「救世主、ねぇ?」
ぱらぱらとページをめくる。
救世主。世界の滅亡に際してその対抗存在として現れるモノ。
さまざまな世界の文献を集める大図書館には様々な救世主の記述がある。が、今知りたいのはそんな事じゃない。
「何をお探しですか?」
これも違う。あれも違うとKe=iがやっていると黒髪の少女が声をかけてくる。服装からして司書院の人らしい。
「いやねぇ、大襲撃の最後に現れたっていう救世主について調べたいんだけど」
「……」
16かそこらに見える少女は少しぽかんとして、それからクスクスと小さく笑う。
「んん?」
「ああ、申し訳ありません。お探しの本はここにはありませんよ」
「ない?」
「正確には『誰も本にしていない』と言うべきでしょうか」
少女は長い髪を従えるようにくるりと周囲を見渡す。
「はい。この世界の本はまだほとんどありません。なにしろクロスロードが成立してようやく二年ほど。記すほどの歴史が集まっていないのです。
あるいは、その書きかけの物はあるかもしれませんがそれは個人の所有する物であり、ここに蔵されては居ないのです」
「ああ、なるほど」
情報ならここに来ればと思ったが、確かに本にもなっていないならばここにあるはずが無い。
「大襲撃その物を扱った戦記のようなものや簡単な歴史書はありますが。
そもそも救世主については未だ推論も多く尾ひれ背びれも付いた話ですからね。例え作られたとしてもその信ぴょう性は保証できる物ではないでしょう」
「じゃあ打つ手なし?」
「いえ、一応カグラザカ新聞のストックならあります。ある意味クロスロードの情報についてはあれが一番の『蔵書』でしょうね」
一応ここがダメならカグラザカ新聞社に行くつもりだったのだが。
「とりあえずそれから調べましょうかね」
Ke=iは一つ大きく伸びをして新聞をストックしている場所への案内を少女に依頼した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
視線がたまーに痛い。
今日も今日とてヨンは純白の酒場に来ているのだが。
別に邪険にされているわけではない。……のだがやっぱり何もしないままぼーっと居ると、こー背中に視線が来るのだ。恐らくこの痛さの8割はやっちゃった事に対する自責だろう。
というわけで謝るタイミングを探っているのだが、昼の間はアルティシニとヴィナが給仕、フィルはほぼ厨房に入り浸りなのでなかなか機会に恵まれていない。
「来ないかなぁ……」
居たたまれなくなってぼやく。謝る事も大事だが目的のひとつは東西の砦管理官に遭遇する事だ。
「誰か待ち合わせですか?」
アルが苦笑を浮かべつつ問いかけてくる。
「あ、いえ。約束をしているというわけでもないんですけどね。東砦管理官のアースさんと西砦管理官おセイさんに会えればなと」
「え? 前にも言いましたけどお二人の非番が重なる事も稀ですし、だからとここに必ず来るわけではありませんよ?」
確かに前にこの話を聞いたときにそう言われたが。他にどうしたものかと言う事でこうしているわけで。
「来ないですかねぇ……」
「難しいと思いますけど……。アースさんも最近有名になりすぎて街を歩きにくいって言ってましたし」
確かに再来の英雄となった彼女は注目の的ではあるだろう。
「……どうしたものかな」
視線を厨房へ。そうすると丁度厨房から顔を覗かせたフィルとばったり目があった。
「……」
「……」
交わる視線。
「……」
「……」
緊迫する空気。
「……」
「……って、なによもう。注文があるなら早く言いなさい!」
腰に手を当てて眉尻を上げたフィルの一喝に彼はびくりとして
「あ、いえ、違います!?」
ぶんぶんと否定の意を込めて手を振った。
────かなりテンパってたらしい。コホンと咳払いをして
「あ、いえ、この間失礼な事を聞いたかなと思って……謝罪を」
「失礼な事?」
きょとんとして、それから数秒停止。困ったように視線を巡らして
「何か言われたかしら?」
と問い返されてしまった。どうやら覚えていないらしい。
「えっと……じゃ、じゃあなんで不機嫌だったのですか?」
「そりゃぁ沈鬱な顔でじーっと見られたら気持ち悪いわよ」
言われてみればもっともな話だ。ここで説明すると藪蛇だなと割り切って外を見る。
流石に偶然の遭遇は難しいらしい。
ヨンは改めてどうしたものかとため息をついた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ウルテ様に会う? そりゃあ無理だ」
クロトコネルに希望を伝えてみたものの、彼は困ったようにそれを拒否した。
ウルテ・マリスは『律法の翼』のトップだ。だが急進派はそれを快く思っていない。武闘派である彼らにとって、カリスマ系の彼女は上に抱く人ではないと考えているらしい。
そのため彼女を今むやみに外に出せないというのが保守派の悩みどころだと言う。
「俺が同行すりゃ別なんだが……今ここを離れるわけにもいかない。
