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【inv07】『迷い家の世界』
〜その2〜
(2010/7/21)
 だるい。
 夏の日差しの下を歩きながらリーフはふと思う。
 そりゃぁ炎天下を歩き回れば疲れもする。けれども、なんだろう。それよりももっと深い疲労を体の芯に感じる。
 どっちかと言うと徹夜明けのだるさだろうか。
「昨日はちゃんと寝たはずだけど……?」
 昨日の行動を思い出そうとして少し顔をしかめる。仕事だからと早く寝たんだった……よね?
 日差しがじりじりと皮膚を侵食してくる。考え事どころじゃない。
 緊急避難と割り切ってリーフは近くのカフェテリアに進路を変えた。



「マヨイガとな」
 大図書館のロビーでスガワラ翁は髭をしごいて問いの言葉をなぞった。
「そういうお話を聞いて……」
「ふむ。本来『マヨイガ』とは『迷い家』───迷い込む家の意味で使われる怪奇現象じゃのぅ」
「はい、そのあたりは伺いました。本来あるはずの無い場所にある家、だそうで」
「簡単に言えばそうじゃな。隠れ里や秘境……あるいは神隠しに近い意味合いを持つが……」
「どうすれば入れるのでしょうか?」
「ケースバイケースじゃな。エルフの中には森の中で強制的に迷わせる魔法を使う者が居ると聞く。正しき順路を知る者だけが森の中の里に到着するという仕組みじゃ。
 また合言葉や固有の儀式、アイテムを使った場合に道が開く場合もある。兎歩という独特の歩き方でそういった場所に踏み込む事もあるそうじゃ」
 特定には情報が足りないという事だろうか。
「では、そういう場所に入る人というのに傾向はあるのでしょうか?」
「同じ答えになるのぅ。確か妙な店というのが妖しいのじゃったか」
「ええ」
「ならば店への興味がトリガーになる可能性はあるかもしれんのぅ」
「興味というならば同じ動機でその店を探していた私も取り込まれていると思うのですが」
「実は取り込まれているかもしれんがの」
 さらりと言われて思わず息を呑む。
「迷い家は名前の通り家じゃ。じゃが隠れ里タイプであればその中に世界が広がる。
 更には西洋……と言ってもわからんか。別の伝承だと虚像の世界を作るようなタイプがあっての」
「……つまり、私はクロスロードに居るつもりで既にマヨイガの中に居る可能性もあると」
「このタイプの場合認識がずらされる事も多い。普通に生活していると思い込まされて衰弱死してしまう」
 厄介な話だと唸るしかない。
「脱出する方法はあるのですか?」
「様々ですね。核となる人格を説得できれば最も早いのですが、人格を持たず特性だけで人を引きずりこんでいる可能性もあります」
 横合いから参加してきた声。金髪の美人司書サンドラが深刻そうに言葉を続ける。
「恐らくは憑喪神でしょう。クロスロードの特性上、自身で動けるならば登録を受けているはずですし、もしそうならば特定されているはずです」
「となると……鏡か人形屋敷かのぅ」
 疑問の表情を浮かべるとスガワラ翁がコホンと咳払いをする。
「鏡は異界への入り口。人形屋敷は自分の主を求めて異境を内包するという物語の性質を持っておる。
 クロスロードと言う事を失念しておったわい。巨大な物、つまりその店ごとやってきたと言う事は中々にあるまい」
「となると変な店というのは雑貨屋か古物屋でしょうか。物品としてクロスロードに運び込まれ、店を巻き込んで異郷化している可能性が高いですね」
 この推論が正しいのであればかなりターゲットは絞れるはずだ。
 となると、問題となるのは────
「私かリーフさん。どちらかがマヨイガに捕らわれている可能性があり、それを別った理由、でしょうか」
 言葉を零すと館長と司書長は少しだけ難しそうな顔をして、
「承知してもらいたいのは今語った事全ては我々の経験からの推測です。
 妖怪種は特に亜種や変異種が多いですし、それを模したマジックアイテムである可能性もあります。
 話のコアになる点は迷い家、あるいは神隠しと思って構わないでしょう。あとは一つ一つ可能性を埋めるほかありません」
 多種多様の可能性が蠢くクロスロードで確かに情報のみで原因を特定するのは困難だろう。
「いえ、大変助かりました。参考にします」
 他にも手がかりを探す必要がある。ヨンは場を辞して次の目的地へ向かった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 おかしい、とは思う。
 妙に喉が渇くしお腹が空く。体もだるい。
 先ほどカフェテリアで昼食を取ったばかりのはずだが……
 いつもよりも多く運動しているせいだろうか。それにしたって喉の渇きはわからないでもないけど、お腹が空くのが早すぎると思う。
 朝ごはんは食べただろうか。
 ぼんやりとそんな事を重いながらケイオスタウンを歩く。
 この日差しのせいか、街を歩く人はそこまで多くは無い。昼下がりなど好き好んで外に出たくないのは別にこちら側に限った事ではないだろうけど。
 不思議な店と脳裏に思い起こす。
 出身世界の違いからか、『妙な物』と言える品物を並べる店は多く、どれもこれも当てはまる気がする。もう少し情報はないものか。
 よくよく考えればモルクがその店を先に見つけたのだからモルクに店の場所を聞けば良かったのではなかろうか。
「あれ? 聞かなかったっけ?」
 モルクに会う前にそんな事を考えていたはずなのにと考え、疲れてるなぁと眉間を揉む。
「まぁ別に店が妖しいと決まったわけではないんだけどねぇ」
 自嘲めいた言い訳を誰にと無く漏らしながら歩く。
 気がつけば日は傾いていた。
 収穫なしか。と内心呟きつつ疲労感から丁度近くにあった公園のベンチへとふらふら誘われて腰掛ける。
