「あり得ない……」
彼は呆然と呟いた。
いつもも通りの日常。仕事を探すためにPBに探索者募集の案内を確認した事で彼の苦悩は始まる。
それは一度きりの悪ノリのはずだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ」
トゥタールは正面に座る女性の姿をしげしげと見た。
外見的には人間種。白い肌をプラチナブロンドの緩いウェーブが流れている。ぱっちりとした目は黄金色を宿しており、小さな唇はサクラのような淡い赤を示している。
一言で言って美人だ。町を歩けば男が振り返り、声を掛けられる事だろう。
「それで、『V』という方を探していると?」
「はい。V様をどうか見つけてください」
鈴を転がすような声。その懇願は表裏無く真摯。
「で。そのVって何者なのですか?」
「正義のヒーローです」
トゥタールは3秒ほど固まった。しかしそれを気にもせず女性は続ける。
「舞台に颯爽と舞い降りた正義のヒーロー。それがあの人でした。獣のような動きで悪人をばったばったと打ち倒す姿は神々しく────」
サーガでも歌うように、否、それは神に捧げる讃美歌のように彼女は恍惚とした瞳と上気した頬を携えて言葉を続けていく。
その間に復帰したトゥタールは笑顔を取り繕ってぐりぐりとこめかみをマッサージ。
「ええと、Vさんてクロスロードに住んでいるんですか?」
「え? コホン。あ、はい。それは実は分からないのです」
「……」
この地に住み着く来訪者では無く、商売や観光を目的とした一時的な来訪者の数は少なくない。
「ではどこでお会いに?」
「コロッセオです」
コロッセオといえばケイオスタウンにある闘技場の事だ。定期的に色々なトーナメントが開催され、人々を熱狂させている。探索者としての仕事を請けずコロッセオで稼ぎを得る者も少なからず居て、彼らのことを『剣闘士』と総称するらしい。ちなみに獲物は関係ないんだとか。
「じゃあ剣闘士ってこと?」
「いえ、彼は無法を働きコロッセオを襲撃した悪の組織に立ちはだかり、正義を示したのです」
もう一度頭の中を整理。どうもこの娘、頭の中に何か気持ちの良いモノを飼っている気がする。
コロッセオは元の思想はどうであれ今は競技場としての面が強い。中には殺し合いのバトルもあるらしいのだがそれはほんの僅かなカードだ。
「悪役と善役という設定でのショウでしょうか」
試合と試合の間を繋ぐためのショウがあるという話は聞いた事がある。しかしこのキラキラした目で語る少女の口ぶりだとそんな雰囲気ではないのだが。
「名前と、それから『正義のヒーロー』以外に手がかりは無いのですか?」
「はい……。あとはお供に連れていた……あふろ?博士という方が手がかりと言えば手がかりでしょうが……
彼の姿も未だ掴めず……」
ん?と思う。 あふろ。とてもアレな響きはどこかで聞いた事があるというか。
「アフロですか」
「心当たりが?」
十万人を擁するクロスロードにアフロヘアーの人がたった一人とは思わないが。
『アフロ』で『博士』を名乗りそうな人間?なら少しだけ心に引っかかるのが居る。
「え、ええ。まぁ。ほんの少しだけ」
「本当ですかっ!」
がばっと身を乗り出し手を掴まれる。テーブルの上のコーヒーが盛大に倒れたが少女は気にする様子も無くずいと顔を近づける。
「お願いします! どうしてもV様に会いたいのです!」
「あ、いや。全力は尽くしますが、まだ可能性なので!
それから、他に思いつくことがあれば全部教えてください!」
「はい。V様の事なら幾らでも!」
まぁ、その後に聞けた事と言えば200%ほど脚色が入った天が割れたり地が裂けたりする超絶的な話だったので、彼は軽く聞き流したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何処だ……!」
彼は焦っていた。
身元がばれる可能性があるならば間違いなくあの男からに違いない。だから手が伸びる前に口止めをする必要がある。
しかしあのアフロはここ暫く姿を見ない。それならそれでも構わないのだがこのタイミングでひょっこり現れるという事になると手に負えない。
あてどなくクロスロードを巡る彼の運命は如何に─────
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「楽しい事になりそうですね」
───そう、アフロが呟いた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
キャーV様ステキー
はい、神衣舞です。リメンバーシリーズ(笑)お次は「ばとるおぶせいぎのみかた」を元にV様ファンを登場させてみました。
果たして謎の美少女の目的は! そしてV様の運命は!
そしてアフロは現れるのか!?
みんな。引っ掻き回せ(笑
ではリアクションよろしゅう。
「あら、わざわざどーも」
副組合長を調査するという依頼にて「結果報告をしなかったままだったから」という理由で『お詫び』を手にカグラザカ新聞社にやってきたエディは、ノー天気に笑う編集長の前に座っていた。
「今からでも調査報告があれば買い取りますよ。ほら、結局分かりませんでしたし?」
エディも記事はちらりと見ていたが、今回はジャブで収めたように見えた。まだ次があるということか。
「で、それだけじゃないんでしょ?」
楽しげに目を細める。まぁ、ついでに聞ければと思ったがそちらから言い出すとは思わなかった。
「……ついでで聞ければなと思ったんだがな。トルネルロ・アンゼンリナってヤツの情報があれば聞きたいなと」
「確か……『V』って人を探す依頼を出してる人でしたっけ?」
「ああ。PBで確認したら『行者』になってたんだが」
行者とはクロスロードに住居を持たない、一時的、定期的な来訪者で、主に貿易商や旅行者がこれに当たる。
彼女の名前で家を検索したところ、表示されずにそういう回答がPBから齎されていた。
「流石にウチも諜報機関じゃないですから、10万人+αの人物プロフィールは持っていませんからね。
言える事は過去、耳にするような事件は起こしていないと思いますよ」
何も確認せずにつらつらと述べる。
「暗記してるのか?」
「ある意味暗記ですかね。私の世界だとそうでない人の方が珍しいのですけど」
そう言いながらこつこつとこめかみを叩き、
「ニューロネットワークに接続するためのコンピュータを脳に埋め込むのが当たり前なんですよ」
「なるほどな。便利な話だ」
「脳に爆弾を抱えるようなものだ。って拒否する人も居ますけどね。
ブレインをハックされたりバーストされて死ぬなんて事もどんなにセキュリティを上げても起きてるわけですし」
そう言われると確かに遠慮したい気もする。
「そんな物騒な世界なのか?」
「物騒は物騒ですね。人の命はゴールドよりも安いですから。まぁ、ともあれ」
彼女はにこりと笑みを作る。
「面白い話なら買いますから、期待していますね」
「俺はブン屋になったつもりはないんだけどな」
エディは苦笑を漏らして紙コップのコーヒーを手に取った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「吟遊詩人?」
「ええ、ここに稀に来ると以前聞いたと思いまして」
首を傾げるフィルにトゥタールは言葉を添える。
「できれば紹介してもらいたいんですよ」
「何をするのか知らないけど、あの人いつ来るか分からないから」
「そうなんですか?」
まぁ、いろいろとね。と何故か言葉を濁し、中空を見上げる。
「ちなみにお名前は?」
「サラよ。フルネームはもっと長いけど」
「他の酒場を回ってるとか?」
「違うわ。そもそもクロスロードに住んでいないもの。
たまに逃げ……遊びに来るのよ」
突っ込むべきではないだろうと、トゥタールは言いかけた言葉を聞かない事にする。
「次に来るタイミングは分からない、と」
「不定期だもの」
そうなると、別の線で人を探す必要がある。
