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【inv0X】 ・・・・・・・・
EX-1 第1階層制圧作戦
(2010/09/09)

「地図をお渡ししますので受け取った人から各班の集合場所に集まってください」
 自警団の腕章を付けた人々が忙しく動き回り、500人ほどの探索者がすでに都市化した区画を誘導に従って歩いている。
 ここは大迷宮都市。大迷宮地下一階の入り口周辺に広がる地下都市である。大迷宮発見後地下第一階層は早々に探索されつくしてしまった。ゴールドラッシュにも似た興味本位の探索者が押しかけたためだ。その結果第2階層まではほぼ解明されることとなった。
「バリケード班は商工議会所前集合です! 鐘のついた建物を目指してください!」
 大迷宮都市は大迷宮をそのまま利用しているわけではない。壁をくりぬき、補強しながら街としての機能を強化しつつ進められている。それでもやはり元は迷宮と呼ばれる場所。路地を一つ間違えると途端に迷子になりかねない都市である。
「PBはダメか……」
 とある探索者が困り果てたようにきょろきょろとする。声は聞こえども反響のためにどちらからのものか分からない。ここがクロスロードであればPBが案内してくれるのだが、この都市は管理組合の管理下ではないためかPBの道案内機能が働かないのである。
「そこの人? どこに行こうとしているのですか?」
 自警団の腕章を付けた男が探索者に声をかける。
「ああ、二階層階段付近の防衛の方なんだが」
「なるほど。案内しますね」
 この都市には簡易的だが法律が制定され、刑法も存在している。特に騒乱と破壊活動に対しては強い厳罰が設定されている。それを取り締まるのが自警団の役割ではあるが、副次的にこういう道に迷った人の手助けも仕事のうちだ。
「PBの道案内が使えればいいんだけどな」
「そこは上に言ってもらうしかないですね」
 そんな事を話しながら、二人は地下二階層への階段へと向かうのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ぐうっ!?」
 壁がら撃ち出された矢を間一髪で避ける。
 その瞬間、追い討ちを掛けるように杭がぎゅんと迫ってくる。
「うぉっ!」
 それも倒れてかわす。
「……だ、大丈夫ですか?」
 べったりと地面に張り付くようにして伏せているガスティにヨンが冷や汗交じりに声を掛ける。
「ふふ、こ、これくらい……」
「いやぁ、これくらいって……」
 ノアノも戦慄を覚えながら背後を振り返る。
「第一階層ってまだ全然探索されてない気がするんですけど」
 矢やら落とし穴やらの跡が延々と続いている通路は恐怖を通り越してコントとしか思えない様相だ。
「ふふ……罠に掛かると思っているので避けるのは造作もないぜ」
 妙な自慢をしつつ立ち上がるガスティは一人だけ汚れに汚れまくっている。先ほどから一人でひたすら罠を発動させては間一髪で避けているのだ。
「この道もガスティさんがスネアトラップでよろけて偶然見つけた通路ですしね。誰も通った事ないのかも」
 ノアノの予想は恐らく正しいのだろう。足跡も見当たらず罠は完璧に残っている。
「えーっと、やっぱり慎重に進みませんか?」
「甘いなヨンさん。俺が歩けば同じさ……」
「そ、そんな泣きそうな顔で言わなくても」
 どうフォローしていいのやら。どこか背中が煤けているガスティにノアノは困ったように呟く。
「さぁ、先に進もう。もしかするとお宝の一つもあるかもしれない」
 と、一歩踏み出した途端、何かがぼとりと
「っ!」
 咄嗟にヨンが踏み込み、ガスティの手を無茶苦茶に引っ張る。踏ん張る暇さえなく後方に投げ飛ばされたガスティは運悪くブラブラと揺れていたさっきの杭に頭をぶつけた。だが、そちらを振り返ってる暇は残念ながら無い。
「す、スライムですか?」
 ノアノが気持ち悪そうに後ずさる。落ちて来たスライムはほぼ透明で彼らが持つ明かりを受けて光を乱反射させている。そのサイズ、というか容量は三人を飲み込んでも、いや10人くらいは楽に飲み込めそうなほどでかい。
 ヨンは近くに刺さっていた矢を引き抜くとスライムに向かって投げつける。それはスライムに触れた瞬間、軸も鏃も見えなくなり、スライムと同化してしまった。
「……これって」
「触るとアウトですね。とんでもない仕様ですよ」
 波打つそれはゆっくりと三人の方へ進行を開始する。
「ノアノさんが居て助かりました」
 言われた意味は重々理解している。スライムに効果的なのは基本で言えば
