「ちょっといいすか?」
呼び掛けに足を止め、振り返る女はまだ十代も半ばという少女だ。しかしその身にまとう空気は穏やかではない。戦意というよりも純粋な怒りを内包したまま保っているかのようだ。
「……何か?」
笑えば可愛らしいのだろうが、ギロリとした視線を向けられてはどう扱ったものかと迷う。が、どう繕っても意味が無いと割り切って彼───エディは話を切り出す。
「アンタがイビールって魔王を探してる勇者かい?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございました」
花束を持った女郎蜘蛛がにこやかに去って行くのを見送って、セリナは周囲を軽く見渡す。
色取り取りの花はディスプレイとしても機能するように考えられて配置されているし、一点ずつが見やすいように通路も充分に確保されている。奥の一角にあるおどろおどろしい植物についてはノーコメント。午前中に1人魔女風の老婆が買いに着たがその接客は店主がやっていた。
で、その店主はと言うと。
「いやぁ、すみませんね。護衛ついでに手伝っていただいて」
そしてこの笑顔である。とでもテロップがつきそうなほどの悪魔顔。悲しいかなスマイルをすればするほど子供が泣きそうな顔で朗らかに剪定鋏を振るっていた。
「いえ、お話を聞きたいこともありましたし」
「ほう?」
客足が丁度減った頃合だしとセリナは話を切り出す。
「イビールさんってもしかして瘴気を集める能力がありませんか?」
ぴくりと型眉が動くのを確認しつつ答えを待つ。
「なるほどなるほど、さすが学者さんですな。もうそんな推論に至りましたか」
「……では……?」
「近い能力……というより性質はありますなぁ」
その言い回しややや苦々しい笑みを見て彼女は少しだけ躊躇いつつも問いを重ねる。
「……では神剣に瘴気を浄化する能力はありますか?」
「なるほどなるほど。これについてはNOですな。
あの剣は『魔王』の活動を強制的に停止させる能力しかありません」
「……『貴方の』では無く……ですか?」
「ええ。『魔王』という存在概念に干渉する危険な剣です。
いやはやうちの創造神はなんとも適当な定義をしたものです」
簡単に言うが色々と大事ではないのだろうかと冷や汗。この世界に来る前であればどんな魔王でも止められる剣と聞けば伝説級の武器だという認識くらいしか抱かなかっただろうが、今彼女が平和的に話している相手も魔王なのだ。ちょっとした(?)致死毒くらいの意味を感じる。
「私もいまいち確信が持てなかったのですよ。もしかしたら勇者は魔王が居るからここまで来たのかとも考えました。
そして、もしもそうなら皆さんになんとか説得してもらいたいとね」
「……」
「セリナさん。貴女はもう一つの推論にたどり着いていますね。
私があの世界から抜けたことで、世界が狂ったために勇者が連れ戻しに来た、と」
ここで誤魔化しても仕方ない。セリナは少しの躊躇いを覚えつつも頷く。それから遠慮は不要だと悟り、言葉を紡ぐ。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
落ち着き払った態度は何を示すのか。それを量りながらセリナは問う。
「瘴気を集め、浄化する植物に心当たりはありますか?」
しばしの沈黙。それから漏れ出たのはクククという邪悪な含み笑い。思わず身を硬くしたセリナだがすぐにそれは杞憂だと分かる。
「素晴らしい。貴女は素晴らしいですよセリナさん」
元とは言え魔王が何を考えて花屋なんかを始めたのか。
───どうやら彼女の推測は大当たりらしかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おや?」
神剣という言葉に興味を覚え、いろいろと動き回っている男がいる。
彼は暫く依頼主という元魔王の店を監視していたのだが、護衛のつもりかセリナが店番をやってるだけという時間に飽きてエディを探しに来ていた所だ。そもそも彼の興味は神剣。ならば勇者を直接拝んだ方が早い。
「こいつはラッキーかな?」
丁度視線の先、見覚えのある二人が剣呑な雰囲気の女性と相対していた。
「あんた達……魔王の手先?」
エディはともかく黒魔術師の象徴のような魔女ルックのノアノを前にしてどうやら第一印象は最悪に近いらしい。
「ち、違いますよっ! 勇者さんにお伺いしたい事があってきたんです!」
「……」
胡散臭いやつらめと目線で語りつつ、若干の空白の後に「何だ?」とぶっきらぼうに聞き返す。
「どうしてもイビ……魔王を退治しなきゃダメなのかい?」
ノアノは動けば斬られそうな雰囲気のなかあうあうして居るのでエディが代わりに口を開く。
その瞬間、明らかな敵意の増大にぞわりと産毛立つ。
「わ、あの、えっとですね! イビールさんがもう魔王はやりたくないから帰って欲しいって言ってまして!」
「ふざけるな!」
周囲の注目を掻っ攫うかのような怒声が一蹴する。
「何が魔王をやりたくない、だ。
アイツの呪いのせいで世界が滅びに瀕しているんだぞ!」
「の、呪い?」
『魔王が呪いを掛けた』とはいかにもな話だ。しかも彼女の表情には明らかな怒りと焦燥がある。
「木々は枯れ、人々は病に倒れている。私は勇者として、魔王を倒し世界を救わなくてはいけない!」
「ほ、本当に魔王さんの仕業なんですか!?」
朗らかに茶を飲んだり、花を扱ったりしているイビールの姿を知るからこそ、流石に鵜呑みに出来ない内容だった。そもそも今回の話は『魔王をもうやりたくないから』という前提だ。そんな彼が呪いなんて仕掛けていく道理が無い。
「世界全てが滅びようとしているんだぞ……!
