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【inv01】『後ろ足のジョニー』
〜その5(終)〜
(2010/1/16)
「ついに追い詰めたなっ!」
 彼は目を細め、言い放つ。
 今日は冬晴れのいい天気で一見海にも見間違えかねない大河────サンロードリバーの流れも穏やかに見える。
「悪人のパターンなどお見通しだ……!」
 この河を渡る方法は大きく分けて3種類。
 1つは陸路。ニュートラルロードは『扉の塔』を前に2つに別れ、河を前にして石の橋と木の橋がどどんと両岸をつないでいる。
 これについては精霊術により作られたという噂だけがあるものの、「誰が」は未だ噂の域を出ない。
 木の橋は実際生きている。春にはそのところどころに花を咲かせ、夏には葉を、秋には紅葉を見せる。
 そのためその景観を好んで町の人たちは木の橋ルートを好む傾向にある。天気のいい日にはわざわざ散歩がてらにのんびり橋を往く者も居る。
 一方の石の橋はその頑強さから物流に用いられる事が多い。
 2つ目は空路。エンジェルウィングスが提供する飛竜による運送サービスや自ら翼や飛行能力を持つ者は宙を舞い河を渡る。
 そして3つ目は海路……河路と言うべき船での渡河だ。
 まっすぐ対岸に行きたいのにわざわざ門の塔まで赴き、橋を渡るのは面倒とあってサンロードリバーの河原には多くの渡し守が船を並べている。
 渡し守のほとんどはその水底に居を構えるもう一つの町、アクアエリアの住人だ。マーマンや河童、ウンディーネ等の水にその生活の場を持つ者が船や巨大な亀。水で作った乗り物などで渡河をさせてくれる。
「ふっ、簡単だな。
 波止場で待ち伏せだ!!!」
 長くなったがこのクロスロードにおける波止場とはサンロードリバーに点在する船着場の事となる。
 んでまぁ、そこで「でん」と構えたつもりの子豚の声が、冷たい風の吹きつける波止場に響いているという感じでして。
 ちなみにそんな子豚を「何だアレ?」的な目で見る通行人はちらほら居るものの、肝心の犯人だとか悪だとかの姿はどこにも無い。
 なお船着場というか波止場というか……そういうものは両岸合わせて100以上あると言われる。
 彼が居るのはその一つだ。選んだ理由はもちろん正義の勘。
「そもそも犯罪者が波止場から逃亡する」との考えの末らしいのだが、現状のクロスロードでは『扉』を抑えるべきであろう事を助言してくれる人は残念ながら居ない。
 ともあれ。
 彼、イベリは余りにも暇で「自分が何でここに居るんだっけ?」と首を捻るまで、そこに居る事になるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おぃ! どういうつもりだ!!」
 胸倉を掴みあげて怒鳴りつけるが、相手は涼しい顔のままこちらを見るのみだ。
「どうもこうも無いあs。捕まりそうだったから逃げざるを得なかっただけ」
「だからって! あれじゃ手の内を晒したようなもんじゃねえか!」
 傍から見ればそれは奇妙な光景だったかもしれない。
 同じ顔の男が片方は怒り、片方は平然と顔を突き合わしているのだから。
「てめぇが絶対安全な逃げ場つーからこんな奇妙な場所にまで来たんだぞ!
