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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
死の濁流
(2010/2/19)
 朝焼けの空の下、大地が鳴動していた。
 地平線のゆらぎ────否、それは地平線を塗り潰す「動き」の群れ。

 のちに「再来」と呼び称される、二度目の「大襲撃」の始まり。
 その光景がそこにあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「みなさん! 今ばらばらに逃げても背中から襲われるだけです!」
 北側に設えられた扉の前で一人の女性が精一杯の声を出し、訴える。
「クロスロードまでの距離は背を向けて逃げるには遠いですが、1日耐えれば援軍が来る距離でもあります!」
 約100km。車両を持つ者であれば2、3時間で到着する距離だが、歩くとなれば3日は必要となる。
 手段は違えど実際にその行程を着てこの衛星都市に居る者にはその距離は実感している。
 声の主───セリナ・フェルディナントは周囲の反応に肝を冷やしながらも言葉を続けていく。
「怪物の殆どは小型です。ご存知の方も多いでしょうが、行動も単調でいくらでもやりようはあります」
 嘘は交えないが虚飾はある。根拠の無い気休めと言えばそれまで。保証なんてしようがない。
 だが、セリナの戸惑いは当初の予想とは違った部分にあった。
 ────反応が薄すぎます。
 批難も覚悟で、僅かなりにも逃げようとする人が考え直してもらえればと思っての行動だったが、外へ向かう者は彼女を一瞥しただけで通り過ぎ、動かない者は淡々と準備をしながらその声を聞き流している。
 視界に入る1割程度しか彼女へ注意を向けていない。
 その光景を眺める1人も同じ感想を抱いていた。彼は一般人であるからこそ、セリナの行う演説の意味を理解し、そして周囲の反応を不気味に感じる。
 ただ、必死に言葉を紡ぐ彼女とは違い、彼はただ純粋に観察者となることでその理由に気付く。
 この衛星都市から早々に立ち去ろうとする者には後ろめたさがあまり見られないのだ。
 恐らく、その行為は逃げるのでなく、撤退なのだろう。自己の判断で衛星都市で抗戦するよりも早急にクロスロードへ撤退する方を『選んだ』人なのだと悟る。
 彼女の行動は一種の扇動だ。しかし扇動とは難事に慣れていない者に道筋を示す行為である。
 やがて、セリナもその結論に至ったのだろう。彼女は声を出す事をやめ、ぺこりと一礼してその場を去っていく。
 彼女に嘲笑を向ける者は居ない。中には「まぁ生き残ろうや」と声をかける者も居た。
 彼はそんな光景を見送った後ゆっくりと足を門へと向ける。
 巻き込まれただけの一般人はどうするべきなのだろうかと考えながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「推定兵力20万」
 これが衛星都市にもたらされた暫定の数字である。もちろん防衛側の数ではない。怪物の総数だ。
 対する衛星都市の総人数は約2000人。純粋な戦力となりえる人間は約6割程度と見られ、その兵力差は160倍以上という計算だ。
「中型以上の怪物の数はどうですか?」
 厳しい表情のまま、土壁の上から少女───アースが問う。
「おおよそ3割です。全体数の5分程度が大型。幸いと言うべきか古竜クラスの超大型は確認されていません」
 報告する男の表情は硬い。5分───5%でもその数は一万なのである。ジャイアント種や幻獣種などその力は実力のある冒険者でも数人掛かりが当たり前だ。
「皆さんの反応は?」
「逃亡する者は以外に少ないです。積極的に抗戦を訴える声も聞こえます。
 また、クロスロードからもすでに援軍が出発していると」
 喜ばしい事────そう言って良い物かと少女はやや苦しげな笑みを浮かべる。
 無論自分は負け戦をするつもりもなく、勝つために犠牲を強いるつもりも無い。逃げる事を皆が選ぶのならば、その選択肢も十分にあった。
 彼女は2年前の戦いをまぶたの裏に思い起こしつつ改めて開いた眼にその威圧的な光景を刻む。
「クロスロードに要請を。これより衛星都市は防衛線を構築し24時間の抗戦を行います。
 援軍は8時間以内に到着できない場合には撤収を。
 そして、その間に要害────フィールドの制圧を成功させてください、と」
 衛星都市、そして四方砦で削り、クロスロードの防壁で総力を以て迎え討つ。これが彼女の描いたプランだ。
 即席の防壁とはいえ中型以上の怪物で無い限り早々破壊されることは無い。外で迎え撃つ事が出来なくなった頃には近接職によじ登ってくる小型の怪物の相手を勤めてもらうことになるだろう。
「観測点3Z−21の状況は?」
「予測通り、衛星都市を無視してクロスロードへ侵攻中です」
 彼女はゆっくりとうなずく。
 当初はある程度の出血を強いて足取りを乱した後に撤退戦を行うしかないと考えていたが、敵の動きからそれは取りやめになった。
 敵はこの衛星都市を見ていない。
 もちろん目の前にあれば襲い掛かってくるが、これまでに襲来していた怪物たち同様、本命はクロスロードだと見て間違いないだろう。
「突出した怪物を迎撃し、渋滞を起こさせます。
 空中戦力、機動戦力を編成し一撃離脱を繰り返させてください。
 また機動力を持たない探索者は防壁から100m以上離れないように。合図と共に何があっても防壁内に退却するように指示をお願いします」
「はい!」
 故に衛星都市をハリネズミとして維持。濁流が過ぎ去った後にこちらが背中を討つ役目を担う。
 24時間。その長い時間は死と破壊を振り撒く怪物の流れがこの地を過ぎ去るまでの時間だ。
 太陽がじりじりと地平線から顔を出す。
 横合いからの光を浴び、死はじらすように近づいてくる。

