<< BACK
【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
エピローグ
(2010/3/31)
 死者5462名
 この数字を多いと思うべきか。
 先の『大襲撃』では十万に迫る死者を出したとさえ言われるのだからこの数字は驚嘆に値するとすべきなのだろうか。

 『再来』と呼ばれるこの戦いで来訪者達はいくつかの事実を手にする事になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「でけえなぁ」
「でかいねぇ」
 エディとピートリーが見上げているのは全長18mもある巨大な金属の塊だった。
 ずんぐりむっくりのボディにはいたるところに傷があり、しかも傾いでいる。
「これが大襲撃の最後に出てきたっていう『巨人』なんですね」
 ノアノの問いにアルカは「そだよ」と軽く応じる。
 救世主とも称される4つの力。大襲撃の最終局面で現れ、怪物を追い払った存在だ。
「それが何でロックゴーレムなんかに」
「そんなの知らないにゃよ。あちしだって単にお願いされて来ただけだもん」
「お願って誰からです?」
「管理組合から。ほら、あちしのところって乗り物とかも作ってるし」
 パチンと指を鳴らすと空からタイヤの無いスケートボードが振ってきた。どうやらこれに乗ってきたらしい。
「あれ、誰か乗ってるんですか?」
 ノアノの問いにアルカはんーと首を傾げ
「実は脳みそが入ったボールを渡されてね?」
「思いっきり嘘って顔してますよ?」
 しゃべりたくないという事だろうか。確かに救世主は英雄的行為をしたはずなのにその詳細は伝わっていない。
「まぁ、あちしは『開かれた日』くらいからこっちに居るからね。
 いろいろと知ってるし、知ってるからいろいろと厄介な事をやらされることもあるにゃよ」
「そういえば「めんどくさい」とか言いながら酒場でくだ巻いてましたね」
 逃げてきたと言っていたがどうやら管理組合の依頼をすっぽかしたらしいと推測する。
「なぁ、これ動かねえのか?」
 エディの声に猫娘は肩を一つ竦め、「しんなーい。でもすっごい壊れてるっぽいね」と軽く返す。
 確かに外装はいたる所が破損しているし、何よりこの巨人────巨大ロボが傾いている理由は片足を地面にめり込ませているからだ。
 ついでに肩についた砲塔からは真っ黒な煙が絶賛噴出中。
 遥か彼方に盛大な一撃を放った後、これまた盛大に爆炎を吹いたきりあの有様である。
「まぁ、管理組合が接収して修理すんじゃないのかなぁ」
「壊れたままでまた怪物になっても困りますしね」
 よっこらしょと車両に戻ってきたピートリーが水筒を探し当てつつ視線を戻す。
「まぁ、それよりもあの地下の方が気になりますが」
 彼の視線の先、ロボの股下にはぽっかりと一つの穴が開いている。
「まさかフィールドの怪物が2匹居たとはねぇ。
 それの元もとの姿があの地下迷宮だったと言う訳ですか。いやぁ興味深い。超考古学者の魂に火がつきますよぉ!」
 2匹────その1つはもちろんロックゴーレムとなっていたロボだ。
 それを討伐してもマッドゴーレムが止まらなかった理由。それこそがもう一つの怪物の存在である。
 急に傾ぎ始めたロボの下、一気に周囲を巻き込んですり鉢上に沈み始めたのである。
 その中央からにゅっと飛び出したの巨大な鋏。
「ロックゴーレムが巨大ロボで、巨大蟻地獄が地下迷宮なぁ。
 めちゃくちゃな世界なもんだ」
 エディがしみじみと呟いた言葉が全てだ。ロボは不意に機動し、片足であり地獄を踏み抜いて粉砕。そのまま迷宮に戻った地面に片足が埋まって停止という流れだ。
 それでマッドゴーレムは地面に溶けるように全滅。
 状況を理解できないで居ると、今度は砲塔がぎゅんぎゅんと動き始めバカみたいな音と光を遥か彼方へと放ったのであった。
 その後、怪物の撤退を感知した管理組合からの依頼でまだ戦える探索者達が衛星都市へと走ったというのが流れだ。ユエリアもそちらに向かっている。
