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【inv05】『勇者防衛線』
〜その1〜
(2010/5/10)
 異世界との交流交易も軌道に乗り始めたクロスロードでは日に数百人程度の来訪者がある。そのまま定住するのは一割程度。その他は商業活動等を営む者だ。
 最近はこの世界の性質を用いて世界間移動のためにターミナルを利用する者も少なくない。世界間の移動は大抵の世界で不可能かできても至難とされるのだから無理も無い。
「はい、これで登録は完了です」
「一つ聞きたい」
「はい?」
 入市管理所の担当女性は何でしょうと小首を傾げる。
「ここにイビールという魔王は居るか?」
「んー、残念ながらお答えしかねます。その方がイビールという名前で魔王を称しているのであれば検索は可能ですが」
 本名で登録していても魔王を称するかは少々疑問だ。
「『イビールさん』を検索すること自体は今お渡ししたPBで可能ですのでお試しください。
 無論偽名を使われておりましたらその限りではありませんのでご承知おきを」
「……分かった。感謝する」
 笑顔で見送るエルフの担当官。たまにこうして誰かを探してやってくる人も少なくないので特に気にもせず、次の来訪者の相手をするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「いやぁ、すみませんねぇ」
 花屋イビール。ファンシーなその看板の下には色とりどりの花が並んでいた。
「ノアノさん先日ぶりですなぁ。わざわざ申し訳ない」
「いえ、まずはお話を聞いた方がいいかなあと思いまして」
「そうですか。立ち話も何です、奥にどうぞ」
「あ、はい」
 と、まぁ。会話だけ聞けばほのぼのとしているのだが、実際は黒魔術師と元魔王という組み合わせがなんともいえない奇妙さを醸し出している。
 さて和風の居間に通されたノアノの前には茶が置かれている。
「では早速」
「ええ。端的に申しますと、勇者が私を狙ってやってきたということですね」
「勇者……ですか」
 クロスロードには勇者はごろごろ存在している。その意味は2つあり、1つはそのまま『勇気ある者』『英雄』の意味で、もう1つは特定の資質を持った英雄である。この場合恐らく後者であろう。
「はい。あの人は魔王を殺すための剣を持っているので近づくに近づけなくて」
「それで護衛を依頼してきたというわけですか」
「恥ずかしながら。もちろんもう魔王も飽きたので元の世界に戻るつもりは無いのですが、説得しようにも遭えば殺し合いが始まりそうでして」
「説得できればしたい、ということですか?」
「ええ、まぁ。もう殺しあう必要性もありませんしね」
 そう言いながら茶を啜る悪魔顔。
「えーっと、ちなみにお知り合いなんですか?」
「代替わりしていなければですがね。封印の中は時間の感覚が分からなくなりますからなぁ」
 なんとも壮大な話だなぁと思う事数秒。
「あれ? イビールさんって封印された後、封印の中に扉が出来たんですよね?」
 今のところ確認された限り、この世界は他の世界1つにつき1つずつしか道を有していない。
「ええ。ああ、なるほど。つまり勇者も私が普通に封印されてないと知って封印の中に飛び込んできたんでしょうかねぇ」
 魔王を数百年単位で封印するような場所に飛び込むなんて生半可な覚悟で出来る事じゃない。
「まぁ、別の世界経由かもしれませんが。
 ともあれ依頼としては勇者に諦めて帰っていただく、という感じですな」
「なるほど。
 ……そういえばどうしてイビールさんは勇者さんがこの世界に来たって知ったんですか?」
「端的に言うと共鳴でしょうか。気のせいならそれに越した事はないんですがね。
 分かるんですよ。勇者がこの世界に現れたってことが」
「なるほど。まとめると、この世界にイビールさんを追いかけてやってきた勇者さんがいて、その人は魔王を殺せる武器を持ってるから近づきたくない。
 できれば穏便に帰ってもらいたいなぁ、って事でいいですか?」
「ええ。面倒をおかけしますがお願いします」
「はい。前回助言を頂きましたし、平和な依頼ですしね」
 魔女と魔王の会話にしては朗らかな空気の中、ノアノは任せてくださいとうなずいたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「元魔王……ね。ワケ分からんやつが多いな、ほんと」
 エディが向かう先は大図書館だ。イビールの世界について調べたいとPBにお伺いを立てたところ紹介されたのがそこだった。
「ちわ。ちょいと聞きたい事があるんだが」
「本をお探しですか?」
 受付カウンターに座る司書の制服を着た女性が控えめの声で問いかけてくる。
「あー、世界コードだっけか? 00004573について調べたいんだが」
「少々お待ちください。ええと……」
 手元のパソコンを操作し、PBをエディの方へ突き出してくる。
「情報料とるのか?」
「いえ、違います」
 司書は苦笑を浮かべる。
「関連書籍の場所をPBに転送します、あとはPBの指示に従って本を探してください」
「ああ、なるほど」
『情報受信。優先度順に探しますか?』
「ああ、そうしてくれ。お嬢さん、ありがとな」
「いえ」
 次の来館者の邪魔にならないようにさっさと受付から離れたエディは最初の本を探して図書館内を歩く。
 それにしてもでかい。電子化され紙の価値が希薄になりつつ世界から来たのであればなおさらそう感じるだろう。独特の紙の匂いに酔いそうになる。
『ここです』
 やがて辿り付いた書棚はざっと3mはある。ところどころに脚立やはしごがあるのは上の本を取る為だろう。幸いにして手に届く場所にあったそれを開いてみる。
 その本はイビールの故郷となる世界の経済についてまとめた本だった。いくつかの大国と小国家群があり、魔道系の文明が発達していることが伺える。
 未だに火薬が発見されてないようで古典的な戦争がときおり発生しているようだ。
「ファンタジーな世界みたいだな。歴史関係の本ってありそうか?」
『3冊確認できました』
「適当に近いやつ頼む」
 再びPBの道案内で辿り付いた書棚で本を開くとおあつらえ向きに神話の時代を含む歴史書であった。
 その中にある魔王と勇者の戦いについて掻い摘めば『神に逆らった魔王のせいで世界は黒い魔力に覆われた。勇者は魔王を倒して黒い魔力を打ち払って世界を浄化した』という感じだ。
「勇者は神の代行者で、剣は神の遣わした神剣ね。コテコテの設定だが……」
 黒い魔力というのは瘴気かそういうものだろうか。魔王とその眷属しか切れない剣というのも厄介そうだ。なんでも人質をとった魔族に対し魔族のみを切り払ったとかいう逸話があるらしい。
「これが正しければ確かに依頼人の部下でもなんでもない俺たちが仲裁に入った方が安全か?」
 とは言えある世界の最高峰な存在ならばそれなりの戦闘能力は有しているだろう。気の重い話だ。
「それにしても……わざわざこの世界まで追いかける必要があんのか?」
「やっぱりそう思いますよね」
 不意に横合いから声がかかる。
「エディさんでしたか、貴方も調べ物にいらっしゃってたんですね」
「ああ、セリナさんだっけか。似たような目的だろ?」
 一応互いにイビールの依頼を受けて居ることは知っている。ノアノは直接依頼人に会いに行ったらしい。
「はい。専ら刺客───勇者についてを調べようかと」
「それがここまで追いかけてくる理由ってとこに繋がるのか」
 セリナはこくりと頷いて少しだけ頭を整理。
「神代から続く王家とやらの記述によれば勇者と魔王は最低38回現れているようです」
「……多いのか少ないのかわからんな。いや、多いのか?」という眉根を寄せた呟きに、「勇者だらけの世界もあるそうですからなんとも」とセリナも苦笑を漏らす。
「魔王は魔王を討つための神剣により必ず討たれ、世界は平和に戻ります」
「それは俺もさっき似たようなの見た。だが38回ともなると、また魔王は復活するってことだろ?」
「そのようですね。流れを見る限り」

