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『外伝』
終わる世界への詩
(2010/10/11)
「……」
 防衛任務で空を舞うたびにターミナルのまるで永遠に続くような荒野に物悲しさを覚えます。
 でも、ここは違いました。
 ターミナルの荒野にはいずれ何かが芽吹くようなそんな未来を思い描く事ができます。
「滅び行く世界、か」
 侍さん───土門さんが呟く言葉が全てでした。この世界にどうしても未来という言葉を見出せない。世界そのものが放つ雰囲気が私を、私達をそう確信させるのでした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 五人が潜った扉の先にはすでに戦闘態勢に入った兵士達が待ち構えていた。
「洞窟の奥みたいだねぇ。まぁ、囲まれてないだけマシ?」
 天井は2メートル程度、自然の洞窟を木材などで補強しているようだ。さしずめ扉は古代の遺跡という感じだろう。一見石造りで見るからに古めかしい。
「────────!!」
 無視された兵士の一人が何かを叫ぶが、意味不明。
「あ、扉の加護……」
 アリスは言葉が通じない理由を察し、それから疑問顔でヒミカを見る。
「あたしとリヒトは日本語習得済みだもん。どっさんとあんたは元々日本語使ってるんでしょ?」
 まさか日本語なんて言葉を今更聞くとは思わなかったと視線をティアロットへ。彼女も地球世界に暫く居たと言うので恐らく日本語を喋れるのだろう。
「というわけで、言葉に関しては問題なし。ちゃっちゃとやっちゃおうか」
 ネイティブに聞こえるのだから随分な物だとアリスは感心する。
 そんな事をしている間に兵士の数が増えてきた。しかし見えない線でも引いているかのように一定以上は近付いてこない。
「おさらいするね」
 リヒトと土門が前に出るのを見送りながらヒミカが軽い調子で喋る。
「あたしたちの目的は扉の周辺に配備された兵を殺して一番偉そうな人をひっ捕まえる事」
 二人が進むに連れ、兵士はじりじりと後ろに下がっていく。ある程度余裕を見てヒミカはそれに続いた。
「それからお偉方の所に乗り込んで全滅させる事。最後に丁度洞窟で都合良いからこの洞窟を帰り際に破壊する事だよ」
 アリスだけが戸惑いを見せるが他の三人は表情を変えることは無い。アリスだってそうしなければならない理由は教えられていた。
「アリスや」
 いつも通りの古めかしい口調。扉の加護が無い今、それは確かに日本語なのだろう。
「わしとぬしで薙ぎ払う。腹を括れ」
 漣すら見られぬ平坦な言葉に、戦慄よりも締め付けられる悲しさを覚えた。
「─────!!!」
 兵士の一人が緊張に耐えかねて襲い掛かってくる。が、

 ぐしゃり

 迎え撃つように飛び出した騎士の剣が兵の頭を横殴りにし、洞窟の壁に叩きつけた。
 ────そして、変わらぬ歩調で再び歩を進める。
「────────!!」
 恐怖、そして混乱。
 余りにも圧倒的な腕の差に誰かが叫び、そして逃げ出す。人壁は無くなり、先に外の光が覗いた。
「……」
 アリスは頭を叩き潰され、ドス黒い血を流す死体を横目に皆に続く。他の3人は見向きもしなかった。
 これからこんな死体はいくらでも生まれるのだ。
 まるでそう言っているようにも見える。
 そして光景が広がる。
 間もなく死を迎える世界の光景が。
 空は驚くほど快晴で、しかし清々しさはかけらも感じない。見上げればどこまでも空虚で、思わず雲の一つもないかと探してしまう。
 周囲を取り囲む兵。その顔には緊張と、そしてえも知れぬ疲れがにじみ出ている。
「参ろう」
「おっけ」
 ティアロットの詠唱が始まる。それはアリスにとって聞き慣れたもので、即ち黄金の雪を招く物。
「────《輝夜》」
 誰もがただ見守る中、それはあっけなく完成する。
 晴天の空から舞う金の粒子。その幻想的で異様な現象に誰もが戸惑いの表情を浮かべ────