あるいはお前がウチに入ってくれればな?」
そんな言葉を適当にあしらいつつクロスロードに戻ってきたエディはクロトコネルから聞いた話を元に調査を再開していた。
「テロ、ねぇ」
調べてみて分かった事はテロが起きていた事は把握しているが、その回数、規模についての認識がまちまちであることだ。クロスロードの建築ラッシュの末期である事と今よりかなり治安が悪かった事からそれがテロなのかただの事件なのか、はたまた建築中の事故なのかがはっきりしなかったようである。
更には例えテロがあっても管理組合が有する建築能力とセンタ君ズの物量はその結果を修繕してしまうことや家の数に対して住人が圧倒的に少なかったので人的被害が少なかったことも原因しているらしい。
「ついでに律法の翼が動き回って火消ししたと。ふむ」
クロトコネルの話では大事に見えないのは律法の翼の活躍あってこそらしかったが、複合的な要因と見て良いらしい。
「こりゃぁテロで死んだとかそういう話じゃなさそうだな」
調べた事を整理して、彼は近づいてくる人影に視線をやった。
「あのぅ。エドワード・ウェインさんですか?」
見覚えのない男だ。戦士っぽい身なりだが、と一通り観察して「何だ?」と問いかける。
「クロトコネルさんから頼まれて、ウルテ様からの御返答を持ってきたのですけど」
流石にやや眉をひそめる。あまり貸しになるような事を重ねるとまずいな、と思いつつこうなっては追い返すのもまずい。なにしろ相手のリーダー直々の親書というやつである。
「わざわざすまないな」
「いえ。それでは」
男は礼儀正しく一礼してその場を去っていく。彼が見えなくなってエディはやや気味悪げに、その白い便せんを見つめた。
ややあって開けると、そこにあるのは
「……」
すっごい丸文字だった。
エディは目頭を押さえてそれから秋晴れの空を見上げ、それから気持ちを落ち着けて手紙に向ける。
なんというか、無理やりケーキを腹いっぱい食わされた気分になる。
それでも何とか読み進めてみる。一応は質問に答えてくれているらしい。
「あー、つまるところ……」
この文字で文章は普通というか公文書に近いというのもどうかと思いつつ内容を整理。
「テロ組織が引いた理由は……目的を達したからというのは否定しているが、理由は秘するねぇ」
言いたくない理由というのが気になる所だが手紙に問うても仕方ない。
「被害者の中に5人目の副管理組合長は居ない。ねぇ」
断言だ。これはつまり、
「こいつ、5人目を知ってるのか?」
そして
「ここにまで回答してくれてんのか。律儀だというかなんというか」
三つめの問い。何故急進派、つまりルマデアと何故袂を別ったのか。まさかこれを伝えることも、回答してくるとも思ってなかった。
「……彼は『人間系種にとって良い町を目指し、私は来訪者にとって良い町を目指した』か」
人間型の来訪者は多く、それゆえに法律を制定するという事を目指せばその方針はある意味正しい。しかしクロスロードのこれまでを否定するやり方でもある。
何かの契機があったという感じではなく、最初から考え方が違ったということだろうか。
「別ったのはテロが収束してから。武力組はその矛先を見失って別方向に走り出したって感じかねぇ」
手紙から目を離してもう一度視界をリフレッシュする。
「直接会いたいが、そうもいかんとなると……」
どうしたものかねと呟き、空を見上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえ?」
昼下がり。カグラザカ新聞社のデータベースを一通り閲覧し、覗きに来た神楽坂・文を昼食に誘ったクネスは食後のコーヒーを前に改まった。
「はーい?」
「副管理組合長って何人居るのかしらね」
「四人ですよ?」
さらりと応じて彼女はコーヒーをすする。
「PBの説明文の中に五人となってる所があるのは御存知?」
そう続けるとフミはわずかに口の端を吊り上げた。
「はい。知ってますよ?」
「そう。じゃあ新暦1年、3の月頃に広まった噂については?」
「もちろん知ってますよ。だって私がソロで活動をしていた最後の記事ですもの」
僅かにも考える事なく、彼女はすらすらとクネスの問いに応じる。
「……『副管理組合長』は『救世主』。これは正しいのかしらね」
「私は正しいと思って取材してました。まー、私もその5人ってなってる所について気付いた時点で困っちゃったんですけどね。
なにしろ取材を始めたきっかけである管理組合の発表と違うんですから」
「発表?」
コトリとカップをソーサーの上に置く。
「『管理組合』はあらゆる世界に対し基本的に公平に接する事を信条とし、単独意志を避けるために組合長は永久不在。救世の四人に倣って副組合長を4人措くこととしました」
それはPBの説明の中にある文句だ。
「『救世の四人に倣って』、実はこの言葉から大襲撃の最後を彩った4人を『救世主』って呼ぶようになったんですよ」
それは初耳だとクネスは思考を凝らす。
「でもそのあとの文句がおかしくない?
