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【inv07】『迷い家の世界』
〜最終話〜
(2010/8/15)

「っ!?」
 鼻の奥にツーンときた。
 即席で作った薬品が過激な味で脳を揺さぶる。虚ろな思考が少しだけすっきりしたような気がしている間に考えをまとめる。
 彼女が居るのはモルクの家の前。日が変わる前にもう一度彼に会う必要を感じ、準備をして急いで戻ってきたのだ。
 リーフは白衣を着替えて戦闘用の衣装となっていた。
「居るかしら?」
「あれ? リーフさん? どうして来たんですか?」
 戸から顔を出し、きょとんとするモルク。
「聞き忘れた事があったのよ。
 貴方の言ってた怪しい店まで案内してほしいの」
「え、ああ。良いですけど?」
 あっさりOKが出て一安心。
「ちなみに場所はどこ?」
「えーっと。────通りの─────辺りだよ」
 気楽に応じる彼が口ごもったりしたわけではない。
「……もう一度、いいかしら?」
「え? だから────通りの─────辺りだってば」
 よほど特殊な発声でもしていない限りこんな不自然な声の消え方はしない。
「妨害されてる……!?」
「妨害?」
 きょとんとするモルク。彼自身に実感は無いのだろう。
「いいわ。案内はできる?」
「うん。良いよ」
 てってと歩きだすモルク。その足取りは特に不審なところは無いように思える。
「ところでそのお店、どんなものが売ってあったの?」
「ボロイのがいっぱいあったよ。でも中にはキラキラしたのとか、人形とか、おもちゃとかあったかなあ。
 薄暗くて良く見えなかったけど」
 古物屋には間違いなさそうだと思い返し歩く道にデジャビュを感じる。違う、これは明確に自分の記憶だ。
 自分が依頼を受けた後に歩い────今日依頼を受けたのではないか?─────道なのだから。
 彼の案内は今のところ正しい。自分じゃない自分の記憶を漁るように確認しながら子獣人の後ろを歩く。
 いざ目的地に着いたらどうするべきか。重い脚を、動くのをやめようとする体を前に出しながら彼女は思考を巡らせる。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「こちらが裏口ですか」
 ヨンがやや緊張した面持ちで呟く。
 トゥタールと二人で一度大図書館に立ち寄った後、問題の場所へとやってきていた。
「しかし鏡の場合厄介ですね」
 ヨンは頷く。
 『引き込む鏡』は鏡を破壊した場合中に居る者が帰ってこない事例が多い。鏡はあくまで扉、世界と世界の境であり、「それは反射ではなく、薄い世界との境界線である」という意味を持つ。行き来するための鏡(扉)を砕けば戻ってこれないのは道理だ。
「その場合恐らく異世界というよりも妙な方法で拡張した空間、ということでしたね」
 ヨンが自身で確認するように応じる。
 それはサンドラからの助言だ。このターミナルには『100mの壁』がある。見た目は鏡一枚隣りでも距離に換算できない異世界へは『扉』の使用を除いて移動は不可能だと考えられている。事実『異界』から召喚獣を呼ぶ召喚魔術のいくつかはこの世界で成立していないらしい。『扉』を介在して無理やり呼んでいる者も居るらしいが。
「袋小路で出入り口を潰すようなものって事ですね。とは言え……」
 鏡の中から引きずり出すには鏡の中から引き上げるという方法が一番多い。仙人種には鏡に釣り針を落として釣るという芸当をする者も居るらしいが、これもこの世界では成立しない転移術だったりするので知識から除外。
「って、ちょっ!?」
 返事が無いと思えばふらりとトゥタールが勝手口へと手をかけていた。いつの間にと慌てて走り出す。
「私は……大丈夫っ!」
 確認というより自身に言い聞かせるように吸血鬼は叫んでトゥタールの手を取る。しかし、遅かったか。彼の手ががらりと戸を横に開いた。
「目を覚ましてください」
 ぞわりと背筋を走る悪寒。まずいと感じながらもぐいと引っ張るが、トゥタールは人形のように愚直に前へと進もうとする。その力たるやヨンの力でも気を抜けば押し負けそうだ。これはリミッターを外して動いてる可能性がある。
 ぐいぐいと引きずられていく。強硬策しかないかと思った瞬間、ガラリと勝手口が開かれた。気がつけばそこまで引きずられていたのだ。
 まずい、と思う前に店内に広がる光景に言葉を詰まらせる。
 広い。恐らく店の裏手半分が倉庫のようになっているのだろう。ただっ広い空間の床にある物は───────

