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【inv07】『迷い家の世界』
〜その1〜
(2010/7/8 )
「おー」
 二足歩行するシベリアンハスキーの子犬、といった風体の獣人が目をキラキラさせて覗き込むのは昭和初期の家屋を思わせる店だった。
 木製の引き戸を開けて覗き込む先は薄暗く、壁際には所狭しと様々な物がカオスに並んでいる。
 見る人にとってはガラクタの山。またある観点からすれば宝になりえる物の集まり。ここは所謂古道具屋、あるいは骨董屋というものらしい。
 時代を経た物が燻す香りを興味深そうに嗅ぎつつそーっと身を乗り出していく。
「いらっしゃい」
「ぎゃわっ?!」
 しがれた声に思わず尻尾を巻いた獣人は特有の脚力で一気に店から離れる。僅かに開いた扉の先。目を凝らせば老婆が一人こちらを見ていた。お店なんだから店の人が居るのは当たり前かと思うがまるで真横で囁かれたようなその音に今も心臓がバクバク高鳴っている。
 生き物の匂いはしなかった。とは言えこのクロスロードではたまにゴーストなんかも飛んでいるのでなんとも評しがたい。知識として知っていても長年の価値観はそう簡単に変わらない物だ。
 暫くじーっと扉を見ていると段々と落ち着いてきた。するとすぐに好奇心がむくむくと沸いて来る。
 どうしようかな。凄い大きな声出しちゃったから嫌な顔されるかな?
 ぱたぱたと尻尾を振る事十数秒。
 よし、じゃあ明日もう一回来よう。

 彼はそう決めてその日はその場から立ち去ったのだった。
 面白い場所を見つけたと、友達に自慢するために。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「モルクを探して欲しいんです!」
 と、切実な口調で切り出したのは二足歩行するヨーテリアの子犬という感じの獣人だった。依頼人のマルルである。
「ええ、そういう内容でしたね。
 それでそのモルクさんが居なくなったという原因に心当たりは?」
 ヨンが問い返すと「その前の日に変な店を見つけたと」と少し困ったように呟く。
「どこかと聞いたんですけど、ケイオスタウンにあるって事だけ教えてもらって。
 今度連れて行くから楽しみにしてろとか、どんな店かも教えてくれなくて」
「殆ど手がかりが無いわね。他には何か言ってなかったの?」
 マルルを興味深そうに眺める女医(?)リーフの問いにキューと困ったようにうめき
「いろんな物がごちゃごちゃあって古かった……とか」
 流石にこれは二人とも眉根を寄せざるを得ない。
「古い店って事かしら?」
「……でも、この街ってまだ出来て2年目かそこらですよね?」
 余程の騒動に巻き込まれていなければまだ新しい家がずらりと埋め尽くしている。多少ずぼらな人が管理してもブラウニーズのサービスがあるため『古い』と表現されるような店が果たしてあるのかは謎だ。
「そういう装飾をしてるとか」
「古くする、ですか? 確かにムダに古くて格調高い家屋を好む人達には覚えがありますが」
 何故か貴族的な文化を好む吸血種が苦笑まじりに呟いた。
「大図書館とかいう建物もかなり古かったと思うけど?」
「ああ、そういえばそうですね。うーん、結構あるものなのでしょうか?」
 二人の話に付いていけてない子犬は不安そうに二人の顔をきょろきょろと見て、
「モルクの場所……わかんないですか?」
 不安そうにきゅーんと鼻を鳴らして問いかけてくる。
「手がかりが少ないのは事実だわ」
 あけすけな言葉にますます目を潤ませるマルル。
「でも引き受けた以上は出来る限りの事はするわよ」
「ですね」
「うう、お願いします!」
 子犬は可愛らしくちょこんと頭を下げるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「とは言ったものの」
 ニュートラルロードから少々外れた通りをぶらり歩く。ロウタウンは昼、ケイオスタウンは夜に賑わうのは事実だが正確にはケイオスタウンは夜も賑わう街だ。なので昼間にもそこそこの人通りがあり、ロウタウンよりも更にカオスな種族のごった煮を見ることができる。
 とりあえず白衣を引っ掛けてきたが流石に夏場とあって暑苦しくなってきた。一応拘りなのでそのままにしているが避難場所を見つけた方がいいかもしれないとは思う。
 ぱっと見、並ぶ店がどれも同じように見えるのは錯覚ではなく基本仕様が同じだからだ。返せば
「『古い』なんて特徴、目に留まって当たり前だと思うのよね」
 試しにそのあたりを歩いている人にもいくらか聞いてみたが、それらしい情報は聞けない。
「どっちかというとその店に行って行方不明になったとは限らないのが問題かもね」
 そう言いながら歩いていると
「あら?」
 通りにぽつんと、まるでそこだけ色が抜け落ちたような光景を見た。
 木造でしっかりした造りであるようにも見えるが、時間だけが生み出す古さが目に見て分かる。
「あからさまだけど……」
 ここまで条件にぴったりだと違うと疑うのも難しい。どうしたものかと眺めているとガラガラと特有の音を響かせて戸がほんの少しだけ開く。中から誰かが出てくるかとも思ったが、特にそんな様子は無かった。
 ふと、心の中に『覗いてみよう』という思考が芽生える。不用意なという考えはすぐに消え、行方不明になった子は一度覗いてから帰ってきたとだけ思い出す。
「……」
 気が付けば店の前に居た。店内は薄暗く、扉の開いた分だけ光が差し込み中を仄かに照らしている。僅かに垣間見えるのは確かに古道具屋という光景だが ────
「いらっしゃい」
 ヒッと息を詰まらせ、リーフは声のした方を振り返る。
 が──────