「いっけぇ!!」
 生み出した炎の矢が次々とスライムに着弾し、じゅうと焼ける音と共に酸に似た刺激臭が鼻を突く。
「うぎゅ……」
「堪えてください! ガスティさん、退きながらやりますから先行をお願いします」
「う、うぉう?」
 まだピヨっているガスティが頭を振りながら立ち上がり、歩き始める。こうなってみるとすべての罠を発動した後なので何の憂いも無く行けるのはラッキーだ。
「えいっ!」
 ある程度距離をとって次弾発射。もうと上がる煙を吸わないように逃げながら次々と連射していく。
 恐ろしいのは地面に落ちていた矢や槍、杭などが触れるごとに吸収されていくことだ。
「廊下や壁が溶けないのは幸運なんだか不幸なんだか」
 ヨンが苦笑しながらノアノが転んだりしないようにサポートをしつつ状況を確認する。スライムは二回りほど小さくなっている気がするが、まだまだでかい。
「っと、落とし穴はここだっけか」
 通路にばっくり開いた落とし穴は壁際を歩けば問題なく通れる。ガスティに至っては翼があるので飛べば済む話だ。
「ここに落としちまえ!」
 一瞬いいのかなぁと思ったが背に腹は変えられない。このまま退治できるかもしれないが既に目や喉がヒリヒリしている。
「じゃあちょっと無理します!」
 次から次に詠唱。通路の温度が上がるほどに炎の魔術が連続発射される。スライムは流石にたまらないと身もだえしながら動きを止める。
「行きましょう。失礼しますよ」
「ふえっ!?」
 ヨンがノアノを抱きかかえてジャンプ。壁際の通路を足場に三角飛びで対面へと着地する。
「っ!!」
 必死にトレードマークの帽子と杖が落ちないようにしていたノアノは無事渡りきった事を確認して安堵の吐息を漏らす。
「さて、この穴って何処まで続いてるんですかね」
 ノアノを降ろしつつヨンが呟いたところで再び進行を開始したスライムの先端が落とし穴へと落ち始める。一分もすると質量の半分が落とし穴の中に入ったためかぬるんと全体が落ちてしまった。
「溜まってる、って事はないから、下の階層におちたのかねぇ」
 恐る恐る覗き込み、光をかざして見るが、スライムの姿は見えない。
「後で自警団の方に報告しておきましょう。火が通用することも含めて。
 残りが無いか注意しながら進む必要がありますね。欠片でも触れると厄介そうだ」
「ともあれ、何とかなったことだし。先に行こうぜ。
 ここまできて何も無いって事はないだろ」
 不幸な目に合うのが基本のガスティはさっさと気を取り直して全員を促した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふう」
 こちらへ向かってきたワームらしきものの最後の一匹を弾丸が貫いた事を確認してリロード。
「お疲れさん。あんたいい腕してるなぁ」
 ここはバリケードを設置している場所の1つだ。崩落により外に繋がっているため、外からの怪物がたまにもぐりこんでくる。しかしながら待ち構えている探索者の一斉攻撃に今の所問題なくバリケードの製作作業は続いている。
 エディに話しかけてきたのは体格の良い男だ。肌の色はメタリックブラックで魔族か何かなのだろうと推測がつく。
「そりゃどうも」
 方の『自警団』という腕章を確認し、装弾の終わった銃をホルスターに戻す。
「あんたの話は聞いてるよ。イァイリエムを狙撃して術式をぶっ壊したってな」
 即座に抜き撃ちの姿勢に入ったエディを「慌てんなよ」と大きな手が目前を遮る。
「俺は穏健派だ。イァイリエムなんて『神狂い』の敵討ちなんて真っ平御免だよ。
 ラビリンス商業組合にも平和的な協力をしているだけに過ぎん」
「『律法の翼』ではあるんだな」
「まぁな。俺はクロコトネル。自衛隊の隊長を任されている。律法の翼でも一応幹部扱いだが、過激派は毛嫌いしているんでな」
「それが何の用だ?」
 クロコトネルは人の良さそうな笑みを浮かべて「単なる好奇心だよ」と嘯く。
「あとは、そうだな。あんたくらいの腕利きなら顔を通しておいても損は無いと思っただけだ」
「……」
 どう応えるべきかを考え、今は黙しておくことにする。
「なに、イァイリエムは当分戻って来やしないし、過激派もあんた一人に構うわけじゃない。組織の体面ってやつがあるからな」
「何が言いたい?」
「いや、何も。さっき言ったとおりあんたを見かけたからな。顔つなぎしとこうと思っただけさ。
 気を悪くしたなら謝ろう」
「……不要だ」
「そりゃあ、良かった」
 ニィと笑い、彼は「機会があれば飲もうぜ」と言葉を残し去っていく。
