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【inv02】『世界(あした)へのアプローチ』
南進
(2009/12/4)
 それは新暦1年11の月に入った最初の日の出来事だった。
 管理組合からの通達。管理すれど君臨せずの謎の組織からの通達は実に2年ぶりとなるものであった。

『クロスロードの全来訪者へ。
 管理組合は先日発見されたクロスロード南方120km地点にある水源に衛星都市を設立する事を決定しました。
 これに伴い、衛星都市設立のための協力を要請いたします。』

 クロスロード成立から実に2年。
 様々な技術を内包しながらも彼らはこの塔の元にしか生存圏を築けずに居た。
 もちろん『怪物』の脅威は1つの理由だ。だがそれ以上にクロスロード周辺百キロ四方に渡り水源がサンロードリバー以外に無かった事が来訪者をクロスロードに縛り付けていた。
 ではサンロードリバーの沿岸に町を築けばいい。そんな単純な事に誰一人気付かないわけはない。つまりは出来ない理由があった。
 サンロードリバーの『水魔』。川幅3Kmの大運河に隠れ潜む『怪物』は神出鬼没にして凶悪。そして実に狡猾だ。奪われた命は数知れず、幸運にも生き残った者達は怯え震えながら『川の傍で野営をしてはならない』と伝えた。
 未探索地域を行こうとする探索者なら誰でも知っている事だ。
 水が無ければ大半の来訪者は生きていけない。
 そして一定数の住民が生活できる環境を整えなければ町は成立しない。
 いずこから現れるかも知れぬ『怪物』と渡り合いながらクロスロードは版図を広げるための足がかりをずっと探していたのである。
 それが見つかったという情報はすでに町でも充分に広がっていた。

 管理組合からの告知。
 これを見聞きしたものは様々な思いを胸にこの世界と、そして自分の行く末を見るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「以上が管理組合からの要請内容だ」
 背に翼を持つ偉丈夫が威厳ある声で説明を締めくくる。
「質問はあるかね?」
 鋭い眼光が周囲をゆっくり見渡す。その視線を受けた者達は手元の資料を見つめながら話の内容を吟味していた。
「宜しいでしょうか?」
 一人の竜人族が手を挙げる。偉丈夫の頷きに立ち上がった彼はグランドゥーク────エンジェルウィングスの支店を任される男だ。
 対する偉丈夫の名前はマルグスロス。永遠信教という世界においてかつて天使長であり、今はエンジェルウィングスの社長を務める者だ。
 周囲に席を埋める者もエンジェルウィングスでそれなりの地位を担う者達であった。
「原案では二千人規模の行軍を予定しているようですが……
 あくまで『軍』としては動かないのですよね?」
「無論だ。クロスロードに軍は無いからな。あくまで参加を希望する探索者がある程度の集団となり、進むことになる」
「その場合補給線は直線距離でも120kmという長大な物になります。
 そこを行き来する物量もハンパではない。その補給線の防衛をするだけの戦力は確保できるのでしょうか?」
「結論は容易い。せざるを得ない」
 迷いの無い、しかし無謀にも思える回答に僅かなざわめきが起こる。
「諸君らが察している通り、この計画はあまりにも杜撰だ。経営企画部での試算では成功率43%と回答が来ている」
 その数字は彼らの予想をさらに下回っていたのだろう。ざわめきがどっと膨らむ。
「社長……! そんな数字で社員を行かせるのですか!?」
 マルグスロスと同じ天使族の女性が立ち上がり声を放つ。周囲の空気は彼女の疑問を後押ししているのが目に見えるようだ。
 だが、彼は全く表情を歪める事無く、ただ静かに言い放つ。
「では、何時なら行けるのかね?」
「何時……」
「二年だ。いや、この多重交錯世界が開かれてから三年……
 我々はこのクロスロードに押し込められている。今動けないならば何時なら動けるのかね?」
「……そ、それでも万全の準備を整えるべきです! 半分にも満たない成功率でだなんて……!」
「殻を破れぬ雛はその中で腐り死ぬのみだ」
 腹に響く声が彼女の、そして周囲の言葉を飲み込ませる。
「一年後に成功率が跳ね上がるならば喜んで待とう。
 だが、私の予想は逆だ。ここで動かねばおそらくクロスロードは割れる」
「割れる……?」
「つまり……無理だと諦めここに固執する者と、外へと行こうとする者に、ですか?」
 グランドゥークの問いに偉丈夫はゆっくりと首肯する。
「今のクロスロードはただ未知を畏れて縮こまっているに過ぎん。その全ての原因は『大襲来』という恐怖による物だと皆知っていながら目をそむけてな」
 二年前。ここがクロスロードという名を持たぬ頃の大災厄。地平線を埋め尽くす『怪物』の群れの襲来。
「我が神は「見ぬ敵に打ち勝つ道理無し」と説く。
 見もせぬ敵はどこまでも大きく強大になっていくばかりだ。恐怖という妄想の中でな」
 マルグスロスは言い聞かせるように言葉を続ける。
「これはこの場の貴君達のみに伝える。心して聞け。
 この作戦は失敗する事を前提にエンジェルウィングスは協力を行う。過剰でも構わない。最悪を回避する行動を貴君らに求める」
 余りにも常識外れな要請に呆然と会社のトップの顔を見る。
 その言葉に一切の迷いも躊躇いも無い。
 それをゆっくりと飲み込んで彼らは改めてこの世界の転換期を迎えるのだと悟った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おやっさん! M12のネジがねーっす!」
「バカもんが! 自分で探さんか!」
「こら、俺のレンチ使うんじゃねえ!」
 ここドゥゲストモーターズは戦場と化していた。
 運転教練所を店の裏に有するここは管理組合の要請で臨時の車両点検場となっているのである。
 町の技術者が集まり、右へ左への大騒ぎだ。
「ったく、これだけの車が並んで悦に入る暇もねえ」
 ドワーフの機械工、ドゥゲストは流れる汗を腕で拭ってぼやきを零す。
 エンジェルウィングスのものだけでなく、普段は未探索地域を行く探索者達もこれからを見据えて車両点検に持ち込んでいるのだ。すでに教練場は車両の見本市となっており、機械工や魔術技官やらが怒鳴りあっていた。
「おやっさん! ヒトガタどうしますか?!」
「いい加減覚えろ! そいつは外だ!」
 外とは店の外ではない。ヘブンズゲートの外に設えられた臨時スペースの事である。
 そこもまた凄まじい光景となっている。
 普段は町中に散らばるセンタ君達が大集合し、えっちらほっちら物を運んだり、ヒトガタ───二足歩行機械などのメンテナンスを行っているのである。
 周囲を見れば商魂たくましい住民達が屋台を開いたり、部品を売ったりしている。暇を見つけた探索者や技術者が掻き込むように飯にありついていた。
「いやはや、すっごいねー」
 仮設テントの下でネコミミ娘がのんびりした声を漏らす。
 これが何かといえば戦争の前の準備というのが一番近いだろう。しかしその熱気、雰囲気は祭りに近い。
「っていうか、貴方も技術者なのに、ここに居ていいわけ?」
 呆れたように問いかけるのはフィル。純白の酒場も食料提供をするために外までやってきているのである。
 視線の向こうではヴィナがてってこと客の間を歩き回っている。
「もー、かーいいヴィナちゃんを眺められるのに他所に行くなんて無い無い」
「……あんたホントに既婚者?」
「にふ、別腹にゃよ」
 したり顔でそんな事を言い放つアルカに溜息1つ。
「それに今の需要は機械工学系にゃからね。ゆいちゃんの領分にゃよ」
「嘘言いなさい。魔道駆動機はあんたの領分でしょうに」
「あーあーキコエナイ〜」
 人間の方の耳を押さえてもしっかりネコミミからは聞こえているのに突っ込むべきか。
 もうどうでもいいやと出来上がった料理を皿に盛り付ける。
「にしても……実際どう?」
「にふ? どーって?」
 無言での圧力にあるかはひょいと肩を竦める。
「挑戦する事に意義がある。ってところにゃね。
 だいたいあちしらは何も知らないんにゃよ? 実は百年周期で大地震が起きます、なんてことは百年経たないと分らないことにゃ」
 天気予報とは言ってしまえばデータの積み重ねに過ぎない。
 こういう形に雲が動けばどう天気が動く。それが科学技術の発展で衛星からの映像やデータの精査、集計が的確になっただけに過ぎない。
 入道雲が出たら夕立が起こるという昔からの経験則と本質は何一つ変わらないのだ。
「何も知らなかったから、数十万の『怪物』にこの土地は滅びかけたにゃ。
 あちしたちは開拓者。やってみるしかないにゃよ」
「でも、やけどをした子は火を恐れるわ」
「それでも火のない生活はできない。おいしいご飯が食べられないもん」
 火傷をしても、それを畏れるばかりでは居られない。そこに克服というプロセスを経て一歩進むのだと猫娘は笑う。
「ビギナーズラックなら上等。負けてもそれは授業料。
 気にするべきはそれをなるべく安く済ませることだけにゃ」
「……その授業料がお金で済むなら、あたしだってそんな事言わないわよ」
「んー、こういうときは王国とか独裁国のほうがはっきりして良いんだけどね」
 人命よりも金貨一枚の方が価値が高い。これに異を唱えるのはある程度生活が安定した社会だけだ。
「何が心配か……
 あちしとしては「死ねという人」も「死ねと言われて死ぬ理由」も持たない集団であること。それだけにゃよ」
 後が無くなれば必然的に必死にもなる。それは己の命だけに留まらず故郷やそこに住まう家族もまた背水となる。
 だがクロスロードに集う探索者達は見方によっては傭兵団である。不利と悟れば何時逃げ出すかも知れない。
 もちろん責任感、義務感、使命感と足を留め戦う理由を持つ者だって少なくない。
 だが多いかと問われれば確固たる回答は誰にも求められない。
「これはクロスロード2年間の試験みたいなものにゃよ」
 次々と料理を仕上げながらアルカは周囲を見渡す。
「まー、こんな異世界に来るよーな人達は、勝率1%の戦いとか経験してんじゃない?」
「……」
 心当たりがありすぎて反論し辛い言葉にフィルは閉口するしかなかった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 というわけで、新シナリオの開幕です。
 本編は4話構成を予定しています。これは第0話なので+4話とエンディングってところかな。
 参加者の皆さんにはこの南の開拓計画にいろんな形で携わってもらう事になります。
 詳細につきましては探索者掲示板の方に公開しますのでよろしくお願いします。

 問題は終わる前に新年を迎えるからβ版への移行をどーしよっかなぁってところだけか……
明暗
(2010/1/7)
「どういう事だ……!」
 男は戦慄に身も声も震わせて、目前に立ちはだかる『怪物』を睨む。
 彼は重厚にして堅牢な金属鎧を纏っていた。だがそれは泥に汚れ、内外から浴びた血を黒くこびりつかしている。
 すでに両の足で立つこともできず、膝を突き、愛用の武器ポールハンマーを杖代わりに身を起こすのが精一杯という有様だ。
「イアーサ! ヨーレィン! 返事をしろっ!」
 ゼェゼェと鈍い音の混じる呼吸をしつつ声を張り上げるが、応じる仲間の声は無い。
 未だに戦いの音は響いて居るが最初の幾分の一にまで減ったか。
「バケモノ……化け物めがっ!」
 何一つ無い荒野。それがこの多重交錯世界の光景だ。だが今、彼の前には見上げるほどにそびえたそれがある。
 呆れるほどにゆっくりとした動き。だがその所以たる超質量が巻き起こす惨劇は身に心に絶望的な結果を刻み付けている。
「リーダーっ!」
 転がるように駆けてくる若い声。手にロングボウを握り締めた少女がパーティの核たる男の視界に入る。
「ヤーツェ、無事だったか……」
「みんながっ!」
「分かっている……。聞け」
 恐怖と痛みに見慣れた笑顔をぐしゃぐしゃにした少女に胸を痛めながら、彼はリーダーとしての決断を告げる。
「ヤーツェ。お前はすぐにクロスロードに戻り、管理組合にありのままを伝えろ」
「っ! でも、みんなが!」
「皆死んだ。生きていてもお前ほどに動けない」
 彼女は見てのとおりアーチャーだ。ひ弱な弓矢ではあの化け物に傷も付けられないと早々に悟ったためか、比較的傷は浅い。
「リーダーは!?」
「俺も無理だ。もう体がろくに動かん。だがお前はまだ動ける。走れる……」
「できないよっ! 私がリーダーを連れて行くから!」
「ぐずぐずするな! 行けっ!」
 立てないと言った足を腕の力だけで立たせ、脳髄を焼くような痛みを無視して仲間の少女に背を向ける。
「死ぬ事は探索者───冒険者としては最低の愚行だ。
 だが、その中でも最低最悪の「犬死」にしてくれるな」
 重鎧を貫通した衝撃は肋骨を砕いて内臓を破壊している。こみ上げてきた血をぐっと飲み込み、声を揺るがせない。
「行け。……行けぇえええええ!」

 大地が震撼した。

 一瞬の静寂。直後に巻き起こるのは石と砂の暴風。ビスビスと不快な音が恐怖と言う槍で心臓を射抜く。
 まるでミサイルでも着弾したかのような凄まじい爆風に小柄な少女の体が持つはずも無い。
 あっさりと地面を離れて木の葉のように転がる。その最中に己の体を最大に広げ、自分への飛礫を、暴風を壁の如く防ぐ姿が垣間見えた。
 とっさに身を丸めても軽く数十メートルは転がっただろうか。余すことなく痛む体で起き上がり見上げた光景。そこにはすでに信頼すべきリーダーの姿は無かった。
「う……あ……」
 膝が震えた。
 少しでも気を抜けばそのままそこで倒れてしまいそうで。そうした方が楽になるとすら思いながらも彼女はよろけるようにして一歩を踏み出す。
 彼の─────最後の願いを果たすために。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ええと……」
 愛用の魔道書を胸に抱きつつ、足元の装置を見る。
 唐草模様の風呂敷に包まれたそれはひょこひょこと左右に揺れ動いているが、駆動機がついているわけではない。
「どうした?」
 装置の下からの声。
 しゃがんで覗き込めばそこに子豚が居る事はすでに彼女の知るところである。一回覗き込んだし。
「余ってる所に同行させてもらうつもりだったんだけど……ね?」
 一人ごちて女性───セリナは苦笑いを浮かべる。
 彼女が選らんだ仕事は斥候。その主な仕事は子豚ことイベリが担いでいる観測装置を所定の場所に埋めてくる事である。
 1つ1つの大きさは野球ボール程度。これを80m間隔で埋めていく。多重交錯世界では100m以上の通信は不可能のため、こうしたリレー方式以外の方法が無いのだ。電線でも100mを超えるとダメになるのだから他に手はない。
「まさかこの子と二人と言う事はないですよねぇ?」
 自分が非力だと言う事は重々理解している。
 でもそれを補って有り余るとはどう考えても納得の仕様が無い。巨大化とか変身とかするのだろうか?
「いやお待たせして済まない」
 少しばかり不安になりつつあった頃、一台の軍用トラックが近くに停車し、運転手が声をかけてくる。
 トラックには天使の羽のマークが刻まれている。エンジェルウィングスの所有物なのだろう。
「予定が変わって少々到着が遅れた」
「予定、ですか?」
 出発時間が遅れるほどではないので気にする事でもないとは思いつつ、トラックの後ろから飛び降りたり荷物を受け渡す探索者を見る。
 自分達を入れて10名。これが自分が属するパーティとなるらしい。
「ちょっと遠回りをすることになったんだ。本当はもう3時間は早く着くはずだったんだが」
 僅かに渋面を見せる運転手を見上げていると「お嬢さんは17隊の人?」と彼女のおなかくらいの背丈しかない少年が声をかけてくる。どうやらホビット種のようだ。
「ええ、そうです。よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
 追従してきた声に少年に見える彼はきょろきょろと周囲を見渡す。
「この機械しゃべるのか? 面白いなぁ〜」
「あ、いえ……」
「喋るぞ」
「おお。よろしくな、機械」
「違う。俺はイベリだ。イベリ=ヤポンスキー三世」
「イベリーか。どれがイベリーだ?」
 担いだ籠の中に転がる観測機の1つ1つを手に取りながらこつこつと叩いて確かめるホビットと「俺はここだ」とやたらキリッとした声で主張する子豚。
「大丈夫ですよね?」
 まぁ、そんな珍妙なやり取りをする二人の向こうに居る面子はそこそこ真っ当な探索者に見えますしと一人ごちて彼女は雲ひとつない晴天の空を見上げた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「平和だなぁ」
 メイスを肩に担いだ男がのんびりと空を見上げる。
 トラックの荷台。その左右には地平線が壮大に広がっている。彼のふるさとである日本では北海道辺りにでも行かなければ到底拝めない景観だろう。
「何事も無い方が楽でいいさ」
 大振りのバトルアクスを磨いていたドワーフの男がカッカと笑う。
「まぁ1度も『怪物』に遭遇しないこともないだろうが、俺達は隊の中央辺りに居るからな。気をつけなきゃいけないのは先鋒が何かと遭遇して停止した時くらいだ」
「そんなものですか」
 環はまるで世間話をするようだなぁと思いつつ自分の置かれた状況の異常さに苦笑する。
 朝会社に行こうとして玄関を開けたら異世界に着いてしまった彼にとって、このファンタジーの世界はどうも現実味が薄い。妙なアクティブさでメイスなんかを担いで今はドワーフのおっさんと壮大な広さの荒野で雑談をしているし。
「前発の隊はゴブリンのでっけーMOBとぶち当たっておおわらわだったらしいしなぁ」
「でっかいMOB?」
「ああ。千匹は居たって話だぜ」
 それほど脅威でない怪物の群れを《MOB》と称する事はもちろん知っているが千とは想像も付かない。
「まぁ、ゴブリンなら時間が掛かるだけで大した事はないけどな」
 がっはっはと豪快に笑うドワーフに環はとりあえず追従しておく。
「それにしても、この世界でもお日様は東から昇るんですよね?」
「んん? 確か地球世界基準で四方の方角を決めたとか聞いたな」
 とすると、彼がうすうす感じていた違和感は誤りではないようだ。
「じゃあなんでまっすぐ南下しないんですか? どうもグネグネ曲がってるように思えるんですけど」
「ああ、知らないのか?」
 ドワーフのおっさんは少しだけ声のトーンを落とし神妙な顔をする。
「おめえ、『フィールド』とか『巣』って言葉知ってるか?」
「……特殊な意味があるのならたぶん知りません」
 彼はうんうんとうなずき
「最近分かった事らしいんだがな。すげえ『怪物』の中に周囲に特殊な空間を発生させるヤツが居るらしいんだな」
「特殊な?」
「ああ。噂だとそこじゃ全力で戦えないんだと」
 ますますゲーム設定だなぁと思いつつ黙って続きを待つ。
「んでな、どうもその開拓地とクロスロードをまっすぐ結ぶ道の間に、その『フィールド』を発生させる『怪物』がいるらしいんだよ」
「……そいつを回避して進んでるって事ですか?」
「ああ。そういうこった。だが元々はまっすぐ進む予定だったらしいんだわな」
 秘密を話す人間特有の声音にどこかうそ臭さを感じつつも、あまり無下に聞き流す話題でない事を薄々感じる。
「有力な探索者を集めてどうやらその『怪物』の討伐部隊を作ったらしいんだよ」
「結果は?」
「俺達が迂回しているってのが結果さ」
 彼の話の全てが正しければつまり失敗したと言う事だろう。
「幸いな事にそういう怪物は自分のテリトリーから出ないらしくてな。そんなバケモンにいきなり襲われる事はないってこった」
「それも噂ですか?」
「まぁ、な。いきなりどーんとかこられた日には俺達オダブツだ」
 がははと笑うドワーフに笑みを合わせつつ、実はあまり笑い事ではないのではないかと内心一人ごちる。
 そんな事をまったくに気にする風もなく、ドワーフはごんと自分の斧をひと叩き、
「ま、俺たちゃ自分達の仕事をやればいいんだ」
 と口の端を吊り上げた。
「それもそうっすね」
 今の話をとりあえず胸中に仕舞い、何事も無い事をとりあえずお天道様にでも祈っておく事にしたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おや?」
 背後からの声に小さな魔女ノアノが振り返るとそこにはアフロがあった。
「……、えーあー」
 ちょっとした衝撃にしばらく停止しつつ「酒場でお会いしましたね」とフレンドリーに話しかけられて思考をリスタートさせる。
「アフロさん」
「いやだなぁ、私の名前はピートリーですよ」
 超考古学者を名乗る「増えるアフロ」に圧巻されつつ、ノアノは自分がここに居る理由を思い直す。
「ノアノさんも『彼女』に会いに来たのですか?」
「ええ。そのとおりです」
 どうやら目的は同じらしい。
 二人が居るのはロウタウンの一角にある家だ。それぞれ今回の衛星都市建設計画に対し水源発見の経緯が気になって調査したところ、最終的にここに辿り着いた。
 情報通りならばここには水源を発見したパーティの生き残りが居るはずである。