『この四人は公平に運営管理するために原則秘密としていますが、噂では本当に救世の四人がその立場にあるのではないかと大いに噂されました。』よね?」
これではまるで管理組合が運営を開始した直後の噂のように思える。
「クネスさん。PBの説明って何時聞きました?」
「え?」
急に話題が変わって、少しうろたえつつも「来てすぐだけど」と応じる。
「みんなそうなんですよね。この世界に来てすぐ────PBを支給されてすぐって感じですよね。
そして聞き返した事は?」
この依頼があるまであまり聞き返した覚えは無い。そもそもそんな事があったからこの「5人」と「4人」という不可解な食い違いに気付けたのだ。
「もしかして……」
「最初そんな記述はなかった。そして後から追加しても誰も『違い』に気付けなかった。
そして後から来た人はあたかもそうであったかのようにこの情報を聞き、前から居た人は「そんな噂が流れた事もあったな」と応じるわけですね」
噂が「いつ」されたかの記述は無い。そして結果的に「かつてそんな噂が流れた」という事実だけが共通認識として成立する。
「その頃はいくつかの世界が裏から手を伸ばしてまして……いろいろ混乱が加速してた時期でもありましたからねぇ。
大方は『管理組合にはあの数十万の怪物を追っ払った存在が居る』っていう看板を広げたかったんじゃないかなって思ったわけです」
確かにそれなら管理組合が故意に噂を広める理由にはなる。
「じゃあそれに信ぴょう性を持たせるために5人だった副組合長を4人にした、と?」
「それはわかりません。ただ『5人目』とは話した事があるんですよね」
……
「は?」
一拍の間をおいて間抜けな声をあげたクネスを見てフミはきょとんとし、
「あ、顔は見てませんよ。暗がりで脅迫されただけですから」
ほんわかな笑顔を浮かべて彼女は続ける。
「ソロ活動をやめた理由であり、今回の依頼の原因でもあるんですけどね」
「……どういう脅迫を?」
「副管理組合長を調べるのはやめなさい。それだけの実力もないのだから」
確かに脅迫だが
「つまり実力として」
「会社を構えて個人ではなく『新聞社』としての実力を持つようにしたわけです。つまりリベンジなのですよ」
彼女はかわいらしい顔でニヤリとしてみせた。できてないけど。
「でも、どうしてその人が5人目と?」
「ああ、その時に聞いたんですよ。『もしかして貴女が副管理組合長です?』って。
そしたら彼女『もう違うわ』って答えたんですよね。うっかりというより引き下がるお駄賃と言うか稚魚の放流的な雰囲気でしたけど」
確かに『もう』の意味はそう捉える他ない。
「女性だったの?」
「このクロスロードでどれだけ意味があるかですけど女性型の声と口調でしたね」
大きくため息をついてクネスは背もたれに体重を預ける。
つまりこれが依頼の理由。そして脅迫されたと言うならば確かに今のやりとりを依頼に乗せるのは危険な気がする。
「カグラザカ新聞代表としては今現在皆さんの集めたソースで楽しい記事は書けるんですけどね。
あと一歩はかなり個人的な挑戦だったりするわけです」
情報を整理する。
副管理組合長は元々5人。そして今は4人。移り変わった時期は恐らく新暦1年の3の月頃で間違いは無いだろう。
減らした理由はあいまいだが、その元1人が管理組合のために動いているらしい事から喧嘩別れという感じではない。
「ただ、問題はもう時間が無いんですよねぇ」
「時間?」
「締め切りですよ。個人的な目的はあっても一応依頼ですし、こちらも紙面の事をないがしろにできませんからね。
「……それもそうね。でも諦めて良いの?」
「べっつに死ぬわけでもありませんし、今回随分と多くの事がわかりましたしね。
勝負に負けて試合に勝った感じでしょうか。今回の記事が好調なら本腰入れて調べられます」
楽しげに微笑んで彼女は支払いを済ませて出て行ってしまった。
「んー」
中途半端になる感じはあるが、元よりこの世界最大の組織が隠している事を調べようとしているのだ。こんなものかなという雰囲気もある。
……かなり怪しい人物にも心あたりはあるし。
酒場で聞いた話などを統合すればいくつか思い描く人物もある。
「次が最後の調査かしらねぇ」
一人呟いて店を後にした。
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どーも神衣舞です。
1周年を前にした情報整理話ということでいろんなネタが飛び出してまいりました。
ちょっとグダグダ感も出てきたので次回最終回となります。
記事にするだけの情報は十分に出ているのでカグラザカ新聞社からは別途情報料として報酬の支払いがあると思ってください。
では、次回ラストアクションをお願いします。