彼女はぐっと口を結んで窓から見える光景に向き合っていた。
見慣れない物ばかりの世界。木と石で作られた素朴な家々はなく、綺麗だが自然味に欠けるものが見渡す限り広がっている。
中には4〜5階建てと思われる建築物もある。話に聞く東大陸の帝国帝都であってもここまでの技術と権勢があると思えなかった。
「異世界、ですか」
自分を連れてきた女性はそう教えてくれた。
ここはあらゆる世界と繋がる地、故に『多重交錯世界』という二つ名を冠した世界。
自分は──────
どうしてここに来てしまったのだろうか。
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「………」
彼女とて学者を名乗る者である。知識に貪欲であるし、本は好きだ。
だが……
「えー……と?」
例えば壮絶に汚れた部屋があるとしよう。いざ掃除をしようとした場合はたしてどこから手をつけていいものか迷うものでは無いだろうか。
今の彼女はまさにその状態だった。
大図書館。
前々から話に聞いて興味はあったもののなかなか機会がなかった。
依頼の調査ついでに初めて訪れた彼女は、外見の広さを無視したとも感じられる本の迷宮に唖然としていた。
大量の本を見た事が無いわけでない。しかしこの量は異常だ。
もちろん知識の象徴たる書物を収集し、図書館にまとめている世界は他にもあったが、この量は無い。
というのも本とはかなり管理が面倒な代物だ。湿気、虫、熱、光と様々な要素に常に脅かされる。よって必然的に管理できる量が限られてしまうのだ。
科学と魔法での管理制御、さらには書物に関する妖怪、妖魔の管理という特殊な司書を抱えたこの場所はそれらの制限をあっさり打破して呆れる程の書物を次々と飲み込んでいるらしい。
「えー、すみません」
「はい?」
分からないときは聞くのが一番。
セリナは近くを通りかかった司書に声をかける。豊かなブロンドの女性がわずかばかり首をかしげて彼女の方を見た。
「調べたい事がありまして」
「何でしょうか?」
「異世界の事なんですが、『月映えの塔』とか……」
ブロンドの女性は少しだけ考えるようにすると
「世界分類コードは分かりますか?」
世界分類コード、世界コードとも言われるものは数多ある世界を区別するために1つ1つ振った番号だ。
「ええと……00054983です」
必要になるだろうと思って書き綴ってきたメモを確認し応じると、すぐさま彼女は「ええと」とひとつ呟いて
「では、VD021-32の棚に関連書物があります。
貸し出しできない書物ですので館内での閲覧をお願いします」
と答えてくれる。
「……」
PBに確認したのだろうか?と首を傾げるが、その疑問を問う前に彼女は自分の仕事に戻ってしまった。
「あ、ありがとうございました」
慌ててお礼を言うと「いえ」と彼女は少しだけ振り返り笑みを浮かべた。
胸につけられたバッジには『サンドラ・リーブラリィ』とあるのを確認しつつセリナは目的の本を求めて歩き始めた。
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「いべりさんどこに行ったんでしょうかねぇ」
ノアノが呆れたようにきょろりと周囲を見回すが、やかましい子豚の姿は見えない。
「甘い物の誘惑には惑わされるものかぁ!」と叫びつつ驀進してしまった。果たして当初の目的を覚えているのか不安でならない。
「目撃情報を見つけた」
「ひぃあああ!?」
いきなり背後から声をかけられてノアノが小さく飛び跳ねる。
「どうした?」
片目を少しだけいぶかしげに細め、ノエルが問う。
「の、ノエルさん。い、いえ。変な声だしてすみません」
ずれた魔女帽子を直しつつ心臓が暴れるのを押さえる。
「そ、それで目撃情報って?」
「昨日ニュートラルロードで逃げる女を追いかける男が居たらしい。
女のほうは別の女が男をぶっ飛ばして連れて行ったらしい」
「ええと、その男の人が?」
「聞く限り、容姿は一致するな」
うーんと少し考える。
「連れて行った女の人って、ロウサイアさんの仲間なんでしょうか?」
「すでに助けたというなら人質を気にしないで良いという意味は理解できる。
だが、女は男をあっさり倒したらしい」
「仲間ならその場で男も捕まえますね。つまり第三者の介入という事でしょうか」
「僕はそう思う」
「依頼からすれば追うべきなのは男の人の方ですけど……」
未だに保護できていないだろう誘拐された女性をどうして気にしないのか。それはどうしても気になる点だ。
「ノアノの方は何か見つけたか?」
「何かを探して走り回ってた男の人の話は。
おそらくノエルさんの情報の後ですね」
「だろうな。場所は?」
「『扉の園』の近くですね」
「場所は一致する。その辺りを探すか?」
「昨日の話ですよね?」
「宿は近くにとって居る可能性があるからな」
なるほどと頷く。
「とりあえず今ある手がかりはそれだけですし、連れて行った女の人とかも込みで調べて見ましょう」
「そうなるな。
……あの豚は?」
今気づいたときょろきょろと見回すノエルに
「聞かないでください」
アレを理解できる人も早々居ないでしょうしと内心で呟きつつ捜査の一歩を踏み出すのだった。
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「年齢は15歳くらい。
背中までの黒髪のきれーな人。身長は160cmくらいでふわふわした印象っぽいかも。
