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【inv03】『薄氷の表裏』
〜最終話〜
(2010/4/17)
「お話は分かりました。
 それではとある方を紹介いたします」
 セリナが再び訪れた大図書館。そこで再び見える事になったサンドラは微笑みを浮かべつつふいと右上を見上げる。
「館長、お遣いに行ってきてもらえませんか?」
 吹き抜けの二階を歩いていた老人が盛大にずっこけた。
「ちょっ、サンドラ君? わしは館長じゃよ?」
 手すりから乗り出し批難の声を挙げる老人は神仙を思わせる髭を蓄えた白髪の男。この大図書館の館長スガワラ翁である。
「存じてますが?」
 彼の唾を飛ばさんばかりの批難にサンドラは全く気にした様子もなく応じる。
「他の司書に頼めば良いじゃないか」
「彼らはここの従業員ではありません。ボランティアに近い存在です」
 ここで司書を行っている者はただの物好き───本好きである。
「それとも、私に行けと仰られますか?」
 目を細めてにこりと微笑むと館長を名乗る老人は「う」としかめっ面をする。やり取りの意味が分からないセリナは呆然とするしかない。
「ふむ。イビーの所に案内するのかや?」
 と、生まれかけた緊迫状態にやたら古めかしい口調だが幼い少女の声がやや下から割り込んでくる。
「あら、聞いていらっしゃいましたか?」
「偶然じゃがな。ケイオスタウンにちと用がある。何ならわしが連れて行こうかの?」
 館長は見た目は口調相応だが、こちらの少女はやたら小柄で人間ならばまだ10歳かそこらに見える。
 やたらフリルやらリボンが付いた服───所謂ロリータファッションなのが更にアンバランス感を生み出しては居るが、口調も装いも昨日今日取り繕った風も無い。
「おおティアロット君、すまんな」
 スガワラ翁も代役をありがたいとばかりに声をかけた。
「何構わぬ、ぬしも良いか?」
 視線を向けられてセリナは僅かにぽかんとし、「あ、はい! お願いします」と思わず頭を下げた。声音は本当に少女特有のやや甲高い物だが妙な風格がある。
「ではティアさん。よろしくお願いします」

 大図書館の二人に見送られ、セリナは甘ロリ少女の後ろを付いていく事になったのだが……

「ここじゃな」
 途中、ノアノとも合流して到着したのはケイオスタウンのやや深いところにある一軒の店の前だった。
 『花屋イビール』
「……」
「……」
 呆然とする二人の様子をちらり見て、別段何のコメントをするでもなく少女は店の中へと足を踏み入れる。
 ケイオスタウンとはいえ別に特段おどろおどろしい事はない(もちろんそういう区画もあるが)。店内は色鮮やかな花で充ち独特の芳香を放っている。
「イビー、おるかや?」
 その問いかけに応じる声
「なんだ? おお、ティアロット嬢か」
「うぇっ!?」
 セリナが思わず素っ頓狂な声を挙げるのも無理は無い。少女の声に応じたのはまるで地獄の底から響いてくるような背筋がぞくりとする重低音なのだ。
 続いて店の奥から出てきた存在を見て更に言葉を失う。
 ワイシャツにズボン。その上に『フラワー・イビール』刺繍が入ったエプロンをつけている男の髪は即頭部から飛び出すようなツンツンぶり。顔はヘビメタを極めましたとばかりのメイク?に乱食い歯が紫色の唇からにゅっと覗いている。
「久しいな。マンドラゴラでも買いに着たのか?」
「いや、ぬしに用がある者の案内じゃて」
 目元を見ると微笑んでいるのだろうが、どう見ても生贄を前にした野獣の笑みにしか見えない。
「あ、あ、あ、あの、こ、この方は?」
 そういう存在に多少親和性のあるノアノも流石に程度を超えた妙な威圧感というか、ぶっちゃけ瘴気に近い魔力に少し腰を引かせながら問う。
「元魔王のイビール・ダイレグレンドじゃ。今は花屋じゃがな」
「どうも」
 にこやか?に握手の手を差し伸べられて、二人はただただ顔を見合わせた。
 このクロスロードには多種多様な存在がある。神族と呼ばれる本来は天上にあるべき存在すら住んでいるという話は幾度と聞いた。そういう存在はクロスロードでも町の外延部近い所に住んでいるため滅多に出会う事はないのだが……
