<< BACK
【inv01】『後ろ足のジョニー』
〜その4〜
(2010/1/7)
「……クソッ」
 悪態をついてジョッキをカウンターに叩きつける。
 ったく……! 何が「安全な逃げ場」だ。
 確かに世界中にネットワークを張り巡らすヤツらから数週間も逃げおおせているのは行幸だって事は俺にだって分かる。ンな事ができるのはシンジゲートを有するような大悪党くらいなもんだ。
 だが……良く分からん連中が俺をかぎまわってやがるのはどういう了見だ。
 「捕まるのが嫌なら飲みに出るな」なんて当たり前のこと言われるまでもねえ。
 けれどもよぅ、飲まずに部屋で縮こまってるだなんて気がおかしくなりそうだ。
「兄さん、飲みすぎだよ」
 気に障る一言に睨み挙げると、仮装大会じゃあるまいし、ライオンみてぇな顔をしたヤツがバーテンの衣装なんざ着込んでこちらを見ている。
「るせぇ! 客に指図すんじゃねえ!」
「ここは楽しく飲む場所だ。兄さん一人で他の客を不快にさせるんなら、お引取り願うんだがね」
「……っ!」
 どんなにガンたれても通じるたぁ思えねえ。どこもここもバケモンだらけ。
「ったぁよ! 出て行けばいいんだろ!」
 蹴りつけるように席を立って店を出る。とたんに冷たい空気が折角の酔いを吹き飛ばしていくようで、苛立ちと不安がアホみたいに頭の中をかき回していく。
「畜生……」
 何度目かもわからない悪態。
 逃げるあてなんか俺には無い。ここで逃げ切るしか無い。
 ──────
「……」
 俺は足を止める。
 それから周囲を確認し、別の道を見つける。幸いにしてそろそろここらの地理も覚えた。確かこっちならそこまで離れる事は無いはずだ。
「何時になったら……!」
 そのおおよそ一分後、忌々しい黒の制服を着た女がそこを通り過ぎるのを俺が見る事はない。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来ましたね」
 ノアノがひょっこり顔を出して確認し、壁に背を預けて腕組みするアイシャへ視線を転じる。
「本当に捕まえないの?
 二人だったら挟み撃ちにもできるんじゃない?」
「うーん。でもアイシャさん、追い込んで逃げられたんですよね?」
 痛いところを突かれたと嫌そうな顔をするのを見てノアノは慌てて手を振る。
「いえ、だから多分挟み撃ちにしてもだめだと思うんですよ。
 どんな能力かはいくつか候補はありますけど、逃げる事に関する物だと思うんですよね」
「否定しないわ」
 と、どちらとなく沈黙する。
 物陰の向こう側。ターゲットのジョニーが機嫌悪そうに歩き去って行く。
「行きましょうか」
「……もう少しだけ距離をとる」
 アイシャは少しだけ考えてそう呟く。
「前にもあの男には気づかれてないはずなのに急にこちらに気づいたもの」
 不自然にきょろきょろとし、それからこちらから離れる方向で走り始めた。
「感知系の能力でしょうか?」
「それにしてはこちらを知覚していなかったわ」
 頃合かとアイシャは動き出し、ノアノもそれに倣う。
「まるで他の人から教えてもらったような、そんな感じね」
「他の人……ですか」
 ノアノが入手した情報もまるでジョニーが二人居るようにも思える話がちらほらと見られた。
「もしかして、今も見られているんでしょうか?」
「……」
 思わず周囲を見渡すが比較的人通りも少なくこちらを覗き見ている気配も特には無い。
 はるか前を歩くジョニーにしても何かにイラつくようではあるが警戒している風には見えないままだ。
「あ、あそこの宿に入りますよ」
 ノアノが指差す先、一見の宿にジョニーが忌々しそうな横顔を晒して入っていく。ブラフの可能性も考慮し、2分ほど見守ってみるが出てくる様子は無い。
「あそこが彼の潜伏場所と見て間違いなさそうですね」
「そうね」
 さて、乗り込むかと思考が動き出すがこちらと何かしらの捜査権限があるわけでなく、クロスロードから賞金首指定されているわけでもない。乱暴な突撃できないし、ごたついている間に同じような逃亡をされかねない。
 一方のノアノとしては何か思うところがあるらしく今回は塒を突き止める事だけが目的らしい。
 細く吐息を漏らし、次の行動について問いを口にしようとしたとき、不意に真逆の方向から声がした。
「ってぇ! 何だぁ!?」