 新暦1年12の月23の日 朝5時24分
「先制攻撃を開始します!」
 ヒィイイイインと空を切り裂く音と白の煙。
 合図を受け、空と陸で死に抗う力が加速を頼りに解き放たれる─────

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 大襲撃の再来。
 この報がクロスロードの来訪者に知らされたのは遡る事約5時間前。日が変わった直後の事だった。
 その後、漣が水面に沁みるような沈黙の一時間を経て世論は2つに分かれた。
 即ち防衛と迎撃である。
 迎撃とは同時に衛星都市の救援も指す。だが補給線をその壁の内側に持つクロスロードにとって最良の戦略が篭城という事は誰の目にも明らかである。
 篭城を選ぶという事は衛星都市を見捨てる行為だ。衛星都市とは違い幾分の猶予があるからこそ意見が割れ、混乱が広がった。
 議論の必要なし。
 その言い分は共に一長一短。ならば己の信じる道を行くしかない。
 やはり自らに選ぶ事を知る探索者は不毛な議論に早々見切りを付け、信じる行動を取り始めた。
 そのタイミングを見計ったかのように3つの通達が広がる。
 1つはエンジェルウィングスより。
 衛星都市に居る非戦闘員回収のために大規模輸送部隊を編成する。
 もし衛星都市に向かいたければ空いた席に座ればいい。
 2つは管理組合より。
 うち1つは夜明けまでに到着できぬ援軍は控えるように。
 そしてもう1つは再度フィールドへのアタックを行う事と、その参加者を募るものであった。
 エンジェルウィングスの要請には多くの人間が集まった。
 一方のフィールドアタックについてはやはりというべきか参加者は皆無だった。もちろん今やる理由は理解できるが一度ケチのついた難事には足が向きにくい。
 もちろん前回以下の戦力で決行するわけにも行かない。
 そこへ、一人の女性がゆっくりと管理組合の受付に歩を進める。
 物好きな。そんな囁き声の中、誰かが呟いた。「あれ……水源を発見したチームの生き残りだぞ」と。
 続く後ろのうごめくアフロことピートリーの存在も別の意味で注目されてはいるが、そんな視線の中を彼女は物怖じせずにゆっくりと告げる。
「こちらに参加させていただきます。登録申請をしてください」
 彼女ははっきりとそう告げたあとで振り返ると「貴方は貴方の思うことをやってください」と告げる。
 ピートリーは彼女がてっきり救援に向かうと思い、何かの縁と護衛のつもりで付いてきたのだが、予想外の行動に少し口ごもる。
「アフロさんっ」
 横合いからの声に助け舟かな?的な顔を向けるとノアノが駆け寄って来ていた。
「ユエリアさんはまだ寝てなきゃダメなんじゃないんですか!?」
 責めるような口ぶりにピートリーは困ったように眉根を寄せるが、彼が応じる前に「私が後悔したくないから、ここに居るんです」とややこけた頬を隠すように笑みを浮かべる。
「私も止めたんだけどね」
「でもっ……!」
「あなたがノアノさん?」
 遮るように呼びかけられてノアノは言葉を詰まらせる。
「あなたも私の所に来てくれた一人よね。……ありがとう」
 ありがとう、と言われるとは思っていなかった。あうあうと口を動かした後、困りきってむぅと口ごもる。
「死ぬ気は無いんですよね……?」
 恐る恐るといった感じの問いにユエリアは笑みを消し、しかしまっすぐな瞳でうなずく。
「償いではあるわ。でも自分で命を捨てたりはしないから」
「ふざけるな!」
 鋭い声が場を沈黙に支配する。
「償い……だと!」
 人垣から出てきた少女────ヤーツェが眼光鋭く一同を睨む。とりあえず間に入ったピートリーが「まぁまぁ」と言う横をずんずんと通り過ぎ、ユエリアすらも横目に受付に立った彼女は「申請する」と吐き捨てるように告げた。