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おや、どうしました?」
 書き物をしている手を止めて顔を挙げたのは精悍な顔つきの青年だ。目を細めて微笑む表情を見れば女性が黄色い悲鳴を上げること間違いない。
「お仕事中申し訳ありません。少々お伺いしたいことがありまして」
 ヨンが赴いたのはケイオスタウンにある管理組合の分署だ。このような分署はクロスロードに数箇所あるが、特に役割を持っているわけではない。殆どの問いにはPBが応じてくれるため窓口など本来必要ないのだが、中には人とのやり取りでないと納得できないという主義の人も居るためにとりあえず造っているという場所である。
「いえいえ、構いませんよ。丁度休憩を入れたいところでしたからね。
 えーっと、ワインの方が良いですか?」
「あ、いえ」
 流石にこちらも仕事中だと慌てて辞退すると、
「ふふ。じゃあ紅茶にしましょうか。良い物を頂いたんですよ」
 冗談ですよと微笑みながら同じく吸血種の男は席を立つ。彼はここの職員の代理である。が、少しばかり強大な力を持つためこのあたりのまとめ役となっている。
「で、質問というのは?」
「あ、はい。実は獣人が一人行方不明になってまして。古めかしい店を見つけたと、失踪前に話していたらしいのです」
「ほう」
 手際よく紅茶を蒸しながら彼は考えるように顎を撫でる。
「今日一日探しては見たのですが、中々条件に合うような店を見つけられず、もしもご存知でしたらと思いまして」
「なるほど。古めかしい店ということが既に特殊な条件ではありますね」
 紅茶の良い香りが漂う。吸血種の中には血液以外の食べ物に味覚が働かない者も居るが、二人はそういうタイプではない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 絵になるほど優雅な動きで差し出された紅茶を眺め、彼が席に戻るのを待つ。
「さて、その獣人が古い店を見つけて行方不明になったという条件だけを元に考えれば、一つ思い当たることがあります」
「思い当たる事、ですか?」
「はい。『マヨイガ』という言葉をご存知ですか?」
 この世界の摂理も全く知識にない言葉を変換できないらしく、ヨンは躊躇いがちに知らないと首を横に降る。
「何も無いはずの場所に家がある。という怪奇現象です。そしてその家から出ると二度とその家は見つけられない」
 ある意味妖怪とも言うべき吸血鬼が怪奇現象と言うのも妙だなとは間違っても口にせずになるほどと頷く。
「本来は山などで遭難した人が食事や寝床の用意された家を見つけるんですが、家人は誰も見当たらない。
 後でお礼をしようと探しても見つからない。というお話なんですが……。色々な世界には色々な亜種がありましてね」
「……入ると出られない、とかですか?」
「その通り。出るための条件というものが必ずあるらしいのですが」
 確かに今回の話には一致しそうな話だと思う。が、このクロスロードでは色々な現象、問題が日々発生している。いきなりそんな話が出てくるとなると
「もしかして、他にも被害者が?」
「ええ、その通りです。未だに確定はしていないのですが状況を統合すると恐らくそうではないかと」
 紅茶を口に運び、しばし沈黙。
「外部からの干渉でなんとかなるなら良いのですが、内側からでしか方法がないとすればそろそろ探索隊を組織すべきかとも考えていました」
「被害者はどの程度居るんですか?」
「不明です」
 やや困ったように応じる。
「この世界ではほとんどの探知、探索、情報予知系の術が使えません。なので正式な数なんて数えようもないのです。
 それに消える原因なんてそれだけじゃありませんから」
 さらりとなんか黒い事を言われたが今はスルー。
「少なくとも3〜4人。多くて10人程度ではないかと予測はしています」
 これを多いと見るか少ないと見るか。
「一応ほとんどが探索者の町ですからね。10人も居れば勝手に解法でも見つけてくれるのではないかとも思っていたのですが」
「ええと、そのマヨイガに入る方法はわかりますか?」
「正確にはわかりません。しかし求めている人の前に現れるという傾向は諸説の中に見受けられます」
 それが正しいならば自分はもう見つけても良いはずだ。見つからないからここに来た。
「……そうですね。スガワラ翁にこの話をしてみてください」
「スガワラ? ……大図書館の館長さんでしたっけ?」
「その通りです。あの人も妖怪ですし、かつてはそういう迷惑を掛ける妖怪討伐をやっていたそうですから」
「……え?」
 何度か大図書館に足を運んでみれば金髪美人の司書長に小言を言われる老人の姿を見る事ができるだろう。単なる好々爺というイメージしかなかったのだが。
「あの人はこのクロスロードでもかなり特殊な方ですよ。
 地球世界の日本に措ける大怨霊にして御霊という特殊な存在の化身ですからね」
「は、はぁ……」
 まぁ、何が居てもおかしくないのがこのクロスロードだ。
「ともあれ、こちらでも調査しますが……もしマヨイガを見つけても決して近づかないでください。
 中に飛び込みたいのであれば別ですけど」
「ご忠告ありがとうございます」
 ヨンはまずは礼を述べて、どうするか考えるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「マルルを探してほしいんです!」
「え?」
 きょとんとして、目の前のシベリアンハスキーを思わせる獣人を見る。
「……おねーさん、ボクの話聞いてた?」
「え? あ、……」
 あれ?と首をかしげる。自分は確か探し人の依頼でここに来たはずだ。なんだ、合ってるじゃないか。
「ええと、マルルって子を探せばいいのね?」
 でも一人だっただろうか? まぁ、自分はこの町に来たばかりだし、誰かと一緒に来る理由もないから……
「うん。どこを探しても居ないんだ。お願い、探してよ!」
「わかったわ。でも手がかりは無いの?」
「うーん。あ、そうだ」
 ぴーんと耳を立ててモルクという獣人は言う。
「ボクが怪しい店を見つけたって教えてあげたんだ。
 もしかするとボクに黙ってそのお店に行ったかも!」

