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【inv11】『にあですぱらだいす』
にあですぱらだいす
(2010/10/16)
 目にまぶしいほどの緑。
 クネスはまばらに集まる人の中でそれを同じく遠目に見る。
 管理組合からの調査依頼はクロスロードの間近に派生したと言う事もあり多くの探索者の関心を集めているようだ。すでに数組のパーティが中に入り込んだと言う話も耳にした。
 彼女はそこから視線をはずすとすたすたと少し離れた所へ移動する。そこでは掘削機を手にしたセンタ君がせっせと穴を掘っているところだった。
「どうかしら?」
「どうやら『水源』はサンロードリバーではないようですね」
 その掘削工事を見守っていた狼系の獣人が白衣のポケットに手を突っ込んだまま応じる。
「100mより下であればお手上げですが、空洞も確認できませんし」
「サンロードリバーの水深ってどのくらいだっけ?」
「もっとも深い所で400mを越えると言われています。なので地下水脈の可能性は無いとは言えませんね」
 男は設えられた機材に視線をやり、毛むくじゃらの手で器用にデータを精査する。
 ちなみにクネスと彼は旧知というわけでもなく、調査に来ていた施術院の彼にちょっと思い付きを提案したところ、調べてみる価値があるという事で協力をしてもらっているという状況だ。
「でもあれだけの森が水源無しに発生する物かしら」
「水源があっても普通一晩であんな状態にはなりませんよ」
 つまり『普通でない何か』があったということだ。
「少し踏み込めば肥大化した植物が多数見受けられるという報告も聞いていますし、バイオ系か魔術系による改造植物の可能性が一番ありそうなんですけどね。
 砂漠に植物を生やす研究もあると聞きましたし」
「へぇ。そんなのもあるのね。でもそれならさっさと実用化しても良いんじゃないかしら?」
 クロスロード最大の弱点は食料自給率であるというのは興味が無くても耳にする言葉だ。
「したことはあるらしいですよ。結果は10日以内に怪物に踏み荒らされたらしいですけどね」
「ああ、まぁそうなるか」
 最近は砦を基軸にした防衛も効率良く運用できており、クロスロードから見える範囲で怪物を見ることはまず無い。
 それでも『再来』や『桜前線』のように、あるいは突発的に発生した大規模『MOB』など怒涛のように怪物がクロスロードに詰め寄る事は無い事態ではない。
「現実的にクロスロードの食料をまかなおうとするならばクロスロードから半径五キロ圏内をそういうスペースに開拓しなければならないでしょう。
 それは街から砦までの約半分の距離ですから……守りきるのは苦しいでしょうね」
 畑があるからと攻撃を渋っては居られないし、火急の際に家畜を避難させるだけで一苦労だ。
「そうなると」
 あの森はどういう仕組みで青々とした葉を茂らせて居るのか。
「まぁ、その調査のために乗り込むんだけどね」
「お気をつけて。あの森からはなんというか、罠の臭いがしますから」
「罠?」
 科学者のナリをしていても獣人か。男は森を見据えて頷く。
「感覚的なものだから説明し辛いですけどね」
 まぁ、この世界で起こる事が一筋縄ではいかない事は重々承知しているつもりだ。
「せいぜい気をつけるわ」
 クネスは肩を竦めて探索メンバーの集合する場所へと向かった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「んー?」
 森の外延部にしゃがみこむ男が居た。
 五分経過。十分経過。
 何をしているのだろうと怪訝そうにその背中を見る探索者も居たが、彼は気付かなかったらしい。
 やがて「ふぅ」と一息付くと、彼は立ち上がってぐいと体を伸ばした。
「どうやら移動しているというモノではなさそうですね」
 春の桜前線の光景を思えば一晩のうちに生えるよりも一晩のうちに移動してきたという方がしっくり来る。そう考えての行動なのだろうか。
 遠巻きに確認し、近付いてもなんら反応がない事を確認しつつの行為だったが、そっと植物の一つに手を伸ばしても噛み付かれるような事は無いらしい。
「何の植物なんでしょうかね」
 触れたその草は特に花も実もつけているようには見えず、気にしないならば「雑草」で片付けそうなシロモノだ。荒野の一部を緑で染め上げるのはそれだけではないのだが、外延部は森のおこぼれに預かるようにそういう小さな雑草が目立つ。
 視線を奥に向ければ立派な木々の姿も見える。時期的には紅葉や落葉のある季節ではあるはずなのだが不気味なまでに瑞々しい葉が何処までも続いていた。
「ん……?」
 その境界に長く居たためにふと気付く。
「暖かい?」
 焚き火や暖房ほどに顕著ではないが森側が俄かに暖かい気がする。この森の中が秋の気候でないのならばこの青々しい賑わいは納得が出来る。
「結界系の魔法でしょうか?」
 一定空間内を暖房しているという考えは脳裏に描いてた一つの解だ。しかし先行して入っている探索者を見ればそれほど強固な物ではないと推測できる。科学系に詳しければエアフィルタを思い浮かべたかもしれない。
 手を伸ばし手近な植物を一本抜き取る。特に迎撃も爆発も無い。見る限りは普通の植物だ。まぁこれほど色んな世界が混じった場所で何が普通だという突っ込みは存在するが。
「とりあえずこれを適当なところで調べてもらいますか。いきなり踏み込むのもぞっとしま─────」
 ばっと振り返る。
 しかし視線の先には静寂に包まれた森の姿のみ。
「……」
 油断無く視線を左右に彷徨わせるが、特におかしな様子は無い。
「……気のせい?」
 経験がそうではないと訴えている。何かが迫ろうとしていた。それを感じた背中がぴりぴりと名残のような引きつりを残す。
「……」
 遠くで今から森に入ろうとする一団を見る。
 無事帰ってくると良いんですが。
 そう願わざるをえなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん〜」
 集合場所でクネスは困ったように周囲を見る。
 精霊使いが居ればと考えていた物の、同じ事を考える人は多かったらしい。
 先行組みがこぞって精霊使いを募集したためにフリーで残っている精霊使いはどうやら見つかりそうに無い。パーティ単位で参加しているところにお邪魔するのもやや気まずい。彼らが未だ此処に居るのは出遅れではなく様子見だからだろう。そこにお邪魔して楽しくおしゃべりというのもどうかと思うし。
「明日また来ようかしら」
 明日の朝イチなら潜り込めるところもあるだろう。そう呟いた瞬間────

