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【inv03】『薄氷の表裏』
〜その3〜
(2010/3/22)
 レイリー・ソロ・ウィミア
 その名前は意外すぎるほどあっさりと出てきた。
 というのも彼女は妙に目立つのだ。
 性別を問わず人の目を惹きつける美貌を持ちながらいつもへらっとした笑み。口を開けば頭のねじが数本飛んだような可哀そうな発言しか飛び出さず、女性がため息をつくプロポーションに自分が隠れられそうな大剣を背負う。
 ついでにエンジェルウィングスの社員でもあり、しかし報告書を書くのが面倒だからとそこいらの店に隠れ潜むので、ニュートラルロード南側半分では知らない人を見つける方が難しい。
 情報集めに繰り出した面々はあまりにもあっさりと情報を掴んでしまったため逆に不自然さを覚えつつ、しかし他に方策なしと彼女への接触を開始するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あんたがレイリーってやつか?」
 一応ノエルはそう聞くが……
「ふぁい?」
 饅頭にかぶりついたまま首をかしげる娘。
 いや、まぁ話の通り間違いなく美人だ。そして話の通りそれをあまりにも見事に台無しにする雰囲気をまとっている。
 無駄にでかい剣は邪魔だとばかりに足元に転がしているし、なんかモゴモゴと言ってるし。
「んぐ。はい、そーですけどぉ?」
 やたらのんびりな動きでごくりと飲み込み、ふにゃりとだらしなく作る笑みは良く言えば人懐っこい子犬を思わせた。
「あー……数日前に女を一人連れて行かなかったか?」
「ほえ?」
 きょとんとしながら饅頭をもう一つ掴んでぱくり。
「もごも」
「いや、口の中に物を入れてしゃべらないで欲しいんだが」
「むぐ」
 こくこくとうなずき、お茶で流し込む。
 それからもう一回首を捻り直し、「おねーさん、誰ですか?」とか言いながらほわーっとした顔をする。
「……ノエルだ。君が守ったという女性。彼女を追いかけていた男を探している」
「あら。女の人を連れ戻しに来たんじゃないのですか?」
「女も近くに居るのか?」
「いませんよー」
 ずずずとお茶をすすり、ほふとひとつ息を吐く。
「朝には居なくなっちゃいました。昨日は夜に戻ってきたんですけどねー」
 ・・・・・・・
 眉間を抑えてしばし黙考。
「それはお前の家に住んでいるとかそういう意味じゃないのか?」
「そうなんでしょーか?」
 何がタチが悪いかと言えば、本人に悪意が無い事だろうと気を落ち着かせつつ思う。
 これは真性の馬鹿だ。
「……それ以降その男の接触は無いのか?」
「私はありませんよ? 探してるのは見ましたけどお話しすることもありませんし」
 まぁ、そりゃそうだろうがとひとりごちていると「会いたいんですか?」と首をかしげる。
「まぁ、そいつを探しているんだからな」
「じゃあ会いましょうか」
 よっこらしょと立ち上がり、それから店の出入り口ノ方を見やる。
「案内してもらえますか?」
「……え?」
 自分に言われていると勘違いしたのは一瞬。
 彼女の視線の先には大きな本を抱いた一人の女性の姿があった。
「……私に言ってます?」
「はいです」
 レイリーを探して店に入るなり声をかけられた女性────セリナは少々困惑しつつ、さらに理解できないとばかりの顔をするノエルを見やる。
「この方があの女の子を探してる男の人を探しているんですよー。
 ……うわ、わっかり難い説明」
「え、ええと……。おっしゃってる事はわからないでもありませんが……
 どうして僕が女性を探していると?」
「そりゃぁ、勘ですよー☆」
 満面の笑みでそんな事を述べるので二人はぽかんとするしかない。
「あと、今私に声をかけてくる女の人なんて限られてますからね〜」
 楽しそうにそう言葉を付け加え、少女はよいこらしょと剣を拾い上げる。
「そんな不思議な事でもないですよー。
 依頼の来歴を見れば大体予想がつきますよ?」
 着たばかりのセリナは「あ、それもそうですね」と呟くが、おバカな行為を見続けていたノエルとしては
「こいつ……演技してんのか?」と思わざるをえ
「ふぎゃっ」
 結局持ち上げた剣にバランスを崩され、すっ転ぶ少女に思考停止。
 本気でわけがわらないとノエルは深くため息をついた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「見つけたっ!」
 この世界に着て早3日。
 かけなしの金で依頼こそしたが、このまま無為に時間を潰せるほどの余裕はない。
 今のところ進展は無し。自分もと彷徨っては居るが、彼女を探し出すことはできていなかった。
 だが、彼女の姿がそこにあった。こちらに来た時の衣装ではないのは連れて行った女性が着せたからだろうか。町にすら行ったことの無いという彼女が買い物をできたとは思えないし。
 そうなると依頼した冒険者の連中が探せなかったのも理解できる。あの女の所から逃げ出したのだろうか?