「それで? ティアロット嬢が人を連れてきたと言う事は、別段の用ではないかね?」
 これでもかというデーモンボイスで朗らかに問いかけられたセリナは頭を真っ白にしつつノアノに視線を逃がすが、ノアノだって言葉が出てこない。
「サンドラの意図はこうじゃろうて。
 『魔王』という存在について説明して欲しい」
 イビールは「ほぅ」と楽しそうに笑みを濃くすると「貴女がそのような客を連れてきますか」と意味ありげに言うが、少女が表情を変えることは無かった。
「まぁ、ここでは何ですからあがって下さい。お茶でも出しましょう」
 エプロンを畳みながら奥に歩いていく元魔王にティアロットは何のためらいも無く付いていく。
「大丈夫ですよね?」
「え、あー……たぶん?」
 やたら華やかな通路を二人は覚悟を決めて続くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて」
 まぁもちろんその先に玉座があったりするわけでもなく、普通の居間(何故か和風)に通された三人は香りのよい緑茶を前に卓を囲んでいる、と言う状況だ。
「そちらの事情は分かりました。ではまずこう言うべきでしょうか」
 乱食い歯で飲み難そうではあるが、やたら器用にお茶を啜っていたイビールはコトリと茶碗を置いてふぅと一つ息を吐く。
「魔王とは意味を持たない存在です」
「「は?」」
 ぶん投げるが如くの自己否定に二人は緊張も忘れてぽかんとする。それを面白がるようにしてイビールは一つの問いかけを放つ。
「魔王とは何を目的にする存在と思いますか?」
「ええと……世界を破滅に追い込んだりする、でしょうか?」
 研究者でもあるセリナは各世界の事象についてもやや見識を広げていた。その知識をまとめてやや遠慮がちに口にすると、彼はうんうんとうなずく。
「ええ。でもよく考えてください。
 それをやって魔王に何のメリットがあると思いますか?」
「メリット……ですか?」
 ノアノはむーと考えるがそう言われると困ると眉根を寄せた。
「私もね、魔王をやってるときは世界を滅ぼそうとしてたんですよ」
 ずずっとひと啜りして彼は続ける。
「その結果、勇者に敗れまして私の場合は封印されたんですがね。
 その封印の底がここの扉に繋がってたらしく、この世界にやってきたのですが。
 この世界に来てふと思ったのですよ。どうして私は世界を破壊したかったのだろうと」
 何を言いたいのか。それを探るようにする二人を愉快そうに眺める。
「世界によってもちろん差異はありますがね、私の場合、部下の魔軍には普通に食べ物を食べる連中やらいたわけですよ。
 世界を滅ぼすともちろんそいつらも消えてしまうし、人間を滅ぼすだけにしても農業技術も知らないあいつらが十分な食べ物を確保できるとは思えないのです」
「まぁ、言わんとしてる事はわかります。でも、少し考えればわかりそうな事ですよね?」
「あ、でもこの世界に来たら……って?」
 ノアノは勘づいたように声をあげる。
「世界の枠組みに捕らわれていたんでしょうな。魔王である私は人間を脅かし、破壊を広げなければならない、と。
 その理由は簡単だと思いますよ?」
「善を強調するための悪……」
 セリナの回答にイビールは満足そうにうなずく。
「他の世界の魔王と飲む事もあるんですがね、彼らも大抵同じような感覚なんですよ」
「悪となる行為の大半は非生産的、反社会的行為じゃからな。魔だろうと存在している以上善と呼ばれる行為は必然となる」
 まさしくと元魔王は頷く。
「なにしろ世界を破壊するのに自分の魔城を『造らせて』ましたからね。本末転倒もいいところです」
 笑う所なのだろうか。その迷いをなんとか顔に出さないようにしつつセリナは話をまとめる。
「要するに、魔王とは『敵視されるべき者』という意味しかなく、その行いに本人からしての価値はまず無い。
 だから世界を離れて役割から解放された瞬間、自我を持てたと?」
「私はそう考えています。もちろん、意味を持って魔王を為す者も居ますが。
