「ちょっと!」
ようやく晴れた煙幕の中心で、超不機嫌な赤髪の少女が背後に立つ黒服に声を掛ける。
「は、なんでしょうか、お嬢様」
「なんでしょうか、じゃないわよ。何であの女が居るのよ!?」
直立不動のままダラダラと冷や汗をたらす黒服。
「何でと言われましても」
「それに、お前。あたしにこっちに行くなって言ってたわね?」
「……お嬢様が覚えてたなんて!?」
振り向きざまに裏拳を腹部に叩き込み、壁まで2mの巨体を吹き飛ばす。
「何か言った?」
可愛らしい笑みだが、こめかみに青筋が浮いている。
「あ、いえ。ほ、ほら、今日の占いでこちらの方向は良くない事が起きると言われまして……」
「じゃあ知らなかったって言うのね?」
「え、ええ、まぁ」
「リリースしても良いのね?」
「すみません、知ってました」
即、土下座する黒服。
「ったく……わずらわしいわね。あの女の目的は何?」
「そこはマジで知りません。耳に挟んだ程度の事柄だと気に入った誰かの追っかけをしてるだとか」
「……」
はぁ?と胡乱げな顔をされても黒服には何の言葉も返せない。
「追うわよ」
「え? いや、止めときましょうよ!」
「うっさい! 招集掛けなさい!」
だんと踏んだ地団太で石畳が粉砕されるのを見た黒服は、もう止まらないなぁと深いため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ひとしきり走った後、V様ことヨンとアンゼンリナはニュートラルロードに出ていた。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょうか」
結構な距離をかなりの速度で走ったが彼女は息を切らした様子も無い。手を握った感じでは武人でなく術師として杖を持つ者と感じたのでもしかすると何かしらの術で自身を強化したのかもしれない。
「びっくりしましたね。何だったんでしょうか?」
「ええ、まぁ、この街じゃ比較的良くある事ですし」
わりかし嘘でもない事を言いつつ彼は頭を整理。周囲にアフロの影は無く、トゥタールもいつの間にか居ない。とは言えアフロの方が恐らく煙幕の犯人なので例の使い魔を使ってこちらを覗いているに違いない。
「アンゼンリナさん」
「はい?」
「デートしましょう、折角なので」
ぽかんとした顔を見て、何かまずったかと焦りが生まれる。しかしすぐにそれは堪えきれない笑みへと変わり
「喜んで」
彼女はそう微笑んだのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「というわけで、デートだそうです」
イヤーフォンごしの声を横へ。ハンディサイズのディスプレイをトゥタールは覗き込む。
「良い展開ですね」
「まったくです」
『良い』の理由が若干違うのだが、お互いそこに突っ込む事はない。
「それはそうとして」
くるりと首を巡らせると、黒タイツ集団がぞろぞろとやる気無く歩いていく。アフロに気付いた一人が軽く手を挙げてそのまま地獄に墜ちろのハンドサイン。
「人気者ですね」
「はっはっは。冤罪なんですがね」
過程は事故だし結果は人助けである。だがそんな細けぇ事は彼らには関係ないのだ。
「彼らが本格的に動き出してますね。こっちをスルーしているって事は本気では手を出さないとは思いますが……
中には本気で探している人たちも居るでしょうねぇ」
なにしろファンクラブみたいな物ですからと、ひしひしと注がれる殺気にビクビクしつつも平静を保ってみる。
「そこで相談がある」
ぬっと現れた黒服に二人はばっと飛び退いて戦闘体勢。しかし黒服は「わるいわるい」と適当に謝ってこっちに来いと手招きをする。先ほどの黒服とは別の黒服だ。
「お嬢の号令でVとおく……アンゼンリナ様の捜索が開始されているのは見ての通りだ」
「おく?」
