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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
戦況確認
(2010/2/24)
『現時点の状況を説明いたします』
 管理組合本部の大会議室で進行役の人間がマイク越しの声を響かせる。
 正面のスクリーンにはクロスロード、衛星都市を含んだ概略地図が表示されていた。といってもまっさらの台紙に丸を2つ書いた程度のものだ。
『夜明けと共に始まった衛星都市防衛戦は損害を最小限に留めたまま2時間を経過。
 ただし、武器弾薬回復アイテムの消費が激しく同じ火勢を保てるのはあと4時間程度と見られています』
「補給は?」
 早速飛び出た問いかけに男は即座に回答を述べる。
『エンジェルウィングスの飛竜部隊が対応していますが、早い分積載量に限りがありますし休息させなければならないのが難点です。
 輸送トラックの第一陣は2時間後に到着予定ですが、これも到着前には強行突破を実施せざるを得ない状況。
 以降の輸送はほぼ不可能だと予想されます』
 概略地図にに矢印が書き込まれる。クロスロードからのたうつ蛇のようにして衛星都市に伸びるのが援軍のライン。
 同時に画面下、南を示す方からは馬鹿みたいに太い矢印がゆっくりとせりあがってくる。
『ここで問題となるのは怪物の動きです。
 衛星都市の付近を通過する怪物は衛星都市に殺到する動きを見せていますが、ある一定以上離れて居る場合無視してクロスロードへ侵攻を続けています。
 これらが2陣以降の輸送部隊と不意の会敵する危険性があるのです』
「怪物の狙いはあくまでクロスロード……いや、塔と園か」
「その進路上に衛星都市があっただけ、ということなのか?」
『その点については推測の域を出ません』
 何一つ怪物の事など分かっていないのだ。進行役も言葉を濁すほか無い。
「主力がぶつかる前に撤退をした方がいいのではないか?」
「いや、それならいっそ西か東に一時避難をし、挟撃してはどうだ?」
『撤退に関して問題となるのは我々が最短ルートを構築できていないことです。背中を突かれることは元より、怪物は我々のように不明地帯を迂回する必要がありません。
 最悪、横っ腹を突かれる可能性もあるでしょう。
 また待機時間、帰還時間の物資不足。クロスロードに到着しても迎えるのは怪物となり、救援を行うのも難しい状況が予想されます」
「空きっ腹を抱えていつ襲われるかも知れない立ち往生か。やってられんな」
『これらの理由から、衛星都市には可能な限り敵戦力を削る作業に没頭してもらい、残る敵をクロスロードと南砦で迎え撃つ事になります』
「しかし……維持できるのかね?」
 しんと議場が静まり返る。
 数秒ののち、重苦しい空気を掻き分けるようなゆっくりとした動きで進行は口を開く。
『難しいとしか言えません。怪物は多種多様で中には致命的な能力を持ったものが居てもおかしくはありません』
 例えば世界によっては大地の大精霊とされるベヒーモスや、アント系種族。それに物質を透過するゴースト系。
 何より飛行系が多ければ多いほど地上を基本にした防衛は厳しくなってくる。
『エンジェルウィングスでの援軍輸送は広範囲遠距離攻撃能力者を優先し、精霊術師、魔術師を重点的に送っています。
 これは矢弾が必要となる探索者は弾切れを起こすと活動が出来なくなるためです。
 魔術師系であれば最悪寝る事ができればある程度力を取り戻せますので』
 それからと言葉を接ぐ間に南からの矢印はクロスロードに迫る。
『クロスロードの対応としては、衛星都市と同じく機動力を持った探索者で迎撃を敢行。
 その後南砦とクロスロードで篭城戦を行います』
「住民への依頼はするのかね?」
『現状物資の価格操作は一部の新興業者にしか見られません。またクロスロードの防壁は理論値5倍の怪物と戦う事を前提に作られています。
 商店主もデリバリーを積極的に行っていただいてますから、不要と考えてます』
 ざわざわと囁きあう声が一瞬強まり、それがやや沈静化してから進行役は口を開く。
『最後となります。フィールド持ちの怪物───ロックゴーレム討伐について』
 空気の色が変わる。そこに垣間見えるのは疑問と不信感。
『ユエリア氏の参戦から、人数は必要戦力の68%となっています』
「討伐の意味が分からない」
 強い声が言った。
「先ほど衛星都市を放棄しない理由の中に水源が再び怪物になるという可能性の指摘があったが、今そこに戦力を投入して撃破したとて同じ事が言えるのではないか?」
「その通りだ。衛星都市の探索者が逃げるのでないならなおさらだろう?」
 議場の空気はおおよそ今の声に肯定的だ。一人でも戦力が欲しい状況なのだから当然過ぎる。
『これについては……』
 進行役の視線が一瞬彷徨う。それにおかしいと気付く前に彼は言葉を続けた。
『副管理組合長からの指示です』
 ざわめきがぴたりと止み、すぐに困惑の囁きが広がる。
 事実上のトップである4人の姿をこの場に居る殆どの者は名も姿も知らないのである。
「理由は語られなかったのかね?」
『……』
 逡巡が目にも明らかな進行役の顔に視線が集中する。
 やがて意を決したように彼はその言葉を口にする。
『まぁ、やればわかる……だそうです』
 口にするのを躊躇うのは当然だろう。苦しげに応じた彼に噛みついても仕方ないと知る者達は苛立ちすらもかみ殺す必要なないとばかりに顔をしかめつつ続く言葉を促す視線を突き付ける。
『もちろん理由を問いただしはしましたが、応じていただけず……』
「そもそもこの難事になぜ副管理組合長が誰も出席されていない」
 その言葉に数人が同意の言葉を述べる。
『それにつきましては以下のように答えろと。
 ……君たちがこっちの顔を知らないだけで、居るかもよ。』
 ぴしりと全員の動きが止まった。
 無理もない。少なくとも管理組合という摩訶不思議な組織を作り上げた中核存在で、大襲撃の生き残りであることは間違いない。
 姿も知れないこともあって不気味さも加わり、恐怖に類するイメージもまとわりついていた。
『……ともあれ、これまで通り管理組合としてはどの選択も強制いたしません。
 探索者のみなさんの行動に管理組合はクロスロードの維持を踏まえた支援を行うだけです』
 それは管理組合の基本方針。ゆえにその点においては異論はない。
 最後に若干のしこりを残しつつも、彼らは残り少ない時間を活用すべく動き出す。
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