 なのに捜査官の奴らまで着やがるし、良くわからねえ連中まで追ってくる始末だ! どうなってやがる!」
「俺も吃驚しているよ。
 とにかく二人で居るとどうしようもない。文句も分かるけどまずは逃げようか?」
 ぎりと奥歯が軋む音が室内に響くがベッドに突き放すようにして男───ジョニー・ダレダは「畜生」と壁を叩く。
「後で話はきっちり付けっからな!」
「分かってるよ兄さん」
 怒りを脚力に込めるように出て行く男を見送る同じ顔の男───ジョニー・ダルダは苦笑しつつ窓の外に視線を送るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「っ! 最初の宿屋!」
 アイシャがはっとして駆け出す。
 最初のジョニーが宿屋に消え、別の宿屋から出てきたジョニーがイベリに追われていきなり消えた。
 とすれば本命は最初にジョニーが消えた宿屋と踏んだのだろう。
「アイシャさん!? ちょっと待ってよ!」
 慌ててノアノもアイシャに続く。予想通りであるならば今2人のジョニーは一緒に居るはずだ。ならばそこを抑えるのが一番確実である。
 二人がUターンした瞬間、件の宿から飛び出す人影がある。まさしくジョニーだ。
「もう逃がさないよっ!」
 速度を上げて追いかけ始めるアイシャを見てノアノは足を止める。相手の特性が想像通りなら二人で追いかけては本末転倒だ。
 即座に速度を緩め、宿に飛び込む。
「なんだね、お嬢さん」
 カウンターの向こうで新聞を広げる男が、乱暴な扉の開け方に怪訝な顔を見せる。
「さっき出て行った人の部屋教えて!」
「藪から棒だねぇ。こっちと客商売なんだ。そう簡単に教えられるわけないだろ?」
「そうなんですけど!」
 ここがロウタウンなら事情を話せばまだ通じるかもしれないがここはケイオスタウン。そこで宿なんかを経営しているくらいだから多少の裏事情くらい飲み込むのが常套だ。
「202号室だよ、ノアノ君」
「え?」
 いつの間にやら後ろに立っていた男────アドウィックは締まらない笑みを浮かべて帽子の位置を正す。
「おやっさん。ジョニー氏とは約束を取り付けている。入っていいかな?」
 男は怪訝そうな顔をより一層深めて、内線電話に手を伸ばす。
「ど、どういう事なんですか?」
「What? どうもこうもないよ?
 僕は依頼どおり、君達にジョニーを追いかけてもらっただけさ」
 Butと続けて呟き、彼は人の悪い笑みを浮かべる。
「僕は依頼人の本当の意図にいち早く気づき、その上で彼に協力したまでさ。
 Apart from that、彼の所に行こうか」
「彼って……もう一人のジョニーさんですか?」
 言わんとしている事がいまひとつ理解できていないノアノは困惑のままに怪しい探偵を見上げる。
「Correct 追いかけているのがアイシャ君ならそう時間も掛からず追い込めるだろう。
 何しろ、彼らの能力がいかに凄かろうとこのクロスロードではリードに繋がれた犬のような物だからね」
 カウンター越しに「いいよ。入りな」とおやっさんが声をかけてくるのにひらひらと手を振って応じ、彼らは階段を上るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「待ちなさいっ!」
 全力疾走。細い路地を潜るように走りながら彼女はじりじりとその距離を詰めていた。
 恐らくまっすぐ走る分にはアイシャの方が早いのだろう。ジョニーの有利な点と言えば突発的に路地に飛び込む事くらいだが、すでに彼女にはジョニーがどちらへ行くかおおよその見当はついていた。
 というか、
「逃げているのに逃げていないわね……!」
 ジョニー本人としては全力で逃げているのだろう。しかしある一点を中心として回るようにしか逃げられない事にはとうに気づいていた。
 この多重交錯世界に仕組まれた一つのルール。電波などの通信波は100m以上届かない。それは転移魔法についても適用される。つまりはあの消失のトリックも転移術に関する物と確信できる。
 後ろからノアノが追いかけてきている気配が無い。ちゃんともう一人のジョニーの下に走りこんだのだろう。ならば自分は追い込むだけでいい。
 そう考えた矢先に、ジョニーの行く手をふさぐように立つ少女が見えた。
 先を走る男に狼狽が見える。知っているのだろうか?