「──────────────────────!!!!!」

 絶叫を喉から迸らせた。
 燃える。まるで体が枯れ草で出来ているかのように、次々と人間が松明と化していく。見る間に周囲は炎の壁となり、次から次に人が倒れてそれでも炎を上げる。
「何ボーっとしてんのさ」
 軽く、そして冷ややかさを含む声。ヒミカは呆然とするアリスを見上げる。
「ティアっちだけじゃ流石に間に合わないよ?」
 至るところから声が上がり、怯えを張り付かせた兵がそれでもこちらへと進んでくる。同時に放たれた矢が雨あられと降り注ぐのが見えた。
 ヒミカは特に逃げる素振りも無く、土門もリヒトもただ己の武器を携える。
 ティアロットは矢など見えていないかのように詠唱を続けていた。
「っ!」
 体の中が変調する。朽ちる世界に王国が広がる。
 アリスは天からその全てを見下ろしていた。数多の矢も、広がる王国に戸惑い混乱する人々も、まるで停止した時間の中でその全てを捉え、認識する。
「来て───《トランプの兵団》!」
 声に応じるかのように広がる緑の平野に石の城壁が迷路のように立ち上がり、トランプの兵団が現れた。
 いたるところで混乱の声が上がる中、降り注ぐ矢を見据えたアリスはただ、ティアロットを守るために命令を下す。
「穿ちなさい!」
 兵団が槍を突き出す。
 そのすべては幻想で、その幻想の中に隠れた刃こそが真実だ。
 兵を、飛来する矢を残さずに貫く様をアリスの目は天空から見続ける。まるで絵本でその叙述を確かめるように。

『トランプの兵団は、飛び来る矢の全てを払い落とし
 迫る兵の全てを突き倒しました』

 そうして物語は終わり、王国は瓦解する。
 ひと時の幻影が去ればそこにあるのは潜んでいた脅威のみ。隆起した石が兵の全てを貫き、その命を奪っていた。
 彼らに飛来した矢のすべてを打ち砕き、彼らの立つ場はまるで針山のようになっていた。
「すっご」
 ヒミカが感嘆の声を挙げる。侍も騎士も驚いたようにアリスを見つめている。その視線の真ん中で少女は体の中で暴れ狂う何かに必死に耐えていた。
「アリス、もう良い。休んでおれ」
 彼女以外に事情を知るティアロットが術式を解除し、そう、声をかける。
 その声に安堵を覚えながら、今の一撃はターミナルで放った物よりも格段に威力が高かったと惨状を肉眼で見つめた。
「ターミナルでは強力な力は制限を受けておる。制限というよりも強さの均一化じゃな」
 混乱を見越してティアロットが脂汗を浮かべるアリスの肩に触れる。
「逆に本来の世界で負うべき代償が大きく軽減される事もある。理解できよう?」
 そうだ、とアリスは思い出す。この感覚は彼女の知る物に相違ない。体の中身が別の物に置き換わる感覚。自分が自分でなくなる感覚。そのままで居れば自分はバケモノに変貌するという確信。
 アリスはティアロットの手に触れ、呼吸を整える。
「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけですから」
「無理はせんことじゃ」
「また頭を叩かれたくないですから」
 何とか笑みを作って、最後に大きく深呼吸。
「でも、昔よりも威力が上がってる気がします」
「当然じゃろ。わしらは停滞していたわけでない」
 その全力を抑え付けられていたが、その中でも伸びていたのだ。過去の自分を越えているのは当然の結果である。
「同じ攻撃は無理です。……昔もこれは露払いの一撃ですから」
「むしろやりすぎな気がするよね」
 岩の林に死体がぶら下がる。悪夢の光景の真ん中でアリスは己の行為の結果を改めて目にする。その数は千では利かない。
「早いに越した事はないし、じゃあ次に行こうか。お偉いさん探し」
「それだったら」
 アリスは虚空から見下ろした記憶を思い出し、一方向を指差す。
「あちらにしっかりとした砦があります」
「流石光使い。役に立つじゃん」
 軽い調子でアリスの背中を叩き、ヒミカはずかずかとそちらに向かって歩き出す。騎士が苦笑してその後ろにつき、侍はこちらを気にかけるように待機している。
「大丈夫です、落ち着きました」
 そう、声をかけると彼は一つ頷いて先を行く二人を追った。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

「─────────!!」
 怯えきった顔。身なりの良さからそこそこの立場にある人間だということは伺える。
 喚き、怒鳴り散らすが誰もこちらに近付こうとはしない。
 当然だ。ここからあの死体の群れは臨む事ができる。そしてどう考えてもそれを行ったのは彼女らだ。
「─────?」
 可愛らしい、そしてからかうような女の子の声。誰かとアリスは思わず周囲を見るが、それは自ずと一歩前に出たヒミカで止まった。間違いなく彼女の声音で、しかし発せられたのは彼らの使う言葉だ。
「え? どうして……」
 ここでは扉の加護はない事は先ほど確認したばかりだ。
「覚えたんだ」
 リヒトが会話を邪魔しないように、そして注意を怠らぬまま小声で言う。
「ヒミカの才能だ」
 彼女はちらりとアリスを見て猫のような笑顔。それから余裕たっぷりに偉そうな男へと向き直る。
「──────」
 なんと言ったかは分からない。しかし男の顔は絶望に沈むように青くなった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