 @世界で怪奇現象が増える
 A魔物が跋扈するようになる
 B魔王が復活する
 C勇者が現れる
 D魔王が倒される

「これを繰り返しているようです」
「ありきたりと言えばありきたりなんだろうが……」
「実際にはイビールさんは『封印された』と言ってましたからDは『封印される』なのでしょうけど」
「てぇと……なんだかんだ復活しちまった魔王のせいで勇者が現れたってことか?」
「その可能性はあります」
 それが律儀にもターミナルまで討伐にやってきたということだろうか。
「その魔王は元の世界に戻るつもりは無いんだっけか?」
「ええ、生花店を悠々営んでいますし、戻ろうとして居るようには見えませんね」
 それはそれでどうなんだろうと思いつつ、今はスルー。
「さて、どうしたもんかね」
 ここで調べられそうなのはこんな物らしい。エディとセリナはどう動くべきかと考えをめぐらせ始めるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

やほほい(=ω=)
総合GMの神衣舞でやんす。ふんが
というわけで勇者防衛線の第一話です。タイトルの意味は「勇者の作る防衛線」でなく「勇者からの脅威を防衛するライン」という方向です。
や●きー ごー ほーむです。いや、違うけど。
この話は4話くらいを予定しております。皆様のリアクションを心よりおまちしておりやんす。ふんが
〜その2〜
(2010/5/22)
「ちょっといいすか?」
 呼び掛けに足を止め、振り返る女はまだ十代も半ばという少女だ。しかしその身にまとう空気は穏やかではない。戦意というよりも純粋な怒りを内包したまま保っているかのようだ。
「……何か?」
 笑えば可愛らしいのだろうが、ギロリとした視線を向けられてはどう扱ったものかと迷う。が、どう繕っても意味が無いと割り切って彼───エディは話を切り出す。
「アンタがイビールって魔王を探してる勇者かい?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ありがとうございました」
 花束を持った女郎蜘蛛がにこやかに去って行くのを見送って、セリナは周囲を軽く見渡す。
 色取り取りの花はディスプレイとしても機能するように考えられて配置されているし、一点ずつが見やすいように通路も充分に確保されている。奥の一角にあるおどろおどろしい植物についてはノーコメント。午前中に1人魔女風の老婆が買いに着たがその接客は店主がやっていた。
 で、その店主はと言うと。
「いやぁ、すみませんね。護衛ついでに手伝っていただいて」
 そしてこの笑顔である。とでもテロップがつきそうなほどの悪魔顔。悲しいかなスマイルをすればするほど子供が泣きそうな顔で朗らかに剪定鋏を振るっていた。
「いえ、お話を聞きたいこともありましたし」
「ほう?」
 客足が丁度減った頃合だしとセリナは話を切り出す。
「イビールさんってもしかして瘴気を集める能力がありませんか?」
 ぴくりと型眉が動くのを確認しつつ答えを待つ。
「なるほどなるほど、さすが学者さんですな。もうそんな推論に至りましたか」
「……では……?」
「近い能力……というより性質はありますなぁ」
 その言い回しややや苦々しい笑みを見て彼女は少しだけ躊躇いつつも問いを重ねる。
「……では神剣に瘴気を浄化する能力はありますか?」
「なるほどなるほど。これについてはNOですな。
 あの剣は『魔王』の活動を強制的に停止させる能力しかありません」
「……『貴方の』では無く……ですか?」
「ええ。『魔王』という存在概念に干渉する危険な剣です。
 いやはやうちの創造神はなんとも適当な定義をしたものです」
 簡単に言うが色々と大事ではないのだろうかと冷や汗。この世界に来る前であればどんな魔王でも止められる剣と聞けば伝説級の武器だという認識くらいしか抱かなかっただろうが、今彼女が平和的に話している相手も魔王なのだ。ちょっとした(?)致死毒くらいの意味を感じる。
「私もいまいち確信が持てなかったのですよ。もしかしたら勇者は魔王が居るからここまで来たのかとも考えました。
 そして、もしもそうなら皆さんになんとか説得してもらいたいとね」
「……」
「セリナさん。貴女はもう一つの推論にたどり着いていますね。
 私があの世界から抜けたことで、世界が狂ったために勇者が連れ戻しに来た、と」
 ここで誤魔化しても仕方ない。セリナは少しの躊躇いを覚えつつも頷く。それから遠慮は不要だと悟り、言葉を紡ぐ。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
 落ち着き払った態度は何を示すのか。それを量りながらセリナは問う。
「瘴気を集め、浄化する植物に心当たりはありますか?」
 しばしの沈黙。それから漏れ出たのはクククという邪悪な含み笑い。思わず身を硬くしたセリナだがすぐにそれは杞憂だと分かる。
「素晴らしい。貴女は素晴らしいですよセリナさん」
 元とは言え魔王が何を考えて花屋なんかを始めたのか。
 ───どうやら彼女の推測は大当たりらしかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おや?」
 神剣という言葉に興味を覚え、いろいろと動き回っている男がいる。
 彼は暫く依頼主という元魔王の店を監視していたのだが、護衛のつもりかセリナが店番をやってるだけという時間に飽きてエディを探しに来ていた所だ。そもそも彼の興味は神剣。ならば勇者を直接拝んだ方が早い。
「こいつはラッキーかな?」
 丁度視線の先、見覚えのある二人が剣呑な雰囲気の女性と相対していた。
「あんた達……魔王の手先?」
 エディはともかく黒魔術師の象徴のような魔女ルックのノアノを前にしてどうやら第一印象は最悪に近いらしい。
「ち、違いますよっ! 勇者さんにお伺いしたい事があってきたんです!」
「……」
 胡散臭いやつらめと目線で語りつつ、若干の空白の後に「何だ?」とぶっきらぼうに聞き返す。
「どうしてもイビ……魔王を退治しなきゃダメなのかい?」
 ノアノは動けば斬られそうな雰囲気のなかあうあうして居るのでエディが代わりに口を開く。
 その瞬間、明らかな敵意の増大にぞわりと産毛立つ。
「わ、あの、えっとですね! イビールさんがもう魔王はやりたくないから帰って欲しいって言ってまして!」
「ふざけるな!」
 周囲の注目を掻っ攫うかのような怒声が一蹴する。
「何が魔王をやりたくない、だ。
 アイツの呪いのせいで世界が滅びに瀕しているんだぞ!」
「の、呪い?」
 『魔王が呪いを掛けた』とはいかにもな話だ。しかも彼女の表情には明らかな怒りと焦燥がある。
「木々は枯れ、人々は病に倒れている。私は勇者として、魔王を倒し世界を救わなくてはいけない!」
「ほ、本当に魔王さんの仕業なんですか!?」
 朗らかに茶を飲んだり、花を扱ったりしているイビールの姿を知るからこそ、流石に鵜呑みに出来ない内容だった。そもそも今回の話は『魔王をもうやりたくないから』という前提だ。そんな彼が呪いなんて仕掛けていく道理が無い。
「世界全てが滅びようとしているんだぞ……!
 そんな事、魔王以外の誰にできる!」
「なるほど、状況証拠ってやつだなぁ」
 野次馬に混じってガスティは小声で一人ごちる。確かに魔王なんかが居る世界でそんな災害が起きれば魔王を疑っても仕方ないだろう。他の誰を疑えと言う話だ。
「タチの悪い病気が発生したとか、そういう可能性も……」
「無い!」
 エディの言葉を叩き切って勇者はゆるぎない視線を向ける。
「病の原因が病気で無い事くらいとっくに調べている。全ては瘴気によるものだ」
 少し余談。瘴気は地球世界においては微生物が発見される前、空気感染に気付いた学者が名づけた『毒(病気)の空気』の事だったりするのですが、ここでは魔族関係が放つ魔属性の気ということでお願いします。
「世界に瘴気を蔓延させる……。そんなの魔王以外に出来るヤツもやるヤツもいない!」
 思い込みで決め付けている。と言えばそれまでだろうが……
 ノアノとエディは視線を交わして一次撤退を決意する。説得するにしても材料が足り無すぎる。イビールの仕業ではないという確たる証拠もないのだ。
 が、その気配を敏感に察知した勇者が一歩踏み込む。
「こちらからも聞かせてもらうわ。魔王イビールはどこに居るの……っ!」
「え、いや、あの」
「それはだなぁ」
 きょろきょろと周囲を見渡してみると見事に集まった野次馬が逃亡の壁として成立している。
「あんた達が私に敵意が無い事は分かったわ。そしてアイツの手下で無いんなら教えて。
 私の故郷を救うためにアイツの居場所を!!」
 必死の懇願に「ひぐっ」とノアノが喉を引きつらせる。嘘を言いにくい雰囲気過ぎる。

