<< BACK
【inv09】『知られざる名前と』
知られざる名前と
(2010/10/20)
「そうですか」
 神楽坂・文はニコニコとカップを手に取る。
 ここはカグラザカ新聞の面会室だ。彼女が相対するのはクネスである。
「随分と危険なところまで踏み込みましたね。正直予想外です」
「危険、ね」
 『5/4』その手紙の出し方を伝えたクネスにフミは少しだけ戸惑ったような風を笑みに混じらせていた。
「私はその5人目を管理組合の『暗部』だと考えています」
 ややあって、彼女はぽつりと言葉を零した。
「私は誰よりもこの町を見守り続けてたっていう自負があります。新聞社を立ち上げてからは多くの耳目が私に情報を届けてくれます」
 確かに、彼女以上にこの街に精通している人物は早々思いつかない。
 ────管理組合を除いて。
「そうするとどうしても腑に落ちないことが出てくるんです」
「それは?」
「異世界からの干渉が恐ろしく少ないのです」
 少しだけ眉根を寄せ、それからこのターミナルの性質を思い返す。
「情報伝達や航空機並の移動方法を得ていない世界であれば、このクロスロードに喧嘩を売るほどの戦力を集める事は確かに難しいでしょう。
 けれども数多の世界には私の故郷のように、個人で扱える大量破壊兵器を幾らでも量産できる所だってあります」
「気持ちの良い話ではないわね。要は『第四の世界』が何故か現れないって事ね」
 フミはこくりと頷く。
「怪物の脅威こそあれ、異世界へのゲートを大量に持つこのクロスロードは誰が見ても「おいしい」都市です。自分の世界にない物質、技術を1つ持ち帰るだけで様々な技術がブレイクスルーを起こすでしょう」
「でも、実際にそういう世界は現れていない」
「正確には現れたんですが、ある時期に総撤退。以後現れていないと言う状況です」
「新暦1年3の月頃、ね」
 調べてきた事を思い返し、応じる。そして今までの言葉を繋ぎなおして口を噤んだ。
「現副組合長の四人が本当に『救世主』で、五人目がそれに匹敵する能力の持ち主なら」
 フミはそこまで言って、二コリと笑う。
「ともあれ、ここまでいくと妄想なので次の機会としましょう」
「妄想、ね」
 五人目は管理組合から離反したわけではない。その理由は確かに限られている。
「触らぬ神に祟りなし。神に触るためには準備が必要です。まだ準備が足りなかった、あるいは─────」
 彼女は目を閉じて、続ける。
「時が満ちていないのでしょうね」
 クネスはそれには何も応じず、紅茶に手をつけた。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「いやぁ、おいしいですね。いつもながら」
 ヨンの声が白々しく響いた。
 ヴィナがきょとんと彼を見上げ、アルが困ったように苦笑いをしている。
「何が言いたいのよ?」
 あきれ返ったトドメの言葉にヨンは軽く挫折を感じつつ「いえ、別に他意はないのですけどね?」と視線を逸らした。
 フィルは肩を竦めて皿洗いに戻るのを見つつ、パンを齧る。
 会話をするために昼下がりを狙ったのだが、実はそもそもお昼時はそこまで混まない。というのも文化的に昼食をとらない世界があり、また多くを占める探索者は基本的に外出しているためである。すっきりした店内の中で数人が飲み物を前にのんびりとした時間をすごして居るという状態だ。
 そのまま数分。結局食事も終わり、アルが空いた皿を片付けたところで目の前に頼んだ覚えのないコーヒーが置かれた。
「えっと」
「何を聞きたいわけ?」
 置いたのはフィルだ。やれやれと言った風で正面に腰掛ける。
「……えっと」
「別に店の売り上げに貢献してくれる分には良いんだけどね。別のことに気を逸らしながら食べられたら料理が可哀想よ」
「……すみません」
 素直に頭を下げると「で?」と多少表情を崩して先を促す。予定は狂ったが、と質問を口にしようとして
 ───また、不機嫌にしないですかね。
 という懸念が過ぎったがここで口を噤むのも譲歩してくれた彼女の気を害するだろう。
「大襲撃の前って、フィルさん何をしてたんですか?」
 自分の分として持ってきたのだろう。同じく湯気を立たせるコーヒーを手に、彼女はすぐに応えることなく口を付ける。
「教えられないわ」
 かちゃりと、ソーサーを鳴らす音と共に彼女の冷静な声音が耳朶に響く。
「アルに聞いたんでしょ? こっちに来たのは新暦に入ってからって」
 疑問の基点はまさにそこだった。以前フィルに問うたとき、彼女は大襲撃の際に「この子達を守る程度に戦った」と言っていた。でも、それに値するはずの彼女らはまだこの地に居なかった。
「うん。アレは嘘。だから本当の回答は『貴方に教えられない事をしていた』よ」
 嘘を付いた理由は『教えられないから』だろう。それは何故か?
