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【inv0X】 ・・・・・・・・
Count2
(2010/08/24)
 地下1階層はほぼ解明されたようだ。
 代わりとばかりに第1階層に広がる街、通称大迷宮都市。ここを訪れた探索者は地下2階以降の探索に精力的に動いている。
 先行組は地下5階層まで到達したという噂もあるが、詳細は定かではない。
 大迷宮第1階層の広さは四方約1km程度。その四分の一程度に町並みが広がりつつある。町並みとは言ってもやはり元は迷宮だ。比較的広いフロアに宿や商店が密集する形になっており、慣れない者は目的の場所に行くだけで数時間を要する事もある。
 すでに壁をブチ抜いて拡張したり、部分や新たに柱を立てて崩落を防止したりしている区画もある。しかし、安全面からすると限界がある。一番懸念しなければならないのは大襲撃のように【怪物】大行進が上で起こったとき、崩落してしまう事だ。もちろんこの世界に集う様々な技術を駆使すれば、前述の不安を解消した上でこの第1階層全ての壁を取り払う事も可能だろうが。
「一時のブームが去ったとは言えまだまだ盛況。衛星都市が出来て探索の足が伸びたとは言え、そちらもすぐに壁にぶち当たる。
 そうなれば探索者の足は自ずとこちらへ向くだろうが……」
 向いてもらわなければ金は転がり込まない。そしてそのタイミングまでは無闇に投資を行えない。技術的には可能だがその為にはその投資が回収可能であると確信を持つ必要がある。
「どうにも焦れってー話だな」
 組んだ手を頭の後ろに回してだらしなく座るのは『令嬢』だ。しかしいつものしおらしさは微塵も無く、他に人の居ない空間で椅子をぎしぎしと軋ませる。
「まぁ、それが楽しいっちゃ楽しいんだが」
 身に纏う物は容姿に沿う淑やかで可憐なドレスと変わらないが、その雰囲気は粗野なチンピラのそれだ。彼女を知る者はそっくりの別人か何かと思うだろう。
「お客が参りました」
 扉の向こうからの声に『令嬢』はコンマ1秒で粗暴な雰囲気を消去。
「どなたかしら?」
 今の今までの光景を見ていた者が居たら自分の頭を疑いかねないほど淑やかな声音が返されると、「うちや」と別の独特のイントネーションを持った声が代わりに応じた。
「どうぞ?」
 面会の予定はなかったが、さりとて追い返す理由も無い。「邪魔するで」と入ってきたダチョウに令嬢は花が綻び開くような笑顔を向ける。
「いかがなさいました?」
「儲け話もってきてん。自分なら乗ると思うてな」
 単刀直入な物言いに令嬢は笑顔を崩さぬままに「お伺いしましょう」と応じる。
「地下1階層の制圧はほぼ完了したのは言わんでもええな?
 そやけど街をやたら広げるわけにはいかん」
 まさしく今考えていた事だと心の中で失笑。
「そこで、や。土地の有効活用してみようと思うんよ」
「有効活用、ですか?」
「せや! これ見てみ」
 と、腰に下げた袋から取り出したのは細い管だ。
「これは?」
「光ファイバーケーブルって名前でな。お日様の光をこれで地下にまで持ってこれる」
「はぁ……」
 と言われてもそこにある限りはただの紐だ。
「中にぎょうさん鏡が入ってると思えばええ。それでお日様の光を誘導するんや」
「……それで?」
「農業やらへんか?」
 きゅっと眉根が寄るのは抑えられない。
「つまり。その管で光を地下に持ってきて、空きスペースで農業をする、と?」
「せや! 理解が早いな!」
 それだけであれば単純な話だ。しかし……こんな細い管を何万本用意すれば光を確保できると言うのか。
「無理です」
「なんでやねん?!」
 令嬢の答えにダチョウが独特のポーズで突っ込む。
「仮に光源をこれで確保できたとしましょう。しかし肝心の水が確保できません」
 農業を行うならば光も必要だろうが、それよりも重大なのは水の問題だ。
「雨水をかき集めるにしてもそれを分配する水路を作るのには莫大な費用がかかりますし、当然水源を持たないこの街で飲料水を転用するなどありえません」
 大迷宮都市の水はクロスロードか衛星都市からの定期的な給水でまかなわれている。線路の70%が完成しており、水を運ぶペースもようやく安定してきた所だ。
「それに水はけ、水の逃げ道の問題もあります。ただ種と水を撒いてできるとは思わない方が良いですね」
「自分詳しいなぁ」
「小麦なども扱っていましたので。基礎知識ですよ」
 器用に翼で腕組して困るダチョウを冷ややかに見つめつつ、今の話を別のアプローチで考察する。
 というのも、もしここで農業が可能となれば得られる利益は少なくないと踏んでいる。管理組合が敷いた流通網がある以上、ここで生産される農産物は異世界から輸入される食材よりも高くなるのはまず間違いない。それでも彼が農業をやると言い出した理由には令嬢も気付いている。
 それは不安だ。ターミナルに措ける食料自給率はほぼ0%。食用とできる【怪物】の肉や農業実験で作られる小規模な食材くらいしかない。そんな状況でもしも流通がストップしたら?
 たちまちクロスロードは干上がるに違いない。繋がらない全ての世界が一斉にそっぽを向くというのも中々に無い状況ではあるが、その可能性に至ってしまえば怖くもなる。突然扉が開いたように、突然全ての扉が機能停止する可能性だってある。
 加えて背中に大動脈を持つクロスロードはともかく、この大迷宮都市や衛星都市は常に孤立の危険を抱えている。食料の自給ができるならば是が非でも得たい保険である。ましてや、もしもこのただ広い空間で農業を確立させることができたのならば、この迷宮が枯れた後の価値が残る事になる。
「問題は費用と技術ですね。利益優先は良いのですが、ここは名を売って主導権を買うべきでしょう」
 莫大な投資をして失敗したでは話にならない。令嬢の提案にダチョウは何とかならないかと首を左右にふらふらとさせるが、やがてがっくりと思考停止。
「せやな。ほな話詰めようか」
 切り替えの速さはダチョウの美徳だろうか。
 そんな事を一瞬思い、すぐにプランの作成に思考をシフトする。
 商人の基本スキルかと表情に出さずに再びの失笑をしつつ空想に現実のパーツを詰め込み始めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 宝探しに勤しむ探索者とは別に、考古学的な興味で大迷宮都市に来る者も後を絶たない。
 この遺跡は一体どのような目的で作られたのか。『扉の塔』『扉の園』に次ぐ三つ目の人工物はこの世界を知る上で重要な足掛かりになると期待されているのだが、前者2つとの違いに様々な疑問と議論を噴出させている。
 明確な差は施設の耐久度だ。来訪者が何をやっても欠片ほどの傷も付けられない塔や扉に対し、この大迷宮は幾らでも破壊可能だ。石壁という見た目に対しては遥かに高い耐久度を有しているものの、大迷宮都市のように一部を破壊してフロアを拡張する事に成功している。
 また迷宮内では極稀に大小さまざまなチェストボックスらしき物が発見されている。その中身はまさに混沌、文化を計らせまいとしているのかと疑いたくなるほど色々な世界の物が詰まっている。多重交錯世界と呼ばれる程数多の世界と繋がるこの地なのだから別に不思議ではないと言えばそれまでだが、ともあれそう言った箱と中身が安置されている理由は何なのかというのは様々な推論を呼んでいる。
 一番有力な説は『趣味』、あるいは『娯楽』だろう。そもそも迷宮を作る理由なんてどの世界でも変わる物じゃない。『封印』か『趣味』。前者は中の物を外に出さないため。後者は製作者が挑戦者を望んで作った玩具箱だ。宝箱が安置されている以上、製作者の趣味ではないかという意見に傾きつつはある。
 一方でここを墓所と仮定する者も居る。箱は棺、中身は故人の遺品で、死体の代わりに遺品を安置するというものだ。特異な意見かというとそうでもない。精霊種や妖怪種を初めとした一部の種族では死後にその存在を完全に消失してしまう。その場合墓所を必要としないのだが墓所という文化を輸入した場合、このような事を始めても不思議ではないのではないか、という事らしい。
 死体が残らないという意見は元住人の痕跡が何一つ発見できていない事に由来しているのだろう。
 
