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【inv10】『愛しさの行き先と』
愛しさの行く先と
(2010/11/05)
「画像検索ですか?」
 すっかり顔なじみになったカグラザカ新聞社のモモが難しそうな顔をする。
「一応そういうソフトはありますけど……そもそもウチはリサーチ会社でもなんでもないですからデータ数が圧倒的に足りませんよ。
 ストックしている人物データなんて有名な店舗の関係者とか、賞金首とかそのあたりですよ」
 言いながら提示されたアンゼリナの顔写真をスキャナにかけてモニターに表示、検索に掛けてみるものの結果はスカのようである。
「ダメか」
「そもそもウチは『見た目はあてにならない』って考えてます。
 色々気遣いはしていてもクロスロードは人間型に向いた街ですから、変身している人も少なくないですし、見た目が定形で無い人も居ますからねぇ」
 そう言われてしまうとエディは渋面を作らざるを得ない。魔術による幻影や変身。科学による特殊メイクから整形技術。更には良く分からない能力を持つ妖怪など等、確かに見た目が宛てにならないと言われると納得してしまう。
「もっとも、『基本的な形』という概念もありますから余程の理由が無い限りコロコロと姿を変えないと思いますけど」
「何だそれは?」
「『存在は他者に認識されて始めて成立する』とかいう話で、人間型に変身する人でも『固有の形』を決めてしまう場合が多いんです。不定形だと自我が揺らぎやすいとか、良く分からないんですけどね」
「……何かやらかしてココのデータに載ってるようなヤツなら引っかかる可能性はあった。という意味で捉えればいいか?」
「はい。そういう事ですね」
 モモは写真を返しながら頷く。
「ちなみに、知ってればで良いんだが。
 例えば俺が一回もとの世界に帰って、またこっちに来た時に別人として街に入れるか知っているか?」
「確か出来ないはずです」
 モモはさらりと応じる。
「今の変身の話に繋がりますが、どんな姿に変身しても───例えばドッペルゲンガーでも他人のPBは使えないそうなんです。
 つまりPBの支給を受けた際に過去にこの世界に来てPBの支給を受けた事がばれてしまうらしいんですよ」
「……どういう原理だ?」
「不明です。というかPBシステムが成立している最大のポイントで一番のブラックボックスですね。
 図書館の人たちは『精神の形』を識別方法にしているって考えているみたいですけど」
「魂ってヤツか?」
「どうも魂という言葉をあえて使ってないようですが解釈的には良いのではないでしょうか。
 ともあれ、他人のフリをして新たにPBの支給を受けたという話は聞いた事が無いですね」
「PBの支給を受けずにこの街へ入ることは可能なんだよな?」
「可能です。『扉の園』には壁が張り巡らされているわけでもありませんし、例え入市管理所前をスルーしても法律の無いこの街で罰則はありません。
 ただPB無しでは買い物一つまともにできませんし、故郷の世界での犯歴なんて関係ないのですからPBの支給を受けない理由が無いんですよね。
 管理組合が止めるとすれば種族的にヤバイ毒とかばら撒いて歩くような人の場合くらいでしょうね」
 可能だが、わざわざそうする必要性が無いという事だ。
「ともあれ、助かったよ」
「いえいえ、この程度であれば。
 ……一つ追加で言えばPBのテクノロジについては管理組合は一切応じません。当然ですけどね」
 この話が正しければトルネルロ・アンゼンリナの来訪記録については間違いと考えるのは難しいだろう。ありえるとすればPBを申請せずにクロスロードに入った事があるかどうかくらいである。
 エディは地固めの情報を頭でこね回しながら新聞社を後にした。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「お受けする前に聞きたい事があるんですが」
 翌日。アドウィック探偵事務所に再訪問したヨンはにこやかに出迎えた探偵を見据える。
「何故、依頼人トルネルロ・アンゼンリナの情報を集めたいのですか?」
「It’s Easy。楽しそうだからさ」 
 何事もない様に酷い発言をアドウィックは楽しげに述べた。
「た、楽しそうというのは?」
「ドラマティックじゃないかい? 追われるほうが追うという展開」
