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【inv05】『勇者防衛線』
〜その4〜
(2010/6/17)
 冷ややかな空気が嫌でも緊張を掻き立てているようだった。

 勇者はその細い肩を震わせ、魔王の姿を見る。
 魔王もまた、静かに、しかし覇気を見せぬままそれに相対した。
 勇者が世界を救うほどの達人であれば、すでにその距離は充分に間合いだろう。さり気にガスティが勇者がいきなり飛び出さないように体をねじ込ませるが、それがどれだけの意味があるのか。誰にもわからない。

「っく!」

 勇者が喉の置くから呼気を漏らすと、その音に誰もが身を硬くした。
 勇者はすっと顎を引き、うつむくようにして身の震えを大きくする。
 いよいよまずいか。
 誰と無く思ったその瞬間。

「あははははははははははは!!」

 勇者は爆笑した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「っちょっと!? 何それ、反則じゃない!」
 と、目尻に涙を浮かべて指差す先には仇敵のはずの魔王が確かに居る。
 が、
「あー、うん」
 エディが納得したように頷く。熊とも相対できそうなボディにヘビメタバンドを彷彿とさせる悪魔顔。そのオプションが『花屋イビール』の可愛らしいエプロンである。
「ちょっ、それ、酷すぎっ!! っく!」
 えーっと、と全員の視線が勇者と魔王の間を彷徨う。
 イビールは困ったように「あー」とうめき、それから「そんなに変ですか?」と問いかけると、全員が揃って頷いた。
「確かに世界を滅ぼす魔王とやらがこれじゃなぁ……」
 ガスティも改めてその姿をまじまじと見て苦笑い。
「いや、ですから世界を滅ぼす気はもう無いんですって」
「……本気なの?」
 笑い声がふと消え、うずくまったままの姿勢で少女は問う。
 イビールはゆっくりと頷き、それからゆっくりと言葉を紡いでいく。
「本気です。世界を滅ぼすためだけに目覚めて封印されるだけというのはこりごりですから。
 ───貴女だってそうじゃないんですか。勇者ネーヴァ」
「……いつも同じような事しか喋らなかったから、新鮮ね。魔王イビール」
 と。二人の会話の雰囲気にセリナは首を傾げ
「もしかして……お知り合いですか?」
 と、自身なさげに問う。
「そりゃあ何百回も半殺しにされて封印に叩き込まれてますから」
「あなたが世界征服だとか言ってモンスターをばら撒くからじゃない! あたしを乱暴者みたいに言わないで!」
 エプロン姿の魔王にツボったせいなのか。割かし仲の良さそうな二人に周囲は警戒を和らげる。
「その事について説明したいのです。まずは聞いていただけないでしょうか?」
 アフロがずいと前にでて、勇者がずいと引く。
「やっぱりモンスター作ってるじゃない」
「失礼ですよ、色々と!?」
「全くです。私のセンスを何だと思ってるんですか。」
「イビールさんもですよ!?」
 というやりとりはさておき。
 イビールに敵意が無い理由、それから推論ではあるが現在二人の世界で起きている現象について。
「いつの間にこんなもの作ったんだ?」
 エディの呆れた声。カーターのレンズから出る光は壁に図解を表示している。
「ふふ、学者は論文を発表してなんぼですからね」
「……その胡散臭い学問に学会とかあんのか?」
「胡散臭いとはどういう意味ですかっ!?
 超考古学は超絶的に素晴らしい学問なのですよ!? 超スバラシイ!!」
 とりあえず説明も終わったし、やかましいので後頭部辺りを打撃して放置。
「これが本当だとして……」
 ややあって、考え込んでいたネーヴァはゆっくりと視線を上げて周囲を見渡す。
「こいつを連れ帰らないと世界は瘴気に侵されて滅ぶ……ってことじゃない」
「確かにその通りだな。だが、こいつにはバケモノを作り出すっていう能力があるんだろ?
 それを使って瘴気を食うやつを作れば良いんじゃないのかって話だ」
 エディの論に当然の事ながら疑念の視線がイビールに飛ぶと、彼は泰然としたまま「私自身がそういう存在ですからね。デッドコピーを作れればやれ無い事は無いかと」と頷く。
「幸いというべきか、クロスロードにも瘴気が発生するポイントというか、瘴気出してる連中が居るらしいからな。それで実験すりゃ良いんじゃねえかって思うわけだが」
「そんなポイントあるのかよ?」
 知らなかったらしいガスティがぎょっとして問い返す。彼としては一度帰って材料供給が必要かなと考えていたらしい。
「ケイオスタウンの北西と北東端は近づくとPBから瘴気警報が出るらしいぞ」
「ああ、あの辺りは結構な魔王や邪神が住んでますからね」
 事も無げにイビールが言うと途端にネーヴァの表情が怪訝そうに歪められる。
