男は歩いていた。
目的地に向かって───目的地はどこだ?
買い物をするために────昨日と同じ道を。
明日の冒険のために────明日はどこだ?
歩く。歩く歩く歩く。
どこに向かっているのか────わからない。
どこに向かっているのか────思いだせない。
歩く。歩く歩く歩く。
体は重く、喉は乾いている────それでもいつもどおりに。
目眩がする。動きたくない────それでもいつもどおりに。
視線が動く。
当たり前の光景から視線をそらす────いや、昨日彼女はそこに居ただろうか。
昨日?
昨日?
昨日?
男の過去は記憶は肯定し────否定する。
薄れそうな意識の中、買い物をするために歩く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ」
夕暮れも近くなった頃。ヨンはメモを手にベンチに腰かけていた。
今日回ったのは依頼人であるマルルと懇意にさせてもらってる地域のまとめ役の所だ。目的は事件の発生時間の確認。今までの情報をまとめた結果そもそも原因となるものを二人が持ち込んだ可能性を思い至ったのである。
しかし。
「二人がここに来たのは一年前。事件の発生は遅くとも一週間前ですか……」
ちなみにこの世界に来た時の持ち物も聞いてみたが、はっきりとは覚えてなかった。少なくとも鏡のようなものは持っていなかったらしい。
「予想は外れですか……」
こうなるとモルクは純粋な被害者であると考えた方がいいかもしれない。
「そうなると……」
考える。何か手は無いか。
「ああ、ここに居ましたか」
聞き覚えのある声に顔を上げるとトゥタールが早足にやってきたところだった。
「ああ、トゥタールさん。何か手掛かりが?」
「ええ、問題の店が特定できたと思います」
「え?」
もしそうなら話は一気に前進するかもしれない。
「実はPBでいろいろ検索してみたんですよ。最初は人の名前で検索したんですけど、そうしたら皆さんの家に行きついてしまいまして」
PBに内蔵されているのはあくまで地図で、100mの壁がある以上GPSのような機能は望めない。よって人名で検索すればおのずとその人の家になってしまう。
「それならばと327区画で最近行けなくなった店はどうかと調べたんです。
まぁ、これについては無回答だったわけですが」
同じ理由だ。店がある事がわかっても行ける行けないの判断は地図の上では表示不能だ。あって閉店した店くらいなものだがそれは目的とは違う。
「で、最後に雑貨屋と骨董屋を調べてみたんです」
「ああ、スガワラ館長の助言ですね」
「ええ、そしたら骨董屋はクロスロードに1件しかなくてですね」
これもまた当然というか、まだ4年程度の歴史しかないクロスロードで骨董屋なんて開く物好きが1人でも居た事が驚きである。骨董を集める趣味の者が居ないでもないとは言え、ほとんどの者が『開拓者』とあって、商売にできるほど需要を見込めない業種である。あと10年もすればまた話も違うだろうが。
「行ってみたんですか?」
「いえ、流石にミイラ取りが、になりかねませんからね」
妥当な判断だ。
「では行きましょうか?」
彼が自分を探したのは進むため。
ヨンは一つ頷いてベンチから立ち上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おかしい。
疑問は膨らむが、記憶はそれを否定する。
ふと気を抜けば疑問は霞のように消えていく気がする。
昨日を思い出す。昨日私は何をしていた?
確か────そう依頼人に、違う。依頼人に会ったのはさっきのはず。
じゃあ、どうして私は依頼人の言おうとした情報を知っていたのだろう。
体が重い。歩くのがだるい。けれども私は歩いている。考えながら歩き、そして昨日の行動を思い出そうとして、なぞるように。なぞる?
ベンチに座る。寝不足等の心当たりもない。どうしてこんなに喉が渇くのか。
「おや?」
声がした。男がこちらを見て、それから
───昨日は居なかったのに?
依頼人の時と同じだ。男がそう言う気がして、
しかし男は何も言わずに歩いて去ってしまう。
気のせいなのか。それとも────
「昨日は、居たから?」
炎天下の日差しの中、うすら寒い物が背筋を走る。
昨日、私は何をしていた?
再度言葉を繰り返す。決まっている。───────
記憶が揺らぐ。答え合わせがどうしてもできない。
まずい、と心のどこかが焦りを生む。
この状態は間違いなくおかしい。確信はない。けれども私は確信している。これは異常だ。
記憶が揺らぐ。まずい。まずい。このままではまた─────
また、何だ?
また、また、
そう、また繰り返す─────?
体が重い。意識が朦朧とする。それでも私は立ち上がり、しっかりと小休止を取ったかのように歩き始める。
どうすればいい? 早く考えなければ────。
私をここから抜け出させるきっかけに思い当たることは無いだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あそこです」
トゥタールが指さす先、わざとそうしたのだろうか周囲の店とは一風違ったやや古めかしい店舗があった。クロスロードでは建物のほとんどは建売住宅のように同じ物となる。これはその全てを管理組合が建築して貸与するためだ。しかしそれなりの資金を支払えばカスタマイズということで建て直す事も可能である。無論安い金額ではないため、よほどの道楽者や金持ち、あるいは大きな組合等しかやらない事である。
「クロスロードで骨董屋なんて始めるんですから道楽者ではあるんでしょうが、と?」
ヨンが呟く前をふらりとトゥタールが前へと歩いていく。
「もう行くんですか?」
答えは無い。その先、ほんの僅かに開いている横引き戸。
「トゥタールさん……?」
しかしやはり応じずに数歩前へ。まずい。
ヨンは慌ててトゥタールの手を取る。しかしそれを意ともせずにぐいぐいと前へ。幸いなことに無茶苦茶な力を出しているわけではないので足止めはできていた。
「しっかりしてください! トゥタールさん!?」
回り込んで肩を掴んで顔を見るが、彼の視線は店の僅かに開いた空間にのみ注ぎ込まれている。
「っ!? リーフさんもこれにやられたんですか……!」
いちかばちか、目をふさいでみるが効果は無い。ええい、とばかりに抱き上げて疾走。
奇異の目を至るところから受けながら50mも走ると不意に「……ぉおう? これはどういう状況で?」とややすっとボケ気味の言葉が男の口から飛び出した。
「正気に戻りましたか」
「正気……? ああ、もしかして」
「ええ、あやうく店内に入る所でした」
「なるほど。助けてくれてありがとうございます。
……しかし、どうしてヨンさんは平気なのでしょうか?」
それは自分も大いに気になる所だ。トゥタールとリーフ、そして二人と自分の違い。それは明確ではあるが。
「私がヴァンパイア……だからでしょうか?」
思い起こす。そういえば今回のマヨイガの元凶となったものが憑喪神と呼ばれる物であるとするならば、それは─────
「鏡……?」
ヴァンパイアは鏡に映らない。無論世界によってその伝承はまちまちではあるが。
「もしくは……生命力でしょうか」
考えつくのはその二点。いずれにせよヨンはその呪縛に捕らわれない可能性がある。
「まぁ、もう少し近づいたら違うかも知れないのが恐ろしい所ですね」
トゥタールの言う通りだ。自分なら大丈夫と踏み込むべきか。
夜へと移行する町の中、二人は次の一手を共に思案する。
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どもー、総合GMの神衣舞デス。
次回でラストかなって所まできました。
私から言う事は特にないですんで、はりきって次回リアクションをお願いします。
なお、次で解決しないとちょっと悲しいお知らせもあり得ます。えへ。