「でも、なんで急に」
「いえ、愛の語り部になっていただきたく」
頭に『?』が浮かびそうな顔でぽかんとするフィルを見て
「いや、ほら。そうやると色々と情報も湧いて出てくるかなと」
と、取り繕うが
「不特定多数の人に話を広めてもどーにもならないと思うんだけど……」
と、呆れ顔をされてしまう。
「英雄とお姫様なんて組み合わせだからサーガになるわけで……」
しかも相手は正義のヒーロー?である。詩の作り手もどう纏めていいか困るという物だ。
「詩が無くても人が噂するほどの話ならその方法も分かるけど、そういう手合いなの?」
「……それもそうですねぇ」
大仰にすれば実像から離れすぎて情報集めには向かないし、そのままにすれば笑って終わりのコメディか、ありふれた恋歌になりそうである。
「ストレートに情報収集したほうがいいと思うわよ?」
「いざという時の保険になればとも思ったんですがね」
「多分『V』探しの件でしょうけど、例えその依頼人が『V』って人を誘拐したり、トチ狂って凶行に及んだとしてもそれだけだと『それで終わり』の話よ?」
トゥタールはしばし沈黙。
クロスロードには法も警察も無い。これが連続の犯行と発展するか、誰かが多額の賞金を懸ければ話も変わるが、確かに今のままでは『それで終わり』の話なのだろう。
「『V』って言うのが『住民』なら管理組合も賞金額を上乗せしそうだけど……」
街の根幹を支える自衛能力の低い住民を積極的に狙う犯行は、住民をクロスロードから離れさせ、経済に打撃を与える行為だからという理屈である。
「違うんでしょ?」
「まぁ、住民っぽくはないですね」
正体不明ではあるが、闘技場で戦う姿と言っていたので恐らくは探索者だろうと応じる。
「他に目的があるなら別だろうけど。コスト面から考えても良い方法じゃないわよ。多分」
詩人だってそれは仕事だ。ウケの悪い演目をやるのは望むところではないだろう。
「んー、ちょっと考えて見ます」
フィルは苦笑を浮かべてカウンターへと戻っていった。その背中を見送りながら
「まぁ、派手にしたほうが面白そうというのもあるのですがね」
誰かが聞いたら大暴れしそうな事をぽつり呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「冷静になれ……別に正体を暴かれたわけじゃないんだ……」
呟き、ヨンが向かった先はアドウィック探偵事務所だ。
呼び鈴を押すと出てきたのはメイド服を着た女性だった。
「え、ええと。アドウィックさんはいらっしゃいますか?」
聞いた話によれば男性のはずだ。ヨンがそう尋ねると「ALL Right。通してあげて」と声が投げかけられる。メイドはこくりと頷いて道を開けるように脇に控えた。
「あ、こんにちわ」
「Wellcome 『V』様」
おもいっきりつんのめった。
「ちょ!?」
「はっはっは。その事だろう、ミスタ.ヴァンパイア?」
にやりとした笑みを浮かべ笑う三十がらみの男にヨンが戸惑いを見せると「まぁ、ソファーへどうぞ」とニヤニヤしながら手でシックなソファーを示す。
ここで回れ右をするのは背中に銃口を突きつけられているようで恐ろしい。
おずおずとソファーに座るとやけにシックでかつ高級感溢れる執務机から立ち上がり、ヨンの対面に座る。
「OKOK、話を聞こうか」
「私の事、誰かに話しました?」
「クライアントの情報を漏らすのは主義に反するが、幸いまだクライアントの付いていない情報だね」
回りくどい言い方だが、まだ話していないという事だろう。
「Thus? 君の聞きたい事は熱愛の彼女の事かな?」
「熱愛は否定しますが、まぁ、そういう所です」
「OK。 分からない」
もう一度つんのめった。
「え? ほら、少しくらいは何かあるんじゃないんですか!?」
「NONONO.何も無いんだよ。そもそも彼女がクロスロードを訪れるのは恐らく2度目、多くとも3度目だ。
天下の名探偵も遠方からの名も無い旅行者を一人ひとりチェックはしてないさ」
そう言われてしまえば納得するしかない。
「調べてもらう事は?」
「NO Problemだ。But……」
彼は膝に突いて組まれた腕に顎を乗せ、身を乗り出す。
「流石に異世界まで出向いて調査するのはリスクが大きすぎる。料金も安くは無い」
「……まぁ、そうなりますよね」
「そこで、だ」
ヨンの合いの手を待っていたかのように彼は続ける。
「僕から君に依頼しよう。彼女の情報を集めてくれないか?」
「え?」
それでは全くの逆だ。彼がそう口にし掛けたとき、彼はチッチッチと人差し指を振った。
「Naturally タダとは言わない。そうだねぇ……君と『V』様の関係を誰にも売らない。というのはどうだろうか?」
人探しに措いてはクロスロード一と言われる彼に誰がいつ聞きに来るかはわかったものではない。
あるいは噂を聞いた『彼女』が今日にでも訪れるかもしれないのだ。
そう考えれば魅力的な提案とも言えなくも無いが……一方で触らぬ神に自分から近づく事にもなる。
「別にこれは脅しではなくただの交渉だよ? むしろ君が積極的に情報を集めている間はどんなにお金を詰まれても僕は喋らないし、充分な情報を集めればそれは永遠の約束になるんだから君の方が実利が高い。
例えば、どこかの悪の首領とかが耳にすると厄介じゃないかな?」
ぐ、と息を喉に詰まらせる。
「OK。即決する必要は無い。充分に悩んで決めたまえ。君が決める間もサービスしよう」
総合的に見れば悪いだけの話ではない。
だが、にこやかに笑う彼を恨めしく見上げながら、ヨンは重々しく溜息をついた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「無いですね情報」
アフロを蠢かせながらそのオマケが呟く。もとい、ピートリーは呟く。
他の面々が調べたとおり、依頼人は『行者』でそもそもクロスロードでの行動履歴がほとんど無い。これで怪しいかどうかを調べるのは簡単な話ではない。
「問題を起こしてるわけでもありませんし。怪しいわけでもないでしょう」
彼はそう結論つけると探偵事務所から出てきたヨンの姿を見る。きょろきょろと周囲を警戒しているが、彼はカーターをつけさせているので視界内には入っていない。100mの壁はあるので近くには居るのだが。
すっと近付き
「闘技場で君と握手!」
バックブローを間一髪でかわして、そのまま崩した体勢をもどせずにごろんと転がった。
「あ、危ないですね!」
「……」
目付きが剣呑だ。ちょっとまずいかなぁと思いつつ立ち上がる。
「こんにちわ。いい天気ですね!」
「話があります」
「奇遇ですな。私もです」
ぐいと白衣を掴んでずるずると路地裏へ。「あれ? 歩けますよ?」と声を掛けるが、返事は無い。
やがて奥まったところまで来るとくるりとピートリーに向き直った。
「正体をバラすのだけは勘弁してください!」
切実な願いに「やーやー、当たり前じゃないですか」とうそ臭い笑みを浮かべるピートリー。
「本当ですか?」
「本当ですよ。私とヨンさんの仲じゃないですか」
なんてうそ臭い台詞まで付け加えた。
「でも、あの調子だと見つかるまで探すんじゃないですか?」
「……そ、そうかもしれませんが」
「だったらほら。さっさと目の前に現れて、握手の一つでもしたほうが話が早いと思いますけどね」
相手は『行者』だ。延々付き纏われる危険性は(今のところ)低い。
「ばれてる人にはばれてるわけですし。ここは深く事情を探られる前にどーんと」
「む……う……」
同じ立場のはずなのにと恨めしげにしつつも、その案も一理あると黙考。
「何だったら、もう一回ヒーローショウやります?」
「それは結構です」
「えー」
残念そうなアフロをぶん殴っても良いかなぁと脳裏にちらつかせて先ほどのアドウィックの提案を含めて考える。
さて、何が最良の手段だろうか……
