【invS02】冷たい空気に混ざる熱は
(2011/01)
慰霊祭────
いろいろな種族、集団がさまざまな祭りを勝手に、或いは大々的に行っているが、この行事だけは趣が違う。
クロスロードを興すきっかけでもあり、そして最初の混乱の終焉。
『大襲撃』と称される最初の怪物の大襲撃。その犠牲者の追悼と、同時にこの地に訪れた来訪者が共に力を合わせて戦った証明として
この祭りはおごそかに、そして大々的に行われる。
とは言え。
1回目の慰霊祭は確かにその通りに行われた。しかし2回目は『再来』と呼ばれる二回目の大襲撃のためにその規模を縮小せざるを得なかった。
幸いと言うべきか、今回の冬は大した事件も無かったため、去年できなかった分もと、大々的に祭りの準備が始まっていた。
まぁ、実のところ────この『大々的』には裏があったりするのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いや、この祭りは『慰霊祭』ってのが前提なんだぞ?」
広報活動の一環でポスターを手にニュートラルロードを歩いていたクネスはそんなやりとりの声に首を巡らせた。
ちなみにここに来る前にケイオスタウン側を巡っていたのだが思ったよりも皆この祭りの事を知っていた。というか、字面の上では魔族やアンデッド種に向かないイベントだがこの町の一番重要なお祭りという認識は普遍的らしい。
「分かってるさ。でも、再来の時にクロスロードの被害がゼロだったのはこの街がしっかりとした防衛能力を持ってたからだろ?
墓を守るのも武力なのさ」
「……建前を言えば良いってもんじゃないだろ」
物騒な単語がちらほらと出ているが語り合っている二人は探索者のようではない。
「まったく……」
果物屋の店員が腕組みして嘆息する。
「ねぇ、あれって?」
「ん? ああ。気にしないでいいわよ」
エルフ種っぽいその女性は眉根を寄せたまま腰に手を当てる。
「慰霊祭で武器の市を開きたい連中が居るの」
「……慰霊祭、で?」
普通に考えて一番売ってはいけないものではなかろうか。
「ほら、今年の冬は平和だったじゃない? だから武器関係の商品がダブついているらしいのよ」
「……ああ」
正味、このクロスロードに措いては『冬』は不吉な季節だ。今年も何かあると思ってもおかしくは無い。
「大きな祭りだから大々的に売りさばきたいんだろうけどさ……
でもほら。流石にそんな事したら商人組合その物がひんしゅくを受けるからね」
「当たり前ね」
とは言え、在庫を抱え過ぎた商人も必死なのだろう。
「貴方も同じ立場だったらあそこに立ってる?」
クネスは不意にそんな問いをする。流石に気に障るかなと思っていると女性はほんの少しだけ目を大きく開いて
「当たり前じゃない」
小さく肩をすくめた。
それは本気か冗談か。しかし「商人ねぇ」と苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ザザさん、こっちお願いします」
『おぅ』
柱を抱え上げるその姿はいつもの大男でなく、それよりもなおでかい野獣のフォルム。
『ここで良いのかい?』
「はい、ここで」
ずんと柱を力任せに付きたてると、他の建築作業者がそれの固定に入る。
「じゃあ次はこの柱を」
『おう』
応じながらザザは内心の苦笑をかみ砕く。
ここは『扉の園』内部の本会場予定地だ。大勢のセンタ君や、探索者達が会場設営に協力していた。
何で探索者が?と思うかもしれないが冬場の行軍というのは単純に考えて危険だ。そのため未探索地域をめぐる探索者の殆どが休業して街に居座っているらしい。もちろんそんなコンディションでも気にせず巡っているのも居るのだが。
加えて言うのであれば、やはり冬という季節には少なからずトラウマが存在するのかもしれない。
彼自身がここに居るのはそういう理由ではないのだが────
「いやぁ、ザザさんみたいな人が居て助かりますよ」