「冗談ですよね?」
 笑顔に影が差すと探偵は少し慌てた素振りを見せて
「OKOK。冗談だよ、ミスタ.ヴァンパイア。
 勘ではあるんだがね。少し気になって調べたいと思っていたんだ」
 うそ臭い笑みを浮かべると彼は姿勢を正した。
「気になるというのは?」
「言葉通りの意味さ。ああ、安心してくれ。これはLOVEではない」
 誰もそんなことは言ってないと呆れた視線を送ると「そういう展開も情熱的ではあるがね」と楽しそうに笑う。
「そこでクールな背中を見せて去るのが探偵と言う物だろう?」
「……は、はぁ……」
 コトリと小さな音と共に紅茶が差し出される。無口なメイドさんが一礼して壁際まで下がった。この前から気になってるけどこの人は何なのだろう。
「探偵の勘さ。これを信じて疑わない事、そして疑って掛かることが一流の探偵であるということさ」
「疑わないのに疑うんですか?」
「感づくという事はきっとそこに何かがあるんだ。その『何か』がある事を疑わず、しかし目に見えない事を疑うのさ」
 精神論に聞こえるが、一応これでもクロスロードで名の知れた探し屋(自称探偵)だ。それなりに価値のある言葉なのだろう。
「ええと、じゃあ彼女についての情報って何かありますか? 出身世界とか」
「ああ。世界コード00017572だったかな。文明タイプは魔法系だ」
「同じ世界の人って居ますかね?」
「居るよ」
 あまり期待していなかった問いに感触があり、ヨンは顔を上げる。というのも殆どの世界で『異世界への行き来』は超常現象、または不可能現象と認識されているため、1つの世界で10人以上ターミナルに来ているという可能性は極めて低いのだ。
 自分で聞いておきながら少し驚いて探偵の顔を見ると────とても楽しそうな笑みがそこにあった。
 聞くべきじゃない気がする。探偵が言うところの『勘』をまざまざと体験しつつ、アドウィックの口がゆっくりと動くのを見た。
「ディアナ・カームズヴェルトって子さ」
 名前に心当たりは無い。
「君がとっても良く知る人物だよ」
 とりあえずヨンが理解した事。
 それはこの取引が探偵の勘だけで始められた事ではないという事実だった。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あぁ……」
 なにやらキラキラした目で巨大建築物を見上げていた。まるでそれそのものが信仰の対象であるかのように、彼女は胸の前で手を合わせ、熱っぽい吐息を漏らす。
「えーっと、入りましょうか?」
「あ、はい!」
 トゥタールの声にアンゼリナが大きな声で返事をする。明らかにオーバーアクションで、周囲が何事かとこちらを見ている。
 二人が居るのはコロッセオの正面玄関だ。今日も何かの試合があるらしく人通りがある。本当の意味での異種格闘技戦が見られるここは観光者には大人気のスポットである。そのため最近では入市管理所から直通のバスが出ているらしい。
「そういえばここには良く来るのですか?」
 入り口を潜ると広いロビーに飲食店のブースやお土産屋、賭けのレートが表示されたブースなどと色々な物がひしめき合い、賑やかだ。
「いえ。今日で3回目です」
「え?」
「最初に来た1回と、今回こちらに来てすぐに訪れたのが2回目。今が3回目ですね」
「アンゼリナさんてクロスロードに住んでいるのではないのですか?」
「いえ。『行者』と言うんでしょうか。この世界に来るのは2回目ですよ」
 にこやかに応じる声に嘘や隠し事の気配は無い。無論隠しているだけの可能性もあるが。
「んー……とにかくV様について聞いてみますか」
 トゥタールが向かったのは勝敗の賭けをやっているブースだ。対戦リストを集めているだろうここが一番情報を持っているだろうとの判断だ。
「『V』? ああ、あいつなぁ」
 声を賭けられたゴブリン系の妖魔種の男は顎をさすりながら
「アイツは選手じゃないからなぁ。でも試合に出ればオッズが踊りそうで面白いんだが」
「あれ? でもここで戦ってたんですよね?」
「あれはイベントステージだったからなぁ」
「そうですよ?」
 アンゼリナが横合いから言葉を挟む。
「確か試合と試合の間のステージに悪い人たちが乗り込んできて、占拠しちゃったんです」
「そうそう。で、そいつを止めるためにVってヤツが飛び込んで来たって話だ」
