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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
世界の姿、その欠片
(2010/3/27)
 多重交錯世界《ターミナル》
 我々はこの世界には天と地と、それを分かつような大河を見た。
 人の住める土地。
 しかしそこにあるべき生命は見当たらず、唯一『扉の園』の茨のみがこの地を彩る命であった。
 だが、この世界には『扉』があり、『塔』がある。
 何者かが創造した物がある。
 では、それを創造した者はどこへ行ったのだろう。
 それを創造した者は他に何一つ作っていないのだろうか?

 我々がこの地に至って早4年。
 触れられなかったこの世界のヴェール。その一枚目に我々はようやく辿り着いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 変化は唐突に訪れた。
 新たな巨石を掲げたロックゴーレムが不意にその動きを止めたのである。
「今度は何だ……」
 エディが勘弁してくれとばかりに悪態をつく。運転席に居る彼ですら車と同様細かい傷にまみれている。
 直撃を受けなくても雨あられと吹き付ける石混じりの烈風のせいだ。彼だけでなく誰もが服に血を滲ませ、痛みに顔をしかめている。
「今のうちに集中攻撃とかした方がいいんじゃないんですか?」
 不安そうに次の魔術を用意しようとするノアノにピートリーはゆっくりと首を横に振った。
「いや……崩れるみたいだよ」

 ピシリ と亀裂の走る音が大気を切り裂く。

 次の瞬間、足を構成していた部分が大きく剥離し、落下。盛大な土煙を上げるとそれに続くように次から次に崩れ、落下する音が響いた。
 凍りつくような静寂と荘厳に砕けていく巨人。その全容が土煙の中に消えていくのを見てどこか遠くで歓声が上がった。
「やった! やりましたよ!!」
 ノアノの嬌声にピートリーは笑顔を作りつつもずりずりと車上にへたり込む。もう手足が痙攣しまくって立つに立てないのだ。今までは脳内物質か何かで誤魔化されてたらしい。
「お疲れ様です。これで……」
 コンと、ユエリアは車体を叩くエディに言葉を遮られ、不思議そうに視線を転じる。
「エディさん?」
「……音が小せえ」
「え?」
 ずずずんと地面すら揺らす音が響き渡る中、彼が一体何を言っているのかわからないと他の二人もぽかんとする。
「あのデカブツが倒れるにしては音が小さすぎるんだ」
「ちょ……それって」
 カーターがひゅんと飛んでロックゴーレムに近づこうとし、慌てて逃げ帰ってくる。
 歓声は一気に消え失せた。
「っ! マッドゴーレムがっ!?」
 新たなマッドゴーレムの群れが土煙の中から進み出てくる光景。そして晴れ始めた土煙の中、確かにそこにはフォルムこそ若干違えど巨大な影があった。
「嘘……」
 ユエリアも魂が抜けたように見上げ、息を呑む。
 陽光にそのボディが輝きを返す。
「アイアンゴーレムってやつかな……」
 岩をぱらぱらと零しながらその姿を見せたシルエットは先ほどよりも一回り小さいがまさしく人型。そしてゴーレムに酷似するものだった。
 土埃の中からそのメタリックなボディに光が乱反射した。
 もう言葉も出ない。
 時折起きるずずんという岩が地面に落ちる音。
 それすらも遠い。三時間近く戦ってようやく倒したと思った矢先の出来事に、誰もが気力を根こそぎ持っていかれた。
「いやいや、べりーぐっとだって」
「え?」
 聞き覚えのないようなあるような声にノアノがきょろりと横に視線を向けた瞬間
「やほ☆」
「ひゃ!?!?」
 滅茶苦茶近くに良い笑顔の女の子が居た。
「え、あ? 純白の酒場に居た人!?」
「ひっどいにゃね。名前くらい覚えてくれていいじゃん。ノアノちん」
 緑の髪に真っ赤な猫耳というとても特徴的な姿の少女は猫そのものの笑顔を浮かべる。
「アルカ……さんでしたっけ?」
「ういうい。そーにゃよ。もーわかってるじゃん☆」
 てちてちと肩を叩かれてどう応えていいものかうろたえる魔女。しかし周囲も事情が掴めず顔を見合わせる。
「えと、どうしてこんなところに居るんですか……?」
「んにゅ? ちょっとお遣いにゃよ。
 あっこにね」
 そう言いながら指差したのは背後。
「あっこって」
 エドは目を細め、その指先にある絶望を改めて見る。
「爆弾でも仕掛けてきたとか?」
 ピートリーの言葉にまるで呼応したように、ずうんと凄まじい地響きが響き渡り、車両が跳ねた。
 皆が手すりやら落下防止柵やらにしがみつく中、平気な顔して体勢も崩さない猫娘はとても楽しそうに地面に沈んでいこうとする鉄の巨人を仰ぎ見た。
「君達が成した結果にゃ。存分に楽しむと良いにゃよ?」

