「副管理組合長ですか?」
管理組合本部受付嬢の1人が「またか」という表情を浮かべる。
「申し訳ありませんがお答えできません。あと、我々も知りません」
テンプレの回答に追加された「我々も〜」は何人も質問に来た事を伺わせる。
「知らないって、全員知らないの?」
Ke=iの問いに彼女はこくりと頷き、
「少なくとも私の知る限りですが。
カグラザカ新聞社の依頼が出てから質問者が増えていますし、組合員の中でも話題に上っていますが知っているという話は一つも出てきていません」
隠している様子は無く、むしろ知って居るなら教えて欲しいという雰囲気が僅かに垣間見えると困惑せざるを得ないのはKe=iの方だ。
「上の人も?」
「流石にそこまでは。それに管理組合の基本理念として、副組合長の原則秘匿は守らねばなりませんので」
責任者なら知っていてもおいそれもらすわけには行かないのは確かだろう。
「その人たちと話できないかな?」
「それに付いては受付けておりません。管理組合の業務外となりますので」
本来ならば今の質問に関しても応えるべきでない事を彼女は述べているのだろう。ちょっとしたウンザリ感がそうさせているらしい。
「……でも、上の人を知らないでよく仕事できるねぇ」
組織ならば必然的に指示を出し、承認を行う人が必要のはずだ。というか、そのために上は存在するのが普通だろう。
「管理組合の業務に例外は殆どありませんから、そのような特別処理を行う必要が無いんです。
『再来』や『衛星都市建設』のような特別な事例が発生した場合にも私達の仕事は一切変わりませんし」
システマチックと言うべきか。そもそもこの本部にだけ『受付嬢』が存在している理由は街の至る所にある管理組合派出所の機械になじめない人(特に中世世界の商人に多いらしい)が人と人のやり取りを求めるから設置された物である。機械(?)での管理が主で、彼女らはあくまでサポート的なスタンスである。
「でも、特別な事が起きた時に、特別な事をする人も居るんでしょ?」
「はい。プロジェクトが組まれ、必要な人員が内外から召集されます」
「それを決定している人は?」
「分かりません」
思わず絶句。そこははっきり言って良いものではない気がする。
「それが副組合長かどうかを私達は聞いてはいないのです」
「……疑問に思わないの?」
「思いますけど、それで不都合しているわけではないので」
「……管理組合の人ってみんなそんな考えなの?」
流石に淡白すぎやしないかと怪訝そうな顔をすると
「私の主観だけで言えば王が誰であっても平穏に暮らせるならば構わないのです。
議会制や民主主義などに移行した世界の人はそのような考えに至るようですが」
「価値観の違い……ね」
恐らく受付嬢をやってる面々は似たような考えなのだろう。
となれば彼女らは積極的に事実を求めてはおらず、握って居る情報も必然的に限られる。
張り込んで彼女ら以外の組合員に当たってみるかと内心で呟き、Ke=iは一度受け付けフロアを後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
管理組合本部に程近い場所にあるもう一つの建築物はクロスロードの物流を一手に引き受けるエンジェルウィングスの本社である。
裏手には大きな駐車(?)場があり、駆動機械や飛竜などが整備、飼育されている傍らで様々な輸送物が搬入、搬出されている。
「ちょっといいか?」
広々としたロビーは郵便局の窓口を思わせるカウンターがいくつか見受けられ、その他のスペースにはテーブルと椅子が用意されている。そのうちの一つではエンジェルウィングスの社員らしき人と商人風の男が商談をしていた。
ガスティがそれを横目に受付に声をかける。
「はい、どういうご用件でしょうか?」
何か作業をしていた社員が手を止めて顔をあげる。
「マルグスロスさんに会いたいんだが」
「社長にですか?」
きょとんとする社員はややあって「どのようなご用件でしょうか?」と問い返す。
「門前会議の事について調べているんだよ。昔から居るって聞いてるから何か話が聞けないかと思ってな」
職員は困ったような顔をして後ろを振り返ると、そのHELPの視線に気付いた上役らしき人がカウンターに寄ってきた。
職員が声を落として事情を告げると、上役は少しだけ眉根を潜め、「あちらのテーブルへどうぞ」と空いている机を示した。
ガスティがとりあえず従うとその対面に「失礼します」と上役が座る。
「社長との面会を希望と言う事ですが、アポイントメントは?」
「いや、無いけど……」
ちらっとだけ「だろうなぁ」的な表情が垣間見える。
「社長は現在社には居りませんし、ここ暫くは衛星都市や大迷宮都市へと移動されており、アポイントメントもなく時間を確保するのは困難な状況です」
「帰れ」的なオーラがチラチラと見える。
「そこを何とかならないかな」
「とりあえずお名前とご用件を改めて頂いておきます。
社長がお時間を取るかどうかは後日連絡を致しますので」
どうやら気さくに会える人物ではない事はガスティにも理解出来てきた。