◆◇◆◇◆◇◆◇

「館長」
「ほっほ? なんじゃね?」
 器用にフライパンを扱う老人に魅惑的な肢体の美女が半眼を向ける。
「どうして教えて差し上げなかったのですか?」
「何事も経験じゃよ。それに別にわしは君に禁じた覚えもない。もっとも禁じてもわしの言う事なんぞ聞きやせんじゃろうがな」
 出来上がったオムレツに野菜を添えつつ老人は手早く次の作業に取りかかる。
「鏡であればその特性上『映らなければならない』。じゃが店の外でその行動を操られる以上、鏡である可能性は皆無じゃな。店の奥が暗かったというならなおさらじゃ」
 その事だろうと視線で問いかければ彼女は一つため息を零す。
「どうせあの吸血鬼の小僧が一緒ならば結果は変わらん。まぁ一つの勉強と思えば良いでないか。
 管理組合に医者の手はずでも依頼しておけばあとは事足りるよ」
「それは済ませてあります。……まぁ、良いでしょう」
 金髪の美女は立ち上がり、ふっとそこから姿を消す。
「ほっほ。まぁ後で何か言いに来るかのぅ」
 楽しげに嘯いて、老人は次の注文にとりかかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここ、ね?」
 夕暮れ前の時間。体は元気なのに心の底からの疲れを押し通して辿りついたそこは確かに見覚えのある店だった。
「うん。ここのはず」
 やや自信なさげな理由はリーフにもわかる。ここには入ってはいけないと強く感じる。近づくことさえ忌避すべきだと理解してしまう。けれどもそれは危機感と言うよりも────
 一歩前へ進むたびに目眩がひどくなる。間違いなく記憶の障害と同じく何かに精神的に妨害されている。
「お、おねーさん? そっちは行かない方が良いと思うよっ!」
 慌てた声が背中に響いてくる。しかしだからこそ確信を持って前へ。
 脳みそが反転するのではないかというほどの目眩。先ほど作った薬の余りを無理やり口に突っ込んでさらに前へ。
「おねーさん!?」
 声がはるかに遠い。しかし、確信と言う名の後押しで何とか支えて前へ。
 ────そして、
「っあっ!」
 気合いを込めて戸を開くと、そこには

 ────上からこちらを覗き込むヨンの巨大な顔があった。
 
◆◇◆◇◆◇◆◇

「模型、ですか」
 それはこのクロスロードの模型だった。この空きスペース一杯に作られた精緻な模型。スケールは配置された人間を考えると千分の一かそのくらいだろう。しかしそのサイズでも人々は精緻に作り込まれ町に配されており、そのうちの一つがこちらを見上げていた。
 見上げる人形。彼女が居る場所だけが奇妙だった。店なのに屋根が大きく開いており、覗き込めるようになっているのだ。その店の中で女性はこちらをポカンと見上げていた。そして店の外では子犬な獣人が心配そうに店を見守っている。
「人形……じゃない、リーフさん!?」
 焦った声に人形が反応する。慌てて耳を抑えて蹲る。サイズからすればとんでもない爆音だったのだろう、よろめいて尻もちをついていた。そう、間違いなく動いている。
「もしかして、これが……」
 つないだままの手がぐいと引っ張られる。トゥタールがふらふらと歩いていこうとしている先、サンロードリバー西側に当たる場所に唯一本来のクロスロードに無い物がある。それは宙に浮く茜色の宝玉だ。まるで大洋のように見えるそれにどうやらトゥタールは向かって歩いているようだ。
「これが核ですか……?」
 トゥタールの様子を見ればこれに触ればあるいはリーフのようになるのかもしれない。ならば────
「破壊しても良いんですかね?」
 一応その他の解放手段を調べたところ、コアの破壊という例は多数ある。世界そのものが維持できなくなるため自然と解放されるらしい。
 もう一度視線を小さなリーフに向ける。見上げる彼女の顔色は小さいながらも明らかに悪い。まるでスラムの住民のそれだ。やつれているのが目に見えた。そして、同じ属性を持つ故にヨンは理解する。
「生命力を吸収しているのですね。だから私は無視された……!」
 吸血鬼は自ら生命力を生みだす事はできない。故にこの装置?の影響下に入らなかったのだろう。ならばと覚悟を決める。
「はぁっ!」
 気合い一閃。
 渾身の一撃が球体をとらえた瞬間、球体にピシリとひびが入り、砕け散る。