「ともあれ今回も無事大災害を乗り切りましたとさ。めでたしめでたし」
 気楽な調子で嘯き、スケボーに似たフライングユニットに腰掛ける。
「んじゃあちしは戻るにゃよ。お仕事溜まってそうだし」
「あ、はい」
 あの巨大ロボの方は良いのだろうかと思っているうちにアルカはさっさと飛び去ってしまう。
 ノアノはそれを見送り、そして衛星都市のほうへ視線を転じる。
 無事、大災害を乗り越えた。
 本当にそうなのかなと思いながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はい、どうですか?」
「ああ、痛みが無くなった。ありがとな、姉ちゃん」
 傷がふさがった男はにぃと良い笑顔を浮かべて去っていく。それを見送りながらセリナはふぅと息をついた。
 戦闘終了で万事解決。お疲れさまでした……とは行かない。山ほどの負傷者を抱えた衛星都市はその対応に追われていた。
 一刻を争う重傷者に治癒術をかけ、なんとかなりそうな連中はとりあえず包帯をぐるぐる巻きにして応急処置。
 魔法の使いすぎや精神が擦り切れて気絶している探索者を運び出し、遺体を安置する。
 気力のある者は土壁から落ちた者を探しに行き、それ以上に精力的な者は怪物の死体を漁りに出かけて行った。
 空が白みかけている。
 セリナは次の負傷者に治癒魔法を掛けながら差し込んできた光に少しだけ目を細める。
「よぅ、生き残ったみたいだな」
 横合いからの声。視線を転じると眼帯をつけた女性────ノエルが居た。
「そちらもご無事で何よりです」
 セリナの言葉に「まぁな」と応じ、横合いに置かれている椅子に腰掛ける。
「周りはどうですか?」
「かなり酷いな。怪我してないヤツのほうが少ない」
 特に終盤。浸透を許してしまい流れ込んだ小型の怪物が巻き起こした被害が大きい。
 内側に入り込まれてしまったために同士討ちを避けて射撃系、範囲系の攻撃が使えなくなった。それまで主力にしていた攻撃が使えないとあって戦術の切替に手間取ったのだ。酷いところでは味方を巻き込んでしまったケースもあった。
 あと一時間、怪物の撤退が遅ければ死者の数は絶望的なほどに増えていただろう。
「クロスロードから物資が届いたぞ。手の空いてるやつは手伝ってくれ」
「けが人もこっちで受けられるぞ」
 北門の方向でそんな声が上がり、人が流れていく。
「それにしても、これはどういう扱いなんだろうな」
「え?」
 不意の呟きにセリナは小首を傾げる。
「衛星都市防衛については管理組合の依頼って事なのかね。
 趣からすれば大地震に近いようなものだから、国でもない管理組合が報酬を支払う謂れは無いとも言えると思うし」
 確かにと声に出さず呟く。
 この『再来』はこの世界における自然災害に近い物だ。同時に管理組合は衛星都市建設の呼びかけをしたものの、管理組合はいわば慈善事業に近い。
「ですが、殆どの世界で王の無い、国の無い事はまずありません。
 大多数の方が管理組合をそういった物に当てはめて考え、認識しているのは間違いありませんね」
「だろうな。ボクもそう思う」
 管理すれど君臨せずの謎の組織。
 その成立は大襲撃を乗り切った有志がまさにこの『再来』に備えて作った組織のはずだ。
 来訪者を定着させるためにクロスロードのインフラを整備し、利益を生むためのシステムも作った。
 『再来』に対する備えという点に措いては賞賛されるだけの成果を挙げた。
 だが────
「今回、衛星都市を作ろうと言い始めたのは事実上管理組合だ。
 その事実に対し、みんながどう思うか」
 誰も彼も物分りの良いはずもない。また死別という取り戻せない経験をした者も確かに居る。
「ずいぶんと難しい問題ですよね」
「全くだな。だからってボクたちが今どうこう言える話でもないけど」
 肩を竦めて立ち上がったノエルはひらひらと手を振って去っていく。
「あ、えっと、次の方どうぞ」
 ともあれ、自分は自分が為せる事をするしかない。