言いかけた言葉をトゥタールが追求するも黒服は知らん顔で話を続ける。
「積極的に追いかけるつもりは我々にはないが、これだけ動き回って見つけられないというのも我々の立場的に宜しくない。
そこで相談だ。2回ほど遭遇イベントを起こす。上手く逃げてくれ」
「上手くって……まぁ、タイミングとシチュエーションがはっきりしていれば用意もできますか」
「しかし、ヒーローが逃げても良いんですか?」
トゥタールのもっともな物言いに「それもそうですねぇ」と顎を撫でる。
「それは簡単だろう。ここは俺に任せてなんて言えば」
「……。ええと、それは誰の台詞ですか?」
「……」
「……」
視線というか死線集中。
「ちょ、おまっ!?」
「まぁ、シチュエーションが分かっていれば何とかなると言っていましたしね」
「我々も協力するからぜひ頑張っていただきたい」
「方針転換ですよ。ほら、ヒーローは背中を見せてはいけない!」
「はいはい。アフロ博士もヒーローですからね」
「頑張ってくれ」
「いーーーーーーーーーやーーーーーーーーーー!!」
一定以上ヨン達と離れてしまうと映像を受信できなくなってしまうので、ぐずるアフロを二人で引きずりつつこれからのことの相談を始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「面白い街ですよね」
ケイオスタウン側の双子神殿を見上げてアンゼンリナは目を細める。神職にある彼女にとって魔サイドにあるはずの神殿が『双子』の名の通り聖サイドにある神殿と同じ形である事に思うところがあるのだろう。
実際これを見た聖職者の反応は様々だ。彼女のように感慨深く見つめる者も居れば怒り狂う者も居る。苦々しい顔をする者もそのバリエーションは豊富である。
「聖と魔は表裏一体。種族的特徴や生活、歴史の差異がそれらを隔てる。一度隔ててしまえばあとは意地のぶつけ合いです。
だから隔てない。無茶な街ですよね」
そこにはどこかしら羨望の色が垣間見える。
「あら、デートの最中にはそぐわない言葉でしたね」
「あ、いえ」
「うふふ。次はどこに案内していただけるんですか?」
「え、あ、じゃあ」
「見つけたわ!」
聞き覚えのある声が響き渡る。はっとしたときには周囲には黒タイツが十重と囲んでいる。
「ふっふっふ。正義のヒーロー『V』と、そのオマケ! 特にオマケ! ここで消えてもらうわ!」
やや唖然としつつ強調して『オマケ』と呼ばれたアンゼンリナを見ると、彼女は楽しそうにちょっと高いところからびしりと指差してくる仮面の少女を見上げていた。
「あら、私貴女に怨まれるようなことしたかしら?」
「うっさい、オマケ! 我が宿敵……V。そうそう、V! そいつの近くに居るから同罪よ!」
宿敵の名前を黒服から耳打ちされてるあたりどうかと思う。
「覚悟しなさい!」
「あぶなあああああーーーーーい!」
ミサイルらしき物がいきなり飛来してヨンの足元に着弾する。
噴出すのは七色の煙幕だ。
「Vさん、逃げてぇええええ!」
その中からずもももと現れたのは以前闘技場でお目見えした(がらくた)ロボットである。
「逃げてって、人の足元に何撃ち込んでるんですか!!」
「うっせぇ、こっちは命がけなんだよっ!」
なんかテンパってキレてるアフロ博士が涙目で叫ぶ。
「……ふっ……みぃつぅけぇたぁああ!」
そこには確かに悪鬼羅刹が居た。
「……セカンドリミットリリース」
その声を聞くだけで魂まで縮みあがりそうな、呟き。
まるで空気が震えるような、いや、実際震えあがった大気がズンと啼く。
「あ、アフロ博士逃げてっ!?」
ヨンの声が響くか響かないかの瞬間、ダイアクトー三世はアフロ博士の目の前に飛翔していた。その腕は大きく引き絞られて、まるで発射を待つバリスタのようだ。
「ひぃっ!?」
慌てて腕で防ごうとするアフロ博士の腕と頭が
ずぅぉおおおん!