 二人がそれぞれ得た情報は単純にして興味深い物だった。
 女性が属するパーティは未探索地域へのアプローチにおいては一、二を争う実力を持って居た。次の一歩を刻む水源の発見という大ニュースについても、「彼らなら」と人々の口に言わせるほどである。
 しかしその評価は詳細が判明するにつれ人々の眉に困惑のしわを刻む事になる。
 たった一人クロスロードに帰還した彼女は管理組合にただ水源の場所のみを伝えた。
 他の仲間については一切語らず、そのまま閉じこもるようにして家に閉じこもっていると言う。
 心配した知り合いが何度か尋ねたものの、まるで話にならなかったらしい。ただ壮絶な戦いと仲間の死を伺わせるうわごとだけが彼女の経験を髣髴とさせた。
 「彼ら」とは言えそれを脅かす『怪物』の存在は疑うべくも無い。サンロードリバーに巣食う水魔にしても『七日間』で姿を見せたという神話級の『怪物』にしてもたかだか数人で対処できるとは思えない。
 探索の第一線に立つ彼らもついには不運を引き当ててしまった。それが大勢を占める見方だった。

「ユエリア・エステロンドさんか」
 唯一の生き残りは魔術師だと聞く。その力たるや分厚いゴーレムの胸板を一撃で砕く程だそうだ。
 ノアノは多少隣に立つアフロの異常性を気にしつつも呼び出しのボタンを背伸びして押す。
 一分経過。
 待っているとなぜかアフロがもぞもぞと動く。
 二分経過。
 もしかして「これ」がやばそうだから出てきてくれないのだろうかと疑う。
 三分経過。
「むうぅ。遅いな」
 不意にアフロが、じゃない、ピートリーがうめきのような呟きを漏らす。
「ちょっと見てくるんだカーター」
 もぞり一際大きくアフロが揺れてノアノは思わず「ひぃ」と後ずさる。それに関してはまったく気にせずアフロの中から飛び出してきたのは球形の何かだ。
 ひゅんと飛んだそれは窓から伺い見るようにフワフワと暫く浮遊。
「……これって覗きじゃないですか?」
 機械のようだが使い魔の一種だろうか?と、我に返ったノアノの少し温度の低い言葉にびくりとゆれるアフロ。そのまま右にゆらり左にゆらり揺れて、またびくり。
「ひぃっ!?」
 びっくりしているノアノを他所に、ピートリーはいきなり不法侵入を開始する。
「ちょ、アフロさん!?」
「緊急事態だ。そして私はピートリーだ」
 きょとんとしている間に玄関前に辿り着いたピートリーがどんどんと玄関を叩くが反応は無い。窓に回って同じくどんどんとやるがやはりムダだ。するといきなり石を拾い上げてがんがんと窓を叩き始める。
「ちょ!?」
 かなり激しく叩いているが割れない。窓ガラスのように見えるが耐衝撃性能はずいぶんと高いのである。でなければこの無法都市で安寧に暮らす事なんでできやしない。
「アフロさん! 賞金かけられちゃいますよ!?」
「そうか、管理組合か!」
 不意に腕輪をガン見してどうやらPBとやりとりをする。やおら玄関に戻るとなぜか鍵の開い扉からずんずんと中に入ってしまった。
「え? えええ?」
 PBに依頼したからとおいそれ他人の家に入れるわけがない。小さな魔女は頭に大量のクエッションマークを量産しつつ、ままよと玄関に向かう。
「おい、しっかりしろ!」
 入った瞬間聞こえてきたのはそんな声。慌ててそちらに向かうとぐったりとした女性を抱きかかえているビートリーの姿があった。
「アフロさん! まさか……!」
「恐らく脱水症状か何かだな。医者を呼んできてくれないかな」
 案外まともに応じられて少しだけノアノは赤面する。それから実はそれ所ではないと思い直し、慌ててPBに問い合わせて近くの医者まで疾走を開始する。
 ピートリーはそれを横目に見送り、周囲を見回す。
 聞いた話ではずっと閉じこもっていたはずなのに生活勘が薄い。
「緩やかな自殺、でしょうかね」
 本人にそのつもりがなくとも、このまま彼らが来なければ彼女は間違いなく死んでいただろう。
「パーティの繋がり、命を共にする者のそれは血より濃いとか誰か言ってましたねぇ」
 酒場で耳にしたのか、そんな言葉を呟きつつ、彼は脱脂綿か何か水を含ませるに適当な物が無いか探し始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「報告が来たわ」
 物静かな声音が響く居室で2人の男が彼女の方を振り返る。
「討伐部隊は壊滅。損耗率は80%以上。軍隊でない事の弊害がここにも出たわね」
「畜生……だから俺が行くってったんだ!」
 どんとテーブルを叩き赤髪の男が憤慨を隠そうともせず怒鳴る。
 損耗率80%など戦争ではまずありえない話だ。軍が軍として機能するためには30%を超えてはならない。通常損耗率が30%を超えた部隊は全滅扱いとするのがセオリーだ。
 これが探索者になると話は更に悲惨になる。
 探索者のパーティは違う能力を持つ者が集まり全体補完する形になりやすい。これは誰か1人でも倒れると雪崩のように瓦解する危険性をはらんでいる。
 また、軍とは一線を画す信頼関係を構築しやすい。故に引き際を誤る。
「俺達が行けば良かったんだよ。それなら殿にでもなんでもなれた!」
「無駄な議論だ」
 女性のメタリックブルーのそれとは異なる青い髪の青年が赤髪の言葉を一刀に葬る。
「俺達はここを離れられない。唯でさえ守りに秀でたアースが不在なんだ」
「だからってよ!」
「いい加減にしろ。セイ」
 語尾を荒げる事無く、青の青年は言い放つ。
「集まったデータからしても勝算は充分にあった。
 それでも勝ちを得られなかった事にお前の在、不在など意味が無い」
「そういう問題じゃねえだろ!
 一人でも指揮官がいりゃぁ違ったはずなんだ!」
「どうとも言いがたいわ」
 まさに水を挿すかのように、冷たく会話にもぐりこむ声。
「確かに『フィールド』による混乱に対しては有能な指揮官一人居れば立ち直る事も早かったかも知れない。
 けれども十人十色の特色を持つ探索者の各パーティを効率よく運用するなんて真似、誰にできると言うの?」
「……っ!」
 良くも悪くも彼は武人で、血気盛んだが馬鹿ではない。「俺なら」という威勢だけの言葉は口を吐いてこない。
「どう評しても結果論だわ。限られた時間で集められた戦力では勝ちを取れなかった。
 それだけの結果が私たちの前にあるだけ」
 噛み付く勢いで二人を睨み、彼は行き場の無くなった怒りを抱えたままどかりと椅子に座る。
「私たち4人でアレと五分の戦いができるという試算くらい知っている。
 だが、お前も、スーもそして私も果たすべき仕事を果たすためにここに居る。
 愚痴くらい聞いてやるがムダに備品に当たるな」
「アースが居なくて苛立つのも分かるけど、私は彼女みたいになだめられないから」
 青髪の男の苦言はともかく、スーと呼ばれた女性の冷静かつオブラートのない言葉にセイは撤回の言葉を求めるように口をパクパクさせて、むぅと黙り込む。
 青髪はちらりすまし顔の女性を見て、言葉を紡ぐ。
「副長達だってクロスロードに座して黙する連中へのけん制のためにむやみに動けない。
 その「果て」の方々が重い腰を上げてくれるなら話も変わるんだが……」
 クロスロード成立から2年。その兆候など欠片も無い事は管理組合員である彼らは重々承知している。
 ちなみに「果て」とはクロスロード外縁部のことを示す隠喩だ。そこにはそれぞれクロスロードでも特殊な特区法が敷かれている。
 別名『天界』と『魔界』。座するだけで場を聖域、魔域に変えるほどの存在が集まるような場所である。もちろんその力もまた並々ならぬ物であることは想像に難くない。世界が変われば神にも値する者がクロスロードには居るのである。
「君が説得して回るかい?」
「できるわけねーだろ……ったくよ!」
 それができるなら何を措いても実行している。しかしケタはずれの力を有した存在は世界の制約によって自らも縛られている。おいそれ動く事は悪い結果しか生まないのである。
「ままならねぇなぁ……!」
「なに、遠からず彼らの敵討ちの機会は訪れるさ」
「ああ? どういうこった?」
 ノータイムで自分で考える事を放棄した問いに青髪の男は窓の外を透かし見ながら失笑。
「少なかれ、我々は強大なる者に抗う宿命を持っているのさ。
 それは親であり、圧制者であり、獣であり、魔物であり、神であり……」
 成長する者の性。強大なる力を超える事で超越者となり、それもやがて超えるべき壁とし歴史に消えていく。
「その時、君に機会があるかは知らないけど、その時に力振るう者のためにも私たちは私たちの仕事を果たそう」
 セイは「ちっ、綺麗にまとめやがって」と悪態をつき、同じく窓の外、はるか南の空を眺め見る。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『報告書』
 新暦1年11の月末日 記
  水源への到達物資 予定の82%
  探査装置の配置 予定の87%
  水源までの行き来に対する被害 軽微。予測以下。
   ……
  フィールドへのアタック 失敗

 通達:交通ルートをパターンBに変更。
    移動時の襲撃率が上昇するため、警戒されたし。
    なお、衛星都市の防壁設立は予定通り実行されたし。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

●主な登場人物●
・ヤーツェ:フィールド攻略組みの生き残り?
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・メルキド・ラ・アース:管理組合の人。東砦管理官。衛星都市へ出張中
・スー・レイン:管理組合の人。北砦管理官
・セイ・アレイ:管理組合の熱血バカ。西砦管理官
・青髪:名前でなかったけど南砦管理官

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

というわけで第一話をようやくUPしました。
予定から実は半月遅れです。ホントは今頃第二話をUPする予定だった……
まぁ、言ってもしゃーないので、楽しく進めてまいりましょう。

……ってまぁ、第0話から失敗する可能性があるだわ、今回はフィールドの攻略に失敗してるだわ問題ばっかり発生しております。
ちなみにこれらはPCの行動に関係なく発生するイベントなんで気にしつつ気にしないでください☆
さて、次回は新暦1年12の月前半の行動となります。
エンジェルウィングスが行路を作っているため、何事も無ければクロスロードと衛星都市は1日程度で移動する事ができます。
次回PCがどちらに居ても構いません。