 あれ? とトゥタールは二人の表情を見る。
 ゴブリンの方は「そういう設定のステージだ」と語っているようで、一方のアンゼリナは「そういう事件だ」という感じである。
「更に悪い人達が出てきて大規模魔術を形成して、大騒ぎでした」
「律法の翼の過激派連中の事だな。ったく、ケイオスシティで儀式級大規模浄化神術なんざ使いやがったからなぁ。主犯は逃亡中らしいが」
 イベントステージの側面を持つ以上正邪の比率はそれほど偏っているわけではないが、それでもケイオスタウンにある事は変わりない。神聖系の術に弱い種族も大勢居る。
「まともに発動していたら闘技場の結界をブチ破っていたらしいからなぁ。中立から聖寄りの連中はともかく俺なんかも火傷じゃ済まなかったところだ。人騒がせにも程がある」
「発動しなかったのですか?」
「『V』様が見事止めたのです!」
 熱の篭った言葉でアンゼリナ。ゴブリンの方は「あれ? そうだっけかな?」と小首を捻っている。
「えーっと、詰まる所『V』さんの居場所は分からない、と」
「ああ。登場したのはあの一回きりだしな。
 ……もしアポイントメントを取りたいならここに行ってみると良い」
 言って差し出した名刺には『悪の秘密結社 ダイアクトー事務所』の名前。
「……あれ? えーっと。敵だった人達ですよね?」
「なに、行って見れば分かる」
 そろそろ休憩は終わりとばかりに彼はひらひらと手を振ってブースに戻ってしまった。
 さて、どうしたものか。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ある程度裏がとれて安全だと判断したらヨンさんをおちょくって遊びたいところですねぇ」
 本人に聞かれたら笑い事じゃ済まない事を呟きつつアフロはポップコーンを口に投げ込んだ。形的に共感を得たのかどうかは定かではない。
 彼が遠目に見るのはトゥタールとアンゼリナの二人である。人ごみに忍ばせたカーターからの情報によるとどうやら前回のイベントの話を聞いているらしい。
「純粋な一目惚れなんでしょうかね」 
 からかうにしても、その結果大惨事を招くのは彼の流儀ではない。下準備としていろいろと調べてみたが、それと言って気になる情報は出てこなかった。
 ただ言える事は
「残念な人なんでしょうか」
 ちなみに近くを通る子供が「あー、アフロ博士だー」と指差しているが軽くスルー。あの事件は闘技場ではある意味伝説である。一歩間違えば大量の死傷者が出る可能性があったのだから無理も無い。闘技場に居れば嫌でも彼は目立つ。……どこでも目立つが。
 それはともかくどうも彼女はショウをショウとして見ていなかった可能性が高い。実際、ダイアクトー三世もショウと理解しないままのガチバトルだったし、律法の翼が乱入してからは間違いなく事件ではあった。
「アフロ博士、サイン頂戴!」
「はっはっは、ボウヤ。私は彼のようなクールな人間ではありませんよ」
 クールを気取ってそんな答えを返すと、親だろうか、女性が首を横に振りつつ子供を連れて行った。
「しかし、私はともかくV様の正体はバレバレですからね。仕方ない、茶番の用意を提案してあげましょう」
 一人そんな事を呟いて。
 ────ふと、彼らを見つめるもう一つの姿に気付く。
「おや? あれは……」
 すぐに人ごみに紛れてしまったが。確か自分達の前に交渉役として現れた男だ。と、すれば────?
「ふむ」
 アフロは一つ鼻を鳴らし、自分がやるべき事を考え始めた。
 周囲の「アフロ博士また出るのか?」という言葉の群れは彼の耳には見事に届かなかった事を追記する。

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 みんな。何か発生した後のことを気にしすぎだよ!
 そんな悲しみを抱いています神衣舞です。私が何も無いようなシナリオをするはずがないとか言われてしまった。あふん。
 というわけでそろそろクライマックスを見据えて動き出しましょう。
 ……前にも言いましたがシナリオ発生時はかなり白紙です。
 皆さんの行動で登場NPCが黒くなったり白くなったりするんですよ?
 ホントホント。
 というわけで次回リアクションを宜しくお願いします。
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