感情を読んでくるのが一層ウザい。
「まぁ、デレたツンデレに価値は無いという名言もあるけどさ。
 一番心労が溜まるの自分にゃからほどほどにね?」
「……名言……なのですか?」
 羽がやや呆れた風に問い返すと
「違うっけ?」
 と真顔で返す猫女。意味が分らん。
「ほい。終わり」
 そんな下らない会話の間にまるで落書きでも仕上げたかのように安易に言ってのける。
 二つ揃ってそれが一つの紋様だと初めて分った。同じではないが1つであるその模様はいつしか遺跡で見たような原初の絵を思わせる。
 目で見たものじゃない。フィーリングをそのまま焼き付けたような言葉にすべきでない荒々しさがある。
「ついでに若干強度を上げておいたにゃ。
 重さとかは誤差の範囲だから直ぐなじむと思うにゃよ」
「……ああ」
 感謝の言葉を吐くべきか。一応これは手伝いの礼って事らしいんだが……
「ありがとよ」
「いえいえ〜」
 特に何をしたという感覚も無い以上、言葉なんて安いもんだ。
 そう思って口にしたそれに猫女は妙に嬉しそうに応じた。
 ……言うんじゃなかったと思わせるような笑顔は、わざとなんだろうな。
◆◇◆◇◆◇◆

「なんだ? 女じゃねえか」
 筋肉を鎧のようにつけた男が赤ら顔を近づけてくる。
「娼館はこんなところまで出張してくるようになったのか?」
 そうでない事くらい自分の身なりを見れば一目瞭然だろう。男は周囲の粗野な連中と共にバカ笑いを挙げた。
「いいぜ! 買ってやるよ? まぁ、ガキは趣味じゃねーがな!」
 これが初めてじゃない。こんな扱いはいつもの事だ。だから反論も何もしない。
「俺の息子はでけぇからな! 一晩でぶっ壊れちまうかもしれねーがなぁ」
「良く言うぜ!」
「ぎゃはははは」
 ここは町の酒場。と言っても明るさや華やかさは微塵も無い。荒くれ者が我が物顔で陣取り、酒を煽るだけの場所だ。
「オラ、何か言えよ!」
 男が伸ばす手とすれ違うように歩を進め、カウンターへ。
「魔物の出現情報をくれ。あと賞金額もだ」
 頬杖ついて店内の様子を見もしなかった店主が面倒そうに目を開ける。
「ぎゃははは、何してんだよぉ!」
「避けられてやんの!」
 後ろが煩い。そして厄介だ。
「てめぇ。甘い顔してりゃぁつけあがりやがって……」
 どうしてこういう連中は同じことしか言わないのだろうか。
 そして、どうして同じ行動しかしないのだろうか。
 伸ばされた手を避けながら反転。引き抜いた剣を男の首筋に当てる。
「黙れ。寂しいなら家に帰ってママにでも甘えて来い」
「……」
 同じだから対応も覚えてしまった。
 実力差を見せ付ければ良い。そして情報を得たらさっさと引き上げる。弱いくせに要らないプライドだけは高く、そして執念深い。
 ここで殺せればすっきりもするのだが、こんなクズのために貴重な換金場所を失うのはまっぴら御免だ。
「う……あ……」
「街道周辺をねぐらにするオーガが200G、取り巻きにゴブリンが確認されている。
 廃砦に魔王の手下を名乗る人間型の魔物が居ついている。これが2500Gだ」
「そうか」
 剣を納めて直ぐに店を出る。
 追いかけてくるのは暫く経ってからだが、待ってやる義理は無い。
 町、とは言うもののそこは惨状と呼ぶに相応しい景色だった。半壊している家は少なくなく、路地からは蛆のたかる手が伸びていた。
 道を歩く者などまず居ないし、居たとしても決して顔をあげることなく早足で歩き去ってしまう。
 世界は緩やかに滅亡へと進んでいた。魔物に田畑を焼かれ、家畜を殺され。そうして生きる術を失った人々は他者から奪う事で命を繋ぐ事を選んだ。
 男は殺され、女は犯される。食い物は奪われ、そしてその全てを魔物が蹂躙する。
 辛うじて首都だけを維持するような国は賞金を出して魔物の討伐を推奨しているが、これは纏まった軍隊も養えなくなったための苦肉の策だった。
 男がよろりと近付いてくる。まるで病か酒に酔ったようだが、見えないようにしている手には刃が握られている事だろう。旅人を殺して身ぐるみを剥ぐなど何処の町でも毎日起きている事だ。
 俺はタイミングを崩すようにぐんと近付き、顔面を殴打する。
「ぶひゃぇ!?」
 案の定と言うべきか。手にしていた錆びたナイフが宙を舞い。地面にすら刺されずに転がった。
 貨幣の価値などなくなろうという物だが、これが未だに意味を持っている理由はある。一定額の金を支払う事で首都の、高い塀の中に逃げ込む事ができるのだ。
 俺は魔物を刈り続けている。
 金を得て壁の中に入ろうなんてことはさらさら考えていなかった。ただその恩恵にあずかろうと食料と金を交換する連中がいるから、それが生きる手段となっているだけだ。
 田畑を失い、家を失った女が生きる為には男に買われるか盗みをするかくらいなものだ。そのどちらも半分くらいの確率で翌日無残な死体に成り果てるような行為だ。
 俺はそのどちらも選ばなかった。
 いや、選ぼうとして、偶然違う道に転がり込んだ。
 この剣を手に入れて。

