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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
南進
(2009/12/4)
 それは新暦1年11の月に入った最初の日の出来事だった。
 管理組合からの通達。管理すれど君臨せずの謎の組織からの通達は実に2年ぶりとなるものであった。

『クロスロードの全来訪者へ。
 管理組合は先日発見されたクロスロード南方120km地点にある水源に衛星都市を設立する事を決定しました。
 これに伴い、衛星都市設立のための協力を要請いたします。』

 クロスロード成立から実に2年。
 様々な技術を内包しながらも彼らはこの塔の元にしか生存圏を築けずに居た。
 もちろん『怪物』の脅威は1つの理由だ。だがそれ以上にクロスロード周辺百キロ四方に渡り水源がサンロードリバー以外に無かった事が来訪者をクロスロードに縛り付けていた。
 ではサンロードリバーの沿岸に町を築けばいい。そんな単純な事に誰一人気付かないわけはない。つまりは出来ない理由があった。
 サンロードリバーの『水魔』。川幅3Kmの大運河に隠れ潜む『怪物』は神出鬼没にして凶悪。そして実に狡猾だ。奪われた命は数知れず、幸運にも生き残った者達は怯え震えながら『川の傍で野営をしてはならない』と伝えた。
 未探索地域を行こうとする探索者なら誰でも知っている事だ。
 水が無ければ大半の来訪者は生きていけない。
 そして一定数の住民が生活できる環境を整えなければ町は成立しない。
 いずこから現れるかも知れぬ『怪物』と渡り合いながらクロスロードは版図を広げるための足がかりをずっと探していたのである。
 それが見つかったという情報はすでに町でも充分に広がっていた。

