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【inv10】『愛しさの行き先と』
愛しさの行く先と
(2010/10/25)
「あら、わざわざどーも」
 副組合長を調査するという依頼にて「結果報告をしなかったままだったから」という理由で『お詫び』を手にカグラザカ新聞社にやってきたエディは、ノー天気に笑う編集長の前に座っていた。
「今からでも調査報告があれば買い取りますよ。ほら、結局分かりませんでしたし?」
 エディも記事はちらりと見ていたが、今回はジャブで収めたように見えた。まだ次があるということか。
「で、それだけじゃないんでしょ?」
 楽しげに目を細める。まぁ、ついでに聞ければと思ったがそちらから言い出すとは思わなかった。
「……ついでで聞ければなと思ったんだがな。トルネルロ・アンゼンリナってヤツの情報があれば聞きたいなと」
「確か……『V』って人を探す依頼を出してる人でしたっけ?」
「ああ。PBで確認したら『行者』になってたんだが」
 行者とはクロスロードに住居を持たない、一時的、定期的な来訪者で、主に貿易商や旅行者がこれに当たる。
 彼女の名前で家を検索したところ、表示されずにそういう回答がPBから齎されていた。
「流石にウチも諜報機関じゃないですから、10万人+αの人物プロフィールは持っていませんからね。
 言える事は過去、耳にするような事件は起こしていないと思いますよ」
 何も確認せずにつらつらと述べる。
「暗記してるのか?」
「ある意味暗記ですかね。私の世界だとそうでない人の方が珍しいのですけど」
 そう言いながらこつこつとこめかみを叩き、
「ニューロネットワークに接続するためのコンピュータを脳に埋め込むのが当たり前なんですよ」
「なるほどな。便利な話だ」
「脳に爆弾を抱えるようなものだ。って拒否する人も居ますけどね。
 ブレインをハックされたりバーストされて死ぬなんて事もどんなにセキュリティを上げても起きてるわけですし」
 そう言われると確かに遠慮したい気もする。
「そんな物騒な世界なのか?」
「物騒は物騒ですね。人の命はゴールドよりも安いですから。まぁ、ともあれ」
 彼女はにこりと笑みを作る。
「面白い話なら買いますから、期待していますね」
「俺はブン屋になったつもりはないんだけどな」
 エディは苦笑を漏らして紙コップのコーヒーを手に取った。 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「吟遊詩人?」
「ええ、ここに稀に来ると以前聞いたと思いまして」
 首を傾げるフィルにトゥタールは言葉を添える。
「できれば紹介してもらいたいんですよ」
「何をするのか知らないけど、あの人いつ来るか分からないから」
「そうなんですか?」
 まぁ、いろいろとね。と何故か言葉を濁し、中空を見上げる。
「ちなみにお名前は?」
「サラよ。フルネームはもっと長いけど」
「他の酒場を回ってるとか?」
「違うわ。そもそもクロスロードに住んでいないもの。
 たまに逃げ……遊びに来るのよ」
 突っ込むべきではないだろうと、トゥタールは言いかけた言葉を聞かない事にする。
「次に来るタイミングは分からない、と」
「不定期だもの」
 そうなると、別の線で人を探す必要がある。
「でも、なんで急に」
「いえ、愛の語り部になっていただきたく」
 頭に『?』が浮かびそうな顔でぽかんとするフィルを見て
「いや、ほら。そうやると色々と情報も湧いて出てくるかなと」
 と、取り繕うが
「不特定多数の人に話を広めてもどーにもならないと思うんだけど……」
 と、呆れ顔をされてしまう。
「英雄とお姫様なんて組み合わせだからサーガになるわけで……」
 しかも相手は正義のヒーロー?である。詩の作り手もどう纏めていいか困るという物だ。
「詩が無くても人が噂するほどの話ならその方法も分かるけど、そういう手合いなの?」
「……それもそうですねぇ」