周囲の大気、煙幕と共にその速度に巻き込まれ、爆散した。
「あ、アフロ博士っ!?」
ヨンの引き絞るような声。
────が、
「わきゃっ!?」
続いて響いたのはダイアクトー三世の間抜けな声。彼女の体は煙幕を突き抜けてそのままその先のビルに激突し、壁をぶち破って行った。
「い、今のは?」
「映写機での投影だそうです。早く逃げて」
いつの間にか現れたトゥタールの声に、わけもわからず頷いたヨンはダイアクトーが突っ込んだあたりを見上げているアンゼンリナの手を引っ張ってその場を後にする。
「ぬがああーーーーーーーーーーーーー!!!」
ぼごんという酷い音がして割れた壁からダイアクトーが復活。
「ダイアクトー様、奴らはあちらへ逃げました!」
「絶対ぶっ殺す!!」
その声を出したのが誰かも確認しないまま示された方向へ爆走するダイアクトー三世を見送って、トゥタールは視線を横の路地へ。
「行きましたよ?」
「腰が抜けたんじゃないんだからね!」
その視線の先で、防御しようとしたその体勢のまま転んだアフロ博士がそんなよくわからないセリフを脂汗だらだら流しながら吐いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
なんだかんだで夕暮れ。
「面白かったです。本当にありがとうございました」
満面の笑みを浮かべる少女が赤く染まるサンロードリバーから視線を移し、頭を下げる。
「いえ、大したおもてなしもできず」
慌てて応じるヨンはコホンと咳払い一つして照れ笑いを浮かべる。
あれからもう一度ダイアクトー三世と遭遇したのだが、なんか妙なテンションになったアフロ博士が妙な事を喚きながら連れ去ってしまったのでデート自体は比較的穏やかに終了を迎えようとしている。
「またこちらに来た時に、ご一緒させてもらって良いですか?」
「……ええ、喜んで」
紳士らしい恭しい礼をするVにアンゼンリナはクスクスと笑みをこぼした。
「もう逃がさないわよ……!」
後はお別れだけ。
そんな空気を切り裂くのは怒りを凝縮しすぎて冷めきった声だった。
「っ!」
「あら?」
ゆっくりと近づいてくる小柄な影。その周囲はまるで陽炎のように揺らいでいる。
「あのアフロ博士を燻り出す餌になってもらうわよ。ヒーローのなんとか!」
「お。覚えて欲しいような欲しくないようなっ!?」
とにかく不味い。フラストレーションが溜まりまくっているのは間違いない。しかもここは橋の上だ。昼に見た彼女の速度から流水の上が未だ克服できないヨンが逃げられる可能性が見いだせない。
「生きてれば良いのよね。うん。そうよね?」
「ちょ、まっ!?」
その陽炎の向こうでトゥタールの姿が見えた。
X
手がそんな形を作る。つまり『援護は無理』と言う意味。
「お、落ち着いてください、ダイアクトーさん。ほ、ほら。アフロ博士の居場所でしたら……」
「ふふ、駄目ですよV様。ヒーローは堂々としてください」
すっと、ヨンの前に出て行くアンゼンリナ。
「……あんたごとブチ殺す」
「この世界は良いですよね」
「サードリミット────」
────七つの罪業は別たれて共にありき
ダイアクトーの周囲でガギンという音が響き渡り、周囲の通行人が何事かと振り返る。
「この世界となら貴女と対等にやりあえそうです」
「っ!!!!!」
「え? ええ?」
置いていかれたヨンが誰か説明してと視線を彷徨わせるが、誰が応じられるのか。
「何が対等よ! アンタが変な事さえしなければ!!」
「アンタ、なんて悲しいですよ? お母さんに向かって」
……
ヨンとトゥタールがぽかんとし、周囲の親衛隊も視線を二人の顔で行き来させる。黒服だけがどうしたものかと困ったように天を見上げていた。
「お、お母さん?」
「あら、でも私乙女ですよ?」
ヨンに向かってにこりと微笑むアンゼンリナ。
「あの子の母親ではありますが、一応聖職者でもありますし。引退するまでは清らかでないと」
「……ええと、それじゃ。継母とか、そういうことですか?」
「いえ。あの子は私が産んだ子ですよ?」
アンゼンリナはさらりと言ってぎりぎりと歯ぎしりの音を響かせる少女に微笑む。ダイアクトー三世は10歳かそこら。一方のアンゼンリナはどんなに若づくりでも20代に達していそうにない。
「実は長命種とか……?」
「あら、気になりますか?」
「いえ、まぁほら」
流石に予想の斜め上過ぎたせいですとは言えず口籠ると、彼女の背後に拳を握りしめて迫るダイアクトー三世の姿。
「あ、あぶないっ!」
「大丈夫ですよ?」
振り返りもせず、彼女は何時の間にか手にしていた杖を背の方へ伸ばすと
「ふげっ!?」
その杖の先に自分から突っ込む事になったダイアクトー三世がガゴンと良い音を立てて後ろに転がる。どうやら仮面にぶつかったらしい。
「1つも開放してないあの子に負けはしません」
「い、いや……」
確か前の闘技場の時にはリリースなしでもすごいパワーを見せていた気がする。
「もう。この子ったらせっかく様子を見に来た母親に暴力を振るおうだなんて」
「誰が母親よ! って言うかあたしはダイアクトー三世なんだからあんたなんて知らない!」
