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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
成長と証明
(2010/3/27 )
「どうですか?」
 やや不安に彩られた、それでも人に安心を与える穏やかな声音がディスプレイに照らされた少女に問いかける。
 言葉には応じず、代わりに複数のモニターが状況を高速スクロール。その集計結果として中央の巨大スクリーンに戦況を一斉に表示していた。
 気になるのはその数字が約1時間前を示している事だ。遠距離の通信が出来ない以上、どうしてもこのようなラグが発生してしまう。
「善戦していると見るべきでしょうか」
 損耗率は驚くほど少ない。もちろんゼロではないが二年前に発生した『大襲撃』と比べればその感想にもうなずけるだろう。
 無論莫大な量の怪物と野戦を行わなければならなかった過去と防壁を最大限に利用し教訓を生かして戦う今では差が無くては困る。
「面白い話だよね」
 第三の声が茶化すように響く。
「故郷でもなんでもないこの世界、この町のためにみんな逃げずに戦ってる。
 何がそーさせるんだろうね?」
「繋がりだと思います」
 間を措かず応じる穏やかな声。
「この地で新たに生まれた関係、絆……
 断ち切るのは簡単かもしれませんが、それでも失いたくないという心ではないでしょうか」
「……」
「……」
「……だ、黙らないでくださいよっ!」
 二人の余りの無反応っぷりに、女性は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「いやー、あちしには無理な発言だなーって」
「同意」
「……もう……」
 はふとため息一つ。女性は改めて推移する戦況情報を見上げる。
 現時点での予想ではあと数時間で衛星都市は厳しい時間を抜けるだろう。
「でも、正直これはまずいかもね」
 緑色の瞳が戦況図を見て細まる。
「まずいって……あ……」
 思い当たる事があったのだろう。女性は表情を曇らせる。
「追加情報」
 ポツリと呟かれた言葉。そののったりした声音とは裏腹にその指先は恐ろしい速度で情報を纏め上げる。
「うは、ビンゴ」
 緊張感の無い声を咎める事すらできず女性は画面を見る。
「空帝の先駆け……」
 遅れること一時間。ようやくクロスロードにその巨竜の到来が知らされる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「赤2つ、方位は南西ですね」
 飛竜の上、風を切り裂いて二人の少女が砦から放たれた煙信号を読む。
「上手く誘導はできておるようじゃな」
 高空から眺めればその速度に応じていくつかの集団になった怪物の群れが見て取れる。
 その一部一部に同じくフライユニットに乗った迎撃手達が攻撃を加え続けている。
 一旦衛星都市にぶつかったせいか、怪物の流れは一旦膨らむようにしてばらけ、次第にクロスロードに向かって収束している。
 大きく離れた物は放っておくとして、気まぐれを起こしそうな集団に適度に攻撃を加え、流れを調整しているのである。
 すでに南砦には防衛に参加する数千人の探索者が集まっている。今はそうやって数を調整された集団に機動戦闘を仕掛け削っている。
「白2つに青1つ。大きな『溜まり』ができてますね」
「ではわしらの仕事じゃな」
 見ればその合図に見知った顔が、ある一点に集まりつつある。
 地上の怪物達もそれに気付いたのだろう。誘導された結果もみくちゃになりながらも上空に向かって威嚇や射撃を繰り出してくる。
「赤3つ。行きます!」
 砦から撃ち放たれた色つき煙を尾にする合図に上空の探索者たちが一斉に攻撃に転じる。
 集まった彼女らは大規模なMOBを殲滅するのが仕事だ。数人単位で動く防衛任務では強くなくても数だけはいるMOBは厄介な存在である。それを専門に討つために砦と契約し従事している。
 その一発一発はそこまで強いとは言いがたいが対象とする範囲に限っては桁違いである。
 そして弱さは数で補えばいい。
 それは壮絶な光景だった。
 天空から雨あられと降り注ぐ光、闇、炎、氷、ミサイルに銃弾に矢に烈風。
 地にあっては地面が歪み、揺れ、石槍や植物の根が縦横無尽に怪物の群れを食らい尽くす。
 一瞬で数千の怪物を破壊の中に食らい尽くし、彼らは再び散開する。応援のつもりはなかろうが、集まってきた飛行能力を有する怪物に対し、今度は物凄い速度を有した別の探索者達が迎撃行動に入る。
 一般的な探索者が苦手とするのはMOBだけではない。飛行能力を有する怪物もまた地を行く者には厄介な存在である。
 そしてそれを専門にする者達も当然居る。
 風竜を駆り、ランスの突撃で頭を砕く者もいれば、正確無比の射撃で翼を砕いていく者も居る。
 軍も統治者も持たないクロスロードだが、依頼という形で大襲撃への対応、その訓練はずっと続けてきた。
 各砦に最低限の防衛戦力は置いているが、残る全ての迎撃戦力がここに集まっていた。
 そうやって削られるだけ削られた怪物をクロスロードや南砦に残った探索者達が衛星都市と同じ方法で駆逐していく。つまり機動力を持った者は遊撃、持たない者は城壁を背にして。
「黒2つ」
「大型の怪物かえ」
 左手を見れば体中に手を生やした巨人が大地を揺らして迫っていた。
「ヘカトンケイルじゃな」
「大きいですね……」
 その体長は10m程度。歩みは遅いがその威圧感はやはり凄まじい。
 だが────

 それを打ち砕く光が空を裂いた。

 光の着弾点。巨体が爆炎に包まれる。
 範囲攻撃のエキスパートが居るならば、当然一撃必殺を専門にして居る者も存在する。
「……まぁ、なんというかシュールですよね」
「ふむ?」
 ドレスを纏う少女はその生まれがファンタジーな世界のため金の髪の少女が呟いた感想は理解できなかったらしい。
 クロスロードの外延でゆっくりと立ち上がったのは『巨大ロボット』である。
 その体長は15m。一般的な物理学から言えば膝関節くらいあっさり壊れそうなのだが、まるで気にすることなく光線をぶっ放していた。
 これだけの戦力があるのならばもっと衛星都市に戦力を振ってもよさそうだと考える者も居るだろうが、快調に怪物たちを迎撃する彼らの殆どに共通した難点がある。
 継続戦闘能力が低いのだ。巨大ロボットにしても数発撃ってヘカトンケイルを撃破したのを確認すると引き下がっていくし、空を舞う者や地を走る者達も深追いせずに順次クロスロードや南砦に帰還している。
 補給線が事実上途絶えた衛星都市では彼らの能力は必殺となってもそれっきりになってしまうのだ。
 その点、クロスロードならば無尽蔵とは行かないまでも数ヶ月戦えるだけの補給が可能である。
「あ、次の合図」
「じゃな」
 飛竜に合図をして旋回。
 新たに作り出された溜まりに向かい竜は気高く咆哮を挙げた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そしてこの世界の明日を創るための戦いは。
 探索者が自分たちの生きる世界を往くための戦いは。
 何よりも、この世界を知るための戦いは最終局面へと移行する。
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