同じくヒーローショウもどきを考慮に入れている誰かの事を知らぬ身のヨンは薄暗い路地裏で思案に暮れるのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
どーん。総合GMの神衣舞です。
みんな。ただの人探しに注意深すぎやしないかい?(満面の笑顔
……ほ、ほら。うん。ただの人探し人探し☆
さて次回のヨンさんの判断でルートが分かれるかもしれませんな。
依頼人が『行者』で目立った犯歴無しというのは関わってる人の共通認識でOKです。
場合によっては彼女がウォーミングアップを始めるわけですが……
では、次のリアクションを宜しくお願いします。うひひ。
「画像検索ですか?」
すっかり顔なじみになったカグラザカ新聞社のモモが難しそうな顔をする。
「一応そういうソフトはありますけど……そもそもウチはリサーチ会社でもなんでもないですからデータ数が圧倒的に足りませんよ。
ストックしている人物データなんて有名な店舗の関係者とか、賞金首とかそのあたりですよ」
言いながら提示されたアンゼリナの顔写真をスキャナにかけてモニターに表示、検索に掛けてみるものの結果はスカのようである。
「ダメか」
「そもそもウチは『見た目はあてにならない』って考えてます。
色々気遣いはしていてもクロスロードは人間型に向いた街ですから、変身している人も少なくないですし、見た目が定形で無い人も居ますからねぇ」
そう言われてしまうとエディは渋面を作らざるを得ない。魔術による幻影や変身。科学による特殊メイクから整形技術。更には良く分からない能力を持つ妖怪など等、確かに見た目が宛てにならないと言われると納得してしまう。
「もっとも、『基本的な形』という概念もありますから余程の理由が無い限りコロコロと姿を変えないと思いますけど」
「何だそれは?」
「『存在は他者に認識されて始めて成立する』とかいう話で、人間型に変身する人でも『固有の形』を決めてしまう場合が多いんです。不定形だと自我が揺らぎやすいとか、良く分からないんですけどね」
「……何かやらかしてココのデータに載ってるようなヤツなら引っかかる可能性はあった。という意味で捉えればいいか?」
「はい。そういう事ですね」
モモは写真を返しながら頷く。
「ちなみに、知ってればで良いんだが。
例えば俺が一回もとの世界に帰って、またこっちに来た時に別人として街に入れるか知っているか?」
「確か出来ないはずです」
モモはさらりと応じる。
「今の変身の話に繋がりますが、どんな姿に変身しても───例えばドッペルゲンガーでも他人のPBは使えないそうなんです。
つまりPBの支給を受けた際に過去にこの世界に来てPBの支給を受けた事がばれてしまうらしいんですよ」
「……どういう原理だ?」
「不明です。というかPBシステムが成立している最大のポイントで一番のブラックボックスですね。
図書館の人たちは『精神の形』を識別方法にしているって考えているみたいですけど」
「魂ってヤツか?」
「どうも魂という言葉をあえて使ってないようですが解釈的には良いのではないでしょうか。
ともあれ、他人のフリをして新たにPBの支給を受けたという話は聞いた事が無いですね」
「PBの支給を受けずにこの街へ入ることは可能なんだよな?」
「可能です。『扉の園』には壁が張り巡らされているわけでもありませんし、例え入市管理所前をスルーしても法律の無いこの街で罰則はありません。
ただPB無しでは買い物一つまともにできませんし、故郷の世界での犯歴なんて関係ないのですからPBの支給を受けない理由が無いんですよね。
管理組合が止めるとすれば種族的にヤバイ毒とかばら撒いて歩くような人の場合くらいでしょうね」
可能だが、わざわざそうする必要性が無いという事だ。
「ともあれ、助かったよ」
「いえいえ、この程度であれば。
……一つ追加で言えばPBのテクノロジについては管理組合は一切応じません。当然ですけどね」
この話が正しければトルネルロ・アンゼンリナの来訪記録については間違いと考えるのは難しいだろう。ありえるとすればPBを申請せずにクロスロードに入った事があるかどうかくらいである。
エディは地固めの情報を頭でこね回しながら新聞社を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お受けする前に聞きたい事があるんですが」
翌日。アドウィック探偵事務所に再訪問したヨンはにこやかに出迎えた探偵を見据える。
「何故、依頼人トルネルロ・アンゼンリナの情報を集めたいのですか?」
「It’s Easy。楽しそうだからさ」
何事もない様に酷い発言をアドウィックは楽しげに述べた。
「た、楽しそうというのは?」
「ドラマティックじゃないかい? 追われるほうが追うという展開」
「冗談ですよね?」
笑顔に影が差すと探偵は少し慌てた素振りを見せて
「OKOK。冗談だよ、ミスタ.ヴァンパイア。
勘ではあるんだがね。少し気になって調べたいと思っていたんだ」
うそ臭い笑みを浮かべると彼は姿勢を正した。
「気になるというのは?」
「言葉通りの意味さ。ああ、安心してくれ。これはLOVEではない」
誰もそんなことは言ってないと呆れた視線を送ると「そういう展開も情熱的ではあるがね」と楽しそうに笑う。
「そこでクールな背中を見せて去るのが探偵と言う物だろう?」
「……は、はぁ……」
コトリと小さな音と共に紅茶が差し出される。無口なメイドさんが一礼して壁際まで下がった。この前から気になってるけどこの人は何なのだろう。
「探偵の勘さ。これを信じて疑わない事、そして疑って掛かることが一流の探偵であるということさ」
「疑わないのに疑うんですか?」
「感づくという事はきっとそこに何かがあるんだ。その『何か』がある事を疑わず、しかし目に見えない事を疑うのさ」
精神論に聞こえるが、一応これでもクロスロードで名の知れた探し屋(自称探偵)だ。それなりに価値のある言葉なのだろう。
「ええと、じゃあ彼女についての情報って何かありますか? 出身世界とか」
「ああ。世界コード00017572だったかな。文明タイプは魔法系だ」
「同じ世界の人って居ますかね?」
「居るよ」
あまり期待していなかった問いに感触があり、ヨンは顔を上げる。というのも殆どの世界で『異世界への行き来』は超常現象、または不可能現象と認識されているため、1つの世界で10人以上ターミナルに来ているという可能性は極めて低いのだ。
自分で聞いておきながら少し驚いて探偵の顔を見ると────とても楽しそうな笑みがそこにあった。
聞くべきじゃない気がする。探偵が言うところの『勘』をまざまざと体験しつつ、アドウィックの口がゆっくりと動くのを見た。
「ディアナ・カームズヴェルトって子さ」
名前に心当たりは無い。
「君がとっても良く知る人物だよ」
とりあえずヨンが理解した事。
それはこの取引が探偵の勘だけで始められた事ではないという事実だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あぁ……」
なにやらキラキラした目で巨大建築物を見上げていた。まるでそれそのものが信仰の対象であるかのように、彼女は胸の前で手を合わせ、熱っぽい吐息を漏らす。
「えーっと、入りましょうか?」
「あ、はい!」
トゥタールの声にアンゼリナが大きな声で返事をする。明らかにオーバーアクションで、周囲が何事かとこちらを見ている。
二人が居るのはコロッセオの正面玄関だ。今日も何かの試合があるらしく人通りがある。本当の意味での異種格闘技戦が見られるここは観光者には大人気のスポットである。そのため最近では入市管理所から直通のバスが出ているらしい。
「そういえばここには良く来るのですか?」
入り口を潜ると広いロビーに飲食店のブースやお土産屋、賭けのレートが表示されたブースなどと色々な物がひしめき合い、賑やかだ。
「いえ。今日で3回目です」
「え?」
「最初に来た1回と、今回こちらに来てすぐに訪れたのが2回目。今が3回目ですね」
