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【inv11】『にあですぱらだいす』
にあですぱらだいす
(2010/11/08)
 子豚が一匹走っていた。
 彼は走っていた。
 腹が減っていた。
 もはや理由はそれだけだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 耐火性、強度に非常に優れるが、冷気には弱い事が周知された結果必然として氷系の攻撃方法を有したチームが作られる事となった。
「随分と戻ってきていないパーティも居るらしいな」
 周囲を警戒しつつ前を行くのはザザ。視界を塞ぐ植物を払い除けながら先へと進む。本来ならばマチェットなどを持って切り払いながら道を作るべきなのだが下手に刺激するのも危険だし、そもそも簡単に刃が通らない植物も多い。
「ウチも危うくでしたね」
 ヨンがその後ろに続きながら周囲を警戒する。なんとか森を脱出した彼は改めて募集されたパーティへの参加を決めてここにある。
「ともあれ中心部、恐らくは発生地点が周囲と違うことが見えてきてますし、そこに至れれば何かしら分かるでしょう」
 落ちた葉っぱでアフロを飾りつつ歩くピートリーが周囲の植物をしげしげと見ながら
「おや?」
 しゅるりと触手が伸びてアフロをキャッチ。
「ちょ、おま!?」
 そのままスルスルと持ち上げられて巨大な花弁の中の口へ
「面倒を掛けさせる毛羽毛現ね」
 同行する雪女が吹雪を吹きかけて凍りつかせると、長身のザザが凍りついた触手を打ち砕いて救出する。
「『けうけげん』とは何ですか?」
「髪の毛の妖怪よ?」
 ヨンの問いかけに雪女が当然とばかりに応じる。
「綺麗な髪が妖怪化するもののはずだからすっごい亜種よね」
「失礼な! キューティクルは完璧ですよっ!?」
「お前らなぁ。もうちっと真剣になれや」
 ザザの呆れた声にヨンは苦笑して頭を下げる。
 彼ら以外にも後方に重装鎧の戦士が1人とレンジャーが2人。氷雪系の魔術を使える魔法使いが2人と精霊使いが1人。最後に植物学者が1人という大所帯だ。
「幸い森の中だとホウセンカの種が直撃する可能性は低いですし、タンポポも葉っぱが傘になる。
 気をつけるべきは食人植物ですから無闇に近付かないようにしてください」
 植物学者の忠告に「も、もちろん分かってますとも」とアフロが白々しい事を言う。
「とは言え、密度が随分上がってきやがったな」
 ザザが周囲を見渡すと左右に分かれているレンジャーが頷きを返した。彼らが把握しているだけでも5m以内に3体の食人植物が潜んでいる。
「一定以内に踏み込まなければ大丈夫とは言え、触手がどこまで伸びているか分からないのが厄介ですね」
 ヨンもまた周囲を見渡して呟く。足元は『雑草』がふくらはぎ程度にまで伸び、これがまた蒸し暑い。これが熱を排出している事はまず間違いなく、食人植物のカモフラージュにもなっているから二重に厄介だ。金属コーティングをしたような植物は露出した皮膚をいとも簡単に切り裂くためどうしても厚着をする必要があるため一行の体力を酷く奪っていた。
「大丈夫ですか?」
「んー。まぁまだ何とか」
 この環境が一番辛いのは雪女なのは間違いない。
 そろそろ歩き始めて2時間にもなる。ザザはレンジャー2人に目配せして周囲の安全確保を始める。
「一旦休憩しよう」
「そうですね」
 ヨンが用意した鉈を振るい雑草を狩って場所を確保。精霊使いは周囲を確認して栗の木が近くにない事を再確認する。
「ありがたい」
 もう一人、重装歩兵な戦士がどがりと座り込む。そんな彼に植物学者が水筒を差し出した。
「しかし、この調子だと強引に突破しなければ進めなくなりそうですね」
 アフロは周囲の食人植物を見てそんな事を言う。中心に向けて進むにつれ特定のヤバイ植物の密度が増えている。
「迂回しても仕方ないとすれば強引な突破を考えざるを得ませんが……引き時も重要ですね」
「ああ。折角開いた道も種が落ちれば埋められちまうからな。まったく厄介だ」
 帰りもあるのだから消耗の計算を失敗すれば遭難者の仲間入りである。
「異常な成長速度がネックですね。凍らせてもこの熱量だとものの数時間で溶けてしまうでしょうし」