「お前のせいだ。でもお前のせいだけじゃない。
 だから勝手に全部抱え込むな。そんなずるい真似をするな……させてやるもんか!」
 くるりと振り返って言い放つと続いてピートリーとノアノに視線を転じ「この前は悪かった」とぶっきらぼうに言う。
 どう応えていいものかと顔を見合わせる2人を他所に彼女は逃げるようにその場から離れていく。
 聴衆共々取り残された感の残る舞台の真ん中で、とりあえずアフロはこんな事を言ってみた。
「さぁさぁお嬢さんがた2人だけに任せていいのでしょうか!」
 …………………………すげシンと静まり返った。
 痛々しい。冷気が肌を刺すような中で巻き添えを食ったノアノが凍りついた顎をなんとか動かす。
「……アフロさん、大根過ぎます」
 それでようやく氷は溶けはじめ、安堵も含めた失笑がヘブンゲート前に染み渡ったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「楽しいねぇ」
 不謹慎だと責める声は無い。異様な緊張感にテンションがおかしくなっている連中なんていくらでも居る。
 目を瞑っても当たるとはまさにこの光景だ。手当たり次第にぶちまけた弾丸が怪物の顔面に腹にめり込んで血肉をばら撒いていく。
 遠距離砲撃と空爆。そして機動力頼みの一撃離脱。
 幕が上がった衛星都市防衛戦は当初一方的な殺戮となった。
 拳銃を手にするノエルが担当するのは防壁の前。潜り抜けてきた怪物の眉間をブチ抜いて脳漿をぶちまけるのが仕事だ。足を動かせば空薬きょうがじゃらじゃらと音を奏でる。硝煙や血臭で鼻はとうに馬鹿になっている。目まぐるしく動く舞台で味方に当てなきゃ敵のはずだと思うがままに銃声を振りまいていた。
「とうっ!」
 やたらかっこいい声を挙げて子豚がゴブリンの群れに突っ込んでなぎ倒す。そこまでは良かったのだが、その先に居たオーガの腹に跳ね返されてころころと転がってしまう。そこに獲物とばかりにコボルトやスケルトンが殺到する。
「今だっ!」
 何が「今」なのかさっぱりだが、余りのコミカルな光景に目を奪われていた数人が慌ててフォローの攻撃を放つ。真空波が、弓が、無防備な側面を遅い、次々と血祭りに上げていく。
「計算通りだなぁっ!!」
 イベリーがそんな事をのたまいながら全力撤退をしていた。誰もが絶対嘘だと確信しつつ苦笑で濁す。彼らには未だに余裕があるが、鋭敏になった神経は遠くから近づいてくる地鳴りにひりついていた。少しくらい笑みがこぼれるくらいで調度良い。
 ばっと空が輝き次々と光が打ち込まれ盛大な爆音を響かせる。それらを掻い潜って空から急降下してきた怪鳥を地対空ミサイルが迎撃し、盛大に炎を撒き散らした。
「悪はどこだっ!」
 意外な奮闘をするブタに笑みを浮かべつつ、探索者達は敵を削り取っていく。
「……増えている」
 そんな中、喉の渇きを覚えて果実酒を煽り、空き瓶で近づいてきたオークの頭をぶん殴りながらノエルは呟きを漏らす。
 敵の密度が増している。最初に相手にしていたのは敵全体から見て突出した連中だった。本隊と呼ぶべき場所が近づいているのだろう。
 防壁の上から青の煙で尾を引く矢がピィと鋭い音を挙げながら敵に突っ込んでいく。
 次の瞬間、その矢が落ちた地点に雨あられと魔法が、矢が、弾丸が降り注ぎ敵を根こそぎ削り取っていった。
 周囲を巻き込む攻撃で味方を傷つけないように指示をするものだが、その間隔も次第に広がっていた。つまり乱戦になりつつある。
 戦闘が始まって2時間。休憩や弾薬補給のために数度防壁の中に戻ってはいるがその度に負傷者の数は増えている。