「……”ガスティ”・ブリーズィアだ。門前会議とその参加者に付いて調べてて話を聞きたい。
社長さんは『永遠信教』世界の人なんだろ?」
「はい、それは確かに。
内容については承りました。それ以上御用が無ければ私はこれで」
上役は早々に席を立つと一礼して去っていく。
期待できそうにないなぁと内心呟き、彼は仕方なくその場を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは美しいお嬢さん。ようこそアドウィック探偵事務所へ」
恭しく礼をする男はどこかうそ臭い紳士顔そう迎えた。
「失礼するわね」
「NonNon、貴女のような人なら大歓迎さ。ささ、どうぞ」
勧められるままにクネスがソファーに座ると女性が紅茶を差し出す。
「あら、ありがと」
「いえ」
女性が物静かに壁際に下がるとアドウィックは面白そうに目を細める。
「さて、早速だけど」
「OK。なんなりと」
「各種組織とヴェールゴンド、ガイアスの人間で組合成立前から居る有名人を教えて欲しいのだけど」
探偵は「ふむ」と大仰に頷き、
「まぁ、初回特別サーヴィスだ。
まずヴェールゴンドとガイアスの有名人は居ないと思って構わない」
「どうして?」
「彼らは『恥』と思っているからさ」
改めた歴史を脳内に開く。永遠信教世界は扉を破壊されて逃げ場を失ったという理由こそあれ、最後まで人々の盾のように戦ったが、ヴェールゴンドとガイアスは全てを見捨てて逃げ出している。
「今クロスロードに残る2世界の来訪者は見捨てられた負傷兵だったか、最後まで戦い抜いた勇者だ。
BUT、口さがない連中は人くくりにしてかの世界の者を悪しく言ったのさ。そして彼らは大襲撃が無ければ確かに侵略者の側であった」
「引け目、ということ?」
「That’s Right」
ぱちんと指を鳴らす。
「Of Course、残った彼らの奮戦は見ている者はちゃんと見ていた。だがそれ以上に逃げ出した挙句その混乱で死傷者まで出した無様な世界という印章が強いのさ」
「なるほどね。じゃあ身分を隠してでもそういう立場に居る人は?」
「Sensitive! 鋭いね。居るよ」
彼はにやりと笑う。
「施術院の院長。アイギス・ヨーデンハイド氏。彼女は元ガイアスのメディックだ」
施術院とはクロスロードの医療全般に幅広く関与していると言われる組織だ。
「大襲撃直後の混乱期にガイアスの医療技術を惜しみなく伝え、広めたすばらしい人だ。
種族を整理して医療方法の間違いを無くす取り組みや、魔術を併用して衛生環境を整えるというのも彼女が発案だね」
「へぇ。随分と立派な人ね」
「And、あとヴェールゴンドではユエリア・エステロンド氏かな」
「それは?」
「おや? 知らないかい?」
意外そうな顔をして、「Oh、Sorry」と一言。
「キミは再来の後にこちらに来たんだね。ならば納得だ。
衛星都市建設のきっかけとなった初のフィールドモンスター討伐者パーティの生き残りにして、大迷宮都市のフィールドモンスター討伐にも貢献した魔術師さ」
「その人もヴェールゴンド出身って隠してるの?」
「NO。隠してるわけではないけど語らないという感じだね。彼女のパーティメンバーはヴェールゴンド軍に傭兵として雇われたメンバーだったらしい。
今となっては生き残りは彼女だけとなってしまったが、それまではクロスロードでもトップの探索者と謳われていた」
「その人とは会えるのかしら」
「『再来』の後は引退したらしいね。純白の酒場の客の中に親しい人がいたと思うけど」
誰かと聞こうとしてやめておく。あくまでサービスを逸脱しない方が今はいいだろう。
「あとは各組織の有名人だったかな?」
「ええ」
「OK,まずは管理組合。知られているのは四方砦の四人の管理官だ。
北がスー・レイン。南がイルフィナ・クォンクース。東がメルキド・ラ・アース。最後に西がセイ・ア・レイだね」
「それ以外の人は?」
「Sorry、表立って名前が知られてるのは彼らくらいなものだよ」
鼻を鳴らし、先を促す。
「各組織の代表は大体こんなもんかな。
『エンジェルウィングス』代表マルグスロス氏。
『大図書館館長』スガワラ翁に『司書員長』のサンドラ女史。
『律法の翼』の穏健派の長ウルテ・マリス 、過激派の長ルマデア・ナイトハウンド
『施術院』はさっき言ったとおりアイギス氏。
AND、『秘密結社ダイアクトー』のダイアクトー三世。
知ってるだろうけど、カグラザカ新聞社の神楽坂・文 女史。
『登頂者同盟』と『シーフギルド』、それから『双子神殿』についてはトップは不明。登頂者同盟に関しては学者の集まりだから明確なトップが無いとも言えるね」
「それは不明? それとも別料金?」
「僕は探偵さ。個人の興味で調べ者をするのはマナーに反する。 OK?」
とりあえず「OK」と返しておく。
「それにしても結構な数ね」
「NO,NO、NOだ、クネス女史。
クロスロードは十万人を抱える都市だよ。まだまだ居るさ」
そう考えると、その中でたった数人を特定するというのは至難の業なのかもしれない。
「キミが探しているのは副組合長だろう?
