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【inv09】『知られざる名前と』
知られざる名前と
(2010/10/11)
「にふ。なんか緊張してんねー?」
 両手で頬杖を突き、楽しげに目を細めるアルカにノアノとガスティはお互いに目線を配る。
「お店のお客さんっぽく無いにゃね。何の御用かにゃ?」
「聞きたい事があって来た」
 ガスティに髪と同じ若草色の視線が向けられる。
「なーに?」
 甲高い、子供特有の甘い声。実際の年齢はさておき見た目そのままの敵意の無い声の裏側を慮りつつ、ガスティは意を決して訪ねた。
「あんたは大迷宮にあった巨人に何をしたんだ?」
 アルカはすっと視線をノアノへ。あの場で言葉を交わしたのは彼女の方だ。
「にふ」
 彼女特有の笑み。獲物を前足で転がす猫の笑み。
「動かせる子をつれてきた。それ以外にないよね?」
 『子』が何を意味するのか。恐らく焦点はそこだろうかと一人ごち、ガスティはアルカを見据えた。 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「お時間を作っていただき、ありがとうございます」
 ヨンは頭を下げて相対する少女を見た。
 メルキド・ラ・アース。東砦管理官にして『再来』の英雄。しかしその姿は深層の令嬢という言葉がピタリと来る。
「探索者が副管理組合長を調査しているのは聞き及んでいます」
 挨拶もそこそこに彼女は切り出す。
「まず最初に申し上げておきます。私は砦の管理官という立場にありますが、副管理組合長の顔も名前も存じていません」
 ヨンは押し黙りその言葉を咀嚼する。予想はしていたのでやはりという感情もあった。
「私が聞きたいのは貴女が管理官になった経緯です」
 彼の言葉に管理官はほんの少しだけ瞼を動かす。
「知る限り明確な役職持ちは貴女方4人だけです。どうやってその地位に就いたかがヒントになるんじゃないかと思いまして」
「なるほど。着眼点は悪くは無いと思います」
 目を伏せ思考を纏めるように沈黙。
「私達四人がこのターミナルに来たのは大襲撃の前、三世界が危うい均衡を保っていた頃でした」
 おもむろに語りだす言葉は過去の物。
「幸いと言うべきでしょうか。我々は大きな力を持っていましたので、大襲撃を無事乗り切る事もできました。
 管理組合が成立してすぐでしょうか。管理組合の名前でスカウトのお誘いがあったんです。書面で」
「と言う事は……誰か偉い人に合ったと言うわけではないのですね」
「はい。門前会議にも私達は出ていません。そもそも……」
 何かを言いかけて彼女は口を噤む。
「とにかく、我々は管理組合からの依頼を受ける事にしました。元々故郷となる世界に少し居辛い状況だったので、居場所がいただけるならばと」
「業務の説明とかは……?」
「PBで確認できますから」
 確かにその通りだ。これを統括管理する管理組合なら業務内容をインプットするくらいわけないだろう。
「……副管理組合長かなって思う人も分からないということですか」
 ダメかと嘆息しかけたヨンはふとアースの固く結ばれた唇に気付く。
「アースさん?」
「はい?」
 それは幻だったかのように消え失せては居るが、逆にだからこそ先ほどの光景が訝しく記憶に残る。
「あ、えっと。管理組合が出来る前にフィルさんが何をしていたか知りませんか?」
「え? ……純白の酒場の店長さんですよね?」
 きょとんとした顔は年相応の物で、それから記憶を辿るように視線を彷徨わせたアースはゆっくりと首を横に振った。
「申し訳ありませんが、クロスロード成立前に遭った事はないはずです。
 彼女ほどの魔術師であれば忘れるはずも無いですし」
「魔術師?」
 聞き返すヨンを不思議そうに見つめる目にはからかいも嘘も見られない。
「彼女はクロスロードでもトップレベルの魔術師ですよ。
 偽装はしていますが常に魔力圏を保持していますし」
 そう言われても酒場の若い店長さんというイメージしか無い。只者ではなさそうなのは分かるのだが。
「ただ、扉の園は広いですから偶然出会わなかった可能性は否定しませんよ?」
「……フィルさんって人間種なんでしょうかね」
「人間種だと思いますよ。ただ、人間種はちょっとした切っ掛けで色々飛び越えてしまいますけど」
 かく言うヨン────吸血種だって人間種の派生であるという世界は多い。
 ともあれ。
 もしだ扉の園にに居なかったのなら、彼女は何処に居たのだろうか。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「んー」
 カフェテリアのテーブルに手紙を広げてクネスは鼻を鳴らす。
 『新暦1年3の月 4/5』そう書いて送ってみた手紙。しかしマルグスロス宛の物には返事は無く、アイギス宛に出した物は丁寧に施術院に所属するネクロマンサーの医院の住所と紹介状が送られてきた。
「はずれか本当に知らないのか判断に困るわね」
 そんな事を呟きつつ、周囲へと視線を這わす。ここはニュートラルロードから道二つ入ったところにあったカフェで、歩行者の数は殆ど無い。
「あれ? クネス……だったかしら?」
 掛けられた声に視線を上げればそこには見覚えのある白衣の女性、Ke-iが居た。
「……じゃあこれは貴女宛?」
 疑問符つきで差し出された便箋。そこにはただ「5/4」とだけ書かれている。
「5/4……ね」
 苦笑いを浮かべて「これを何処で?」と問いかける。
「図書館で救世主について調べてたら、女の子が着てね。
 ここに居る人に手紙を届けたら情報を一つくれるって言うから」
「どんな子?」
「ブロンドの髪の女の子。年齢は……人間なら14かそこらかな」
 思い出しつつKe-iはクネスの正面に座る。
 五人目だろうかとクネスは眉を潜めるが、Ke-iはばっちり顔を見ているようだし例え本人としても何らかの変装をしていると思うべきか。
 彼女は便箋の封を開けると中の手紙を取り出す。
 中身は2枚。1つはどうやらKe-i宛らしい。
「救世主について、らしいわ」
 Ke-iは受け取って視線を走らせる。
「救世主は4人。神と等しく制約を受ける」
 何の事やらという顔で復唱する。
「町の端っこに神様が居るって噂は聞いたけど。制約って何なの?」
「さぁ?」
 クネスも初めて聞く内容だ。何と言われても答えようがない。
「ただ、神様が居るにしては神罰みたいなのは見当たらないし……。全力が出せないって事じゃないかしら?」
「んー。確か再来の時には救世主は出張って来なかったのよね?