 セリナは怪我を負った人の治療に改めて集中するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「で、どう思う?」
 イルフィナの問いかけにアースは手にした紅茶を置いてしばし黙考。
「個人的には衛星都市は放棄したいですね」
「だがクロスロードの防衛ラインという点ではかなり有効だったじゃないか。
 あれのおかげでクロスロードでの損害はほぼゼロだ」
 涼やかな声に黒髪の女性は冷ややかな視線を向ける。
「『空帝の先駆け』と言うそうですね。あの竜は」
 批難が滲む声音に「らしいね」と青年は応じる。
「副組合長はあれを知っていたのですか?」
「そのようだ。恐らく空帝そのものも知って居るんだろう」
「防壁は空からの攻撃には無力です。それにあの咆哮……恐らくフィールドですね?」
 一連の事件で集められたデータから、フィールドについては1つの説が有力視されている。
「まさに"自分の土俵"ってやつだね。ミラージュドラゴンは幻影空間。ロックゴーレムは攻撃の遮断。巨大蟻地獄はマッドゴーレムの無限練成。そして空帝の先駆けは畏怖の咆哮。
 フィールドに挑む者は必ず不利な舞台で戦わされる事になるというわけだ」
「私が言いたいのはその事実を何故公表していないかと言う事です」
 彼女にしては珍しく語気を荒げた口調だが、青年は動じる様子も無い。
「それに……そもそもあのような存在は先の『大襲撃』にも以後の探索者の発見報告にもありません。
 街から出ることのないあの人達がどうしてそれを知っているかと言う事です」
「私に聞かれても答えようがないよ。憤りは分かるけどね」
 困ったような顔も宥めるための演技だろう。それを理解してアースは拗ねたように紅茶を手に取る。
「空帝の先駆けに対しては早急に『ユグドシラル』の修理をして、迎撃してもらうしかないね」
「あの巨大兵器……の名前ですか?」
「ああ、そうだよ。ちなみにあのエネルギー砲は『フェンリルハウル』と言うそうだ」
 事も無げに語る青年にアースはじっとりと睨みつける。
「まさかとは思いますが。
 貴方も知っていた、と言う事はありませんよね?」
 刃の涼やかさをまとった視線を向けられた青年は、「怖いなぁ」と嘯きながら
「もちろんだとも。知ってて黙ってたなんて事になるとセイに殺されてしまうからね」
 やや茶化すように応じる。その笑みの奥まで見透かせずアースはむぅと黙りこくる。
「言っておくならば四人の救世主については独自に調べていたがね。
 というか、君も予想を付けていただろうし今回の『ユグドシラル』で確信を得たんじゃないのかい?」
「それは……まぁ」
「その上で言えば、副管理組合長達は『再来』を予想できていなかったし、水源だって発見したパーティの功労だよ。
 特定の援助や示唆は見受けられない」
「……どちらかと言うと、貴方が独自にどこまで調べていると言う事の方が気になりはじめましたね」
 そこは見逃してくれと微笑み、カップを手に取る。
「管理組合の要職に就いているとはいえ、私だって探索者の端くれだ。
 机に縛られて有り余った探究心がそういう方向に向いただけだよ」
「相変わらず胡散臭いですね」
 本人の目の前で堂々と言い放つ。が「そりゃぁセイに比べればね」と軽くいなされた。そういう男だ。
「この話はここまでにしておきましょう。
 それで、探索者への報酬はどうするつもりですか?」
「普通通りだよ」
 明らかな異常事態である『再来』に対し、普通とはどういうことかと眉根を寄せるアースにイルフィナはコツンとテーブルを叩き、薄幕のようなディスプレイをポップアップさせる。
「怪物討伐の報酬は管理組合から正式に通達されている依頼だ。
 また、治療行為や支援行為に対しては同じく防衛任務や砦での補助任務に対する功労と同じとする」
 ディスプレイにはざっと数字が並ぶ。
「納得しますか?」
「『再来』は管理組合の責任ではない。
 これ以上の報酬を出してしまえば今後起こりうる『大襲撃』に対し管理組合は特別な責任を負ってしまう。
 我々は国、彼らは国民という関係じゃない。企業に似たビジネスライクであるべきだ」