 ───何故という疑問を持たれる事すら嫌ったのだろうか。
「じゃあフィルさんがかなりの魔術師というのも本当ですか?」
「魔術は扱うけど、ピンキリのクロスロードで自分の実力がどの程度なんて分からないわよ。
 純粋な魔術師としての実力は圧倒的に猫の方が上だろうし」
 確かに。自分も戦士としてクロスロードではどの程度かと問われれば正しい評価ができる自信は無い。
 ここには余りにもイレギュラーが多すぎる。
「それに見ての通り私は『探索者』ではなく『住民』としてここに居るわ。猫みたいに魔術で商売をしているわけでもないしね」
 酒場の店長の視線にアルが苦笑を返し、ヴィナがきょとんとした顔を見せる。
「ここに来る前の世界から私は酒場の女将で、魔術師───冒険者は廃業したつもりよ。
 唯一魔術師らしいことを残しているとすれば、複雑怪奇な魔術式をいくつも覚える代わりに色んな世界のレシピを覚えてるって事ね」
 壁を埋め尽くす勢いでずらり並んだメニューを見て思う。確かに優秀な魔術師なのかもしれない。
 それに───確かアースは彼女が常に偽装した魔力圏を保持していると言っていた。これが事実であれば彼女はまだ魔術師として何かをしているということにならないだろうか。
 彼女は大襲撃の前に何をしていたのか。そして今、何をしているのか。それを改めて問うても不興を買うだけだろう。
「なるほど。ありがとうございます」
 だからここを引き際として、ヨンは素直に礼を述べる。
「いいえ」
 まだ二十歳にも満たない若い女将はにこりと綺麗な笑顔を見せてコーヒーを手に取る。
 恐らく人間種であろう彼女はその内に何を隠して居るのだろうか。表情に出さないように気をつけながらヨンもコーヒーを手に取った。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 その週の末。
 カグラザカ新聞は予定通り定期発行され、PBの記述の不可解な点等を機軸に謎の5人目を大きく取り扱った。
 しかし内容には真実味を付け忘れたようなアレンジが為されており、読者の大勢はたまにあるイロモノ記事として取り扱ったという。
「これで良かったんですか?」
 デスクの前で畳んだ新聞を手にしたモモが笑顔の編集長へと声を掛ける。
「これじゃ信じる人なんて居ませんよ? それどころか結構な裏づけが取れてる箇所まで裏づけを省いて……」
「良いんですよ。残念ながら私は今回チェックメイトをかけるまでのネタを手に入れられなかった。
 ただ、分かる人に『チェックをかける手をいくつか入手したぞ』って伝われば充分なんです」
「……それは、宣戦布告じゃないですか?」
 しかも突きつける相手が洒落にならない。
「ふふ。宣戦布告ならもうずーっと前にし終えてますよ」
 この記事が為した事はたった一つ。謎の五人目の噂を生んだだけだ。
「まだ表舞台には立とうとしないようですしね。
 報告に来ない人たちも気になりますしね。ゆっくり裏で調査を続ける事にしましょうか」
「……いや、まず自分の仕事片付けてくださいよ」
 今回の分が発行されたと言う事はすでに次回の分の記事が纏まりつつあるということだ。
 デスクに山と乗ったファイルに視線をやるモモを無視して椅子をくるりと半回転。窓の外に広がる光景をほのぼのと見渡した。
「いい天気ですよねー。取材日和です」
「フミさん!?」
 いつも通りの怒声が響く。
 記事をまとめている記者たちがやれやれと苦笑いをした。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ほったらかしでいいの?」
 金の髪を横でお下げにしたツーテールの少女が気だるそうに問う。
「構わないわ。彼女は身をわきまえてるし、いずれ知られないとならないことだもの」
 彼女の傍らには誰一人存在せず、ただ声だけが楽しそうに応じる。
「いずれって?」
「さあ? この街が『来訪者』の街で無くなったらじゃないかしら」
 少女は呆れたように空を見上げ「それまでお役御免は無いって事?」と溜息交じりの言葉を零す。
「100m先も見通せないこの世界で未来を聞くのはナンセンスと思わない?」
「うっさい、チートのくせに」
 くすくすという笑い声だけが遠ざかる。
 少女はぼーっとそのまま空を見て、それからもう一回深く溜息を吐くとふらり街のどこかへと消えていった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけでこれにて【inv09】は終了となります。
 クロスロードでは副組合長は不明のまま! って感じなのですが。プレイヤー的にはどうでしょうか。
 あ、5人目に付いては現在完璧にノーヒントなので推測するだけ無駄と言っておきます(笑
 趣味のほーでも出演してますけど、やっぱりSOUND ONRYです。
 まぁあれです。まだ一周年ってことなのでそこまで秘密をポンポン暴露するもんでもないでしょうって感じです(笑
 まず先に解明すべきはセカンドターニングの大迷宮だということで、まぁ一つ。
 ともあれ、みなさんお疲れ様でした。
niconico.php
ADMIN