 そして、それは動き出す。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「畜生っ」
 夜闇の中、リロードするのももどかしい。
 ゴブリンが後頭部から脳漿をぶちまけて吹き飛ぶ横から5匹の新手がよじ登ってくる。
 衛星都市の状況は刻一刻と悪化していた。
 押し返すだけの火力が不足していた。これまで大怪我を負う前に後ろに下がり、中央で治療と補給を受けて戦線に復帰するというサイクルを行う事で大軍を御していたのだが、一度に大打撃を受けた上に中央の機能が麻痺してしまったため死傷者はうなぎのぼりに増えていった。
 そしてそれを引き起こした元凶は悠々と付近を旋回しては心を砕くような咆哮を時折放ってくる。
 直接攻撃が無いだけマシかもしれないが、この状況で目の前に集中しろだなんて無理な話だ。
 なりふり構う場合でない。複数体のゴーレムが怪物を倒していくが、流れを変えるだけの決定的な力にはなりえない。
 何よりもすでにここは背水の陣である事が悪い方向に作用し始める。逃げる場所などないのだ、せめて一矢報いるとばかりのやけっぱちの行動で命を落とす者が増え、苦悶の声が次第に満ちていく。
「弾はっ!」 
 叫んでも応じる声は無い。すでに少なくない数の小型の怪物が土壁の中に浸透し、思い思いに暴れているのだ。駆除をしようにも手が足らず、また更なる浸透を許す箇所もある。
「っ!?」
 嫌らしい顔で笑うゴブリンが赤く濡れるナイフを手にこちらを見ている。鬱陶しいと思うのが先で、続いて腕に浅くない切り傷が出来ていることに気付く。
 ブチ殺そうにもすでに弾は尽きている。銃底でぶん殴ってやろうと踏み出しかけた瞬間、横合いからクイックローダーが飛んでくる。
「ノエルさん。使ってください!」
 肩で息をしながら声を搾り出す女性には見覚えがあった。確かセリナとか言う……
『ギィィイイ』
「うるさいなっ」
 意識を持っていかれてても手は勝手に動く。再装填した弾をくれてやりながらセリナの近くまで移動。
 負傷した右腕が射撃の衝撃でずきずきと痛んだ。
「治療します」
「ああ」
 応じながら左手で数発を手近な怪物に叩き込む。それから横目で見れば必死の顔つきで治療魔術を使う女性は自分以上に血に汚れていると気付く。自分の血ではないのだろうと直感的に思った。
「助かったけど、回復役がこんなところまで来ていいの?」
「もう一々戻れる状況じゃありませんから」
 確かにそうかもしれないが、かといって安全など消え去った場所である。
「皆さんが動けないなら私が動くだけです」
「勇ましい限りだ」
 ノエルは差し出された弾を即座に銃に詰め込み、射撃を始める。
 だが、と黒い思考が胸を蝕む。
 明らかに探索者側の悲鳴が増えている。聞きたくも無いのに声が耳の奥に響いてくる。衛星都市の各所で煙が立ち上り始めていた。
 無駄な思考だと切り捨てようとしても、刻一刻と迫る終わりの時が大音声で針の触れる音を響かせる。
 せめてあの竜を退かせる事ができれば流れをつかめるかもしれない。
 だが自分の弾丸はあの飛翔する竜には届かない。苛立ちを弾丸に込めて脳天をブチ抜きながら周囲を睨む。
「きゃぁっ!?」
 背後での悲鳴。セリナの前に降り立ったのはジャイアントマンティス。その鎌も牙も人間を砕くのは容易い。
「やらせるかっ!」
 三発立て続けに撃ち、外す。細身の体だからということもあるだろうが、それ以上に疲労から狙いが定まらない。
 チと舌打ちして地面を蹴る。同時に動き始めた蟷螂の鎌を止まれと睨みつけ、銃身を突き出す。

 瞬間────

 ゴッと世界が青白い光に包まれる。

 夜陰を引き裂いた光の帯。それが伸びる先には天を支配する者が居る。
 魔竜の咆哮をかき消す咆哮。
 どれほどの熱を持ったのか。鱗を妙な色で輝かせつつ、それはぐらり傾いだ。

 オ゛オ゛オ゛オ゛

 その搾り出すような声のなんと醜いことか。
 数時間にわたり衛星都市の上空を支配し、探索者の魂を削り続けた巨竜がゆっくりと重力の鎖に捕らわれて、ひしめく怪物の上に落下。勢いは消えぬまま地面に激突し、数百の怪物を磨り潰していく。
「っと」
 凍りついた世界で、ノエルはジャイアントマティスの頭を打ち抜く。
 動揺か、それとも単に音に驚いただけか。
 虫の顔色を判別できない彼女にはさっぱり分からない事だが、止まった敵を撃ち抜けない彼女ではない。
「今だ、押し返すぞ!」
 これがようやく訪れた反撃の時間だとは分かった。
 すぐさま管理組合側からの指示が飛び、生き延びるチャンスを逃すまいと誰もが気力を振り絞り武器を振るう。
 回復を担う者達も、精神を安定させる魔術で連鎖的な建て直しを計り、押し返す後押しを開始する。そんな中で怪物たちの動きは明らかに鈍い。
「北の方からなんか来るぞ!」
 北とは、クロスロードのある方向だ。
 援軍かと暗闇のなかで目を凝らした者は愕然として言葉を失う。
 それはこちらに向かって疾走してくる怪物だった。
「っ! どういうことだよ!」
 まさかの敵の増援に反撃ムードが一瞬で瓦解しかけたとき、更なる声がそれを支えた。
「あ、いや、更に向こうになんか居るぞ!」
 夜陰を引き裂くのは光。まるで怪物を追い立てるようにこちらに近づくのは明らかに人工の光だ。
 それと同時に衛星都市に肉薄した北からの怪物がそのまま素通りし、南へと走り抜けるのを見て誰もが理解した。
 まるでそれにつられるように、衛星都市に襲い掛かっていた怪物達も逃げ始める。
「丁重にお送りしてやれ!」
 誰かが叫んだ。
 数時間の鬱憤を晴らさんばかりに夜の世界が光と轟音に彩られる。

 戦闘開始から19時間経過。
 『再来』の終焉がようやく訪れた瞬間だった。

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主な登場人物
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・ケルドウム・D・アルカ:たまに純白の酒場で料理とかやってる猫娘。
・空帝の先駆け:空飛んでたでかい竜のことらしい。
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