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【inv05】『勇者防衛線』
〜その3〜
(2010/6/7)
「本当にこっちで合っているの?」
「ああ、嘘は言っちゃいない」
 女性───勇者の問いかけにガスティは平然と応じる。それが気に入らないのか、彼女は少しだけ膨れたように言葉を再度発する。
「……魔王の居場所よ?」
「ああ、そうだが?」
 二人が歩くのはニュートラルロードから少し外れた路地だ。まだ商業区と呼べる地域のため人通りも多くにぎやかだ。案内しているガスティ自身もこの世界に来る前なら「魔王がここら辺に居る」と言われても信じなかっただろう。
 あの一件の後、即座に降参したガスティは剣呑な空気を見せる勇者に道案内を買って出たのだ。無論信用などひと欠片もしていない顔をされたが、武器を手放して「嘘と判断したなら斬ればいい」と言うと、値踏みするような沈黙の後『とりあえず』と言う感じで案内を任された次第だ。
「この世界はお前さんの世界とは違う。ほれ、見てみろ。ゴブリンが八百屋とかやってるだろ?」
 指差した先には確かにゴブリンがサイボーグっぽい人に野菜を勧めていた。
「魔王どころか神様だって住んでるらしいからな。固定観念は捨てた方がいいぜ」
 ここはケイオスタウン側だから実例ならそれこそ幾らでもある。烏天狗が郵便バッグを持って横に着地し、店主に巻物を渡す光景に彼女は眉根をきゅっと寄せていた。
「……あいつは本当に魔王を止めたいと言っているの?」
 しばらくの沈黙の後、不意に漏らした言葉にガスティは「お?」と眉を跳ねさせる。
「らしいな」
「……信用できないな。だったらみんなはどうして今苦しんでいるのよ……」
 続く言葉は否定でなく、自分へ言い聞かせるようだった。だからこそとガスティは口を挟む。
「何でもかんでも魔王のせいって決め付けて、本当の原因を見ようとしてないんじゃないのか?」
「……本当の原因?」
 最初に言いがかりだとばかりに険を募らせるが、すぐに困ったような表情になる。
「今まで殺し合いしかしてないんだろ? 本当の原因は今までも魔王じゃなかったかも知れないぜ?」
「それならどうして今までは魔王を倒せば世界は平和になったのよ?」
 それが決め付けの原因なのだろうと察する事は容易だが、さりとて答えはガスティの中に無い。
 だからさっさと諦める事にした。
「わかんねえ。でも学者連中やらが魔王の所に居るはずだ。そいつらが何か答えを出してると思うぜ」
「……」
 彼女は納得が出来ないと背中を睨みつけてくるが、そこには邪魔した直後の剣呑さは無い。
「ま、だから武力解決は最後の手段にしてくれや、勇者さん」
「ネーヴァ・ウォールストン」
「は?」
「あたしの名前よ」
 吐き捨てるような、どこか挑戦するような口ぶりにガスティはニィと口の端を少しだけ吊り上げて笑う。
「俺はガスティだ。ネーヴァの世界が救われるんなら出来るだけ協力するよ」
 さて、と心の中で一言。
「ところでその剣、見せてもらっていいか?」
「……どうして?」
 警戒心を露にする少女にガスティはあくまでも気楽を装い。
「神剣なんだろ? 拝める機会なんか早々無いからな」
 と、自分の欲求を素直に口にした。
 そうして心の中で呟く。
 俺が到着するまでにいい案を出しておいてくれよ、と。