 大仰にすれば実像から離れすぎて情報集めには向かないし、そのままにすれば笑って終わりのコメディか、ありふれた恋歌になりそうである。
「ストレートに情報収集したほうがいいと思うわよ?」
「いざという時の保険になればとも思ったんですがね」
「多分『V』探しの件でしょうけど、例えその依頼人が『V』って人を誘拐したり、トチ狂って凶行に及んだとしてもそれだけだと『それで終わり』の話よ?」
 トゥタールはしばし沈黙。
 クロスロードには法も警察も無い。これが連続の犯行と発展するか、誰かが多額の賞金を懸ければ話も変わるが、確かに今のままでは『それで終わり』の話なのだろう。
「『V』って言うのが『住民』なら管理組合も賞金額を上乗せしそうだけど……」
 街の根幹を支える自衛能力の低い住民を積極的に狙う犯行は、住民をクロスロードから離れさせ、経済に打撃を与える行為だからという理屈である。
「違うんでしょ?」
「まぁ、住民っぽくはないですね」
 正体不明ではあるが、闘技場で戦う姿と言っていたので恐らくは探索者だろうと応じる。
「他に目的があるなら別だろうけど。コスト面から考えても良い方法じゃないわよ。多分」
 詩人だってそれは仕事だ。ウケの悪い演目をやるのは望むところではないだろう。
「んー、ちょっと考えて見ます」
 フィルは苦笑を浮かべてカウンターへと戻っていった。その背中を見送りながら
「まぁ、派手にしたほうが面白そうというのもあるのですがね」
 誰かが聞いたら大暴れしそうな事をぽつり呟いた。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「冷静になれ……別に正体を暴かれたわけじゃないんだ……」
 呟き、ヨンが向かった先はアドウィック探偵事務所だ。
 呼び鈴を押すと出てきたのはメイド服を着た女性だった。
「え、ええと。アドウィックさんはいらっしゃいますか?」
 聞いた話によれば男性のはずだ。ヨンがそう尋ねると「ALL Right。通してあげて」と声が投げかけられる。メイドはこくりと頷いて道を開けるように脇に控えた。
「あ、こんにちわ」
「Wellcome 『V』様」
 おもいっきりつんのめった。
「ちょ!?」
「はっはっは。その事だろう、ミスタ.ヴァンパイア?」
 にやりとした笑みを浮かべ笑う三十がらみの男にヨンが戸惑いを見せると「まぁ、ソファーへどうぞ」とニヤニヤしながら手でシックなソファーを示す。
 ここで回れ右をするのは背中に銃口を突きつけられているようで恐ろしい。
 おずおずとソファーに座るとやけにシックでかつ高級感溢れる執務机から立ち上がり、ヨンの対面に座る。
「OKOK、話を聞こうか」
「私の事、誰かに話しました?」
「クライアントの情報を漏らすのは主義に反するが、幸いまだクライアントの付いていない情報だね」
 回りくどい言い方だが、まだ話していないという事だろう。
「Thus? 君の聞きたい事は熱愛の彼女の事かな?」
「熱愛は否定しますが、まぁ、そういう所です」
「OK。 分からない」
 もう一度つんのめった。
「え? ほら、少しくらいは何かあるんじゃないんですか!?」
「NONONO.何も無いんだよ。そもそも彼女がクロスロードを訪れるのは恐らく2度目、多くとも3度目だ。
 天下の名探偵も遠方からの名も無い旅行者を一人ひとりチェックはしてないさ」
 そう言われてしまえば納得するしかない。
「調べてもらう事は?」
「NO Problemだ。But……」
 彼は膝に突いて組まれた腕に顎を乗せ、身を乗り出す。
「流石に異世界まで出向いて調査するのはリスクが大きすぎる。料金も安くは無い」
「……まぁ、そうなりますよね」
「そこで、だ」
 ヨンの合いの手を待っていたかのように彼は続ける。
「僕から君に依頼しよう。彼女の情報を集めてくれないか?」
「え?」
 それでは全くの逆だ。彼がそう口にし掛けたとき、彼はチッチッチと人差し指を振った。
「Naturally タダとは言わない。そうだねぇ……君と『V』様の関係を誰にも売らない。というのはどうだろうか?」