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

はい、総合GMの神衣舞です。
今回はちょっと実験風のシナリオになっています。どんな実験かはお分かりかと(笑
リーフさんはちょーっと特殊な状況に置かれてしまいました。二人は現時点での協力はできず、リーフさんはヨンさんの事を忘れています。
ですがクロスロードに対しての基礎知識は特に変わってないと言う事でお願いします。

ではでは。リアクションおねがいしますね☆
PS.途中参加絶賛募集中。下手すると二人じゃ積むゼぃ(ぉい
〜その2〜
(2010/7/21)
 だるい。
 夏の日差しの下を歩きながらリーフはふと思う。
 そりゃぁ炎天下を歩き回れば疲れもする。けれども、なんだろう。それよりももっと深い疲労を体の芯に感じる。
 どっちかと言うと徹夜明けのだるさだろうか。
「昨日はちゃんと寝たはずだけど……?」
 昨日の行動を思い出そうとして少し顔をしかめる。仕事だからと早く寝たんだった……よね?
 日差しがじりじりと皮膚を侵食してくる。考え事どころじゃない。
 緊急避難と割り切ってリーフは近くのカフェテリアに進路を変えた。



「マヨイガとな」
 大図書館のロビーでスガワラ翁は髭をしごいて問いの言葉をなぞった。
「そういうお話を聞いて……」
「ふむ。本来『マヨイガ』とは『迷い家』───迷い込む家の意味で使われる怪奇現象じゃのぅ」
「はい、そのあたりは伺いました。本来あるはずの無い場所にある家、だそうで」
「簡単に言えばそうじゃな。隠れ里や秘境……あるいは神隠しに近い意味合いを持つが……」
「どうすれば入れるのでしょうか?」
「ケースバイケースじゃな。エルフの中には森の中で強制的に迷わせる魔法を使う者が居ると聞く。正しき順路を知る者だけが森の中の里に到着するという仕組みじゃ。
 また合言葉や固有の儀式、アイテムを使った場合に道が開く場合もある。兎歩という独特の歩き方でそういった場所に踏み込む事もあるそうじゃ」
 特定には情報が足りないという事だろうか。
「では、そういう場所に入る人というのに傾向はあるのでしょうか?」
「同じ答えになるのぅ。確か妙な店というのが妖しいのじゃったか」
「ええ」
「ならば店への興味がトリガーになる可能性はあるかもしれんのぅ」
「興味というならば同じ動機でその店を探していた私も取り込まれていると思うのですが」
「実は取り込まれているかもしれんがの」
 さらりと言われて思わず息を呑む。
「迷い家は名前の通り家じゃ。じゃが隠れ里タイプであればその中に世界が広がる。
 更には西洋……と言ってもわからんか。別の伝承だと虚像の世界を作るようなタイプがあっての」
「……つまり、私はクロスロードに居るつもりで既にマヨイガの中に居る可能性もあると」
「このタイプの場合認識がずらされる事も多い。普通に生活していると思い込まされて衰弱死してしまう」
 厄介な話だと唸るしかない。
「脱出する方法はあるのですか?」
「様々ですね。核となる人格を説得できれば最も早いのですが、人格を持たず特性だけで人を引きずりこんでいる可能性もあります」
 横合いから参加してきた声。金髪の美人司書サンドラが深刻そうに言葉を続ける。
「恐らくは憑喪神でしょう。クロスロードの特性上、自身で動けるならば登録を受けているはずですし、もしそうならば特定されているはずです」
「となると……鏡か人形屋敷かのぅ」
 疑問の表情を浮かべるとスガワラ翁がコホンと咳払いをする。
「鏡は異界への入り口。人形屋敷は自分の主を求めて異境を内包するという物語の性質を持っておる。
 クロスロードと言う事を失念しておったわい。巨大な物、つまりその店ごとやってきたと言う事は中々にあるまい」
「となると変な店というのは雑貨屋か古物屋でしょうか。物品としてクロスロードに運び込まれ、店を巻き込んで異郷化している可能性が高いですね」
 この推論が正しいのであればかなりターゲットは絞れるはずだ。
 となると、問題となるのは────
「私かリーフさん。どちらかがマヨイガに捕らわれている可能性があり、それを別った理由、でしょうか」
 言葉を零すと館長と司書長は少しだけ難しそうな顔をして、
「承知してもらいたいのは今語った事全ては我々の経験からの推測です。
 妖怪種は特に亜種や変異種が多いですし、それを模したマジックアイテムである可能性もあります。
 話のコアになる点は迷い家、あるいは神隠しと思って構わないでしょう。あとは一つ一つ可能性を埋めるほかありません」
 多種多様の可能性が蠢くクロスロードで確かに情報のみで原因を特定するのは困難だろう。
「いえ、大変助かりました。参考にします」
 他にも手がかりを探す必要がある。ヨンは場を辞して次の目的地へ向かった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 おかしい、とは思う。
 妙に喉が渇くしお腹が空く。体もだるい。
 先ほどカフェテリアで昼食を取ったばかりのはずだが……
 いつもよりも多く運動しているせいだろうか。それにしたって喉の渇きはわからないでもないけど、お腹が空くのが早すぎると思う。
 朝ごはんは食べただろうか。
 ぼんやりとそんな事を重いながらケイオスタウンを歩く。
 この日差しのせいか、街を歩く人はそこまで多くは無い。昼下がりなど好き好んで外に出たくないのは別にこちら側に限った事ではないだろうけど。
 不思議な店と脳裏に思い起こす。
 出身世界の違いからか、『妙な物』と言える品物を並べる店は多く、どれもこれも当てはまる気がする。もう少し情報はないものか。
 よくよく考えればモルクがその店を先に見つけたのだからモルクに店の場所を聞けば良かったのではなかろうか。
「あれ? 聞かなかったっけ?」