「待ってくれ!」
 とにもかくにもグルトンはもう逃がすまいと彼女を追いかける。ここで見失ったらもう見つからない気がする。彼とて慣れない世界での不安は大きい。多少参りかけた精神が脳内麻薬をどばどばと出してしまう。
 焦りを含む声に女性は振り返り、そして驚いて速度を上げる。
「な……!」
 なぜ逃げる!?
 あの女性は望んでここまで来たはずなのに。問い質さねばと全力を超えた速度を出す。
 女性はずっと塔に居たこともあるのか、女の子走りをして彼から逃げられるはずもない。ここはやや裏路地とあって邪魔も入りそうにない。
 すぐに走る女性の手を取りやや強引に引き寄せることに成功した男は「痛い」と悲鳴を漏らす女性に、自分の手に力が入りすぎている事を悟る。
「っ、すまない……
 どうして逃げるんだ……」
「どうしてって……貴方が追うからです」
「そりゃあ追うさ。連れが行き成り錯乱して走りだしたんだから」
「錯乱など……!」
 そこで不意に口ごもりそれから一旦言葉を飲み込むと、
「貴方が私をこの世界に連れてきたのですね」
 意志を込めた視線で男を睨み問う。
「何をいまさら……君だって同意した事じゃないか!」
「なら……私の名前を言ってみてください」
「え?」
 男は訝しげな顔を浮かべ、「名前が無いと言ったのは君じゃないか」とやや不安そうにつぶやいた。
 あまりにも自分の知る女性と態度が違う。それが「もしかしたら人違いではないか」という不安を抱かせたのだ。
「そう……ですか」
 しかし女性の表情は怒りでなく、深い悲しみに彩られる。男は理解の追い付かないその変りように────
「私の名前はアムネリジス・イル・デルス・イゼリアンズ」
「……へ?」
 その音は彼にとってある種の魔法だった。脳が理解しきれずに呆けた顔になった瞬間
「ええいっ!」
 がす。という音を聞いて、彼は意識を遠くへと持っていかれるのであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あ、あわわ……やりすぎました?」
 そこいらに転がっていた棒を放り捨てて恐る恐る様子をうかがう魔女っ子。
「いえ、助かりました」
 男に下敷きにされる形になっている女性が抜けだそうともがくのを慌てて手伝い、男を横にごろんと転がす。
「……あれ?」
 完全に白目を向いている男を見て記憶を探ること数秒。
「この人!」
 探してた人間だと気づいて改めて女性を見る。
「貴方がこの人に誘拐されたって人ですか?」
「……誘拐、ですか」
 身を起こした女性はその言葉を噛みしめるように繰り返す。
「貴方は私を探していたのですか?」
「あ、いえ……そっちの男の人を捕まえてって頼まれてまして……
 貴方の方は何となるとか言われましたから」
「……ミルンデルク卿もいらっしゃっているのですね」
 確か依頼人はロウサイアとか言う名前だったはずだなぁと。
 つまりは彼が案内したという「行儀の良い神官様」の事だろうか。
「お願いがあります」
 細身のか弱い女性から発せられる凛とした気迫にノアノは思わず姿勢を正す。
「え? あ? は、はい。何でしょう?」
「この人を見逃してはくれませんか?」
「え?」
 でも、という言葉はとりあえず飲み込む。
「貴方の依頼人には私から話をします。報酬も正式に支払わせます。
 聞いてはいただけないでしょうか?」
「そ、そんな事いきなり言われましても……」
「改めて自己紹介をします。
 私はアムネリジス・イル・デルス・イゼリアンズ。イゼリアンズ王国第一姫です」
「ほあ?」
 確かあの依頼人は「王国聖務省なんちゃら」とか名乗っていた。
「ちょ、お姫様が誘拐されてるのになんで……そっち気にされてないんですか!」
「それは……」
 ふと彼女は表情を暗くし、それから空を見上げる。
「そのあたりは私たちも聞きたいかもですね〜」
 横合いからの声にノアノは慌てて姫と名乗る女性を守るように立ちふさがり────
「あれ? ノエルさん?」
 と、+2名が路地に立っていた。声をかけてきたのは先頭に居るおっきな剣を持った女性だ。
「レイリーさん……」
 アムネリジスがやや困ったように眉尻を下げるのを見て、レイリーは朗らかに笑みをこぼす。
「じゃあやや話しやすくしてみましょーか?