その言葉に目を細める。
彼はその暴力の行く末に飢えていた。が、まさかそれをこんな土木作業に使う事になろうとは思っていなかった。しかも人間形態でなく野獣形態で、だ。
普通の人間種が暮らす世界の街ならまずあり得ない。人間からすればどうあっても化け物なのだから当然だ。
が、ここはクロスロード。
「茨の迷宮のせいで重機が入れませんからね。竜種じゃ大きすぎるし、あいつら大雑把だから」
ばっさばっさと上空を音と影が通過する。ふと視線をやれば巨竜が足に建材をぶら下げて滑空し、ぽいと会場あたりに投下した。
ずんと響き渡る音とともに悲鳴やら怒声やらが遠く聞こえる。
「分かってれば使いようもありますが、あんな調子ですからね」
確か先ほど通った時にはクッションみたいなのが広く敷かれていたはずだ。一応はそこに投擲しているのだろうが……
『奇妙な話だな』
「え?」
『……いや、こっちの話だ』
カッコ悪いとか、情けないとか、そういう言葉を思い浮かべるべきなのだろうか。或いはそんな目的では無いと。
が、どれもこれも口にしてみればきっとその言葉こそが情けなくなるトリガーでしかないように思える。
『トレーニングと大して変わる物でもない』
「ああ、そういう目的で参加してる探索者の方。結構多いらしいですよ。小遣い稼ぎも出来て一石二鳥だって」
そいつらはどう思って力を奮っているのだろうか。
そんな事を考えながら次の資材を担ぎあげる。
「おや、ザザさん」
と、足元からの声に視線を向けるとひらひらと手を振る吸血鬼の姿がある。
『ヨン、とか言ったか』
「ええ、凄いですね」
何がと訝しがって、それから担いだ柱の事かと肩をすくめる。
『どうという事じゃない。お前も参加しているのか?』
「ええ、こういう皆でわいわいとやるのは楽しいですからね」
『……仕事に来たという雰囲気じゃないな』
「あはは。でもお祭りの準備は楽しいって事には代わりありませんよ。
このお祭りに対しては不謹慎ですかね?」
どうなのだろうか。
「良いんじゃないですか? この祭りは慰霊の意味もありますけど、多くの種族が力を合わせた証拠の、結束式見たいなものでもありますし」
ザザに付いていたスタッフの言葉に「そう言ってもらえると助かります」とヨンは笑みをこぼす。
そう言えばこいつもアンデッド種か。
世界によるだろうが、人間を糧にする種族なのだから人間種から毛嫌いされていたとしてもおかしくない。それが他の種族と交わりたいと願う理由はどこにあるのか。
「おっと、邪魔してしまいましたか。僕はこれで」
手に持つ丸めたポスターをひらりと振って軽い足取りで吸血鬼は去っていく。
『……』
グダグダ考えるよりも体を動かすか。
疲れた後に酒でも飲めば何か納得する答えでも見つかるかもしれないからな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「随分と準備が早いですね」
ここは純白の酒場。街を行き来する人々の中にスタッフの腕章を付けたのがちらほら見える。
「肩すかしの発散かもよ?」
アルティシニの言葉にフィルが応じる。
「良くも悪くも冒険者の町よね、ホント」
先ほどやってきた商人組合からの会議の開催通知を思い出しつつ頬杖を付く。
「良いじゃない。うちも景気良くお酒呑んで行ってくれる人が増えると思えば」
そんな言葉にアルティシニは小さく笑みを返すのだった。
慰霊祭まであと2週ほど。冷たい風に小さな熱気がいくつも混ざっては溶けて行くのをウェイトレスの少女は幻視した。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
はい、神衣舞です。
慰霊祭がそろそろありますよー的なetc
SSシリーズは1本1本短くぽんぽんとやっていきましょーってことで。
次は何か挟んで慰霊祭本番でも……流石にこのお祭りで騒ぎはきっついしなぁw