 ────もっとも。
 大抵の探索者は「聞けばわかるんじゃないか?」と考えているようだ。大迷宮都市の上で見る妙な夢。その相手が居るのであれば直接聞けば良い。それよりもどんなお宝を見つけるかの方がよっぽど問題である。
 現在第1階層の探索はほぼ終了。第2階層も第1階層の広さから比較して7割程度が探索し終わっていると見られている。最深到達は第5階層。ただし第3階層以降は殆ど探索の手が伸びていない。というのも第3階層以降は罠や怪物の脅威度がワンランク上がっており、第5階層への階段も逃亡の末に偶然見つけた物だと伝わっていた。
 そもそもこの迷宮の理由よりも沸いてくる怪物の方がよっぽど不可解だ。別の入り口があるのではないかという噂まで存在する。
 そんな情報を背景に、探索者の多くは第2階層の捜索を優先している。間もなくその流れは第3階層へとシフトしていくのだろう。
 この迷宮の果てはどこか。今日も探索者は挑み続けている。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

『第一階層掃討戦の実施に伴い参加者を募集いたします』
 その通達はある日突然張り出された。
 目的は第1階層の安全確保。第2階層への階段をはじめとし、崩落により外と繋がっている場所などをバリケードで固め、フロアの全てを大迷宮都市として使えるようにするというのが目的である。同時に三度目の大襲撃への備えともなる行動である。
 この大迷宮都市は防衛施設としてはかなりの有用性を見込まれている。怪物が盲目的にクロスロードを目指す事は再来の時に確認された事だ。衛星都市と同様、それよりも安全にハリネズミとしての役割を果たす事ができる。また探索が進めば第2階層を予備のシェルターに改造する事で有事の備えもできる。
 この地における一つの節目となる作戦だが難易度はそれほど高く無いというのが大勢を占める見解だ。衛星都市の時のように狙ったような大軍団が襲ってこない限りは。

 ともあれ。
 新暦2年9の月。
 新たな歴史が一つ刻まれようとしている。

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 どーも、総合GMな神衣舞です。
 最後のはフリじゃないよ?とだけ言っておきます。そんなペースで大襲撃繰り返してたまるか(笑
 というわけで状況はまったり推移中。
 リアクションよろしくお願いしますね。
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