 キィイイン!

 不意に響く甲高い金属音に一斉に注目が外れる。え?と慌てるノアノの肩をぐいと引っ張りエディが野次馬の壁に突っ込んだのはほぼ同時だった。
「なっ、待ちなさい!」
 勇者の反応も早いが、人垣を無理に押し分ける事を良しとしなかったのか追いかけてくる様子は無かった。
「ちょっ、エディさん!?」
「助けてもらったんだよ」
 ふうと深呼吸。
「助けてって?」
「前に酒場でチラッと見たことのある顔のヤツがいてね。そいつが剣で地面をぶっ叩いた音だね、さっきのは。
 ……蝙蝠羽のやつ」
「……あ、ガスティさんですか?
 蝙蝠じゃなくて竜族らしいですけど」
 じゃあそいつだ。と息を整えつつ応じて路地の壁に背を預ける。
「今度お礼を言わないとですね」
「だな。それにしてもさっきの話どう思う?」
「……決め付けている感はありますけど、彼女の世界の状況は嘘ではないと思います」
「同感だね」
 やたら晴天の青空を見上げて思考。
「他の人達も調べ者とかしてるだろうから一回話をあわせてみるべきでしょうね」
「その前にあの勇者が魔王と接触しない事を祈るばかりだけどね」
 うんと頷いて背後を振り返る。
 そういえばあの竜族とやらはどうなったんだろう?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふーむ」
 大図書館の一階には何箇所かテーブルが備え付けられており、調べ物や簡単な書き物ができるようになっている。
 そこに数冊の本を積み上げて一人のアフ……男が慣れた手つきで調査結果をまとめている。
 やがてパタと古めかしい本を閉じ、書きなぐったメモに視線をやる。
「記述には討伐とありますが、確認できる限り全ての『魔王』はイビールさんのようですね」
 勇者本人が書いた記述でもあれば間違いないのだろうが、あいにくこういう物を作るのは別の人である。また三十数回倒されているとは言え、出現の頻度は百年程度。医術のレベルも中途半端らしい世界での寿命を考えると封印も討伐も大して変わらないとも言える。
「まぁ、それはさておき」
 くるり振り返る。大図書館に『大』という単語がくっついているのは伊達じゃない。どんな技術か外から見た以上の容積を誇るここの書架もPBのサポートなしに目当ての本を探すのはまず無理というほどにでかく、そして多い。
「まさか『魔王』で検索しただけで数百万の書籍がHITするとは」
 よくよく考えてみればサーガや物語にも魔王は出てくるものだ。しかしそれらを除けば良いかと言えばそうでもない。伝承、創作、そのどちらも事実を含んでいる可能性はあるし誤りもある。その上当事者たる勇者や魔王が語ることが予想以上に少なく、歴史書であってもその殆どが伝聞風聞をまとめた物が多く、明らかに脚色だらけの物すら散見された。
 討伐ではなく魔王が封印されるパターンについての検索でも万単位でHIT。更に条件を絞り、「勇者にとってどうしても魔王を倒さなければならない客観的な理由」があった場合、それを回避した事例があるか。というやたら細かい検索内容で試してみたのだが、これについては条件が限定的過ぎるのか、はたまた検索の言葉に適さないのか0件という回答がPBから伝えられた。
「うーん。そもそも魔王を倒すのに躊躇うシチュエーションがラブコメ的なエトセトラが殆どなんですよね」
 そういう検索でも試してみたが、出てくるのは創作の話ばかりだった。勇者と魔王が元々知り合いだったり恋人だったりと、そういうパターンを数冊流し読みしてあきらめた。
 おおよそ魔王なんてものが存在する世界で『魔王を倒さない』方法があっても『倒さない』という結果を求める理由が無いのだ。なにしろ居るだけで住民は不安がるし、魔素だの瘴気だの、モンスターだのを吐き散らすのがデフォルト設定な存在だ。居なくても困らないが居るだけで迷惑ならば無理でも討伐せざるを得ない。
「こうして見ると典型的なやられ役ですよね。嫌になるのも分かるというものです」
 常人には触れる事すら出来ぬ畏怖の象徴。しかし世界には必ず討伐する方法が用意されている。
「……イビールさんを討伐しなきゃいけない理由を確認して、代案を考えた方がよっぽど早い気がしますね」
 本を纏めながら思考を巡らせる。奇特なナリでもそこは本職学者を名乗る身だ。情報の整理の仕方などお手の物……である。たまに妙な方向に突っ走るが。
「世界に異変が起き、『それがやや収まって』魔物が跋扈する。
 そして魔物がある程度暴れまわると、魔王が現れる。
 最後に勇者が現れて、魔王を討伐……封印してしまうと。ですが、これは客観的な視点ですね」
 どんと本を積み上げて彼は呟く。
「さて、イビールさん自身はどの時点で封印から解き放たれて居るんでしょうかね」
 それ次第で彼の存在意義も大体絞れるだろう。
 そして、彼が自らの世界を離れた悪影響、詰まる所勇者が異世界にまで追って来た理由が。
 彼はニヤリと笑みを浮かべ、それから積み上げた本を見て。
「戻すの誰か手伝ってくれませんかねぇ」
 そんな独り言をつぶやいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ああ、うん。いや、そのな?」
 さて、ガスティはと言うと、未だにノアノ達と勇者が対面した通路にいた。
 両手でサーベルを握り、とても厳しい目をして居る勇者の前で冷や汗をかいている。
 剣の切っ先はと言うと
「……」
「……」
 見事に石畳の間に挟まり、抜けなくなっていた。
「お手伝いしましょうか?」
「エンリョシマス」
 目が笑ってネエ。背中に大量の冷や汗が流れる。自分が不幸だという自覚はある。が、クールに助けた後にこんな冗談めいた不幸は勘弁して欲しいと切に思う。
「遠慮なさらずに。それからどうしてあんな真似をしたのかじっくり聞かせてもらいたいわね」
「いや、み、見知った顔が……絡まれているようだったから、ちょっと助けようかと……」
「知り合いなのね。それは都合が良いわ」
 綺麗な笑顔が怖いと思ったのははじめてかも知れない。
 ガスティはようやく抜けそうな剣に念を込めながら退路を探すのだった。 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