そんな事、魔王以外の誰にできる!」
「なるほど、状況証拠ってやつだなぁ」
野次馬に混じってガスティは小声で一人ごちる。確かに魔王なんかが居る世界でそんな災害が起きれば魔王を疑っても仕方ないだろう。他の誰を疑えと言う話だ。
「タチの悪い病気が発生したとか、そういう可能性も……」
「無い!」
エディの言葉を叩き切って勇者はゆるぎない視線を向ける。
「病の原因が病気で無い事くらいとっくに調べている。全ては瘴気によるものだ」
少し余談。瘴気は地球世界においては微生物が発見される前、空気感染に気付いた学者が名づけた『毒(病気)の空気』の事だったりするのですが、ここでは魔族関係が放つ魔属性の気ということでお願いします。
「世界に瘴気を蔓延させる……。そんなの魔王以外に出来るヤツもやるヤツもいない!」
思い込みで決め付けている。と言えばそれまでだろうが……
ノアノとエディは視線を交わして一次撤退を決意する。説得するにしても材料が足り無すぎる。イビールの仕業ではないという確たる証拠もないのだ。
が、その気配を敏感に察知した勇者が一歩踏み込む。
「こちらからも聞かせてもらうわ。魔王イビールはどこに居るの……っ!」
「え、いや、あの」
「それはだなぁ」
きょろきょろと周囲を見渡してみると見事に集まった野次馬が逃亡の壁として成立している。
「あんた達が私に敵意が無い事は分かったわ。そしてアイツの手下で無いんなら教えて。
私の故郷を救うためにアイツの居場所を!!」
必死の懇願に「ひぐっ」とノアノが喉を引きつらせる。嘘を言いにくい雰囲気過ぎる。
キィイイン!
不意に響く甲高い金属音に一斉に注目が外れる。え?と慌てるノアノの肩をぐいと引っ張りエディが野次馬の壁に突っ込んだのはほぼ同時だった。
「なっ、待ちなさい!」
勇者の反応も早いが、人垣を無理に押し分ける事を良しとしなかったのか追いかけてくる様子は無かった。
「ちょっ、エディさん!?」
「助けてもらったんだよ」
ふうと深呼吸。
「助けてって?」
「前に酒場でチラッと見たことのある顔のヤツがいてね。そいつが剣で地面をぶっ叩いた音だね、さっきのは。
……蝙蝠羽のやつ」
「……あ、ガスティさんですか?