「大事にしか聞こえないんだけど……?」
「大丈夫、同意見だ」
 他の面々も話には聞いているだけでそれこそ半信半疑という感じでもあった。
「よく呑みに誘われるんですよ。私が居ると少しくらい繁華街でも瘴気の問題がなくなりますしね」
 意味を租借して、誰もの脳裏に浮かんだ問い。気楽な言葉に戦慄を覚えつつノアノが問う。
「あれ? ……代わりに怪物出るんじゃないんでしたっけ?」
「食べちゃいますね。彼ら」
 さらりと返答。余り想像したくない光景をぷるぷると首を振って払う。
「ま、まぁ、そういうわけでクロスロードでも実験可能なんだからそういうモンスターを作って持ち帰ればいい」
 エディがそう締めくくると勇者は頭の中を纏めるように難しい顔をしたままイビールを見据えた。
「本気で言っているの? この人たち」
「ええ、本気です。私も元々そういうものが出来れば持ち帰るつもりでしたしね」
「……今更だけど、あんたイビールよね? 魔王の。兄弟とかそっくりさんじゃないわよね?」
「あちらでの私の『魔王っぷり』を知っている以上、疑う気持ちも分かりますがね」
 私は確かに魔王イビールですよと茶を啜って彼は応える。
「そんなに違うのですか?」
 セリナの問いかけにネーヴァは「そりゃあ」と頷き
「『がははは。我こそは世界を恐怖に染め上げる闇の王。勇者め貴様が幾度と来ようと我が野望は潰える事なし』
 なんて言ってるんだもの」
「いやぁ、若かったですね。あの頃は」
 最低でも2年くらい前の話じゃないかと思いつつ、冗談と思ってそこは全員スルー。
「さり気に台詞の中に何度も負けてる感じが滲んでて良いですね」
 あと、変なところに感心してるアフロが一人。それはさておき
「そう言えば気になっていたのですが。勇者さんはイビールさんと旧知なのですか?」
「ネーヴァでいいわ」
 イビールと違ってネーヴァは人間種に見える。
「あたしは転生者……って言えばいいのかしら。それぞれのあたしは違うけど全ての勇者の記憶は持ってるってだけ」
「ほほう。魔王と同時期に現れる転生者ですか」
 ますますシステマチックな作りですねと不躾な事を呟く。
「というか、アフロさんいつの間に復活したんですか?」
「こんな面白い事があるのにいつまでも寝て居るわけにはいきませんよ」
 そんなやり取りはとりあえず置いておいて。
「試してみる価値はあると思うぜ?」
 ガスティの一押しにネーヴァは深々と息を吐く。
「わかったわ。上手くできたら持って帰るから。
 もちろん出来なければあんたを持って帰るけどね」
 勇者は苦笑を浮かべてそう答えたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「勇者ネーヴァ」
 深夜。
 むしろケイオスタウンでは繁華街が賑わう頃合なのだが、その一角にある花屋も当たり前のように開店中だった。
 瘴気の算段については飲み仲間を通じて取れて居るため探索者の面々は約束の時間まで一時解散。ネーヴァは何を思ったのか今日はここに泊まらせてもらうと居座ったのだ。
「用事があるんでしょう?」
「まぁね」
 寝巻き等はノアノやセリナの案内で買ってきたはずだが、彼女はこの店に姿を現したときのままだった。腰の剣も。
「正直な気持ちで話せるのはここだけだから、聞いておくわね。
 本当に、そんな事が出来ると思って居るの?」
 ぱちんと裁断の音が響く。
「それは、『出来た後の話』ですな?」
 聞く者には違和感があるだろうが二人は互いに口にしないそれの存在の事と認識していた。
「数千年ほったらかしですからね。まぁ、今更手出ししてこないと踏んでいますがね。
 もしそうならさっさと私を連れ戻しているはずですからな」
「そう言われればそうね」
「だいたいそれを言うなら貴女だって本当はこちらに居た方がいいはずですが」
 いくらかの沈黙の後、「ああ、そうか」と彼女は呟く。
「あたしも生まれなくなるのね」
「ええ。或いはこれから作る物が消え去った時のみ、でしょうかね。
 そうなれば……」
「別に構わないんじゃない?」
 彼女はさらりと応じる。イビールは不思議そうに目を少しだけ大きく開き、それから「ああ」と呟いた。
「それならそれで、私は人間として生まれて死ぬだけだもの」
「そうでしたね。いやはや、数千年の付き合いともなるとどうも感覚が」
「数千年って……あんたと顔合わすのはほんの数時間だけでしょうに。しかも殺し合いで」
「しかも私の全敗ですな。うーむ、納得がいきません、その剣さえ無ければ……」
 ネーヴァも冗談で言っているということは理解したのだろう。笑みを零して鞘を撫でる。
「あんたはもうあたしと会わないことを願えば良いだけの事よ。
 お互い、そして世界にとってもそれが一番だわ」