提示されるメインアクションはありますが、臨機応変にいろいろやってみるのも面白いかもしれません。
以上(=ω=)でした。

……最近ホント、HN(=ω=)でいい気がしてきた☆ 
先触れまでのひととき
(2010/1/29)
「撤退しましょう……!」
 彼女は血を吐く思いで訴える。
「今ならまだ退けます! このままじゃ!」
「だが、押し込める状況でもある。
 それに────」
 応じた男は岩陰から透かし見るように、視線を送る。
 そこには『怪物』が居るはずだ。彼らが今まで出会った中で最も強大な『怪物』が。
 だが男の視線の先にあるものはそんなバケモノではない。
「あいつを残して行く訳にもいかんだろ」
 これまで共に戦ってきた仲間が倒れているはずだった。
「────っ!」
 家族よりも深い生死を共にした仲間。だからこそ彼女は言葉を失う。
 嘘でも「もう死んでいる」なんて言いたくなかった。
「もうこの中じゃお前の魔術だけが頼りだ。武器は傷ひとつ付けられやしないからな」
 このターミナルでは元の世界の属性を引き継ぎつつも2つの属性形態に支配される。
 おおよそどの世界でも聞かれる精霊属性。すなわち火水風土聖魔の6属性。
 それとは別にもう一つの属性形態───即ち 物理、魔術、加護の3属性。
「まさか物理と加護の2属性を無効。かつ燃えているように見えて水属性が無効だなんてな」
 軽口こそ叩いているがその表情には疲労の色が濃い。
「逃げ切れる可能性は……計算のしようがありませんね」
 沈黙を守っていた学者風の男が呟く。手には猟銃があり、ゆっくりと弾を詰めている。
「何しろまっすぐ逃げてれるかどうかすら怪しいのですし」
 ずんと地面が揺れた。
「さしずめ、ミラージュドラゴンとも言うべきでしょうか」
 ゆらりと影がうごめく。1つではない3つ、4つとゆらめいては嘘のように消えてく。
「二人で本物を探す。そこにお前が特大のをブチ込む。シンプルだろ?」
「……」
 無謀と言う言葉を飲み込む。無謀でもやらないと切り抜けられない。そんな分かりきった事を口にはできなかった。
「準備はいいか?」
「とっくに済んでいるさ。こっちから仕掛けられないとアウト。いこうか?」
 ここでいつもなら「相変わらず気障ったらしい」と揶揄する言葉が挟まれる局面だが、それを口にする仲間は居ない。
 微妙な、そして心臓をえぐる様な沈黙。
「わかったわ。行きましょう」
 そうして彼らは動き出す。
 即座に響く咆哮。そして爆音。
 こちらの攻撃のことごとくは相手をすり抜けていく。
  ────その全ては蜃気楼。ただ一つの本物を見つけるために身を削りながらの攻撃が続く。
 目の前に迫る牙も爪も真偽の付かぬまま、今まで培ってきた戦闘経験だけで致命傷を避け続ける。
 命を削られるだけの時間。
 彼女は自分がなすべき事のためだけに魔力を練り上げ続ける。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「なんの集まりっすか?」
 衛星都市。まだ名も決まらない町で環は人だかりに首を突っ込む。
 結構な見物客だ。それを見慣れぬ制服を着た数人が「下がってください」やら「ここから前に出ないでください」やらと野次馬整理している。
「壁を作るんだとよ」
 腕組みをして見守る偉丈夫が楽しげに教えてくれた。乱食い歯に額から突き出た角。鬼だろうかとちょっと顔を引きつらせつつ全員の視線が集まるところに目を向けた。
 そこにあるのはクレーンでもなければ石材でもない。たった一人の女性だ。
「……壁?」
 資材も無い作業に使う道具も見当たらない。担がれたのかと眉根を寄せた瞬間、彼女はゆっくりと手を上げ、何かを呟く。
 その瞬間、彼女の周囲が突然隆起し始める。
 1つや2つじゃない。大地が盛り上がり、軽く20を超える数の山になる。それはすぐさま余計な土を削ぎ落として人型になっていく。
「ゴーレムってやつか?」
 今は社会人とは言え、学生を経験していればゲームの1つや2つは体験している。
 その中でも比較的ポピュラーな土人形。ゴーレムが彼女を取り囲むように現れ、周囲に散っていく。
 えっちらおっちらと歩く姿はその巨大さ、地響きさえなければかわいらしいと思えるかもしれない。そんな無味の感想を思い浮かべている間にゴーレム達は所定の位置についたのか今度は形を崩して鬼の言ったとおり『壁』へと変貌を始める。
 ものの5分で壁の一角が完成してしまう。
「ブルドーザー要らずって言うか何というか。すごいねぇ魔法って」
 速乾性コンクリートなるものの知識はあるが、流石に五分で完成とはいかないだろう。
「でも、なんで彼女一人でやってるんだ?」
「お前さん、魔法のない世界の人間か?
 あんなの誰でもできる芸当じゃないんだ。流石は管理組合ってところだな」
 鬼の補足説明に環は改めて女性を見る。『管理組合の人』なんてのはあの入市管理所のおねーさん以来だ。
「管理組合ってのはそんな連中ばっかりなのか?」
「どうだろうなぁ。俺もそんなに見たことあるわけじゃねえし。
 ただあのねーちゃんは砦の管理官だって言うからそこそこの偉い人じゃねえのか?」
 着たばっかりの環でも砦が何かは理解している。
 だからなんだと言うわけでもない。彼は次のゴーレムがもこもことできているのを見ながら、今は単純に「すげーなぁ」と漏らすくらいだ。
 ただ少しだけ気になる事がある。なんとなく思った程度の事なのだが……
「あれってわざと見世物になってるよなぁ……?」
 環は誰に言うでもなく、ひとりごちる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん?」
 本を抱えたままセリナは呆然と地平線を眺める。
 衛星都市の防衛任務。彼女が受けた任務はそれだが左手の遥か先に衛星都市がぽつりと見えるだけでその他に目立つ物一切見当たらない。
「クロスロードから出たのは初めてかい?」
 彼女を即席のパーティに加えてくれた女性が苦笑交じりに問う。
 彼女には「実地調査をしてみたい」という話はすでにしていた。ただその時も同じような顔をしていたのを思い出す。
「見ての通り。この世界は見渡す限りの荒野でね。
 あの衛星都市の真ん中にあるオアシスはこの二年間で初めて見つかった『それ以外のもの』なんだよ」
 バーバリアンと言うとちょっと失礼かもしれないが、褐色肌とポイントアーマーの女性は遠くを見ながら言う。
「『怪物』の分布とか、特徴は無いのですか?」
「サンロードリバー周辺には水系ヤツが出るとは聞いているけどね。
 そもそもヤツらがどこから来てるのかすらさっぱりだからねぇ」
 周囲100kmに何一つ無いのであれば『怪物』はそれ以上の距離を無補給で踏破して居るということになるのか?
 少なくともセリナの知識ではゴブリンなどは食事を必要とするはずである。ただ別の世界までそうとは分からないので断言はできない。
「噂だともう一つ『扉の塔』があるんだってさ。
 ヤツらはそこから出てきてクロスロードに向かってくる……らしいんだけど。どうなんだろうね。
 一方向からやってくるわけじゃないし」
「じゃあ棲家とかも分からないんですね」
「最近出回ってる『巣』だか『フィールド』だかの話はあるんだけどね……
 そのエリアに踏み入って帰ってきたやつはほとんど居ないって話だし」
 衛星都市でも風の噂のように最短ルート構築失敗の報は知れ渡っている。
 その攻略ポイントこそがその『巣』などの呼称を有する場所である。
「姐さん、豚が来やす」
 探索者というより山賊の方が似合いそうな男が遠くを眺めながら報告してくる。
「ん? ああ、迎撃してやんないとね」
 槍を握りなおしそちらの方を見て、眉をしかめる。
「どうしました?」
 小首を傾げて問う。彼女の視力では未だぽつんと影が見える程度だ。
「豚が豚を追いかけてるんだけど」
「……は?」
 探索者で言うところの「豚」とは一般的にオークを指す。ちなみに犬コロだとコボルトだ。
 だがオークがオークを追いかけるとは何事だろうか。少なくとも怪物同士が争うなんて話は聞いた事がない。
 新しい事例だろうかとそちらを見ると彼女の視力でもようやくその光景を捉えることができた。
「……えーっと?」
 とっても見覚えがあった。
「どうします?」
「まぁ、まとめてやっちまえば良いだろ。あっちは食えそうだし」
「わー!? 待ってください?!」
 十数匹のオークに思いっきり追い立てられている豚────イベリの事をどう説明したらいいものかと苦悩しつつ、とりあえず静止の声を挙げるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 振り返りざまに撃つ。
 弾丸が銃身を震わせて宙を舞い、ゴブリンの頭蓋を打ち抜いていく。
「助かったぜ、ネエちゃん!」
「気にしないで」
 応じて頭の中でカウント。残弾数は拳銃使いの生命線だ。次々と二挺と敵を見えない線で結んで弾を吐き出していく。
 衛星都市の第一段階工事が終わる頃には「街道」と呼ばれ始めた道の上、ノエルは他の護衛と共に戦いの中に居た。
 数こそ多いが全体としての切迫感は無い。今のだって仕留め損ねたところをフォローしただけに過ぎない。
 ノエルは射撃武器という性質もあって中衛のポジションで周囲を俯瞰していた。弓使い等は後方の敵に狙いを集中しているが集弾率と速射性に優れた銃器は充分に前線の穴埋めを担っていた。
 ふとした拍子に傷を負う者も居るが前衛を張る者の大半が盾を持つ重戦士型だ。死ぬ事はないだろう。
 彼女は1人に4〜5匹が殺到することが無い様に銃弾を送り込んでいく。
 ゴッっと音と光が舞う。護衛対象であるトラックの上から魔法使いが範囲魔法を放ったらしい。
「……」
 ノエルは少しだけ眉根を寄せて後退し、近くの荷台に飛び乗る。そうして少し高い場所から敵の後ろを見た。
「敵の増援だ!」
 予想通りの光景を弓手の1人が声に出して伝える。
「今度は何者だい!?」
「大分類ゴブリンライダー! 突撃してくるぞ!」
「進行方向の右に盾持ちが集まれ! 他は穴埋めだ!
 射撃系は削って速度を緩めろ!」
 そこそこ大きなパーティのリーダーが声を大にして指示を送る。もちろん指示系統など存在しないが理に適った意見には即従う。
 目の前のゴブリンを切り倒し、弾き倒して場所を移す。長距離を狙える射手はイノシシや犬にのって突撃してくる新手の先頭に標準を合わせ始めていた。
 ノエルは荷台から降りつつ移動で出来た隙を埋めるべく連射。もぐりこもうとしたゴブリンの頭を次々に粉砕する。
 やがてドンと凄まじくも肉や骨が潰れる嫌な音が響いた。
 これがもし軍馬に乗り鎧で固めた騎士の突撃ならあっさり突破されていただろうか。
 しかしゴブリンの突撃ではそうはならない。しかも支援射撃により速度が乱された結果、盾に血肉をべっとり張り付かせて崩れおちるゴブリンが続出する。
「殲滅するぞ!」
 誰かの声に至る所で雄たけびが上がる。
「……何とかなりそうね」
 予定では到着まであと半日程度。彼女は再装填しつつ次のターゲットを探した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 酷く平和な日だ。
 クロスロードの防衛任務について早5日。単に運が良かっただけなのかノアノは一度も戦闘することなく規定のルートを歩いていた。
 暇という時間はいろいろと頭を加速させてしまう。
 気になるのはもちろんあの女性のことだ。衰弱が激しく昨日の時点ではまだ目を覚ましていないらしい。
 強制的に起こす手段はもちろんあるが、色々な意味で褒められた行為ではないし、彼女の心情を思えば強行するのも躊躇われた。
 心配は心配だ。けれども色々考えるうちにふと脳裏を過ぎる思いもある。
「自分は本当にあの人を助けたんだろうか?」
 監禁されていたわけでも病気だったわけでもない。あの人は何もすることなく、あそこで朽ちかけていただけだ。
 その行為に「自殺」という呼称を与えても差し支えは無いだろう。とすれば、自分達がやったことは余計なお世話ということになるのか。
 仲間の死───旅立ってそう間もない彼女にとっては実感の伴わない言葉だ。元より命がけの仕事なのだから誰かが死ぬのは起こりうる事態である。
「ずーっと沈んだ顔してますけど〜?」
 エルフの少女がノアノの方をくいと覗き込む。他の者と違って武具の類はみられない。手にしたリュートを休憩時間に掻き鳴らすのにも、そろそろ皆慣れた。
「え、あ、うん。ごめんね。ちゃんとするから」
「あはは。ボクに言われてもこまっちゃいますよ!」
 自他共に認めて一番まじめでないように見えるエルフ────エディンロヴンはけらけらと笑って帽子の位置を直す。
「あ、でもちゃんと敵が来たときにはびしーっとしますからご安心を!」
「う、うん」
 エルフ族で、なおかつ武器を持っていない所を見れば魔法使いか、はたまた呪歌使いだろうとノアノは推測していた。自称は吟遊詩人だったし。
 今は仕事に集中。そう思い直して正面に向き直るとまとめ役を買って出ていた男が立ち止り目を凝らしていた。
「馬か?」
 彼の見ている方向はクロスロード側だ。『怪物』というわけではないらしい。良く見ると女性が一人背に跨り駆けているようだ。
「こっちに来てますね?」
 知り合いか?という視線がばら撒かれるが、誰も当たりは無いらしい。
 そうこうしているうちにその馬はぐんと近づくとぶつからんばかりの勢いから速度を落とし、彼女らの前で止まった。
「お前がノアノとかいうやつか!?」
「ふぇっ!?」
 いきなり名指しされるとは思っていなかった。素っ頓狂な声を漏らし自分を指差す。
「どうなんだ!?」
 馬上の女性───といってもまだかなり若い彼女は射殺さんばかりの視線でねめつけてくる。
「そ、そうですけど。どなたでしょうか?」
「ユエリア・エステロンドの居場所を教えろ!」
 まるで親の敵を呼ぶような荒々しさに誰もが困惑するように二人を見ていた。
「ど、どうしてユエリアさんのことを探して居るんですか」
「決まっている! アイツさえ……アイツさえ情報を公開していたらあんな事にはならなかったんだ!」
 主語の抜けた言葉を理解できる者はノアノを含めて居ない。だが、連想できる事柄はあった。
「あ、もしかして……フィールド討伐部隊の人?」
 吟遊詩人だからか、はたまた偶然か。────あるいは単に興味本位でいろいろ聞いて回った結果なのか。
 エドが思い至った答えをぽつりと口にする。周囲も「ああ」と彼女を見、それからどうしてノアノに詰め寄っているのか訝しそうに眺める。
「さぁ!教えろ!!」
「行ってどうするんですか! あの人は……っ!」
 言葉が続かない。どうしようもない程の殺気に生半可な言葉でどうにもできないと理解してしまう。
 逃げる事も考えたが彼女は馬上にあり、背には弓がある。背を見せたら容赦なく彼女が矢を射る事は容易に想像ができた。
「教えろっ!!」
 血を吐くような叫びに誰一人介入しようとすらできない。いつ暴発して攻撃を仕掛けてきてもおかしくない上にクロスロードの場合、見た目なんて戦力の基準にならないからなおさらである。

「……アフロさんの所にいますっ!」

 気まずい空気が流れた。
 緊張のあまり妙な事を口走ってしまったとアウアウしつつ彼女が暴発する前にと慌てて訂正。
「あ、いえ、そのですねっ!
 ああ、そうです。ピートリーさんです。確か」
「ピートリー……だな」
「はい、彼が連れて行きましたから!」
「……」
 真贋を確かめるような鋭い視線を真っ向から受け止める。少なくとも嘘はついていない。 
 ピートリー本人の補足は難しいが、家を探すのであればPBに問えば答えてくれる。
 予想通り彼女はピートリーの家を問い合わせたらしく、忌々しげな表情を隠さずに轡を返す。
 これで多少は時間が稼げるはずだ。
「教えちゃってよかったの?」
 エドの軽い問いかけに対し、ノアノは暫く無言。
 ただどんなに言葉を濁しても誤魔化しても、彼女はユエリアの元に辿り着くだろう確信があった。あの瞳に宿る執念は狂気に近い。
 失敗したかもという思いが徐々に湧き上がるのを感じつつ、彼女はさらに数秒迷いを重ねた上で結論を出す。
「急ですみません! 抜けてもいいですか!?」
 顔を見合わせる面々。やがて誰とも無くフッと笑みをこぼし
「明日は来るんだろ?」
 大柄な竜人種の男が軽く問いかける。
「え?」
「おいおい、任期は明日までだぜ?」
 サボりを見逃してやる。その意図を含んだ言葉をを察してノアノは「ありがとうございます」と頭を下げる。
 それから迷いを吹っ切るように一路クロスロードへ向けて走り始める。
「……って、あれ? エドとか言う嬢ちゃんはどこ行った?」
 無駄に明るく騒がしい少女を見逃す道理はない。だが探索者たちがきょろきょろと見渡しても楽しそうにふらふらしていた少女の姿は無い。
「……」
 短い付き合いとは言え、残された探索者の意見は一つだった。
 面白そうな方に首を突っ込みに行ったな、と。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 彼女は目を覚ます。
 ぼんやりとした頭が、まず自分が生きている事を察した。
 続く感情は嘆きというより……諦観だった。嘆く事にも疲れてた心は事実だけを捉えて氷のような静謐を保つ。
 なのに、きりきりとした痛みが絶えず心臓を貫いていた。
「お目覚めかな」
 重低音の声。動かぬ体を自覚し、視線だけで追った先には白衣の偉丈夫が居る。
「ここは……?」
「診療所だ」
 また「生かされた」のかとため息にも似た呟きを胸中に漏らす。
「君にとっては不本意かもしれないが、君の話を聞きたいという人がまだ居るようでな」
 問い返しはしない。自分が話していない事には充分に心当たりがあった。その欠片に触れるだけでも体が震えるほどの。
 心の氷に亀裂が入る。ベクトルの捻じ曲がった感情が全ての思考と動作を狂わせる。
「落ち着きたまえ」
 医者を自称するには大きく硬過ぎる手が肩に触れた瞬間、淡い光が体を包む。
 精神の安定を齎す魔法────強制的な沈静。けれども、この心には毒でしかない。
 理性を取り戻せば現実が襲ってくる。原型をとどめないほどに踏み潰され血しぶきすらも土にまみれ消えていった仲間。
 強大すぎる爪に盾も鎧も貫かれてなお私に敵の位置を叫ぶ仲間の姿。
「あぁああああああああああ!!!!」
 泣き叫び、身を震わせ、そうして何もかも吐き出しても押し寄せる記憶の槍。枯れ果てた心をどうして蘇らそうなんてするのか!
 狂いたい。狂ってしまいたい。何もかも分からなくしてほしい。思い出したくない。
 私も死にたかった。あんな光景を見て、たった一人で生きいたくない。
 有象無象が死のうと知った事じゃない。私は、私と一緒にいてくれた人たちの死なんて背負いきれない!
 だから、私を殺してほしい。私の心を! 願いたくない。思い出したくない。今の私には美しい過去も、優しい思い出も、あの悔恨に繋がる毒だ。
 自分が何をして居るのかすら分からなくなる。分からなくなりたい。だから─────

「いた……!」

 狂乱し壊れようともがく心をなお冷たい狂気が刺し貫く。
 私は動きを止め、そちらへと視線を転じる。頭で理解した行動ではない。たった一言に込められた凄まじいまでの思いが私をそうさせていた。
「ちょっと待ってくださいって!」
 かすむ視線の中、声の主を抑えようとする人影を突き飛ばしこちらへと歩み寄る───女性。
「お前がユエリア・エステロンドだな」
「……」
 私の名前を呼ぶその瞳に覚えがあった。
 少し前の、狂いたいと願う自分の瞳と同じだ。深すぎる悲しみに耐え切れなくなる直前の自分。
「お前が……お前さえ……!」
「落ち着いてくださいってば!」
 間に入った人影が軽く突き飛ばされていく。
「お前さえっ……話していれば!」
「話す……?」
 ああ、この女性も私の悲しみを覗きに着たのか。忘れたくて、捨て去りたくて仕方ないあの瞬間を掘り出したくて着たのか。
「みんなは死なずに済んだのに!!」
「……え?」
 興味を失いかけ、霧散しようとする心が凝結する。
「どうしてっ! どうして何も言わなかった! 知ってたんだろ! あのバケモノの事を!」
 バケモノ。そう言われて思い出すのは一つしかない。
 けれどもクロスロード成立時から探索者として活動していた自分には彼女の放つ言葉の意味が推測できてしまう。
 『フィールド』
 囁かれ噂された未知の能力。
 強力な『怪物』が有する能力で、その圏内では実力が出せなくなってしまうと言われていた。
 そして─────それは事実だった。
 その動揺に機先を奪われた私達は削られるだけの防戦を強いられた。それでも相手の特性を読みきり、勝機を見出していった。
「お前さえ……お前さえ全部話してくれていたら……!」
 今にも飛び掛らんとする女性と、それを何度も抑えようとして弾き飛ばされる人。
 その光景の中で私はゆっくりと我を失っていた間に何が起きたかを悟る。
「私は……」
 殺してしまったのか。この少女の大切な人を。
 この未明の世界において「未知」ほど恐ろしい物は無い。それを充分に知っている私が……
「私は……」
「お前がみんなを殺したんだ!」
 涙の伝う頬が、暴れに暴れてくしゃくしゃになった髪が。私の視界を埋める。
 彼女も壊れたいのだと私は悟る。ただ、私という攻撃対象を強く認識してしまったがために目的としてしまったために壊れられずにここまで来てしまったのだと分かってしまう。
 私のように、自分だけを責められれば楽だったのに。きっと狂ったように私を探し、ここまで来てしまったのだろう。
 とうに枯れ果てた涙が頬を伝う。
 胸が痛い。けれどもやせ衰えた腕は何一つの行動も許してはくれない。
 視界の外、泣き崩れる声がする。彼女は私を恨んでいてもそれが間違いだと当の昔に気付いているのだろう。だから怒鳴り散らした後は何をしていいのかすら分からなくなって泣いている。
「……先生」
 その光景をただ一人懺悔を聞く神官のような面持ちで沈黙する男がこちらを見る。
「伝えてください。私が見聞きした全てを」
「……応じよう」
 彼はゆっくりと視線を転じる。「いてて」と殴られたらしい頬をさする奇妙な髪の男の方へ。
「だが、それは彼の仕事だ。彼に任せるとするが良いかね?」
 結果が同じなら構わない。
 私は去来する全ての感情に耐えながら言葉を紡ぎ始める。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