蝙蝠じゃなくて竜族らしいですけど」
じゃあそいつだ。と息を整えつつ応じて路地の壁に背を預ける。
「今度お礼を言わないとですね」
「だな。それにしてもさっきの話どう思う?」
「……決め付けている感はありますけど、彼女の世界の状況は嘘ではないと思います」
「同感だね」
やたら晴天の青空を見上げて思考。
「他の人達も調べ者とかしてるだろうから一回話をあわせてみるべきでしょうね」
「その前にあの勇者が魔王と接触しない事を祈るばかりだけどね」
うんと頷いて背後を振り返る。
そういえばあの竜族とやらはどうなったんだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふーむ」
大図書館の一階には何箇所かテーブルが備え付けられており、調べ物や簡単な書き物ができるようになっている。
そこに数冊の本を積み上げて一人のアフ……男が慣れた手つきで調査結果をまとめている。
やがてパタと古めかしい本を閉じ、書きなぐったメモに視線をやる。
「記述には討伐とありますが、確認できる限り全ての『魔王』はイビールさんのようですね」
勇者本人が書いた記述でもあれば間違いないのだろうが、あいにくこういう物を作るのは別の人である。また三十数回倒されているとは言え、出現の頻度は百年程度。医術のレベルも中途半端らしい世界での寿命を考えると封印も討伐も大して変わらないとも言える。
「まぁ、それはさておき」
くるり振り返る。大図書館に『大』という単語がくっついているのは伊達じゃない。どんな技術か外から見た以上の容積を誇るここの書架もPBのサポートなしに目当ての本を探すのはまず無理というほどにでかく、そして多い。
「まさか『魔王』で検索しただけで数百万の書籍がHITするとは」
よくよく考えてみればサーガや物語にも魔王は出てくるものだ。しかしそれらを除けば良いかと言えばそうでもない。伝承、創作、そのどちらも事実を含んでいる可能性はあるし誤りもある。その上当事者たる勇者や魔王が語ることが予想以上に少なく、歴史書であってもその殆どが伝聞風聞をまとめた物が多く、明らかに脚色だらけの物すら散見された。
討伐ではなく魔王が封印されるパターンについての検索でも万単位でHIT。更に条件を絞り、「勇者にとってどうしても魔王を倒さなければならない客観的な理由」があった場合、それを回避した事例があるか。というやたら細かい検索内容で試してみたのだが、これについては条件が限定的過ぎるのか、はたまた検索の言葉に適さないのか0件という回答がPBから伝えられた。
「うーん。そもそも魔王を倒すのに躊躇うシチュエーションがラブコメ的なエトセトラが殆どなんですよね」
そういう検索でも試してみたが、出てくるのは創作の話ばかりだった。勇者と魔王が元々知り合いだったり恋人だったりと、そういうパターンを数冊流し読みしてあきらめた。
おおよそ魔王なんてものが存在する世界で『魔王を倒さない』方法があっても『倒さない』という結果を求める理由が無いのだ。なにしろ居るだけで住民は不安がるし、魔素だの瘴気だの、モンスターだのを吐き散らすのがデフォルト設定な存在だ。居なくても困らないが居るだけで迷惑ならば無理でも討伐せざるを得ない。
「こうして見ると典型的なやられ役ですよね。嫌になるのも分かるというものです」
常人には触れる事すら出来ぬ畏怖の象徴。しかし世界には必ず討伐する方法が用意されている。
「……イビールさんを討伐しなきゃいけない理由を確認して、代案を考えた方がよっぽど早い気がしますね」
本を纏めながら思考を巡らせる。奇特なナリでもそこは本職学者を名乗る身だ。情報の整理の仕方などお手の物……である。たまに妙な方向に突っ走るが。
「世界に異変が起き、『それがやや収まって』魔物が跋扈する。
そして魔物がある程度暴れまわると、魔王が現れる。
最後に勇者が現れて、魔王を討伐……封印してしまうと。ですが、これは客観的な視点ですね」
どんと本を積み上げて彼は呟く。
「さて、イビールさん自身はどの時点で封印から解き放たれて居るんでしょうかね」
それ次第で彼の存在意義も大体絞れるだろう。
そして、彼が自らの世界を離れた悪影響、詰まる所勇者が異世界にまで追って来た理由が。
彼はニヤリと笑みを浮かべ、それから積み上げた本を見て。
「戻すの誰か手伝ってくれませんかねぇ」
そんな独り言をつぶやいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ああ、うん。いや、そのな?」
さて、ガスティはと言うと、未だにノアノ達と勇者が対面した通路にいた。
両手でサーベルを握り、とても厳しい目をして居る勇者の前で冷や汗をかいている。
剣の切っ先はと言うと
「……」
「……」
見事に石畳の間に挟まり、抜けなくなっていた。
「お手伝いしましょうか?」
「エンリョシマス」
目が笑ってネエ。背中に大量の冷や汗が流れる。自分が不幸だという自覚はある。が、クールに助けた後にこんな冗談めいた不幸は勘弁して欲しいと切に思う。
「遠慮なさらずに。それからどうしてあんな真似をしたのかじっくり聞かせてもらいたいわね」
「いや、み、見知った顔が……絡まれているようだったから、ちょっと助けようかと……」
「知り合いなのね。それは都合が良いわ」
綺麗な笑顔が怖いと思ったのははじめてかも知れない。
ガスティはようやく抜けそうな剣に念を込めながら退路を探すのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
風邪引きGMの神衣舞です。ひゃっは(=ω=)
というわけで勇者防衛線の第2話です。
理由については今回確信に至るところまでたどり着いた事でしょう。
あとはどう仲裁するか……という話になるのでしょうか。まぁ殴り合いの余地も当然ありますが。
ちなみにガスティさんはこの後無事に逃げ出せても捕まってもいいですよ(笑
では、次のリアクションお願いします☆