「……ああ、そういう設定だったわね! じゃあどこの誰だか知らない子はお母さんに暴力なんて振るって良いと思ってるの!」
真面目に説教しているらしいが発言がメタメタな上に何と言うか、迫力が無い。
「うっさい!」
「もう。仕方ないわね」
────我と汝繋ぐ戒めにて空に月を求めよ
その詠唱にダイアクトー三世はあからさまな狼狽を見せ────
「え、えっと?」
まるで時でも止められたかのように動かなくなった。
「ふふ。とんだラストになってしまいましたね」
そんなのはどうでも良いとばかりにアンゼンリナはヨンに向き直るとにこりと笑顔。
事態を掴めないヨンは少女と、その背後で硬直した幼女を交互に見るばかりだ。
「今日は楽しかったです。また来る機会があれば、お誘いお願いします。V様」
スカートの裾をつまみあげ、優雅に礼をする少女。それからとんと一歩近寄ると
「それまで、あの子と遊んであげてくださいね」
そう言って、彼女は橋の向こう側へ向けてゆっくりと歩いて行ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「つまりですね」
二日後。とある喫茶店で合流したヨン、トゥタールはなんだかボロボロの黒服を前にしていた。
「奥方様、つまりアンゼンリナ様はとある魔族の力だけを体内に取り込み、子供として産んだんです」
「それがダイアクトー三世、と?」
トゥタールの言葉に黒服は頷く。
「詳細は機密なので省きますが、お嬢様が全力を出せないのは奥方様が産んだ事と、その時に施した封印が原因です。
特殊な法則のあるこのクロスロードでは奥方様は正真正銘お嬢様の天敵ですね」
所謂処女懐妊というやつだということだ。そして彼女がそこまでして力を奪った魔族というのはどれほどの相手なのか。
「で、まぁ。形式上旦那様───その『とある魔族』と婚姻を結ぶ事で聖魔の諍いを強制的に止め、そしてお嬢様はこちらに『留学』されることになったのです」
「……ダイアクトー三世って何歳なんですか?」
トゥタールの問いに黒服は「見たとおりです」と応じる。
「無論、アンゼンリナ様も純粋な人間種。見たとおりの年齢です」
「それは────」
どういう経緯があったのか想像もつかないが、壮絶な事だったのだろう。
「力が全ての魔族ですから、封印を受けているお嬢様は何かと恨んでいらっしゃるのですが。奥方様はあの調子でして」
「じゃあ、こちらに来た理由というのは」
「娘の顔を見るため、でしょうね」
沈黙が舞い降りる。
「……その魔族さんというのは?」
「……お答えできません。あるいは、いつかはあなた方にお話しするときが来るかもしれません。
しかし私達としてはそうなる日が来ない事を節に願うばかりです」
「ダイアクトーさんは、本当に彼女が憎いのでしょうか?」
話は終わりと立ち上がる黒服が動きを止める。
サングラスに隠された目を見ることはできないが、口元にはどこかこそばゆいような、そしてそれを隠そうとするような微妙な笑み。
「お答えしかねます」
それではと一礼して男は去っていく。
その大柄な背中を見送り、ヨンは「遊んであげてください」という言葉をどうとらえたものかと思考を巡らせるのだった。
で。
「ふっふっふ」
一方。とあるベッドの上でアフロが不気味な笑みを浮かべていた。
「大丈夫かい?」
中年の医者の問いかけに「大丈夫ですよ。ほら、ぴんぴんしてます」と応じ───「ぐわぎゃっ」ようとして悲鳴を上げる。
2日前。
アフロは逃げた。そりゃあもう全力で逃げた。
なりふり構わず襲い来る小さな悪魔からそりゃあもう何もかもを吐き出す思いで逃げまくった。
その結果。
「まぁ、全身筋肉痛はさておき、転んだりぶつけたりの打撲は3日もすれば引くから、おとなしくしておくんだね」
「……はっはっは。はぁ」
おっかしいなー。傍観者のはずだったのになーと哀愁漂わせる声を漏らして、彼は白い天井を見上げるのだった。
ちなみに、ビデオは気合いで編集したとかなんとか。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで愛しさの行き先と、はこれにて終幕となります。
ども、神衣舞です。わはー。
正直に言います。第五回書き終えた時点で『母親設定』なんて微塵もありませんでした☆
……いやほら。思いついちゃったんだから仕方ないじゃないか!
もうなんていうか、ニヤニヤしすぎてさ。最初は後でネタばらしの時に「こういうのも考えた」って言うだけのつもりだったんだけどなんかしっくりきすぎてもうね?w
ちなみに彼女の証言通り、彼女自身は乙女です。力だけを受け入れて子供という形に作り替えるという荒技を10にも満たない年でやってのけ、その時に死に瀕したせいか世界最高峰の術師としての能力を手に入れてしまった人です。
まぁ、そのせいか何事にも動じないし、某魔族さんを形式的に旦那にしています。形式と言いつつも結構ラブラブで、早く教皇やめて本当にラブラブになりたいって考えてたり。
見ての通り彼女はダイアクトー三世を嫌ってなど居ません。なのにどうして彼女は一人この世界に居るのか。
それはまた別のお話で。
とにもかくにもお疲れさまでした☆