「貴方達の司令官はどこ?」
 あたしがこっちの言葉を喋った事に驚いた偉そうな男は驚きのままにこっちを見てる。
 背後でアリスも驚いて、リヒトが解説。あたしはちらりと後ろを見て笑みを向けてやった。リヒトってば優しー。感謝しなさいよ?
 さてと。視線を戻してあたしは改めて男を見下す。
「言わないなら死体の口から喋らせるわ」
 男はぎょっとし、嘘かどうかを計りながらも顔を青ざめた。この世界が死者を操る術を持つ事はあの呪いで明らかだ。死体に喋らせるコトくらいはありえるだろうと思ったけど、ビンゴみたいだねぇ。
「わ、我らが王に合ってどうするつもりだ」
「決まってるじゃない。喧嘩を売って来たヤツにする事なんて一つよ」
「……貴様ら、かの世界から来たのか!」
「あったりまえでしょ? って、報告が行く前に全滅しちゃったのか。
 まー、どうでもいいけど」
 ふぅやれやれと嘆息。
「自分がやった事、理解してるわよね?」
「……わ、我々は生き残るためにっ」
「あたしらを殺そうとした。失敗したらどうなるかくらいはその頭でも分かるわよね?」
 ぎと男の奥歯が砕けるような音が響く。手が剣に掛かった瞬間、
「──!?」
 リヒトとどっさんの剣が男の顔面と、心臓に突きつけられる。
 男は口をパクパクとしながら、放心してそのままぺたりと座り込んだ。
「リヒト、さんきゅー☆」
 あたしは笑顔でリヒトに愛情たっぷりの感謝を伝えて、へたり込んだ男を見下す。
「わ、我々は……」
「そうだねぇ、全部話してくれたらあんたとその家族だけは助けてあげようか?」
 ばっちりの笑顔でそう言うと、男の死に掛けた目に光が戻る。
「何だと……」
「こっちだって数百万人で押し寄せられたら困るだけで、十数人なら全く問題ないわけ。
 悪くない取引と思わない?」
 男の目が泳ぐ。世界のためってより、自分のために動きそうなヤツだなぁと思ったけど大正解みたい。
「わかった。何が聞きたい」
「うん、じゃあね」
 あたしはにこにこしながら質問を開始する。
 こんなやつはどーせこっちに来たら我が物顔で「元の世界じゃ偉かった」なんて主張する類のイタいタイプなんだから、あたしには約束を守るつもりなんてイチミリもないけどねー。
 これで自分よりも部下をとか子供をとか言うならまだ可愛げもあるんだけど。

 ともあれ、饒舌になった男の話を統合すると
 異世界の事を知ってるのはお偉方だけで、兵士は何も知らずに集められてたみたい。呪いが発動しきったタイミングで突入し占拠するのが目標で、そのときに突入した兵士も呪いの残滓で死ぬんだろうな的な扱い。
 その後で一部の選ばれた人が悠々新しい世界を手に入れるというなんともすばらしい作戦だったそうです。はい。
 確かにあの呪いを前提にすれば笑えない話なんだけどね。
 この一帯はこの世界の大国のとある地域でどうやらその国より外には情報は出てないみたいだけど。そこは信用できないかも。
 あの呪いを仕込んだ犯人はこの国の大司祭らしい。その教団の信徒が世界を渡った後で生産力になるって考え。国民のすべての移動は無理だからってことらしいけど、多分大司祭さんとやらが下克上狙ってそんな提言したんだろうねぇ。
 あと、たまに自分が高貴な生まれって自己主張するのがとってもウザかった。
「おっけ。じゃあ移住しようとしてる連中は近くの村に集まってるわけね」
「……そうだ」
 確かにいつ滅ぶかもしれないから遠い王都でのうのうとは行かないだろうね。

