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【inv05】『勇者防衛線』
〜その1〜
(2010/5/10)
 異世界との交流交易も軌道に乗り始めたクロスロードでは日に数百人程度の来訪者がある。そのまま定住するのは一割程度。その他は商業活動等を営む者だ。
 最近はこの世界の性質を用いて世界間移動のためにターミナルを利用する者も少なくない。世界間の移動は大抵の世界で不可能かできても至難とされるのだから無理も無い。
「はい、これで登録は完了です」
「一つ聞きたい」
「はい?」
 入市管理所の担当女性は何でしょうと小首を傾げる。
「ここにイビールという魔王は居るか?」
「んー、残念ながらお答えしかねます。その方がイビールという名前で魔王を称しているのであれば検索は可能ですが」
 本名で登録していても魔王を称するかは少々疑問だ。
「『イビールさん』を検索すること自体は今お渡ししたPBで可能ですのでお試しください。
 無論偽名を使われておりましたらその限りではありませんのでご承知おきを」
「……分かった。感謝する」
 笑顔で見送るエルフの担当官。たまにこうして誰かを探してやってくる人も少なくないので特に気にもせず、次の来訪者の相手をするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「いやぁ、すみませんねぇ」
 花屋イビール。ファンシーなその看板の下には色とりどりの花が並んでいた。
「ノアノさん先日ぶりですなぁ。わざわざ申し訳ない」
「いえ、まずはお話を聞いた方がいいかなあと思いまして」
「そうですか。立ち話も何です、奥にどうぞ」
「あ、はい」
 と、まぁ。会話だけ聞けばほのぼのとしているのだが、実際は黒魔術師と元魔王という組み合わせがなんともいえない奇妙さを醸し出している。
 さて和風の居間に通されたノアノの前には茶が置かれている。
「では早速」
「ええ。端的に申しますと、勇者が私を狙ってやってきたということですね」
「勇者……ですか」
 クロスロードには勇者はごろごろ存在している。その意味は2つあり、1つはそのまま『勇気ある者』『英雄』の意味で、もう1つは特定の資質を持った英雄である。この場合恐らく後者であろう。
「はい。あの人は魔王を殺すための剣を持っているので近づくに近づけなくて」
「それで護衛を依頼してきたというわけですか」
「恥ずかしながら。もちろんもう魔王も飽きたので元の世界に戻るつもりは無いのですが、説得しようにも遭えば殺し合いが始まりそうでして」
「説得できればしたい、ということですか?」
「ええ、まぁ。もう殺しあう必要性もありませんしね」
 そう言いながら茶を啜る悪魔顔。
「えーっと、ちなみにお知り合いなんですか?」
「代替わりしていなければですがね。封印の中は時間の感覚が分からなくなりますからなぁ」
 なんとも壮大な話だなぁと思う事数秒。
「あれ? イビールさんって封印された後、封印の中に扉が出来たんですよね?」
 今のところ確認された限り、この世界は他の世界1つにつき1つずつしか道を有していない。
「ええ。ああ、なるほど。つまり勇者も私が普通に封印されてないと知って封印の中に飛び込んできたんでしょうかねぇ」
 魔王を数百年単位で封印するような場所に飛び込むなんて生半可な覚悟で出来る事じゃない。
「まぁ、別の世界経由かもしれませんが。
 ともあれ依頼としては勇者に諦めて帰っていただく、という感じですな」
「なるほど。
 ……そういえばどうしてイビールさんは勇者さんがこの世界に来たって知ったんですか?」
「端的に言うと共鳴でしょうか。気のせいならそれに越した事はないんですがね。
 分かるんですよ。勇者がこの世界に現れたってことが」
「なるほど。まとめると、この世界にイビールさんを追いかけてやってきた勇者さんがいて、その人は魔王を殺せる武器を持ってるから近づきたくない。
 できれば穏便に帰ってもらいたいなぁ、って事でいいですか?」
「ええ。面倒をおかけしますがお願いします」
「はい。前回助言を頂きましたし、平和な依頼ですしね」
 魔女と魔王の会話にしては朗らかな空気の中、ノアノは任せてくださいとうなずいたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「元魔王……ね。ワケ分からんやつが多いな、ほんと」
 エディが向かう先は大図書館だ。イビールの世界について調べたいとPBにお伺いを立てたところ紹介されたのがそこだった。
「ちわ。ちょいと聞きたい事があるんだが」
「本をお探しですか?」
 受付カウンターに座る司書の制服を着た女性が控えめの声で問いかけてくる。
「あー、世界コードだっけか? 00004573について調べたいんだが」
「少々お待ちください。ええと……」
 手元のパソコンを操作し、PBをエディの方へ突き出してくる。
「情報料とるのか?」
「いえ、違います」
 司書は苦笑を浮かべる。
「関連書籍の場所をPBに転送します、あとはPBの指示に従って本を探してください」
「ああ、なるほど」
『情報受信。優先度順に探しますか?』
「ああ、そうしてくれ。お嬢さん、ありがとな」
「いえ」
 次の来館者の邪魔にならないようにさっさと受付から離れたエディは最初の本を探して図書館内を歩く。
 それにしてもでかい。電子化され紙の価値が希薄になりつつ世界から来たのであればなおさらそう感じるだろう。独特の紙の匂いに酔いそうになる。
『ここです』
 やがて辿り付いた書棚はざっと3mはある。ところどころに脚立やはしごがあるのは上の本を取る為だろう。幸いにして手に届く場所にあったそれを開いてみる。
 その本はイビールの故郷となる世界の経済についてまとめた本だった。いくつかの大国と小国家群があり、魔道系の文明が発達していることが伺える。
 未だに火薬が発見されてないようで古典的な戦争がときおり発生しているようだ。
「ファンタジーな世界みたいだな。歴史関係の本ってありそうか?」
『3冊確認できました』
「適当に近いやつ頼む」
 再びPBの道案内で辿り付いた書棚で本を開くとおあつらえ向きに神話の時代を含む歴史書であった。
 その中にある魔王と勇者の戦いについて掻い摘めば『神に逆らった魔王のせいで世界は黒い魔力に覆われた。勇者は魔王を倒して黒い魔力を打ち払って世界を浄化した』という感じだ。
「勇者は神の代行者で、剣は神の遣わした神剣ね。コテコテの設定だが……」
 黒い魔力というのは瘴気かそういうものだろうか。魔王とその眷属しか切れない剣というのも厄介そうだ。なんでも人質をとった魔族に対し魔族のみを切り払ったとかいう逸話があるらしい。
「これが正しければ確かに依頼人の部下でもなんでもない俺たちが仲裁に入った方が安全か?」
 とは言えある世界の最高峰な存在ならばそれなりの戦闘能力は有しているだろう。気の重い話だ。
「それにしても……わざわざこの世界まで追いかける必要があんのか?」
「やっぱりそう思いますよね」
 不意に横合いから声がかかる。
「エディさんでしたか、貴方も調べ物にいらっしゃってたんですね」
「ああ、セリナさんだっけか。似たような目的だろ?」
 一応互いにイビールの依頼を受けて居ることは知っている。ノアノは直接依頼人に会いに行ったらしい。
「はい。専ら刺客───勇者についてを調べようかと」
「それがここまで追いかけてくる理由ってとこに繋がるのか」
 セリナはこくりと頷いて少しだけ頭を整理。
「神代から続く王家とやらの記述によれば勇者と魔王は最低38回現れているようです」
「……多いのか少ないのかわからんな。いや、多いのか?」という眉根を寄せた呟きに、「勇者だらけの世界もあるそうですからなんとも」とセリナも苦笑を漏らす。
「魔王は魔王を討つための神剣により必ず討たれ、世界は平和に戻ります」
「それは俺もさっき似たようなの見た。だが38回ともなると、また魔王は復活するってことだろ?」
「そのようですね。流れを見る限り」

