「おー」
二足歩行するシベリアンハスキーの子犬、といった風体の獣人が目をキラキラさせて覗き込むのは昭和初期の家屋を思わせる店だった。
木製の引き戸を開けて覗き込む先は薄暗く、壁際には所狭しと様々な物がカオスに並んでいる。
見る人にとってはガラクタの山。またある観点からすれば宝になりえる物の集まり。ここは所謂古道具屋、あるいは骨董屋というものらしい。
時代を経た物が燻す香りを興味深そうに嗅ぎつつそーっと身を乗り出していく。
「いらっしゃい」
「ぎゃわっ?!」
しがれた声に思わず尻尾を巻いた獣人は特有の脚力で一気に店から離れる。僅かに開いた扉の先。目を凝らせば老婆が一人こちらを見ていた。お店なんだから店の人が居るのは当たり前かと思うがまるで真横で囁かれたようなその音に今も心臓がバクバク高鳴っている。
生き物の匂いはしなかった。とは言えこのクロスロードではたまにゴーストなんかも飛んでいるのでなんとも評しがたい。知識として知っていても長年の価値観はそう簡単に変わらない物だ。
暫くじーっと扉を見ていると段々と落ち着いてきた。するとすぐに好奇心がむくむくと沸いて来る。
どうしようかな。凄い大きな声出しちゃったから嫌な顔されるかな?
ぱたぱたと尻尾を振る事十数秒。
よし、じゃあ明日もう一回来よう。
彼はそう決めてその日はその場から立ち去ったのだった。
面白い場所を見つけたと、友達に自慢するために。
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「モルクを探して欲しいんです!」
と、切実な口調で切り出したのは二足歩行するヨーテリアの子犬という感じの獣人だった。依頼人のマルルである。
「ええ、そういう内容でしたね。
それでそのモルクさんが居なくなったという原因に心当たりは?」
ヨンが問い返すと「その前の日に変な店を見つけたと」と少し困ったように呟く。
「どこかと聞いたんですけど、ケイオスタウンにあるって事だけ教えてもらって。
今度連れて行くから楽しみにしてろとか、どんな店かも教えてくれなくて」
「殆ど手がかりが無いわね。他には何か言ってなかったの?」
マルルを興味深そうに眺める女医(?)リーフの問いにキューと困ったようにうめき
「いろんな物がごちゃごちゃあって古かった……とか」
流石にこれは二人とも眉根を寄せざるを得ない。
「古い店って事かしら?」
「……でも、この街ってまだ出来て2年目かそこらですよね?」
余程の騒動に巻き込まれていなければまだ新しい家がずらりと埋め尽くしている。多少ずぼらな人が管理してもブラウニーズのサービスがあるため『古い』と表現されるような店が果たしてあるのかは謎だ。
「そういう装飾をしてるとか」
「古くする、ですか? 確かにムダに古くて格調高い家屋を好む人達には覚えがありますが」
何故か貴族的な文化を好む吸血種が苦笑まじりに呟いた。
「大図書館とかいう建物もかなり古かったと思うけど?」
「ああ、そういえばそうですね。うーん、結構あるものなのでしょうか?」
二人の話に付いていけてない子犬は不安そうに二人の顔をきょろきょろと見て、
「モルクの場所……わかんないですか?」
不安そうにきゅーんと鼻を鳴らして問いかけてくる。
「手がかりが少ないのは事実だわ」
あけすけな言葉にますます目を潤ませるマルル。
「でも引き受けた以上は出来る限りの事はするわよ」
「ですね」
「うう、お願いします!」
子犬は可愛らしくちょこんと頭を下げるのだった。
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「とは言ったものの」
ニュートラルロードから少々外れた通りをぶらり歩く。ロウタウンは昼、ケイオスタウンは夜に賑わうのは事実だが正確にはケイオスタウンは夜も賑わう街だ。なので昼間にもそこそこの人通りがあり、ロウタウンよりも更にカオスな種族のごった煮を見ることができる。
とりあえず白衣を引っ掛けてきたが流石に夏場とあって暑苦しくなってきた。一応拘りなのでそのままにしているが避難場所を見つけた方がいいかもしれないとは思う。