 ────次の瞬間。

「きゃぁっ!?」
「うわぁああ?!」
 二人の姿がぽんと宙に現れ、そのまま重力に従って落下。ただでさえ埃臭い倉庫にもうもうと埃を舞わせた。
 それだけではない。連鎖するように次から次に人が現れては模型の周りに落ちた。もっとも、二人とは違ってその誰もかれもが衰弱しており、まともに声さえ挙げない。
「おや?」
 トゥタールも我に返ったらしい。きょとんとして、それから視線を転じ
「リーフさん、これを」
 上着をすっと差し出す。
「痛たた……、え?」
 起こすために手を差し出すなら分かるがと少しだけ訝しげにし、それからすぐにその感覚に気付く。
「って、ちょっ!?」
 慌ててそれを受け取り、抱きかかえるようにして隠す。なにしろ彼女は下着姿なのだ。
「あたしの服はどこさ?!」
「知りませんよ、その姿で出て来たんですから。他の方はちゃんと服を着ているのに」
 礼儀として視線を外したまま応じるトゥタール。その答えを聞きながらなんとなくは察していた。つまり他の全員は繰り返しの中で『着替える』という行為を行っていない。行う必要が無かった。しかし自分だけは「繰り返し」から脱却する一つの手段として『着替え』を行ったのだ。しかしその服は無いという事は
「厄介な仕組みだねぇ……元の服か着替えた服かどっちか寄こせば良いのに!」
 恐らく自分の家の場所に元々自分が着ていた服があるのだろう。ただ「解放」に巻き込まれることのなかったそれはオブジェクトとして残り、元々存在していなかった物は消え去ってしまったのだろう。酷く喉が渇き空腹が堪えることからすればその推測はあながち間違っていないだろう。あの世界のなかで飲み食いした事は幻か何かだったのだ。
「お疲れ様です」
 新しい声。振り返れば一人の青年が立っていた。
「デークさん」
 ヨンの声にまとめ役の吸血鬼は笑みのままさらに背後に居た人たちを招き入れる。
「いや、連絡がありましてね。医療スタッフを呼んできました。
 みなさんご苦労様です。彼らの処置はこちらに任せてください」
 とりあえず何となったらしい。ヨンは苦笑を浮かべて深く息を吐いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「マヨイガ、ですか」
 そう言えば最初そう言う話だったとトゥタールは自嘲気味に呟く。いつの間にか鏡かどうか、なんて話になっていたが……
「ドールハウスというタイプだってさ」
 数日経って体調を戻したリーフが肩を竦めて続けた。
 遊ばれなくなった人形用の家が住人を求める。使われなくなった道具が使われる事を望んで変貌する妖怪種。迷い込む家と言う意味では確かにマヨイガである。
「ドールハウスと言うか、模型ですよ、あれ?」
 コアを破壊された『マヨイガ』は人々を解放し取り込む機能を失ったらしく、後で調査した結果店内で死亡していた店主が見つかった。どうやらあの模型の制作者はその店主らしい。
「人形遊びって点では似たようなものとは言えますけどね」
 ヨンが夏の日光を疎ましげに見上げつつ話に加わる。
「その道具に思い入れが強ければ強いほど憑喪神にはなりやすいんだそうです。
 実際見事なものですよ、あの模型は」
 彼は今の今までまとめ役の手伝いに出向いていたと聞いている。そのまま放置していると再起動する可能性もあるため生命力を持たない種族を中心に大図書館地下に運び込んだという。
「店主は隠居したホビットだそうで、こちらに隠居して来た後ジオラマを知って面白がって作ってたそうです。
 それがああなったのは完成させられなかった無念か、純粋な思いれかは微妙ですけどね」
 とりあえず日陰に逃げ込み椅子に座って息を吐く。
「生命力を奪ってた理由は分かったのですか?」
「壊してしまいましたからはっきりとは。ただ世界を維持するための栄養補給というのがもっともらしい論でしたね。
 若い妖怪の中にはとにかく飢餓感から生命力を奪って殺してしまう事も多いそうですから、その事例に沿う物かと」
「厄介な話だね。まったく。
 もう少し理解できる範囲に収めてほしいわ」
「そう言われると私なんてどう答えれば良いか」
 妖怪種と同列にみなされるヴァンパイアの青年の苦笑にリーフは「苦笑しておきなさいよ」と軽く流す。
「それで、最終的な被害者は?」
「死者4名。重軽症者7名ですね。モルクさんはあれでも獣人ですから生命力が強くてぴんぴんしていたみたいですけど」
 初期に取り込まれた者は衰弱死していたらしい。人間種では3日も水を飲まなければ脱水症状で死に至るのだから無理は無い。取り込み、生活させるという特性のせいか、多少なりと延命を図るような力はあったようだがそれでも限度がある。
「ある意味モルクさんのお手柄ですよ。彼がマルルさんに話をしていなければこの数はもっと増えたかもしれませんしね」
「おっかない話だわ。まったく」
 ヨンの報告に悪態付いてリーフは席を立つ。
「お帰りで?」
「病み上がりだから今日はゆっくり寝る。じゃあね、お二人さん」
「ええ、また」
「いずれまた」
 二人の青年に見送られ白衣をひるがえしたリーフは街の雑踏へと消えていった。

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はい、というわけで迷い家の世界はこれにて終了です。
私は別にミスリードしてないゾ?(笑

今回のシナリオの解決手段はとてもシンプルです。
@ヨンさん(または不死・機械系)が現実の店に乗り込む
A取り込まれた人が記憶を失わない対策をしてジオラマの店に乗り込む。

このどちらかが達成できた時点でクリアとなるように考えました。
まぁ、ヨンさんが参加したのでこういう仕様にしてみたんですけどね。やっぱり中と外で動かないと面白くないですしw

ともあれ無事?事件は解決です。
お疲れさまでした。次のシナリオでお会いしましょう〜☆
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