「アンゼリナさんてクロスロードに住んでいるのではないのですか?」
「いえ。『行者』と言うんでしょうか。この世界に来るのは2回目ですよ」
にこやかに応じる声に嘘や隠し事の気配は無い。無論隠しているだけの可能性もあるが。
「んー……とにかくV様について聞いてみますか」
トゥタールが向かったのは勝敗の賭けをやっているブースだ。対戦リストを集めているだろうここが一番情報を持っているだろうとの判断だ。
「『V』? ああ、あいつなぁ」
声を賭けられたゴブリン系の妖魔種の男は顎をさすりながら
「アイツは選手じゃないからなぁ。でも試合に出ればオッズが踊りそうで面白いんだが」
「あれ? でもここで戦ってたんですよね?」
「あれはイベントステージだったからなぁ」
「そうですよ?」
アンゼリナが横合いから言葉を挟む。
「確か試合と試合の間のステージに悪い人たちが乗り込んできて、占拠しちゃったんです」
「そうそう。で、そいつを止めるためにVってヤツが飛び込んで来たって話だ」
あれ? とトゥタールは二人の表情を見る。
ゴブリンの方は「そういう設定のステージだ」と語っているようで、一方のアンゼリナは「そういう事件だ」という感じである。
「更に悪い人達が出てきて大規模魔術を形成して、大騒ぎでした」
「律法の翼の過激派連中の事だな。ったく、ケイオスシティで儀式級大規模浄化神術なんざ使いやがったからなぁ。主犯は逃亡中らしいが」
イベントステージの側面を持つ以上正邪の比率はそれほど偏っているわけではないが、それでもケイオスタウンにある事は変わりない。神聖系の術に弱い種族も大勢居る。
「まともに発動していたら闘技場の結界をブチ破っていたらしいからなぁ。中立から聖寄りの連中はともかく俺なんかも火傷じゃ済まなかったところだ。人騒がせにも程がある」
「発動しなかったのですか?」
「『V』様が見事止めたのです!」
熱の篭った言葉でアンゼリナ。ゴブリンの方は「あれ? そうだっけかな?」と小首を捻っている。
「えーっと、詰まる所『V』さんの居場所は分からない、と」
「ああ。登場したのはあの一回きりだしな。
……もしアポイントメントを取りたいならここに行ってみると良い」
言って差し出した名刺には『悪の秘密結社 ダイアクトー事務所』の名前。
「……あれ? えーっと。敵だった人達ですよね?」
「なに、行って見れば分かる」
そろそろ休憩は終わりとばかりに彼はひらひらと手を振ってブースに戻ってしまった。
さて、どうしたものか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ある程度裏がとれて安全だと判断したらヨンさんをおちょくって遊びたいところですねぇ」
本人に聞かれたら笑い事じゃ済まない事を呟きつつアフロはポップコーンを口に投げ込んだ。形的に共感を得たのかどうかは定かではない。
彼が遠目に見るのはトゥタールとアンゼリナの二人である。人ごみに忍ばせたカーターからの情報によるとどうやら前回のイベントの話を聞いているらしい。
「純粋な一目惚れなんでしょうかね」
からかうにしても、その結果大惨事を招くのは彼の流儀ではない。下準備としていろいろと調べてみたが、それと言って気になる情報は出てこなかった。
ただ言える事は
「残念な人なんでしょうか」
ちなみに近くを通る子供が「あー、アフロ博士だー」と指差しているが軽くスルー。あの事件は闘技場ではある意味伝説である。一歩間違えば大量の死傷者が出る可能性があったのだから無理も無い。闘技場に居れば嫌でも彼は目立つ。……どこでも目立つが。
それはともかくどうも彼女はショウをショウとして見ていなかった可能性が高い。実際、ダイアクトー三世もショウと理解しないままのガチバトルだったし、律法の翼が乱入してからは間違いなく事件ではあった。
「アフロ博士、サイン頂戴!」
「はっはっは、ボウヤ。私は彼のようなクールな人間ではありませんよ」
クールを気取ってそんな答えを返すと、親だろうか、女性が首を横に振りつつ子供を連れて行った。
「しかし、私はともかくV様の正体はバレバレですからね。仕方ない、茶番の用意を提案してあげましょう」
一人そんな事を呟いて。
────ふと、彼らを見つめるもう一つの姿に気付く。
「おや? あれは……」
すぐに人ごみに紛れてしまったが。確か自分達の前に交渉役として現れた男だ。と、すれば────?
「ふむ」
アフロは一つ鼻を鳴らし、自分がやるべき事を考え始めた。
周囲の「アフロ博士また出るのか?」という言葉の群れは彼の耳には見事に届かなかった事を追記する。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
みんな。何か発生した後のことを気にしすぎだよ!
そんな悲しみを抱いています神衣舞です。私が何も無いようなシナリオをするはずがないとか言われてしまった。あふん。
というわけでそろそろクライマックスを見据えて動き出しましょう。
……前にも言いましたがシナリオ発生時はかなり白紙です。
皆さんの行動で登場NPCが黒くなったり白くなったりするんですよ?
ホントホント。
というわけで次回リアクションを宜しくお願いします。
「おや?」
トゥタールは首をかしげる。
とある目的地でばったり遭った2人組。片方は黒サングラスに黒スーツというギャングファッション。もう一人はプラスアフロ。
「お二人ともこんな所で奇遇ですね」
「え、あ、ああ。ええ。奇遇ですね。では」
あからさまに動揺を見せるヨンはひょいと手を上げて左の建物に足を進めようとして。
「おや? お二人もここに御用事で?」
「……も?」
「ええ、私もここに用事があるんですよ。今『V』様という方を探していまして。
ここの方なら御存知かと」
「ぶ、ぶいさまですか……?」
「ええ、V様です。もしや御存知ですか?」
「え、ええ、いや。シラナイナァ」
トゥタールはニコニコとした表情を崩さずに汗をだらだら流す吸血鬼を物珍しそうに眺める。背後で何かうずうずアフロを蠢かせているのに警戒心を向けつつ目線がブレイクショット状態だ。
「えーっと、ウチに何か御用ですか?」
事務所からにゅっと顔を出すボディビルダー体型の男が不審そうにサングラスの奥の瞳をひそめる。
「おや、Vさんにアフロさんじゃないですか。……今お嬢は居ませんが、あぶないですよ?」
「……」
トゥタールは笑顔で二人を見る。
アフロはニヤリと楽しそうに笑い、V様ことヨンはがっくりと思いため息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ああ、その依頼の件は承知してますよ。ウチで『V』を知らない奴は居ませんからね」
お嬢ことダイアクトー三世に遭うとまずいと言う事で河岸を変えた一行は近場のカフェテラスに来ていた。
「つまり、ヨンさんがV様、と」
アフロについてはもう言うまでも無いのでスルー。
「ええ。ショーでそういう役をする事になりまして……」
流石にこれ以上ごまかすのは無理だと何度目かのため息をついて紅茶を啜った。
「まぁ、Vに関してはまだ大丈夫ですよ。アフロ博士なんてお嬢を始め、親衛隊の連中全員から恨まれてますからね。うちらから襲撃禁止令を出してなきゃサンロードリバーに沈んでたかもってくらいで」
「はっはっは。マジ抑制よろしくお願いします」
ガチで頭を下げるアフロ。
「緊急避難ってことはわかってますし、アフロさんがあの時動かなきゃクロスロードがおっと。それはそうとして」
ピチピチスーツの男は体のサイズと比較するとエスプレッソカップに見えるようなコーヒーを手にくいと飲み干し、
「そこの人はV様の情報収集って事でわかりますが、お二人はどうして?」
「面白そうだからです!」
間髪入れず応じるアフロを睨み、視線を戻すと
「ディアナ・カームズヴェルド、或いはトルネルロ・アンゼリナという方に心当たりはありますか?」