 
「……」
「ふむ、目が覚めたかね?」
 視界がぼやける。ピントが合わないカメラのように物の輪郭がうまく結べない。
 あれ? 俺は……一体……違う。僕は……
「……先生?」
「意識ははっきりしているかね?」
 夢の中に居るような曖昧さが音を手がかりに現実に引き上げられていく。
 間違いない。アリアエル先生だ。
「……ここは?」
「とらいあんぐる・かーぺんたーずだ。アルカ君に助けられたんだが、覚えているかね?」
「あるかくん……とらいあんぐる……。え? アルカさん?」
「にゃ? お呼び?」
 少し離れた所からの声。ようやく目が本来の機能を思い出す。
「どう? 吐き気とかしない?」
「……え、ええ。ええと……」
 思い出そうとして、先ほどの光景? 夢? がフラッシュバックする。
 荒れ果てた町。見たことの無い風景だ。いや、そうじゃない。僕は確か────
「変な男の人に……」
「うん、顔面めっちゃ蹴られて倒れてたにゃ」
 言われてようやく記憶が明確になる。襲われて、エルが反撃して……銃を手にした僕は……
「エルは?」
「無傷にゃよ。っていうかバイクの心配が先って面白いにゃね」
「バイクのと言いますか……」
 一応人格がある存在だし、思いっきり反撃してたから何かされてるかもしれないし。
「死に掛けてたのに、けっこー余裕にゃね」
「……え?」
 死ぬ。その言葉が余りにも遠くて呆然とする。
 いや、確かに顔面を思いっきり蹴られて意識が飛んだけど……
「幸い魔術治療が的確に行われてはいるが、レントゲンを撮って確認はした方がいいだろうな」
「頭蓋骨の破片とか治癒し切れなかった血管とかあると怖いしね」
「……あれ? 凄くおおごとだったりしますか?」
 頭蓋骨の破片とか、なんか心臓が冷える発言があるんだけど。
「まだ記憶の混乱があるようだな。だから死に掛けていたのだよ。もう少し治療が遅ければよくても全身麻痺だ」
「……」
 深く深呼吸。言われて頭がずきずきしてきた。
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「とりあえずはな。会話も普通に出来ているし。
 手足は動かせるかね?」
 もしかしてという恐怖に苛まれながらもまず指が動く事を確認し、続いて腕を動かす。
 足も膝を曲げてみて……良かった。動きます。
「障害とかもないみたいにゃね」
「アルカ君とルティア君に感謝したまえよ」
 先生も安堵したようにふぅと息を吐く。
「え、あ……ありがとうございます」
「いえいえ〜♪
 あとやっちゃんにもお礼言っときにゃよ?」
「やっちゃん? ……ヤイナラハさんですか?」
 一瞬視界がぶれる。あれ、眩暈じゃないけどそれに似たような、何だ、これ?
「やっちゃんに治療を手伝って貰ったにゃけど……だいじょぶ?」
 僕の不調に気付いたのだろう。アルカさんが覗き込んでくる。
「あ、はい。ちょっと気分が……」
「うみゅ。とりあえずあとはセンセの診察受けてからでないとなんともね。
 大脳生理学は門外漢にゃし」
「……アルカさんってファンタジーな人なのにやたら現代用語使いますよね」
「にふ。敬え若人〜♪」
 薄い胸を張って威張るネコミミ少女。いや、既婚者で僕よりも年上だそうですけどね。
「ともあれ、検査を直ぐにというわけにもいかんからな」
「今日は泊まっていくと良いにゃよ。明日センセのところに行けばいいにゃ」
「え、でも悪いですよ……」
「構わないにゃよ。ついでに久々に娘の様子も見るしね」
「娘?」
 まぁ結婚してるんだから子供が居てもおかしくないんだろうけど。
 と、僕の考えていることに気付いたのか手をひらひらさせて
「エルのことにゃよ。今ゆいちゃんが弄ってるけど魔道回路系のチェックとかね」と笑った。
「あ、そういう意味ですか」
 そういえばメンテナンスに来いって言われたの忘れてたっけ。
「では私も今日は引き上げるとしよう」
「わざわざすみません」
 立ち上がった先生に僕は頷くように頭を下げる。
「医者の務めだ。知らない仲でもないのだしな」
「あれ? そっちフラグ?」
 ……この人って現代用語だけじゃなくて、やたら腐った発言するよね?
「まー、後で軽い物でも持ってくるにゃよ」
 先生の見送りも兼ねてか、二人して部屋を出て行くのを見送り、それから恐る恐る動かした手で鼻を撫でる。
 触れた感じでは痛みも腫れも無い。鏡を見たら酷い事になってるかもとは思っていたけど、そんな事は無いらしい。
「死に掛けた……か」
 自分で口にして、ぞわりと悪寒が背中からせり上がってきた。
「……」
 道端で襲われるだなんて考えもしなかった、といえば嘘だ。初めてじゃないし、その時は幸運にもあの人が助けてくれただけ。
 そういう意味では今回も、いや、一番最初の時だって運良く助けられただけで……そのほんの僅かな幸運がなければ僕はとうに死んでいた。
「運が良いのか悪いのか」
 茶化すように呟いても全然気は晴れない。心臓を鷲掴みにする恐怖がきりきりとした痛みを与えてくる。
「なんで……」
 何で僕はここに居るのだろう。つい数ヶ月前まではただの大学生だったはずなのに。何の特別持たない、平凡以下の何でもない一般人だったのに。
 運動が出来るわけでもない、頭が良いわけでもない。特殊な才能があるわけでもない。物語ならば名前すら付かないような一般人なのに。
 申し訳程度の大学を出て、就職し、なんとなく生きていくだけの人間なのに。
 涙を流しはしないけど、どうしようもない心の底からの疲労が溜息となって漏れた。
 そして、ただ帰りたいと思った。平穏な日々へ。

 ─────それは、贅沢な望みなんだろうか?
 どうしてか、そんな疑問が胸の奥に湧き、消えていった。
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