「見つけたわ……ジョニー・ダレダ、逮捕します!」
 その言葉に連想し、それがカフェテリアで出合った例の依頼人と同じ意匠であると気付く。
「くそったれ! こんな時に……!」
 周囲に逃げ込める場所は無い。アイシャは足を止めず立ちはだかる少女もジョニーとの距離を詰めていく。
「チィッ!!」
 間合いに入ったのだろう。踏み込んだ少女の目前でジョニーの姿が掻き消える。
「え!?」
 どうやら彼の能力を未だ知らないのだろう。自分が追い詰めて逃がした事を思い出しそうな顔をする少女に苦笑を漏らしつつ振り替える。
 アイシャは息を整えると困惑した表情の少女に歩み寄った。
「ねえ、あなた。依頼人の知り合いでしょ?」
「え? あ、……あの探偵の手下ですか?」
 手下とはお言葉とは思いつつも目に見える焦燥からか怒る気にはなれない。
「ジョニーを捕まえに行きましょ。
 貴女も来るでしょ?」
「……」
 瞳が揺れる原因はプライドだろうか。
 アイシャは一つ肩を竦め、もと来た道を歩き始める。
 ずいぶんと追い掛け回したが、目的地まではどうせ100mも無いはずだ。
 後ろからしぶしぶと付いてくる足音を聞きながら、彼女はノアノが居るであろう宿を目指して来た道を戻るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「By the way、解答の時間だね」
 安宿の一室。
 お世辞にも広くない部屋に人間が7人も入れば狭苦しいにも程がある。
 アイシャとユニアが室内に入ると同時に狭いのにムダに大仰な動作でアドウィックが宣誓する。
「先輩……どうしてここに……」
 ふてくされているジョニーAと苦笑をするジョニーB。それから所在無くきょろきょろしているノアノに鏡台前の椅子を占有して瞑目する捜査官ジェニック。
 イベリがどこに行ったかはさて置き、勢ぞろいと言うべき様相がそこにあった。
「Rigth out!
 簡単に言うとMr.ジェニックとジョニーB氏は共犯だったというわけだね?」
「共……」
 信じられないとばかりに目を見開く。ジョニーBことジョニー・ダルダもジェニックも一切否定の言葉は発しない。
「どういう事なんですか!」
「まぁこれは犯人に語ってもらう方が早いんだけど。僕の推理を述べさせてもらおう」
 まさしく探偵「きどり」。ムダなアクションを交えつつアドウィックは語る。
「これはMis.ユニアとMr.ジョニーAのテストではなかったのかと」
「Aって何だよ! 俺はジョニー・ダレダだ!」
「だれだれ?」
 ノアノのきょとんとした問いにがーっと噛み付くのをBことダルダが抑える。
 そんなやり取りに笑みを滲ませつつ、黒服の男が低音の声で応じる。
「正解だ探偵」
「テストって何なんですか!!!」
 少女特有の高い声音がキンと室内に満ちた。困惑が怒りに取って代わられるのを受け流すのを見て兄を抑えていた男が口を開く。
「まぁ、俺達の方は世界でも珍しい転移能力者ってことでスカウトを受けたんだよ。
 もっとも、受けたのは俺のほうだけで兄さんとセットだと分かってから、テストが必要かって話になったんだけど」
 ケッとそっぽを向くジョニーA。同じような顔をしているが性格というか気性はまるで違うらしい。
「転移能力は『1人では処理できない』……でしたね」
「詳細は調べてみなければ分からないが、どちらかが転移能力者でどちらかが共感能力者と見ている」
「1人の脳で処理できないなら2人でってことね」
 何のひっかけよ?とアイシャが愚痴る。
「位置情報は自分の場所そのもの、双子とあって転送する生体情報も把握しやすい。
 要するに『転移能力』が不可能である理由を自然と緩和しているというわけだな、この二人は」
 アイシャの言葉をジェニックは肯定しつつ補足する。
「クロスロードを選んだ理由はこの『制約』と見るけど?」
 推理?を続けるアドウィックにジョニーBは「そのとおりです」と応じる。
「俺達のテストではありますが、彼女のテストでもある。
 俺達が本気で逃げたらいかに広域特別捜査官でも1人では捕まえられないでしょ」
「なっ! 私は……!」
 続けようとした言葉が尻すぼみに消える。結局彼女は何一つできないまま町を彷徨ってただけだ。
「つまり、あたし達は噛ませ犬だったってことね?」
