【invS01】怪盗現る
(2011/01/11)
「とりあえず、よろしくお願いしますね」
集まった人数は約20名。それから大迷宮都市の自警団の姿もある。
随分と大所帯だがリリー・フローレンを名乗る見目麗しい少女の邸宅はこの大迷宮都市でも際立って大きかった。限りあるはずの大迷宮1階というフロアに悠々としつらえられた庭に護衛は悠々と散っている。
「家の中の警備は良いのですか?」
盗まれて困る物に罠でも仕掛けようと思っていたトゥタールだったが、護衛は全員庭での警備を言いつけられたのである。
「流石に良くご存じない方を大勢家に招くわけにもいきませんから」
言われてみればその通り。護衛が泥棒に心変わりされては目も当てられない。
「しかし、いざ盗まれたら分からないのでは?」
「そうですね。でも……」
少女は困ったように微笑み、
「盗まれて困る物なんてPBくらいしか無いのです」
リリーは言って腕をかざす。
「確かにそこそこの価値のある装飾品や家財はありますけど、目を剥くようなものはありません。
旅商人だった手前価値のある物を大量に持つのは不安なのです」
そしてPBは盗まれても本人以外使えない。
「……となると、何を盗みに?」
「私にもさっぱりなのです。クロスロードと違って確かに大迷宮都市のセキュリティは低いので盗みに入る余地はあると思うのですが……
単に家屋の大きさで選ばれたのかもしれませんね」
「確かに大きな家ですね」
「ありがとうございます。でもほとんどは従業員のための部屋ですから」
「従業員ですか?」
「はい。迷い込んだ子供なんかを引き取って商売を教えているんです。希望者には職人に付かせたりもしていますけどね」
へぇと感嘆を漏らす。
実際この世界には偶然迷い込んだ女子供も少なからず存在している。中にはまともに足し算すらできず、生きる糧を得られないまま途方に暮れる者も居るらしい。それに対してクロスロードでは同じく住民に引き取り手を探して手伝い兼就労教育としているが、彼女はこの大迷宮都市に措いてそれを個人で行っているらしい。
「立派ですね」
「先行投資でもありますよ。折角店を構えられたんですから、大きく伸ばしたいですからね」
なるほど、とは思うが少女の顔には打算やずるさは無い。
「というわけで、盗まれて困る事なんてそうないんですよね。流石に商品全て盗まれるなんてことになれば困りますけど……
ここにあるわけじゃありませんしね」
こうなると本当にさっぱりだ。
「いたずらじゃないかと思ったのはそういう事です。
ともあれだからとただ盗まれるのも癪ですし、他の犯罪行動抑制にもなると思いますからしっかりお願いしますね」
「わかりました」
いろいろと手を尽くすのは好まれないらしいが、その理屈には納得できない事も無い。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
少女は微笑んでその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして予告時間。
正直護衛の士気はそれほど高くは無かった。というのも管理組合が有する建材の強度やPBと連動した鍵の存在は身をもって実感しており、それに劣るとはいえ護衛付きのこの屋敷に乗り込む馬鹿も居ないだろうとたかを括っているのである。
が─────
「諸君! 良い夜に……だねっ!」
周囲に幼い声が響く。
「怪盗R・C只今参上だよっ!」
木の上に小柄な影があった。ぱっと見て小学生、マントを付けて顔にはマスク。ダイアクトーが見るといろんな意味で憤慨しそうである。
「……予想以上に変なのでてきましたね。しかし……」
あの特徴的な若草色の髪と、マスクの上から飛び出てる動物系の耳は……
「おい、あれ……」
「あ、ああ。お前もそう思ったか?」
護衛たちのひそひそ話も彼の予想を後押しする物だった。
「……それで怪盗様。今宵は何を盗みに?」
グダって来た空気を引き裂くようにやや険しい声音でリリーが問いかける。
「にふ……! 貴女の大切にしている物をちょうだいしに来たに……ダ!」
「ニダって何ですかね」
明らかに口調修正して変に噛んだなぁとさらにあきれた空気増量。
リリーも真面目に取り合うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、ひとつ小さくため息。
「何を考えてるのかは知りませんが、盗まれて困るような大切な物などありません。
何が目的なんですか、ケル────」
「『白の本』が狙いに……だよっ」
リリーの表情がこわばる。
「その変化に近くに居た者は少なからず気付くも、『白の本』とやらが何かもわからずではやりとりを見守るしかない。
「て……貴女、まさか……!」
「で、それはもうこの手にある!」
高々と掲げた手には確かに一冊の本がある。真っ白な革装丁の本。その表紙がどうであるかはここから詳しく見る事はできなかった。
「では、さらばに……だっ!」
身軽に屋根から飛び降りた怪盗に我に返った護衛たちが慌てて追いかけようとするが……
「お待ちください」
その全てをリリーが制止した。
「……あの怪盗を名乗る輩が何を勘違いしたかは存じませんが、あれは別段大切なものでもなんでもありません。
単なる白紙の本。ノートとも言うべき物です」
凛とした言葉が響くが、少なくとも近くに居た者はそれを鵜呑みにはできなかった。『何でもない物』にしては彼女の表情の変化は余りにも大きい。
「ともあれ、護衛はこれにて終了です。皆さまお疲れ様でした。
報償は帰りに門番が支払いますのでお受け取りください」
リリーは優雅に一礼し、満点の笑顔を見せてその場を辞する。
怪盗の登場からわけのわからないやりとり。しかも仕事を欠片もしないままの終了宣言。取り残された感じの探索者達は互いに顔を見合わせ、やがて諦めたように帰路に就くのだった。