風邪引きGMの神衣舞です。ひゃっは(=ω=)
というわけで勇者防衛線の第2話です。
理由については今回確信に至るところまでたどり着いた事でしょう。
あとはどう仲裁するか……という話になるのでしょうか。まぁ殴り合いの余地も当然ありますが。
ちなみにガスティさんはこの後無事に逃げ出せても捕まってもいいですよ(笑

では、次のリアクションお願いします☆
〜その3〜
(2010/6/7)
「本当にこっちで合っているの?」
「ああ、嘘は言っちゃいない」
 女性───勇者の問いかけにガスティは平然と応じる。それが気に入らないのか、彼女は少しだけ膨れたように言葉を再度発する。
「……魔王の居場所よ?」
「ああ、そうだが?」
 二人が歩くのはニュートラルロードから少し外れた路地だ。まだ商業区と呼べる地域のため人通りも多くにぎやかだ。案内しているガスティ自身もこの世界に来る前なら「魔王がここら辺に居る」と言われても信じなかっただろう。
 あの一件の後、即座に降参したガスティは剣呑な空気を見せる勇者に道案内を買って出たのだ。無論信用などひと欠片もしていない顔をされたが、武器を手放して「嘘と判断したなら斬ればいい」と言うと、値踏みするような沈黙の後『とりあえず』と言う感じで案内を任された次第だ。
「この世界はお前さんの世界とは違う。ほれ、見てみろ。ゴブリンが八百屋とかやってるだろ?」
 指差した先には確かにゴブリンがサイボーグっぽい人に野菜を勧めていた。
「魔王どころか神様だって住んでるらしいからな。固定観念は捨てた方がいいぜ」
 ここはケイオスタウン側だから実例ならそれこそ幾らでもある。烏天狗が郵便バッグを持って横に着地し、店主に巻物を渡す光景に彼女は眉根をきゅっと寄せていた。
「……あいつは本当に魔王を止めたいと言っているの?」
 しばらくの沈黙の後、不意に漏らした言葉にガスティは「お?」と眉を跳ねさせる。
「らしいな」
「……信用できないな。だったらみんなはどうして今苦しんでいるのよ……」
 続く言葉は否定でなく、自分へ言い聞かせるようだった。だからこそとガスティは口を挟む。
「何でもかんでも魔王のせいって決め付けて、本当の原因を見ようとしてないんじゃないのか?」
「……本当の原因?」
 最初に言いがかりだとばかりに険を募らせるが、すぐに困ったような表情になる。
「今まで殺し合いしかしてないんだろ? 本当の原因は今までも魔王じゃなかったかも知れないぜ?」
「それならどうして今までは魔王を倒せば世界は平和になったのよ?」
 それが決め付けの原因なのだろうと察する事は容易だが、さりとて答えはガスティの中に無い。
 だからさっさと諦める事にした。
「わかんねえ。でも学者連中やらが魔王の所に居るはずだ。そいつらが何か答えを出してると思うぜ」
「……」
 彼女は納得が出来ないと背中を睨みつけてくるが、そこには邪魔した直後の剣呑さは無い。
「ま、だから武力解決は最後の手段にしてくれや、勇者さん」
「ネーヴァ・ウォールストン」
「は?」
「あたしの名前よ」
 吐き捨てるような、どこか挑戦するような口ぶりにガスティはニィと口の端を少しだけ吊り上げて笑う。
「俺はガスティだ。ネーヴァの世界が救われるんなら出来るだけ協力するよ」
 さて、と心の中で一言。
「ところでその剣、見せてもらっていいか?」
「……どうして?」
 警戒心を露にする少女にガスティはあくまでも気楽を装い。
「神剣なんだろ? 拝める機会なんか早々無いからな」
 と、自分の欲求を素直に口にした。
 そうして心の中で呟く。
 俺が到着するまでにいい案を出しておいてくれよ、と。

