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【inv09】『知られざる名前と』
知られざる名前と
(2010/08/27)
『管理組合には組合長は存在しません。
 これは管理組合が一個人の意思によりどこかの世界の肩入れをしてしまわない措置です』
 ニュートラルロードを歩きながらエディはPBの説明に意識を傾ける。
『統括するのは4人の副組合長です。彼らもまた同様の理由から名前を明かさずに居ます』
「四人居るのは間違いないのか?」
『管理組合の公開データでは4人となっています』
 テンプレ通りの回答にエディは少しだけ眉根を寄せる。
「彼らって言ったな。男なのか?」
『便宜上「彼ら」と称しました』
 PBは機械のような物だ。安易な詐術は通用しない。
「役職として『副管理組合長』ってのはあるんだよな?」
『肯定です』
「組合長と同じで空席って事はないよな?」
『公開情報では4名の就任となっています』
「組織表とか役職表とか、そういうのはあるのかね?」
『肯定。ただし有事に対しての臨時の部門やプロジェクトに対しての期間を有した部門が存在するため、細部までの情報は公開されていません』
 9の月に入ったとは言え、残暑の厳しい中。ようやく駅に到着すると丁度良く来た電車に乗り込む。
「上位陣の役職ってどんな物があるんだい?」
『組合長、副組合長、四方砦管理官、各部門の統括官が主なところです』
「各部門って?」
 電車の中は適度に涼しい。どかりと空いた座席に腰掛けて質問を続ける。
『物流、入管、施設管理、システム統括、両市街管理、事務統括などです』
 まぁあって然りのラインナップだ。軍事や警察、司法に当たるところが並ばないのは流石この街というところか。
「その辺りの偉い人の名前は分かるのかい?」
『非公開情報に指定されています』
 まぁ、そんなに上手くは行かないかと窓の外を見る。
「例えば、管理組合のヤツがうっかり喋ったりしたら何か罰則でもあるのかい?」
『いえ、罰則規定はありません』
 ただ、この街の性質上随分とゆるいところもあるようだ。
「さて、どうアプローチしたものかね。
 もしかして副管理組合長の家まで案内とかできないかい?」
『データにありません』
 やっぱりと思う反面、データがあれば案内できるという意味にも取れる。
 さてはてと呟きながら他に聞く事はあるかなと頭をめぐらせた。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆

「あら、わざわざようこそ」
 案内された先には、ほんわか笑う女性がソファーに腰掛けていた。彼女はガスティの姿を見るなり立ち上がって手を差し出してくる。
「カグラザカ新聞社編集長の神楽坂・文です。初めまして」
「初めまして。今日は依頼の件で少々確認させてもらいたくて着たんだが」
「ええ、なんなりと」
 にっこり微笑んで座るように勧めると、自らもソファーに腰掛けた。
 カグラザカ新聞社のデスクはぱっと見、ありきたりなビジネスフロアだった。パソコンの数が多く、壁に業績表なんかが貼ってある。机が並ぶ周りを取り囲むように打ち合わせ用の広いテーブルが用意されていて数人のスタッフがなにやら議論を交わして居る。
「ええと、まずですね。依頼内容は『副管理組合長の名前を明かすこと』ですよね?」
「はい、そうですよ」
 黒髪美人の女性は楽しげに頷く。
「どの程度の証拠を得れば良いのでしょうか?」
「貴方が確信したらその確信した理由と一緒に教えてください」
 確信、とはまた随分とゆるい条件だ。
「それを元に追調査をし、こちらでも確認できれば認定という形をとります。
 推測ですけど、多分管理組合側もうちが調べて間違いないって確信を持った時点で無理に隠そうとはしないでしょうし」
「そう……なんですか?」
 賞金まで出して調べようとする内容のはずなのに随分と気楽な言い様だ。
「だって本気でどうにかしたいなら今頃私に賞金を賭けてますって」
 ……それはそうだが。と、ガスティは平気な顔で中々問題じゃないかと思われる発言をする編集長をまじまじと見る。
「クロスロードは一応安定してますからね。今更外部干渉を受け入れようだなんて判断は早々できません。だったら最初のお題目である他世界の干渉を避けるためというのは有名無実になってるんです。
 だから公開されてもそんなに痛くないはずなんですよ」
「だったら自分で公開しそうなものですけど」
「そこの理由は分かりません。分かると楽しそうですよね」
 本当に楽しげに言う。
「……ええと、それじゃもう一点。
 南砦管理官のイルフィナ・クォンクースの情報を教えて欲しいのですけど」
「彼が怪しいと?」
「確証はないですけどね」
 フミはんーと暫く考える素振りを見せると、