そう問いかけると、黒服(と言っても4人中3人黒服状態だが)は目を丸くしたように眉を上げる。
「知ってるも何も、お嬢がディアナ様じゃないですか。知らなかったんですか?」
「……やっぱりそういう流れですか」
「では、アンゼリナさんも御存知で?」
アフロの問いかけに黒服は頷き
「ええ。ここの流儀で言えば彼女とは同郷ということになりますか。あのお嬢さんはウチの世界の最大宗教派閥の教皇ですよ」
……。
あの残念っぷりから光年単位で離れた回答に三人は言葉を失う。
「教皇って……要するに一番偉い人ですよね?」
「そうなりますか。少なくとも個別の国の王に物申す事ができるくらいの発言力を持った人ですよ」
「……その割にはぞんざいな言い方ですね?」
アフロの突っ込みに確かにと二人は頷く。
「そりゃあ、うちらは魔族ですからね。要は敵の親玉ってヤツですよ。
と言っても、会ったのなら分かるでしょうが、お嬢といい勝負……げふげふ。穏やかな方ですからね。大して敵愾心は抱いていませんが敬意を払う理由はありません」
さらっと失言をしつつも男は取り繕ってそう説明する。
「しかし、教皇なんて人がそんなふらふら歩いてて良いのですか? 見た所護衛も付いていないようですし」
先日当の本人を連れまわしたトゥタールが尤もな問いをした。
「問題ありませんよ。彼女自身世界最高の法術の使い手ですし、うちの世界の連中は少なくとも破滅主義者や虚無主義でない限りあの人を襲わないでしょうから」
「……それは?」
「おっと、喋りすぎましたね。そこに対する突っ込みは無しでお願いします」
質問をかわされたトゥタールはしばし男を見つめるが表情は揺らがない。
「ともあれ、あの人がこちらに来ている大義名分は予想が尽きます。そしてその通りであればあと数日も滞在はできないでしょうね。
さくっとデートでもしてあげた方が話が早いと思いますよ。好意を持たれても求婚はされないと思いますし」
「ええ? ショウは?!」
「いや、まぁやっても良いでしょうけど。多分意味無いと思いますよ?」
「でも。彼女はVのショウを見て気に入ったんですよね?」
「正確には違うと思います」
駄目押しが欲しいアフロの追及に黒服はドきっぱりと否定する。
「彼女はお嬢に果敢に立ち向かうヒーローに好感を得たんですよ」
「……すっごい仲が悪いとかですか?」
トゥタールの問いに黒服はやや視線を宙空へ彷徨わせ
「そうですね。宿命の敵、である事は否定しません。
ここに来てお嬢は好きにやってますからね。やっかみとかもあるでしょうし」
つまり、ショウを行うにせよ彼女の興を買うにはダイアクトー三世の参戦が必須であり────
「少なくとも、アフロ博士の命は保証できませんからね。やるわけにはいかないでしょう」
「そ、そうですよ。ショウとか短絡的です」
自分の命が大変大切なアフロは神妙そうに頷いて見せた。
「……改めて聞きますが、ディアナさんの素性は教えていただけないのですか?」
一応その調査がアドウィックとの契約だ。
「……私からはできかねます。そして知らない方が良いと忠告しましょう。
現状では問題になる事ではありませんし、無理に問題を誘発されても面倒だ」
お代わりしたコーヒーを見つめて男は応じる。
「こちらの活動予定はお教えします。それがこちらのできる協力。
お嬢にはくれぐれも遭遇しないように。それがこちらの希望です」
男の声音は厄介事に対するため息のようでもあり、ヨンへの同情のようでもあった。
「君が夜の眷族でなければ、もう少し安心して傍観できたものだがね」
話は終わりと男は立ち上がり、一行の分全ての支払いを引き受けて去っていく。
「さて、どうします?」
実際依頼人がVと遭って何をしたいのかはこっそり不明確だったりする。
「彼の証言が正しければ彼女にはそう時間が無いはずです。焦って暴走されると面倒そうですよ?」
トゥタールの言も一理ある。
ヨンは我が身が何故か中心になることになったこの事件に改めて盛大なため息を送るのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ちょいと強引ですが。話の背景情報がざらっと出てきました。
そろそろクライマックスを見据えて進行する事にしましょうかねーと。
あ、神衣舞です。やほ。
それにしても今回書いてて呟いた一言。
「……誰も依頼人に探した後の事聞いてねぇ……!」
……(=ω=;
ま、まぁ次回リアクションをよろしくおねがいします。
「……」
朝、家を出ようとしたらポストに変身ベルトが入っていた。
付いているのは『にくきゅう』マークのついた封筒。
こうなると犯人は一人しか居ない。
確かに先日純白の酒場で働いてた彼女にそういう話をしたが、金額が折り合いそうにないからと立ち話程度になったはずだが。
嫌な予感を感じつつ封筒を開ける。
『なんか気が向いたから作ってみたー☆』
嫌な予感が倍増した。
とりあえず続く用紙を見ると取扱説明書らしい。
『ポーズをとって「変身」とか「蒸着」とか叫ぶと0.1秒で変身するよ』
説明はそれだけで以降はポーズの例とか掛け声の例らしかった。
「……」
いや、確かに必要な物だが妙に乗り気になられるとそこはかとなく危険臭がする。
『お代はつけとくにゃ。今度なんかやらせるから☆』
「……あははは」
冷たい朝の空気に乾いた笑い声が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当ですか!」
目をキラキラ輝かせながらずいと詰め寄ってくる少女に「ええ、まぁ」とトゥタールは苦笑いを浮かべる。
「ところで、V様に遭って何をされるおつもりなんですか?」
「それはそのー」
顔を赤らめてもじもじとすること数秒。それから彼女ははにかんで
「お話だけでもできればなぁと」
恋する乙女の表情でそう言われてはむやみやたらと疑うのは憚られる。今までの言動からすれば演技とも考え辛い。もちろんその可能性は心の隅に残しては置くが。
「ではV様も都合があるでしょうし、段取りをつけて見ましょう。
げい……コホン。アンゼンリナさんのご都合は?」
そう聞くと彼女はほんの少しだけ嬉しそうだった顔を翳らせる。
「明後日までなら自由にできますよ?」
それも幻だったかのように笑顔を作りなおして応じる。彼女にはリミットがある。黒服の情報提供の通りだ。
「明後日までですか?」
けれども初めて聞いたように取り繕い、問い返す。
「ええ……お仕事がありますので。最後に良い機会に恵まれそうです」
「それは重役を任されましたね。なんとか交渉してみましょう」
色々と重い身の上のようですし、と内心で呟き彼は行動を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へ……変身っ」
『ピー。エラーです。もっと堂々とやってください』
「ほら、ヨンさん頑張ってー」
「……貴方は何をやっていらっしゃるのですか?」
確かカーターには録画機能が付いていたはずだが、わざわざハンディタイプのカメラを構えたアフロが気楽な声援を送っている。
「メイキングムービーですよ。ほら、DVD版のオマケに付いてくる」
「でぃーぶい……?」
意味は分からないがろくな事をしてないというのは何となく分かった。
「おや、ブルーレイ派ですか?」
「……で、まぁ記録してる事は大体分かりますが、何のためですか?」
「期待しておいてください!」
「だから何をっ!?」
「まま、とりあえず変身しないと始まりませんし。ささ、ロストオブ羞恥心。どっかんと爆誕しちゃってください」
アフロをウネウネさせながらカメラを構えなおす。とりあえず張り倒したい気分はさておき、確かに変身できなければ意味がないのは確かだ。もうかれこれ10回ほど機械にダメ出しされている。
「しかし……こっそり変身するためのアイテムのつもりだったのですが」
『そういうシーンにはそれなりの対応をします』