 管理組合からの告知。
 これを見聞きしたものは様々な思いを胸にこの世界と、そして自分の行く末を見るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「以上が管理組合からの要請内容だ」
 背に翼を持つ偉丈夫が威厳ある声で説明を締めくくる。
「質問はあるかね?」
 鋭い眼光が周囲をゆっくり見渡す。その視線を受けた者達は手元の資料を見つめながら話の内容を吟味していた。
「宜しいでしょうか?」
 一人の竜人族が手を挙げる。偉丈夫の頷きに立ち上がった彼はグランドゥーク────エンジェルウィングスの支店を任される男だ。
 対する偉丈夫の名前はマルグスロス。永遠信教という世界においてかつて天使長であり、今はエンジェルウィングスの社長を務める者だ。
 周囲に席を埋める者もエンジェルウィングスでそれなりの地位を担う者達であった。
「原案では二千人規模の行軍を予定しているようですが……
 あくまで『軍』としては動かないのですよね?」
「無論だ。クロスロードに軍は無いからな。あくまで参加を希望する探索者がある程度の集団となり、進むことになる」
「その場合補給線は直線距離でも120kmという長大な物になります。
 そこを行き来する物量もハンパではない。その補給線の防衛をするだけの戦力は確保できるのでしょうか?」
「結論は容易い。せざるを得ない」
 迷いの無い、しかし無謀にも思える回答に僅かなざわめきが起こる。
「諸君らが察している通り、この計画はあまりにも杜撰だ。経営企画部での試算では成功率43%と回答が来ている」
 その数字は彼らの予想をさらに下回っていたのだろう。ざわめきがどっと膨らむ。
「社長……! そんな数字で社員を行かせるのですか!?」
 マルグスロスと同じ天使族の女性が立ち上がり声を放つ。周囲の空気は彼女の疑問を後押ししているのが目に見えるようだ。
 だが、彼は全く表情を歪める事無く、ただ静かに言い放つ。
「では、何時なら行けるのかね?」
「何時……」
「二年だ。いや、この多重交錯世界が開かれてから三年……
 我々はこのクロスロードに押し込められている。今動けないならば何時なら動けるのかね?」
「……そ、それでも万全の準備を整えるべきです! 半分にも満たない成功率でだなんて……!」
「殻を破れぬ雛はその中で腐り死ぬのみだ」
 腹に響く声が彼女の、そして周囲の言葉を飲み込ませる。
「一年後に成功率が跳ね上がるならば喜んで待とう。
 だが、私の予想は逆だ。ここで動かねばおそらくクロスロードは割れる」
「割れる……?」
「つまり……無理だと諦めここに固執する者と、外へと行こうとする者に、ですか?」
 グランドゥークの問いに偉丈夫はゆっくりと首肯する。
「今のクロスロードはただ未知を畏れて縮こまっているに過ぎん。その全ての原因は『大襲来』という恐怖による物だと皆知っていながら目をそむけてな」
 二年前。ここがクロスロードという名を持たぬ頃の大災厄。地平線を埋め尽くす『怪物』の群れの襲来。
「我が神は「見ぬ敵に打ち勝つ道理無し」と説く。
 見もせぬ敵はどこまでも大きく強大になっていくばかりだ。恐怖という妄想の中でな」
 マルグスロスは言い聞かせるように言葉を続ける。
「これはこの場の貴君達のみに伝える。心して聞け。
 この作戦は失敗する事を前提にエンジェルウィングスは協力を行う。過剰でも構わない。最悪を回避する行動を貴君らに求める」
 余りにも常識外れな要請に呆然と会社のトップの顔を見る。
 その言葉に一切の迷いも躊躇いも無い。
 それをゆっくりと飲み込んで彼らは改めてこの世界の転換期を迎えるのだと悟った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おやっさん! M12のネジがねーっす!」
「バカもんが! 自分で探さんか!」
「こら、俺のレンチ使うんじゃねえ!」
 ここドゥゲストモーターズは戦場と化していた。
 運転教練所を店の裏に有するここは管理組合の要請で臨時の車両点検場となっているのである。
 町の技術者が集まり、右へ左への大騒ぎだ。
「ったく、これだけの車が並んで悦に入る暇もねえ」
 ドワーフの機械工、ドゥゲストは流れる汗を腕で拭ってぼやきを零す。
 エンジェルウィングスのものだけでなく、普段は未探索地域を行く探索者達もこれからを見据えて車両点検に持ち込んでいるのだ。すでに教練場は車両の見本市となっており、機械工や魔術技官やらが怒鳴りあっていた。
「おやっさん! ヒトガタどうしますか?!」
「いい加減覚えろ! そいつは外だ!」
 外とは店の外ではない。ヘブンズゲートの外に設えられた臨時スペースの事である。
 そこもまた凄まじい光景となっている。
 普段は町中に散らばるセンタ君達が大集合し、えっちらほっちら物を運んだり、ヒトガタ───二足歩行機械などのメンテナンスを行っているのである。
 周囲を見れば商魂たくましい住民達が屋台を開いたり、部品を売ったりしている。暇を見つけた探索者や技術者が掻き込むように飯にありついていた。
「いやはや、すっごいねー」
 仮設テントの下でネコミミ娘がのんびりした声を漏らす。
 これが何かといえば戦争の前の準備というのが一番近いだろう。しかしその熱気、雰囲気は祭りに近い。
「っていうか、貴方も技術者なのに、ここに居ていいわけ?」
 呆れたように問いかけるのはフィル。純白の酒場も食料提供をするために外までやってきているのである。
 視線の向こうではヴィナがてってこと客の間を歩き回っている。
「もー、かーいいヴィナちゃんを眺められるのに他所に行くなんて無い無い」
「……あんたホントに既婚者?」
「にふ、別腹にゃよ」
 したり顔でそんな事を言い放つアルカに溜息1つ。
「それに今の需要は機械工学系にゃからね。ゆいちゃんの領分にゃよ」
「嘘言いなさい。魔道駆動機はあんたの領分でしょうに」
「あーあーキコエナイ〜」
 人間の方の耳を押さえてもしっかりネコミミからは聞こえているのに突っ込むべきか。
 もうどうでもいいやと出来上がった料理を皿に盛り付ける。
「にしても……実際どう?」
「にふ? どーって?」
 無言での圧力にあるかはひょいと肩を竦める。
「挑戦する事に意義がある。ってところにゃね。
 だいたいあちしらは何も知らないんにゃよ? 実は百年周期で大地震が起きます、なんてことは百年経たないと分らないことにゃ」
 天気予報とは言ってしまえばデータの積み重ねに過ぎない。
 こういう形に雲が動けばどう天気が動く。それが科学技術の発展で衛星からの映像やデータの精査、集計が的確になっただけに過ぎない。
 入道雲が出たら夕立が起こるという昔からの経験則と本質は何一つ変わらないのだ。
「何も知らなかったから、数十万の『怪物』にこの土地は滅びかけたにゃ。
 あちしたちは開拓者。やってみるしかないにゃよ」
「でも、やけどをした子は火を恐れるわ」
「それでも火のない生活はできない。おいしいご飯が食べられないもん」
 火傷をしても、それを畏れるばかりでは居られない。そこに克服というプロセスを経て一歩進むのだと猫娘は笑う。
「ビギナーズラックなら上等。負けてもそれは授業料。
 気にするべきはそれをなるべく安く済ませることだけにゃ」
「……その授業料がお金で済むなら、あたしだってそんな事言わないわよ」
「んー、こういうときは王国とか独裁国のほうがはっきりして良いんだけどね」
 人命よりも金貨一枚の方が価値が高い。これに異を唱えるのはある程度生活が安定した社会だけだ。
「何が心配か……
 あちしとしては「死ねという人」も「死ねと言われて死ぬ理由」も持たない集団であること。それだけにゃよ」
 後が無くなれば必然的に必死にもなる。それは己の命だけに留まらず故郷やそこに住まう家族もまた背水となる。
 だがクロスロードに集う探索者達は見方によっては傭兵団である。不利と悟れば何時逃げ出すかも知れない。
 もちろん責任感、義務感、使命感と足を留め戦う理由を持つ者だって少なくない。
 だが多いかと問われれば確固たる回答は誰にも求められない。
「これはクロスロード2年間の試験みたいなものにゃよ」
 次々と料理を仕上げながらアルカは周囲を見渡す。
「まー、こんな異世界に来るよーな人達は、勝率1%の戦いとか経験してんじゃない?」
「……」
 心当たりがありすぎて反論し辛い言葉にフィルは閉口するしかなかった。

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 というわけで、新シナリオの開幕です。
 本編は4話構成を予定しています。これは第0話なので+4話とエンディングってところかな。
 参加者の皆さんにはこの南の開拓計画にいろんな形で携わってもらう事になります。
 詳細につきましては探索者掲示板の方に公開しますのでよろしくお願いします。

 問題は終わる前に新年を迎えるからβ版への移行をどーしよっかなぁってところだけか……
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