 モルクに会う前にそんな事を考えていたはずなのにと考え、疲れてるなぁと眉間を揉む。
「まぁ別に店が妖しいと決まったわけではないんだけどねぇ」
 自嘲めいた言い訳を誰にと無く漏らしながら歩く。
 気がつけば日は傾いていた。
 収穫なしか。と内心呟きつつ疲労感から丁度近くにあった公園のベンチへとふらふら誘われて腰掛ける。
「おや?」
 声に顔をあげると戦士風の男がこちらを見ていた。
「昨日は居なかったのに」
 じっとこちらを見ながらそんな事を言う。公園のベンチに毎日座る趣味は無いのだから当たり前だと内心で突っ込む。声に出すには面倒だと思う。
 男は暫くこちらを見ていたが、やがて去っていった。
 何だったんだろうか。
 リーフは少しだけ気分を悪くしながら、大きく息を吐く。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん」
 時間は夕暮れ。ケイオスタウン側の入試管理所付近でトゥータルは困ったように空を見上げていた。
 張り紙を貼ったり、吟遊詩人のように語ってみたりしたものの、集まる情報はいまひとつと言えた。有用な情報と言えば、恐らく最後の目撃情報となる「ケイオスタウンの327番区画で店を覗いているモルクらしい獣人を見た」という物か。
 代わりになにやらおひねりのようなものが少々溜まっているが、そこはご愛嬌だろう。ちなみにクロスロードの場合には貨幣がないため、PB経由で投げ込まれる事になる。
「さて、どうしましょうかね」
 流石にクロスロードは広い。1人を探すのはとても大変で、目撃情報も思った以上に集まらない。
「直接行ってみるしかないのでしょうかね」
 夕暮れを迎えてケイオスタウン側のニュートラルロードでは夜市の準備が始まりつつあった。完全に日が暮れてしまうまでの数時間、ロウタウン側での朝市のような光景が広がる。
 人通りも増えるはずだしもう少し頑張ってみようと口を開いたところで、一人の男が彼の前に立った。
「トゥタールさんですか?」
 青年の問いかけに「ええ、そうですが、貴方は?」と応じると「ヨンと言います。貴方と同じマルルさんからの依頼を受けていまして」と返す。
「なるほど。進展はありましたか?」
「……それが」
 リーフが居なくなった件を含め、情報を一通り話すとトゥタールは芳しくない状況に眉根を寄せる。
「私の方も大した情報はありませんね。せいぜい店がありそうな位置を聞けたくらいです。
 リーフと言う方が行方不明ならば、同じ通りで彼女の目撃情報を集めてみますか?」
「……近付いて良いのかという問題があるんですよ」
「ああ、彼女もまたその『マヨイガ』にとらわれた可能性があるということですね」
 理解が早くて助かると頷きを返す。
「なのでもしもそう言った店を見つけても一人で入らないで下さい」
「気をつけておきます。とはいえ……そのリーフという方はうっかり入ってしまったのでしょうか?」
 それに付いては何とも言えない。しかし
「一応行方不明事件、という感じは認識しているでしょうから……不用意な真似をしてしまったかどうかは微妙ですね。
 もしかすると強制的に、と言う事もあります」
「でしょうねぇ」
 トゥタールは状況を整理するように考え込む。
「とりあえず私の方はこれから問題となるお店を探してみようと思います。
 見つけたら連絡しますので、トゥタールさんも一人で入らないようにお願いします」
「わかりました」
 とりあえず定期的な連絡方法を打ち合わせて去っていくヨンの背中を見ながら、トゥタールは茜色から濃紺に染まっていく空を見上げた。
「さて、どうしますか」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「マルルを探してほしいんです!」
「え?」
 きょとんとして、目の前のシベリアンハスキーを思わせる獣人を見る。
「……おねーさん、ボクの話聞いてた?」
「え? あ、……」
 ボーっとしていたとは口にできずリーフは気を取り直そうとして────
「ん?」
 疑問を抱く。
「ん? じゃないよ。おねーさん探索者なんでしょ? 僕の依頼を受けてくれるんでしょ?」
 怒気を含んでも可愛らしい依頼人の言葉を他所に頭の中に疼く違和感の理由を探る。
「ええと、妙な店を探せば良いのね?」
 口は適当な応対。しかし今度は依頼人の方がきょとんとする。
「え? 僕もうそこまで話したっけ?」
 はっとして依頼人を見る。
「いや、だって、ほら。あんたが妙なお店を見つけたとかで。そこに居るかも知れないって話しでしょ?」
「うんそうだけど……あ、言った気がする」
 鈍痛というかなんというか。頭の中が妙な軋みを立てている気がする。
「とにかく、マルルが心配なんだ。おねーさん探してよ!」
「……ああ、うん。分かったわ」
 違和感は一度察知してしまえばどんどん大きくなっていた。
 昨日の行動を思い出す。だるい。確か依頼を見て、炎天下を。違う。妙に喉が渇く。妙な店。夕暮れで帰る。
 ばらばらのパズルを見るような気分でまとまらない思考の前で立ち尽くす。
「……おねーさん。ホントに大丈夫?」
 怒りを通り越して心配になったらしい獣人が見上げるように身を乗り出してきていた。
「ああ、うん。とりあえずわかったわ」
 広げた掌を見る。
 ぐっと握って、少し爪を立ててみると痛みを感じる。夢なんていうベタなオチではない。
 でも、この違和感は?
「じゃあ、よろしくね?」
 モルクの言葉に曖昧に頷きつつ、リーフはどうすればいいのか、さび付いたようにも感じる頭を回し始めた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
 はい、総合GMの神衣舞です。
 だいたいどういう状況かプレイヤーの皆さんは理解していただいてるかと。
 問題は解法ですね。うひ。
 リーフさんも違和感には気づいたので行動開始できるでしょうしねと。