クロスロード始まって以来一度も名前が明かされない幻の存在を突き止めるんだ。そう簡単にはいかないさ」
「貴方でも?」
苦笑交じりに返すと彼は心外だとばかりに首を横に振る。
「僕はクロスロード一番の探偵だよ?
でも流石にこの案件については安い値段じゃ受けられない。そう思ってくれたまえ」
話はここまでのようだ。それを悟ったクネスは「紅茶ご馳走様」と席を立つ。
「Your Welcome
いつでもどうぞ。貴女のような方を迎えるのは紳士として誉れだからね」
キザ過ぎてどこか嘘っぽい声を背に、彼女はその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
「……」
昼下がりの純白の酒場。昼食時を過ぎたこの時間、客足がひと段落した中で妙な雰囲気が流れていた。
「えーっと」
食器を回収し終わったアルティシニがその原因たる二人に視線をめぐらせる。
ややあって、しゃべりやすそうな方へと彼女は少し近づいた。
「ヨンさん?」
「あ、はい、何でしょう?」
「えっと、フィルさんに何か用事でも?」
「いえ、別に」
フィルには一度はぐらかされていると思っている。そしてはぐらかすということは何かを知っているに違いない。
そう思って毎日通うヨンである。
「ちなみにアルティシニさん」
「アルで良いですよ? 何でしょう?」
「このお店の人で大襲撃のときにからいた人って居るんですか?」
「え? ……フィルさんだけだと思いますけど」
「ヴィナちゃんも?」
「ええ。私もヴィナちゃんもフィルさんに招かれてきましたから」
アルティシニの肩越しにカウンターを見ると無視を決め込んでいるフィルの姿。
「あれ? アルカさんは違うんですか?」
「アルカさんと会ったのはこの世界でが初めてですよ?
フィルさんの知り合いだそうで。それにあの人は私が夜あまり出られないので応援で着ていただいているんです」
そう言えば自分が顔を出す時間帯に居る事は少ない。
「アルカさんは昼はとらいあんぐる・かーぺんたーずでお仕事してますからね」
「なるほど。他に店員は居ないのですか?」
「ええ。店員とは違いますが、たまにサラさんが食事時に歌いに来ますね」
「吟遊詩人……なのですか?」
見た事もないが、歌いにというならばそう言う存在なのだろうと予想すると、アルティシニは肯定の頷きを返す。
「自称、ですね。あの方も私たちと同じ世界の人なんですけど……」
何か隠すように、また困ったかのように苦笑を洩らす。
「……実質フィルさんだけが先にこの世界に居た、と」
「そうなりますね」
その唯一の人は取りつく島もなさそうである。
「管理組合の人ってここに来たりは?」
「どうでしょう?」
困ったように視線を上へ。別に上に何かあるわけでなく考える時の癖なのだろう。
「なにしろ『管理組合の人』が誰かがわかりませんし。
たまにアースさんとセイさんが来るくらいでしょうか」
「……砦の管理官の?」
「ええ。非番の時はよく一緒に……歩かれてますから」
「今の間は……?」
「え、いや……」
「セイおにーちゃんをアースおねーちゃんがばーんってやってずるずるなんだよー」
どどどーと音を引き連れてハム君に乗ったヴィナがそんな事を言う。
「……尻に敷いている?」
困ったような笑みは肯定らしい。
「次、いつ来るかわかりますか?」
「非番の日は定期的じゃないですし、お二人がいつも来てくれるとも限りませんので。
下手をすると来月とかになるかもです」
申し訳なさそうに言われてはそれ以上言葉もない。
「ふむ」
もう一度ちらり。お使いに行って来たらしいヴィナと話すフィルはこちらの視線に気づいているだろうが、気にしないというスタンスを変えてはくれない。
どうしたものか。
内心で呟き、アイスティのお代わりを注文するのだった。
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疲れた〜〜〜〜!!
私自身の記憶だの記述などをひっくり返しながらの執筆です。データを残さない私が悪いんだがなw
どーも、神衣舞です。律法の翼の首魁の名前、どっか別で出した気がするんだけどなぁと思っています。見つけたら教えてください(笑
ともあれ事件の進展は牛歩のこのお話です。
まぁ、主目的は一周年を前にした情報整理だから、いろいろと確かめてみてくんなましょ。
では次のリアクションをお願いしますね。