 思わず振り返った二人が目にした物。それは─────

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「そうだ! 犯人は現場に戻ると言うぞ!!」
 彼は不意に悟った。それこそが全ての原点にして解決の鍵だと。
 ゆえに走った。
 現場がどこか分からない気もするがそこはそれ、正義という便利な言葉が全力サポートしてくれるに違いない。
 正義が示す先に現場があるのだ。事件は現場で起こっているんだ。
 というわけで相変わらずむやみやたらに走り回る子豚がいるわけです。
 犬も歩けば棒にあたると言うが、今回はまさにそんな事が起きた。
 まぁ数日走り回って幸運判定にでも成功したんでしょうな。36回に1回は大成功するご時勢ですし。
「ってぇ! 何だぁ!?」
 不意の衝撃。どうやら横の店─────宿から出てきた男にダイレクトヒットしたらしい。
 かなりの速度で走っていたのでイベリーはぽーんとはじき返されて転がり、壁に激突した。
「……ブタ? なんでこんな所走り回ってんだ?」
 ふくらはぎ辺りに全力で突撃された男は、うずくまりつつ転がる子豚をなんとも言い辛い目で見る。
「む、むぅ。不覚」
 ひょこりと起き上がりプルプルと頭を振ったイベリーはぶつかった対象を確認。
「失敬。急いでいたんだ────悪を追ってな!」
「……なんだこのブタ……」
 いきなりみょうちくりんな事をキリリと言い始めたイベリーにとりあえず現状把握が追いついていない男は唖然と痛む足を撫でる。
「時に、ジョナさんを知らないか?」
「……は?」
「ジェナさんだったか? とにかく悪だ」
「……」
 眉間にしわを寄せて黙考。触らぬ方がいい気がしてきたという顔で立ち上がると「知らねえ」と手をひらひら立ち去ろうとする。
 そんな光景を見ていた二人が居る。
「あれって……」
 二人が注目していたのはイベリーでなく、彼が激突した男だ。
 というのもたった今、宿に入るのを確認したはずの男───ジョニーだった。
「どういうことですか?」
 ノアノがやや呆然とした声を漏らすが、アイシャもさすがに即断できない光景だ。
 だがよくよく見てみると僅かに違和感がある。
「あれ、さっきの男なのか?」
「え?」
 言われてノアノも改めて男を見るが、確かに間違い探しのようにどこかしら違和感がある。最たるは先ほどまでのジョニーと服装が若干違うのだ。
 それからぶつかられて不快そうにしてはいるものの、先ほどまでのジョニーにあった焦燥感から来る苛立ちはどうも見えてこない。
「悪を追うことに興味は無いのか?」
「ねぇよ。ったく遊びは他所でやれ!」
「遊びではない。これは正義の所業なのだ。
 見てみろ。この悪い顔を!」
 と、もぞもぞと器用に首に巻いたスカーフだかなんだかから写真を取り出し
「……」
 しばし黙考。
 それからさっさと立ち去ろうとする男をしばし凝視。
「……悪、発見!」
 どうやらようやく気づいたらしい。ぎょっとした男は駆け出そうとするがしたたかに打った足の性で転びかける。
「ちぃっ! ────────!」
 口が何かしらの言葉を紡ぐように動くが声は無い。視線はアイシャやノアノの居る方向の更に先、ちょうど先ほどジョニーを見送った宿の方角だ。
「逃がすか悪めっ!」
 ダッと地面を蹴ってイベリーが突進する。それを転がるように避けながらふらふらと路地へと逃げ込む。
「アイシャさん!」
 言われるまでも無いと駆け出す。この展開は予想外に過ぎるが見逃すわけにも行かない。
「おおぅ!?」
 イベリーの声。
 急展開に混乱しそうになる頭に喝を入れ、路地へと走りこんだ二人が見た物。それは残像を残して消えるジョニーの姿だった。

 ちなみに、そのちょっと先に見事にそんな残像を突き抜けて壁に大激突して目を回している子豚が居るのだが。
 そっちは余りにもお約束過ぎて触るに触れず、しばらく放置されたらしい。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 さてはて、次回が終局でしょうか(=ω=)
 逃亡のカラクリは見えたと思います。ちゃんと前回のお話は意味があるんですよ?
 というわけでリアクションよろしくお願いします。
niconico.php
ADMIN