「最初っからしてくださいよ! あと、何で無駄にインテリジェンスアイテムなんですか?!」
確かクロスロードでもインテリジェンス、つまりは知能を付加したアイテムはかなり高額のはずだ。
「というか、それって別にポーズも台詞も要らないって事じゃ……?」
『……』
「……」
ベルトとアフロ、共に沈黙。
「……ヨンさん」
「……何ですか?」
「お約束って大事だと思うんです」
『良い事言いますね。様式美万歳』
「ばんざーい」
なにやらベルトとアフロは心を通じ合わせていた。
「というわけで」
『堂々とどうぞ?』
「ああ、もうっ!!!」
さすがのヨンさんもガガっと地団太を踏む。そのままヤケクソのように叫んで『もう少し凛々しくカッコがガガが』ダメ出しをするベルトを思いっきりぶん殴ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「は、初めまして!」
次の日。
なんか吹っ切れてOKの出る変身が出来るようになった『V』とトゥタールは待ち合わせのカフェテラスに来ていた。
彼女がこちらを見つけるなり喜色満面のお手本のように顔を輝かせてばっと頭を下げる。
「あ、いえ。こちらこそ」
「お会いできて光栄ですわ」
ここまで目をキラキラさせられると照れるというよりもなんか悪いことしてるようになるのは何故だろう。
ちなみに。
ピートリーことアフロはと言うと待ち合わせの場所と時間を聞いたくせに現場には現れなかった。もちろんV様よりも立場上危険な彼がアフロ博士となって歩き回るわけには行かないし、どうせ同行するよりも撮影するほうが面白いと思っているのだろうというのが二人の結論だった。
「きゃあ、どうしよう。手を握ってもいいですか?」
「え? あ、はい。どうぞ」
黄色い声に若干押され気味で手を差し出すとアンゼンリナは両手でふわりと包んでキラキラとした目で見上げてくる。
「……」
「……(キラキラ)」
「…………」
「……(キラキラ)」
「え、えっと。何か注文しましょうか?」
視線が彷徨い始めたVを見てトゥタールが助けを入れる。
「え、あ、そうでしたね!」
途端に顔を真っ赤にしてそそくさと離れるアンゼンリナ。なんというか、ここまでの反応を見せられると今までの超警戒モードが馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。
「え、ええと」
ヨンは気を取り直しつつ椅子の一つに腰かける。
「ところで、私に会いたいと言う事でしたが」
「はい。一目見たときからファンなんです!」
「ファン……ですか?」
今日を除けば2回目の扮装なのだから1度目は確実にあのショーの時だろうが……最初の黒服との前哨戦はそこそこ格好良く立ち回れていたが、ダイアクトー三世がいきなり予想外の本気を出した後はグダグダも良い所だった。
「はい。もう大好きです」
美少女に分類していい少女に真正面から言われる言葉としてはインパクトがありすぎる。
「そ、それはありがとうございます」
「うふふ、お礼を言われる頃ではありませんわ?」
気を取り直しつつ考えていた事を再度脳裏に浮かべる。こちらに対して恨みやらなんやらを抱いているのならば別の対応も考えたが、これなら問題は無いと思う。
「……そ、そういえばアンゼンリナさんでしたか。見た所人間種のようですが、魔属性の方はどう思われますか?」
しかし聞いた話がすべて正しいならば彼女はとある世界での最高峰の神聖術師だ。これだけは確認しておかねばなるまい。
「どうと言いますと?」
「いえほら、怖いとか憎いとか……」
「ああ、そうですね……可愛いと思います」
……
これには蚊帳の外を徹していたトゥタールもきょとんとして朗らかに笑う少女を見やる。
「彼らって結局のところ原初のルールをそのまま用いて生活してるんですよね。なんというか、一回理解してしまえば動物と接するのと同じ感じでしょうか。
こちらが上位とわかればむやみと歯向かって着ませんし。その点では人間の方がよっぽど怖いですよね」
かなり独特の見解だが、言われてみれば弱肉強食を旨とするのだから動物社会に近いと言われても無理はないのかもしれない。吸血種だって魔眼や霧化などの特殊能力で優位に立っているから人間を捕食できるのだ。
それにしても「可愛い」と言い切れるのは彼女の実力故だろうが。
しかしこれで自分はかなり安全圏ではないだろうか。
「実はですね」
「お嬢様! そっちは駄目です!?」
声が乱入してきた。
「うっさい。なんかこっちに嫌な気配がするのよ!」
「ちょっ、この声!?」
ガタリと立ち上がるヨン。
「ん? どうしました?」
この場でその存在と面識のないトゥタールが不思議そうな顔をする。
「こっちかし───────」
すぽんと間の抜けた音。
「わぷっ!?」
「うぉっ!?」
現れた二人の前に落ちた缶から突如急激な煙が噴き出し、周囲を真っ白に染め上げてしまう。
「な、何よこれっ!」
「お、お嬢様。危険ですよ。さぁ。引き返しましょう!」
男の方の声がやや棒読みになっているのだが、どうやらこちらの仕業と気付いたためだろう。
「行きましょう?」
気づけば楽しげな笑顔のアンゼンリナがヨンの方へと手を差し出していた。
良いのかと一瞬悩み、しかしこの場に居ては大惨事は確定だ。
「はい」
その手を取って二人と、そして首をかしげるトゥタールは煙幕をかいくぐるようにその場を後にするのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで、次回最終回のつもりです。
お嬢様とはいったい何者なのか!? ワクワクしている神衣舞です。嘘です。
次回はまぁ、軽く街中ぶらぶらする話になるのかなぁって嘘をついてみます。
嘘ばっかりです。うひひひ。
まぁ、みなさんのリアクションで全てが決まるのでそこんところよろしくw
ではよろろろん。
「ちょっと!」
ようやく晴れた煙幕の中心で、超不機嫌な赤髪の少女が背後に立つ黒服に声を掛ける。
「は、なんでしょうか、お嬢様」
「なんでしょうか、じゃないわよ。何であの女が居るのよ!?」
直立不動のままダラダラと冷や汗をたらす黒服。
「何でと言われましても」
「それに、お前。あたしにこっちに行くなって言ってたわね?」
「……お嬢様が覚えてたなんて!?」
振り向きざまに裏拳を腹部に叩き込み、壁まで2mの巨体を吹き飛ばす。
「何か言った?」
可愛らしい笑みだが、こめかみに青筋が浮いている。
「あ、いえ。ほ、ほら、今日の占いでこちらの方向は良くない事が起きると言われまして……」
「じゃあ知らなかったって言うのね?」
「え、ええ、まぁ」
「リリースしても良いのね?」
「すみません、知ってました」
即、土下座する黒服。
「ったく……わずらわしいわね。あの女の目的は何?」
「そこはマジで知りません。耳に挟んだ程度の事柄だと気に入った誰かの追っかけをしてるだとか」
「……」
はぁ?と胡乱げな顔をされても黒服には何の言葉も返せない。
「追うわよ」
「え? いや、止めときましょうよ!」
「うっさい! 招集掛けなさい!」
だんと踏んだ地団太で石畳が粉砕されるのを見た黒服は、もう止まらないなぁと深いため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ひとしきり走った後、V様ことヨンとアンゼンリナはニュートラルロードに出ていた。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょうか」
結構な距離をかなりの速度で走ったが彼女は息を切らした様子も無い。手を握った感じでは武人でなく術師として杖を持つ者と感じたのでもしかすると何かしらの術で自身を強化したのかもしれない。
「びっくりしましたね。何だったんでしょうか?」
「ええ、まぁ、この街じゃ比較的良くある事ですし」
わりかし嘘でもない事を言いつつ彼は頭を整理。周囲にアフロの影は無く、トゥタールもいつの間にか居ない。とは言えアフロの方が恐らく煙幕の犯人なので例の使い魔を使ってこちらを覗いているに違いない。