 ねえ、ティアロット嬢?」
 黙して口を挟む事の無かった少女に魔王は視線を向けるが、彼女は口を開かない。彼はフフリと悪い笑みを浮かべ
「さて、貴女方の疑問に対し、これで答えは出せるのではないでしょうか?」
「……この世界で魔王を覚醒させれば、平和裏に解決させることが可能かもしれない……ですよね?」
 やや自信なさげなノアノの言葉に彼はゆっくりとうなずく。
「その魔王の魂が無垢なままに育てられたというのも一因でしょう。かの世界に居ればその魂は覚醒共に世界のルールに縛られ魔王としての役割に赴くやもしれませんが、ここではそれがありません。
 100%ではありませんがそう低い確率ではないでしょう」
 ノアノとセリナは顔を見合わせ小さく頷き合う。
「ただ」
 水を差すように、元魔王はぽつり呟く。
「魔王という存在がルールで存在する以上、それを利用する者が存在します」
 それは善性を強調したい神であり、希望となるべく勇者であり、そして────
「神殿の方ですか」
 イビールは応じず、茶を啜った。
「セリナさん……どうしましょうか」
「そうですね……」
 彼女は視線を二人にこっそり向けるが、相談に参加するそぶりは無い。だがこの場を持する素ぶりもない。
 恐らく────
「相談いたしましょう」
 この二人は致命的な間違いに対しては口を挟んでくるだろう。
 そう踏んでセリナは改めて状況と知識を整理しはじめた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そして────
「ぐ……」
 後ろでじたばたと暴れる初老の男をやや鬱陶しく思いながらロウサイアは猿轡かまされた口に不快感を覚えつつも苦笑を浮かべる。
 姫を連れてこの世界を脱しようとした矢先、突然現れた三人組に襲われたのである。
 後方に居た二人であればなんとかなった。だが突出してきた少女に翻弄され気が付けば巨大な剣で思いっきり腹をぶん殴られていたのだ。
 そうしてる間に確かセリナとか言う女と誘拐犯に雇われた魔女が雇い主をふん縛ってしまった。
 聞いた報告から、自分を吹き飛ばした女は姫様を誘拐犯から奪って逃走したという少女だろう。三者三様の立場だった彼女らがどうして結託したのか。
 ……そりゃぁ、今も意地汚く暴れまわってる雇い主のせいだろうなぁとため息をひとつ吐く。
 この男は魔王の再来を切望していた。王にも話していない事だが彼はこの事件の直前まで『勇者』候補を探しまわっていた。魔王の復活に対し神殿の祝福を受けた勇者がそれを討つというストリーを思い描いていたのである。無論それは神殿の権威を明確にし、さらには神殿内での地位を確保するという両得を狙ったものだ。
 彼女らは蛮行を詫びた上で姫に事情と自分たちが為したい事を話した。その方法が彼女の運命はおろか、今はまだ無垢な少女でしかない魔王の魂すら救う方法だと論じた。
 魔王はどうやっても魔王だ。
 彼だってそう思わなくは無い。だが彼女らは別の世界の元魔王に話を聞いたうえでの結論だと言い、信じられないのであれば合わせるとまで言って来た。
 そうなると姫に断る理由はほぼ無くなった。例え魔王がやはり破壊の化身として甦ってもクロスロードで復活する限り国に被害が及ぶ事もない。また純粋に彼女を愛するような存在すら居るのに、ただ予言に従うままに敵対してもいいのかという迷いも生まれてしまったのだろう。
 諦めな。と胸中で呟く。
 それと同時に勇者探しの旅を経験した男はこうも思う。
 もしかすると、あの男こそが世界を救った勇者だったのかもしれねぇな、と。
 ともあれ、例えここで抜け出してもあの大剣を持った女には勝てる気はしない。抜け出せない事もないがここはおとなしく結果を待とうと決め、ロウサイアは枢機卿のうめきをシャットアウトした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 結論から言えば、彼女たちの目論見はほぼ完全な形で成功した。