 ─────その頃。

「そんな都合のいい物があればいいんですがねぇ」
 イビールの一言に全員がどうしようもなく疲れた顔をしたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 慌てて帰ってきたノアノとエディ。それから図書館から舞い戻ってきたピートリーを含めた4人は茶の間でイビールと対面していた。
「セリナさんの予想通り、私は世界に存在する瘴気を使って元気に───封印から解放されます」
 ずずずっといかにも茶を飲みにくそうな乱食い歯を気にもせずイビールは一服。
「私はあの世界にとって一種の制御装置なのでしょうな。瘴気がある一定量発生した時に起動し、瘴気を魔物に変換。そして適量以下になれば勇者に倒される」
「それではやはりあなたが復活するタイミングは魔物の発生後でなく……」
 ピートリーの言葉に一つ頷き
「前です。そして私が魔物を生み出しているのです。瘴気を変換してね。
 生み出された魔物を倒しても瘴気が出てくる事は何故かありません」
「じゃあ何だ……ある意味お前さんの世界がピンチなのはやっぱりお前のせいじゃないのか?」
 エディの言葉にノアノが肘でトストス制止しようとするが、イビールは「そうとも言えますねぇ」と事も無げに頷いた。
「セリナさん、貴女が言う通り私は私の代わりに瘴気を浄化するシステムを求めていました。
 そこで目を付けたのが酸素と二酸化炭素の循環システムです」
 学者肌の二人と基礎知識が現代よりのエディはさて置き、魔法世界系のノアノは頭にの上に?マークを浮かべた。
「要はそれと同じ事が出来れば良いのではないか。と思いこのクロスロードで花屋を始めたわけです」
「で、その植物は……まだ、見つかってないってことか」
 エディがダメじゃねえかとため息をつく。
「色々と当たっては見たんですがね。魔族系の皆さんは余り植物に興味が無い物で。しかも調べれば調べるほど『瘴気を浄化する植物』という存在が中々にありえないのですよ」
「……そうか、イビールさんの世界では瘴気は二酸化炭素のように存在しているわけではないのですよね」
 頭は変でも学者は学者。ピートリーの言葉にセリナはなるほどと呟いて考え込む。
「えーっとどういう事です?」
 完全に置いて行かれているノアノの質問にエディは少し頭を掻いて
「なんつーか、この魔王さんの世界じゃ雨季と乾季があるから、植物が育ちにくいって話じゃねーかな」
「え? 別に雨季と乾季があっても植物は育つじゃないですか」
 ノアノの不思議そうな言葉に学者二人と魔王が顔を挙げる。
「ふえ?」
「「「それだ(です)!!」」」
「な、何ですかっ!?」
 何がなんだかさっぱりのノアノが目を白黒させるが、三人は気にせずに顔を付き合わせる。
「つまり種に成ればいいんですよ。瘴気が発生したら発芽すれば良い」
「でも、そんな植物は存在するのですかな?
 私も結構探しましたが、そもそも瘴気を栄養にする植物というのも稀で」
「だったら作れば良いんです」
 セリナの言葉にピートリーはもちろんと頷く。
「品種改良をしましょう」
 セリナの言葉にぽかんとするイビールだが、仮にも花屋。だんだんとその意味を掴んできて「なるほど」と手を打つ。
 取り残された二人は顔を見合わせ、それからおずおずとエディが議論を交わす三人に割り込む。
「おいおい、だが勇者はどうするんだ? かなり切羽詰ってる様子だったぞ」
「そうですね。今にも世界がって感じの危機感でした」
 エディの言葉にノアノが思い出しながら追従する。
「それにそんな妙ちくりんな品種改良は成立するのか?」
「はっはっは。それを言われると口ごもっちゃいますね!」
 全然口ごもってないが、ピートリーの発言にセリナはバツの悪い顔をする。
「一日二日でどうにかなるとは……植物ですから品種改良には年単位の時間は必要でしょう。
 イビールさんの復活周期、つまり瘴気の発生する周期に同調させないといけないとあれば尚更です」
「最終目標はそこで良いかも知れねえけど、流石に勇者さんが悠長に待ってくれるとは思えねえ」
「……いや、充分でしょう」
 悪い空気を断ち切るように、イビールは呟く。
「光明は見えました。後はそれの完成を願って私は世界の歯車に一時戻るとしましょうか。
 なに、いつか開放されるのであれば悪い話ではない」
「イビールさんっ?」
 ノアノが批難するように身を乗り出すがそれ以上の言葉が続かない。
「あちらに行けば、貴方は完全に『魔王』になるのでしょう?」
 ノアノはそのセリナが尋ねた問いの意味を知っている。
 魔王という特殊な存在は世界によってあり方を定義されてしまう。今の朗らかな彼はその楔から逃れて初めて存在している。
「恐らくは。まぁ、大図書館の科学者連中に依頼していつかをのんびり待つことにしますよ」
「しかし……特殊すぎる仕様です。下手をすれば百年単位の時間が必要ですよ?
 普通の植物は瘴気で朽ちてしまう。素体からまず難しい……」
「そうですね……植物系のモンスターを応用した方が良いでしょうが……」
「ん?」
 不意にエディが首を傾げる。
「なぁ、確認させてくれ」
「私にですかな?」
「ああ。まさかとは思うが、そんなモンスターを生み出せないよな?」
 ……
  ……
 流石にそんな都合よくはという顔でイビールを見るが、神妙そうな顔で顎に手を当てる。
「……そういえばその実例がイビールさんですよねぇ?」
 アフロの言葉に全員の視線がイビールに集まる。
 イビールはそれでも考え込む事十数秒。
 ずごごごごとかSEが付きそうな重々しい動きで顔をあげた彼はゆっくりと口を開けた。
「なんか、出来そうな気がします」
「ムダに怖ええよ」
 エディの突っ込みはさて置き。ようやく理解してきたノアノがひょいと手を挙げる。
「もしそれが出来るのなら、今イビールさんの世界に蔓延っている瘴気でそれを作り、あとは絶滅しないようにすれば良いんですよね?」
「でも……そこが難しそうですね。
 何しろ事情を知らなければ『魔物を吐き出す植物』ですから……」
 セリナの懸念はいろんな世界で聞くことだ。それが悪い物と思って壊したらより悪い事になってしまった。特に寿命が100年足らずの人間種の場合どこかで伝承口伝が歪んだり、遺失したり……悪い時には正しく伝わって居るのに政治、宗教、価値観にそぐわないという理由で台無しにしてしまう事が多々ある。
 今回の場合は『世界を壊さない代わりに実害を生む』という分かりやすい問題がある。
「モンスターを生まないって仕様にはできないのか?」
「……何度か実験すればできるかもしれませんが……あっちに戻った私が実験をするかどうか。1、2回ならなんとかできそうな気がしますが」
「例え出来ても瘴気を栄養源にするってだけでいろいろ難癖付けられそうですねえ」
 そうアフロが呟いたところで、イビールはゆっくりと立ち上がった。
「どうやらお客のようです」
 その声音はどこまでも真剣で、緊張に充ちていたがために誰もがその客が誰か、容易に想像が付いた。
「おーい、勇者さんを連れてきたぞ」
 ガスティの声。そこに余り緊張の色は無い。とりあえずの無事にノアノはほっと息を吐くが一つのタイムリミットがやって来た事には間違いない。
 これだけの材料を元に勇者にどう接するか。
 一同は顔を見合わせた。