 アイシャがぎろりと睨むと「What? 仕掛けたのは彼だよ?」とアドウィックは人を食った笑みを浮かべる。
「その点については謝罪しよう。そしてこの探偵と君達が思う以上に有能だったのは俺の誤算だ」
 ジェニックの言葉にずんと一人暗くなるのはユニアだ。
「まぁ、他にもこの世界の調査等の仕事も兼ねていたんだがな。
 さて、ユニア」
 びくりと少女の体が震える。
「どうだ、やれそうか?」
 鋭い眼光に射すくめられ言葉は出ない。
 視線の集まる中、ユニア・ネスは一分近い沈黙の中を思考の混濁の中で過ごす。
「私は……。ダメかもしれません」
 こぼれるような言葉への反応はそれぞれだ。アイシャは腕を組んで静観し、ノアノは心配そうに捜査官の二人を交互に見る。
「じゃあ合格だ。はー、やれやれ。これで帰れるな」
「え?」
 予想とは真逆の言葉にぽかんとしてしまうユニア。唯一アドウィックだけは笑顔を崩さない。
「ここでゴネるヤツが居るんだよ。下手に才能がある自称エリートってヤツが多いから特にな。
 パートナーの助けが無いからだとか、情報が得られない環境なんか普通無いだとか。ンな甘い仕事じゃねーんだよ」
「え? あ? でも?」
「良かったじゃねーか。失敗が「練習」の時でよ」
 十数秒、困惑に視線を彷徨わせるも、やがてうつむきつつ「はい」と応じる新人捜査官をそれぞれがそれぞれの感想を抱きつつ眺め見ていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「世話になったな」
「Non また何かあったらどうぞ」
「こっちに来たときには頼りにさせてもらう。探偵」
 ここは『扉の園』。彼ら捜査官達の世界に続く扉の前だ。
 握手を交わす二人を横目に三人の女の子も別れの挨拶をしていた。
「と言っても私達はあんまり面識なかったですよね」
 ノアノの言葉に二人は首肯する。
「ずっとあたしたちはジョニーが良そうなところをうろうろしてたからね」
「……あ、そういえばあの子豚さんもあなた達の仲間なんですか?」
 子豚と言われてアイシャは首をかしげるが、ノアノにはすぐに思い浮かぶ存在がある。
「イベリさんですか?」
「ええ。彼にもよろしく伝えておいてください」
 そう言えばこの依頼に参加していたけどどこに行ったのだろうと首を傾げつつノアノは応じる。
「もう少し愚直に任務に励む事にしますって」
「イベリさんにも見習うところはあるんですねー」
 わりかし失礼な呟きにユニアは微笑を浮かべ一つ頭を下げた。
 そうして扉の向こうに去っていく2人+2人。
 やがて扉が閉じたのを確認してアドウィックは振り返る。
「Congratulations!
 君達のおかげでワンランク上の任務達成だったねぇ」
「色々と文句が言いたくなる依頼だったけどね」
 若干どころでないトゲのある言葉にさっと視線を逸らす三枚目。
「ともあれ報酬を支払わないとね。
 また手が足りなかったら協力をお願いするよ」
「はい」
 素直に応じるノアノと仕方ないねと肩を竦めるアイシャ。
「で、Mis.ユニアも言ってたけどイベリ君はどこに行ったんだろうね?」
「探偵でもわからないの?」
「昨日河原で仁王立ちしてたって噂は聞いたんだけどね」
 ふーむと顎に手をやる探偵の言葉に「この寒いのに何で河原?」と二人は顔を見合わせるのだった。

 ちなみに───────────
  当の本人は暇と寒さに耐えかねて、結局街中を爆走していたとさ。

 めでたしめでたし……?

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イベリ君。ちょっと正座しなさい(笑
はい、総合GMの(=ω=)です。IRCでこれニックネームにできないんだよなー。

というわけで無事?ジョニーを探せは終了となります。
実験としての色合いも濃かった今回のお話ですがいかがだったでしょうか。
今回はぬるま湯の結末でしたが次回はちょーっとハードな方向にシフトしていこうかなぁとたくらんでおります。
ぐふふ
……ハードというかダークな気もするけど、ま、いっか☆

報酬等に関しては掲示板の方に掲載しておきますので参照してください。
お疲れ様でした!
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