 ─────その頃。

「そんな都合のいい物があればいいんですがねぇ」
 イビールの一言に全員がどうしようもなく疲れた顔をしたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 慌てて帰ってきたノアノとエディ。それから図書館から舞い戻ってきたピートリーを含めた4人は茶の間でイビールと対面していた。
「セリナさんの予想通り、私は世界に存在する瘴気を使って元気に───封印から解放されます」
 ずずずっといかにも茶を飲みにくそうな乱食い歯を気にもせずイビールは一服。
「私はあの世界にとって一種の制御装置なのでしょうな。瘴気がある一定量発生した時に起動し、瘴気を魔物に変換。そして適量以下になれば勇者に倒される」
「それではやはりあなたが復活するタイミングは魔物の発生後でなく……」
 ピートリーの言葉に一つ頷き
「前です。そして私が魔物を生み出しているのです。瘴気を変換してね。
 生み出された魔物を倒しても瘴気が出てくる事は何故かありません」
「じゃあ何だ……ある意味お前さんの世界がピンチなのはやっぱりお前のせいじゃないのか?」
 エディの言葉にノアノが肘でトストス制止しようとするが、イビールは「そうとも言えますねぇ」と事も無げに頷いた。
「セリナさん、貴女が言う通り私は私の代わりに瘴気を浄化するシステムを求めていました。
 そこで目を付けたのが酸素と二酸化炭素の循環システムです」
 学者肌の二人と基礎知識が現代よりのエディはさて置き、魔法世界系のノアノは頭にの上に?マークを浮かべた。
「要はそれと同じ事が出来れば良いのではないか。と思いこのクロスロードで花屋を始めたわけです」
「で、その植物は……まだ、見つかってないってことか」
 エディがダメじゃねえかとため息をつく。
「色々と当たっては見たんですがね。魔族系の皆さんは余り植物に興味が無い物で。しかも調べれば調べるほど『瘴気を浄化する植物』という存在が中々にありえないのですよ」
「……そうか、イビールさんの世界では瘴気は二酸化炭素のように存在しているわけではないのですよね」
 頭は変でも学者は学者。ピートリーの言葉にセリナはなるほどと呟いて考え込む。
「えーっとどういう事です?」
 完全に置いて行かれているノアノの質問にエディは少し頭を掻いて
「なんつーか、この魔王さんの世界じゃ雨季と乾季があるから、植物が育ちにくいって話じゃねーかな」
「え? 別に雨季と乾季があっても植物は育つじゃないですか」
 ノアノの不思議そうな言葉に学者二人と魔王が顔を挙げる。
「ふえ?」
「「「それだ(です)!!」」」
「な、何ですかっ!?」
 何がなんだかさっぱりのノアノが目を白黒させるが、三人は気にせずに顔を付き合わせる。
「つまり種に成ればいいんですよ。瘴気が発生したら発芽すれば良い」
「でも、そんな植物は存在するのですかな?
 私も結構探しましたが、そもそも瘴気を栄養にする植物というのも稀で」
「だったら作れば良いんです」
 セリナの言葉にピートリーはもちろんと頷く。
「品種改良をしましょう」
 セリナの言葉にぽかんとするイビールだが、仮にも花屋。だんだんとその意味を掴んできて「なるほど」と手を打つ。
 取り残された二人は顔を見合わせ、それからおずおずとエディが議論を交わす三人に割り込む。
「おいおい、だが勇者はどうするんだ? かなり切羽詰ってる様子だったぞ」
「そうですね。今にも世界がって感じの危機感でした」
 エディの言葉にノアノが思い出しながら追従する。
「それにそんな妙ちくりんな品種改良は成立するのか?」
「はっはっは。それを言われると口ごもっちゃいますね!」
 全然口ごもってないが、ピートリーの発言にセリナはバツの悪い顔をする。
「一日二日でどうにかなるとは……植物ですから品種改良には年単位の時間は必要でしょう。
 イビールさんの復活周期、つまり瘴気の発生する周期に同調させないといけないとあれば尚更です」
「最終目標はそこで良いかも知れねえけど、流石に勇者さんが悠長に待ってくれるとは思えねえ」
「……いや、充分でしょう」
 悪い空気を断ち切るように、イビールは呟く。
「光明は見えました。後はそれの完成を願って私は世界の歯車に一時戻るとしましょうか。
 なに、いつか開放されるのであれば悪い話ではない」
「イビールさんっ?」
 ノアノが批難するように身を乗り出すがそれ以上の言葉が続かない。
「あちらに行けば、貴方は完全に『魔王』になるのでしょう?」
 ノアノはそのセリナが尋ねた問いの意味を知っている。
 魔王という特殊な存在は世界によってあり方を定義されてしまう。今の朗らかな彼はその楔から逃れて初めて存在している。
「恐らくは。まぁ、大図書館の科学者連中に依頼していつかをのんびり待つことにしますよ」
「しかし……特殊すぎる仕様です。下手をすれば百年単位の時間が必要ですよ?
 普通の植物は瘴気で朽ちてしまう。素体からまず難しい……」
「そうですね……植物系のモンスターを応用した方が良いでしょうが……」
「ん?」
 不意にエディが首を傾げる。
「なぁ、確認させてくれ」
「私にですかな?」
「ああ。まさかとは思うが、そんなモンスターを生み出せないよな?」
 ……
  ……
 流石にそんな都合よくはという顔でイビールを見るが、神妙そうな顔で顎に手を当てる。
「……そういえばその実例がイビールさんですよねぇ?」
 アフロの言葉に全員の視線がイビールに集まる。
 イビールはそれでも考え込む事十数秒。
 ずごごごごとかSEが付きそうな重々しい動きで顔をあげた彼はゆっくりと口を開けた。
「なんか、出来そうな気がします」
「ムダに怖ええよ」
 エディの突っ込みはさて置き。ようやく理解してきたノアノがひょいと手を挙げる。
「もしそれが出来るのなら、今イビールさんの世界に蔓延っている瘴気でそれを作り、あとは絶滅しないようにすれば良いんですよね?」
「でも……そこが難しそうですね。
 何しろ事情を知らなければ『魔物を吐き出す植物』ですから……」
 セリナの懸念はいろんな世界で聞くことだ。それが悪い物と思って壊したらより悪い事になってしまった。特に寿命が100年足らずの人間種の場合どこかで伝承口伝が歪んだり、遺失したり……悪い時には正しく伝わって居るのに政治、宗教、価値観にそぐわないという理由で台無しにしてしまう事が多々ある。
 今回の場合は『世界を壊さない代わりに実害を生む』という分かりやすい問題がある。
「モンスターを生まないって仕様にはできないのか?」
「……何度か実験すればできるかもしれませんが……あっちに戻った私が実験をするかどうか。1、2回ならなんとかできそうな気がしますが」
「例え出来ても瘴気を栄養源にするってだけでいろいろ難癖付けられそうですねえ」
 そうアフロが呟いたところで、イビールはゆっくりと立ち上がった。
「どうやらお客のようです」
 その声音はどこまでも真剣で、緊張に充ちていたがために誰もがその客が誰か、容易に想像が付いた。
「おーい、勇者さんを連れてきたぞ」
 ガスティの声。そこに余り緊張の色は無い。とりあえずの無事にノアノはほっと息を吐くが一つのタイムリミットがやって来た事には間違いない。
 これだけの材料を元に勇者にどう接するか。
 一同は顔を見合わせた。

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やふぅ〜。なんか平熱が37.5度になってる神衣舞です。うひ。
というわけで次回が勇者防衛線の最終話予定です。まぁ、勇者をどー説得するか。そしてどういう結論を出すかというお話になるかと。
とりあえず勇者さんはいきなり斬りかかるような真似はしません。まぁ、ここで斬っちゃうと非常に問題なのは皆さんはご理解いただけているかと(笑
ではではリアクション、お待ちしております。
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