ぱっと見、並ぶ店がどれも同じように見えるのは錯覚ではなく基本仕様が同じだからだ。返せば
「『古い』なんて特徴、目に留まって当たり前だと思うのよね」
試しにそのあたりを歩いている人にもいくらか聞いてみたが、それらしい情報は聞けない。
「どっちかというとその店に行って行方不明になったとは限らないのが問題かもね」
そう言いながら歩いていると
「あら?」
通りにぽつんと、まるでそこだけ色が抜け落ちたような光景を見た。
木造でしっかりした造りであるようにも見えるが、時間だけが生み出す古さが目に見て分かる。
「あからさまだけど……」
ここまで条件にぴったりだと違うと疑うのも難しい。どうしたものかと眺めているとガラガラと特有の音を響かせて戸がほんの少しだけ開く。中から誰かが出てくるかとも思ったが、特にそんな様子は無かった。
ふと、心の中に『覗いてみよう』という思考が芽生える。不用意なという考えはすぐに消え、行方不明になった子は一度覗いてから帰ってきたとだけ思い出す。
「……」
気が付けば店の前に居た。店内は薄暗く、扉の開いた分だけ光が差し込み中を仄かに照らしている。僅かに垣間見えるのは確かに古道具屋という光景だが ────
「いらっしゃい」
ヒッと息を詰まらせ、リーフは声のした方を振り返る。
が──────
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おや、どうしました?」
書き物をしている手を止めて顔を挙げたのは精悍な顔つきの青年だ。目を細めて微笑む表情を見れば女性が黄色い悲鳴を上げること間違いない。
「お仕事中申し訳ありません。少々お伺いしたいことがありまして」
ヨンが赴いたのはケイオスタウンにある管理組合の分署だ。このような分署はクロスロードに数箇所あるが、特に役割を持っているわけではない。殆どの問いにはPBが応じてくれるため窓口など本来必要ないのだが、中には人とのやり取りでないと納得できないという主義の人も居るためにとりあえず造っているという場所である。
「いえいえ、構いませんよ。丁度休憩を入れたいところでしたからね。
えーっと、ワインの方が良いですか?」
「あ、いえ」
流石にこちらも仕事中だと慌てて辞退すると、
「ふふ。じゃあ紅茶にしましょうか。良い物を頂いたんですよ」
冗談ですよと微笑みながら同じく吸血種の男は席を立つ。彼はここの職員の代理である。が、少しばかり強大な力を持つためこのあたりのまとめ役となっている。
「で、質問というのは?」
「あ、はい。実は獣人が一人行方不明になってまして。古めかしい店を見つけたと、失踪前に話していたらしいのです」
「ほう」
手際よく紅茶を蒸しながら彼は考えるように顎を撫でる。
「今日一日探しては見たのですが、中々条件に合うような店を見つけられず、もしもご存知でしたらと思いまして」
「なるほど。古めかしい店ということが既に特殊な条件ではありますね」
紅茶の良い香りが漂う。吸血種の中には血液以外の食べ物に味覚が働かない者も居るが、二人はそういうタイプではない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
絵になるほど優雅な動きで差し出された紅茶を眺め、彼が席に戻るのを待つ。
「さて、その獣人が古い店を見つけて行方不明になったという条件だけを元に考えれば、一つ思い当たることがあります」
「思い当たる事、ですか?」
「はい。『マヨイガ』という言葉をご存知ですか?」
この世界の摂理も全く知識にない言葉を変換できないらしく、ヨンは躊躇いがちに知らないと首を横に降る。
「何も無いはずの場所に家がある。という怪奇現象です。そしてその家から出ると二度とその家は見つけられない」
ある意味妖怪とも言うべき吸血鬼が怪奇現象と言うのも妙だなとは間違っても口にせずになるほどと頷く。
「本来は山などで遭難した人が食事や寝床の用意された家を見つけるんですが、家人は誰も見当たらない。