「ですが……」
 冷静な者はその対応を理解するだろう。だがそれを素直に受け入れるかは別の話だ。
 大襲撃の時とは違い、今は不満を叩きつけるに最適な組織がある。
「その発表の後に今回討伐した怪物から得られる利益の分配を通知すれば大半は納得するさ」
「……貴方が発表するのだけは止めてくださいね。喧嘩を売るような物です」
「心得ているさ」
 皮肉をさも当然のように受け流す。
 人心すらもまるでパラメータのように語る同僚にため息一つ。
「スーはどうして貴方とやっていけるんでしょうね」
「私としては君がセイの相手を出来てる方が不思議だよ」
 十年以上の付き合いだ。皮肉の応酬など先が見えている。
「……私は砦に戻ります」
「休暇が出てるんじゃないのかい?」
「顔くらい出さないといけませんから。
 それに皆さんが残務処理をしているのに一番目立ってしまった私が遊び惚けるわけにはいかないじゃないですか」
「『守護神』様は大変だね」
 衛星都市陥落を防ぐために死力を尽くし、終盤戦に措いては常軌を逸した数のゴーレムを操って奮戦していた彼女の名声が上がらないはずもない。
 メディアには女神だの守護神だのと祭り上げられる始末だ。
「本来ならば、広範囲殲滅戦は貴方の領分なのですよ?」
「だから私はここに残った。それに防衛戦なら君が明らかに上だ」
 一番あってはならない事。それはクロスロードが陥落することだ。逆に言えばそのためには衛星都市は見捨てても構わない。
 その意図を隠そうとしない男をアースは睨みつけ、すぐにため息と共に背を向けた。
 そして、静かになった部屋でイルフィナは苦笑を一つ浮かべる。
「誇れよ。この世界じゃ神様だって十全の力を揮えない。
 多少優れただけの能力だけでお前は戦い抜いたんだから」
 本人を目の前にして言わないのは照れ屋……ならば可愛げがあるのだが。
 青年は表示したままのデータに視線を送り、今後の動きについて検討を始めるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 管理組合からのお知らせ。

 @今回の大襲撃を『再来』と称する声が多いため、これを固有名詞とします。
 A『再来』に措いて討伐した怪物に対する賞金は規定額お支払いします。
 B『再来』に措いて残された怪物の死骸、それの価値については管理組合で一括管理し、後日分配いたします。
   これについては商人組合、エンジェルウィングスとの協同実施となります。
 C衛星都市に措いて治療行為、補給行為を担当した者については医療報酬をお支払いします。
  これについては施術院組合の規定に基づく額とします。
 D各経費については一切の支払いはできません。上記の報酬内に含まれるとします。
  また各戦地に配給された物資については費用の請求はありません。
 E衛星都市への行き来は自由ですが、Bの処理や復旧作業を行いますので定住はご遠慮ください。
 Fクロスロードと衛星都市の中間地点に大迷宮が発生しました。
  調査は自由ですが、機械兵器による崩落が起きている箇所がありますのでご注意ください。
  また、機械兵器の修理を行っております。関係者以外は近づかないようにお願いします。
 Gクロスロード、大迷宮、衛星都市を繋ぐ街道は新暦2年4月頃開通予定です。
  エンジェルウィングス協賛の元、定期便も予定しておりますのでご利用ください。

            以上、管理組合からでした。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

●主な登場人物
・ケルドウム・D・アルカ:お気楽極楽猫娘。自称マジックカーペンター
・イルフィナ・クオンクース:南砦管理官。腹黒いらしい。
・メルキド・ラ・アース:東砦管理官。人気急上昇中のお嬢様系美少女(笑
・ユグドシラル:大迷宮に片足突っ込んで故障中の巨大ロボ。必殺技は『フェンリルハウル』
niconico.php
ADMIN