 人探しに措いてはクロスロード一と言われる彼に誰がいつ聞きに来るかはわかったものではない。
 あるいは噂を聞いた『彼女』が今日にでも訪れるかもしれないのだ。
 そう考えれば魅力的な提案とも言えなくも無いが……一方で触らぬ神に自分から近づく事にもなる。
「別にこれは脅しではなくただの交渉だよ? むしろ君が積極的に情報を集めている間はどんなにお金を詰まれても僕は喋らないし、充分な情報を集めればそれは永遠の約束になるんだから君の方が実利が高い。
 例えば、どこかの悪の首領とかが耳にすると厄介じゃないかな?」
 ぐ、と息を喉に詰まらせる。
「OK。即決する必要は無い。充分に悩んで決めたまえ。君が決める間もサービスしよう」
 総合的に見れば悪いだけの話ではない。
 だが、にこやかに笑う彼を恨めしく見上げながら、ヨンは重々しく溜息をついた。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「無いですね情報」
 アフロを蠢かせながらそのオマケが呟く。もとい、ピートリーは呟く。
 他の面々が調べたとおり、依頼人は『行者』でそもそもクロスロードでの行動履歴がほとんど無い。これで怪しいかどうかを調べるのは簡単な話ではない。
「問題を起こしてるわけでもありませんし。怪しいわけでもないでしょう」
 彼はそう結論つけると探偵事務所から出てきたヨンの姿を見る。きょろきょろと周囲を警戒しているが、彼はカーターをつけさせているので視界内には入っていない。100mの壁はあるので近くには居るのだが。
 すっと近付き
「闘技場で君と握手!」
 バックブローを間一髪でかわして、そのまま崩した体勢をもどせずにごろんと転がった。
「あ、危ないですね!」
「……」
 目付きが剣呑だ。ちょっとまずいかなぁと思いつつ立ち上がる。
「こんにちわ。いい天気ですね!」
「話があります」
「奇遇ですな。私もです」
 ぐいと白衣を掴んでずるずると路地裏へ。「あれ? 歩けますよ?」と声を掛けるが、返事は無い。
 やがて奥まったところまで来るとくるりとピートリーに向き直った。
「正体をバラすのだけは勘弁してください!」
 切実な願いに「やーやー、当たり前じゃないですか」とうそ臭い笑みを浮かべるピートリー。
「本当ですか?」
「本当ですよ。私とヨンさんの仲じゃないですか」
 なんてうそ臭い台詞まで付け加えた。
「でも、あの調子だと見つかるまで探すんじゃないですか?」
「……そ、そうかもしれませんが」
「だったらほら。さっさと目の前に現れて、握手の一つでもしたほうが話が早いと思いますけどね」
 相手は『行者』だ。延々付き纏われる危険性は(今のところ)低い。
「ばれてる人にはばれてるわけですし。ここは深く事情を探られる前にどーんと」
「む……う……」
 同じ立場のはずなのにと恨めしげにしつつも、その案も一理あると黙考。
「何だったら、もう一回ヒーローショウやります?」
「それは結構です」
「えー」
 残念そうなアフロをぶん殴っても良いかなぁと脳裏にちらつかせて先ほどのアドウィックの提案を含めて考える。
 さて、何が最良の手段だろうか……

 同じくヒーローショウもどきを考慮に入れている誰かの事を知らぬ身のヨンは薄暗い路地裏で思案に暮れるのだった。

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どーん。総合GMの神衣舞です。
みんな。ただの人探しに注意深すぎやしないかい?(満面の笑顔
……ほ、ほら。うん。ただの人探し人探し☆
さて次回のヨンさんの判断でルートが分かれるかもしれませんな。
依頼人が『行者』で目立った犯歴無しというのは関わってる人の共通認識でOKです。
場合によっては彼女がウォーミングアップを始めるわけですが……
では、次のリアクションを宜しくお願いします。うひひ。
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