 ぱぁぁぁぁん

 森の中で破裂音がした。
 誰もが何事かと森の方を見て────
「うわぁ!?」
 誰かの悲鳴。次の瞬間、何かが凄い速度で飛来して地面にめり込んだ。
「……な、何?」
 もうもうと上がる土煙を取り囲む一同。誰かが気を利かせて土ぼこりを吹き払うと、そこにあったのは球体を何分割かにしたような黒い物体だった。ただしそう考えるのであれば元の球体の直径は2mを軽く越えて居ることだろう。
「種?」
 誰かが呟いた。確かに言われて見ればそうとも思える。
 そしてそれは正しかった。
 突如黒い外殻が割れ、白い物がにゅるりと伸びたかと思うと地面に突き刺さり、ぐいと黒の半月を持ち上げる。白の触手はすぐに緑色を帯び、黒の皮をずんと振り落とすと大人でも乗れそうな双葉を堂々と開いた。
「は、早っ!?」
 留まらない。見る間に成長したそれは見事に真っ赤な花を咲かせるまで一気に成長し、呆気にとられる一堂の前に堂々と居座ったのだ。
「鳳仙花……?」
 とある女性の呟き。その世界の花なのだろうか。視線が集まった事を悟った人間種の女性は少し顔を赤らめながら
「えっと、私の世界の植物に、そういう花があって……種が出来たあとはじけるように周囲にバラ撒くんです」
 周囲にばら撒いた結果がこれか?
 言葉の意味を悟るや皆慌てて花から離れるが、花は悠々と赤の色を誇らせるばかりだ。
「その花は、こんな急激な咲き方をするのかい?」
「ち、違いますよ! というか、こんなに大きくないです! 花だって掌に乗るくらいですし!」
 誰かの質問に慌てて頭を振る。
「魔法か科学か分からないけど、原種はそのホウセンカとやらで、改造された種である可能性が高い、か」
 クネスは先ほどの会話を思い出し顎に手を当てた。

 どーん

 音ははるか彼方から響いた。
 一様にそちらを見れば、クロスロードの防壁がもうもうと土煙を上げている。そしてその中から顔を出したのはそこにあるホウセンカと同じ物だ。
「……あそこまで飛んだわけ?」
「あ、あれは何だ!?」
 誰かが別方向を指差すと、巨大な白い物がふわりふわりと飛んでいる。
「……た、タンポポの種?」
 風に乗って舞うそれが、風の煽りを失ったか急に失速したと思うと────
「そこ、逃げろ!!」
 まるで投擲槍のように真下に落下。声で気付き、管理組合のスタッフが慌てて逃げ出した後に仮設テントを巻き込んでずんと沈み込んだ。その直後にやはりにゅっと芽を出し、黄色の花を咲かせる。その高さはざっと3mほどの位置ではあるが。
「これ、放っておくと拙くないか?」
 サイズが大きいだけなら可愛げがあるが、種の飛散方法がすでに攻撃兵器と同じ威力を有している。このままではいつクロスロードが種に砲撃され、緑に蹂躙されるか分かった物ではない。
「う、うわぁああああ!?」
 今度は何だと振り返れば、ホウセンカの触手に男が一人捕まっていた。
「……って、は?」
 それは暴れる男を鬱陶しそうにぶんぶん振ると、おもむろに花の方へと移動させ────

 がばりと巨大な口が花弁の中に開いていた。

「こ、攻撃っ!」
 誰かの声に我に返った探索者が慌ててホウセンカに攻撃を仕掛ける。恐怖に手加減を忘れた攻撃にホウセンカは身を捩るように蠢き、男を取り落とす。
「畳み掛けろ!」
 集中砲火。まるで怪獣映画の有様だが
「っ! こいつ、どんだけ頑丈なんだ!?」
 銃弾も魔法も確実にダメージは与えているが植物本来の耐久力を遥かに凌駕しているのは間違いない。
 木の幹よりも太い茎が裂けたのを見てそこへと集中攻撃を開始。それからややあってそこから折れたホウセンカはずんと大地に沈んだ。しかしそれでもまだうにょうにょと蠢いている様は驚愕を通り越して恐怖である。
「な、中に踏み込んだヤツらは大丈夫なのか?」
 無論それに応じる言葉は誰からも上がらなかった。
 
 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 あっはっは。神衣舞です。あっはっは。
 というわけで新シナリオ『にあですぱらだいす』の開幕でございます。
 もちろんこのタイトルは 「にあ」「です」「ぱらだいす」と分けるのが正解。
 死に近い楽園は危険が危ない状態です。うひ。
 次回の探索者の行動としては

 @内部調査
 A調査員救出
 B森の拡大防止

 の3つがメインのお仕事になります。
 果たして探索者達は無事森の侵攻を抑え、クロスロードを守れるか!
 ぶっちゃけ『再来』よりタチ悪いな、これ(笑
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