「アンゼンリナさん」
「はい?」
「デートしましょう、折角なので」
ぽかんとした顔を見て、何かまずったかと焦りが生まれる。しかしすぐにそれは堪えきれない笑みへと変わり
「喜んで」
彼女はそう微笑んだのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「というわけで、デートだそうです」
イヤーフォンごしの声を横へ。ハンディサイズのディスプレイをトゥタールは覗き込む。
「良い展開ですね」
「まったくです」
『良い』の理由が若干違うのだが、お互いそこに突っ込む事はない。
「それはそうとして」
くるりと首を巡らせると、黒タイツ集団がぞろぞろとやる気無く歩いていく。アフロに気付いた一人が軽く手を挙げてそのまま地獄に墜ちろのハンドサイン。
「人気者ですね」
「はっはっは。冤罪なんですがね」
過程は事故だし結果は人助けである。だがそんな細けぇ事は彼らには関係ないのだ。
「彼らが本格的に動き出してますね。こっちをスルーしているって事は本気では手を出さないとは思いますが……
中には本気で探している人たちも居るでしょうねぇ」
なにしろファンクラブみたいな物ですからと、ひしひしと注がれる殺気にビクビクしつつも平静を保ってみる。
「そこで相談がある」
ぬっと現れた黒服に二人はばっと飛び退いて戦闘体勢。しかし黒服は「わるいわるい」と適当に謝ってこっちに来いと手招きをする。先ほどの黒服とは別の黒服だ。
「お嬢の号令でVとおく……アンゼンリナ様の捜索が開始されているのは見ての通りだ」
「おく?」
言いかけた言葉をトゥタールが追求するも黒服は知らん顔で話を続ける。
「積極的に追いかけるつもりは我々にはないが、これだけ動き回って見つけられないというのも我々の立場的に宜しくない。
そこで相談だ。2回ほど遭遇イベントを起こす。上手く逃げてくれ」
「上手くって……まぁ、タイミングとシチュエーションがはっきりしていれば用意もできますか」
「しかし、ヒーローが逃げても良いんですか?」
トゥタールのもっともな物言いに「それもそうですねぇ」と顎を撫でる。
「それは簡単だろう。ここは俺に任せてなんて言えば」
「……。ええと、それは誰の台詞ですか?」
「……」
「……」
視線というか死線集中。
「ちょ、おまっ!?」
「まぁ、シチュエーションが分かっていれば何とかなると言っていましたしね」
「我々も協力するからぜひ頑張っていただきたい」
「方針転換ですよ。ほら、ヒーローは背中を見せてはいけない!」
「はいはい。アフロ博士もヒーローですからね」
「頑張ってくれ」
「いーーーーーーーーーやーーーーーーーーーー!!」
一定以上ヨン達と離れてしまうと映像を受信できなくなってしまうので、ぐずるアフロを二人で引きずりつつこれからのことの相談を始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「面白い街ですよね」
ケイオスタウン側の双子神殿を見上げてアンゼンリナは目を細める。神職にある彼女にとって魔サイドにあるはずの神殿が『双子』の名の通り聖サイドにある神殿と同じ形である事に思うところがあるのだろう。
実際これを見た聖職者の反応は様々だ。彼女のように感慨深く見つめる者も居れば怒り狂う者も居る。苦々しい顔をする者もそのバリエーションは豊富である。
「聖と魔は表裏一体。種族的特徴や生活、歴史の差異がそれらを隔てる。一度隔ててしまえばあとは意地のぶつけ合いです。
だから隔てない。無茶な街ですよね」
そこにはどこかしら羨望の色が垣間見える。
「あら、デートの最中にはそぐわない言葉でしたね」
「あ、いえ」
「うふふ。次はどこに案内していただけるんですか?」
「え、あ、じゃあ」
「見つけたわ!」
聞き覚えのある声が響き渡る。はっとしたときには周囲には黒タイツが十重と囲んでいる。
「ふっふっふ。正義のヒーロー『V』と、そのオマケ! 特にオマケ! ここで消えてもらうわ!」
やや唖然としつつ強調して『オマケ』と呼ばれたアンゼンリナを見ると、彼女は楽しそうにちょっと高いところからびしりと指差してくる仮面の少女を見上げていた。
「あら、私貴女に怨まれるようなことしたかしら?」
「うっさい、オマケ! 我が宿敵……V。そうそう、V! そいつの近くに居るから同罪よ!」
宿敵の名前を黒服から耳打ちされてるあたりどうかと思う。
「覚悟しなさい!」
「あぶなあああああーーーーーい!」
ミサイルらしき物がいきなり飛来してヨンの足元に着弾する。
噴出すのは七色の煙幕だ。
「Vさん、逃げてぇええええ!」
その中からずもももと現れたのは以前闘技場でお目見えした(がらくた)ロボットである。
「逃げてって、人の足元に何撃ち込んでるんですか!!」
「うっせぇ、こっちは命がけなんだよっ!」
なんかテンパってキレてるアフロ博士が涙目で叫ぶ。
「……ふっ……みぃつぅけぇたぁああ!」
そこには確かに悪鬼羅刹が居た。
「……セカンドリミットリリース」
その声を聞くだけで魂まで縮みあがりそうな、呟き。
まるで空気が震えるような、いや、実際震えあがった大気がズンと啼く。
「あ、アフロ博士逃げてっ!?」
ヨンの声が響くか響かないかの瞬間、ダイアクトー三世はアフロ博士の目の前に飛翔していた。その腕は大きく引き絞られて、まるで発射を待つバリスタのようだ。
「ひぃっ!?」
慌てて腕で防ごうとするアフロ博士の腕と頭が
ずぅぉおおおん!
周囲の大気、煙幕と共にその速度に巻き込まれ、爆散した。
「あ、アフロ博士っ!?」
ヨンの引き絞るような声。
────が、
「わきゃっ!?」
続いて響いたのはダイアクトー三世の間抜けな声。彼女の体は煙幕を突き抜けてそのままその先のビルに激突し、壁をぶち破って行った。
「い、今のは?」
「映写機での投影だそうです。早く逃げて」
いつの間にか現れたトゥタールの声に、わけもわからず頷いたヨンはダイアクトーが突っ込んだあたりを見上げているアンゼンリナの手を引っ張ってその場を後にする。
「ぬがああーーーーーーーーーーーーー!!!」
ぼごんという酷い音がして割れた壁からダイアクトーが復活。
「ダイアクトー様、奴らはあちらへ逃げました!」
「絶対ぶっ殺す!!」
その声を出したのが誰かも確認しないまま示された方向へ爆走するダイアクトー三世を見送って、トゥタールは視線を横の路地へ。
「行きましたよ?」
「腰が抜けたんじゃないんだからね!」
その視線の先で、防御しようとしたその体勢のまま転んだアフロ博士がそんなよくわからないセリフを脂汗だらだら流しながら吐いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
なんだかんだで夕暮れ。
「面白かったです。本当にありがとうございました」
満面の笑みを浮かべる少女が赤く染まるサンロードリバーから視線を移し、頭を下げる。
「いえ、大したおもてなしもできず」
慌てて応じるヨンはコホンと咳払い一つして照れ笑いを浮かべる。
あれからもう一度ダイアクトー三世と遭遇したのだが、なんか妙なテンションになったアフロ博士が妙な事を喚きながら連れ去ってしまったのでデート自体は比較的穏やかに終了を迎えようとしている。
「またこちらに来た時に、ご一緒させてもらって良いですか?」
「……ええ、喜んで」
紳士らしい恭しい礼をするVにアンゼンリナはクスクスと笑みをこぼした。
「もう逃がさないわよ……!」
後はお別れだけ。
そんな空気を切り裂くのは怒りを凝縮しすぎて冷めきった声だった。
「っ!」
「あら?」
ゆっくりと近づいてくる小柄な影。その周囲はまるで陽炎のように揺らいでいる。
「あのアフロ博士を燻り出す餌になってもらうわよ。ヒーローのなんとか!」
「お。覚えて欲しいような欲しくないようなっ!?」