 周囲の好奇の視線が鬱陶しい。嘆息一つ漏らし、エディは別のポイントを探す事にした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「随分と暇ね」
 クネスは壁に背を預けて下へと下る階段を眺める。
 階段と反対方向には関所が設けられており、彼女らが突破されても簡単には第1階層に入り込めないようになっている。
 それはそうとして、始まって数時間。平和な時間が続いている。
「まぁ、仕方ないでしょうね。第2階層も随分解明されていますから総数は少ないでしょうし」
 自警団の腕章を付けたエルフ種の女性が苦笑混じりに応じた。
「まだ怪物が残っているのは3階層以降です」
「2階層に居ないわけじゃないんでしょ?」
「ええ、ゴブリンが巣を作っていたって話も聞きますし、もしかするとどこかで増えてる可能性もあります。見つかってない通路とかもあるかもしれませんしね」
「3階層より下から出てくる可能性もあるわけよね」
「あるいは、未だにブラックスポットとなっている箇所に抜け道がある可能性もありますね」
 ふーんと鼻を鳴らし、それからやや考えて
「でも、ここでどうやって生活してたのかしらね。
 食料はまぁ、共食いとかあるかもだけど、水が無いんじゃなかったかしら」
「不要らしいですよ」
 エルフがさらりと応じる。
「不要? そんなはずはないんじゃないかしら?」
「大襲撃や再来の時の足跡というか、通った後を調べても休憩した形跡が無いらしいです。
 当然少なくともクロスロードから100km圏内に水場は無かったわけですから水の補給もしていないはずなんです」
 確かにそう言われてみればそうだ。
「生き物なのよね?」
「死骸を確認する限りはそうらしいです」
 妙な話だと思うが、自分も似通った存在ではある。
「じゃあこの下に怪物の帝国があっても不思議じゃないわけね」
「考えたくないですね、それは」
 自警団員は苦笑を漏らすに留めたが、ありえない話ではない。
「それはそうと」
 クネスは階段の方を改めて見遣り、それから周囲で暇そうにしている探索者を眺めた。
「ここは当たりというかはずれと言うか。楽な仕事だったわね」
 エルフの女性は「そうですね」と笑顔で応じ、自分の仕事に戻っていった。
 結局2階層からの襲撃は一件も無く、途中「スライムがっ!?」と血相を変えて逃げ出してきた探索者を保護するだけに終わったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 かくして第1階層の制圧は無事完了した。
 大した問題も発生せずバリケードの製作や補修作業は完了し、大迷宮都市は第1階層のすべてのフロアを利用可能になった。
 それをどう使うかはすぐに分かる事ではないだろうが、大迷宮に挑む探索者にとっては少なからず助けになることだろう。

 それはそうとして。
「……どう思う?」
 ガスティが手にしたカードをひらひらと振る。
 例の通路の奥には1つの小さな箱が置いてあった。それを開くとICカードサイズの金属プレートが一枚、安置されていた。
「『敬愛なる私の主人。私はここに居ます。私は貴女を待っています』ですか」
 それがプレートに刻まれた言葉のすべてだ。確認していないのでこのカードに他の機能があるかどうかは不明だが、
「声の主さんでしょうか?」
 ノアノの予想は誰もが思い浮かべる事だろう。
「声の主は女性を待っているってことか。誰の事だろうな?」
「と、言われましてもね」
 ヨンは困ったように笑みを漏らす。来訪者かもしれないし、かつてここにあった文明の誰かかもしれない。
「ともあれ、このカードどうします?
 ある意味重要なものかもしれませんよ?」
 1枚の何の変哲もない金属プレート。
 それを前にして三人は顔を見合わせるのだった。

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ちなみに前回の話でダチョウが農業やろうZE!と言ったのはエディさんのビル型農場の発言を適用したからです。
はい、どーも、神衣舞です。
今回の一件で無事第一階層は安全フロア化しました。多分。
第2階層にスライムが発生しているそうですが、まぁすぐ退治されるでしょう。きっと。
今回は【inv0X】のシナリオリアクションでフラグを踏んだので派生したシナリオです。
引き続き【inv0X】の方へのリアクションをお願いします。

なお、カードについての取り扱いはご自由に決定をお願いしますね☆
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