●主な登場人物●

・ヤーツェ:フィールド攻略組みの生き残り?
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・メルキド・ラ・アース:管理組合の人。東砦管理官。衛星都市へ出張中
・先生:世界紹介SSでおなじみアリアエル先生。ギリシアの石造みたいなボディのお医者さん

●特殊用語
・フィールド
 特殊な怪物が持つ空間制圧能力。
 その中では侵入者が不利となる様々な制限をかけられてしまう事が報告されている。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

はい、総合GMの神衣舞です。
ここまでの話は難易度EASYなので特に人死もなく単調に進んでおりますな。
裏話をしておきますと、ここまでの皆さんのリアクションからフラグを計算しています。
例えば防衛任務なんてのをやっていると今後の展開で衛星都市の防御力が向上します。
ここまでの物語としては少し寂しい立ち位置だったかもしれませんが意味は充分に大きいです。

さて、次からは難易度HARDです☆
何の難易度かというと……サバイバリティかな(=ω=)
このすぐ後に1本幕間の話をUPします。
起承転結で言う『転』ですね。
がっつり行きますのでみなさんわくわくしながら覚悟を決めてください。
ではでは(=ω=)☆

PS.ピートリーの扱いはイベリと同レベルになりつつあるなぁ
PSその2.エディンロヴィン、ごめん(=ω=;) 2ページまであるのを見落としてたデス。
震撃
(2010/1/28)
「新しい報告書よ」
 スー・レインがA4サイズの一枚紙を投げて遣す。青髪───イルフィナという名の青年は正確に飛来したそれを受け取り目を凝らす。
「世界の姿、か」
「『扉の破壊』の事例から鑑みて信憑性は高いわ」
 かつてこのクロスロード成立前に発生した大襲撃。その際に『扉の園』にまで侵攻した怪物が扉を破壊したという事件があった。
 来訪者の誰が何をしようと傷一つ付かない扉は怪物の攻撃で容易く破壊されたのである。
「そうすると、この世界は本来のその全てを奪われているということになるな」
「ええ。尤も、全ての怪物がそうであるとは言えないけれど」
 報告書に記載されている文書。それはユエリアという女性の証言とそれを元に行った学者の検証だ。
 要約すると「怪物は世界の何かが変貌した姿である」というものだ。
「衛星都市の元となる水源────オアシスはそこに居たミラージュドラゴンを討伐した事により発生した、か」
「正確にはオアシスが変貌した『怪物』がミラージュドラゴンだった」
 スーの言葉に瞑目し、ややあって深く息を吐く。
「最短ルート上の怪物はロックゴーレムだったな」
「ええ。その関連性からすれば岩場や山である可能性があるわ」
「一例を以って全て同じと安易に決めるわけにも行かないが……」
 何一つ無く荒野が広がる世界。探索地域に点在する未探索地域────何らかの理由で帰らぬ者が発生し続ける場所。
「ならもう一つ実例を挙げればいい」
「簡単に言うなよ。再アタックしてくれる探索者なんて早々────」
 二人の表情がぴくりを震える。共にPBに流れる言葉は同じ。
「……必要になりそうね」
「皮肉にも程がある」
 イルフィナは席を立って戸へ向い、スーも後に続く。
 沈黙の舞い降りた部屋の中、報告書がふらり床に落ちた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 防護壁を完全に設置し終えた衛星都市はちょっとしたお祭りムードであった。
 クロスロードと比べれば貧弱に過ぎるが高さ3mもある壁がぐるり町を取り囲めばその安堵感は大きい。
 誰からとなく酒を飲み、それが伝播してちょっとした騒ぎになっても仕方の無い話なのだろう。
 そんな中、その光景をうらやましく思いながらも仕事を放り出せず頬杖付く管理組合組員がいた。
「むくれ顔しないの」
 同僚の女性が苦笑をにじませて苦言を呈する。
「だって非常コールの番なんて退屈ですよ」
 諌めに口を尖らせて返答。この数週間、周囲に設置した探査機が反応を返した事など殆ど無いし、あっても大した問題では無かった。
「外は祭り騒ぎだって言うのに」
「そういう時の慢心が一番危険です」
 一際澄んだ声音に二人の組員がびくりとして背筋を正す。
「お気持ちは分かりますがお仕事はきちんとお願いしますね」
「「は、はいっ!」」
 声の主────メルキド・ラ・アースという名の女性はくすりと笑って空いている椅子に腰掛ける。
 管理組合の中には一応階級のようなものがある。どちらかと言うと会社の役割のようなもので『主任』や『課長』といった肩書きだ。
 彼女は東砦管理官という肩書きが主で、部長職よりももう一つ上の役職である。
 見た目は若い女性だが、その実力は昼間に誰もが見たとおり。たった一人で防壁を作り上げるほどの土使いである。
「来週には補強建材も届きますから、そうすればひと段落です。よろしくお願いしますね?」
「はいっ!」
 物腰穏やかなお嬢様に微笑まれては頑張らざるを得ない。そんな感じの朗らかさが広がりかけたとき、けたたましい音と赤い光が仮設事務所を一瞬で塗りつぶす。
「なっ!?」
「状況報告を!」
 鋭い声に次々とスクロールする画面に目を走らせる。音に驚いて駆け込んできた他の組合員も状況を確認するために自分の席に着く。
「かっ! 怪物です。南方よりその数……計測不能っ!?」
「西方からも大群が接近しています。距離4000っ!」
「進軍速度から明朝には先鋒が衛星都市に到達しますっ!」
 アースは次々と送られてくる言葉に顔色を変えつつも「伝令を飛ばしなさい!」と指示を飛ばす。
「緊急警報を発令。事態を知らせ、戦闘能力を持った人には協力要請を」
 こういう時、強権を発行できないのが辛い。彼らは今すぐ尻尾を巻いて逃げ出す事も選択できるのだ。
 一人でも逃げ出せばそれに続く者は一気に増える。警報を発した瞬間にそれが起こると分かっていても管理組合の立場として秘匿する事はできない。
 次々と組合員が走りだし、報告は矢継ぎ早に繰り出されていく。
 その全てを聞き分け、応じながら背中の冷や汗を気持ち悪く思う。
 ここがクロスロードであればここまで焦りはしないだろう。信頼できる仲間も居るし強固な防衛線はあの悪夢を乗り切った実績を持つ。
「エンジェルウィングスに協力要請を。敵数の確認と空爆を行います!」
「飛行能力を持つ組員を終結させます」
 遠くからざわめきが聞こえ始める。事態が知れ渡り始めて居るのだろう。
 幸いとも言うべきは彼らが無力な一般人で無いことだ。混乱が小さいというだけでもありがたい。
「……」
 一通りの指示を終えて彼女はゆっくりと立ち上がる。
 自惚れるつもりは無いが自分はこの衛星都市でも上位の戦力を有するはずだ。ここで座しているわけには行かない。その上彼女の扱うゴーレムは損耗しても痛くない兵力である。
「防壁が出来た後でよかったと言うべきでしょうかね」
 ぽつりと零して仮設事務所を出る。
 月が変わらぬ夜だと言わんばかりに静かに輝く。それを見上げ、彼女は荒野へと赴く。
死の濁流
(2010/2/19)
 朝焼けの空の下、大地が鳴動していた。
 地平線のゆらぎ────否、それは地平線を塗り潰す「動き」の群れ。

 のちに「再来」と呼び称される、二度目の「大襲撃」の始まり。
 その光景がそこにあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「みなさん! 今ばらばらに逃げても背中から襲われるだけです!」
 北側に設えられた扉の前で一人の女性が精一杯の声を出し、訴える。
「クロスロードまでの距離は背を向けて逃げるには遠いですが、1日耐えれば援軍が来る距離でもあります!」
 約100km。車両を持つ者であれば2、3時間で到着する距離だが、歩くとなれば3日は必要となる。
 手段は違えど実際にその行程を着てこの衛星都市に居る者にはその距離は実感している。
 声の主───セリナ・フェルディナントは周囲の反応に肝を冷やしながらも言葉を続けていく。
「怪物の殆どは小型です。ご存知の方も多いでしょうが、行動も単調でいくらでもやりようはあります」
 嘘は交えないが虚飾はある。根拠の無い気休めと言えばそれまで。保証なんてしようがない。
 だが、セリナの戸惑いは当初の予想とは違った部分にあった。
 ────反応が薄すぎます。
 批難も覚悟で、僅かなりにも逃げようとする人が考え直してもらえればと思っての行動だったが、外へ向かう者は彼女を一瞥しただけで通り過ぎ、動かない者は淡々と準備をしながらその声を聞き流している。
 視界に入る1割程度しか彼女へ注意を向けていない。
 その光景を眺める1人も同じ感想を抱いていた。彼は一般人であるからこそ、セリナの行う演説の意味を理解し、そして周囲の反応を不気味に感じる。
 ただ、必死に言葉を紡ぐ彼女とは違い、彼はただ純粋に観察者となることでその理由に気付く。
 この衛星都市から早々に立ち去ろうとする者には後ろめたさがあまり見られないのだ。
 恐らく、その行為は逃げるのでなく、撤退なのだろう。自己の判断で衛星都市で抗戦するよりも早急にクロスロードへ撤退する方を『選んだ』人なのだと悟る。
 彼女の行動は一種の扇動だ。しかし扇動とは難事に慣れていない者に道筋を示す行為である。
 やがて、セリナもその結論に至ったのだろう。彼女は声を出す事をやめ、ぺこりと一礼してその場を去っていく。
 彼女に嘲笑を向ける者は居ない。中には「まぁ生き残ろうや」と声をかける者も居た。
 彼はそんな光景を見送った後ゆっくりと足を門へと向ける。
 巻き込まれただけの一般人はどうするべきなのだろうかと考えながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「推定兵力20万」
 これが衛星都市にもたらされた暫定の数字である。もちろん防衛側の数ではない。怪物の総数だ。
 対する衛星都市の総人数は約2000人。純粋な戦力となりえる人間は約6割程度と見られ、その兵力差は160倍以上という計算だ。
「中型以上の怪物の数はどうですか?」
 厳しい表情のまま、土壁の上から少女───アースが問う。
「おおよそ3割です。全体数の5分程度が大型。幸いと言うべきか古竜クラスの超大型は確認されていません」
 報告する男の表情は硬い。5分───5%でもその数は一万なのである。ジャイアント種や幻獣種などその力は実力のある冒険者でも数人掛かりが当たり前だ。
「皆さんの反応は?」
「逃亡する者は以外に少ないです。積極的に抗戦を訴える声も聞こえます。
 また、クロスロードからもすでに援軍が出発していると」
 喜ばしい事────そう言って良い物かと少女はやや苦しげな笑みを浮かべる。
 無論自分は負け戦をするつもりもなく、勝つために犠牲を強いるつもりも無い。逃げる事を皆が選ぶのならば、その選択肢も十分にあった。
 彼女は2年前の戦いをまぶたの裏に思い起こしつつ改めて開いた眼にその威圧的な光景を刻む。
「クロスロードに要請を。これより衛星都市は防衛線を構築し24時間の抗戦を行います。
 援軍は8時間以内に到着できない場合には撤収を。
 そして、その間に要害────フィールドの制圧を成功させてください、と」
 衛星都市、そして四方砦で削り、クロスロードの防壁で総力を以て迎え討つ。これが彼女の描いたプランだ。
 即席の防壁とはいえ中型以上の怪物で無い限り早々破壊されることは無い。外で迎え撃つ事が出来なくなった頃には近接職によじ登ってくる小型の怪物の相手を勤めてもらうことになるだろう。
「観測点3Z−21の状況は?」
「予測通り、衛星都市を無視してクロスロードへ侵攻中です」
 彼女はゆっくりとうなずく。
 当初はある程度の出血を強いて足取りを乱した後に撤退戦を行うしかないと考えていたが、敵の動きからそれは取りやめになった。
 敵はこの衛星都市を見ていない。
 もちろん目の前にあれば襲い掛かってくるが、これまでに襲来していた怪物たち同様、本命はクロスロードだと見て間違いないだろう。
「突出した怪物を迎撃し、渋滞を起こさせます。
 空中戦力、機動戦力を編成し一撃離脱を繰り返させてください。
 また機動力を持たない探索者は防壁から100m以上離れないように。合図と共に何があっても防壁内に退却するように指示をお願いします」
「はい!」
 故に衛星都市をハリネズミとして維持。濁流が過ぎ去った後にこちらが背中を討つ役目を担う。
 24時間。その長い時間は死と破壊を振り撒く怪物の流れがこの地を過ぎ去るまでの時間だ。
 太陽がじりじりと地平線から顔を出す。
 横合いからの光を浴び、死はじらすように近づいてくる。

 新暦1年12の月23の日 朝5時24分
「先制攻撃を開始します!」
 ヒィイイイインと空を切り裂く音と白の煙。
 合図を受け、空と陸で死に抗う力が加速を頼りに解き放たれる─────