 では解決に向けて次回リアクションをよろしくおねがいしますね。
〜その3〜
(2010/8/2)
 男は歩いていた。
 目的地に向かって───目的地はどこだ?
 買い物をするために────昨日と同じ道を。
 明日の冒険のために────明日はどこだ?
 歩く。歩く歩く歩く。
 どこに向かっているのか────わからない。
 どこに向かっているのか────思いだせない。
 歩く。歩く歩く歩く。
 体は重く、喉は乾いている────それでもいつもどおりに。
 目眩がする。動きたくない────それでもいつもどおりに。
 
 視線が動く。
 当たり前の光景から視線をそらす────いや、昨日彼女はそこに居ただろうか。
 昨日?
 昨日?
 昨日?

 男の過去は記憶は肯定し────否定する。
 薄れそうな意識の中、買い物をするために歩く。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふむ」
 夕暮れも近くなった頃。ヨンはメモを手にベンチに腰かけていた。
 今日回ったのは依頼人であるマルルと懇意にさせてもらってる地域のまとめ役の所だ。目的は事件の発生時間の確認。今までの情報をまとめた結果そもそも原因となるものを二人が持ち込んだ可能性を思い至ったのである。
 しかし。
「二人がここに来たのは一年前。事件の発生は遅くとも一週間前ですか……」
 ちなみにこの世界に来た時の持ち物も聞いてみたが、はっきりとは覚えてなかった。少なくとも鏡のようなものは持っていなかったらしい。
「予想は外れですか……」
 こうなるとモルクは純粋な被害者であると考えた方がいいかもしれない。
「そうなると……」
 考える。何か手は無いか。
「ああ、ここに居ましたか」
 聞き覚えのある声に顔を上げるとトゥタールが早足にやってきたところだった。
「ああ、トゥタールさん。何か手掛かりが?」
「ええ、問題の店が特定できたと思います」
「え?」
 もしそうなら話は一気に前進するかもしれない。
「実はPBでいろいろ検索してみたんですよ。最初は人の名前で検索したんですけど、そうしたら皆さんの家に行きついてしまいまして」
 PBに内蔵されているのはあくまで地図で、100mの壁がある以上GPSのような機能は望めない。よって人名で検索すればおのずとその人の家になってしまう。
「それならばと327区画で最近行けなくなった店はどうかと調べたんです。
 まぁ、これについては無回答だったわけですが」
 同じ理由だ。店がある事がわかっても行ける行けないの判断は地図の上では表示不能だ。あって閉店した店くらいなものだがそれは目的とは違う。
「で、最後に雑貨屋と骨董屋を調べてみたんです」
「ああ、スガワラ館長の助言ですね」
「ええ、そしたら骨董屋はクロスロードに1件しかなくてですね」
 これもまた当然というか、まだ4年程度の歴史しかないクロスロードで骨董屋なんて開く物好きが1人でも居た事が驚きである。骨董を集める趣味の者が居ないでもないとは言え、ほとんどの者が『開拓者』とあって、商売にできるほど需要を見込めない業種である。あと10年もすればまた話も違うだろうが。
「行ってみたんですか?」
「いえ、流石にミイラ取りが、になりかねませんからね」
 妥当な判断だ。
「では行きましょうか?」
 彼が自分を探したのは進むため。
 ヨンは一つ頷いてベンチから立ち上がった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 おかしい。
 疑問は膨らむが、記憶はそれを否定する。
 ふと気を抜けば疑問は霞のように消えていく気がする。
 昨日を思い出す。昨日私は何をしていた?
 確か────そう依頼人に、違う。依頼人に会ったのはさっきのはず。
 じゃあ、どうして私は依頼人の言おうとした情報を知っていたのだろう。
 体が重い。歩くのがだるい。けれども私は歩いている。考えながら歩き、そして昨日の行動を思い出そうとして、なぞるように。なぞる?
 ベンチに座る。寝不足等の心当たりもない。どうしてこんなに喉が渇くのか。
「おや?」
 声がした。男がこちらを見て、それから
 ───昨日は居なかったのに?
 依頼人の時と同じだ。男がそう言う気がして、
 しかし男は何も言わずに歩いて去ってしまう。
 気のせいなのか。それとも────
「昨日は、居たから?」
 炎天下の日差しの中、うすら寒い物が背筋を走る。
 昨日、私は何をしていた?
 再度言葉を繰り返す。決まっている。───────
 記憶が揺らぐ。答え合わせがどうしてもできない。
 まずい、と心のどこかが焦りを生む。
 この状態は間違いなくおかしい。確信はない。けれども私は確信している。これは異常だ。
 記憶が揺らぐ。まずい。まずい。このままではまた─────
 また、何だ?
 また、また、
 そう、また繰り返す─────?
 体が重い。意識が朦朧とする。それでも私は立ち上がり、しっかりと小休止を取ったかのように歩き始める。
 どうすればいい? 早く考えなければ────。
 私をここから抜け出させるきっかけに思い当たることは無いだろうか?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あそこです」
 トゥタールが指さす先、わざとそうしたのだろうか周囲の店とは一風違ったやや古めかしい店舗があった。クロスロードでは建物のほとんどは建売住宅のように同じ物となる。これはその全てを管理組合が建築して貸与するためだ。しかしそれなりの資金を支払えばカスタマイズということで建て直す事も可能である。無論安い金額ではないため、よほどの道楽者や金持ち、あるいは大きな組合等しかやらない事である。
「クロスロードで骨董屋なんて始めるんですから道楽者ではあるんでしょうが、と?」
 ヨンが呟く前をふらりとトゥタールが前へと歩いていく。
「もう行くんですか?」
 答えは無い。その先、ほんの僅かに開いている横引き戸。
「トゥタールさん……?」
 しかしやはり応じずに数歩前へ。まずい。
 ヨンは慌ててトゥタールの手を取る。しかしそれを意ともせずにぐいぐいと前へ。幸いなことに無茶苦茶な力を出しているわけではないので足止めはできていた。
「しっかりしてください! トゥタールさん!?」
 回り込んで肩を掴んで顔を見るが、彼の視線は店の僅かに開いた空間にのみ注ぎ込まれている。
「っ!? リーフさんもこれにやられたんですか……!」
 いちかばちか、目をふさいでみるが効果は無い。ええい、とばかりに抱き上げて疾走。
 奇異の目を至るところから受けながら50mも走ると不意に「……ぉおう? これはどういう状況で?」とややすっとボケ気味の言葉が男の口から飛び出した。
「正気に戻りましたか」
「正気……? ああ、もしかして」
「ええ、あやうく店内に入る所でした」
「なるほど。助けてくれてありがとうございます。
 ……しかし、どうしてヨンさんは平気なのでしょうか?」
 それは自分も大いに気になる所だ。トゥタールとリーフ、そして二人と自分の違い。それは明確ではあるが。
「私がヴァンパイア……だからでしょうか?」
 思い起こす。そういえば今回のマヨイガの元凶となったものが憑喪神と呼ばれる物であるとするならば、それは─────
「鏡……?」
 ヴァンパイアは鏡に映らない。無論世界によってその伝承はまちまちではあるが。
「もしくは……生命力でしょうか」
 考えつくのはその二点。いずれにせよヨンはその呪縛に捕らわれない可能性がある。
「まぁ、もう少し近づいたら違うかも知れないのが恐ろしい所ですね」
 トゥタールの言う通りだ。自分なら大丈夫と踏み込むべきか。
 夜へと移行する町の中、二人は次の一手を共に思案する。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
どもー、総合GMの神衣舞デス。
次回でラストかなって所まできました。
私から言う事は特にないですんで、はりきって次回リアクションをお願いします。
なお、次で解決しないとちょっと悲しいお知らせもあり得ます。えへ。
〜最終話〜
(2010/8/15)