「おや?」
 声に顔をあげると戦士風の男がこちらを見ていた。
「昨日は居なかったのに」
 じっとこちらを見ながらそんな事を言う。公園のベンチに毎日座る趣味は無いのだから当たり前だと内心で突っ込む。声に出すには面倒だと思う。
 男は暫くこちらを見ていたが、やがて去っていった。
 何だったんだろうか。
 リーフは少しだけ気分を悪くしながら、大きく息を吐く。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん」
 時間は夕暮れ。ケイオスタウン側の入試管理所付近でトゥータルは困ったように空を見上げていた。
 張り紙を貼ったり、吟遊詩人のように語ってみたりしたものの、集まる情報はいまひとつと言えた。有用な情報と言えば、恐らく最後の目撃情報となる「ケイオスタウンの327番区画で店を覗いているモルクらしい獣人を見た」という物か。
 代わりになにやらおひねりのようなものが少々溜まっているが、そこはご愛嬌だろう。ちなみにクロスロードの場合には貨幣がないため、PB経由で投げ込まれる事になる。
「さて、どうしましょうかね」
 流石にクロスロードは広い。1人を探すのはとても大変で、目撃情報も思った以上に集まらない。
「直接行ってみるしかないのでしょうかね」
 夕暮れを迎えてケイオスタウン側のニュートラルロードでは夜市の準備が始まりつつあった。完全に日が暮れてしまうまでの数時間、ロウタウン側での朝市のような光景が広がる。
 人通りも増えるはずだしもう少し頑張ってみようと口を開いたところで、一人の男が彼の前に立った。
「トゥタールさんですか?」
 青年の問いかけに「ええ、そうですが、貴方は?」と応じると「ヨンと言います。貴方と同じマルルさんからの依頼を受けていまして」と返す。
「なるほど。進展はありましたか?」
「……それが」
 リーフが居なくなった件を含め、情報を一通り話すとトゥタールは芳しくない状況に眉根を寄せる。
「私の方も大した情報はありませんね。せいぜい店がありそうな位置を聞けたくらいです。
 リーフと言う方が行方不明ならば、同じ通りで彼女の目撃情報を集めてみますか?」
「……近付いて良いのかという問題があるんですよ」
「ああ、彼女もまたその『マヨイガ』にとらわれた可能性があるということですね」
 理解が早くて助かると頷きを返す。
「なのでもしもそう言った店を見つけても一人で入らないで下さい」
「気をつけておきます。とはいえ……そのリーフという方はうっかり入ってしまったのでしょうか?」
 それに付いては何とも言えない。しかし
「一応行方不明事件、という感じは認識しているでしょうから……不用意な真似をしてしまったかどうかは微妙ですね。
 もしかすると強制的に、と言う事もあります」
「でしょうねぇ」
 トゥタールは状況を整理するように考え込む。
「とりあえず私の方はこれから問題となるお店を探してみようと思います。
 見つけたら連絡しますので、トゥタールさんも一人で入らないようにお願いします」
「わかりました」
 とりあえず定期的な連絡方法を打ち合わせて去っていくヨンの背中を見ながら、トゥタールは茜色から濃紺に染まっていく空を見上げた。
「さて、どうしますか」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「マルルを探してほしいんです!」
「え?」
 きょとんとして、目の前のシベリアンハスキーを思わせる獣人を見る。
「……おねーさん、ボクの話聞いてた?」
「え? あ、……」
 ボーっとしていたとは口にできずリーフは気を取り直そうとして────
「ん?」
 疑問を抱く。
「ん? じゃないよ。おねーさん探索者なんでしょ? 僕の依頼を受けてくれるんでしょ?」
 怒気を含んでも可愛らしい依頼人の言葉を他所に頭の中に疼く違和感の理由を探る。
「ええと、妙な店を探せば良いのね?」
 口は適当な応対。しかし今度は依頼人の方がきょとんとする。
「え? 僕もうそこまで話したっけ?」
 はっとして依頼人を見る。
「いや、だって、ほら。あんたが妙なお店を見つけたとかで。そこに居るかも知れないって話しでしょ?」
「うんそうだけど……あ、言った気がする」
 鈍痛というかなんというか。頭の中が妙な軋みを立てている気がする。
「とにかく、マルルが心配なんだ。おねーさん探してよ!」
「……ああ、うん。分かったわ」
 違和感は一度察知してしまえばどんどん大きくなっていた。
 昨日の行動を思い出す。だるい。確か依頼を見て、炎天下を。違う。妙に喉が渇く。妙な店。夕暮れで帰る。
 ばらばらのパズルを見るような気分でまとまらない思考の前で立ち尽くす。
「……おねーさん。ホントに大丈夫?」
 怒りを通り越して心配になったらしい獣人が見上げるように身を乗り出してきていた。
「ああ、うん。とりあえずわかったわ」
 広げた掌を見る。
 ぐっと握って、少し爪を立ててみると痛みを感じる。夢なんていうベタなオチではない。
 でも、この違和感は?
「じゃあ、よろしくね?」
 モルクの言葉に曖昧に頷きつつ、リーフはどうすればいいのか、さび付いたようにも感じる頭を回し始めた。

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 はい、総合GMの神衣舞です。
 だいたいどういう状況かプレイヤーの皆さんは理解していただいてるかと。
 問題は解法ですね。うひ。
 リーフさんも違和感には気づいたので行動開始できるでしょうしねと。

 では解決に向けて次回リアクションをよろしくおねがいしますね。
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