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 大襲撃の再来。
 この報がクロスロードの来訪者に知らされたのは遡る事約5時間前。日が変わった直後の事だった。
 その後、漣が水面に沁みるような沈黙の一時間を経て世論は2つに分かれた。
 即ち防衛と迎撃である。
 迎撃とは同時に衛星都市の救援も指す。だが補給線をその壁の内側に持つクロスロードにとって最良の戦略が篭城という事は誰の目にも明らかである。
 篭城を選ぶという事は衛星都市を見捨てる行為だ。衛星都市とは違い幾分の猶予があるからこそ意見が割れ、混乱が広がった。
 議論の必要なし。
 その言い分は共に一長一短。ならば己の信じる道を行くしかない。
 やはり自らに選ぶ事を知る探索者は不毛な議論に早々見切りを付け、信じる行動を取り始めた。
 そのタイミングを見計ったかのように3つの通達が広がる。
 1つはエンジェルウィングスより。
 衛星都市に居る非戦闘員回収のために大規模輸送部隊を編成する。
 もし衛星都市に向かいたければ空いた席に座ればいい。
 2つは管理組合より。
 うち1つは夜明けまでに到着できぬ援軍は控えるように。
 そしてもう1つは再度フィールドへのアタックを行う事と、その参加者を募るものであった。
 エンジェルウィングスの要請には多くの人間が集まった。
 一方のフィールドアタックについてはやはりというべきか参加者は皆無だった。もちろん今やる理由は理解できるが一度ケチのついた難事には足が向きにくい。
 もちろん前回以下の戦力で決行するわけにも行かない。
 そこへ、一人の女性がゆっくりと管理組合の受付に歩を進める。
 物好きな。そんな囁き声の中、誰かが呟いた。「あれ……水源を発見したチームの生き残りだぞ」と。
 続く後ろのうごめくアフロことピートリーの存在も別の意味で注目されてはいるが、そんな視線の中を彼女は物怖じせずにゆっくりと告げる。
「こちらに参加させていただきます。登録申請をしてください」
 彼女ははっきりとそう告げたあとで振り返ると「貴方は貴方の思うことをやってください」と告げる。
 ピートリーは彼女がてっきり救援に向かうと思い、何かの縁と護衛のつもりで付いてきたのだが、予想外の行動に少し口ごもる。
「アフロさんっ」
 横合いからの声に助け舟かな?的な顔を向けるとノアノが駆け寄って来ていた。
「ユエリアさんはまだ寝てなきゃダメなんじゃないんですか!?」
 責めるような口ぶりにピートリーは困ったように眉根を寄せるが、彼が応じる前に「私が後悔したくないから、ここに居るんです」とややこけた頬を隠すように笑みを浮かべる。
「私も止めたんだけどね」
「でもっ……!」
「あなたがノアノさん?」
 遮るように呼びかけられてノアノは言葉を詰まらせる。
「あなたも私の所に来てくれた一人よね。……ありがとう」
 ありがとう、と言われるとは思っていなかった。あうあうと口を動かした後、困りきってむぅと口ごもる。
「死ぬ気は無いんですよね……?」
 恐る恐るといった感じの問いにユエリアは笑みを消し、しかしまっすぐな瞳でうなずく。
「償いではあるわ。でも自分で命を捨てたりはしないから」
「ふざけるな!」
 鋭い声が場を沈黙に支配する。
「償い……だと!」
 人垣から出てきた少女────ヤーツェが眼光鋭く一同を睨む。とりあえず間に入ったピートリーが「まぁまぁ」と言う横をずんずんと通り過ぎ、ユエリアすらも横目に受付に立った彼女は「申請する」と吐き捨てるように告げた。
「お前のせいだ。でもお前のせいだけじゃない。
 だから勝手に全部抱え込むな。そんなずるい真似をするな……させてやるもんか!」
 くるりと振り返って言い放つと続いてピートリーとノアノに視線を転じ「この前は悪かった」とぶっきらぼうに言う。
 どう応えていいものかと顔を見合わせる2人を他所に彼女は逃げるようにその場から離れていく。
 聴衆共々取り残された感の残る舞台の真ん中で、とりあえずアフロはこんな事を言ってみた。
「さぁさぁお嬢さんがた2人だけに任せていいのでしょうか!」
 …………………………すげシンと静まり返った。
 痛々しい。冷気が肌を刺すような中で巻き添えを食ったノアノが凍りついた顎をなんとか動かす。
「……アフロさん、大根過ぎます」
 それでようやく氷は溶けはじめ、安堵も含めた失笑がヘブンゲート前に染み渡ったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「楽しいねぇ」
 不謹慎だと責める声は無い。異様な緊張感にテンションがおかしくなっている連中なんていくらでも居る。
 目を瞑っても当たるとはまさにこの光景だ。手当たり次第にぶちまけた弾丸が怪物の顔面に腹にめり込んで血肉をばら撒いていく。
 遠距離砲撃と空爆。そして機動力頼みの一撃離脱。
 幕が上がった衛星都市防衛戦は当初一方的な殺戮となった。
 拳銃を手にするノエルが担当するのは防壁の前。潜り抜けてきた怪物の眉間をブチ抜いて脳漿をぶちまけるのが仕事だ。足を動かせば空薬きょうがじゃらじゃらと音を奏でる。硝煙や血臭で鼻はとうに馬鹿になっている。目まぐるしく動く舞台で味方に当てなきゃ敵のはずだと思うがままに銃声を振りまいていた。
「とうっ!」
 やたらかっこいい声を挙げて子豚がゴブリンの群れに突っ込んでなぎ倒す。そこまでは良かったのだが、その先に居たオーガの腹に跳ね返されてころころと転がってしまう。そこに獲物とばかりにコボルトやスケルトンが殺到する。
「今だっ!」
 何が「今」なのかさっぱりだが、余りのコミカルな光景に目を奪われていた数人が慌ててフォローの攻撃を放つ。真空波が、弓が、無防備な側面を遅い、次々と血祭りに上げていく。
「計算通りだなぁっ!!」
 イベリーがそんな事をのたまいながら全力撤退をしていた。誰もが絶対嘘だと確信しつつ苦笑で濁す。彼らには未だに余裕があるが、鋭敏になった神経は遠くから近づいてくる地鳴りにひりついていた。少しくらい笑みがこぼれるくらいで調度良い。
 ばっと空が輝き次々と光が打ち込まれ盛大な爆音を響かせる。それらを掻い潜って空から急降下してきた怪鳥を地対空ミサイルが迎撃し、盛大に炎を撒き散らした。
「悪はどこだっ!」
 意外な奮闘をするブタに笑みを浮かべつつ、探索者達は敵を削り取っていく。
「……増えている」
 そんな中、喉の渇きを覚えて果実酒を煽り、空き瓶で近づいてきたオークの頭をぶん殴りながらノエルは呟きを漏らす。
 敵の密度が増している。最初に相手にしていたのは敵全体から見て突出した連中だった。本隊と呼ぶべき場所が近づいているのだろう。
 防壁の上から青の煙で尾を引く矢がピィと鋭い音を挙げながら敵に突っ込んでいく。
 次の瞬間、その矢が落ちた地点に雨あられと魔法が、矢が、弾丸が降り注ぎ敵を根こそぎ削り取っていった。
 周囲を巻き込む攻撃で味方を傷つけないように指示をするものだが、その間隔も次第に広がっていた。つまり乱戦になりつつある。
 戦闘が始まって2時間。休憩や弾薬補給のために数度防壁の中に戻ってはいるがその度に負傷者の数は増えている。
 魔法による治療があるとはいえ、その行使にも力が必要だ。次第に追いつかなくなっている。
「そろそろ退き時か」
 ノエルの言葉を後押しするように、ピィイイイと音を立てて赤い煙で尾を引く矢が真上に挙がった。
 撤退の合図だ。
 突如、壁の上からの攻撃が止まる。対して打って出ている中で、近距離攻撃を得意とする探索者が出し惜しみ無い攻撃を開始する。
 突然の圧力に推し戻された怪物を威嚇するように再び赤い煙の矢が天に昇ると、野戦をしていた探索者達は負傷者を庇う形で探索者が防壁の中になだれ込む。
 一旦は押し返された怪物も、これを好期とばかりに再度群がろうとするが、予定通りと再び壁の上からこれまで以上の攻撃が降り注ぐ。押し返されたのと後ろから殺到したので団子になった怪物が次々と吹き飛んでいく光景が広がった。
 そうしている間に中距離戦闘ができる者は壁に登り弾幕の強化に努め、近接職はこれから増えるであろう壁に取りつく敵の対応に回る。
「っ……」
 そうしながら、誰もが言葉を詰まらせる。
 おぞましい光景だった。
 多種多様な怪物が死骸を踏み越え踏み潰し、黙々と迫ってくる。
 傷付けば痛みを訴えるようにするくせに、周囲でどんな惨状が巻き起ころうとも黙々と近づいてくる。
 余りにも異様で────だからこそ恐ろしい。
「早く撃てっ!」
 ぱしゅぅううう!と凄まじい噴射音。ロケットランチャーが地上にまた一つ死の花火をぶちまけるのを見てノエルは銃を握りなおす。
 ずっとこの光景を見続けていた遠距離攻撃隊の声に我を取り戻し火線が厚みを増す。
「第三部隊、第四部隊は休息に入ってください。第六部隊、第七部隊は戦線維持に当たってください!」
 管理組合員の声にあわただしく動く。戦闘能力が無くとも残った有志が傷の手当や水、食料を配って回っている。戻って来たばかりの近接戦闘職の手当てなどで目まぐるしく働いている。
「広範囲攻撃隊、攻撃開始っ!」
 広い範囲を持つ攻撃は必然的に弾数に限りがある。交代の間隙を突かれないためになけなしの力を振り絞って大地を地獄に染め上げる。
「うぉーーー。まだやれるぞ!」
 なにやらぐるぐる回ってるイベリーはさておき、ノエルは頬に流れる汗を不快に思いつつ痺れる両手に喝を入れる。
 まだたった2時間。地獄の一丁目にすら辿り着いていない。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

●主な登場人物●

・ヤーツェ:フィールド攻略組みの生き残り?
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・メルキド・ラ・アース:管理組合の人。東砦管理官。衛星都市へ出張中

●特殊用語
・フィールド
 特殊な怪物が持つ空間制圧能力。
 その中では侵入者が不利となる様々な制限をかけられてしまう事が報告されている。

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はい、総合GMの神衣舞です。
4話構成を考えていましたが5話になりそう・・・w
今回はあまり進展していません。でも次回は99%死闘となります。
恐らく援軍到着から衛星都市に本陣が激突。+フィールド再戦という感じ。
5話は後始末話にできればなぁと考えつつ。

みなさんのリアクションお待ちしております!

なお、状況説明用に幕間もUP予定です。
疑問などがありましたら風読神社やPLチャット等でおねがいします。
戦況確認
(2010/2/24)
『現時点の状況を説明いたします』
 管理組合本部の大会議室で進行役の人間がマイク越しの声を響かせる。
 正面のスクリーンにはクロスロード、衛星都市を含んだ概略地図が表示されていた。といってもまっさらの台紙に丸を2つ書いた程度のものだ。
『夜明けと共に始まった衛星都市防衛戦は損害を最小限に留めたまま2時間を経過。
 ただし、武器弾薬回復アイテムの消費が激しく同じ火勢を保てるのはあと4時間程度と見られています』
「補給は?」
 早速飛び出た問いかけに男は即座に回答を述べる。
『エンジェルウィングスの飛竜部隊が対応していますが、早い分積載量に限りがありますし休息させなければならないのが難点です。
 輸送トラックの第一陣は2時間後に到着予定ですが、これも到着前には強行突破を実施せざるを得ない状況。
 以降の輸送はほぼ不可能だと予想されます』
 概略地図にに矢印が書き込まれる。クロスロードからのたうつ蛇のようにして衛星都市に伸びるのが援軍のライン。
 同時に画面下、南を示す方からは馬鹿みたいに太い矢印がゆっくりとせりあがってくる。
『ここで問題となるのは怪物の動きです。
 衛星都市の付近を通過する怪物は衛星都市に殺到する動きを見せていますが、ある一定以上離れて居る場合無視してクロスロードへ侵攻を続けています。
 これらが2陣以降の輸送部隊と不意の会敵する危険性があるのです』
「怪物の狙いはあくまでクロスロード……いや、塔と園か」
「その進路上に衛星都市があっただけ、ということなのか?」
『その点については推測の域を出ません』
 何一つ怪物の事など分かっていないのだ。進行役も言葉を濁すほか無い。
「主力がぶつかる前に撤退をした方がいいのではないか?」
「いや、それならいっそ西か東に一時避難をし、挟撃してはどうだ?」
『撤退に関して問題となるのは我々が最短ルートを構築できていないことです。背中を突かれることは元より、怪物は我々のように不明地帯を迂回する必要がありません。
 最悪、横っ腹を突かれる可能性もあるでしょう。
 また待機時間、帰還時間の物資不足。クロスロードに到着しても迎えるのは怪物となり、救援を行うのも難しい状況が予想されます」
「空きっ腹を抱えていつ襲われるかも知れない立ち往生か。やってられんな」
『これらの理由から、衛星都市には可能な限り敵戦力を削る作業に没頭してもらい、残る敵をクロスロードと南砦で迎え撃つ事になります』
「しかし……維持できるのかね?」
 しんと議場が静まり返る。
 数秒ののち、重苦しい空気を掻き分けるようなゆっくりとした動きで進行は口を開く。
『難しいとしか言えません。怪物は多種多様で中には致命的な能力を持ったものが居てもおかしくはありません』
 例えば世界によっては大地の大精霊とされるベヒーモスや、アント系種族。それに物質を透過するゴースト系。
 何より飛行系が多ければ多いほど地上を基本にした防衛は厳しくなってくる。
『エンジェルウィングスでの援軍輸送は広範囲遠距離攻撃能力者を優先し、精霊術師、魔術師を重点的に送っています。
 これは矢弾が必要となる探索者は弾切れを起こすと活動が出来なくなるためです。
 魔術師系であれば最悪寝る事ができればある程度力を取り戻せますので』
 それからと言葉を接ぐ間に南からの矢印はクロスロードに迫る。
『クロスロードの対応としては、衛星都市と同じく機動力を持った探索者で迎撃を敢行。
 その後南砦とクロスロードで篭城戦を行います』
「住民への依頼はするのかね?」
『現状物資の価格操作は一部の新興業者にしか見られません。またクロスロードの防壁は理論値5倍の怪物と戦う事を前提に作られています。
 商店主もデリバリーを積極的に行っていただいてますから、不要と考えてます』
 ざわざわと囁きあう声が一瞬強まり、それがやや沈静化してから進行役は口を開く。
『最後となります。フィールド持ちの怪物───ロックゴーレム討伐について』
 空気の色が変わる。そこに垣間見えるのは疑問と不信感。
『ユエリア氏の参戦から、人数は必要戦力の68%となっています』
「討伐の意味が分からない」
 強い声が言った。
「先ほど衛星都市を放棄しない理由の中に水源が再び怪物になるという可能性の指摘があったが、今そこに戦力を投入して撃破したとて同じ事が言えるのではないか?」
「その通りだ。衛星都市の探索者が逃げるのでないならなおさらだろう?」
 議場の空気はおおよそ今の声に肯定的だ。一人でも戦力が欲しい状況なのだから当然過ぎる。
『これについては……』
 進行役の視線が一瞬彷徨う。それにおかしいと気付く前に彼は言葉を続けた。
『副管理組合長からの指示です』
 ざわめきがぴたりと止み、すぐに困惑の囁きが広がる。
 事実上のトップである4人の姿をこの場に居る殆どの者は名も姿も知らないのである。
「理由は語られなかったのかね?」
『……』
 逡巡が目にも明らかな進行役の顔に視線が集中する。
 やがて意を決したように彼はその言葉を口にする。
『まぁ、やればわかる……だそうです』
 口にするのを躊躇うのは当然だろう。苦しげに応じた彼に噛みついても仕方ないと知る者達は苛立ちすらもかみ殺す必要なないとばかりに顔をしかめつつ続く言葉を促す視線を突き付ける。
『もちろん理由を問いただしはしましたが、応じていただけず……』
「そもそもこの難事になぜ副管理組合長が誰も出席されていない」
 その言葉に数人が同意の言葉を述べる。
『それにつきましては以下のように答えろと。
 ……君たちがこっちの顔を知らないだけで、居るかもよ。』
 ぴしりと全員の動きが止まった。
 無理もない。少なくとも管理組合という摩訶不思議な組織を作り上げた中核存在で、大襲撃の生き残りであることは間違いない。
 姿も知れないこともあって不気味さも加わり、恐怖に類するイメージもまとわりついていた。
『……ともあれ、これまで通り管理組合としてはどの選択も強制いたしません。
 探索者のみなさんの行動に管理組合はクロスロードの維持を踏まえた支援を行うだけです』
 それは管理組合の基本方針。ゆえにその点においては異論はない。
 最後に若干のしこりを残しつつも、彼らは残り少ない時間を活用すべく動き出す。
再来
(2010/3/27)
 まさに見上げるほどの巨体。
 全長は軽く20mはあるのではないかという巨大な石の人形がそこに鎮座している。
 その姿を初めて目の当たりにした探索者達は一様に息を飲み、そしてこれからこれに挑む事を覚悟する。
「ほら、支度急げよ」
 運転席からエディが露出した車上へと声をかけてくる。
 彼の用いた『アカイバラノヤリ』により、かの怪物に物理攻撃が通用しない事が分かって居る
 それ故に攻撃属性を変えるスキルはこの戦いに措いてまず必須となる力だ。
 実はエディはそれらを敵前で行わなければならないと覚悟していた。が、対象が余りにも巨大なため遠くからの確認が可能と判明。
 さらに近づかない限り動かないようなのでまずは準備行動となったのである。
「とはいえ」
 ピートリーがあきれ半分に呟き、続く言葉に迷う。
 その巨大さは純粋な脅威である。ただ一歩歩くだけでその周囲に爆弾が落ちたような衝撃を与える存在に対し、真っ当な接近戦など挑めない。
 故に方針はあっさりと決まった。
「遠距離砲撃を開始します」
 彼女の合図と共に様々な光が舞った。
 どどどどどという轟音。ゴーレムを取り囲んで撃ち放たれた攻撃が次々と着弾し、表層を抉っていく。

 オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!

 それは果たして声か、それともその巨体が動く時に生ずる音か。
 座して黙していた巨像が地を、大気を震わせてその身を起こす。
 息を呑む。ただ巨大であるという威圧感。ただそのいち挙動が世界を揺るがすという存在感。
 様々な神話で巨人族が神と同列に扱われるという意味を改めて思い知らされる。
「臆してはいけません。先に戦い、残された知識が必ず私達を勝利に導きます!」
 その声は当然彼女の周囲にすら轟音にかき消されて届く事はない。
 だがほんの僅かな沈黙を吹き飛ばすように砲撃が再開されるのを見て彼女は力強く頷いた。
「来ます!」
 ロックゴーレムがではない。その足元から湧き出すように現れたのは土くれで出来た人形───マッドゴーレムだ。
 わらわらと這い出て襲いかかってくるこれらから砲撃要員を守るのが近接職の仕事となる。
 戦士達は己の武器を握り締め不気味な速度でにじり寄って来る土人形を改めて見定める。
 刹那────ぐぉんと大気を歪ませる音。
 一瞬遅れてロックゴーレムの左方で盛大な土煙が立ち上った。
「無茶苦茶ですねぇ」
 アフロ、じゃないピートリーが冷や汗を流しつつ呟く。ロックゴーレムの攻撃で恐ろしいのはその質量故に防御ができない白兵戦だが、遠距離攻撃が無いわけではない。
 マッドゴーレムを生成する要領か、自分の体の一部を変形させ砲弾として投げつけてくるのである。
 その勢いたるや今見た通り。まるでトン単位の爆弾が落ちたような有様である。
「上手く避けてると良いんですけどね」
 ノアノもそちらを見つつ、土ぼこりをはらむ風に目を細めつつ、生み出した炎の槍を石巨人目掛けて打ち放つ。
 彼らを含め殆どの者は車上に居た。
 遠距離砲撃を行った後は必ず移動する。こうする事により単発の砲撃を避けるようにしているのだ。
 ただしこれもマッドゴーレムに囲まれてしまえばどうする事もできない。
 応戦とばかりに砲撃がロックゴーレムの体表を火花で飾る。同時にその周囲で進路を作るべくマッドゴーレムをなぎ払う音が響き渡った。
「まるで神話の光景だね」
 ピートリーの言葉にユエリアは瞑目し、自らが扱える最大級の魔術を構成し始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 もしこの光景を衛星軌道上から見ることが出来たなら。
 それは黒の海にぽつんと浮かんだ空隙に見えるのだろうか。