 覚醒を迎え分離した魔王の魂はその無駄に多い魔力で自らの肉体を構築したが、それは伝承に伝えられるようなおどろおどろしいものでなく姫と瓜二つの姿となった。姿だけでなくその心にも特段の変化は無く、すくりと自らの足で立った魔王はついでに救出されたグルトンにそのままの笑顔を向けたのだった。
 アムネリジスはその結果に満足したようで、グルトンに国外追放という処罰を与えるとだけ告げた。
 セリナとノアノは意味がわからず問いかけの視線を向けると、「これは死罪よりも重い罪とされている」と王女は微笑みを浮かべた。未だ未開の地も多く時折戦争の起こる彼女の世界で国外追放された者がまっとうに生きて行ける道理は無い。死罪と同等でそれ以上に重い罪となりうるのだ。
 最大級の罰を与えられてはミルンデルク卿としても文句の付けようがないはずだと彼女は小さく続ける。どうやら事の流れからかの枢機卿が何を狙っているのか察したようである。
「それでは私は国に戻ります。いろいろとお世話になりました」
 王族の優雅さ。綺麗な振る舞いにセリナもノアノも恐縮したように頭を下げるが、「どーいたしましてー」と途中参加してきたレイリーだけは気楽に応じる。
 その傍らで平伏するグルトンと、状況をあまり理解している様子でない魔王に彼女は優しげな視線を向けた。
「グルトン」
「は、はい! この度は本当に……っ!」
 彼女と同郷でありながら一番状況を理解していないだろう男は緊張で死なないかと心配になるほどの顔面蒼白ぶりで頭を地面にこすりつける。
「貴方への刑罰は与えました。我が国でも最大級の処罰を与えられて感謝されても困ります」
 やや冗談めかした口調に彼は改めて深く頭を下げた。
「彼女は私の分身のような存在でもあります。どうか助けてあげてください」
「命に代えても!」
 魂の奥底からの言葉にアムネリジスは花のような笑みを改めて浮かべ、自身とそっくりの魔王に視線を転じる。
「貴女に名前を差し上げましょう。
 テトラリジス……。イゼリアンズの名を名乗る事は許されませんが、テトラリジス・ロス・デルスを名乗りなさい」
「テトラ?」
 きょとんとする魔王に彼女は失笑。
「貴族の名もおかしいですね。貴女はテトラよ」
「テトラ……。うん、ありがとうアムネ」
 にっこりと童女の笑みを返す魔王───テトラにうんとひとつ頷きを返す。
「それでは私は枢機卿を助けて国に戻る事とします。
 お忍びでこちらに来る事があれば、改めてこの街を案内してください」
「はい!」
「ええ、お待ちしております」
 ノアノとセリナの返事に「ありがとうございます」と言葉を残し、彼女はその場を辞す。
 それを十分に見送ってから、グルトンは改めて三人に向き直り深々と頭を下げたのだった。

 こうしてまた奇妙な来訪者がこのクロスロードに増えた。
 それが何を意味するのか、はたまたこの地ではよくあるひとコマの風景なのか。
 やや春めいてきた空の下、セリナとノアノは打ち上げでもしようかと会話しながら街中に消えていくのだった。

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どうも、総合GM神衣舞です。

というわけで無事「薄氷の表裏」も完結となりました。
ここまで来ればわかるでしょうが、表裏とは魔王と王女の二重の魂を意味しています。
間もなくその境界を失う彼女と何も知らないままに恋におぼれて暴走した青年のお話に悪い枢機卿(笑)が絡むという内容になりました。
ラストについては当初 Vs魔王戦を想定していました。もし彼女が故郷に帰ればそれは実現したでしょう。
しかしクロスロードの状況を鑑みて今回の裁定となりました。如何だったでしょうか。
テトラと名前をもらった魔王の魂(転生体?)はこれからまったりとクロスロードでいろんな事を学んでいくことでしょう。
まぁ何かやっちまうと本物の魔王的な行動に出かねないのが純粋であることの恐怖ですが。
……ま、そうなってもイビールとその飲み仲間(マテ)がなんとかするでしょ。

ということでお疲れさまでした!
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