 制約のせい、ってわけ?」
 やはりクネスには応じる言葉は無い。ただ「大襲撃」の時には現れ、「再来」の時には現れなかったという事実だけは改めて認識する。
「そっちの手紙は?」
 クネス宛ての手紙。それを開くと
「貴女にはまだそこまでの価値は無い、ですって」
 それは『彼女』をおびき出そうとした事に対する答えなのだろう。
「価値……?」
「どういう意味での価値かしらね」
 クネスはタイプライターで打ったような文字をもう一度見つめ、やおらくしゃりと丸めた。どうせこの手紙から追跡探知する事なんてできない。
「で、この手紙は誰からなの?」
 Ke-iの問いかけにクネスは封筒の方に視線を向けて「そこに書いてある通りよ」と苦笑いを漏らした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それは、ユイちゃんなんですか?」
 沈黙を裂いたのはノアノの問いだ。
「だとしたら?」
 直球を受け流し、ボール遊びを始める猫をノアノはやりにくそうに見つめ
「ユイちゃんは管理組合の副組合長、その一人じゃないのですか?」
「んー。それはあの巨人が『救世主』で、そのパイロットだからという理論だよね?」
「はい」
 アルカは日だまりでウトウトするような緩い笑みを浮かべる。
「あれ、あちしでも動かせるにゃよ?」
「は?」
 前のめりに答えを待っていたガスティが間抜けな声を上げる。
「てか、多分二人にも。操作系がガチの機械だから魔法世界関係の人には辛いかもだけどね。
 ドゥゲストのおっちゃんとか上手いんじゃないかなぁ?」
 二人の困惑と猜疑の視線にもアルカの表情は崩れない。
「じゃあ質問の答えね。あの場に連れて来た子は確かにユイちゃんにゃよ。
 そしてその理由はあちしの知ってる中で一番の機械の専門家だから」
 誰にでも動かせるという言葉が正しいと仮定するならば、それは一つの答えだ。
「本当に誰でも動かせるんですか?」
「今は管理組合が確保して修理してるらしいからおいそれ試せはしないけどね。
 あれはそういうシロモノにゃ。ほら、別の世界の物だけど同じような規模のロボットならクロスロードの外壁付近に1機あるにゃよ。
「……じゃあ、アンタはなんでそれが『誰にでも動かせるモノ』だって知ってたんだ?」
 ノアノがガスティに振り返り、それからアルカを見る。
「いいトコ突くにゃね」
 猫娘はにふりと笑う。
「超重量級電子戦型戦闘機『ユグドシラル』。そして肩に備わった砲身創造式ロングバレルカノン『フェンリルハウル』。
 あれを作ったのはユイちゃんにゃよ」
 勝利が見えかけた衛星都市を一瞬で壊滅直前に追い込んだ『空帝の先駆け』。これを50キロメートルという超遠方から撃墜せしめた異常兵器の制作者がユイ・レータムという少女だと猫は言う。
「でもあれは荒野のど真ん中で敗北した。だってそうでなきゃ怪物に取り込まれたりなんてしないでしょ?
 その時、もしもユイちゃんが乗っていたなら、あの子は下でお昼寝なんてしてないにゃよ」
「脱出した、とか?」
「そこは証拠写真も何もないから水掛け論にゃよ。でもあちしから言える事はそういう過去にゃよ」
「だったら……! アルカさん。貴女はパイロットを知ってるはずです!」
「うん。知ってるにゃよ」
 猫娘はにこりと笑った。そして続けて「結構有名じゃない?」と笑みを濃くする。
「有名だと?」
「あのロボットがある所はどーこだ?」
「……あ」
 ノアノは思い出す。視線をガスティに向け、それからガスティははっとして金属プレートを取り出した。
「これって……」
「なんで大迷宮に居るのかはあちしにはさっぱりだけどね。
 あの子からのメッセージじゃないかなぁ。夢も、そしてそのプレートも」
「……その、その人の名前は?」
「センタにゃよ」
 え? と目を見開く。
「センタって……あの青いボールじゃないのか?」
 外を歩けば掃除やらお手伝いやらをやっているお手伝いロボットは最早見慣れた存在だ。
「うん。そのメインホストというか、コアユニット。全自動選択機センタ君の元になったアンドロイドが、大迷宮の捕らわれ姫だとあちしは思ってるわけにゃよ」
 ほのぼのとした空気に少しだけの寂しさのような物を混ぜながら。
 アルカは取り出されたプレートに視線を注ぐのだった。

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というわけで神衣舞です。
inv-0Xの方に関係する話題にこぎつけましたな。GM的にはおいしい迷走ですw
というわけでというわけでもなきにしもあらずんばあらずもなし?
わけわからん、次回最終回です。
自分なりの報告をするなり、もうちょっと調べてみるなり。いろいろとやってみてくださいませ。
ではリアクションよろしゅう。
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