ただ恋愛フィルターが入ってるからびみょーだよね〜」
エディンロヴンはさらに詳しく聞いた話を元にさらさらと似顔絵を書く。
「名前が無いってのはびっくりだけど」
吟遊詩人であるので専門ではないが、特徴を元に大体のものを書くくらいならできる。
「まぁ、分かればいいんだしね」
「あ、お待たせしました?」
声を掛けられてエドはふいと顔をあげる。
「あ、セリナおっかえり〜」
「どうでしたか?」
「こんな感じの人らしいよ?」
下書き程度のデッサン────モンタージュというよりも似顔絵書きの描き方の絵を見せて笑う。
「上手いですね」
「そうでもないよー。セリナの方は?」
「気になる話がいくつかは。
まず月映えの塔ですが、彼の世界のある国にある塔で国が管理しているものらしいですね」
「城の裏手の塔って言ってたもんね」
「ええ。ずいぶんと古い物らしいですね」
そう前置いて彼女はメモ書きを開く。
「陽と月は交わらず。互いを知らず見ず、流転する。
いずれ訪る光を嫌う者をただ待ちて、月は白きまま塔の中へ。
陽は民の前に立ち、己が運命と向き合うだろう。
永劫に続くべき先の灯火とならんことを」
「歌?」
きょとんとしてエドが問い返す。
「ええ。塔にまるわる歌ということですが……」
ふんふんとエドは絵を修正しながら頷き
「いろいろ解釈できるけど……塔って牢獄かもね」
「やっぱりそう思いますか?」
依頼人が女性と出会った情景とこの歌、そして国の管理というワードを重ねあわせれば必然的に見えてくる事だ。
「何らかの理由で何も知らされないまま塔に監禁されてるのを勝手に連れてきちゃったって感じだよね?」
「となると誘拐犯というのは……追っ手でしょうか?」
「どーだろ?
とにかくあの人が一方的に善人で被害者って感じはしないかな」
セリナもそれには同意しつつ、もう一度歌を思い浮かべる。
「こういう場合、塔に入れられる人って巫女だったりしますよね?」
「だねー。歌が残ってることからも国事だったり、宗教的な何かだと思うよ。
光を嫌う者なんて言葉が出てきてる事を考えるとちょっと良い事じゃない匂いぷんぷんだよ」
まさに災厄を示すような言葉だ。続く句に「向き合う」や「先の灯火」とあることも踏まえればまず間違いないだろう。
「どうにしても。その連れて行った女性を発見する意味はあると思いませんか?」
「まあ、あのお兄さんは悪い人ではないだろうけど、頭の良い人って感じでもないしね〜」
何も知らないまま、運命の紐に足を引っ掛けたかもしれないね。とエドが笑う。
そんな言葉にセリナは微妙な顔をしつつ、冬晴れの空を見上げた。
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不覚だ。
まさか焼き芋があるだなんて……!
芋は果たして甘いものに含まれるのか? 確かに甘さはある。だがあれは芋だ。そう、正義を執行するには食事を欠かしてはならない。だから必要な処置だったのだ!
などという自問自答をしつつ芋を齧る子豚がいた。誰かと言うまい。
横には「ぽぴー」と煙突から音を立てる車。のれんには「いしやきも」とあっておじさんが客の対応をしていた。
「おじさーん。4つくださいな〜」
やたら甘ったるい声に「あいよ」と応じるおじさん。
「ふむ?」
そろそろ行かねばと心機一転のイベリーはふと芋を買っている女性が気になった。
能天気を絵に描いたような笑顔の女性だが、どうして気になるのか。
「……はっ!?」
決まっている。つまりは悪なのだ!
自身に内蔵されている(かもしれない)センサーが反応したのだ。
そう……決しておじさんが渡している芋を見てもう少し欲しいかもとかいう理由ではありえない!
「見つけたぞ、悪め!」
「ほえ?」
有無を言わさぬ突撃。ぎょっとするおじさんに対し、女性はぽーっとした顔のままふらりと体を揺らす。
「何っ!?」
くるりとスカートが舞い、そこに突っ込んだかと思うとあっさり流された。一撃を避けてみせた女性は「悪だなんて酷いですねー」と気にした風もない。
こいつ……できる!
その瞬間。脳裏にある光景が思い浮かんだ。
主に彼女が背負っているやたら大きな剣。
「…………!!」
なんかあれで何度もぶん殴られた気がする!
いかんあれは巨悪だ。とても凶悪で強大な悪に違いない! 体が打ち震える。
「どうしたんですか?」
近づいてくる。間合いに入られる前に行動しなければならない!
「戦略的撤退だ!」
だっと駆け出すイベリー。しかし顔は覚えた。悪は必ず倒す。いずれ!
そんなやたら熱い思いを抱きつつ彼はクロスロードの町を疾走するのだった。
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●主な登場人物
・グルトン:塔にとらわれた謎の女性と共に来たと主張する青年
・ロウサイア:イゼリアンズ王国聖務省所属助祭の資格を持つ荒事専門家。誘拐犯を追っている。
・女性A:グルトンが連れてきた女性。名前が無いらしい
・女性B:女性Aを連れて行った女の子。イベリーが何度も殴られた覚えがあるらしい。
・サンドラ・リーブラリィ:大図書館の司書長
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というわけで薄氷の表裏 第2話です。
次回である程度決着がつくと思っています。
……ホントか?(ぉい
いろいろな謎も解けるだけのヒントはあるかと。
では、リアクションおねがいしますね。