「震えが止まらないな」
 ノエルの呟きは周囲で無秩序に発生する音にかき消されていく。
 これまで何千何万発と相棒の銃を使い続けてきた。けれどもグリップを握る感触すら曖昧になるほど撃ち続けた事などあっただろうか。
「迎撃を増援組にシフトします。交代のタイミングで浸透を許さないように!」
 6時間経過。
 この戦況を見守り声を挙げ続けている女性は、凛とした響きを声に宿したまま指示を出す。
 空も陸も怪物だらけだった。
 黒の波────怪物の群れに砦が飲み込まれる直前に滑り込んだ増援組の編成がようやく終わったらしい。
「対空砲火を密にしろ! どうせ通り過ぎた奴らは戻っちゃ来ない!」
「落ちてくる敵に気をつけろよ!」
 それは光の魔法だったり対空砲だったり弓だったりと様々だが、急降下してくる飛行系の怪物に雨あられと打撃を加えて落としていく。
「青で浸透! 遊撃隊C、D班は応援を!」
「っ!」
 衛星都市の至る所には色や模様といった特徴のある旗が掲げられている。迷わないための配慮だ。
「ドラゴンで弾薬要求。補給班対応! ライオンでも補給要請!」
「メシ食いたいやつはこっちこい! 負傷者は無理せずさっさと回復を受けろ!」
 耳がバカになりそうな音の中で指示を送る者の声だけがはっきりと聞こえる。
 精霊種や精霊魔法使いが空気を操って情報伝達を円滑にしているのだ。
 また光を操ったり電子機器に強い者が中空にプロジェクターを展開して状況を投影している。
 出身も立場も、人種もなにもかもが違う連中がそれぞれに自分の長所を生かして獅子奮迅の働きをしている。
 見渡す限りに異形の破壊者が蠢く中で、その都市は未だ健在。
 異様な高揚感に手足たる戦士達は怪物達に死を振り撒く。冷静な頭脳役は手足が十全に動けるように指示を与え続ける。
「それでもまだ18時間もあるのか……!」
 両手の銃に弾を食わせて笑う。
 よく分からなくなってきたが楽しくなってきた。冷静になれと諌める声が頭の中で響くが目に付いたバケモノの額に次から次に穴を開けていく作業が痛快でたまらない。
 すぐに弾切れになる。リロード。撃っても撃っても終わりが無い。苦悶と悲鳴だけは一人前に漏らす怪物がどんどんと散っては補充されていく。
 リロード。急所を外してしまったらしいので腹におまけで数発叩き込んでやる。リロード。
「おい、お嬢ちゃん交代だ」
 大振りの手が痛いくらいの力で肩に掛かりはっとする。
「ん……ああ」
「おら、お嬢ちゃんは休んだ休んだ!」
 やや突き飛ばす感じに前に出た男が壁をよじ登り顔を出したゴブリンの頭を蹴り飛ばす。
「今からここは俺達の舞台になるんだからなっ」
 ニイと男臭い笑みを見せられてノエルは苦笑。感覚が失せ始めている両手を改めて認識してどこが冷静だと呟きを漏らす。
「お前達、元気かぁぁぁああああああい?!」
『YEARRRRRRRRRRRRRR!!』
 周囲の音を飲み込むような嬌声。よく見れば新たにやってきた男達は鋲付きの服やらモヒカンやらと似通った雰囲気をしている。一つのパーティだろうか?
 麻薬でもやってるのかという妙なテンションが周囲の音を圧殺する。
「ヒャッハー! パーティの始まりだぜぇええええ!!」
『YEARRRRRRRRRRRRRR!!』
 まさにガンパレード。男達が思い思い手にした重火器を一気にぶっ放す。
 人間とは思えない巨漢が本来設置して使う機関銃を手に持ったまま振り回すように弾をばら撒いたかと思えば「吹き飛べゃあああああ!」なんて叫びながらロケットランチャーをぶち込んでいる男が居る。
「最っっっっっっっっっっ高にフィーバーしようぜぇええ!!」
『YEARRRRRRRRRRRRRR!!』
 なんというか、滅茶苦茶だ。だがその圧倒的な火力に充分な間隙が生まれる。
「ほら、行った行った。ここは俺達のパーティ会場だ!」
 なんというか……冷や水をぶっかけられたような顔をしていたノエルははっとして「……ああ」と苦笑いで応じる。
 今はとにかく体を───いや、精神を休めるべきだ。
「ボクらしくない……のかな」
 衛星都市を包む異様な空気を幻視して、ノエルは中央へと歩を進めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「こっち頼む!」
「はい!」
 その中央でも目まぐるしい戦いが続いていた。
「高位神官を!」
「切り傷くらいなら絆創膏貼ってろ!」
「コラ! 使い終わった止血スプレーをそこらに捨てるな! 危ないだろうが!!」
 なまじ室内であるせいか、むせ返るような血と汗の匂いに誰もがテンションをおかしくしている。
 元より治療師や医師である者が率先しているため安定を保っているが、手伝いで残った者の中には完全に参ってしまって寝込んでしまった例も少なくない。
「セリナさん、大丈夫ですか?」
 看護士服を纏った女性に声をかけられて彼女ははっとして周囲を見渡した。
 彼女は当初前線で付きっ切りの回復支援をしていたのだが、次第に増える負傷者に対し効率が悪いという事で中央の野戦病院にその仕事場を移している。
「ええ、大丈夫です。次の方」
 魔道書を用いた術式で回復魔術の効率を上げたものの、どうしても人間であるが故に疲労は蓄積する。特に魔術であるために時間を負うごとに脳の疲労は増大する。
「ダメです。休みましょう」
「ですが……!」
 見渡す限りけが人の中でセリナはじっとこちらを見る看護士の瞳に息を呑む。
「魔法治療は私達技術医師にとっては悔しいくらいの存在なんです。
 だから、こんな場所で早々に潰れてもらっては困ります」
 真摯に紡がれる言葉に反論する意志が殺がれていく。
「済みません。興奮してますね……私」
「当然です。私達だって同じですもの」
 天使とも称されることのある職に就く女性の、穏やかな笑みにそんな兆候は見られない。ふと視線を転じれば同じように諌められ苦笑と共に天井を仰ぐ神官の姿があった。
「増援が持ってきてくれた医薬品とかもありますからね。暫くは私達に任せてください」
「はい、お願いします」
 微笑み、目を閉じる。
 それだけで意識は驚くほど早く暗闇の底に落ちて行った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「イルフィナ管理官。突出した『怪物』を補足したと一報が入りました」
「……そうか。数は?」
「予想よりもはるかに少ないです」
 南砦を任された青年は執務椅子から立ち上がり、窓辺に立つ。
 まだ視認はできないものの、確かにその先に怪物の群れが居るのだろう。 
「予定通りMOB討伐隊に先制攻撃を依頼します。
 30分後に南砦の扉を閉鎖。迎撃を開始します」
「了解しました」
「それから、フィールド制圧の方はどうですか?」
「先見からは戦闘開始の連絡がありましたが、以後情報はありません」
 青年は目を細めてぶつぶつと何事かを呟く。
「分かりました。本部にも連絡をお願いします」
「了解」
 早足に去る管理組合員を見送り、青年は掛けていたロングコートを手に取る。
「急いでくれよ」
 彼が危惧するのはフィールド制圧組が例え勝利したとしても逃げ場を失う事だ。
 数時間も経たないうちに怪物は十、百、千とその数を増やしていくだろう。
 防衛の要、砦の一角を任された者として、例え英雄的な働きをしたとしても怪物の流入という危険を冒してまで門を開けることはできない。
 彼は指揮官として立つ為に執務室を後にする。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「畜生っ、いつまで粘るんだ、あの石人形はっ!?」
 エディの言葉に応じる者は居ない。ただ焦燥をより濃くするばかりだ。
 すでに戦闘が始まって数時間が経過している。だが岩の巨人はその身を削りつつも未だに健在。足元からマッドゴーレムを吐き出し、自らは岩の塊を形成しては神罰のように振り下ろしている。
「っ!」
 ノアノは不意にそれを見つけ息を呑む。偶然視界にはいったそれは転倒したジープだ。そのすぐ近くにクレーターがあり、割れた岩の破片がごろごろと転がっている。
 一際鋭く長い、まるで投擲槍を思わせる欠片には赤黒い物がべっとりとまとわり付いていた。
 負傷───特に移動手段を失った者は即時戦線離脱をすることになっている。落ち着いて戦えるならば離脱組みを再編成する事も考えられたが、今にも怪物の群れがこの地も飲み込みかねないとあってはのんびり待っているわけには行かない。
 中にはその射程を生かして未だに支援を続けている者も居るが、空と巨人を彩る光と音は明らかにその数を減じている。
「ノアノさん! 右上方っ!」
 ピートリーの鋭い声に我に返った少女はだんだんその大きさを増していく黒影に息を呑む。
「こっちに来るなぁああっ!」
 先んじてエディがとうの昔に割れて砕けたフロントガラスから銃口を突き出して連射。が、それは砕けた余波で宙を舞う破片であるはずなのに巨大。迎撃をいともせず迫ってくる。
「っ!」
 ノアノも無我夢中で炎の弾丸を作り上げ打ち込む。それは見る間に迫った岩石に直撃し、岩に亀裂を走らせる。
「もういっちょっ!」
 ダメ押しだと打ち込んだ氷の槍が決定打となって岩が砕けるが─────
「危ないっ!」
 ドスドスドスと命を削ぐ音が周囲に響き、車両が狂ったような蛇行運転。
 ノアノは自分を掴むピートリー手にすがりつつ振り落とされないように渾身の力を込める。
「カーター!」
 声に応じてぎゅんと動く球体を見たのが最後、間近での炸裂音。小石が物凄い速度で服をかすめ、ノアノは二の腕に痛みを感じる。
 それでもなんとか体制を整えた車両の上、ノアノは突き放すように自らの体を盾にして覆いかぶさるピートリーの下から這い出る。
「大丈夫で─────」
 がすっ
 身の毛が凍るほどに鈍く、そして嫌な音が耳朶に響く。
 まさに目の前でピートリーの頭が凄まじい揺れ方をし、拳ほどの岩がごろりと転がる。
「おい! 今やばい音しなかったか?!」
 光景を見ていないエディが焦りの声を挙げるくらい酷い音がした。あんな速度で当たったら頭蓋骨なんて砕けてもおかしくない。
 それを証明するかのように、ピートリーはずるりと力なく車上に崩れ落ちる。
「あ、アフロさんっ!」
「揺らしたらだめです! 回復薬を!」
 動転するノアノをユエリアが慌てて抑える。頭を打ったのなら下手に動かすのは逆にそれで殺しかねない。
「おい、次が来るぞ!」
 しかしそんな状況だからと時間は止まらない。車が急旋回する音とエディの怒鳴り声。その半瞬後、間近に落ちた岩塊が車体を派手に揺らした。
「っく!」
「うわあああ!?」
 天地がひっくり返ったっておかしくない。そんな錯覚を覚えるほどの衝撃と、そして爆風に右も左も分からなくなりながらとにかく手近な物を掴んでしがみつく。
「アフロさんはっ!?」
 叫んだところでその姿がどこにあるのかすら分からない。
 十数秒してようやく晴れた視界の中、すでに車上にはピートリーの姿は無かった。
「そ、そんな、アフロさん!?」
「なにかなっ!?」
「……え?」
 声は車両後方から。転げるように移動して覗き込むと、手すりを掴んだピートリーが半身をぶらぶらと衝撃に躍らせながら「痛っ!?」「ちょ、早く引き上げて!?」とか言ってる。
「頭は大丈夫なんですか!?」
「なにか凄い誤解を受けそうだよね?その聞き方っ」
 かなり余裕がありそうである。ともあれエドと協力して引き上げてひと段落。
 そうして彼はおもむろに一言。
「アフロが無ければ即死だった」
 ……
 ……
「それが言いたかっただけとか言うなよ?」
 凍りついた空気の中、エディの突っ込みにアフロは一切応えなかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 戦闘開始から12時間が経過し、衛星都市周辺は正視に耐えない有様となっていた。
 大地が赤黒く染まっている。土壁はいたるところで崩れ、それを即席のバリケードで封鎖している。
 それでも進入する怪物に満身創痍の探索者が気力を振り絞った攻撃を加えている。
 誰も彼も耳と鼻がバカになっていた。立ち込める悪臭に慣れきってしまい、また絶え間ない爆音で音が遠い。
 戦傷者の数もさることながら戦死者の数も急激に増え始めていた。その主な原因は不運もあるが、慎重さを欠き不意の一撃を受けたものが大半を占めた。
「疲れが認識できなくなってきている」
 元兵士や将として戦った事のある者は何よりもその事実に焦りを覚える。
 人間に限らず戦いの場において精神は体を騙す。本人は十全で戦っていると認識しているのに不意に体が意識に追いつかなくなるのだ。
 避けられて当然の攻撃を受けて土壁から崩れ落ちる者が続出していた。
 壁の向こうに助けに行く事はできない。だが先ほどまで隣で戦っていた者が無常に落下していく様は少なからず精神を蝕んでいく。
「交代だ! シフトを変える! 良いから離れろ!」
 声は聞こえているはずなのに戦う手が止まらない。多少なりにも冷静さを残す者は余りの光景に背筋を冷たくした。
 戦いそのものは有利に進んでいる。間違いなくこの砦の戦力の十数倍の怪物を倒しているはずだ。だがそうと感じさせないこの怪物の海の中、この小さな島が飲み込まれる悪夢を誰もが幻視する。
「ドラゴンだっ!」
 一際強く響く声。神魔に通じ、おおよその世界で上位に立つ者。
 その羽ばたきは大地を行く中小の怪物を吹き飛ばし、しかし気に咎めることも無く衛星都市へと迫ってくる。
「このまま通り過ぎてくれやしないかね」
 誰かの軽口は実際真摯な願いでもあった。
 その一方で情報を統括する管理組合のスタッフは恐慌状態に陥りかけていた。
 防戦の前提条件の中に含まれる「古竜クラスの超大型怪物の不在」が崩れた瞬間だ。情報を統制し、その意味を知るからこそ目の前で起きた事件に愕然とする。
「落ち着きなさい。対竜装備所持者を集めてください。全力で落とします!」
 竜はあらゆる世界でその威を知られるがため、竜に対し効果を持つ武具も多い。
 アースの声に慌しく動き出すスタッフだが、その姿を彼女もまた内心に焦りを抱きながら見ていた。
 彼女は知られた通り地属性魔法ではトップレベルの力を持っている。だからこそ空中に対する攻撃能力が極端に低いのである。
 指示が伝わるより早く射線が竜に集まるが、毛ほども気にしないかのように悠々と空を舞う姿は神々しくもあった。
「竜に惑わされるな! 壁を越えられたら被害が拡大するぞ!」
 必然として周囲の怪物への圧が全体的に弱まり、悪いところでは大型の怪物に手酷い一撃を受けて土壁に大きな亀裂が走る。
「白に増援を!」
「無茶を言うなっ!」
 地上の混乱をあざ笑うかのように竜は悠々と空を舞い、大地に影を落とす。
 無視しろと言われても無理だ。目が見えずとも耳が聞こえずとも、その存在感は精強な探索者の精神を揺さぶる。
「フェニックス被害拡大。支援攻撃できないか!?」
「余裕のあるところ、名乗り出ろ!」
「予備戦力の投入はまだかよっ!」
「この際けが人でも叩き起こせっ!」
 これまで保ってきた壁が崩れる音がする。それでも瓦解しないのはこれまでの十数時間で連携が生まれた事と、各個人が徴兵された兵士とは違い意志を持って戦っている事にあるだろう。
「私がフェニックスの方に出ます。出れる班はまず戦線を立て直せる箇所へ投入。順次回復を」
「了解」
 この状態で座しているわけにもいかない。大地の精霊に呼びかけ、石巨人を作り出す。
「この2時間は出し惜しみしてはなりません。行きます」
 出現したゴーレムがぶん回す腕で怪物が一気になぎ払われる。それが集団で動き回るのだからその制圧力たるや勢いを取り戻させるのに充分だ。
 だが

 GUOOOoooooooooooooooooooOO!!!!!!!!!!

 咆哮─────
 まさに王の号令。
 生命を揺さぶり魂を吹き散らすほどの轟咆があれほど凄まじかった戦の音を蹴散らし制圧する。
「っ!」
 混乱からの脱却。その出鼻を挫かれて正気を保てた者は声の限り指示を飛ばすが、咆哮に威圧されてしまった者の中には失神する者まで居た。
 特に中央で回復や補給役を務めていた『住人』の被害は凄まじく、数分の混乱で発生した負傷者の対応や補給が一気に滞ってしまう。
 矢継ぎ早に報じられる被害状況。不安がずぐりと心臓を抉る。

 戦闘開始から13時間経過。
 衛星都市は悪夢の時間を迎える。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

●主な登場人物●
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・イルフィナ・クォンクース:管理組合の人。南砦管理官。
・メルキド・ラ・アース:管理組合の人。東砦管理官。衛星都市へ出張中

●特殊用語
・フィールド
 特殊な怪物が持つ空間制圧能力。
 その中では侵入者が不利となる様々な制限をかけられてしまう事が報告されている。
 ロックゴーレムの場合物理系攻撃の一切を無効化し、更に何か追加効力がある様子。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 にゃふ(=ω=)
 はい、総合GMの神衣舞でやんす。
 「え? なんでここで区切るの!?」って言わせたかったので区切ってみました(マテ
 幕間を挟んで後半戦を公開します。というのもみんな前のめりすぎ……w
 誰一人クロスロード防衛に残らない前向きさに感動してもうドウシヨウと思っていますw
 なのでそのあたりの描写を幕間という形で少々入れないとって感じです。