「っ!?」
 鼻の奥にツーンときた。
 即席で作った薬品が過激な味で脳を揺さぶる。虚ろな思考が少しだけすっきりしたような気がしている間に考えをまとめる。
 彼女が居るのはモルクの家の前。日が変わる前にもう一度彼に会う必要を感じ、準備をして急いで戻ってきたのだ。
 リーフは白衣を着替えて戦闘用の衣装となっていた。
「居るかしら?」
「あれ? リーフさん? どうして来たんですか?」
 戸から顔を出し、きょとんとするモルク。
「聞き忘れた事があったのよ。
 貴方の言ってた怪しい店まで案内してほしいの」
「え、ああ。良いですけど?」
 あっさりOKが出て一安心。
「ちなみに場所はどこ?」
「えーっと。────通りの─────辺りだよ」
 気楽に応じる彼が口ごもったりしたわけではない。
「……もう一度、いいかしら?」
「え? だから────通りの─────辺りだってば」
 よほど特殊な発声でもしていない限りこんな不自然な声の消え方はしない。
「妨害されてる……!?」
「妨害?」
 きょとんとするモルク。彼自身に実感は無いのだろう。
「いいわ。案内はできる?」
「うん。良いよ」
 てってと歩きだすモルク。その足取りは特に不審なところは無いように思える。
「ところでそのお店、どんなものが売ってあったの?」
「ボロイのがいっぱいあったよ。でも中にはキラキラしたのとか、人形とか、おもちゃとかあったかなあ。
 薄暗くて良く見えなかったけど」
 古物屋には間違いなさそうだと思い返し歩く道にデジャビュを感じる。違う、これは明確に自分の記憶だ。
 自分が依頼を受けた後に歩い────今日依頼を受けたのではないか?─────道なのだから。
 彼の案内は今のところ正しい。自分じゃない自分の記憶を漁るように確認しながら子獣人の後ろを歩く。
 いざ目的地に着いたらどうするべきか。重い脚を、動くのをやめようとする体を前に出しながら彼女は思考を巡らせる。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「こちらが裏口ですか」
 ヨンがやや緊張した面持ちで呟く。
 トゥタールと二人で一度大図書館に立ち寄った後、問題の場所へとやってきていた。
「しかし鏡の場合厄介ですね」
 ヨンは頷く。
 『引き込む鏡』は鏡を破壊した場合中に居る者が帰ってこない事例が多い。鏡はあくまで扉、世界と世界の境であり、「それは反射ではなく、薄い世界との境界線である」という意味を持つ。行き来するための鏡(扉)を砕けば戻ってこれないのは道理だ。
「その場合恐らく異世界というよりも妙な方法で拡張した空間、ということでしたね」
 ヨンが自身で確認するように応じる。
 それはサンドラからの助言だ。このターミナルには『100mの壁』がある。見た目は鏡一枚隣りでも距離に換算できない異世界へは『扉』の使用を除いて移動は不可能だと考えられている。事実『異界』から召喚獣を呼ぶ召喚魔術のいくつかはこの世界で成立していないらしい。『扉』を介在して無理やり呼んでいる者も居るらしいが。
「袋小路で出入り口を潰すようなものって事ですね。とは言え……」
 鏡の中から引きずり出すには鏡の中から引き上げるという方法が一番多い。仙人種には鏡に釣り針を落として釣るという芸当をする者も居るらしいが、これもこの世界では成立しない転移術だったりするので知識から除外。
「って、ちょっ!?」
 返事が無いと思えばふらりとトゥタールが勝手口へと手をかけていた。いつの間にと慌てて走り出す。
「私は……大丈夫っ!」
 確認というより自身に言い聞かせるように吸血鬼は叫んでトゥタールの手を取る。しかし、遅かったか。彼の手ががらりと戸を横に開いた。
「目を覚ましてください」
 ぞわりと背筋を走る悪寒。まずいと感じながらもぐいと引っ張るが、トゥタールは人形のように愚直に前へと進もうとする。その力たるやヨンの力でも気を抜けば押し負けそうだ。これはリミッターを外して動いてる可能性がある。
 ぐいぐいと引きずられていく。強硬策しかないかと思った瞬間、ガラリと勝手口が開かれた。気がつけばそこまで引きずられていたのだ。
 まずい、と思う前に店内に広がる光景に言葉を詰まらせる。
 広い。恐らく店の裏手半分が倉庫のようになっているのだろう。ただっ広い空間の床にある物は───────