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やふぅ〜。なんか平熱が37.5度になってる神衣舞です。うひ。
というわけで次回が勇者防衛線の最終話予定です。まぁ、勇者をどー説得するか。そしてどういう結論を出すかというお話になるかと。
とりあえず勇者さんはいきなり斬りかかるような真似はしません。まぁ、ここで斬っちゃうと非常に問題なのは皆さんはご理解いただけているかと(笑
ではではリアクション、お待ちしております。
〜その4〜
(2010/6/17)
 冷ややかな空気が嫌でも緊張を掻き立てているようだった。

 勇者はその細い肩を震わせ、魔王の姿を見る。
 魔王もまた、静かに、しかし覇気を見せぬままそれに相対した。
 勇者が世界を救うほどの達人であれば、すでにその距離は充分に間合いだろう。さり気にガスティが勇者がいきなり飛び出さないように体をねじ込ませるが、それがどれだけの意味があるのか。誰にもわからない。

「っく!」

 勇者が喉の置くから呼気を漏らすと、その音に誰もが身を硬くした。
 勇者はすっと顎を引き、うつむくようにして身の震えを大きくする。
 いよいよまずいか。
 誰と無く思ったその瞬間。

「あははははははははははは!!」

 勇者は爆笑した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「っちょっと!? 何それ、反則じゃない!」
 と、目尻に涙を浮かべて指差す先には仇敵のはずの魔王が確かに居る。
 が、
「あー、うん」
 エディが納得したように頷く。熊とも相対できそうなボディにヘビメタバンドを彷彿とさせる悪魔顔。そのオプションが『花屋イビール』の可愛らしいエプロンである。
「ちょっ、それ、酷すぎっ!! っく!」
 えーっと、と全員の視線が勇者と魔王の間を彷徨う。
 イビールは困ったように「あー」とうめき、それから「そんなに変ですか?」と問いかけると、全員が揃って頷いた。
「確かに世界を滅ぼす魔王とやらがこれじゃなぁ……」
 ガスティも改めてその姿をまじまじと見て苦笑い。
「いや、ですから世界を滅ぼす気はもう無いんですって」
「……本気なの?」
 笑い声がふと消え、うずくまったままの姿勢で少女は問う。
 イビールはゆっくりと頷き、それからゆっくりと言葉を紡いでいく。
「本気です。世界を滅ぼすためだけに目覚めて封印されるだけというのはこりごりですから。
 ───貴女だってそうじゃないんですか。勇者ネーヴァ」
「……いつも同じような事しか喋らなかったから、新鮮ね。魔王イビール」
 と。二人の会話の雰囲気にセリナは首を傾げ
「もしかして……お知り合いですか?」
 と、自身なさげに問う。
「そりゃあ何百回も半殺しにされて封印に叩き込まれてますから」
「あなたが世界征服だとか言ってモンスターをばら撒くからじゃない! あたしを乱暴者みたいに言わないで!」
 エプロン姿の魔王にツボったせいなのか。割かし仲の良さそうな二人に周囲は警戒を和らげる。
「その事について説明したいのです。まずは聞いていただけないでしょうか?」
 アフロがずいと前にでて、勇者がずいと引く。
「やっぱりモンスター作ってるじゃない」
「失礼ですよ、色々と!?」
「全くです。私のセンスを何だと思ってるんですか。」
「イビールさんもですよ!?」
 というやりとりはさておき。
 イビールに敵意が無い理由、それから推論ではあるが現在二人の世界で起きている現象について。
「いつの間にこんなもの作ったんだ?」
 エディの呆れた声。カーターのレンズから出る光は壁に図解を表示している。
「ふふ、学者は論文を発表してなんぼですからね」
「……その胡散臭い学問に学会とかあんのか?」
「胡散臭いとはどういう意味ですかっ!?
 超考古学は超絶的に素晴らしい学問なのですよ!? 超スバラシイ!!」
 とりあえず説明も終わったし、やかましいので後頭部辺りを打撃して放置。
「これが本当だとして……」
 ややあって、考え込んでいたネーヴァはゆっくりと視線を上げて周囲を見渡す。
「こいつを連れ帰らないと世界は瘴気に侵されて滅ぶ……ってことじゃない」
「確かにその通りだな。だが、こいつにはバケモノを作り出すっていう能力があるんだろ?
 それを使って瘴気を食うやつを作れば良いんじゃないのかって話だ」
 エディの論に当然の事ながら疑念の視線がイビールに飛ぶと、彼は泰然としたまま「私自身がそういう存在ですからね。デッドコピーを作れればやれ無い事は無いかと」と頷く。
「幸いというべきか、クロスロードにも瘴気が発生するポイントというか、瘴気出してる連中が居るらしいからな。それで実験すりゃ良いんじゃねえかって思うわけだが」
「そんなポイントあるのかよ?」
 知らなかったらしいガスティがぎょっとして問い返す。彼としては一度帰って材料供給が必要かなと考えていたらしい。
「ケイオスタウンの北西と北東端は近づくとPBから瘴気警報が出るらしいぞ」
「ああ、あの辺りは結構な魔王や邪神が住んでますからね」
 事も無げにイビールが言うと途端にネーヴァの表情が怪訝そうに歪められる。
「大事にしか聞こえないんだけど……?」
「大丈夫、同意見だ」
 他の面々も話には聞いているだけでそれこそ半信半疑という感じでもあった。
「よく呑みに誘われるんですよ。私が居ると少しくらい繁華街でも瘴気の問題がなくなりますしね」
 意味を租借して、誰もの脳裏に浮かんだ問い。気楽な言葉に戦慄を覚えつつノアノが問う。
「あれ? ……代わりに怪物出るんじゃないんでしたっけ?」
「食べちゃいますね。彼ら」
 さらりと返答。余り想像したくない光景をぷるぷると首を振って払う。
「ま、まぁ、そういうわけでクロスロードでも実験可能なんだからそういうモンスターを作って持ち帰ればいい」
 エディがそう締めくくると勇者は頭の中を纏めるように難しい顔をしたままイビールを見据えた。
「本気で言っているの? この人たち」
「ええ、本気です。私も元々そういうものが出来れば持ち帰るつもりでしたしね」
「……今更だけど、あんたイビールよね? 魔王の。兄弟とかそっくりさんじゃないわよね?」
「あちらでの私の『魔王っぷり』を知っている以上、疑う気持ちも分かりますがね」
 私は確かに魔王イビールですよと茶を啜って彼は応える。
「そんなに違うのですか?」
 セリナの問いかけにネーヴァは「そりゃあ」と頷き
「『がははは。我こそは世界を恐怖に染め上げる闇の王。勇者め貴様が幾度と来ようと我が野望は潰える事なし』
 なんて言ってるんだもの」
「いやぁ、若かったですね。あの頃は」
 最低でも2年くらい前の話じゃないかと思いつつ、冗談と思ってそこは全員スルー。
「さり気に台詞の中に何度も負けてる感じが滲んでて良いですね」
 あと、変なところに感心してるアフロが一人。それはさておき
「そう言えば気になっていたのですが。勇者さんはイビールさんと旧知なのですか?」
「ネーヴァでいいわ」
 イビールと違ってネーヴァは人間種に見える。