とにかく不味い。フラストレーションが溜まりまくっているのは間違いない。しかもここは橋の上だ。昼に見た彼女の速度から流水の上が未だ克服できないヨンが逃げられる可能性が見いだせない。
「生きてれば良いのよね。うん。そうよね?」
「ちょ、まっ!?」
その陽炎の向こうでトゥタールの姿が見えた。
X
手がそんな形を作る。つまり『援護は無理』と言う意味。
「お、落ち着いてください、ダイアクトーさん。ほ、ほら。アフロ博士の居場所でしたら……」
「ふふ、駄目ですよV様。ヒーローは堂々としてください」
すっと、ヨンの前に出て行くアンゼンリナ。
「……あんたごとブチ殺す」
「この世界は良いですよね」
「サードリミット────」
────七つの罪業は別たれて共にありき
ダイアクトーの周囲でガギンという音が響き渡り、周囲の通行人が何事かと振り返る。
「この世界となら貴女と対等にやりあえそうです」
「っ!!!!!」
「え? ええ?」
置いていかれたヨンが誰か説明してと視線を彷徨わせるが、誰が応じられるのか。
「何が対等よ! アンタが変な事さえしなければ!!」
「アンタ、なんて悲しいですよ? お母さんに向かって」
……
ヨンとトゥタールがぽかんとし、周囲の親衛隊も視線を二人の顔で行き来させる。黒服だけがどうしたものかと困ったように天を見上げていた。
「お、お母さん?」
「あら、でも私乙女ですよ?」
ヨンに向かってにこりと微笑むアンゼンリナ。
「あの子の母親ではありますが、一応聖職者でもありますし。引退するまでは清らかでないと」
「……ええと、それじゃ。継母とか、そういうことですか?」
「いえ。あの子は私が産んだ子ですよ?」
アンゼンリナはさらりと言ってぎりぎりと歯ぎしりの音を響かせる少女に微笑む。ダイアクトー三世は10歳かそこら。一方のアンゼンリナはどんなに若づくりでも20代に達していそうにない。
「実は長命種とか……?」
「あら、気になりますか?」
「いえ、まぁほら」
流石に予想の斜め上過ぎたせいですとは言えず口籠ると、彼女の背後に拳を握りしめて迫るダイアクトー三世の姿。
「あ、あぶないっ!」
「大丈夫ですよ?」
振り返りもせず、彼女は何時の間にか手にしていた杖を背の方へ伸ばすと
「ふげっ!?」
その杖の先に自分から突っ込む事になったダイアクトー三世がガゴンと良い音を立てて後ろに転がる。どうやら仮面にぶつかったらしい。
「1つも開放してないあの子に負けはしません」
「い、いや……」
確か前の闘技場の時にはリリースなしでもすごいパワーを見せていた気がする。
「もう。この子ったらせっかく様子を見に来た母親に暴力を振るおうだなんて」
「誰が母親よ! って言うかあたしはダイアクトー三世なんだからあんたなんて知らない!」
「……ああ、そういう設定だったわね! じゃあどこの誰だか知らない子はお母さんに暴力なんて振るって良いと思ってるの!」
真面目に説教しているらしいが発言がメタメタな上に何と言うか、迫力が無い。
「うっさい!」
「もう。仕方ないわね」
────我と汝繋ぐ戒めにて空に月を求めよ
その詠唱にダイアクトー三世はあからさまな狼狽を見せ────
「え、えっと?」
まるで時でも止められたかのように動かなくなった。
「ふふ。とんだラストになってしまいましたね」
そんなのはどうでも良いとばかりにアンゼンリナはヨンに向き直るとにこりと笑顔。
事態を掴めないヨンは少女と、その背後で硬直した幼女を交互に見るばかりだ。
「今日は楽しかったです。また来る機会があれば、お誘いお願いします。V様」
スカートの裾をつまみあげ、優雅に礼をする少女。それからとんと一歩近寄ると
「それまで、あの子と遊んであげてくださいね」
そう言って、彼女は橋の向こう側へ向けてゆっくりと歩いて行ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「つまりですね」
二日後。とある喫茶店で合流したヨン、トゥタールはなんだかボロボロの黒服を前にしていた。
「奥方様、つまりアンゼンリナ様はとある魔族の力だけを体内に取り込み、子供として産んだんです」
「それがダイアクトー三世、と?」
トゥタールの言葉に黒服は頷く。
「詳細は機密なので省きますが、お嬢様が全力を出せないのは奥方様が産んだ事と、その時に施した封印が原因です。
特殊な法則のあるこのクロスロードでは奥方様は正真正銘お嬢様の天敵ですね」
所謂処女懐妊というやつだということだ。そして彼女がそこまでして力を奪った魔族というのはどれほどの相手なのか。
「で、まぁ。形式上旦那様───その『とある魔族』と婚姻を結ぶ事で聖魔の諍いを強制的に止め、そしてお嬢様はこちらに『留学』されることになったのです」
「……ダイアクトー三世って何歳なんですか?」
トゥタールの問いに黒服は「見たとおりです」と応じる。
「無論、アンゼンリナ様も純粋な人間種。見たとおりの年齢です」
「それは────」
どういう経緯があったのか想像もつかないが、壮絶な事だったのだろう。
「力が全ての魔族ですから、封印を受けているお嬢様は何かと恨んでいらっしゃるのですが。奥方様はあの調子でして」
「じゃあ、こちらに来た理由というのは」
「娘の顔を見るため、でしょうね」
沈黙が舞い降りる。
「……その魔族さんというのは?」
「……お答えできません。あるいは、いつかはあなた方にお話しするときが来るかもしれません。
しかし私達としてはそうなる日が来ない事を節に願うばかりです」
「ダイアクトーさんは、本当に彼女が憎いのでしょうか?」
話は終わりと立ち上がる黒服が動きを止める。
サングラスに隠された目を見ることはできないが、口元にはどこかこそばゆいような、そしてそれを隠そうとするような微妙な笑み。
「お答えしかねます」
それではと一礼して男は去っていく。
その大柄な背中を見送り、ヨンは「遊んであげてください」という言葉をどうとらえたものかと思考を巡らせるのだった。
で。
「ふっふっふ」
一方。とあるベッドの上でアフロが不気味な笑みを浮かべていた。
「大丈夫かい?」
中年の医者の問いかけに「大丈夫ですよ。ほら、ぴんぴんしてます」と応じ───「ぐわぎゃっ」ようとして悲鳴を上げる。
2日前。
アフロは逃げた。そりゃあもう全力で逃げた。
なりふり構わず襲い来る小さな悪魔からそりゃあもう何もかもを吐き出す思いで逃げまくった。
その結果。
「まぁ、全身筋肉痛はさておき、転んだりぶつけたりの打撲は3日もすれば引くから、おとなしくしておくんだね」
「……はっはっは。はぁ」
おっかしいなー。傍観者のはずだったのになーと哀愁漂わせる声を漏らして、彼は白い天井を見上げるのだった。
ちなみに、ビデオは気合いで編集したとかなんとか。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで愛しさの行き先と、はこれにて終幕となります。
ども、神衣舞です。わはー。
正直に言います。第五回書き終えた時点で『母親設定』なんて微塵もありませんでした☆
……いやほら。思いついちゃったんだから仕方ないじゃないか!
もうなんていうか、ニヤニヤしすぎてさ。最初は後でネタばらしの時に「こういうのも考えた」って言うだけのつもりだったんだけどなんかしっくりきすぎてもうね?w
ちなみに彼女の証言通り、彼女自身は乙女です。力だけを受け入れて子供という形に作り替えるという荒技を10にも満たない年でやってのけ、その時に死に瀕したせいか世界最高峰の術師としての能力を手に入れてしまった人です。
まぁ、そのせいか何事にも動じないし、某魔族さんを形式的に旦那にしています。形式と言いつつも結構ラブラブで、早く教皇やめて本当にラブラブになりたいって考えてたり。
見ての通り彼女はダイアクトー三世を嫌ってなど居ません。なのにどうして彼女は一人この世界に居るのか。
それはまた別のお話で。
とにもかくにもお疲れさまでした☆