 あむあむあむ……覚えらんないからアムちゃんね。
 アムちゃん、二重人格っしょ?」
 不躾もここに極まれリとばかりの短縮をしつつ堂々と突き立てた言葉にアムネリジスはわずかに視線を落とす。
「もしかして『陽と月は交わらず。互いを知らず見ず、流転する』って」
 セリナの言葉に彼女はゆっくりと視線をあげ、一同を見渡した。
「伝承の句まで知っていらっしゃるのですね。
 ……わかりました。お話します」
 彼女は倒れ伏す男を悲しげに見つめ、決意したようにそう告げたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 とある世界の大国イゼリアンズには一つの伝承が古くから伝わっていた

『陽と月は交わらず。互いを知らず見ず、流転する。
 いずれ訪る光を嫌う者をただ待ちて、月は白きまま塔の中へ。
 陽は民の前に立ち、己が運命と向き合うだろう。
 永劫に続くべき先の灯火とならんことを』

「つまり、彼と一緒にこの世界に着たのはもう一人の貴女……という事ですね」
 歌を知るセリナの言葉にアムネリジスはゆっくりと首肯する。
「我が国では数百年に一度、私のような魂を2つ有した存在が生まれます。
 太陽と月の入れ替わりに応じ、体の主導権が入れ替わるのです」
「ほぁ〜」
 そう言う事もあるのかぁとノアノが興味深げな声を上げる。
「だから昼間の貴女はあの男から逃げたのか」
「……はい。夜の私は何一つ知らされることなく塔の中へ軟禁され続けていました。
 日が昇れば私は塔から出、日が落ちる前に塔へと戻るのです」
「どうしてそんな事を?」
 セリナの問いに彼女はやや間を措いて「そういうしきたりなのです」と呟いた。
「月は白きまま塔の中へ。夜の私は何一つ知る必要無く塔の中で時を待たねばならないのです」
「それにしてはあっさりと連れ出されたみたいですね〜」
 レイリーの突っ込みに彼女は瞑目する。
「私がどうやって見張りの居る塔から抜け出したのかはわかりません。
 しかし塔の中はもう一人の私の方が熟知しています。あるいは数百年前から存在する古い塔。抜け道や壊れた個所があったのかもしれません」
 未だ昏倒している男を見やり、アムネリジスは探索者の少女らに視線戻す。
「私が戻れば全ては解決する事なのです。改めて両方の探索者の方には報酬をお約束致します。
 彼を見逃してはいただけないでしょうか?」
 そう言われれば否定もし辛いと三人は顔を見合わせる。
 三人共々依頼は未達成となるものの、経緯を知ってしまえばそれで全てが解決するような気がする。
 この男だって何も知らないもう一人の彼女と恋仲になった(つもり?)から、一国の姫と知らずに逃避行なんてしでかしてしまっただけだし。
 ……いや、まぁ、十分重罪な気はするが。
「アムちゃん?」
 了承しかけた三人を制するようなタイミングでレイリーが声をかける。
「はい……?」
「いずれ訪る光を嫌う者って?」
 セリナはエドとの会話を思い出して視線を逸らすアムネリジスを見やった。
「それはお話しできません」
「話をできないほど厄介な存在ってことかな〜?
 例えば魔族とか邪神とか」
「……」
 その沈黙は誰の目にも肯定として受け止められた。
「話をまとめるとー。
 魔王だかなんだかの復活と討伐のための予言詩ってことじゃないの?」
 そう言われると確かにそういう風にも聞こえる。
「ただの生贄であれば昼だけ外に出すというのは少々変だけどね」
 彼女の雰囲気からすれば例え本当に生贄だったとしても逃げ出すようには思えないが、そうと知れば錯乱してもおかしくは無い。
「ねえ、昼のアムちゃん? 夜のアムちゃんは帰りたいのかな?」
「……」
「彼女、夜になったらずーっと外を見てるんだよね。誰か来るのを待ってるみたいに」
 レイリーの視線は倒れた男に注がれる。
「聞かないでください。これは私の国の問題であり、秘密です。
 私たちは為すべき事をただ為すのみですから」
「……」
 三人は出そうになった言葉を飲み込む。その言葉はもう一人の彼女の行動を否定しているようにしか聞こえないが、しかし彼女の世界の事と言われればまさにその通りだ。
「さぁ、連れて行ってください。私は戻らねばなりません」
 彼女の確固たる意志を含む言葉に、レイリーはそれ以上の言葉を紡ぐ事は無かった。

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●主な登場人物
・ミルンデルク卿:イゼリアンズ王国聖務省大臣兼枢機卿
・アムネリジス・イル・デルス・イゼリアンズ:イゼリアンズ王国第一姫
・レイリー・ソロ・ウィミア:エンジェルウィングス所属のアホの子。いろいろ台無しな美少女。

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 というわけで薄氷の表裏 第3話です。
 ほんとはノアノがレイリーを見て錯乱するつもりだったんですが……(笑
 オンラインセッションで彼女のドッペルゲンガーが何度もいべりをタコ殴りにした経緯があります。今回いべりがリアクションしてなかったのでここで解説しておきますw
 さて、次回のリアクションは1つに集約します。
 要は素直に彼女を戻すか否か、ってことになるでしょう。
 ちなみに彼女の口添えグルトンの罪を免除する事は可能です。
 では次回最終話(予定) リアクションをお願いします。
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