「そうですな」
 ぱちんと余計な枝が切り落とされ、イビールは商品を戻す。
「まぁ、もしも」
 くるり背を向けながら、勇者は遥か遠くに語りかけるように呟く。
「何かの間違いであたしがあたしとして生まれたら、あんたの顔でも眺めに来るわよ」
「その時はその剣は封印して置いてください。とてもじゃないですが飲み仲間に紹介できません」
 それを最後として。
 次の朝を迎えるまで、花屋イビールは静かな時を過ごした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノアノさん、こっちお願いしますよっ!」
「お前もちっとは戦えっ!」
 根っこでわさわさ歩き、歯のついた花弁を振り回しながらピートリーを追いかける花にエディが銃弾を叩き込み、怯んだところをガスティがシミターで叩き切る。
「私は頭を使うのが専門なんですよ!」
「その頭が狙われてませんか?」
 セリナの突っ込みと同時に新たな『植物』がピートリーに襲い掛かっていた。確かにアフロ狙いに見える。
「もう少し大人しいの作れないの? 持って帰る身にもなってよ」
「うーん、おかしいですな。これでどうでしょう?」
「わっ、まだこっちの片付け終わってないのにっ!?」
 ノアノが悲鳴と共に火の矢を叩き込む。
 朝から始まった大騒動に何事かと見物する客も増え、なにやら勘違いした連中が酒盛りまで始めて。
 興味を持った学者連中が口出ししてきたり、見かねた何人かが討伐に手助けしたりし始めたため、効率も上がり……
「こ、これでどうですかなっ!?」
 そろそろ日も傾きかけた頃。流石に疲れの見えるイビールが出したのは真っ白な花だった。
「……」
 ちなみに数回前に見た目は無害そうなのにいきなり毒の花粉を盛大に撒き散らして大騒ぎしたばかりなので全員すぐには近づかず、じっと見つめる。
「解析しろよ」
「ちょ、分かってますけど!」
 学者と言い張ったために毒見役に近い扱いでぼろぼろのピートリーが近づき、カーターで調査を開始。ちなみに毒の花粉の時にも目の前で浴びたため、あと少し処置が遅れていれば死んでいたのは良い思い出である。
 固唾を呑んで見守る中、カーターだけが気楽そうにひょいひょい動き回る。
 それからややあって、ピートリーは「多分オッケーです」と頭の上に腕で丸を作る。
「じゃあ、後は瘴気を吸った後だな」
 ちなみに2回ほど前は瘴気に触れた瞬間目にも留まらぬ速さで巨大化し始めたため、野次馬も参加しての大騒ぎになっている。おかげで河原の一部がめくれ上がり酷い事になっていた。
「上手く行くかな?」
 イビールに負けず劣らずの魔王顔がとても楽しそうに花に近づく。歩く場所に瘴気が漏れ、周囲にも撒き散らしている正真正銘の魔王である。
 花に闇が近づいた瞬間、花は急速に黒ずんで枯れてしまった。
「またダメか」
 全員の落胆の前でカーターからの情報を見ていたピートリーだけは反応が違った。
「いえ、これは……!」
 枯れた花からぽろりと何かが落ちた。するとそれはすぐさま芽吹き、白い花を咲かせてはすぐに枯れていく。だが1輪に対し種は10近く落ちる。見る間に瘴気を出す魔王に向かって花が広がっていく。
「うぉっ!?」
 余裕綽々だった魔王が始めて焦りの声を挙げる。
「ちょっと痛いわよ!」
 そこに割り込んだのはネーヴァだ。伝家の宝刀を抜くと迫り来る花の群れでなく魔王を浅く斬る。それだけで魔王はくらりとよろけて先ほどまであった毒々しいまでの威圧感を失ってしまう。が、同時に瘴気の放出が衰えたためか花の広がりが止まり、小さな白い花が色の通り白々しく揺れている。
「恐ろしいな。花も、その剣も」
 ふらふらと立ち上がりながら瘴気放出係の魔王が十分すぎる距離をとった。
「あんなんで毎度ぶん殴られてたんですよね。私」
 しみじみと言うイビールをネーヴァは顔を背けて無視。
「しかし、これ瘴気を出す人には致死性の兵器じゃないですかね……?」
 すでに野次馬の何人かがざっと距離をとっているが今のところ花が増える様子は無かった。
「とにかく種を取って残りは全廃棄。あとで精霊使いに確認してもらって残らないようにしましょう」
 ようやくできたのだ。セリナの提案に反対する者はおらず、探索者達はせっせと最後の作業に乗り出すのだった。

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 というわけでリアクションが必要となるお話はこれにて終了。
 あとはエンディングだけとなります。
 エンディングもすぐにUPしますのでしばしお時間を。
 (=ω=)ノ あでゅー
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