「大した情報はありませんね。恐らく人間種で南砦管理官。恐らく魔法使いですね。
 四方砦の管理官は全員昔なじみのようですけどね」
「昔なじみ?」
「普段は皆さん砦に常駐してますけど、クロスロードに居るときは一緒に居ることが多く目撃されていますから。
 特に北砦管理官スー・レインとは恋仲とかなんとか」
「あとの二人って誰でしたっけ?」
「西砦管理官はセイ・アレイ。東砦管理官はメルキド・ラ・アースですね。アースさんの方は先の再来において英雄とか言われてますから有名でしょうけど」
「その四人がって事はないですかね?」
「それを調べるのがお仕事じゃないですか。
 ただ、あの四人は管理組合で一番目立っていますからね。どうかなって思う部分はありますけど」
 確かに謎の副組合長という存在とは真逆にある。
「でも、カモフラージュかもしれない。でしょ?」
「調査結果を楽しみにしてますね」
 フミは楽しげにそう応じた。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆

「この街ができた経緯?」
 昼過ぎの純白の酒場はカフェテラスのような雰囲気になる。
 この店の売りはあらゆる世界の料理を再現してしまう事にある。この時間でなくとも異世界の珍味やら懐かしい自分の世界の食べ物を求めてやってくる客が多い。しかしそれを実現しようとすると様々な材料を少量ずつ用意しなければならないのだが、似ている食材を上手く調理して再現しているらしい。
 ともあれ、この時間はいろんな種族の客がアイスやらカキ氷やらを口にしていた。
「ええ。フィルさんってクロスロード成立時から居たって言ってましたし」
「そりゃあ居たけど」
 ウェイトレス幼女のヴィナが楽しげにカキ氷機を回すのを横目で見守りながら「で、何を聞きたいの?」と問う。
「テンプレ通りの話ならPBにも入ってると思うけど」
「一応聞きましたけど、ほら、管理組合については『成立した』くらいの記述しかないようで」
 3つの世界によるこの世界の覇権を賭けた戦い。それは決着を待たず『大襲撃』に押し流されてうやむやになった。
 なし崩しに始まった怪物対来訪者の戦いの後、戦力の殆どを失った3つの世界は戦闘の継続を断念。被害者であったその他の世界の来訪者のうち、大襲撃で活躍した数名や識者が今後の世界を憂い管理組合を成立させた。と、PBからの説明にはある。
「管理組合成立の立役者に覚えが無いですか?」
 満足げに氷を盛った皿を出してくるヴィナにシロップを渡しつつ、少しだけ首を傾げる。
「大襲撃は再来以上の怪物が押し寄せた上に、いがみ合ってた3世界の戦力が足並みを揃えられなくて右も左も分からない大騒ぎだったもの。
 その上末期になってヴェールゴントとガイアスは撤収し始めてそこはそこで大混乱になるし。誰が活躍したかなんて分からないわね」
 再来での死者は五千人超だが、大襲撃での死者は数十万とされている。
「《扉の園》の前は敵味方の死体の山で、それを越えて怪物がやってくるような有様だったのよ」
 当時は堅牢な城壁も通用口たる2つの門も無かった。あるのは世界を奪うために送り込まれた数十万の兵士のみ。
「怪物が退かなかったらこの街は無かったわね。それくらい滅茶苦茶な戦いの中、誰がどれだけなんて誰も把握してないわよ。きっと」
「フィルさんも戦ったんですか?」
「この子たちを守る程度にはね」
 フルーツをカットしながら肩を竦める。
「じゃあ、知り合いに話を取りまとめそうな人、つまりは副管理組合長やってそうな人に心当たりは?」
「誰でもありえるんじゃないかしら」
 完成した物をハム君が頭にのっけてとっててと運ぶ。この暑さのせいか、氷菓の売れ行きはまずまずのようだ。
「来訪者の殆どは自分の世界で少なからず経験を詰んでるもの。中にはどこかの将軍とか政治家も居るはずよ。
 それに名前だけで何やってるかも伝わってない職なんだから誰がやっても問題なさそうじゃない?」
 この街一つを管理している組織がそんな緩いものだろうかとは思うが、一方で名誉職のようなものであればその可能性も否定できない。
「そういう噂ってここじゃ聞けないんですかね?」
 客層も結構まちまちだ。某地球世界のように男だけで入って恥ずかしいというイメージも存在しないため、純粋にいろんな人が集まっている。
「というより、副管理組合長なんて誰も気にしていないと思うわね。四方砦の管理官とかの方がよっぽど目立ってるもの」
「ふぃるー。ラムネの在庫きれたー」
「倉庫にまだあるからハム君と取ってきて頂戴。ついでにそろそろ夜用の仕込み部材もね」
「はーい」
「きゅーい」
 てってこと裏手に回る2人を見送ってフィルは大きな寸胴を準備し始める。
「まだ聞きたい事でもある?」
「いえ、私もカキ氷下さい」
 そう言いつつも僅かな違和感をが脳裏を掠めていた。