 ピートリーが刈られた雑草を手にくるくると回してみせる。
「そいつは、何かの魔法なのか?」
「いえ……これはまだ推測なのですが」
 アフロの代わりに植物学者が口を開く。
「植物内での化学変化時に発生する熱だと思われます。地中に含まれる物質を合成、分解して熱を生み、それで体内の金属分を変化、成長しているんではなかろうかと」
「まるでカラクリの話ですね」
 魔法世界系のヨンが肩を竦めると「植物には元々そういう物質変化の性質があるんです。一番有名なのは動物の吐く二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出すというシステムですね」と応じた。
「プラントって工場も意味しますしね」
「ええ。なので引き続き推測なのですが……この森自体ばふ────」
「ばふ?」
 見れば植物学者の顔に丸いのが直撃していた。
「おや、これは」
 突然のできごとに呆気に取られる周囲をさておき、学者の顔から丸いのを引き剥がししたピートリーは丸いのに付いているスカーフでぶらんぶらんさせながらその正体を確認する。
「イベリーですな」
「え?」
 確かにぶらんぶらんして目を回しているのは突撃正義の味方のイベリーだ。
「大よそいつも通りに突撃したんでしょう」
「……でも、イベリさんが飛んできた方向って」
 ヨンが振り返り見上げる先は森の中央部方面だ。
「小さいサイズだったから食人植物に見逃された、というところでしょうね」
 ピートリーがぺちぺちと豚の頬を弾くが目を覚ます様子は無い。
「とは言っても、彼が真っ当な証言をしてくれるかどうかは微妙なのでコレを期に一時撤退というのも微妙な判断です」
「そういうやつなのか?」
 初対面のザザが問うとヨンが苦笑交じりに頷く。
「おや?」
 ぶらんぶらん揺れていたイベリの背中から一本のキノコが落ちる。赤い下地に白い斑点の毒キノコっぽいが食べると巨大化しそうな色合いのものだ。
「キノコ、ですね」
 ひとまずいべりを置いてアフロが拾い上げる。サイズはシイタケと良い勝負だ。
「もっと奥に生えていたということでしょうか。彼のお弁当という可能性もありますが。調べてみる価値はありますね」
 言いながら大事にパックに詰めたアフロを横目にザザは遠くを眺め見る。
「問題はコイツがどうしてここまで吹っ飛んできたか、だな。
 ホウセンカの種にでも乗ったか?」
「生態系がやや違うようですし……話を聞くだけ聞いた方が良いかもしれませんね。
 とにかく、学者先生にも起きてもらわないと」
 ヨンが精霊使いが介抱している学者を困ったような笑みを浮かべて見詰めた。
 のちの相談でキノコの調査とイベリーへの事情調査。このあたりを含めて一度帰るべきとなった一行だが、今はとりあえず休憩だと腰を下ろした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……少なくともターミナルでは死者の復活例はありません……。
 ……一度死んで蘇るタイプの吸血鬼化は発生しないんですよ……。
 もちろん……人形としての魂を持たないアンデッド化はありえますけどね……。あ、えっとククク」
 真っ黒のローブで顔から何からを隠したネクロマンサーは取ってつけたような陰鬱な笑い声を響かせた。
「えーっと無理しないでいいわよ? 普通で普通で」
「ふ、普通ですよ! あ、えっと。……そういうことだから……あたしの仕事は主にアンデッド系のメンテナンスなんです……ククク」
 良く分からないこだわりを持ったネクロマンサーの言葉にクネスは苦笑を浮かべるしかない。
「……生きているうちに魂を汚染して、アンデッド化するならば別ですけどね。レイスフォームとか……ククク。
 それに、血を持たないのに吸血鬼化なんて出来るんですか? ……ククク」
「できるわよ、私の世界ならね。ただ、ここの法則的には厳しそうかしらね」
「中には無機物を吸血鬼化するような非常識な吸血種が居るとも聞きましたが……ククク。そういう特殊な能力が制限されやすいターミナルでは余程修練をして力を得なければ再現は難しいかと。クククク」
「んー。ちなみに知り合いにキメラ関係の研究をしてる人居ない? 金属混じった植物なんてそっちの分野だと思うんだけど」
