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『外伝』
序幕
(2010/1/29)
 進化に戦いは不可欠である。

 進化を端的に評すれば「何かしら優れた形に推移する」ということだろうか。そこには「比較」という言葉が連なる。「より良い」と判断するのに単独は有り得ない。
 進化には比較が伴い、それは競い合う事である。
 逆に説けば2つ以上の何かが同じ場所に存在した瞬間、比較は発生する。
 その最たる判定者は「時」だ。時の流れがある限り、存在は有限となり原初の「適者生存」が発生する。
 より優れたカタチを有した方だけが残る。残った物も時の流れの内に分化し、また競合し、淘汰される。
 協調、融和という言葉もあるがその大半は個とされている中の概念を比較し、協調できない部分をやはり淘汰して消え、機能の純化という進化をして居るに過ぎない。

 故に戦いの無い世界を想像する時、究極的に2つの案が持ち上がる。
 1つは「全てを一つにまとめる」。つまりは全を個にするということ。個である限り争いは起きない。
 もう1つは「全てを隔離する」。つまりは個と個のつながりを完全に断ち切るということ。これもまた個々の関係が無い以上争いは起きない。

 『平和な世界』を夢想する。

 「全てが自分である世界」と「自分が全ての世界」
 共に完全なる「孤独」。
 果たしてそこに幸せはあるのだろうか。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「チィっ!?」
 忌々しげに吐き捨て男は身を捩る。真夜中だというのにサングラス。一際まばゆく輝く月光に今宵は友連れの姿を認める。
 手にしたのはアタッシュケースそれを盾の様に目前に掲げると一気に展開して名状通りの盾へと変貌する。何かしらの透明素材で作られたそれは視界を阻害しない上に強度も折り紙つきだ。
「ぉぉおお!!」
 襲い来る光を次々と受け流し、その担い手の姿を探す。
『ガ────ガガ』
 脳裏を走るノイズの音。まるでジャミングを食らったかのような通信状態に男の苛立ちは爆発的に増大する。
 無論彼はこの地の特性を理解している。それ故に彼が仲間から100m以上孤立した事が理解できた。
 ────理解したくない情報ではあるが。
 胸から大振りの銃を取り出す。40口径マグナム弾を当然のように腹に収めたバケモノを男の強化された腕は易々と扱いこなす。だが敵の姿が無い。
「畜生……っ!」
 逃げるべきかと己に問う。しかしほんの数分の戦闘から敵がとんでもなく厭らしい戦い方をしてくるのは分かっている。
 走り抜ける道は幾らでもあるのに追い詰められた。それは物理的な道ではなく思考と言う道。
 逃げるに背を向けられず、さりとてこの場に留まれば自分は囲まれるだろう。ここは相手のフィールドだ。
 すぐさまプランを変更。バックパックから閃光手榴弾を引き抜いて空中へ放る。脳に埋め込まれたマイクロコンピュータがサングラスと手榴弾の両方を制御。吐き出される爆発的な光量をシャットアウトして白に染まった世界に道を示す。
 こちらを伺っているのであれば今の光に耐えられないはずだ。微かに見た姿は生身の人間だったはずだ。
 背を向けた瞬間、その背中を一条の光が貫く。
「ばっ!?」
 心臓を打ち抜かれた体がそれ以上の言葉を許さない。消えていく視界の中、反射で振り返ろうとした首をもう一条の光が情け容赦なく駆け抜けもぎ取って行く。

 光が収まり、夜闇を取り戻した世界で少女はふわり舞い降りる。
『なんかめっちゃ光ったけど、大丈夫?』
「問題ない。単に目くらましを放られただけじゃ」
 応じる少女の装いをなんと評するべきか。
 銀嶺に応じるように輝く髪がふわりと踊り、小さな体を包む黒の───ゴシック調のドレスに降り注ぐ。
 年の頃は人間種ならば10かそこら。足元に広がる惨劇の後をまるで無視したかのように優雅に舞い降り天を仰ぐ。
「そちらはどうなんじゃ?」
『ばっちしばっしち。このヒミカ様の天才的な指揮を舐めてもらっちゃぁ困るなぁ』
 黒服を纏う少女の古風じみた言い様も異様だが、イヤーフォンから響くやけに甲高く『少女』を強く思わせる声音もこの月夜に不似合いと言うべきか。
『で? そっちは持ってそう?』
「いや……」
 少女は足元の死体を無遠慮に眺め、転がる盾を軽く蹴る。
「それらしい物は持っておらぬな」
『んじゃ最後の一人か』
「応援は必要かえ?」
『大丈夫っしょ。つーかあの人ムダにプライド高いから下手に手出ししない方がいいよっ!?』
 声が乱れる。どうやら「あの人」とやらとは通信可能範囲内に居るらしい。それもそうだろう。イヤーフォンの先の少女は指揮官兼管制塔として彼女らの中心に位置取りし続けている。軽快に話をして居るが彼女は現在進行形で町の中を走っているはずだ。
『もー! じゃあ、そっちは戻ってOK。こっちで後始末するから』
「わかった。ではの」
 ふうと吐息をもらし点を見上げる。足元に広がる美しい魔法円。やがて降る黄金色の雪を見上げて彼女はゆるり惨劇の場を後にする。
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