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【inv03】『薄氷の表裏』
〜その1〜
(2010/2/4)
 『月映の塔』はこの国が出来たときからある古めかしい塔だった。
 王城の裏手にあり、びっしりと蔦と苔に覆われたそれは城下の人間にとって怪談話のメッカだった。
 曰く反逆した貴族が閉じ込められ、憤死した。
 曰く気のおかしくなった王族を閉じ込めるための場所だ。
 曰くかつてこの地域を恐怖に陥れた魔女を封じるための場所だった。
 人影を見たと証言する者は後を絶たず、魔女の笑い声や手当たり次第に壁を叩く音を聞いたという話もある。

 そんな場所は恐怖と同時に好奇心を掻き立てる。
 酒の席で売り言葉に買い言葉となった俺はなし崩しにその塔へ行く事になった。
 所謂肝試しというヤツだ。

 この肝試しには2つの意味がある。一つはもちろんお化けに対する物。
 もうひとつは森の中とは言え王城の一部だ。見つかって捕まっても怒られる程度としても、できればそんな事態は避けたい。そういう意味での度胸試しだった。
 酒の勢いも失せかけ、さっさと行ってしまおうと森を歩く俺は尖塔の窓に彼女の姿を見止める。
 噂の幽霊を見た。その驚愕よりも彼女の美しさに驚き、俺は足を止めた。
 結果から言えば彼女はお化けでもなんでもなくれっきとした人間だった。なんでも生まれたときからそこに居て一度も外に出たことがないそうだ。
 それから幾度と無く俺は彼女と会い、外に出たいという彼女の願いに応えようと思った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それでこの世界に来た、と?」
 セリナの問いかけにグルトンと名乗る青年が深刻そうにうなずく。
「で、こっちに来たら誘拐されちゃったんだ?」
「……ええ。まぁ、そんな感じです」
 エドが追従するように問いかけると、困惑にも似た表情を一瞬浮かべた。
「それで、連れ去ったと言う女性の姿は見たのですよね?」
「はい。銀の髪で巨大な剣を持った女性です。その人に殴り飛ばされて……」
 エドがちらりとセリナを見上げる。彼女は視線を合わさずにほんの少しだけ頷く。
 二人の感想は同じだ。この男性の話は要所要所に隠し事がある。最初の馴れ初めは流暢だったのにクロスロードに至ってからの経緯がどうも歯抜けだ。
「流石に目撃者も多そうですし、すぐに見つけることはできるでしょう。
 特徴的な方のようですしね」
「お願いします! 一刻も早く彼女を!」
 食いつくような勢いで懇願され、セリナはより一層疑問を膨らませる。
 彼の抱く「心配」───その女性に対する親愛は恐らく本物だ。恋は人を狂わせると言うけれど、まさに理性を超えた必死さがある。
「おにーさん、他に話す事は無い? 実はおにーさんが無理やり連れてきたとか」
 エドがずばっと聞いて、セリナが息を呑む。
「そ、そ、そんな事はない! 俺は彼女が塔から出たいと願ったから!!
 彼女が嫌がるなら塔から連れ出す事だってできやしない!」
 こっそりセリナも考えていた事だが……取り繕う雰囲気は無い。
「ま、まぁ落ち着いてください。エドさんも今のは失礼ですよ?」
「えへ。ごめんごめん。ちょっと思いついただけだから」
 ぺろり舌を出して謝る吟遊詩人の娘に男は「お、俺も言いすぎた」と座りなおす。
「……とにかくよろしくお願いします。早く彼女を取り戻してください」
「はい」
「はーい♪」
 単なる逃避行と誘拐事件。そんな話でない事は間違いないようだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「俺かい? 俺はイゼリアンズ王国聖務省所属の助祭だよ」
 つまりは王宮付き神殿の聖職者を名乗る男は、とてもじゃないが神職には見えない。
 風体からすればギャングといわれた方がしっくりくる。
 その感想を彼は言われずともあっさりと認めた。
「肩書きはな」
「……と、言いますと?」
 ノアノの言葉にロウサイアを名乗る男はにぃと笑い「道先案内人。お行儀の良い神官様だけに異世界なんて訳の分からん場所を行かせるわけにゃいかんだろ?」と応じた。
「つまりは僕達と同職か」
「お役所仕事になっちゃ居るがやってることは変わらんさ。だから依頼なんて発想も出てくる」
 軽薄さがにじみ出ているが年季が入っているせいかそれが演技かどうかは見抜くに至らない。
「先を話していいかな?」
「うむ。続けろ」
 ムダに偉そうな子豚に同意されては流石に鼻白む。ノエルとノアノ、どちらかの使い魔とでも思っていたのだろう。
「悪はどこだ」
「あ、えっと。続けてください」
 ノアノの促しに苦笑で応じ頭をひと掻き。
「依頼に書いた通り、誘拐犯の捕縛が仕事だ。
 殺しちゃなんないってのは肩書き上の理由でな。ついでに面子の問題からも引っ立てる必要があるんだよ」
「それで……誘拐された方は良いんですか?」
「ん? ああ。そっちは良い」
 あっけらとした答えにノエルもノアノも柳眉を動かす。
「業務上の秘密ってヤツでな。とりあえずそっちは何とかなる算段が付いている。
 お前さんたちは誘拐犯をとっちめてくれればいいさ」
「……未だに同行して居る可能性はないのか?」
 男は窓の外に視線をやる。つられて見るが別に何かあるわけでもない。快晴の青空が広がるばかりだ。
「まー、上司からの命令に倣うなら気にすんなってところだな。
 もしも見目麗しい女性が同行してたら気をつけてくれればいいさ」
「よし、悪を討ちに行くぞ」
 話が早くていいねぇと茶化すように男は笑う。一方のノエルとノアノはどうしたものかと思考をめぐらす。というのも二人はこの依頼にキナ臭さを感じていたためまずは様子見のつもりで着ていたのだ。
「イベリさん、まだ探す方の特長を聞いていませんよ」
「ふっ……悪が分からぬ道理はないっ!」
 ノエルが「これは一体何だ?」という視線を向けてくるが、ノアノだって応えられるわけが無い。
「何故なら、私が行く先に悪があるからふもっ!?」
 とりあえず話が進まないので、手近にある布をかぶせておいた。
「誘拐された方を気にしなさ過ぎる」
 ぽつりと零されたノエルの言葉に男は「ごもっとも」と肯定。
「だが宗教上の理由ってやつで俺も安易に口外できない。俺がこんな肩書き背負わされているのもその事実を知って良い権利を得るためなんでね。
 ただ、この仕事に関してあんたらに不利のある秘密でないことは確約する」
 腹の底が読めない男ではあるはが、嘘をついている風でもない。
 二人は沈黙の中仕事を請けるかどうかを吟味した。

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●主な登場人物
 ・グルトン:塔にとらわれた謎の女性と共に来たと主張する青年
 ・ロウサイア:イゼリアンズ王国聖務省所属助祭の資格を持つ荒事専門家。誘拐犯を追っている。

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 というわけで薄氷の表裏 第一話です。
 今回は二人の依頼人のお話を聞くターンになりました。本シナリオは3回構成を予定しています。
 状況によっては+1回バトルイベントを予定しています。
 では、リアクションをよろしくお願いします。
 もちろん途中参加でもOKですよ〜 
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