 では後半戦をお楽しみに。
成長と証明
(2010/3/27 )
「どうですか?」
 やや不安に彩られた、それでも人に安心を与える穏やかな声音がディスプレイに照らされた少女に問いかける。
 言葉には応じず、代わりに複数のモニターが状況を高速スクロール。その集計結果として中央の巨大スクリーンに戦況を一斉に表示していた。
 気になるのはその数字が約1時間前を示している事だ。遠距離の通信が出来ない以上、どうしてもこのようなラグが発生してしまう。
「善戦していると見るべきでしょうか」
 損耗率は驚くほど少ない。もちろんゼロではないが二年前に発生した『大襲撃』と比べればその感想にもうなずけるだろう。
 無論莫大な量の怪物と野戦を行わなければならなかった過去と防壁を最大限に利用し教訓を生かして戦う今では差が無くては困る。
「面白い話だよね」
 第三の声が茶化すように響く。
「故郷でもなんでもないこの世界、この町のためにみんな逃げずに戦ってる。
 何がそーさせるんだろうね?」
「繋がりだと思います」
 間を措かず応じる穏やかな声。
「この地で新たに生まれた関係、絆……
 断ち切るのは簡単かもしれませんが、それでも失いたくないという心ではないでしょうか」
「……」
「……」
「……だ、黙らないでくださいよっ!」
 二人の余りの無反応っぷりに、女性は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「いやー、あちしには無理な発言だなーって」
「同意」
「……もう……」
 はふとため息一つ。女性は改めて推移する戦況情報を見上げる。
 現時点での予想ではあと数時間で衛星都市は厳しい時間を抜けるだろう。
「でも、正直これはまずいかもね」
 緑色の瞳が戦況図を見て細まる。
「まずいって……あ……」
 思い当たる事があったのだろう。女性は表情を曇らせる。
「追加情報」
 ポツリと呟かれた言葉。そののったりした声音とは裏腹にその指先は恐ろしい速度で情報を纏め上げる。
「うは、ビンゴ」
 緊張感の無い声を咎める事すらできず女性は画面を見る。
「空帝の先駆け……」
 遅れること一時間。ようやくクロスロードにその巨竜の到来が知らされる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「赤2つ、方位は南西ですね」
 飛竜の上、風を切り裂いて二人の少女が砦から放たれた煙信号を読む。
「上手く誘導はできておるようじゃな」
 高空から眺めればその速度に応じていくつかの集団になった怪物の群れが見て取れる。
 その一部一部に同じくフライユニットに乗った迎撃手達が攻撃を加え続けている。
 一旦衛星都市にぶつかったせいか、怪物の流れは一旦膨らむようにしてばらけ、次第にクロスロードに向かって収束している。
 大きく離れた物は放っておくとして、気まぐれを起こしそうな集団に適度に攻撃を加え、流れを調整しているのである。
 すでに南砦には防衛に参加する数千人の探索者が集まっている。今はそうやって数を調整された集団に機動戦闘を仕掛け削っている。
「白2つに青1つ。大きな『溜まり』ができてますね」
「ではわしらの仕事じゃな」
 見ればその合図に見知った顔が、ある一点に集まりつつある。
 地上の怪物達もそれに気付いたのだろう。誘導された結果もみくちゃになりながらも上空に向かって威嚇や射撃を繰り出してくる。
「赤3つ。行きます!」
 砦から撃ち放たれた色つき煙を尾にする合図に上空の探索者たちが一斉に攻撃に転じる。
 集まった彼女らは大規模なMOBを殲滅するのが仕事だ。数人単位で動く防衛任務では強くなくても数だけはいるMOBは厄介な存在である。それを専門に討つために砦と契約し従事している。
 その一発一発はそこまで強いとは言いがたいが対象とする範囲に限っては桁違いである。
 そして弱さは数で補えばいい。
 それは壮絶な光景だった。
 天空から雨あられと降り注ぐ光、闇、炎、氷、ミサイルに銃弾に矢に烈風。
 地にあっては地面が歪み、揺れ、石槍や植物の根が縦横無尽に怪物の群れを食らい尽くす。
 一瞬で数千の怪物を破壊の中に食らい尽くし、彼らは再び散開する。応援のつもりはなかろうが、集まってきた飛行能力を有する怪物に対し、今度は物凄い速度を有した別の探索者達が迎撃行動に入る。
 一般的な探索者が苦手とするのはMOBだけではない。飛行能力を有する怪物もまた地を行く者には厄介な存在である。
 そしてそれを専門にする者達も当然居る。
 風竜を駆り、ランスの突撃で頭を砕く者もいれば、正確無比の射撃で翼を砕いていく者も居る。
 軍も統治者も持たないクロスロードだが、依頼という形で大襲撃への対応、その訓練はずっと続けてきた。
 各砦に最低限の防衛戦力は置いているが、残る全ての迎撃戦力がここに集まっていた。
 そうやって削られるだけ削られた怪物をクロスロードや南砦に残った探索者達が衛星都市と同じ方法で駆逐していく。つまり機動力を持った者は遊撃、持たない者は城壁を背にして。
「黒2つ」
「大型の怪物かえ」
 左手を見れば体中に手を生やした巨人が大地を揺らして迫っていた。
「ヘカトンケイルじゃな」
「大きいですね……」
 その体長は10m程度。歩みは遅いがその威圧感はやはり凄まじい。
 だが────

 それを打ち砕く光が空を裂いた。

 光の着弾点。巨体が爆炎に包まれる。
 範囲攻撃のエキスパートが居るならば、当然一撃必殺を専門にして居る者も存在する。
「……まぁ、なんというかシュールですよね」
「ふむ?」
 ドレスを纏う少女はその生まれがファンタジーな世界のため金の髪の少女が呟いた感想は理解できなかったらしい。
 クロスロードの外延でゆっくりと立ち上がったのは『巨大ロボット』である。
 その体長は15m。一般的な物理学から言えば膝関節くらいあっさり壊れそうなのだが、まるで気にすることなく光線をぶっ放していた。
 これだけの戦力があるのならばもっと衛星都市に戦力を振ってもよさそうだと考える者も居るだろうが、快調に怪物たちを迎撃する彼らの殆どに共通した難点がある。
 継続戦闘能力が低いのだ。巨大ロボットにしても数発撃ってヘカトンケイルを撃破したのを確認すると引き下がっていくし、空を舞う者や地を走る者達も深追いせずに順次クロスロードや南砦に帰還している。
 補給線が事実上途絶えた衛星都市では彼らの能力は必殺となってもそれっきりになってしまうのだ。
 その点、クロスロードならば無尽蔵とは行かないまでも数ヶ月戦えるだけの補給が可能である。
「あ、次の合図」
「じゃな」
 飛竜に合図をして旋回。
 新たに作り出された溜まりに向かい竜は気高く咆哮を挙げた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そしてこの世界の明日を創るための戦いは。
 探索者が自分たちの生きる世界を往くための戦いは。
 何よりも、この世界を知るための戦いは最終局面へと移行する。
世界の姿、その欠片
(2010/3/27)
 多重交錯世界《ターミナル》
 我々はこの世界には天と地と、それを分かつような大河を見た。
 人の住める土地。
 しかしそこにあるべき生命は見当たらず、唯一『扉の園』の茨のみがこの地を彩る命であった。
 だが、この世界には『扉』があり、『塔』がある。
 何者かが創造した物がある。
 では、それを創造した者はどこへ行ったのだろう。
 それを創造した者は他に何一つ作っていないのだろうか?

 我々がこの地に至って早4年。
 触れられなかったこの世界のヴェール。その一枚目に我々はようやく辿り着いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 変化は唐突に訪れた。
 新たな巨石を掲げたロックゴーレムが不意にその動きを止めたのである。
「今度は何だ……」
 エディが勘弁してくれとばかりに悪態をつく。運転席に居る彼ですら車と同様細かい傷にまみれている。
 直撃を受けなくても雨あられと吹き付ける石混じりの烈風のせいだ。彼だけでなく誰もが服に血を滲ませ、痛みに顔をしかめている。
「今のうちに集中攻撃とかした方がいいんじゃないんですか?」
 不安そうに次の魔術を用意しようとするノアノにピートリーはゆっくりと首を横に振った。
「いや……崩れるみたいだよ」

 ピシリ と亀裂の走る音が大気を切り裂く。

 次の瞬間、足を構成していた部分が大きく剥離し、落下。盛大な土煙を上げるとそれに続くように次から次に崩れ、落下する音が響いた。
 凍りつくような静寂と荘厳に砕けていく巨人。その全容が土煙の中に消えていくのを見てどこか遠くで歓声が上がった。
「やった! やりましたよ!!」
 ノアノの嬌声にピートリーは笑顔を作りつつもずりずりと車上にへたり込む。もう手足が痙攣しまくって立つに立てないのだ。今までは脳内物質か何かで誤魔化されてたらしい。
「お疲れ様です。これで……」
 コンと、ユエリアは車体を叩くエディに言葉を遮られ、不思議そうに視線を転じる。
「エディさん?」
「……音が小せえ」
「え?」
 ずずずんと地面すら揺らす音が響き渡る中、彼が一体何を言っているのかわからないと他の二人もぽかんとする。
「あのデカブツが倒れるにしては音が小さすぎるんだ」
「ちょ……それって」
 カーターがひゅんと飛んでロックゴーレムに近づこうとし、慌てて逃げ帰ってくる。
 歓声は一気に消え失せた。
「っ! マッドゴーレムがっ!?」
 新たなマッドゴーレムの群れが土煙の中から進み出てくる光景。そして晴れ始めた土煙の中、確かにそこにはフォルムこそ若干違えど巨大な影があった。
「嘘……」
 ユエリアも魂が抜けたように見上げ、息を呑む。
 陽光にそのボディが輝きを返す。
「アイアンゴーレムってやつかな……」
 岩をぱらぱらと零しながらその姿を見せたシルエットは先ほどよりも一回り小さいがまさしく人型。そしてゴーレムに酷似するものだった。
 土埃の中からそのメタリックなボディに光が乱反射した。
 もう言葉も出ない。
 時折起きるずずんという岩が地面に落ちる音。
 それすらも遠い。三時間近く戦ってようやく倒したと思った矢先の出来事に、誰もが気力を根こそぎ持っていかれた。
「いやいや、べりーぐっとだって」
「え?」
 聞き覚えのないようなあるような声にノアノがきょろりと横に視線を向けた瞬間
「やほ☆」
「ひゃ!?!?」
 滅茶苦茶近くに良い笑顔の女の子が居た。
「え、あ? 純白の酒場に居た人!?」
「ひっどいにゃね。名前くらい覚えてくれていいじゃん。ノアノちん」
 緑の髪に真っ赤な猫耳というとても特徴的な姿の少女は猫そのものの笑顔を浮かべる。
「アルカ……さんでしたっけ?」
「ういうい。そーにゃよ。もーわかってるじゃん☆」
 てちてちと肩を叩かれてどう応えていいものかうろたえる魔女。しかし周囲も事情が掴めず顔を見合わせる。
「えと、どうしてこんなところに居るんですか……?」
「んにゅ? ちょっとお遣いにゃよ。
 あっこにね」
 そう言いながら指差したのは背後。
「あっこって」
 エドは目を細め、その指先にある絶望を改めて見る。
「爆弾でも仕掛けてきたとか?」
 ピートリーの言葉にまるで呼応したように、ずうんと凄まじい地響きが響き渡り、車両が跳ねた。
 皆が手すりやら落下防止柵やらにしがみつく中、平気な顔して体勢も崩さない猫娘はとても楽しそうに地面に沈んでいこうとする鉄の巨人を仰ぎ見た。
「君達が成した結果にゃ。存分に楽しむと良いにゃよ?」

 そして、それは動き出す。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「畜生っ」
 夜闇の中、リロードするのももどかしい。
 ゴブリンが後頭部から脳漿をぶちまけて吹き飛ぶ横から5匹の新手がよじ登ってくる。
 衛星都市の状況は刻一刻と悪化していた。
 押し返すだけの火力が不足していた。これまで大怪我を負う前に後ろに下がり、中央で治療と補給を受けて戦線に復帰するというサイクルを行う事で大軍を御していたのだが、一度に大打撃を受けた上に中央の機能が麻痺してしまったため死傷者はうなぎのぼりに増えていった。
 そしてそれを引き起こした元凶は悠々と付近を旋回しては心を砕くような咆哮を時折放ってくる。
 直接攻撃が無いだけマシかもしれないが、この状況で目の前に集中しろだなんて無理な話だ。
 なりふり構う場合でない。複数体のゴーレムが怪物を倒していくが、流れを変えるだけの決定的な力にはなりえない。
 何よりもすでにここは背水の陣である事が悪い方向に作用し始める。逃げる場所などないのだ、せめて一矢報いるとばかりのやけっぱちの行動で命を落とす者が増え、苦悶の声が次第に満ちていく。
「弾はっ!」 
 叫んでも応じる声は無い。すでに少なくない数の小型の怪物が土壁の中に浸透し、思い思いに暴れているのだ。駆除をしようにも手が足らず、また更なる浸透を許す箇所もある。
「っ!?」
 嫌らしい顔で笑うゴブリンが赤く濡れるナイフを手にこちらを見ている。鬱陶しいと思うのが先で、続いて腕に浅くない切り傷が出来ていることに気付く。
 ブチ殺そうにもすでに弾は尽きている。銃底でぶん殴ってやろうと踏み出しかけた瞬間、横合いからクイックローダーが飛んでくる。
「ノエルさん。使ってください!」
 肩で息をしながら声を搾り出す女性には見覚えがあった。確かセリナとか言う……
『ギィィイイ』
「うるさいなっ」
 意識を持っていかれてても手は勝手に動く。再装填した弾をくれてやりながらセリナの近くまで移動。
 負傷した右腕が射撃の衝撃でずきずきと痛んだ。
「治療します」
「ああ」
 応じながら左手で数発を手近な怪物に叩き込む。それから横目で見れば必死の顔つきで治療魔術を使う女性は自分以上に血に汚れていると気付く。自分の血ではないのだろうと直感的に思った。
「助かったけど、回復役がこんなところまで来ていいの?」
「もう一々戻れる状況じゃありませんから」
 確かにそうかもしれないが、かといって安全など消え去った場所である。
「皆さんが動けないなら私が動くだけです」
「勇ましい限りだ」
 ノエルは差し出された弾を即座に銃に詰め込み、射撃を始める。
 だが、と黒い思考が胸を蝕む。
 明らかに探索者側の悲鳴が増えている。聞きたくも無いのに声が耳の奥に響いてくる。衛星都市の各所で煙が立ち上り始めていた。
 無駄な思考だと切り捨てようとしても、刻一刻と迫る終わりの時が大音声で針の触れる音を響かせる。
 せめてあの竜を退かせる事ができれば流れをつかめるかもしれない。
 だが自分の弾丸はあの飛翔する竜には届かない。苛立ちを弾丸に込めて脳天をブチ抜きながら周囲を睨む。
「きゃぁっ!?」
 背後での悲鳴。セリナの前に降り立ったのはジャイアントマンティス。その鎌も牙も人間を砕くのは容易い。
「やらせるかっ!」
 三発立て続けに撃ち、外す。細身の体だからということもあるだろうが、それ以上に疲労から狙いが定まらない。
 チと舌打ちして地面を蹴る。同時に動き始めた蟷螂の鎌を止まれと睨みつけ、銃身を突き出す。

 瞬間────

 ゴッと世界が青白い光に包まれる。

 夜陰を引き裂いた光の帯。それが伸びる先には天を支配する者が居る。
 魔竜の咆哮をかき消す咆哮。
 どれほどの熱を持ったのか。鱗を妙な色で輝かせつつ、それはぐらり傾いだ。

 オ゛オ゛オ゛オ゛

 その搾り出すような声のなんと醜いことか。
 数時間にわたり衛星都市の上空を支配し、探索者の魂を削り続けた巨竜がゆっくりと重力の鎖に捕らわれて、ひしめく怪物の上に落下。勢いは消えぬまま地面に激突し、数百の怪物を磨り潰していく。
「っと」
 凍りついた世界で、ノエルはジャイアントマティスの頭を打ち抜く。
 動揺か、それとも単に音に驚いただけか。
 虫の顔色を判別できない彼女にはさっぱり分からない事だが、止まった敵を撃ち抜けない彼女ではない。
「今だ、押し返すぞ!」
 これがようやく訪れた反撃の時間だとは分かった。
 すぐさま管理組合側からの指示が飛び、生き延びるチャンスを逃すまいと誰もが気力を振り絞り武器を振るう。
 回復を担う者達も、精神を安定させる魔術で連鎖的な建て直しを計り、押し返す後押しを開始する。そんな中で怪物たちの動きは明らかに鈍い。
「北の方からなんか来るぞ!」
 北とは、クロスロードのある方向だ。
 援軍かと暗闇のなかで目を凝らした者は愕然として言葉を失う。
 それはこちらに向かって疾走してくる怪物だった。
「っ! どういうことだよ!」
 まさかの敵の増援に反撃ムードが一瞬で瓦解しかけたとき、更なる声がそれを支えた。
「あ、いや、更に向こうになんか居るぞ!」
 夜陰を引き裂くのは光。まるで怪物を追い立てるようにこちらに近づくのは明らかに人工の光だ。
 それと同時に衛星都市に肉薄した北からの怪物がそのまま素通りし、南へと走り抜けるのを見て誰もが理解した。
 まるでそれにつられるように、衛星都市に襲い掛かっていた怪物達も逃げ始める。
「丁重にお送りしてやれ!」
 誰かが叫んだ。
 数時間の鬱憤を晴らさんばかりに夜の世界が光と轟音に彩られる。

 戦闘開始から19時間経過。
 『再来』の終焉がようやく訪れた瞬間だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

主な登場人物
・ユエリア・エステロンド:衛星都市の元となる水源を発見したパーティの生き残り。
・ケルドウム・D・アルカ:たまに純白の酒場で料理とかやってる猫娘。
・空帝の先駆け:空飛んでたでかい竜のことらしい。
エピローグ
(2010/3/31)
 死者5462名
 この数字を多いと思うべきか。
 先の『大襲撃』では十万に迫る死者を出したとさえ言われるのだからこの数字は驚嘆に値するとすべきなのだろうか。