「あたしは転生者……って言えばいいのかしら。それぞれのあたしは違うけど全ての勇者の記憶は持ってるってだけ」
「ほほう。魔王と同時期に現れる転生者ですか」
 ますますシステマチックな作りですねと不躾な事を呟く。
「というか、アフロさんいつの間に復活したんですか?」
「こんな面白い事があるのにいつまでも寝て居るわけにはいきませんよ」
 そんなやり取りはとりあえず置いておいて。
「試してみる価値はあると思うぜ?」
 ガスティの一押しにネーヴァは深々と息を吐く。
「わかったわ。上手くできたら持って帰るから。
 もちろん出来なければあんたを持って帰るけどね」
 勇者は苦笑を浮かべてそう答えたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「勇者ネーヴァ」
 深夜。
 むしろケイオスタウンでは繁華街が賑わう頃合なのだが、その一角にある花屋も当たり前のように開店中だった。
 瘴気の算段については飲み仲間を通じて取れて居るため探索者の面々は約束の時間まで一時解散。ネーヴァは何を思ったのか今日はここに泊まらせてもらうと居座ったのだ。
「用事があるんでしょう?」
「まぁね」
 寝巻き等はノアノやセリナの案内で買ってきたはずだが、彼女はこの店に姿を現したときのままだった。腰の剣も。
「正直な気持ちで話せるのはここだけだから、聞いておくわね。
 本当に、そんな事が出来ると思って居るの?」
 ぱちんと裁断の音が響く。
「それは、『出来た後の話』ですな?」
 聞く者には違和感があるだろうが二人は互いに口にしないそれの存在の事と認識していた。
「数千年ほったらかしですからね。まぁ、今更手出ししてこないと踏んでいますがね。
 もしそうならさっさと私を連れ戻しているはずですからな」
「そう言われればそうね」
「だいたいそれを言うなら貴女だって本当はこちらに居た方がいいはずですが」
 いくらかの沈黙の後、「ああ、そうか」と彼女は呟く。
「あたしも生まれなくなるのね」
「ええ。或いはこれから作る物が消え去った時のみ、でしょうかね。
 そうなれば……」
「別に構わないんじゃない?」
 彼女はさらりと応じる。イビールは不思議そうに目を少しだけ大きく開き、それから「ああ」と呟いた。
「それならそれで、私は人間として生まれて死ぬだけだもの」
「そうでしたね。いやはや、数千年の付き合いともなるとどうも感覚が」
「数千年って……あんたと顔合わすのはほんの数時間だけでしょうに。しかも殺し合いで」
「しかも私の全敗ですな。うーむ、納得がいきません、その剣さえ無ければ……」
 ネーヴァも冗談で言っているということは理解したのだろう。笑みを零して鞘を撫でる。
「あんたはもうあたしと会わないことを願えば良いだけの事よ。
 お互い、そして世界にとってもそれが一番だわ」
「そうですな」
 ぱちんと余計な枝が切り落とされ、イビールは商品を戻す。
「まぁ、もしも」
 くるり背を向けながら、勇者は遥か遠くに語りかけるように呟く。
「何かの間違いであたしがあたしとして生まれたら、あんたの顔でも眺めに来るわよ」
「その時はその剣は封印して置いてください。とてもじゃないですが飲み仲間に紹介できません」
 それを最後として。
 次の朝を迎えるまで、花屋イビールは静かな時を過ごした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノアノさん、こっちお願いしますよっ!」
「お前もちっとは戦えっ!」
 根っこでわさわさ歩き、歯のついた花弁を振り回しながらピートリーを追いかける花にエディが銃弾を叩き込み、怯んだところをガスティがシミターで叩き切る。
「私は頭を使うのが専門なんですよ!」
「その頭が狙われてませんか?」
 セリナの突っ込みと同時に新たな『植物』がピートリーに襲い掛かっていた。確かにアフロ狙いに見える。
「もう少し大人しいの作れないの? 持って帰る身にもなってよ」
「うーん、おかしいですな。これでどうでしょう?」
「わっ、まだこっちの片付け終わってないのにっ!?」
 ノアノが悲鳴と共に火の矢を叩き込む。
 朝から始まった大騒動に何事かと見物する客も増え、なにやら勘違いした連中が酒盛りまで始めて。
 興味を持った学者連中が口出ししてきたり、見かねた何人かが討伐に手助けしたりし始めたため、効率も上がり……
「こ、これでどうですかなっ!?」
 そろそろ日も傾きかけた頃。流石に疲れの見えるイビールが出したのは真っ白な花だった。
「……」
 ちなみに数回前に見た目は無害そうなのにいきなり毒の花粉を盛大に撒き散らして大騒ぎしたばかりなので全員すぐには近づかず、じっと見つめる。
「解析しろよ」
「ちょ、分かってますけど!」
 学者と言い張ったために毒見役に近い扱いでぼろぼろのピートリーが近づき、カーターで調査を開始。ちなみに毒の花粉の時にも目の前で浴びたため、あと少し処置が遅れていれば死んでいたのは良い思い出である。
 固唾を呑んで見守る中、カーターだけが気楽そうにひょいひょい動き回る。
 それからややあって、ピートリーは「多分オッケーです」と頭の上に腕で丸を作る。
「じゃあ、後は瘴気を吸った後だな」
 ちなみに2回ほど前は瘴気に触れた瞬間目にも留まらぬ速さで巨大化し始めたため、野次馬も参加しての大騒ぎになっている。おかげで河原の一部がめくれ上がり酷い事になっていた。
「上手く行くかな?」
 イビールに負けず劣らずの魔王顔がとても楽しそうに花に近づく。歩く場所に瘴気が漏れ、周囲にも撒き散らしている正真正銘の魔王である。
 花に闇が近づいた瞬間、花は急速に黒ずんで枯れてしまった。
「またダメか」
 全員の落胆の前でカーターからの情報を見ていたピートリーだけは反応が違った。
「いえ、これは……!」
 枯れた花からぽろりと何かが落ちた。するとそれはすぐさま芽吹き、白い花を咲かせてはすぐに枯れていく。だが1輪に対し種は10近く落ちる。見る間に瘴気を出す魔王に向かって花が広がっていく。
「うぉっ!?」
 余裕綽々だった魔王が始めて焦りの声を挙げる。
「ちょっと痛いわよ!」
 そこに割り込んだのはネーヴァだ。伝家の宝刀を抜くと迫り来る花の群れでなく魔王を浅く斬る。それだけで魔王はくらりとよろけて先ほどまであった毒々しいまでの威圧感を失ってしまう。が、同時に瘴気の放出が衰えたためか花の広がりが止まり、小さな白い花が色の通り白々しく揺れている。
「恐ろしいな。花も、その剣も」
 ふらふらと立ち上がりながら瘴気放出係の魔王が十分すぎる距離をとった。
「あんなんで毎度ぶん殴られてたんですよね。私」
 しみじみと言うイビールをネーヴァは顔を背けて無視。
「しかし、これ瘴気を出す人には致死性の兵器じゃないですかね……?」
 すでに野次馬の何人かがざっと距離をとっているが今のところ花が増える様子は無かった。
「とにかく種を取って残りは全廃棄。あとで精霊使いに確認してもらって残らないようにしましょう」
 ようやくできたのだ。セリナの提案に反対する者はおらず、探索者達はせっせと最後の作業に乗り出すのだった。