 あたしは振り返るとリヒトにあたしの世界の言葉で告げる。
「この近くにある村を潰すわ。それでこの世界が終わるまでの時間は稼げるでしょ」
 ティアっちもあたしと比べる程でもないけど無駄に言語能力が達者だから多分もうあたし達の母国語は理解してる。こちらを横目で見て、目を閉じた。
 リヒトはピクリとも表情を動かさないまま暫く沈黙して、やがて「わかった」とだけ言葉を返した。その中に秘めた憂いがたまらなくクールなんだけど、今は自重っと。
「こ、これで話せることはすべてだ。約束どおり────」
 あたしは振り返りもせず、手首のスナップだけでナイフを投げる。
 それは男の右目を貫いて脳を抉ったはずだ。トスと軽い音だけが室内に響き、新人ちゃんだけが驚きの表情を浮かべた。
「ティアっち」
 日本語に切り替えてあたしは宣言する。
「任せていい?」
 誤魔化すかなとも思ったけど、彼女は迷う事無く「わかった、ぬしらはここで待機しておれ」と返してきた。
「ティアさん?」
 どっさんはいつも通り何も言わない。困惑の声を挙げる新人ちゃんにティアっちは一瞥だけくれて飛行魔法の詠唱を始めた。
「ヒミカさん、一体────?」
「手っ取り早くケリをつけるだけだよ。あたしらは扉まで戻って待機。いいね?」
 良くないという顔を一瞬したけど、ティアっちの顔を見て言葉を飲み込んだ。それにしても……あの大虐殺を平然とやってのけて精神は随分と安定してるね、この子。思ったよりもタフなのか、それとも……殺し合いに慣れてるのか。
「では、行ってこよう」
「がんばー」
 あたしは気楽に手を振る。
 そうなると、案外あたしらの中で一番甘いのはティアっちかもしれないね。
 そんな事を考えながらあたしはリヒトの右腕に抱きつくのでしたっと。お仕事終わり。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 上空から見下ろした村は異様だった。
 村と言うには不釣合いな豪奢な建物が一つあり、周囲を護衛兵が動き回っている。元々村の物であったはずの家はその半分が破壊され、すでに黒くなった血の跡が道に見て取れる。
 村の外れにうず高く積まれた黒い何かは────間違いなく人間を焼いた跡だろう。他に村人の姿は見えないが、死体の数は家の数に対して少ない。
 つまるところ、この村の人間が狂気の爆弾に使われ、逆らって死んでしまった者を焼き捨てたのだろう。
 護衛兵はやつれているのが良く分かる。動きに機敏さが無く、時折建物の方を憎憎しげに見上げていた。
 建物を囲む壁の内側は別世界だった。荒れ果てた世界のどこから持ってきたのか、木花が並び、調度品が確認できる。無邪気に遊ぶ豪華な服を着た子供が不意にこちらに気付いて指差した。
 世界の滅び。すべての終末を目の前にして無垢な視線を向ける子供に罪は無いのだろう。疲れた顔をして歩く兵は何も知らされていないのだろう。
 すべてはその建物の中にある数人が策謀し、選んだ事に過ぎない。
 ────だが、と言葉を砕くように噛み締める。
 彼ら以外のすべてが善人として、彼らの全てを救うだけのキャパシティをクロスロードは有していない。
 また、世界中の者を扉に集めるだけの猶予も恐らく無いのだろう。
 この世界が如何なる理由で滅びるかは分からない。しかし世界の破滅、その結果を肌で感じるまでに至っている以上、猶予は皆無と見るしかない。
 魔王か、邪神か、そのような者が滅びの主であるならば、まだ何とでもなろうものを。
 気配を探る。魔力は充分にあり、それ以上に世界を覆うのは怨嗟の声だ。未来の見えぬ世界で誰もが絶望と嘆きに染まっている。そしてそれを救う神の力は欠片も感じない。
 神に見放された地、か。

 ────門番は斯く嘲り 絶望の扉を押し開く────

 この世界は消えるのだろう。小さな魔術師にその全てを救うだけの力は無い。彼女にできるのはクロスロードという地の安寧を影で支える事のみ。

 ────絶空は斯く狂い 希望の闇を切り開く
     そな祈りは儚き彼方へ ありえぬ定めを導きて
     かな叫びは触れえぬ今へ ありえた定めを砕き去る────

 だから、少女は歌う。

 ────終の神の叫びを聞け そは断末の糧とならん
     終の人の望みを聞け そは未来の光とならん
     赤き命をこの手で造り 全てを失い悔いを抱け────

 それはかつて少女が生まれ育った地を滅ぼした詩。
 彼女は彼女で無くなり、そして再び目覚めてしまった時、それは彼女が終わりを告げる詩となった。

「───────《終末の詩》」

 村が黒のドームに包まれる。こちらを見上げていた子供も、疲れ果てた兵士の姿も一瞬で見えなくなる。
 それは世界を作る詩。原理魔術という術式の到達点にして─────その失敗作。
 失敗作故に世界の卵は孵化する前に割れて砕ける。その中の全ての物は生まれる形を見失い、ただ破壊されて塵と化す。
 村であった場所は抉られた土地となり、後に何一つ残ることはなかった。

 少女はドレスのような服を風に舞わせ、死神の鎌のような杖を抱いて空を蹴る。
 己の役目は終えた。
 風を切る音に混じるのは怨嗟の声か。
 ひゅうひゅうと啼くのは誰のものか。

 小さな魔術師はそのすべてを受け止めるかのように、真っ直ぐ仲間達が待つ場所へと向かった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

 その日、一つの『扉』は人知れず硬く封じられ、そして二度と開く事は無かった。
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