 『再来』と呼ばれるこの戦いで来訪者達はいくつかの事実を手にする事になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「でけえなぁ」
「でかいねぇ」
 エディとピートリーが見上げているのは全長18mもある巨大な金属の塊だった。
 ずんぐりむっくりのボディにはいたるところに傷があり、しかも傾いでいる。
「これが大襲撃の最後に出てきたっていう『巨人』なんですね」
 ノアノの問いにアルカは「そだよ」と軽く応じる。
 救世主とも称される4つの力。大襲撃の最終局面で現れ、怪物を追い払った存在だ。
「それが何でロックゴーレムなんかに」
「そんなの知らないにゃよ。あちしだって単にお願いされて来ただけだもん」
「お願って誰からです?」
「管理組合から。ほら、あちしのところって乗り物とかも作ってるし」
 パチンと指を鳴らすと空からタイヤの無いスケートボードが振ってきた。どうやらこれに乗ってきたらしい。
「あれ、誰か乗ってるんですか?」
 ノアノの問いにアルカはんーと首を傾げ
「実は脳みそが入ったボールを渡されてね?」
「思いっきり嘘って顔してますよ?」
 しゃべりたくないという事だろうか。確かに救世主は英雄的行為をしたはずなのにその詳細は伝わっていない。
「まぁ、あちしは『開かれた日』くらいからこっちに居るからね。
 いろいろと知ってるし、知ってるからいろいろと厄介な事をやらされることもあるにゃよ」
「そういえば「めんどくさい」とか言いながら酒場でくだ巻いてましたね」
 逃げてきたと言っていたがどうやら管理組合の依頼をすっぽかしたらしいと推測する。
「なぁ、これ動かねえのか?」
 エディの声に猫娘は肩を一つ竦め、「しんなーい。でもすっごい壊れてるっぽいね」と軽く返す。
 確かに外装はいたる所が破損しているし、何よりこの巨人────巨大ロボが傾いている理由は片足を地面にめり込ませているからだ。
 ついでに肩についた砲塔からは真っ黒な煙が絶賛噴出中。
 遥か彼方に盛大な一撃を放った後、これまた盛大に爆炎を吹いたきりあの有様である。
「まぁ、管理組合が接収して修理すんじゃないのかなぁ」
「壊れたままでまた怪物になっても困りますしね」
 よっこらしょと車両に戻ってきたピートリーが水筒を探し当てつつ視線を戻す。
「まぁ、それよりもあの地下の方が気になりますが」
 彼の視線の先、ロボの股下にはぽっかりと一つの穴が開いている。
「まさかフィールドの怪物が2匹居たとはねぇ。
 それの元もとの姿があの地下迷宮だったと言う訳ですか。いやぁ興味深い。超考古学者の魂に火がつきますよぉ!」
 2匹────その1つはもちろんロックゴーレムとなっていたロボだ。
 それを討伐してもマッドゴーレムが止まらなかった理由。それこそがもう一つの怪物の存在である。
 急に傾ぎ始めたロボの下、一気に周囲を巻き込んですり鉢上に沈み始めたのである。
 その中央からにゅっと飛び出したの巨大な鋏。
「ロックゴーレムが巨大ロボで、巨大蟻地獄が地下迷宮なぁ。
 めちゃくちゃな世界なもんだ」
 エディがしみじみと呟いた言葉が全てだ。ロボは不意に機動し、片足であり地獄を踏み抜いて粉砕。そのまま迷宮に戻った地面に片足が埋まって停止という流れだ。
 それでマッドゴーレムは地面に溶けるように全滅。
 状況を理解できないで居ると、今度は砲塔がぎゅんぎゅんと動き始めバカみたいな音と光を遥か彼方へと放ったのであった。
 その後、怪物の撤退を感知した管理組合からの依頼でまだ戦える探索者達が衛星都市へと走ったというのが流れだ。ユエリアもそちらに向かっている。
「ともあれ今回も無事大災害を乗り切りましたとさ。めでたしめでたし」
 気楽な調子で嘯き、スケボーに似たフライングユニットに腰掛ける。
「んじゃあちしは戻るにゃよ。お仕事溜まってそうだし」
「あ、はい」
 あの巨大ロボの方は良いのだろうかと思っているうちにアルカはさっさと飛び去ってしまう。
 ノアノはそれを見送り、そして衛星都市のほうへ視線を転じる。
 無事、大災害を乗り越えた。
 本当にそうなのかなと思いながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はい、どうですか?」
「ああ、痛みが無くなった。ありがとな、姉ちゃん」
 傷がふさがった男はにぃと良い笑顔を浮かべて去っていく。それを見送りながらセリナはふぅと息をついた。
 戦闘終了で万事解決。お疲れさまでした……とは行かない。山ほどの負傷者を抱えた衛星都市はその対応に追われていた。
 一刻を争う重傷者に治癒術をかけ、なんとかなりそうな連中はとりあえず包帯をぐるぐる巻きにして応急処置。
 魔法の使いすぎや精神が擦り切れて気絶している探索者を運び出し、遺体を安置する。
 気力のある者は土壁から落ちた者を探しに行き、それ以上に精力的な者は怪物の死体を漁りに出かけて行った。
 空が白みかけている。
 セリナは次の負傷者に治癒魔法を掛けながら差し込んできた光に少しだけ目を細める。
「よぅ、生き残ったみたいだな」
 横合いからの声。視線を転じると眼帯をつけた女性────ノエルが居た。
「そちらもご無事で何よりです」
 セリナの言葉に「まぁな」と応じ、横合いに置かれている椅子に腰掛ける。
「周りはどうですか?」
「かなり酷いな。怪我してないヤツのほうが少ない」
 特に終盤。浸透を許してしまい流れ込んだ小型の怪物が巻き起こした被害が大きい。
 内側に入り込まれてしまったために同士討ちを避けて射撃系、範囲系の攻撃が使えなくなった。それまで主力にしていた攻撃が使えないとあって戦術の切替に手間取ったのだ。酷いところでは味方を巻き込んでしまったケースもあった。
 あと一時間、怪物の撤退が遅ければ死者の数は絶望的なほどに増えていただろう。
「クロスロードから物資が届いたぞ。手の空いてるやつは手伝ってくれ」
「けが人もこっちで受けられるぞ」
 北門の方向でそんな声が上がり、人が流れていく。
「それにしても、これはどういう扱いなんだろうな」
「え?」
 不意の呟きにセリナは小首を傾げる。
「衛星都市防衛については管理組合の依頼って事なのかね。
 趣からすれば大地震に近いようなものだから、国でもない管理組合が報酬を支払う謂れは無いとも言えると思うし」
 確かにと声に出さず呟く。
 この『再来』はこの世界における自然災害に近い物だ。同時に管理組合は衛星都市建設の呼びかけをしたものの、管理組合はいわば慈善事業に近い。
「ですが、殆どの世界で王の無い、国の無い事はまずありません。
 大多数の方が管理組合をそういった物に当てはめて考え、認識しているのは間違いありませんね」
「だろうな。ボクもそう思う」
 管理すれど君臨せずの謎の組織。
 その成立は大襲撃を乗り切った有志がまさにこの『再来』に備えて作った組織のはずだ。
 来訪者を定着させるためにクロスロードのインフラを整備し、利益を生むためのシステムも作った。
 『再来』に対する備えという点に措いては賞賛されるだけの成果を挙げた。
 だが────
「今回、衛星都市を作ろうと言い始めたのは事実上管理組合だ。
 その事実に対し、みんながどう思うか」
 誰も彼も物分りの良いはずもない。また死別という取り戻せない経験をした者も確かに居る。
「ずいぶんと難しい問題ですよね」
「全くだな。だからってボクたちが今どうこう言える話でもないけど」
 肩を竦めて立ち上がったノエルはひらひらと手を振って去っていく。
「あ、えっと、次の方どうぞ」
 ともあれ、自分は自分が為せる事をするしかない。
 セリナは怪我を負った人の治療に改めて集中するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「で、どう思う?」
 イルフィナの問いかけにアースは手にした紅茶を置いてしばし黙考。
「個人的には衛星都市は放棄したいですね」
「だがクロスロードの防衛ラインという点ではかなり有効だったじゃないか。
 あれのおかげでクロスロードでの損害はほぼゼロだ」
 涼やかな声に黒髪の女性は冷ややかな視線を向ける。
「『空帝の先駆け』と言うそうですね。あの竜は」
 批難が滲む声音に「らしいね」と青年は応じる。
「副組合長はあれを知っていたのですか?」
「そのようだ。恐らく空帝そのものも知って居るんだろう」
「防壁は空からの攻撃には無力です。それにあの咆哮……恐らくフィールドですね?」
 一連の事件で集められたデータから、フィールドについては1つの説が有力視されている。
「まさに"自分の土俵"ってやつだね。ミラージュドラゴンは幻影空間。ロックゴーレムは攻撃の遮断。巨大蟻地獄はマッドゴーレムの無限練成。そして空帝の先駆けは畏怖の咆哮。
 フィールドに挑む者は必ず不利な舞台で戦わされる事になるというわけだ」
「私が言いたいのはその事実を何故公表していないかと言う事です」
 彼女にしては珍しく語気を荒げた口調だが、青年は動じる様子も無い。
「それに……そもそもあのような存在は先の『大襲撃』にも以後の探索者の発見報告にもありません。
 街から出ることのないあの人達がどうしてそれを知っているかと言う事です」
「私に聞かれても答えようがないよ。憤りは分かるけどね」
 困ったような顔も宥めるための演技だろう。それを理解してアースは拗ねたように紅茶を手に取る。
「空帝の先駆けに対しては早急に『ユグドシラル』の修理をして、迎撃してもらうしかないね」
「あの巨大兵器……の名前ですか?」
「ああ、そうだよ。ちなみにあのエネルギー砲は『フェンリルハウル』と言うそうだ」
 事も無げに語る青年にアースはじっとりと睨みつける。
「まさかとは思いますが。
 貴方も知っていた、と言う事はありませんよね?」
 刃の涼やかさをまとった視線を向けられた青年は、「怖いなぁ」と嘯きながら
「もちろんだとも。知ってて黙ってたなんて事になるとセイに殺されてしまうからね」
 やや茶化すように応じる。その笑みの奥まで見透かせずアースはむぅと黙りこくる。
「言っておくならば四人の救世主については独自に調べていたがね。
 というか、君も予想を付けていただろうし今回の『ユグドシラル』で確信を得たんじゃないのかい?」
「それは……まぁ」
「その上で言えば、副管理組合長達は『再来』を予想できていなかったし、水源だって発見したパーティの功労だよ。
 特定の援助や示唆は見受けられない」
「……どちらかと言うと、貴方が独自にどこまで調べていると言う事の方が気になりはじめましたね」
 そこは見逃してくれと微笑み、カップを手に取る。
「管理組合の要職に就いているとはいえ、私だって探索者の端くれだ。
 机に縛られて有り余った探究心がそういう方向に向いただけだよ」
「相変わらず胡散臭いですね」
 本人の目の前で堂々と言い放つ。が「そりゃぁセイに比べればね」と軽くいなされた。そういう男だ。
「この話はここまでにしておきましょう。
 それで、探索者への報酬はどうするつもりですか?」
「普通通りだよ」
 明らかな異常事態である『再来』に対し、普通とはどういうことかと眉根を寄せるアースにイルフィナはコツンとテーブルを叩き、薄幕のようなディスプレイをポップアップさせる。
「怪物討伐の報酬は管理組合から正式に通達されている依頼だ。
 また、治療行為や支援行為に対しては同じく防衛任務や砦での補助任務に対する功労と同じとする」
 ディスプレイにはざっと数字が並ぶ。
「納得しますか?」
「『再来』は管理組合の責任ではない。
 これ以上の報酬を出してしまえば今後起こりうる『大襲撃』に対し管理組合は特別な責任を負ってしまう。
 我々は国、彼らは国民という関係じゃない。企業に似たビジネスライクであるべきだ」
「ですが……」
 冷静な者はその対応を理解するだろう。だがそれを素直に受け入れるかは別の話だ。
 大襲撃の時とは違い、今は不満を叩きつけるに最適な組織がある。
「その発表の後に今回討伐した怪物から得られる利益の分配を通知すれば大半は納得するさ」
「……貴方が発表するのだけは止めてくださいね。喧嘩を売るような物です」
「心得ているさ」
 皮肉をさも当然のように受け流す。
 人心すらもまるでパラメータのように語る同僚にため息一つ。
「スーはどうして貴方とやっていけるんでしょうね」
「私としては君がセイの相手を出来てる方が不思議だよ」
 十年以上の付き合いだ。皮肉の応酬など先が見えている。
「……私は砦に戻ります」
「休暇が出てるんじゃないのかい?」
「顔くらい出さないといけませんから。
 それに皆さんが残務処理をしているのに一番目立ってしまった私が遊び惚けるわけにはいかないじゃないですか」
「『守護神』様は大変だね」
 衛星都市陥落を防ぐために死力を尽くし、終盤戦に措いては常軌を逸した数のゴーレムを操って奮戦していた彼女の名声が上がらないはずもない。
 メディアには女神だの守護神だのと祭り上げられる始末だ。
「本来ならば、広範囲殲滅戦は貴方の領分なのですよ?」
「だから私はここに残った。それに防衛戦なら君が明らかに上だ」
 一番あってはならない事。それはクロスロードが陥落することだ。逆に言えばそのためには衛星都市は見捨てても構わない。
 その意図を隠そうとしない男をアースは睨みつけ、すぐにため息と共に背を向けた。
 そして、静かになった部屋でイルフィナは苦笑を一つ浮かべる。
「誇れよ。この世界じゃ神様だって十全の力を揮えない。
 多少優れただけの能力だけでお前は戦い抜いたんだから」
 本人を目の前にして言わないのは照れ屋……ならば可愛げがあるのだが。
 青年は表示したままのデータに視線を送り、今後の動きについて検討を始めるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 管理組合からのお知らせ。

 @今回の大襲撃を『再来』と称する声が多いため、これを固有名詞とします。
 A『再来』に措いて討伐した怪物に対する賞金は規定額お支払いします。
 B『再来』に措いて残された怪物の死骸、それの価値については管理組合で一括管理し、後日分配いたします。
   これについては商人組合、エンジェルウィングスとの協同実施となります。
 C衛星都市に措いて治療行為、補給行為を担当した者については医療報酬をお支払いします。
  これについては施術院組合の規定に基づく額とします。
 D各経費については一切の支払いはできません。上記の報酬内に含まれるとします。
  また各戦地に配給された物資については費用の請求はありません。
 E衛星都市への行き来は自由ですが、Bの処理や復旧作業を行いますので定住はご遠慮ください。
 Fクロスロードと衛星都市の中間地点に大迷宮が発生しました。
  調査は自由ですが、機械兵器による崩落が起きている箇所がありますのでご注意ください。
  また、機械兵器の修理を行っております。関係者以外は近づかないようにお願いします。
 Gクロスロード、大迷宮、衛星都市を繋ぐ街道は新暦2年4月頃開通予定です。
  エンジェルウィングス協賛の元、定期便も予定しておりますのでご利用ください。

            以上、管理組合からでした。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

●主な登場人物
・ケルドウム・D・アルカ:お気楽極楽猫娘。自称マジックカーペンター
・イルフィナ・クオンクース:南砦管理官。腹黒いらしい。
・メルキド・ラ・アース:東砦管理官。人気急上昇中のお嬢様系美少女(笑
・ユグドシラル:大迷宮に片足突っ込んで故障中の巨大ロボ。必殺技は『フェンリルハウル』
総合GMの戯言
(2010/3/31)
言いわけとか



(=ω=)ノシ 神衣舞だおー?

 はい、というわけで第一回メインストーリー『世界へのアプローチ』終了のお知らせでやんす。
 以下言い訳だかなんだかなんでまぁ、暇な方だけどーぞ。

 まず今回の趣旨は
 ・クロスロードの存在がある程度固まったから新たな拠点を作ろうと思った。

 です。そうして考えたのが『大迷宮』という場所でした。




 ……ええ、メインは大迷宮のほーなんですよ。
 正直衛星都市はぶっ潰される予定でした。
 えー、参加者に告ぐ。
 お前ら前のめり過ぎだ(=ω=)

 当初のプロットを見ると『衛星都市撤退戦』って書いてるんだよ!
 『再来』に対して戦力は不足。全力で逃げるために最短ルートを邪魔する『フィールド』を攻撃するっていうのが流れだったんだよぅ!!
 そしたら復活した『ユグトシラル』に支えられて撤退終了。衛星都市は陥落するけど大迷宮が残るって話を予定してたのに(=ω=)
 全部パァですよw
 ついでに先のプロットで用意してた空帝まで前倒しになるし。うひゃータノシー!
 まぁ、『先駆け』って書いてる通りあれは部下みたいな物ですけどね。
 でもフィールドモンスターであるには違いないので世界にこっそり変化は起きています。

 んでまぁ、PCが全員クロスロードの防衛放棄ってな具合となってしまったために衛星都市防衛戦力も、フィールド討伐戦力もOK過ぎて、こんな結果になったわけです。
 ぶっちゃけ被害は1/3くらいになったよ。


 まぁ、悲哀はこのくらいにして。
 ちょいと別の言い訳おば。

 今回のシナリオではPCはちょい役です。かなりの比率でNPCが出張っているのが分かると思います。
 歴史の転換期というか、そういう大事件に関してはメインクエストと称しそういう形式になりますが、決しておまけだと言う事にはなりません。
 参加者の意思は来訪者の総意に反映されます。
 先に語った「お前ら前のめりすぎだ」もこれに関係します。
 最終話ではPCが全員クロスロードから離れて戦いました。その結果、探索者も動ける者はGO!状態になってしまい実は最低戦力しか残っていない状況になっていました。
 もちろんクロスロードに座して動かない面々は居ますので陥落することはありませんけどこれは超予想外。
 見事大戦果を勝ち取る事になりました。上手くはまったから良かった物をって感じもしますけどねw
 今後もメインクエストについてはこのような形をとりますので『よく考えて』(笑)リアクションをお願いします。

 さて、これからの展開ですが、暫くはのんびりSSのクエストを2本とサブクエストを数本垂れ流していきます。
 どういうやり方でやっていくかはもうまとまりつつありますが、折角のTRPGシステムの運用ができていないのでオンセをやりたいなーと。
 そのあたりも踏まえていろいろと展開していきますので今後ともよろしくお願いします。

 以上、総合GMからでした。
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