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 というわけでリアクションが必要となるお話はこれにて終了。
 あとはエンディングだけとなります。
 エンディングもすぐにUPしますのでしばしお時間を。
 (=ω=)ノ あでゅー
〜最終話〜
(2010/6/21)
「私が言うのも何ですが、世界を宜しく頼みますよ」
「ほんと、あんたが言う台詞じゃないわね」

 翌日。
 袋いっぱいに詰まった種を手に勇者ネーヴァは呆れたような、しかし柔らかい笑みを浮かべる。
「みんなもありがとう」
 見送りに集まっていた面々がお土産を手渡したりだとか簡単な言葉を掛けたりだとかする。
「最初は派手な戦いになると思ってたんだけどなぁ」
 エディの言葉に「平和に終わるなら良いじゃないですか」とセリナが応じる。
「上手くいかなければまた来てください。協力しますよ!」
 アフロが楽しげにそう言うと、わさわさ動く頭にちょっと警戒しつつもネーヴァは頷く。
「きっと上手くいきますよ」
「ま、そうならないと昨日の苦労の甲斐ってもんがないしな」
 ノアノが元気に言ってガスティが苦笑する。
 そんな和気藹々とした空気の中、踏ん切りを付けるようにネーヴァは一行に「じゃあ」と手を挙げて扉に手を触れ、「落ち着いたらまた来るよ」と振り返って笑みを見せた。
 こうして、勇者ネーヴァは元の世界へと戻って行ったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 後に大図書館に収められる研究書には以下のように記されている。
 魔王イビールによって生み出された花は持ち帰った勇者の名を取って『ホワイトネーヴァ』と名づけられた。
 この花は世界に満ち溢れようとしていた瘴気を喰らい世界中に広まった後、次第に姿を消していった。
 しかし完全に白の花は消え去りはしなかった。特に魔法技術に栄える帝都周辺ではこの白の花は季節を問わずに絶えぬ白を誇り続けたと言う。
 そのためこの世界の瘴気は魔術を使ったときに出る廃棄物ではないかという推測が浮上。そして事実魔王が発生する前には魔法技術の革新が顕著に見られると言う事もこの論を肯定していた。
 勇者ネーヴァは晩年、魔王と呼ばれた存在が実はこの世界の安全装置であること。そしてホワイトネーヴァの生みの親であると言う事を明かした。すでに魔法が瘴気を生む事、白の花が瘴気を喰らう事を事実として受け入れていた人々は(一部神官の過激な反論があった物の)その言葉を受け入れ、白の花に敬意を持って接したと言う。
 また余談ではあるが。
 勇者ネーヴァは時折ふらり居なくなり、帰ってくると見た事もない珍妙な物を持ち帰ってきたと言う。それは無闇に他人に与える事はなかったが、流失したいくつかの物がこの世界に影響を与えた事は言うまでもない。

 白の花は、その世界に魔法とそして時が続く限り風に揺れて咲き続ける。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


 というわけでこれにて【inv05】勇者防衛線 終了となります!

 さて、いきなりですが皆さんはチュンソフトのノベルゲームをやった事があるでしょうか。
 『かまいたちの夜』が有名作ですが、このサイトでのシナリオ形式はこれに近い物があります。
 話の軸となるキーワードは変わりませんが、選択肢によってNPCの設定や舞台の設定が微妙に変化し全く違うお話になります。Explorer'sでのシナリオはそういうマルチエンディングです。
 なので同じシナリオをもう一度行った場合、メンバーが違ったり、行動が違うと全く別のシナリオになってしまう事になります。
 いろいろぶっちゃけますと
 ・力づくでネーヴァを止めようとした場合、大乱闘が発生し、ネーヴァをイビールに近づけないというシナリオになっていた。
 ・セリナのリアクションが無ければ、瘴気光合成ネタは存在していなかった。
 正直なところ、イビールが花屋だった理由は前のシナリオでは意外性だけを追求した結果です。そんな深い理由なんてありません(笑
 今回は学者軍団が調べ物に走り、友好的な態度で他が望んだためこういう結果になりましたが、半分くらいの確率でガチ戦闘シナリオになるかなぁと踏んでました。
 さらにぶっちゃけるとありえた結果として
 ・実はイビールは元人間でネーヴァの知り合いだった
 なんて事もありえました。ちなみにこれの発生条件は恐らくネーヴァがイビールの事を「あいつ」呼ばわりしている事を指摘したら・・・だったでしょうね(笑

 まぁ、そんな感じでゲームスタート時には総合GMも結末を予想しておりませんので、ぜひ皆さんで物語を作っていただけたらなと思います。
 以上、総合GM神衣舞でした(=ω=)b
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