 @世界で怪奇現象が増える
 A魔物が跋扈するようになる
 B魔王が復活する
 C勇者が現れる
 D魔王が倒される

「これを繰り返しているようです」
「ありきたりと言えばありきたりなんだろうが……」
「実際にはイビールさんは『封印された』と言ってましたからDは『封印される』なのでしょうけど」
「てぇと……なんだかんだ復活しちまった魔王のせいで勇者が現れたってことか?」
「その可能性はあります」
 それが律儀にもターミナルまで討伐にやってきたということだろうか。
「その魔王は元の世界に戻るつもりは無いんだっけか?」
「ええ、生花店を悠々営んでいますし、戻ろうとして居るようには見えませんね」
 それはそれでどうなんだろうと思いつつ、今はスルー。
「さて、どうしたもんかね」
 ここで調べられそうなのはこんな物らしい。エディとセリナはどう動くべきかと考えをめぐらせ始めるのだった。

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やほほい(=ω=)
総合GMの神衣舞でやんす。ふんが
というわけで勇者防衛線の第一話です。タイトルの意味は「勇者の作る防衛線」でなく「勇者からの脅威を防衛するライン」という方向です。
や●きー ごー ほーむです。いや、違うけど。
この話は4話くらいを予定しております。皆様のリアクションを心よりおまちしておりやんす。ふんが
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