 それでも一人くらい名前が挙がってもいいんじゃないかな、と。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふーん」
 鼻を鳴らして書架を見る。
 ここはカグラザカ新聞社の地下倉庫だ。紙独特の匂いがあるかと思いや、そこには数台のパソコンがぽつんとあるのみだ。壁が一枚あり、その奥にはサーバーセンターがあるらしい。
 過去の新聞も資料も全部デジタル化して保存しているらしく、紙の資料は全く無いらしい。
「勝手に扱っていいの?」
「そのIDで見れる範囲は構いません。まぁ特殊な情報もそんなにないですけどね」
 百目のモモが微笑んで応じる。
「でも、ここで調べられる事なんてPBで公開されてる情報と殆ど同じですよ? 街角のトピックスや、一般的な事件や賞金首の顛末とかなら別ですけど」
「まぁ、勉強ついでにね」
 データベース化しているので複雑な事をする必要も無い、飛ばし飛ばし過去のニュースを見ていく。
「そういえばこの新聞社っていつからあるの?」
「新暦1年6の月創刊ですね。社自体は4の月からありますけど」
「じゃあ管理組合が結成した日とかの記録は無いのね」
「記録自体はありますけど、大したことは残っていませんね。後始末でそれどことじゃなかった、と聞いています」
 横合いから手を出して資料を引っ張り出す。画面に出たのはお茶の間に流せない死屍累々たる惨状だ。
「七日間の後の映像です。見渡す限り死骸の山で、疫病発生を防ぐためにてんやわんやだったそうです」
 丘にも見えるそれはこのターミナルの地形を考えればやはり死体か、それが積み重なった物なのだろう。一体どれだけの命が失われてここに詰みあがって居るのか。
「門前会議だったかしら。その情報とか映像は無いの?」
「そこに関してはありません。そもそも門前会議の詳細が不明なんですよね」
 クロスロードの成立と管理組合の発足を定めたはずの重要な会議のはずだ。それが仔細不明とは妙な話だ。
「話の上だけでは扉の塔の前、出入り口となってる巨大な門の前で行われたから門前会議って名前になったらしいのですが。
 そうすると目撃するのは別に難しい話じゃないんですよ。なのに目撃証言がとことん無いんです」
「ミステリーねぇ」
 クネスは面白い話だと目を細める。
「出てそうな人とか、そういう有名人は?」
「そうですねぇ……四方砦の管理官はその時から居たらしいですし、今も重要なポストに居ますからね」
「ふーん」
「後はマルグスロスさんですか」
「それは?」
「エンジェルウィングスの社長さんですよ。そもそも永遠信教世界の人たちはみんなあの大襲撃の時に居た人ばかりですから」
 確か大襲撃が起こる前に争っていた三世界のうちの1つだ。
「あの世界との扉は大襲撃で破壊されましたから、今ターミナルに居る永遠信教世界の人たちはみんな大襲撃経験者ですね」
「なるほどねぇ」
「ただあの人は義理堅いというか、元軍団長だったらしいですから口の硬さは比較になりませんよ」
 ただでさえ永遠信教世界は天使と称すべき者達のお堅い軍団だ。言わずもがなである。
「正直戦闘要員で有名な人は少ないですよ。高位の神族や魔族は街の隅っこで大人しくしてますし、活発に活動している来訪者ではユエリア・エステロンドの居たパーティが有名でしたけど、先の一件で壊滅。唯一の生き残りの彼女も最近は探索者としての活動をしていないみたいですし。
 他だと、そうですね。『登頂者同盟』や『律法の翼』なんかのまとめ役や『ダイアクトー』の連中は結構なつわものとは聞きますが」
「候補は結構居るのねぇ」
「何しろ世界によっては英雄級の人もごろごろ居ますからね。扉の影響で能力が平坦化してるって言われてますけど」
 彼女自身もそういう存在だ。だから気付かれない程度の苦味を笑顔に混ぜてパソコンに向き直る。
「さて、どうアプローチしようかしらね」

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 犯人は、俺だ!
 って言うと刺されるって聞いた神衣舞です。古っ!
 さて今回のお話は1周年を目前にしたクロスロードの情報整理も兼ねていたりします。つかもう一周年か。早いのぅ
 この回は公開情報の整理その1って感じでしたねぇ。踏み込むための通路確認という事もあるでしょうが。
 ともあれウォークラリーの気分で色々探ってもらえれば幸いかと。
 では次のリアクション、並びにチャットでの情報収集を宜しくお願いします。
 ちなみに、同じ事を何度も書いても仕方ないので意図的に情報を削除しているところがあります。参加者のみなさんは今回の結果の内容に関しては把握しておいて構いません。
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