「そこそこは分かりますよ。ククク。死体を動かす事にかけては似たようなもの」
「じゃあこの植物の見解は?」
「キメラとは言いがたいです。あ、ククク。
 品種改良の結果……魔法生物に近い感じですね。ククク」
 陰鬱な笑いをしすぎてちょっと苦しそうにケホケホ言ってるネクロマンシーはさておき。
「これと会話する方法って無いかしらね」
「……幾らネクロマンサーでも植物と会話するほど寂しくは……」
「そういう意味じゃないわよ! ウィッカあたりに植物と簡単な意思疎通する能力とか無かったかしら?」
「冗談です。ククク。けほ。 あると思いますが、植物の意思などほとんどあって無いようなものかと。クク」
 あまり期待していない方法だったがだめかと嘆息。
「となると、錬金術かしらね」
「もしくは遺伝子工学ですね。ククク」
 魔法世界の住人のクネスにとって、遺伝子だかなんだから聞き覚えすらない単語である。
「科学技術系の話?」
「ええ。かの世界系の防腐技術はとてもスバラシイので勉強させていただいています。ククク」
 なんだか前向きに生きているネクロマンサーだなぁと改めて感心。
「キメラとは詰まる所つぎはぎですが、この植物は生まれながらにしてコレが正しい形なのです。……ククク
 故にキメラ用の対策は無意味かと……クク。この植物専用の除草剤などの開発の方がまだ建設的でしょうね。ククク。
 ただ、こんな大規模になった森に使うとどんな悪影響がでるか分かりませんがね。ククク」
 それは彼女だって懸念している事だ。むしろそれが安易に出来ているなら既に誰か試している事だろう。
「女王か何かの命令を受けているのなら、その意思だけでも分かればと思ったのにね」
「埋めよ増やせよを繰り返している気もしますがね。ククク」
 確かにそう言われるとそうなのかもしれない。
「仕方ない。森への突入組の成果に期待して迎撃の手伝いでもしてこようかしらね」
「それが妥当かと思いますよ。ククけほっ。けほけほっ」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
 本格的にむせ始めたネクロマンサーを介抱しつつ、クネスは凍りつかせた種に視線を向けるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 時間は少し遡る。
「キノコはどこだ?!」
 既に目的を見失ったイベリがひた走る。元々彼はキノコを見つけるのは得意だ。そういう正義を実践していた。故にその鼻が指し示す先にキノコがある事は間違いなかった。
「キノコだ!」
 近い。そう思った彼は超ダイブした。華麗に舞う豚。空から降り注ぐ木漏れ日がきらきらと彼を照らした。
 そしてきりもみしながらダイブ。赤やら青やら緑やらとやたら原色の多いキノコ畑に飛び込んだ彼はとりあえず目の前の物に大きく口を開いた瞬間。
『ナンダコレハ』
 がちんと歯が空を噛む。
 拾い上げられたイベリは「く、悪の手先め! 私からキノコを取り上げるつもりか!」と騒ぐが、背中をむんずと掴まれているためどうしようもなくじたばたするしかない。
「は、腹さえ空いていなければ……!」
『……ヘンナイキモノ』
 甲高い、ガラスを磨り合わせるような声に「おのれ……! これくらいで正義が折れると思ったらおおまちががががが」急に視界が大旋回。ぶんぶんと振り回されて。
『ステル』
 斜め四十五度の角度で発射したいべりははるか彼方へと飛んでいったのだった。
『……チョット、オシカッタ?』
 それを為した何者かはそんな事を呟いて────
 原色キノコの群れの中を中心へ向かって歩いていった。

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 どーも。神衣舞です。
 何もしないせいで元凶にニアミスするいべりが怖くて仕方ありません。
 さて、次回はいよいよ中心部にまともな人たちが突入する回かなぁと思ってます。
 ……いべりもまともだよ? うん。多分イベリの心の中では。
 これの公開に先んじて管理組合からの追加告知も出ていますので確認をお願いします。
 では次回リアクションお願いしますね。
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