 魔法による治療があるとはいえ、その行使にも力が必要だ。次第に追いつかなくなっている。
「そろそろ退き時か」
 ノエルの言葉を後押しするように、ピィイイイと音を立てて赤い煙で尾を引く矢が真上に挙がった。
 撤退の合図だ。
 突如、壁の上からの攻撃が止まる。対して打って出ている中で、近距離攻撃を得意とする探索者が出し惜しみ無い攻撃を開始する。
 突然の圧力に推し戻された怪物を威嚇するように再び赤い煙の矢が天に昇ると、野戦をしていた探索者達は負傷者を庇う形で探索者が防壁の中になだれ込む。
 一旦は押し返された怪物も、これを好期とばかりに再度群がろうとするが、予定通りと再び壁の上からこれまで以上の攻撃が降り注ぐ。押し返されたのと後ろから殺到したので団子になった怪物が次々と吹き飛んでいく光景が広がった。
 そうしている間に中距離戦闘ができる者は壁に登り弾幕の強化に努め、近接職はこれから増えるであろう壁に取りつく敵の対応に回る。
「っ……」
 そうしながら、誰もが言葉を詰まらせる。
 おぞましい光景だった。
 多種多様な怪物が死骸を踏み越え踏み潰し、黙々と迫ってくる。
 傷付けば痛みを訴えるようにするくせに、周囲でどんな惨状が巻き起ころうとも黙々と近づいてくる。
 余りにも異様で────だからこそ恐ろしい。
「早く撃てっ!」
 ぱしゅぅううう!と凄まじい噴射音。ロケットランチャーが地上にまた一つ死の花火をぶちまけるのを見てノエルは銃を握りなおす。
 ずっとこの光景を見続けていた遠距離攻撃隊の声に我を取り戻し火線が厚みを増す。
「第三部隊、第四部隊は休息に入ってください。第六部隊、第七部隊は戦線維持に当たってください!」
 管理組合員の声にあわただしく動く。戦闘能力が無くとも残った有志が傷の手当や水、食料を配って回っている。戻って来たばかりの近接戦闘職の手当てなどで目まぐるしく働いている。
「広範囲攻撃隊、攻撃開始っ!」
 広い範囲を持つ攻撃は必然的に弾数に限りがある。交代の間隙を突かれないためになけなしの力を振り絞って大地を地獄に染め上げる。
「うぉーーー。まだやれるぞ!」
 なにやらぐるぐる回ってるイベリーはさておき、ノエルは頬に流れる汗を不快に思いつつ痺れる両手に喝を入れる。
 まだたった2時間。地獄の一丁目にすら辿り着いていない。

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●主な登場人物●

・ヤーツェ:フィールド攻略組みの生き残り?
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・メルキド・ラ・アース:管理組合の人。東砦管理官。衛星都市へ出張中

●特殊用語
・フィールド
 特殊な怪物が持つ空間制圧能力。
 その中では侵入者が不利となる様々な制限をかけられてしまう事が報告されている。

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はい、総合GMの神衣舞です。
4話構成を考えていましたが5話になりそう・・・w
今回はあまり進展していません。でも次回は99%死闘となります。
恐らく援軍到着から衛星都市に本陣が激突。+フィールド再戦という感じ。
5話は後始末話にできればなぁと考えつつ。

みなさんのリアクションお待ちしております!

なお、状況説明用に幕間もUP予定です。
疑問などがありましたら風読神社やPLチャット等でおねがいします。
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