◆◇◆◇◆◇◆◇

「館長」
「ほっほ? なんじゃね?」
 器用にフライパンを扱う老人に魅惑的な肢体の美女が半眼を向ける。
「どうして教えて差し上げなかったのですか?」
「何事も経験じゃよ。それに別にわしは君に禁じた覚えもない。もっとも禁じてもわしの言う事なんぞ聞きやせんじゃろうがな」
 出来上がったオムレツに野菜を添えつつ老人は手早く次の作業に取りかかる。
「鏡であればその特性上『映らなければならない』。じゃが店の外でその行動を操られる以上、鏡である可能性は皆無じゃな。店の奥が暗かったというならなおさらじゃ」
 その事だろうと視線で問いかければ彼女は一つため息を零す。
「どうせあの吸血鬼の小僧が一緒ならば結果は変わらん。まぁ一つの勉強と思えば良いでないか。
 管理組合に医者の手はずでも依頼しておけばあとは事足りるよ」
「それは済ませてあります。……まぁ、良いでしょう」
 金髪の美女は立ち上がり、ふっとそこから姿を消す。
「ほっほ。まぁ後で何か言いに来るかのぅ」
 楽しげに嘯いて、老人は次の注文にとりかかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここ、ね?」
 夕暮れ前の時間。体は元気なのに心の底からの疲れを押し通して辿りついたそこは確かに見覚えのある店だった。
「うん。ここのはず」
 やや自信なさげな理由はリーフにもわかる。ここには入ってはいけないと強く感じる。近づくことさえ忌避すべきだと理解してしまう。けれどもそれは危機感と言うよりも────
 一歩前へ進むたびに目眩がひどくなる。間違いなく記憶の障害と同じく何かに精神的に妨害されている。
「お、おねーさん? そっちは行かない方が良いと思うよっ!」
 慌てた声が背中に響いてくる。しかしだからこそ確信を持って前へ。
 脳みそが反転するのではないかというほどの目眩。先ほど作った薬の余りを無理やり口に突っ込んでさらに前へ。
「おねーさん!?」
 声がはるかに遠い。しかし、確信と言う名の後押しで何とか支えて前へ。
 ────そして、
「っあっ!」
 気合いを込めて戸を開くと、そこには

 ────上からこちらを覗き込むヨンの巨大な顔があった。
 
◆◇◆◇◆◇◆◇

「模型、ですか」
 それはこのクロスロードの模型だった。この空きスペース一杯に作られた精緻な模型。スケールは配置された人間を考えると千分の一かそのくらいだろう。しかしそのサイズでも人々は精緻に作り込まれ町に配されており、そのうちの一つがこちらを見上げていた。
 見上げる人形。彼女が居る場所だけが奇妙だった。店なのに屋根が大きく開いており、覗き込めるようになっているのだ。その店の中で女性はこちらをポカンと見上げていた。そして店の外では子犬な獣人が心配そうに店を見守っている。
「人形……じゃない、リーフさん!?」
 焦った声に人形が反応する。慌てて耳を抑えて蹲る。サイズからすればとんでもない爆音だったのだろう、よろめいて尻もちをついていた。そう、間違いなく動いている。
「もしかして、これが……」
 つないだままの手がぐいと引っ張られる。トゥタールがふらふらと歩いていこうとしている先、サンロードリバー西側に当たる場所に唯一本来のクロスロードに無い物がある。それは宙に浮く茜色の宝玉だ。まるで大洋のように見えるそれにどうやらトゥタールは向かって歩いているようだ。
「これが核ですか……?」
 トゥタールの様子を見ればこれに触ればあるいはリーフのようになるのかもしれない。ならば────
「破壊しても良いんですかね?」
 一応その他の解放手段を調べたところ、コアの破壊という例は多数ある。世界そのものが維持できなくなるため自然と解放されるらしい。
 もう一度視線を小さなリーフに向ける。見上げる彼女の顔色は小さいながらも明らかに悪い。まるでスラムの住民のそれだ。やつれているのが目に見えた。そして、同じ属性を持つ故にヨンは理解する。
「生命力を吸収しているのですね。だから私は無視された……!」
 吸血鬼は自ら生命力を生みだす事はできない。故にこの装置?の影響下に入らなかったのだろう。ならばと覚悟を決める。
「はぁっ!」
 気合い一閃。
 渾身の一撃が球体をとらえた瞬間、球体にピシリとひびが入り、砕け散る。

