「んじゃ、初異世界ってことでおさらいしておこっか?」
あれから3日後。不意に呼び集められたのはニュートラルロードから3つくらい離れた小さなカフェテリアだった。
人通りもまばらなこの道にあるカフェテリアは看板もろくに出して居らず、客なんてとても入りそうに無い。実際店主は彼女らの相手をして以降ずっと本を読んでいる。
「初というか、ここも異世界ですよね」
「あれ? ティアっち、この子結構突っ込み厳しい?」
「アリスは案外思ったことを口にするからの」
ほうじ茶を手にしたティアロットの言葉にアリスは「う」と呻いて縮こまる。
「まぁいいや。この前渡った異世界で思ったより自分のパワーが出てびっくりしたんじゃない?」
その問いにアリスは頷き、相方を見る。
「確か、強力な力は制限を受けている、だったでしょうか」
「良く覚えてるじゃん。特に魔法使いや異能系はその影響が顕著だからおさらいね」
クッキーを口に投げ込み、もごもごとやって飲み込んで
「ある世界では絶対無敵って言われてるような連中でもターミナルだと負けの目が出てくる。これは『コンバート』って呼ばれる現象なんだけどね。
Aっていう世界最強の魔法使いが山を吹き飛ばせる。Bって世界の最強魔法使いが家を吹き飛ばせるとするでしょ?
その二人がターミナルに来た場合、二人の実力は同じになるの」
山と家では偉い違いだとアリスは素直に首を傾げる。
「ちょっと分かりやすく差を明確にしたけどね。AとBの2つの世界の最強はターミナルでの『最強』のランクに括られるの。
つまり実際の威力でなく『Aの最強』=『Bの最強』=『ターミナルの高ランク』ってわけ」
かなり大雑把な話だが、アリス自身身に覚えのある事だ。一般人なら容赦なく貫くはずの彼女の攻撃はこの世界では随分と威力が弱い。
「もちろん、他の条件も絡むから差は出ちゃうんだけどね。大前提として認識しておいて」
そういうものだと言われればそうなのだろうと頷く。
「んで、これはあくまでターミナルのルール。世界の法則みたいなものだね。だから異世界に出ると話が変わってくるの。
十全そうかはわかんないけど、大抵縛りが無いからもともとの威力を発揮できちゃうわけ」
彼女の感覚だとオーガ辺りを相手にすると一撃では倒せないが、この前の威力のままならば充分すぎるだろう。
「それとは別に例えば魔力の全く存在しない世界だとティアっちは無力な幼女になっちゃうし、太陽も無い、聴覚を視覚代わりにするような世界だと光使いのあんたは無力になりかねないってのもあるけどね」
実際はアリスの光は自分の体内で生成しているのでそういう事態にはならないのだが、知覚強化系の能力は少ない光だと使い辛いのかもしれない。
「……町の隅っこに居る神様とかもそうなんですか?」
「基本的にはそうらしいよ。ただ、ホントに洒落にならないレベルの神族や魔族には別ルールが設定されてるみたい」
「別ルール?」
「あくまで噂だけどね。それが『別世界の最強』=『ターミナルでの最強』って言わなかった理由。
そういうレベルの人たちは基本的に動けないらしいの。制限が重すぎて動作っていうノーマルな事すら殆どできないんだって」
「……どうしてそんな状態で居座っているんですか?」
封印されているような状態で居座るより自分の世界に帰った方が良いのではないだろうかと思いながらアリスは問う。
「代わりにアバターを動かせるらしいね」
アバター? と首を傾げると「代行者、身代わり人形というところじゃ」とティアが補足する。
「神々が世界に不干渉となっているケースはかなり多いらしい。故に代行体でも自由に動かせる体を得られる事は利とするところらしい」
神様なんて信仰の世界にしか居ないアリスにとってはいまいち良く分からない話だが、確かに物語の神様は見守るばかりで実際に地上に現れる事は殆ど無い。
「話を戻すね。さっきの例でもしAな人がBな人まで力を減衰させられたとするよ。その場合Aな人は落ちた出力分、消費も減るの。
威力が減ってるんだから当然だろうけど」
先日感じた久々の『衝動』を思い出しほんの少し身震いをする。この四年間すっかり忘れていた感覚だ。
彼女に異能を与える要因。それは彼女の体を作り変え、そして常に乗っ取ろうとしている。衝動に負ければ彼女は彼女でなくなるだろう。
「リヒトやどっさんみたいな体使う人は実感薄いかもだけど、ティアっちやあんたは良く分かると思う」
アリスは頷き、続きを促した。
「これから一緒にやって行くんならこの前見たく異世界に渡る事もあると思うからこれだけは覚えておいて。
あたしらがAかBかは行く世界次第。渡った先で不利なこともあれば、ターミナルで互角の勝負をされる事もある。
その辺りの見極めを失敗するとさくっと死んじゃうからね?」
私の場合は、と口に出さずに呟く。
殆どの場合ターミナルに居ない方が死ぬ可能性は低いだろう。けれどもそれは自分を失いやすいと言う事でもある。
「ともあれ、あんたの殲滅能力はティアっち以上だから期待はしておくよん」
軽く笑って彼女はまた一つクッキーを口に放り込んだのだった。