後でお礼をしようと探しても見つからない。というお話なんですが……。色々な世界には色々な亜種がありましてね」
「……入ると出られない、とかですか?」
「その通り。出るための条件というものが必ずあるらしいのですが」
確かに今回の話には一致しそうな話だと思う。が、このクロスロードでは色々な現象、問題が日々発生している。いきなりそんな話が出てくるとなると
「もしかして、他にも被害者が?」
「ええ、その通りです。未だに確定はしていないのですが状況を統合すると恐らくそうではないかと」
紅茶を口に運び、しばし沈黙。
「外部からの干渉でなんとかなるなら良いのですが、内側からでしか方法がないとすればそろそろ探索隊を組織すべきかとも考えていました」
「被害者はどの程度居るんですか?」
「不明です」
やや困ったように応じる。
「この世界ではほとんどの探知、探索、情報予知系の術が使えません。なので正式な数なんて数えようもないのです。
それに消える原因なんてそれだけじゃありませんから」
さらりとなんか黒い事を言われたが今はスルー。
「少なくとも3〜4人。多くて10人程度ではないかと予測はしています」
これを多いと見るか少ないと見るか。
「一応ほとんどが探索者の町ですからね。10人も居れば勝手に解法でも見つけてくれるのではないかとも思っていたのですが」
「ええと、そのマヨイガに入る方法はわかりますか?」
「正確にはわかりません。しかし求めている人の前に現れるという傾向は諸説の中に見受けられます」
それが正しいならば自分はもう見つけても良いはずだ。見つからないからここに来た。
「……そうですね。スガワラ翁にこの話をしてみてください」
「スガワラ? ……大図書館の館長さんでしたっけ?」
「その通りです。あの人も妖怪ですし、かつてはそういう迷惑を掛ける妖怪討伐をやっていたそうですから」
「……え?」
何度か大図書館に足を運んでみれば金髪美人の司書長に小言を言われる老人の姿を見る事ができるだろう。単なる好々爺というイメージしかなかったのだが。
「あの人はこのクロスロードでもかなり特殊な方ですよ。
地球世界の日本に措ける大怨霊にして御霊という特殊な存在の化身ですからね」
「は、はぁ……」
まぁ、何が居てもおかしくないのがこのクロスロードだ。
「ともあれ、こちらでも調査しますが……もしマヨイガを見つけても決して近づかないでください。
中に飛び込みたいのであれば別ですけど」
「ご忠告ありがとうございます」
ヨンはまずは礼を述べて、どうするか考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マルルを探してほしいんです!」
「え?」
きょとんとして、目の前のシベリアンハスキーを思わせる獣人を見る。
「……おねーさん、ボクの話聞いてた?」
「え? あ、……」
あれ?と首をかしげる。自分は確か探し人の依頼でここに来たはずだ。なんだ、合ってるじゃないか。
「ええと、マルルって子を探せばいいのね?」
でも一人だっただろうか? まぁ、自分はこの町に来たばかりだし、誰かと一緒に来る理由もないから……
「うん。どこを探しても居ないんだ。お願い、探してよ!」
「わかったわ。でも手がかりは無いの?」
「うーん。あ、そうだ」
ぴーんと耳を立ててモルクという獣人は言う。
「ボクが怪しい店を見つけたって教えてあげたんだ。
もしかするとボクに黙ってそのお店に行ったかも!」
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はい、総合GMの神衣舞です。
今回はちょっと実験風のシナリオになっています。どんな実験かはお分かりかと(笑
リーフさんはちょーっと特殊な状況に置かれてしまいました。二人は現時点での協力はできず、リーフさんはヨンさんの事を忘れています。
ですがクロスロードに対しての基礎知識は特に変わってないと言う事でお願いします。
ではでは。リアクションおねがいしますね☆
PS.途中参加絶賛募集中。下手すると二人じゃ積むゼぃ(ぉい