 ────次の瞬間。

「きゃぁっ!?」
「うわぁああ?!」
 二人の姿がぽんと宙に現れ、そのまま重力に従って落下。ただでさえ埃臭い倉庫にもうもうと埃を舞わせた。
 それだけではない。連鎖するように次から次に人が現れては模型の周りに落ちた。もっとも、二人とは違ってその誰もかれもが衰弱しており、まともに声さえ挙げない。
「おや?」
 トゥタールも我に返ったらしい。きょとんとして、それから視線を転じ
「リーフさん、これを」
 上着をすっと差し出す。
「痛たた……、え?」
 起こすために手を差し出すなら分かるがと少しだけ訝しげにし、それからすぐにその感覚に気付く。
「って、ちょっ!?」
 慌ててそれを受け取り、抱きかかえるようにして隠す。なにしろ彼女は下着姿なのだ。
「あたしの服はどこさ?!」
「知りませんよ、その姿で出て来たんですから。他の方はちゃんと服を着ているのに」
 礼儀として視線を外したまま応じるトゥタール。その答えを聞きながらなんとなくは察していた。つまり他の全員は繰り返しの中で『着替える』という行為を行っていない。行う必要が無かった。しかし自分だけは「繰り返し」から脱却する一つの手段として『着替え』を行ったのだ。しかしその服は無いという事は
「厄介な仕組みだねぇ……元の服か着替えた服かどっちか寄こせば良いのに!」
 恐らく自分の家の場所に元々自分が着ていた服があるのだろう。ただ「解放」に巻き込まれることのなかったそれはオブジェクトとして残り、元々存在していなかった物は消え去ってしまったのだろう。酷く喉が渇き空腹が堪えることからすればその推測はあながち間違っていないだろう。あの世界のなかで飲み食いした事は幻か何かだったのだ。
「お疲れ様です」
 新しい声。振り返れば一人の青年が立っていた。
「デークさん」
 ヨンの声にまとめ役の吸血鬼は笑みのままさらに背後に居た人たちを招き入れる。
「いや、連絡がありましてね。医療スタッフを呼んできました。
 みなさんご苦労様です。彼らの処置はこちらに任せてください」
 とりあえず何となったらしい。ヨンは苦笑を浮かべて深く息を吐いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「マヨイガ、ですか」
 そう言えば最初そう言う話だったとトゥタールは自嘲気味に呟く。いつの間にか鏡かどうか、なんて話になっていたが……
「ドールハウスというタイプだってさ」
 数日経って体調を戻したリーフが肩を竦めて続けた。
 遊ばれなくなった人形用の家が住人を求める。使われなくなった道具が使われる事を望んで変貌する妖怪種。迷い込む家と言う意味では確かにマヨイガである。
「ドールハウスと言うか、模型ですよ、あれ?」
 コアを破壊された『マヨイガ』は人々を解放し取り込む機能を失ったらしく、後で調査した結果店内で死亡していた店主が見つかった。どうやらあの模型の制作者はその店主らしい。
「人形遊びって点では似たようなものとは言えますけどね」
 ヨンが夏の日光を疎ましげに見上げつつ話に加わる。
「その道具に思い入れが強ければ強いほど憑喪神にはなりやすいんだそうです。
 実際見事なものですよ、あの模型は」
 彼は今の今までまとめ役の手伝いに出向いていたと聞いている。そのまま放置していると再起動する可能性もあるため生命力を持たない種族を中心に大図書館地下に運び込んだという。
「店主は隠居したホビットだそうで、こちらに隠居して来た後ジオラマを知って面白がって作ってたそうです。
 それがああなったのは完成させられなかった無念か、純粋な思いれかは微妙ですけどね」
 とりあえず日陰に逃げ込み椅子に座って息を吐く。
「生命力を奪ってた理由は分かったのですか?」
「壊してしまいましたからはっきりとは。ただ世界を維持するための栄養補給というのがもっともらしい論でしたね。
 若い妖怪の中にはとにかく飢餓感から生命力を奪って殺してしまう事も多いそうですから、その事例に沿う物かと」
「厄介な話だね。まったく。
 もう少し理解できる範囲に収めてほしいわ」
「そう言われると私なんてどう答えれば良いか」
 妖怪種と同列にみなされるヴァンパイアの青年の苦笑にリーフは「苦笑しておきなさいよ」と軽く流す。
「それで、最終的な被害者は?」
「死者4名。重軽症者7名ですね。モルクさんはあれでも獣人ですから生命力が強くてぴんぴんしていたみたいですけど」
 初期に取り込まれた者は衰弱死していたらしい。人間種では3日も水を飲まなければ脱水症状で死に至るのだから無理は無い。取り込み、生活させるという特性のせいか、多少なりと延命を図るような力はあったようだがそれでも限度がある。
「ある意味モルクさんのお手柄ですよ。彼がマルルさんに話をしていなければこの数はもっと増えたかもしれませんしね」
「おっかない話だわ。まったく」
 ヨンの報告に悪態付いてリーフは席を立つ。
「お帰りで?」
「病み上がりだから今日はゆっくり寝る。じゃあね、お二人さん」
「ええ、また」
「いずれまた」
 二人の青年に見送られ白衣をひるがえしたリーフは街の雑踏へと消えていった。

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はい、というわけで迷い家の世界はこれにて終了です。
私は別にミスリードしてないゾ?(笑

今回のシナリオの解決手段はとてもシンプルです。
@ヨンさん(または不死・機械系)が現実の店に乗り込む
A取り込まれた人が記憶を失わない対策をしてジオラマの店に乗り込む。

このどちらかが達成できた時点でクリアとなるように考えました。
まぁ、ヨンさんが参加したのでこういう仕様にしてみたんですけどね。やっぱり中と外で動かないと面白くないですしw

ともあれ無事?事件は解決です。
お疲れさまでした。次のシナリオでお会いしましょう〜☆
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